説明

視覚機能障害の予防または改善剤

【課題】 網膜の黄斑は、視力の中心を担っており、健全な視覚機能を維持する上で必要不可欠な組織である。その一方で、網膜は常に光に曝されているため、障害を受けやすい部位である。網膜の障害は、視力や視野の低下、かすみ目といった症状で現れ、著しい視覚機能の低下を引き起こす。
本発明は網膜アポトーシスにより生じる視覚機能障害の予防または改善に有効で安全性の高い医薬品、医薬部外品または食品を提供すること。
【解決手段】 ケイヒおよびレイシカクから選ばれる1種または2種を配合したことを特徴とする視覚機能障害の予防または改善剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長期間服用しても安全で有効な視覚機能障害の予防または改善に有効な医薬品、医薬部外品または食品に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会、コンピュータ社会の到来とともに、視覚機能の低下が問題となっている。網膜の黄斑は、視力の中心を担っており、健全な視覚機能を維持する上で必要不可欠な組織である。その一方で、網膜は常に光に曝されているため、酸化ストレスを受けやすく障害を受けやすい部位である。網膜の障害は、眼精疲労、視力低下、老視、かすみ目、視野低下、暗順応低下、加齢黄斑変性症または網膜色素変性症といった症状で現れ、著しい視覚機能の低下を引き起こす。その結果、筋肉、神経等に過剰な負荷が生じ、眼精疲労を引き起こす(非特許文献1参照)。
【0003】
眼に入った光は、角膜、水晶体、硝子体を通って網膜へと到達する。中でも、この光を捉える部位である網膜が視覚機能の中心を担っている。網膜は、眼球の内側から内境界膜、視神経線維層、神経節細胞層、内網状層、内顆粒層、外網状層、外顆粒層、外境界膜、視細胞層、網膜色素上皮層の10層からなる。
【0004】
これら網膜の各部位の機能を評価する方法としては、電気生理学的な手法である網膜電図が広く用いられている。網膜電図はa波、b波、c波および律動様小波の4つの波形に大きく分類される。a波は視細胞を、b波はミュラー細胞や双曲細胞を、c波は網膜色素上皮細胞を、律動様小波はアマクリン細胞を起源とする波形を示している。つまり、網膜電図を測定することにより、網膜の障害部位を特定することができ、視覚機能を評価することが可能である。また、これらの波形は光暴露によっても減弱することが知られている(非特許文献2参照)。
【0005】
網膜障害モデル動物としても、光障害モデルが広く用いられており、光照射を行うことにより、網膜電図の各波形が減弱するとともに、網膜にアポトーシスが生じることが知られている(非特許文献3及び4参照)。近年、網膜疾患の原因の一つとして、単なる光による酸化ストレスではなく、青色光による網膜細胞のアポトーシスが注目されている。網膜に青色光が照射されると網膜素上皮細胞に蓄積するリポフスチンと特異的に反応し、網膜色素上皮細胞のアポトーシスを誘導することが知られている(非特許文献5及び6参照)。
【0006】
すなわち網膜電図の測定、青色光による網膜細胞のアポトーシスの測定により、眼精疲労、視力低下、老視、かすみ目、視野低下、暗順応低下、加齢黄斑変性症または網膜色素変性症の評価をすることができる。
【0007】
網膜は、一度障害を受けると自然に再生することができない組織であり、現在のような高齢化社会、コンピュータ社会において、長期間の光刺激から網膜を保護することは質の高いQOLを維持する上で必要不可欠である。
【0008】
天然物由来の網膜障害予防剤としては、茶の抽出物を有効成分とした網膜障害予防剤(特許文献1及び2参照)が知られている。また、一部の抗酸化物質が網膜疾患に有効との報告もあるが、逆に負の相関があるとの報告もあり、未だ、十分効果のある予防及び治療薬は存在していない(非特許文献7)。
【0009】
ケイヒ(桂皮)はクスノキ科(Lauraceae)のケイヒ(Cinnamomum Cassia)およびその他同属植物の主に樹皮を乾燥したものであり、健胃、駆風、矯味、発汗、解熱、鎮痛薬として、中枢神経系の興奮を鎮静し、水分代謝を調節し、体表の毒を去り、これを和解する作用があることから、頭痛、発熱、のぼせ、感冒、身体疼痛などに対する効果が知られている(非特許文献8)。また、ケイヒの網膜のアポトーシス抑制作用や網膜障害に由来する視覚機能障害に対する効果は知られていない。
【0010】
