説明

観察システムおよび観察方法

【課題】より簡単かつ堅牢な構成で、空間的分解能の高い観測ができるようにする。
【解決手段】高次高調波発生装置41は、パルスレーザを標的Mに照射することにより、高次高調波を発生させる。高速CCDカメラ42は、高次高調波を検出し、デジタルの信号としてイメージング装置43に出力する。イメージング装置43は、高次高調波のスペクトル強度を演算し、演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算することにより、標的Mの光再結合断面積スペクトルの実測値を演算する。そして、イメージング装置43は、演算により得られた光再結合断面積スペクトルの実測値に基づいて、標的Mを同定し、標的Mの画像をディスプレイ44に表示させる。本発明は、例えば、原子または分子の構造を観察する観察システムに適用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、観察システムおよび観察方法に関し、特に、より簡単かつ堅牢な構成で、空間的分解能の高い観測ができるようにする観察システムおよび観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電子レベルの観測が可能な空間的分解能の高い観測方法の1つとして、走査型トンネル顕微鏡を用いた観測が知られている。走査型トンネル顕微鏡は、原子1個1個の波動関数によるトンネル電流を探針先端の原子に流すことで、電子レベルの観測を可能にしている。
【0003】
しかし、走査型トンネル顕微鏡では、原子内部での状態遷移を観測できるほどの空間的分解能はなく、したがって、原子内部での状態遷移については観測できなかった。
【0004】
また、空間的分解能の高いその他の観測方法として、例えば、特許文献1で開示されているような、高次高調波による干渉を用いたイメージング法がある。
【0005】
図1は、特許文献1に開示されている高次高調波による干渉を用いたエックス線干渉計測装置の構成を示している。
【0006】
図1のエックス線干渉計測装置は、高次高調波エックス線を発生する高次高調波エックス線発生器11、高次高調波エックス線を2つにわける針孔回折干渉計板12、エックス線フィルタ13、およびエックス線検出器14により構成される。
【0007】
高次高調波エックス線発生器11は、レーザ発生器21、集束強度調節器22、チャンバ23、および圧力調節器24により構成される。
【0008】
レーザ発生器21は、高出力フェムト秒レーザを発生させ、出力する。集束強度調節器22は、高出力フェムト秒レーザの集束強度を適切に調節する。チャンバ23内にはアルゴン等の気体が充填され、圧力調節器24によって気体の圧力が適切に調節される。
【0009】
レーザ発生器21により発生された高出力フェムト秒レーザがチャンバ23内の気体(例えば、アルゴン)に集束する。強いレーザの電場に置かれた気体の原子内の電子がトンネルイオン化して移動することにより、高次高調波が発生する。
【0010】
針孔回折干渉計板12は、微細孔が開いた薄膜でなり、高次高調波エックス線発生器11から発生された高次高調波から、基準ビームと回折ビームを生成する。
【0011】
エックス線フィルタ13は、アルミニウムフィルタにより構成され、所定の波長のみを通過させる。エックス線検出器14は、干渉縞を検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許4213536号公報(図5)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
図1に示したような従来の干渉を使ったイメージング法では、位相の揃った高次高調波の光源が必要であり、そのための調整が必要不可欠で、装置の構成も複雑となってしまうという問題があった。
【0014】
具体的には、高次高調波エックス線発生器11は、位相の揃った高次高調波を発生させるため、針孔回折干渉計板12が必要であるとともに、集束強度調節器22を設け、高出力フェムト秒レーザの集束条件を適切に調整する必要があった。
【0015】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、高次高調波の位相を揃える必要がなく、より簡単かつ堅牢な構成で、空間的分解能の高い観測ができるようにするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一側面の観察システムは、標的を画像化して観察する観察システムであって、パルスレーザを標的に照射することにより、高次高調波を発生させる高次高調波発生手段と、発生された高次高調波のスペクトル強度を演算する高次高調波スペクトル強度演算手段と、演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算することにより、前記標的の光再結合断面積スペクトルの実測値を演算する光再結合断面積演算手段と、前記光再結合断面積演算手段の演算により得られた前記光再結合断面積スペクトルの実測値に基づいて、前記標的を同定する標的同定手段と、同定された前記標的の画像を生成し、所定の画面に表示させる表示制御手段とを備える。
【0017】
本発明の一側面の観察方法は、標的を画像化して観察する観察方法であって、パルスレーザを標的に照射することにより、高次高調波を発生させ、発生された高次高調波のスペクトル強度を演算し、演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算することにより、前記標的の光再結合断面積スペクトルの実測値を演算し、演算により得られた光再結合断面積スペクトルの実測値に基づいて、前記標的を同定し、同定された前記標的の画像を生成し、所定の画面に表示させる。
【0018】
本発明の一側面においては、パルスレーザを標的に照射することにより発生された高次高調波のスペクトル強度が演算され、演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算することにより、標的の光再結合断面積スペクトルの実測値が演算され、演算により得られた光再結合断面積スペクトルの実測値に基づいて、標的が同定され、同定された標的の画像が生成され、所定の画面に表示される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、より簡単かつ堅牢な構成で、空間的分解能の高い観測ができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】従来のエックス線干渉計測装置の一例を示す図である。
