説明

複合金属ガラス水素分離膜及びその製造方法

【課題】優れた水素透過性能及び耐水素脆化性を有した複合金属ガラス水素分離膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】耐水素脆性に優れたアモルファス構造を有する金属ガラス母相中に水素透過性能に優れたNb、Ta、V、Ti粒子が分散した複合組織から成り、透過性能に優れた元素を1種類以上を5〜80重量%まで含む水素分離膜であり、この製造方法として粉末冶金法を用いることを特徴とし、母相となる金属ガラス粉末とNbなどの添加元素を混合し、金属ガラスの過冷却液体領域近傍の温度で加熱、圧縮して複合金属ガラスバルク材を作製した後、このバルク材を更に過冷却液体領域近傍の温度で圧延などにより薄膜化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素製造用の水素分離膜に関し、より詳細には、非Pd系金属を主成分とした水素分離膜(複合金属ガラス水素分離膜)およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策の一つとして、水素精製装置やこれを利用した燃料電池の実用化並びにその普及が望まれている。このような水素精製装置は、第1室と第2室とを有しており、この第1室はメンブレンを介して第2室と隔離されている。そして、第1室に水素を含むガスを流すと、メンブレンは水素を実質的に透過する役割を果たし、水素が富化されたガスが第2室に集まり、不純物(COやCO等)を含むガスが第1室に残留するようになっている。このように、水素精製装置のメンブレンには、いわゆる水素透過性が要求される。
従来、このようなメンブレンとして、水素吸蔵性を有するパラジウム合金(Pd−Ag等)箔が使用されていた。パラジウム合金箔は優れた水素透過性を有しているが、パラジウムは比較的高価であるため、パラジウム合金箔よりも安価な材料から成る代替製品が求められている。そして、パラジウム合金の代替材料としてバナジウム合金やニオブ合金が検討されてきた(例えば特許文献1〜4参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平1−262,924号公報
【特許文献2】特開平4−29,728号公報
【特許文献3】特開平11−276,866号公報
【特許文献4】特開2000−159,503号公報
【0004】
しかしながら、上記特許文献1〜4に記載される合金はいずれも圧延性に乏しく、圧延成型によって合金箔を作製しようとすると、特殊な圧延条件や焼鈍工程の繰り返しが必要となり生産コストが上がってしまう。また、箔を作製する際に焼鈍を繰り返すと、箔中の元素分布が偏析する場合がある。また、このような作業は合金の酸化を防止するために不活性ガス雰囲気中で行われなければならないが、圧延工程や焼鈍工程を不活性ガス雰囲気中で行おうとすると装置が大型化する。また圧延成型されたバナジウム合金箔やニオブ合金箔は靭性が低く、加工性や耐久性に乏しい。
尚、ニオブ合金箔については、これまでに、耐水素脆化性を高めるためにTa、Co、Mo、Ni等を添加することが知られているが(上記特許文献4参照)、例えばNiの場合、冷間圧延法によりニオブ合金箔を製造する際、ニオブに対するNiの割合が10〜20重量%を越えると水素透過性が著しく低下するという問題点があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、高水素透過性能と耐水素脆性を両立し、現在のPd合金膜と比較して格段に材料コスト、製造コストの低い非Pd系水素分離膜(複合金属ガラス水素分離膜)及びその製造方法を提供することを課題とする。
上記課題は、耐水素脆性に優れた金属ガラス母相に、高水素透過性能を有するNb、Ta、V、Ti粒子が分散した複合組織を有し、非Pdを主成分とする水素分離膜によって解決することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
即ち、上記課題を解決可能な本発明の複合金属ガラス水素分離膜は、アモルファス構造を有する金属ガラス母相に、Nb、Ta、V及びTi粒子からなるグループより選ばれた添加元素の少なくとも1種が分散した構造を有することを特徴とする。
【0007】
