説明

複合鋼部品及びその製造方法

【課題】耐摩耗性が必要な部分の十分な表面硬度向上効果が得られると共に、溶接部の特性をこれまで以上に向上させることができ、かつ、製造時の防炭処理を完全に廃止することができる鋼部品の製造方法を提供すること。
【解決手段】第1の鋼部品8を製造する際に、その後の浸炭工程において形成される浸炭層の厚み以上の余剰部826を加えた中間品800を準備し、浸炭雰囲気中において浸炭層を形成する浸炭工程と、浸炭工程に引き続き、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により冷却し、冷却による組織変態が完了する温度以下まで中間品800を冷却する冷却工程と、高密度エネルギーによって中間品800の円筒部81の所望部分を加熱した後に冷却して所望部分に浸炭焼入部を形成する焼き入れ工程と、中間品800の溶接予定部825を最終所望形状となるよう切削する切削工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭焼入部と溶接部の両方を備えた複合鋼部品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車用自動変速機に組み込まれる鋼部品として、スリーブ・ポンプ・インペラ・エクステンションという部品がある。この鋼部品は、円筒形状を呈する円筒部と、該円筒部の一端から径方向外方に延設されたフランジ部とを有する第1の鋼部品と、第2の鋼部品とをフランジ部において溶接接合して作製し、いわば複合鋼部品といえる部品である。第1の鋼部品の円筒部は、その外周面が摺動面となるため、耐摩耗性向上のために浸炭焼き入れ処理が施されている。
一方、上記第1の鋼部品のフランジ部は第2の鋼部品と溶接される溶接予定部を有しており、この溶接予定部は溶接性確保のために浸炭処理を施さないことが求められる。
【0003】
そのため、従来の上記第1の鋼部品の製造方法においては、以下のような複雑な製造方法を採用している。すなわち、素材として比較的炭素含有量が低い鋼材を用い、鍛造及び切削工程を経て、最終製品に近い形状の鋼部品を得る。次いで、その鋼部品の溶接予定部を防炭剤により覆う防炭処理を行う。次いで、ガス浸炭炉において浸炭処理した直後に油焼き入れすると共に、焼き戻し処理を実施する。その後、防炭処理した部分にショットブラストを行って、防炭剤を除去する。最後に、研磨、洗浄等の仕上げ工程を施して第1の鋼部品を得る。その後、第1の鋼部品と第2の部品とが溶接され、最終的な複合鋼部品が得られる。
【0004】
なお、一般的な防炭処理方法等については、例えば以下の特許文献等に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005-76866号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記複合鋼部品の従来の製造方法は、上述したごとく、第1の鋼部品を製造する際に、溶接予定部に対して防炭剤を塗布する防炭処理を施した上で浸炭処理し、その後、防炭剤を除去する工程を行う必要がある。防炭処理及び防炭剤を除去する処理は、非常に工数が多く、コストアップにつながっている。一方、防炭処理を省略した場合には、溶接予定部の素材炭素量が増加し、溶接時に溶接割れを起こすなど弊害がある。従って単純に防炭処理を省略することはできない。
【0007】
また、浸炭処理工程をなくすべく、比較的炭素含有量の高い鋼材を用いて焼き入れだけを行う方法も考えられる。しかしながら、加工性の点から見て炭素含有量の大幅なアップは難しく、浸炭の場合ほどには表面の炭素濃度を高めることができない。そのため、焼き入れによる硬度向上効果が低く、求める耐摩耗性が得られない。
【0008】
本発明は、このような背景に基づいてなされたものであり、耐摩耗性が必要な部分の十分な表面硬度向上効果が得られると共に、溶接部の特性をこれまで以上に向上させることができ、かつ、製造時の防炭処理を完全に廃止することができる複合鋼部品の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の発明は、複数の鋼部品を溶接により連結してなる複合鋼部品を製造する方法において、