【図2】本発明を適用した標的イメージングシステムの第1の実施の形態の構成例を示す図である。
【図3】図2の標的イメージングシステムが行う処理の概念図である。
【図4】高次高調波の発生原理について説明する図である。
【図5】高速CCDカメラとイメージング装置の詳細構成例を示すブロック図である。
【図6】高次高調波スペクトル強度の例を示す図である。
【図7】光再結合断面積スペクトルの例を示す図である。
【図8】標的イメージ生成処理について説明するフローチャートである。
【図9】本発明を適用した標的イメージングシステムの第2の実施の形態の構成例を示す図である。
【図10】第2の実施の形態におけるソースチャンバ内の標的の斜視図である。
【図11】第2の実施の形態における標的のその他の例を示す図である。
【図12】本発明を適用したコンピュータの一実施の形態の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<1.第1の実施の形態>
[標的イメージングシステムの構成例]
図2は、本発明を適用した標的イメージングシステムの第1の実施の形態の構成例を示している。
【0022】
図2の標的イメージングシステム31は、標的を高分解能にイメージング化(画像化)して観察するシステム(観察システム)である。なお、本実施の形態において、標的としては、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)の希ガスを採用した例を説明するが、後述するように、標的が気体のみに限定されるわけではない。
【0023】
標的イメージングシステム31は、高次高調波発生装置41、高速CCD(Charge Coupled Device)カメラ42、イメージング装置43、およびディスプレイ44から構成される。
【0024】
高次高調波発生装置41は、パルスレーザ(レーザ光)を標的Mに照射することにより高次高調波を発生させ、その発生された高次高調波を高速CCDカメラ42に受光させる。ここで、高次高調波とは、強度が1013乃至1014[W/cm]程度以上の超短パルスレーザを基本波として原子や分子に照射したときに発生する、基本波のn分の1の波長の短波長光である。nは、反転対称性のある媒質の場合は奇数となり、容易に数十となることから、n次(高次)の高調波と呼ばれる。また、高次高調波の波長は、レーザ強度に対して反比例的に短くなる。
【0025】
高次高調波発生装置41は、パルスレーザ発振器51、集光レンズ52、ソースチャンバ53、およびマイクロチャネルプレート54を少なくとも有する。
【0026】
パルスレーザ発振器51は、レーザ源51aを有し、レーザ源51aが発生させた所定波長のレーザ光を所定のパルス幅にパルス化したパルスレーザを出力する。本実施の形態においては、レーザ源51aは、800[nm]または1300[nm]の波長のレーザ光を出力する。
【0027】
集光レンズ52は、パルスレーザ発振器51が出力したパルスレーザを、ソースチャンバ53内の標的Mの位置に集光させる。集光レンズ52の焦点距離fは、例えば、400[mm]とすることができる。
【0028】
ソースチャンバ53は、内部を真空状態に保持する装置であり、その内部に、標的(希ガス)発生装置61、Alフィルタ(アルミニウムフィルタ)62、スリット63、および分光器(回折格子)64を有する。
【0029】
標的発生装置61は、パルスレーザの光路上に標的Mを噴射する。本実施の形態において、標的Mは、アルゴン、クリプトン、キセノンのいずれかであるとする。パルスレーザと標的Mが衝突することにより、高次高調波が発生する。図2では、パルスレーザを点線で、高次高調波を実線で示している。
【0030】
Alフィルタ62は、800[nm]程度以上の光を遮断するハイパスフィルタである。即ち、Alフィルタ62は、パルスレーザの基本波成分を遮断し、高次高調波成分のみを通過させる。
【0031】
分光器64は、フラットフィールド型の回折格子であり、高次高調波スペクトルを波長ごとにZ方向に分光して、マイクロチャネルプレート54に照射する。なお、X方向は、パルスレーザの照射方向に垂直で、かつ、紙面に垂直な方向を表し、Y方向は、パルスレーザの照射方向と同方向であり、Z方向は、XY平面に垂直な方向を表す。
【0032】
マイクロチャネルプレート54は、波長ごとにZ方向に配列された光を受光し、発生する光電子を増幅する。増幅された光電子は、図示せぬフォスファースクリーン(蛍光面)により可視光に変換されて、高速CCDカメラ42に入射する。
【0033】
高速CCDカメラ42は、例えば、数キロヘルツの撮像データが取得可能なカメラである。高速CCDカメラ42は、可視光に変換された高次高調波スペクトルを受光し、受光して得られた信号をデジタル信号に変換してイメージング装置43に出力する。なお、高速CCDカメラ42はXZ平面に2次元の撮像領域を有しているが、Z軸方向は波長ごとに分光されたエネルギー軸となる。
【0034】
イメージング装置43は、高速CCDカメラ42から供給される高次高調波スペクトルのデジタル信号から、標的Mを同定(特定)する。そして、イメージング装置43は、同定した標的Mの原子または分子の構造を表す実空間イメージ(画像)を生成し、その画像信号をディスプレイ44に供給する。
【0035】
ディスプレイ44は、例えば、LCD(Liquid Crystal Display)やPDP(Plasma Display Panel)ディスプレイなどからなり、供給された画像信号に基づいて、標的Mの実空間イメージを表示する。
【0036】
標的イメージングシステム31は、以上のように構成される。
【0037】
[標的イメージングシステムの概念図]
図3は、標的イメージングシステム31が行う処理を概念的に示した図である。
【0038】
最初に、高次高調波発生装置41において、パルスレーザを標的Mに照射することにより高次高調波を発生させる高次高調波の発生処理が行われる。
【0039】
次に、標的Mを同定する標的の同定処理が行われる。より具体的には、高速CCDカメラ42において、高次高調波発生装置41で発生された高次高調波が検出される。そして、イメージング装置43が、高次高調波から、標的に固有の特徴量である光再結合断面積スペクトルを演算により求める。光再結合断面積スペクトルとは、図4を参照して後述するように、標的から光イオン化(電子トンネルイオン化)した電子が標的に再結合する際の断面積のスペクトルである。そして、イメージング装置43は、光再結合断面積スペクトルが標的に固有の特徴量であることから、演算により求められた光再結合断面積スペクトル(以下、光再結合断面積スペクトルの実測値ともいう。)に基づいて、標的Mを同定する。