又、本発明は、前記の特徴を有する複合金属ガラス水素分離膜において、前記金属ガラス母相が、Ni系合金、Co系合金又はCu系合金のいずれかであり、前記添加元素の添加量が5〜80重量%であることを特徴とするものでもある。
【0008】
更に、本発明は、優れた水素透過性能と耐水素脆性を有した複合金属ガラス水素分離膜を製造するための方法であって、当該方法は、母相となる金属ガラス粉末と、Nb、Ta、V及びTi粒子からなるグループより選ばれた添加元素の少なくとも1種とを混合し、前記金属ガラス粉末の過冷却液体領域近傍の温度で加熱、圧縮を行い、複合金属ガラスバルク材を作製する工程、及び、前記複合金属ガラスバルク材を更に過冷却液体領域近傍の温度で薄膜化する工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
耐水素脆性に優れた金属ガラス母相中に水素透過性能に優れたNb、Ta、V、Ti粒子が分散した複合組織から成る本発明の水素分離膜は、高い水素透過性能と透過中、透過後も破損しない優れた耐水素脆性を併せ持ち、水素分離膜として有用である。また、高価なPdを主成分としないため、材料コストが低いという利点を有する。さらに、本発明の製法を用いた場合には、大量生産に実績のある粉末冶金法を用いて上記の複合金属ガラス水素分離膜が製造でき、金属ガラス特有の過冷却液体領域での薄膜化が可能なため、製造加工コストを低く抑えることも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の複合金属ガラス水素分離膜にあっては、アモルファス構造を有する金属ガラス母相に、Nb、Ta、V及びTi粒子からなるグループより選ばれた添加元素の少なくとも1種が分散されており、上記添加元素の2種以上が分散されていても良い。この際、上記添加金属の添加量は5〜80重量%であること必要であり、例えばNbの場合、好ましい添加量は10〜70重量%であり、Nbの添加量が上記下限値よりも小さくなると、透過性能が低く、水素分離膜として十分な水素透過流量が得られなり、逆に、Nbの添加量が上記上限値を超えると、透過性能は高くなるが、水素雰囲気下では水素脆化しやすく、透過中に破損してしまう等の問題が生じる。同時にバインダー的な役割を担う金属ガラス相が少ないため、温度、圧力等の条件を適正化しても、十分な相対密度が得ることが困難になる。
尚、本発明では、上記添加金属が添加される金属ガラス母相としては、Ni系合金、Co系合金又はCu系合金が好適であり、具体的な合金組成としては、Ni−Nb−Ti−Zr系、Ni−Nb−Zr系、Co−Zr−Nb−B系、Co−B−Si−Nb系、Cu−Zr−Ti系、Cu−Hf−Ti系等が挙げられる。
【0011】
上記の複合金属ガラス水素分離膜を製造するための本発明の製法では、最初の工程において、Nb、Ta、V及びTi粒子からなるグループより選ばれた添加元素の少なくとも1種と、母相となる金属ガラス粉末を混合した後、得られた混合物を加熱し圧縮を行って複合金属ガラスバルク材を作製するが、この際の温度範囲は、使用する金属ガラスの過冷却液体領域近傍であり、望ましくはガラス遷移温度より0〜50℃低温である。このときの温度が、ガラス遷移温度に対して低すぎると、十分な相対密度を有する試料が作製できなくなり、逆に、温度が高すぎると、金属ガラス相の結晶化を招き、機械的特性および透過性能の低下を招く可能性が高くなる。尚、加熱を行った後の圧縮時の圧力としては、十分な相対密度が得られる圧力であれば良く、特に限定されないが、望ましくは600MPa以上である。
【0012】
本発明において、上記の工程を行う際の方法としては、図1に示されるような、ホットプレス法または放電プラズマ焼結法が好適である。
図1の左側に示されたホットプレス法にあっては、上述の混合物(粉末)を超硬合金等で作られたダイに詰め、チャンバー内部でヒーターにより昇温し、上下のパンチを介して圧力をかけて、圧粉成形した試料を得る。一方、図1の右側に示された放電プラズマ焼結法にあっては、上述の混合物を超硬合金等で作られたダイに詰め、上下のパンチを介してパルス電流を与えて、放電プラズマにより発生した熱およびパンチによる加圧により、圧粉成形を行う。この放電プラズマ焼結法は、ホットプレス法と比較して、昇温時間が短く、より低温で相対密度の高い試料が得られる可能性があるため、金属ガラス相の結晶化を避ける上で都合がよいと考えられる。