円筒形状を呈する円筒部と、該円筒部の一端から径方向外方に延設されたフランジ部とを有し、上記円筒部が浸炭焼き入れ硬化処理を施した浸炭焼入部であると共に、上記フランジ部に第2の鋼部品との溶接が予定されている溶接予定部を有する第1の鋼部品を製造するに当たり、その後の浸炭工程において形成される浸炭層の厚み以上の余剰部を上記溶接予定部に加えた中間品を準備し、
該中間品を浸炭雰囲気中においてオーステナイト化温度以上に加熱して表面に浸炭層を形成する浸炭工程と、
該浸炭工程に引き続き、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により上記中間品を冷却し、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで上記中間品を冷却する冷却工程と、
高密度エネルギーによって上記中間品の上記円筒部の所望部分をオーステナイト領域まで加熱した後にマルテンサイト変態する冷却速度以上の冷却速度により冷却し、上記所望部分に浸炭焼入部を形成する焼き入れ工程と、
上記中間品の上記余剰部を切削する切削工程とを行い、
次いで、得られた上記第1の鋼部品の上記フランジ部における上記溶接予定部に第2の鋼部品を当接させて溶接することにより両者を連結する溶接工程を行うことを特徴とする複合鋼部品の製造方法にある(請求項1)。
【0010】
第2の発明は、複数の鋼部品を溶接により連結してなる複合鋼部品であって、
第1の鋼部品が、円筒形状を呈する円筒部と、該円筒部の一端から径方向外方に延設されたフランジ部とを有し、
上記円筒部は、その表層部がマルテンサイト組織からなると共に内部がベイナイト組織からなる浸炭焼入部からなり、
上記フランジ部は、第2の鋼部品と溶接された溶接部を有し、
該溶接部は、溶融再凝固部と、該溶融再凝固部に隣接する熱影響部とを備え、
上記溶融再凝固部はマルテンサイト・ベイナイト・パーライト組織からなり、上記熱影響部はベイナイト・フェライト・パーライト組織からなることを特徴とする複合鋼部品にある(請求項3)。
【発明の効果】
【0011】
上記第1の発明の製造方法では、上記余剰部を有する中間品を用いて上記浸炭工程、冷却工程を実施する。その後、浸炭焼入部とするべき部分に対して局部的に上記焼き入れ工程を実施すると共に、上記余剰部を除去する切削工程を行う。なお、焼き入れ工程と切削工程の順序はどちらが先でも良い。
【0012】
このような製造工程を採用することによって、上記溶接予定部に対しては、焼き入れ処理を施す必要がなく、かつ、浸炭工程によって炭素濃度が高くなった部分については上記余剰部と共に上記切削工程において除去することができる。そのため、溶接予定部を設ける場合における従来のような防炭処理及び防炭剤除去処理を完全に省略することができ、これらに関わる工数と使用エネルギーの削減を実現することができる。
【0013】
また、上記浸炭焼入部は、高密度エネルギーを用いた上記焼き入れ工程を局部的に実施することにより、歪み発生を抑制しつつ、耐摩耗性に優れた高硬度の表面状態を有すると共に靱性に優れた内部を有する浸炭焼入部を得ることができる。
また、上記第1の鋼部品の全体形状は、上記浸炭工程後に急冷することなく冷却速度を制限した上記冷却工程を実施することにより、冷却歪みが抑制され、寸法精度を良好に維持することができる。
【0014】
このように、上記製造方法によれば、上記第1の鋼部品を得る際に、耐摩耗性が必要な部分の十分な表面硬度向上効果が得られると共に、溶接予定部の溶接性をこれまで以上に向上させることができ、かつ、製造時の防炭処理を完全に廃止することができる。
【0015】
また、その後の溶接工程においては、上記のごとく、溶接性の良い溶接予定部において溶接を行うため、優れた溶接強度を有する複合鋼部品を得ることができる。
【0016】
上記第2の発明の複合鋼部品は、例えば上記製造方法を適用することによって容易に製造することができる。そして、上記特定の組織の浸炭焼入部からなる円筒部が優れた耐摩耗性を発揮し、上記フランジ部における特定の組織からなる溶接部が優れた特性を有するものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例1における、第1の鋼部品の斜視図。
【図2】実施例1における、第1の鋼部品の断面図(図1のA−A線矢視断面図)。
【図3】実施例1における、中間部材の断面図。
【図4】実施例1における、浸炭工程直後の組織状態を示す説明図。
【図5】実施例1における、焼き入れ工程直後の組織状態を示す説明図。