【0040】
最後に、イメージング装置43は、同定した標的Mを実空間イメージとして生成(復元)する標的のイメージ生成処理を実行する。図3は、標的が2原子分子である場合の実空間イメージの表示例を示している。
【0041】
[高次高調波の発生原理の説明]
図4を参照して、高次高調波の発生原理について説明する。
【0042】
図4Aは、パルスレーザ発振器51から出力されるパルスレーザと、そのパルスレーザにより生じる電場を示している。図4Bは、高次高調波発生メカニズムを模式的に示した図である。
【0043】
高次高調波は、以下の3ステップにより発生する。
【0044】
第1ステップとして、標的Mに高強度の超短パルスレーザが照射されると、そのレーザ電場により電子が光イオン化(トンネルイオン化)する(a点)。光イオン化とは、高次高調波の光子としてのエネルギーを<h>ω[eV]とした場合、<h>ωの光子の吸収によって光の偏光と並行方向に<h>ω=E+Iを満たすエネルギーの電子を放出することであり、I[eV]はイオン化ポテンシャル、ω[au:原子単位系、800nmの波長でω=0.057au、1300nmの波長でω=0.035au]はその角周波数、E[eV]は再結合電子の運動エネルギー、<h>はプランク定数(<h>=h/2π)を表す。
【0045】
a点におけるレーザ電場は、図4Aに示されるように負の最大値となっている。光イオン化した電子は、負のレーザ電場により図4Bにおいて右方向に移動する。
【0046】
第2ステップとして、b点において、右方向へ移動していた電子が停止し、b点における正の最大値のレーザ電場に従って、図4B左方向へ移動を開始する。そして、正方向のレーザ電場によって、電子は加速される。
【0047】
第3ステップとして、高い運動エネルギーを得た電子は、標的Mと再衝突し、再結合する。電子が標的Mに再結合するときの電場は、図4Aのc点に相当し、ちょうど0となる。
【0048】
電子が標的Mと再結合する際、高い運動エネルギーと、イオン化した電子自体の持つエネルギー(イオン化ポテンシャル)との和が、高調波を発生させるエネルギーとなって、高次高調波が発生する。この光再結合は、光イオン化の逆過程であり、光イオン化断面積スペクトルと再結合断面積スペクトルはコンプリメンタルの関係にあるということができる。
【0049】
以上の現象が、高次高調波発生装置41のソースチャンバ53内で起きている。この高次高調波を検出することにより、レーザ電場が0の時点(c点)のときの標的Mの情報を、実時間(アト秒(10−18秒)領域)の分解能で得ることができる。
【0050】
[高速CCDカメラ42とイメージング装置43の構成例]
図5は、高速CCDカメラ42とイメージング装置43の詳細構成例を示すブロック図である。
【0051】
高速CCDカメラ42は、撮像レンズ71、CCD72、駆動回路73、A/Dコンバータ74、および信号処理回路75により構成される。
【0052】
イメージング装置43は、高次高調波スペクトル強度演算部81、光再結合断面積演算部82、標的同定部83、標的パラメータ記憶部84、および標的イメージ生成部85により構成される。
【0053】
高速CCDカメラ42の撮像レンズ71は、高次高調波発生装置41が出力した光をCCD72に結像させる。CCD72は、駆動回路73の制御にしたがい、検出した光を電気信号に変換(光電変換)し、アナログの信号をA/Dコンバータ74に出力する。駆動回路73は、CCD72のXZ平面に2次元配置された画素の駆動を制御する。
【0054】
A/Dコンバータ74は、CCD72から供給されるアナログの信号をデジタルの信号に変換(A/D変換)し、信号処理回路75に供給する。
【0055】
信号処理回路75は、供給されるデジタルの信号に対して、例えば、AGC(Auto Gain Control)処理、ガンマ補正処理、YC変換処理、ホワイトバランス処理、ノイズ除去処理などの信号処理を必要に応じて実行する。信号処理回路75は、A/Dコンバータ74から供給されたそのままの信号または信号処理後の信号をイメージング装置43に出力する。
【0056】
イメージング装置43の高次高調波スペクトル強度演算部81は、高速CCDカメラ42から供給される時間発展(時系列)の高次高調波スペクトルの信号をフーリエ変換することにより、周波数ごとの高次高調波スペクトル強度を演算する。即ち、高次高調波スペクトル強度演算部81は、時間軸上の高次高調波スペクトル強度を、周波数軸上の高次高調波スペクトル強度に変換する。高次高調波スペクトル強度演算部81は、演算により得られた高次高調波スペクトル強度を光再結合断面積演算部82に供給する。
【0057】
図6は、標的Mをアルゴン、クリプトン、およびキセノンとした場合に高次高調波スペクトル強度演算部81で得られる高次高調波スペクトル強度の例を示している。
【0058】
図6において、横軸は高次高調波の次数(Harmonic order)および光子エネルギー(Photon energy)を表し、縦軸は高次高調波スペクトル強度を表す。
【0059】
図5に戻り、光再結合断面積演算部82は、高次高調波スペクトル強度演算部81から供給される高次高調波スペクトル強度から、標的Mの光再結合断面積スペクトルを演算する。
【0060】
高次高調波の発生は、図4を参照して説明したように標的イオンと再衝突電子との光再結合による非弾性散乱の1つである。そして、高次高調波スペクトル強度Y(<h>ω)、標的イオンによる電子の光再結合断面積スペクトルσ(E)、および再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)には、次式(1)の関係があることが、非特許文献1(" Accurate Retrieval of Structural Information from Laser-Induced Photoelectron and High-Order Harmonic Spectra by Few-Cycle Laser Pulses" Toru Morishita, Anh-Thu Le, Zhangjin Chen, and C. D. Lin, PHYSICAL REVIEW LETTERS VOLUME 100, 013903 (2008))により確認されている。
【数1】

【0061】