【0013】
本発明では、優れた水素透過性能と耐水素脆性を有した複合金属ガラス水素分離膜を製造するためのポイントとして、以下の点が挙げられる。
使用する金属ガラスのガラス遷移温度に対し、作製温度が低すぎると、金属ガラスの粘性流動が十分に得られず、密に詰まった試料を得ることができず、結果としてピンホールのない良好な分離膜を得ることができない。一方、作製温度が高すぎると、先述のように金属ガラス相の結晶化を招くため、結晶化の生じない範囲とすることが必要となる。よって使用する金属ガラスにより、最適な温度範囲が存在すると考えられる。また、結晶化を防ぐという観点から、押し固める際の時間も重要で、最高温度で長時間保持しないことが望まれる。望ましくは最高温度での保持時間が5分以下となるように作製条件を設定する必要がある。圧力に関しては、低すぎると十分な相対密度が得られないため、高圧にする方が望ましいが、装置が大規模になってしまう問題も生じるため、作製温度との兼ね合いも考慮して特には限定しない。
【0014】
次に、本発明の製法においては、上述のホットプレス法又は放電プラズマ焼結法により得られた複合金属ガラスバルク材を、水素分離膜として適した膜厚を有した製品とするために、過冷却液体領域近傍の温度で薄膜化するが、この際、圧延によって薄膜化しても良く、あるいは、複合金属ガラスバルク材を切り出して厚さ0.2〜0.3mm程度の膜体とし、これを機械研磨後、表面にPdの表面処理を施しても良い。
このようにして得られた本発明の複合金属ガラス水素分離膜は、高い相対密度を有しており、水素分離膜として十分に使用可能な緻密性を有している。
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0015】
(実施例1)
ガスアトマイズ法で作製した平均粒径20μmのCu60Zr30Ti10金属ガラス粉末と市販のNb粉末を表1のような割合となるようそれぞれ秤量した後、乳鉢を用いて十分混合した。混合した粉末を、超硬合金製のダイに詰め、ホットプレス(HP)装置の炉内にセットした。真空引き後、Arを導入して不活性雰囲気とした状態で昇温した。Cu60Zr30Ti10金属ガラスの過冷却液体領域近傍である440℃において、圧力470,780MPaで粉末を押し固め、外径20mm、高さ5mmのコイン状の試料を得た。得られた試料は、密度測定、組織観察を行った。
その結果、圧力470MPaの条件では、Nb添加量の多いNo.5について十分な相対密度が得られず、組織観察でも空隙が数多く観察された。一方、780MPaでは、No.1〜5全ての試料で97%以上の高い相対密度が得られ、組織観察でも密な組織を有していることを確認し、水素分離膜として十分に使用可能な緻密性を有していることが確認された。
【0016】
(実施例2)
ガスアトマイズ法で作製した平均粒径20μmのCu60Zr30Ti10金属ガラス粉末と市販のNb粉末を表1のような割合となるようそれぞれ秤量した後、乳鉢を用いて十分混合した。混合した粉末を、超硬合金製のダイに詰め、放電プラズマ焼結(SPS)装置内にセットした。Cu60Zr30Ti10金属ガラスの過冷却液体領域近傍である400、420℃において、圧力600MPaの条件で粉末を焼結し、外径20mm、高さ5mmのコイン状の試料を得た。得られた試料は、密度測定、組織観察を行った。さらにこの試料から、厚さ0.2〜0.3mmの薄い円盤状試料を切り出し、機械研磨後、表面にPdの表面処理を施した後、実際に水素ガスを透過させるガス透過法により、水素透過性能を評価した。
図2は、SPS法で作製したCu−Zr−Ti+Nbの水素透過性能を示すグラフであり、図3は、HP法及びSPS法で作製したCu−Zr−Ti+Nbの相対密度を示すグラフである。
その結果、温度400℃では、Nb添加量の高い試料でやや相対密度が低い傾向が認められたが、420℃では97%以上の高い相対密度が得られた。またその透過性能を評価したところ、Nb添加量が40wt%以上のNo.4、5については、水素脆化が起因と考えられる膜の破損により、透過性能評価に至らなかったが、30wt%までの試料については評価が可能であった。その透過係数は、Nb添加量の増加と共に向上する傾向があり、400℃において最大で純Pd並の1.1×10−8(mol・m−1sec−1Pa−1/2)の透過係数が得られた。