【図6】実施例1における、切削工程後の組織状態を示す説明図。
【図7】実施例1における、熱処理設備の構成を示す説明図。
【図8】実施例1における、浸炭工程及び冷却工程のヒートパターンを示す説明図。
【図9】実施例1における、焼き入れ工程のヒートパターンを示す説明図。
【図10】比較部品の組織状態を示す説明図。
【図11】実施例1における、第1の鋼部品と第2の鋼部品との溶接位置を示す説明図。
【図12】実施例1における、第1の鋼部品と第2の鋼部品との溶接部の組織状態を示す説明図。
【図13】実施例1における、第1の鋼部品と第2の鋼部品とを溶接してなる複合鋼部品を組み込んだ組立部品の構成を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
上記複合鋼部品の製造方法において、上記浸炭工程は、大気より酸素濃度が低い低酸素浸炭雰囲気中において行うことが好ましい(請求項2)。具体的な方法としては、例えば、大気圧よりも低く減圧した減圧下の浸炭ガス中において行う方法がある。つまり、減圧浸炭工程を採用することが有効である。減圧浸炭工程では、高温の浸炭炉の内部を減圧状態に維持しながら比較的少量の浸炭ガスによって浸炭処理を行うことができるので、従来よりも効率よく浸炭処理を行うことができる。また、従来の大型の熱処理炉を用いた長時間の加熱処理が不要となるので、処理時間の短縮および消費エネルギーの低減、さらには、浸炭焼入れ設備そのものの小型化を図ることができる。
【0019】
また減圧浸炭を採用することより、浸炭工程において、浸炭雰囲気を大気圧に対して減圧することで、雰囲気中の酸素量を低く抑えることができる。これにより浸炭層の粒界酸化を防ぐことができる。
【0020】
また、大気より酸素濃度が低い浸炭雰囲気において行う浸炭方法としては、上記の減圧浸炭方法に限られず、例えば、雰囲気を減圧することなく、窒素ガスや不活性ガスを充填することで、雰囲気中の酸素量を低く抑えることにより、浸炭層の粒界酸化を防ぐ方法も採用可能である。
【0021】
上記減圧浸炭は、真空浸炭ともいい、炉内の雰囲気を減圧して、浸炭ガスとして炭化水素系のガス(例えばメタン、プロパン、エチレン、アセチレン等)を直接炉内に挿入して行う浸炭処理である。減圧浸炭処理は、一般的に、浸炭ガスが鋼の表面に接触した際に分解して発生する活性な炭素が鋼の表面において炭化物となって鋼中に蓄えられる浸炭期と、炭化物が分解し、蓄えられていた炭素がマトリックスに溶解して内部に向って拡散していく拡散期とにより構成される。なお、炭素の供給ルートは、炭化物経由のルートによるものに限らず、直接マトリックスに溶解するルートを通るものも存在すると言われている。
【0022】
また、上記浸炭工程は、1〜100hPaの減圧条件下において行うことが好ましい。減圧浸炭工程における浸炭時の減圧が1hPa未満の場合には真空度維持のために高価な設備が必要となるという問題が生じる可能性がある。一方、100hPaを超える場合には浸炭中にススが発生し、浸炭濃度ムラが生じるという問題が生じるおそれがある。
また、上記浸炭ガスとしては、例えば、アセチレン、プロパン、ブタン、メタン、エチレン、エタン等の炭化水素系のガスを適用することができる。
【0023】
また、上記鋼部品用の鋼素材としては、炭素含有量が0.30質量%以下程度の低炭素鋼あるいは低炭素合金鋼を用いることが好ましい。特に、合金添加元素の少ない低炭素鋼を用いることが、コスト上、あるいは希少元素の消費量低減の面から好ましい。そして、このような低炭素鋼を素材として用いても、上記製造方法を採用することによって、上記のごとく優れた特性の複合鋼部品を得ることが可能である。
【実施例】
【0024】
(実施例1)
本発明の実施例に係る複合鋼部品及びその製造方法につき、図を用いて説明する。
本例において製造する第1の鋼部品8は、図1及び図2に示すごとく、自動車用自動変速機に組み込まれる鋼部品であって、円筒形状を呈する円筒部81と、円筒部81の一端から径方向外方に延設されたフランジ部82とを有する部品である。そして、第1の鋼部品8は、円筒部81が浸炭焼き入れ硬化処理を施した浸炭焼入部であると共に、フランジ部82に、第2の鋼部品との溶接が予定されている溶接予定部825を有する。また、上記円筒部81における他端には、周方向に2箇所の切り欠き部815が設けられている。
【0025】