式(1)は、次式(2)のように変形することができる。
【数2】

【0062】
式(2)の高次高調波スペクトル強度Y(<h>ω)は、高次高調波スペクトル強度演算部81から供給される。したがって、再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)がわかれば、高次高調波スペクトル強度Y(<h>ω)と再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)の比として、光再結合断面積スペクトルσ(E)を求めることができる。
【0063】
ここで、再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)は、レーザのパラメータのみに依存し、標的Mの種類には依存しない量である。すなわち、任意の標的Cについて、式(3)が成り立つ。
【数3】

【0064】
そこで、イオン化ポテンシャルを標的Cと同じI[eV]にスケールした水素様原子H(scaled H)について、再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を求めることができる。即ち、式(4)に示すように、標的C=scaled Hとしたときの再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を求めることができる。
【数4】

【0065】
ここで、高次高調波スペクトル強度Y scaled H(<h>ω)は、水素様原子scaled Hについて時間依存シュレディンガー方程式を解いて得られる高次高調波スペクトル強度であり、光再結合断面積スペクトルσscaled H(E)は、水素様原子scaled Hについて、散乱理論に基づいて時間依存しないシュレディンガー方程式によって得られる光再結合断面積スペクトルである。
【0066】
時間依存しないシュレディンガー方程式は、次式(5)で表される。
【0067】
【数5】

式(5)左辺のHハットは、ハミルトン演算子であり、次式(6)に示されるとおり、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和として表すことができる。
【数6】

また、式(5)右辺の関数Ψ(r)は、波動関数ψ(r,t)を用いて次式(7)で表すことができる。
【数7】

式(6)におけるmは電子の質量であり、Eは電子のエネルギーである。
【0068】
従って、式(4)で得られた再結合電子波束のエネルギー分布W (<h>ω)を、式(2)のW (<h>ω)に代入することにより、標的Mの光再結合断面積スペクトルσ(E)を求めることができる。
【0069】
光再結合断面積演算部82には、ソースチャンバ53内の標的Mの高次高調波スペクトル強度Y(<h>ω)が、高次高調波スペクトル強度演算部81から供給され、標的Mと同じイオン化ポテンシャルI[eV]にスケールした水素様原子scaled Hの再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)が、標的パラメータ記憶部84から供給される。光再結合断面積演算部82は、供給された高次高調波スペクトル強度Y(<h>ω)と再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を用いて、式(2)により、ソースチャンバ53内の標的Mの光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を演算する。演算により得られた光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値は、標的同定部83に供給される。
【0070】
なお、標的Mは不明であるため、光再結合断面積演算部82は、所定の原子または分子を標的Mとして仮定し、その仮定した標的Mと同一のイオン化ポテンシャルIの水素様原子scaled Hの再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を標的パラメータ記憶部84から取得し、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を演算する。
【0071】
ところで、各原子固有の光イオン化断面積スペクトルa(<h>ω)については、長年に亘り調べられ、知られている。例えば、アルゴンの光イオン化断面積スペクトルa(<h>ω)には、光子エネルギーが40乃至50[eV]付近で極小点(クーパー極小)が存在し、その極小点において基底状態(3p)からイオン化状態(d波成分)への遷移に関する双極子モーメントが符号反転することが知られている。このことは、例えば、非特許文献2(Photoionization from Outer Atomic Subshells. A Model Study" John W. COOPER, PHYSICAL REVIEW VOLUME 128, NUMBER 2, p.p. 681-693 (1962))に記載されている。
【0072】
また、光再結合は光イオン化の逆過程であって、アルゴンの光再結合断面積スペクトルσ(E)も同様の極小点を有し、その極小点においてイオン化状態(d波成分)から基底状態(3p)への遷移に関する双極子モーメントが符号反転することが、非特許文献3(" Retrieving photorecombination cross sections of atoms from high-order harmonic spectra" Shinichirou Minemoto, Toshihito Umegaki, Yuichiro Oguchi, Toru Morishita, Anh-Thu Le, Shinichi Watanabe, and Hirofumi Sakai, PHYSICAL REVIEW A VOLUME 78, 061402(R)(2008))で確認されている。
【0073】
そして、非特許文献3では、アルゴンの光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値が、散乱理論に基づいて時間に依存しないシュレディンガー方程式によって得られる光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と一致することも確認されている。クリプトンおよびキセノンについても同様の確認がされている。
【0074】