レイシカクは,ムクロジ科(Sapindaceae)のレイシ(Litchi Chinensis)の果実の種子を乾燥したものであり、収斂、鎮痛、消炎薬として、瘰癧、胃痛、腸疝痛、睾丸炎腫痛、咳などに対する効果が知られている(非特許文献9)。また、レイシカクのアポトーシスに関する知見としては、ライチ抽出物を有効成分とするアポトーシス誘導剤(特許文献4)が知られているが、網膜に対するアポトーシス抑制作用や網膜障害に由来する視覚機能障害に対する効果は知られていない。
【0011】
【特許文献1】特開2001−270832号公報
【特許文献2】特開2002−220340号公報
【特許文献3】特開2001−226276号公報
【特許文献4】特開2003−252780号公報
【非特許文献1】あたらしい眼科、14(9)、1289-1293、1997
【非特許文献2】加齢と眼、48-50、1999
【非特許文献3】Jpn J Ophthalmol、44、615-619、2000
【非特許文献4】Invest Ophthalmol Visual Sci、43(10)、3349-3354、2002
【非特許文献5】Invest Ophthalmol Visual Sci、42(6)、1356-1362、2001
【非特許文献6】J Biol Chem、278、18207-18213、2003
【非特許文献7】眼科診療プラクティス、5(7)、92、2002
【非特許文献8】和漢薬百科図鑑II 140−142
【非特許文献9】和漢薬百科図鑑I 253−254
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、長期間服用しても安全で有効な視覚機能障害の予防または改善剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、ケイヒおよびレイシカクエキスが光照射により生じる網膜障害モデルラットに対する視覚機能障害の予防効果及び網膜アポトーシス抑制効果を有することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、
(1)ケイヒおよびレイシカクから選ばれる1種または2種を配合したことを特徴とする視覚機能障害の予防または改善剤、
(2)視覚機能障害が網膜障害である(1)に記載の予防または改善剤、
(3)ケイヒおよびレイシカクから選ばれる1種または2種を配合したことを特徴とする網膜アポトーシス抑制剤、
である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、光などにより生じる視覚機能障害の予防または改善に有効で安全性の高い医薬品、医薬部外品または食品の提供が可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明に用いるケイヒおよびレイシカクは、そのまま生薬末として、または水、有機溶媒、それらの混合溶媒などで抽出したエキスとして使用できる。またエキスは、乾燥エキス、流エキスなどを用いることもできる。
【0016】
本発明に用いるケイヒはクスノキ科(Lauraceae)のCinnamomum Cassiaおよびその他同属植物の樹皮又は周皮の一部を除いたもの、枝、果実、葉などを使用することができる。好ましくは、Cinnamomum Cassia Blume又はその他同属植物の樹皮又は周皮の一部を除いたものである。
【0017】
本発明に用いるレイシカクは、ムクロジ科(Sapindaceae)のレイシ(Litchi Chinensis)の果実及びその種子を使用することができる。好ましくは、成熟果実の種子である。
【0018】
ケイヒおよびレイシカクの抽出に用いる溶媒は特に限定されず、例えば、抽出溶媒として水、エタノール、メタノール、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、酢酸エチル、ベンゼン、ヘキサン、エチルエーテル、アセトン、塩化メチレンなどがあげられる。またこれら溶媒は、一種または二種以上を組み合わせて使用することができる。そのうちで、好ましい抽出溶媒としては、水、エタノールまたはそれらの混合溶媒が好ましく、有効成分を効率良く抽出するためには、エタノール濃度15〜85質量%の含水エタノールがさらに好ましい。
【0019】
本発明で用いるケイヒおよびレイシカクの投与量は、年齢、性別、体重などを考慮して適宜増減できるが、通常、成人で1日、原生薬換算量として、経口剤の場合1mg〜50g、好ましくは100mg〜15gであり、非経口剤の場合0.01mg〜5g、好ましくは0.05mg〜2gである。
【0020】