このような第1の鋼部品8を製造するに当たり、まず、炭素含有量が0.15質量%の低炭素鋼を素材として、熱間鍛造工程、及び切削工程を経て作製した中間品800を準備する。この中間品800は、図3に示すごとく、溶接予定部825の形状を、その後の浸炭工程において形成される浸炭層の厚み以上の余剰部826を破線Kによって示された最終所望形状に加えた形状としたものである。
【0026】
次に、中間品800を浸炭雰囲気中においてオーステナイト化温度以上に加熱して表面に浸炭層を形成する浸炭工程を実施する。
次に、この浸炭工程に引き続き、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により中間品800を冷却し、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで中間品800を冷却する冷却工程を実施する。
【0027】
次に、高密度エネルギーによって中間品800の浸炭焼入部にすべき部分である円筒部81全体をオーステナイト領域まで加熱した後にマルテンサイト変態する冷却速度以上の冷却速度により冷却する焼き入れ工程を実施する。
【0028】
その後、中間品800の溶接予定部825を最終所望形状となるよう切削する切削工程を実施する。なお、この切削工程と上記焼き入れ工程とは順序を入れ替えることも可能である。
以下、さらに詳説する。
【0029】
まず、上記中間品800に対して浸炭工程から焼き入れ工程までを行うための熱処理設備5及び具体的な熱処理条件等について簡単に説明する。
図7に示すごとく、熱処理設備5は、浸炭焼入れ処理前に鋼部品を洗浄するための前洗槽51と、加熱室521、減圧浸炭室522、および減圧徐冷室523を備えた減圧浸炭徐冷装置52と、高周波焼き入れ機53と、欠陥を検査するための磁気探傷装置54とを備えたものである。
【0030】
処理設備5を用いて行う本例の浸炭工程は、大気圧よりも低く減圧した減圧下の浸炭ガス中において行う減圧浸炭工程である。この工程におけるヒートパターンAを図8に示す。同図は、横軸に時間を、縦軸に温度を取ったものである。
【0031】
同図より知られるごとく、浸炭工程のヒートパターンAは、昇温領域aにおいて浸炭温度まで昇温し、次に、保持領域b1、b2において温度を一定に保持した。保持温度はオーステナイト化温度以上の温度である950℃一定とした。この保持領域の最初の領域b1は、浸炭処理における浸炭期の領域であり、その後の領域b2は浸炭処理における拡散期の領域である。減圧浸炭処理の減圧条件は、1〜3.5hPaとし、上記浸炭期の領域b1での浸炭ガスとしてアセチレンを用いた。
【0032】
減圧浸炭処理の拡散期を終えた後、冷却工程としての冷却領域cを行う。本例では減圧徐冷工程を採用し、その減圧条件は600hPaとした。また、冷却雰囲気ガスは窒素(N2)とした。また、減圧徐冷工程の冷却速度は、浸炭処理直後のオーステナイト化温度以上の温度からA1変態点よりも低い150℃の温度となるまで、冷却速度は0.1〜3.0℃/秒の範囲内となる条件とした。なお、ここで示すヒートパターンA及び他の条件は一つの例であって、適宜予備試験等によって処理する鋼部品にとって最適な条件に変更可能である。
【0033】
冷却工程後に行う本例の焼き入れ工程は、その加熱手段として高周波加熱を採用し、急冷手段として水冷を採用した。このヒートパターンBを図9に示す。同図は、横軸に時間を、縦軸に温度を取ったものである。同図に示すごとく、本例の焼き入れ工程は、高周波加熱によって円筒部81全体を、オーステナイト化温度以上の温度に加熱する昇温領域d1と、その後、浸炭層においてマルテンサイト変態する急冷臨界冷却速度以上の冷却速度が容易に得られるように、水や焼割れ防止剤を含んだ冷却水を噴射して水焼入れする急冷領域d2とからなる。ヒートパターンBは、適宜予備試験等によって処理する鋼部品にとって最適な条件に変更可能である。
【0034】
次に、上記各工程を経ることによる中間品800及び第1の鋼部品8における各部の組織状態の変化について説明する。
まず、中間品800は、図3に示すごとく、溶接予定部825の形状が、余剰部826を加えた形状を呈している。浸炭工程前の内部組織は、熱間鍛造を終えた通常の鋼部品と同様に、塑性加工が施された組織状態となっている。浸炭工程を施すことによって、中間品800の全体がオーステナイト組織となる。なお、このとき、中間品800の表層部は、炭素濃度が母材よりも高くなった高炭素濃度の浸炭層88(図4参照)となる。