従って、アルゴン、クリプトン、およびキセノンについて予め演算して記憶しておいた、散乱理論に基づいて時間に依存しないシュレディンガー方程式によって得られる光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と、光再結合断面積演算部82から供給される光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を比較することにより、標的Mを同定(特定)することができる。
【0075】
標的同定部83は、光再結合断面積演算部82で求められて供給される光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を、標的パラメータ記憶部84に記憶されている各原子または分子の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と比較することにより、標的Mを同定(特定)する。
【0076】
標的パラメータ記憶部84は、標的Mとして想定される各原子または分子の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値をパラメータとして記憶し、必要に応じて標的同定部83に供給する。本実施の形態では、標的パラメータ記憶部84は、アルゴン、クリプトン、およびキセノンの光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値を少なくとも記憶している。
【0077】
また、標的パラメータ記憶部84は、標的Mとして想定される各原子または分子について、イオン化ポテンシャルをI[eV]にスケールした水素様原子scaled Hの再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を記憶し、必要に応じて標的同定部83に供給する。本実施の形態では、標的パラメータ記憶部84は、アルゴン、クリプトン、およびキセノンの水素様原子scaled Hの再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を少なくとも記憶している。
【0078】
標的イメージ生成部85は、標的同定部83が同定した標的Mの原子または分子の構造を表す実空間イメージ(画像)を生成する。例えば、標的イメージ生成部85は、標的Mの原子または分子の構造を3次元画像化した画像、標的Mの電子密度を2次元化した画像などを実空間イメージとして生成する。
【0079】
なお、標的イメージ生成部85は、標的Mが同定された場合、図示せぬ内部メモリに予め記憶しておいた標的Mの実空間イメージデータ(例えば、イメージファイル)を取得することにより、標的Mの実空間イメージを生成してもよいし、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値に基づいて実空間イメージを生成するアルゴリズム(プログラム)を実行することにより、標的Mの実空間イメージを生成してもよい。
【0080】
標的イメージ生成部85は、生成した標的Mの実空間イメージの画像信号を、必要に応じてディスプレイ44(図2)に適したフォーマットに変換して、ディスプレイ44に供給することにより、ディスプレイ44に標的Mの実空間イメージを表示させる。
【0081】
[アルゴン、クリプトン、およびキセノンの光再結合断面積スペクトルσ(E)]
図7は、標的Mをアルゴン、クリプトン、およびキセノンとして、イメージング装置43の光再結合断面積演算部82により得られた光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を示している。
【0082】
図7Aは標的Mがアルゴン(Ar)である場合、図7Bは標的Mがクリプトン(Kr)である場合、図7Cは標的Mがキセノン(Xe)である場合の、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を示している。
【0083】
図7A乃至図7Cの各グラフの横軸は次数(Harmonic order)を表し、縦軸は光再結合断面積(PRCS)σ(E)の実測値を表す。また、図7A乃至図7Cにおいて、丸(○)のプロットはレーザ波長が800nmである場合の光再結合断面積(PRCS)σ(E)の実測値であり、正方形(■)のプロットはレーザ波長が1300nmである場合の光再結合断面積(PRCS)σ(E)の実測値である。
【0084】
一方、図7D乃至図7Fは、図7A乃至図7Cに示した光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と比較した結果を示している。
【0085】
図7Dは標的Mがアルゴン(Ar)である場合、図7Eは標的Mがクリプトン(Kr)である場合、図7Fは標的Mがキセノン(Xe)である場合の光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値と理論値を示している。
【0086】
図7D乃至図7Fにおいて、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値は、実線で示されている。光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値は、図7A乃至図7Cと同様に、丸または正方形で示されている。
【0087】
ただし、図7D乃至図7Fにおいては、図7A乃至図7Cに示した光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を、横軸を光子エネルギー[eV]に変換した上で、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と比較している。これは、従来、上述した非特許文献2などにおいて、各原子固有の光イオン化断面積スペクトルa(<h>ω)は、光子エネルギー[eV]を横軸として検証されていることから、それに対応させるためである。
【0088】
なお、光子エネルギー[eV]は、レーザ波長が800nmである場合には1order=1.55[eV]で、レーザ波長が1300nmである場合には1order=0.952[eV]で換算している。
【0089】
例えば、標的Mがアルゴン(Ar)である場合、図7Dに示されるように、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値では、光子エネルギーが40乃至50[eV]付近のクーパー極小で、イオン化状態(d波成分)から基底状態(3p)への遷移に関する双極子モーメントが符号反転している。