【0017】
(実施例3)
ガスアトマイズ法で作製した平均粒径30μmのNi53Nb20Ti10ZrCoCu金属ガラス粉末と市販のV、Nb、Ta粉末を表2のような割合となるようそれぞれ秤量した後、乳鉢を用いて十分混合した。混合した粉末を、超硬合金製のダイに詰め、ホットプレス(HP)装置の炉内にセットした。真空引き後、Arを導入して不活性雰囲気とした状態で昇温した。Ni53Nb20Ti10ZrCoCu金属ガラスの過冷却液体領域近傍である540、560℃において、圧力780MPaで粉末を押し固め、外径20mm、高さ5mmのコイン状の試料を得た。得られた試料は、密度測定、組織観察を行った。さらにこの試料から、厚さ0.2〜0.3mmの薄い円盤状試料を切り出し、機械研磨後、表面にPdの表面処理を施した後、実際に水素ガスを透過させるガス透過法により、水素透過性能を評価した。
その結果、温度540、560℃共に、概ね97%以上の高い相対密度が得られた。またその透過性能を500℃において評価したところ、それぞれV、Nb、Ta添加量の増加と共に透過性能の向上が認められ、最も高い透過性能を示したNo.14の試料では3.0×10−8(mol・m−1sec−1Pa−1/2)の透過係数が得られた。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の複合金属ガラス水素分離膜は、高水素透過性能と優れた耐水素脆性を有しており、現在のPd合金膜と比較して格段に材料コスト、製造コストが低く、水素分離膜として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の複合金属ガラス水素分離膜を製造する際に使用されるホットプレス法と放電プラズマ焼結法の模式図である。
【図2】SPS法で作製したCu−Zr−Ti+Nbの水素透過性能を示すグラフである。
【図3】HP法及びSPS法で作製したCu−Zr−Ti+Nbの相対密度を示すグラフである。
【図4】HP法で作製したNi−Nb−Ti−Zr−Co−Cu+V、Nb、Taの500℃における水素透過性能を示すグラフである。
【図5】HP法で作製したNi−Nb−Ti−Zr−Co−Cu+V、Nb、Taの相対密度を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アモルファス構造を有する金属ガラス母相に、Nb、Ta、V及びTi粒子からなるグループより選ばれた添加元素の少なくとも1種が分散した構造を有することを特徴とする複合金属ガラス水素分離膜。
【請求項2】
前記金属ガラス母相が、Ni系合金、Co系合金又はCu系合金のいずれかであり、前記添加元素の添加量が5〜80重量%であることを特徴とする請求項1に記載の複合金属ガラス水素分離膜。
【請求項3】
優れた水素透過性能と耐水素脆性を有した複合金属ガラス水素分離膜を製造するための方法であって、当該方法が、母相となる金属ガラス粉末と、Nb、Ta、V及びTi粒子からなるグループより選ばれた添加元素の少なくとも1種とを混合し、前記金属ガラス粉末の過冷却液体領域近傍の温度で加熱、圧縮を行い、複合金属ガラスバルク材を作製する工程、及び、前記複合金属ガラスバルク材を更に過冷却液体領域近傍の温度で薄膜化する工程を含むことを特徴とする複合金属ガラス水素分離膜の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−264775(P2008−264775A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−77292(P2008−77292)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、経済産業省、NEDO委託研究、新エネルギー・産業技術総合開発機構「水素安全利用等基盤技術開発 水素インフラに関する研究開発 高効率水素製造メンブレン技術の開発」、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000239426)福田金属箔粉工業株式会社 (83)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】