【0035】
次いで、図4に示すごとく、オーステナイト組織状態の中間品800は、その後の減圧徐冷工程を施すことによって、浸炭層88以外はフェライト・パーライト組織FPとなり、表層の浸炭層88はパーライト組織Pとなる。
【0036】
次に、中間品800の円筒部81は、高周波加熱によって加熱されオーステナイト組織状態となる。その後の水冷により、図5に示すごとく、浸炭層88はマルテンサイト組織Mとなり、その内側はベイナイト組織Bとなる。一方、焼き入れ工程を施さないフランジ部82は、表層の浸炭層88がパーライト組織Pであると共に内部がフェライト・パーライト組織FPのままの状態を維持する。
【0037】
その後、中間品800のフランジ部82における溶接予定部825は、切削工程を施されることにより、浸炭層88を含む余剰部826が除去される。これにより、最終形状の第1の鋼部品8が得られる。そして、第1の鋼部品8の溶接予定部825は、フェライト・パーライト組織FPが露出した状態となる。なお、切削工程処理時には、その前又は後に研磨処理あるいは研削処理等を施して、全体の寸法精度をさらに向上させることおよび最後に洗浄を行うことが製品品質の向上に有効である。
【0038】
次に、得られた第1の鋼部品8の各部の硬度特性及び溶接性を評価した。また、比較のために、従来の製造方法によって得られた比較部品9を準備した。
比較部品9は、フランジ部92の表面を防炭剤で覆う防炭処理を施した後、浸炭焼き入れ処理を実施し、その後ショットブラストによって防炭剤を除去し、さらに研磨等の仕上げ処理を施したものである。図10に示すごとく、比較部品9は、防炭処理を施していなかった円筒部91の表面層が浸炭層98となっていると共にマルテンサイト組織Mとなっており、その内部及びフランジ部92全体がベイナイト組織Bとなっている。
【0039】
第1の鋼部品8及び比較部品9の各部の硬度は、断面において測定した。
第1の鋼部品8の円筒部81の浸炭層88(図6)におけるマルテンサイト組織Mの部分の硬度は、ビッカース硬さにおいてHV756〜820の範囲にあり、非常に高硬度であることが分かった。また、第1の鋼部品8の円筒部81の内部のベイナイト組織Bよりなる部位は、ビッカース硬さにおいてHV331〜459の範囲にあり、適度な硬度を有し、靱性にも優れる範囲にあることがわかった。さらに、第1の鋼部品8のフランジ部82における溶接予定部825を含むフェライト・パーライト組織FPの部分は、ビッカース硬さにおいてHV154〜163の範囲にあり、比較的低硬度であり、一方、フランジ部82の表層の浸炭層88のパーライト組織Pよりなる部分は若干硬度が高く、ビッカース硬さにおいてHV298〜311の範囲にあった。
【0040】
これに対し、比較部品9は、円筒部91の浸炭層98(図10)におけるマルテンサイト組織Mの部分の硬度は、ビッカース硬さにおいてHV765〜787の範囲にあり、非常に高硬度であった。また、比較部品9の円筒部91の内部およびフランジ部92全体のベイナイト組織Bよりなる部位は、ビッカース硬さにおいてHV282〜332の範囲にあった。
【0041】
上記比較部品9と本例の第1の鋼部品8との比較により、第1の鋼部品8の円筒部81は、比較部品9と比べて、円筒部81の表面硬度が同等程度有り、非常に優れた耐摩耗性特性を維持していることが分かった。
【0042】
次に、第1の鋼部品8及び比較部品9の溶接性を評価した。具体的には、図11に示すごとく、溶接予定部825に溶接すべき第2の鋼部品71を準備し、溶接部位Wに対して実際にアーク溶接を施して複合鋼部品75を得た。そして、溶接部750について、スリーブ溶接強度確認試験(溶接箇所に荷重をかけて溶接部の強度を測定)とリークテストを行った。
試験の結果、スリーブ溶接強度確認試験においては比較部品と同等以上の溶接部強度が実現できていることが分かった。また、両者ともリークテストにおいても問題は発生しなかった。これらの結果から、第1の鋼部品8の溶接性は比較部品9と同等以上であることが分かった。
【0043】