【0090】
これに対して、光再結合断面積演算部82の演算結果としての光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値も、レーザの波長に拘らず、光子エネルギーがクーパー極小で双極子モーメントが符号反転することが確認できる。
【0091】
従って、光再結合断面積演算部82から供給される光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と比較することにより、標的Mを同定することができる。
【0092】
イオン化状態(d波成分)から基底状態(3p)への遷移が観測できているということは、原子内部の電子状態遷移を直接観測できたことを意味しており、標的イメージングシステム31が原子内部での状態遷移を観測できる高い空間分解能を有することを示している。
【0093】
図7Eの標的Mがクリプトン(Kr)である場合、および図7Fの標的Mがキセノン(Xe)である場合のいずれにおいても同様に、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値は、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と同一の特性を示している。
【0094】
なお、レーザ波長がより長い1300nmの光再結合断面積スペクトルσ(E)では、図7A乃至図7Cでは低次側で、図7D乃至図7Fでは光子エネルギーの低域側で、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値が理論値よりも低くなる傾向が見られる。これは、伝搬効果により高調波が気体で吸収されているためと考えられる。
【0095】
[標的イメージ生成処理]
次に、図8のフローチャートを参照して、標的イメージングシステム31による標的イメージ生成処理について説明する。
【0096】
初めに、ステップS1において、高次高調波発生装置41のパルスレーザ発振器51は、パルスレーザを出力し、標的発生装置61は、標的Mを噴射する。パルスレーザ発振器51から出力されたパルスレーザは、標的Mに照射され、高次高調波が発生する。発生された高次高調波は、Alフィルタ62を通過して、分光器64で分光されて、マイクロチャネルプレート54に入射される。そして、マイクロチャネルプレート54により高次高調波の光電子が増幅され、フォスファースクリーンにより可視光に変換されて、高速CCDカメラ42に入力される。
【0097】
ステップS2において、高速CCDカメラ42は、高次高調波発生装置41により発生された高次高調波のスペクトル(高次高調波スペクトル)を検出し、検出された高次高調波スペクトルに対応するデジタルの信号をイメージング装置43に出力する。
【0098】
ステップS3において、高次高調波スペクトル強度演算部81は、高速CCDカメラ42から供給される時間発展の高次高調波スペクトルの信号をフーリエ変換することにより、周波数ごとの高次高調波スペクトル強度Y(<h>ω)を演算する。
【0099】
ステップS4において、光再結合断面積演算部82は、標的Mとして想定される複数の原子または分子のなかの1つを、標的Mの候補(標的候補)として選択する。光再結合断面積演算部82が標的Mの候補として何の原子または分子を選択したかの情報は後段の標的同定部83にも供給される。
【0100】
ステップS5において、光再結合断面積演算部82は、標的パラメータ記憶部84に記憶されている、標的候補(例えば、アルゴン)の再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を取得する。この再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)は、上述したように、式(4)で表される、標的候補と同じイオン化ポテンシャルIにスケールした水素様原子scaled Hとして演算された再結合電子波束のエネルギー分布である。
【0101】
ステップS6において、標的同定部83は、取得した再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)を用いて、式(2)により光再結合断面積スペクトルσ(E)を演算する。即ち、標的同定部83は、標的Mが標的候補であると仮定して、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を演算により求める。
【0102】
ステップS7において、標的同定部83は、標的候補の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値を標的パラメータ記憶部84から取得する。また、標的同定部83は、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値が標的候補の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と一致するかを判定する。
【0103】
ステップS7で、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値が標的候補の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と一致しないと判定された場合、標的候補が標的Mではないことを意味する。この場合、処理はステップS4に戻り、上述したステップS4乃至S7の処理が繰り返し実行される。即ち、新たな原子または分子が標的候補として再び選択され、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値が演算され、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値と標的候補の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値が一致するかが判定される。
【0104】
そして、ステップS7で、光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値が標的候補の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と一致したと判定された場合、処理はステップS8に進み、標的同定部83は、標的候補が標的Mであると決定する。即ち、標的同定部83は、標的Mを同定する。標的Mについての情報は、標的イメージ生成部85に供給される。