本発明においては、より優れた効果の点から、さらにビタミン類を添加すると好ましい。ビタミン類としてはビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンH、ビタミンKおよびその誘導体等があげられ、これらの一種または二種以上を配合することができ、より好ましいものとしては、ビタミンB群があげられる。
【0021】
本発明に使用されるビタミンB群としては、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、ニコチン酸等があげられ、ビタミンB1、ビタミンB6、ビタミンB12、葉酸がより好ましく、ビタミンB6が特に好ましい。
【0022】
本発明に使用されるビタミンB1としては、塩酸チアミン、硝酸チアミン、硝酸ビスチアミン、チアミンジスルフィド、チアミンジセチル硫酸エステル塩、塩酸ジセチアミン、塩酸フルスルチアミン、オクトチアミン、シコチアミン、ビスイブチアミン、ビスベンチアミン、フルスルチアミン、プロスルチアミン、ベンフォチアミン等があげられる。
【0023】
本発明に使用されるビタミンB6としては、塩酸ピリドキシン、リン酸ピリドキサール等があげられる。
【0024】
本発明に使用されるビタミンB12としては、メコバラミン、塩酸ヒドロキソコバラミン、酢酸ヒドロキソコバラミン、シアノコバラミン、ヒドロキソコバラミン等があげられる。
【0025】
本発明は、発明の効果を損なわない質的および量的範囲で、アミノ酸、賦形剤、pH調整剤、清涼化剤、懸濁化剤、消泡剤、粘稠剤、溶解補助剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、抗酸化剤、コーティング剤、着色剤、矯味矯臭剤、界面活性剤、可塑剤、香料などを配合することができ、常法により、錠剤、液剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、チュアブル錠、ドライシロップ剤、点眼剤、点鼻剤、クリーム剤、ローション剤、ゲル剤、軟膏剤、貼付剤、乳剤などの経口または非経口製剤とすることができる。
【0026】
以下に実施例および試験例をあげ、本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例1】
【0027】
原生薬量500gのケイヒを細切後、10倍量の50%エタノールを加え、沸騰状態で30分間加熱抽出し、濾過後減圧下でエタノールを留去し、さらに、濃縮を行うことによりエキスを得た。
【実施例2】
【0028】
原生薬量500gのケイヒを細切後、10倍量の水を加え、100℃で30分間加熱抽出し、濾過後減圧下で濃縮を行うことによりエキスを得た。
【実施例3】
【0029】
原生薬量500gのレイシカクを細切後、10倍量の50%エタノールを加え、沸騰状態で30分間加熱抽出し、濾過後減圧下でエタノールを留去し、さらに、濃縮を行うことによりエキスを得た。
【実施例4】
【0030】
実施例3で得られたレイシカクエキスに等量のデキストリンを添加し、乾燥粉末を得た。
【実施例5】
【0031】
原生薬量500gのレイシカクを細切後、10倍量の水を加え、100℃で30分間加熱抽出し、濾過後減圧下で濃縮を行うことによりエキスを得た。
【実施例6】
【0032】
実施例1で得られたケイヒエキスを1.6g秤量し、精製水を加え、全量100mLとし、エキス濃度が原生薬換算1.0g/10mLとなる液剤を調整した。
【実施例7】
【0033】
実施例3で得られたレイシカクエキスを1.3g秤量し、精製水を加え、全量100mLとし、エキス濃度が原生薬換算1.0g/10mLとなる液剤を調整した。
【実施例8】
【0034】
実施例1で得られたケイヒエキスを0.8g、実施例3で得られたレイシカクエキスを0.65g秤量し、精製水を加え、全量100mLとし、エキス濃度が原生薬換算1.0g/10mLとなる液剤を調整した。
【実施例9】
【0035】
実施例1で得られたケイヒエキスを0.16g、実施例3で得られたレイシカクエキスを0.13g、硝酸チアミンを0.1g、塩酸ピリドキシンを0.1g、シアノコバラミンを0.0015g秤量し、精製水を加え、全量100mLとなる液剤を調整した。
【実施例10】
【0036】
ケイヒ末を1gを秤量し、精製水を加え、全量100mLとなる懸濁液剤を調整した。
【実施例11】
【0037】
実施例3で得られたレイシカクエキスを0.13g秤量し、精製水を加え、全量100mLとなる液剤を調整した。
【実施例12】
【0038】
ケイヒ末を1g、実施例3で得られたレイシカクエキスを0.13g、塩酸ピリドキシンを1g秤量し、精製水を加え、全量100mLとなる液剤を調整した。