第1の鋼部品8と第2の鋼部品71とから作製した複合鋼部品75の溶接部750は、図12に示すごとく、溶融再凝固部751と、これに隣接する熱影響部752とを備える。溶融再凝固部751はマルテンサイト・ベイナイト・パーライト組織MBP、つまり、マルテンサイト組織とベイナイト組織とパーライト組織とが混ざった組織となっている。また、熱影響部751はベイナイト・フェライト・パーライト組織BFP、つまり、ベイナイト組織とフェライト組織とパーライト組織とが混ざった組織となっている。熱影響部751の周囲は、もとの溶接予定部825のフェライト・パーライト組織FPよりなる。第1の鋼部品8のその他の部分の組織は、溶接工程前と変わっていない。なお、第2の鋼部品71における溶接部750の周囲の組織はフェライト・パーライト組織FPよりなる。
【0044】
次に、図13には、上記第2の鋼部品71と第1の鋼部品8とを溶接部750を介して連結してなる複合鋼部品75を組み込んだ組立部品7を示す。組立部品7は、自動車用自動変速機に組み込まれるトルクコンバーター(T/C)である。第1の鋼部品8は、組立部品7におけるポンプインペラハブという部品であり、円筒部81に優れた耐摩耗性が必要であると共に、フランジ部82には第2の鋼部品71であるポンプシェルとの優れた溶接性が求められる。このような用途において、上記実施例の第1の鋼部品8及びこれを第2の鋼部品71に溶接してなる複合鋼部品75は、要求品質を十分に具備し、優れた性能を発揮する。また、第1の鋼部品8は、ポンプインペラハブに限定されず、円筒部とフランジ部を有する部品であればよく、例えば、自動車用自動変速機における入力軸、出力軸などの動力伝達軸でもよい。
【符号の説明】
【0045】
5 熱処理設備
71 第2の鋼部品
75 複合鋼部品
8 第1の鋼部品
800 中間品
81 円筒部
82 フランジ部
825 溶接予定部
826 余剰部
B ベイナイト組織
M マルテンサイト組織
FP フェライト・パーライト組織
P パーライト組織

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の鋼部品を溶接により連結してなる複合鋼部品を製造する方法において、
円筒形状を呈する円筒部と、該円筒部の一端から径方向外方に延設されたフランジ部とを有し、上記円筒部が浸炭焼き入れ硬化処理を施した浸炭焼入部であると共に、上記フランジ部に第2の鋼部品との溶接が予定されている溶接予定部を有する第1の鋼部品を製造するに当たり、その後の浸炭工程において形成される浸炭層の厚み以上の余剰部を上記溶接予定部に加えた中間品を準備し、
該中間品を浸炭雰囲気中においてオーステナイト化温度以上に加熱して表面に浸炭層を形成する浸炭工程と、
該浸炭工程に引き続き、マルテンサイト変態する冷却速度よりも遅い冷却速度により上記中間品を冷却し、かつ、冷却による組織変態が完了する温度以下まで上記中間品を冷却する冷却工程と、
高密度エネルギーによって上記中間品の上記円筒部の所望部分をオーステナイト領域まで加熱した後にマルテンサイト変態する冷却速度以上の冷却速度により冷却し、上記所望部分に浸炭焼入部を形成する焼き入れ工程と、
上記中間品の上記余剰部を切削する切削工程とを行い、
次いで、得られた上記第1の鋼部品の上記フランジ部における上記溶接予定部に第2の鋼部品を当接させて溶接することにより両者を連結する溶接工程を行うことを特徴とする複合鋼部品の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の複合鋼部品の製造方法において、上記浸炭工程は、大気より酸素濃度が低い低酸素浸炭雰囲気中において行うことを特徴とする複合鋼部品の製造方法。
【請求項3】
複数の鋼部品を溶接により連結してなる複合鋼部品であって、
第1の鋼部品が、円筒形状を呈する円筒部と、該円筒部の一端から径方向外方に延設されたフランジ部とを有し、
上記円筒部は、その表層部がマルテンサイト組織からなると共に内部がベイナイト組織からなる浸炭焼入部からなり、
上記フランジ部は、第2の鋼部品と溶接された溶接部を有し、
該溶接部は、溶融再凝固部と、該溶融再凝固部に隣接する熱影響部とを備え、
上記溶融再凝固部はマルテンサイト・ベイナイト・パーライト組織からなり、上記熱影響部はベイナイト・フェライト・パーライト組織からなることを特徴とする複合鋼部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−224940(P2012−224940A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96433(P2011−96433)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】