【0105】
ステップS9において、標的イメージ生成部85は、同定した標的Mの原子または分子の構造を表す実空間イメージを生成する。
【0106】
そして、ステップS10において、標的イメージ生成部85は、同定した標的Mの原子または分子の構造を表す実空間イメージの画像信号を、ディスプレイ44に適したフォーマットに必要に応じて変換して出力することにより、標的Mの実空間イメージをディスプレイ44に表示させ、処理を終了する。
【0107】
以上のように、標的イメージングシステム31によれば、標的Mにパルスレーザを照射したときに発生する高次高調波を検出し、標的Mの光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値を求め、光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と比較することにより、標的Mを同定することができる。さらに、同定した標的Mの実空間イメージを生成し、ディスプレイ44に表示させ、提示することができる。
【0108】
標的イメージングシステム31がイメージ表示する場合の時間分解能は、レーザ電場によるイオン化から再結合までの時間がレーザ周期の3/4程度であるため、アト秒(10−18秒)程度である。また、空間分解能は、標的となる原子のHOMO軌道の電子がイオン化および再結合する際に発生する高次高調波の強度を観測するので、原子内の状態遷移を識別できるオングストローム(Å)程度である。
【0109】
従って、標的イメージングシステム31が提供するイメージング法は、原子内部での状態遷移について観測可能な、時間分解能および空間分解能の非常に小さいイメージング法であると言える。
【0110】
また、標的イメージングシステム31は、干渉を使ったイメージング法ではないため、位相を揃える必要がない。従って、簡単かつ堅牢な構成で、時間分解能および空間分解能の非常に小さい観測が可能である。
【0111】
<1.第2の実施の形態>
[標的イメージングシステムの構成例]
図9は、本発明を適用した標的イメージングシステムの第2の実施の形態の構成例を示している。
【0112】
なお、図9において、上述した第1の実施の形態と対応する部分については同一の符号を付してあり、その説明は適宜省略する。
【0113】
上述した第1の実施の形態では、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)の気体を標的として観察する例について説明した。しかし、本発明を適用した標的イメージングシステムは、気体に限らず、イオン化した電子が元の位置に再結合するものであればどのような物質であっても標的とすることができる。例えば、固体物質(の表面)や、電子との衝突断面積が小さい液体ヘリウムのような液体を標的とし、観察することができる。
【0114】
図9に示す第2の実施の形態は、標的として固体物質を採用した場合の標的イメージングシステムの構成例を示している。
【0115】
図9の標的イメージングシステム101は、高次高調波発生装置41’、高速CCDカメラ42、イメージング装置43’、ディスプレイ44、および制御装置111により構成される。
【0116】
即ち、第2の実施の形態では、制御装置111が新たに設けられている点が、上述した第1の実施の形態と異なる。また、制御装置111に対応して第1の実施の形態における高次高調波発生装置41およびイメージング装置43の構成の一部が変更され、それぞれ、高次高調波発生装置41’およびイメージング装置43’とされている。
【0117】
高次高調波発生装置41’のソースチャンバ53内には、固体物質である標的M’が観察対象として配置されている。
【0118】
高次高調波発生装置41’には、制御装置111の制御にしたがい、固体物質である標的M’を所定の軸Qを中心として回転させる駆動装置112が設けられている。また、高次高調波発生装置41’のソースチャンバ53内には、パルスレーザ発振器51からのパルスレーザを反射させ、標的M’の表面に照射させるミラー113aと、パルスレーザと標的M’の表面で発生した高次高調波を、分光器64に照射するように反射させるミラー113bが設けられている。
【0119】
制御装置111は、パルスレーザ発振器51のパルスレーザの出力タイミングを制御する。また、制御装置111は、パルスレーザ発振器51のパルスレーザ出力に同期させて、標的M’が軸Qを中心にXY平面を回転するように駆動装置112を制御する。
【0120】
さらに、制御装置111は、高速CCDカメラ42からイメージング装置43’に供給される高次高調波スペクトルのデジタル信号が、標的M’の表面のどの位置にパルスレーザを照射したときの信号であるかを表す位置情報をイメージング装置43’に供給する。
【0121】
高速CCDカメラ42のCCD72(図5)は、XZ平面でなる2次元の撮像領域を有している。パルスレーザおよび高次高調波は所定の広がりを有するが、X軸方向については、その広がりに応じてCCD72の撮像領域内で受光することができる。即ち、標的イメージングシステム101は、X軸方向については空間分解能を有している。
【0122】
一方、上述したように、Z軸方向はエネルギー軸となるため、Z軸方向の空間分解能はない。従って、CCD72の撮像領域のうちのX軸の1軸方向のみを用いて、固体物質である標的M’の表面の2次元の情報(高次高調波スペクトル)を得る必要がある。
【0123】
そこで、標的イメージングシステム101は、標的M’をパルスレーザ出力に同期して回転させる。これにより、標的M’の表面の高次高調波スペクトルを2次元的に得ることができる。
【0124】
[標的M’の回転]
図10は、ソースチャンバ53内の標的M’の斜視図である。
【0125】
駆動装置112は、制御装置111の制御に応じて、図10に示されるように、標的M’が軸Qを中心として時刻tに応じてφ(t)だけ回転するように制御する。このように制御することで、Y軸方向に異なる位置の標的M’の表面の高次高調波スペクトルを得ることができる。
【0126】
イメージング装置43’は、高速CCDカメラ42からの1回のデータ取得で、X方向の所定の範囲を有する高次高調波スペクトルを得ることができる。イメージング装置43’は、そのデータ取得をY方向の位置(回転角φ(t))をずらして所定回数繰り返し行い、得られたデータを蓄積することにより、XY平面についての2次元的な高次高調波スペクトルを得る。そして、イメージング装置43’は、2次元的な高次高調波スペクトルに対して、標的M’の同定処理を行い、イメージ化を行うことで、固体物質である標的M’の表面の観察が可能となる。ディスプレイ44に表示される標的M’の実空間イメージの空間分解能を向上させるためには、パルスレーザの出力間隔を短くして高速撮像する必要があるため、例えば、数キロヘルツの撮像データが取得可能な高速CCDカメラ42が有用である。