【0039】
試験例1
試験にはSD系雄性ラット9週齢オス(日本チャールスリバー)を用いた。ラットに実施例6及び実施例7にて得られた液剤を10mL/Kgの用量で1日1回、2週間経口投与した。12日目に中心波長約470nmの青色光を24時間照射した。照射終了48時間後に約15時間の暗順応の後、ケタミン−キシラジン麻酔下にて網膜電図を測定し、a波およびb波の振幅(μV)を測定した。また、比較対照群として、無処置群および光照射のみを行った光照射群を設定した。なお、すべての群の例数は10とした。
【0040】
結果を表1に示した。なお、表中数字は平均値±標準誤差を示している。
【0041】
【表1】

【0042】
表1で示したように、無処置群と比較して、光照射群では、a波、b波共に有意に振幅が低下した。一方、ケイヒエキス投与群およびレイシカクエキス投与群は光照射群と比較して、a波、b波共に有意に振幅の低下が抑制された。
【0043】
以上の結果、ケイヒエキスおよびレイシカクエキスは光照射により生じる網膜障害を防ぎ、視覚機能の低下を予防あるいは改善することが明らかになった。
【0044】
試験例2
試験にはSD系雄性ラット6週齢オス(日本チャールスリバー)を用いた。ラットに実施例12にて得られた液剤を10mL/Kgの用量で1日1回、10日間経口投与した。無処置群及び光照射群には精製水を投与した。12日目に中心波長約470nmの青色光を24時間照射した。照射終了48時間後に約15時間の暗順応の後、ケタミン−キシラジン麻酔下にて網膜電図を測定し、a波の振幅(μV)を測定した。また、比較対照群として、無処置群および光照射のみを行った光照射群を設定した。なお、すべての群の例数は10とした。
【0045】
結果を表2に示した。なお、表中数字は平均値を示している。
【0046】
【表2】

【0047】
表2で示したように、無処置群と比較して、光照射群では、a波の振幅が有意に低下した。実施例12投与群では光照射群と比較して、a波の振幅の低下が有意に抑制された。
【0048】
以上の結果、ケイヒ、レイシカク、ビタミンを併用することにより、光照射により生じる網膜障害の抑制作用が増強されることが明らかになった。
【0049】
試験例3
網膜色素上皮細胞を96穴プレートにD−MEM/F12培地を用いて1ウェル当たり1×10個になるように藩種し、COインキュベータ内で培養した。正常サンプル以外にはリポフスチンを約25μMになるよう添加し、さらにケイヒエキスサンプル及びレイシカクエキスサンプルには実施例1または実施例3で得られたそれぞれのエキスを100μg/mLになるよう添加した。約24時間の培養の後、中心波長約470nmの青色光をCOインキュベータ内で1時間照射し、翌日、正常サンプルの細胞の生存率を100%としたときの各群の生存率をCell Counting Kit−8(和光純薬工業)を用いて算出した。また、細胞死の形態がアポトーシスであることはアポトーシススクリーニングキットワコー(和光純薬工業)を用いて確認した。結果を表3に示した。
【0050】
【表3】

【0051】
表3で示したように対照群と比較してケイヒエキスサンプル及びレイシカクエキスサンプルでは、対照サンプルと比較して高い生存率を示した。すなわち、ケイヒ及びレイシカクは網膜細胞のアポトーシスを強く抑制し、網膜保護作用を示すことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
ケイヒおよびレイシカクは、網膜アポトーシスにより生じる網膜機能低下の抑制に有効であることから、本発明は視覚機能障害を予防あるいは改善するための医薬品、医薬部外品または食品に使用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイヒおよびレイシカクから選ばれる1種または2種を配合したことを特徴とする視覚機能障害の予防または改善剤。
【請求項2】
視覚機能障害が網膜障害である請求項1に記載の予防または改善剤。
【請求項3】
ケイヒおよびレイシカクから選ばれる1種または2種を配合したことを特徴とする網膜アポトーシス抑制剤。

【公開番号】特開2007−211003(P2007−211003A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−1909(P2007−1909)
【出願日】平成19年1月10日(2007.1.10)
【出願人】(000002819)大正製薬株式会社 (437)
【Fターム(参考)】