【0127】
なお、本実施の形態では、固体物質である標的M’を軸Qを中心として回転させる例について説明したが、駆動装置112が標的M’をY方向に平行に移動制御することにより、XY平面の2次元的な高次高調波スペクトルを得るようにすることも可能である。
【0128】
[標的M’のその他の例]
図11は、固体物質である標的M’のその他の例を示している。
【0129】
図11は、固体物質である標的M’としてナノメートルオーダーで構成された構造体を採用した例であり、標的M’は、例えば、カーボンナノチューブ(CNT)である。
【0130】
図11Aは、標的M’としてのカーボンナノチューブの概略図(斜視図)を示している。図11Bは、高次高調波発生装置41’のソースチャンバ53内での、カーボンナノチューブである標的M’の配置例を示している。
【0131】
カーボンナノチューブである標的M’は、円筒形状の延伸方向がX軸方向となるようにソースチャンバ53内に配置される。制御装置111(図9)は、パルスレーザ発振器51のパルスレーザ出力に同期させて、標的M’がカーボンナノチューブのX軸方向の軸を中心に時刻tに応じてψ(t)だけ回転するように駆動装置112(図9)を制御する。
【0132】
これにより、カーボンナノチューブである標的M’の外周表面の原子または分子を同定することができ、かつ、外周表面をナノメートルオーダー(高次高調波程度)で2次元的に観察することができる。
【0133】
換言すれば、標的M’をカーボンナノチューブとしたときの2次元観察の表面空間分解能はナノメートルオーダー(高次高調波の波長程度)であり、伝導性物質の電子状態の時間発展を観察することができる。より具体的には、実空間イメージが表示されたディスプレイ44では、カーボンナノチューブの外周表面上のどの位置に何の原子があるかを観察することができ、炭素原子位置の炭素欠損や不純物が存在する位置を確認することができ、また、そこでの原子種類を特定することができる。
【0134】
カーボンナノチューブの両端に直流電圧を加えた場合、カーボンナノチューブは、バリスティック(弾道的)な伝導性を有し、トランジスタやLSI(Large Scale Integration)電極に応用すると高移動度・高放熱性を実現するので高効率で放熱し、LSIのナノメートルスケール微細化で問題となる発熱を抑制する。カーボンナノチューブを標的M’とした場合、標的イメージングシステム101は、原子レベルの伝導寄与電子状態を実時間観測できるため、直流電圧だけでなく交流電圧の電気伝導特性も観測することができ、電気伝導メカニズムの解明や多様な応用に際しての電気特性評価が可能になる。
【0135】
標的イメージングシステム101は、分子軌道の周期であるアト秒(10-18sec)程度の時間分解能で標的を観察することができる。そのため、例えば、気体成分の実時間分析、物質(半導体ペレットなど)の化学反応中の電子遷移、生体分子反応、高温超電導物質の電子状態などの量子系の時間発展を撮影する“超高速量子観察装置”として活用することができる。
【0136】
また、例えば、標的イメージングシステム101のイメージング装置43には、がん細胞に放射線を照射して行う放射線治療において、放射線(パルスレーザ)を照射することによりがん細胞を観察し、さらに、そのがん細胞と健康な細胞とを区別するための識別機能を持たせることも可能である。従来の放射線治療では、体内で動かない部位のがん細胞の治療を対象としていた。標的イメージングシステム101は超高速な時間分解能を持つので、放射線の照射位置を制御装置111が制御することで、時々刻々変化するがん細胞の位置を識別することができるため、体内の動く部位でのがん細胞の位置を分別でき、体内の動く部位でのがん細胞の放射線治療を可能にする。
【0137】
本発明の実施の形態は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。
【0138】
例えば、上述した実施の形態の高速CCDカメラ42に代えて、集光レンズ、2次元のフォトダイオード、およびマルチチャンネルA/Dコンバータの組み合わせを採用することができる。
【0139】
また、発生した高次高調波をマイクロチャネルプレート54およびフォスファースクリーンによって可視光に変換せずに、高速CCDカメラ42に代わりにX線CCDカメラによって高次高調波をそのまま受光することも可能である。
【0140】
イメージング装置43による標的の同定処理および実空間イメージの表示制御処理は、ハードウエアにより実行することもできるし、ソフトウエアにより実行することもできる。一連の処理をソフトウエアにより実行する場合には、そのソフトウエアを構成するプログラムが、コンピュータにインストールされる。ここで、コンピュータには、専用のハードウエアに組み込まれているコンピュータや、各種のプログラムをインストールすることで、各種の機能を実行することが可能な、例えば汎用のパーソナルコンピュータなどが含まれる。
【0141】
図12は、上述した一連の処理をプログラムにより実行するコンピュータのハードウエアの構成例を示すブロック図である。
【0142】
コンピュータにおいて、CPU(Central Processing Unit)201,ROM(Read Only Memory)202,RAM(Random Access Memory)203は、バス204により相互に接続されている。
【0143】
バス204には、さらに、入出力インタフェース205が接続されている。入出力インタフェース205には、入力部206、出力部207、記憶部208、通信部209、及びドライブ210が接続されている。
【0144】
入力部206は、キーボード、マウス、マイクロホンなどよりなる。出力部207は、ディスプレイ、スピーカなどよりなる。記憶部208は、ハードディスクや不揮発性のメモリなどよりなる。通信部209は、ネットワークインタフェースなどよりなる。ドライブ210は、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、或いは半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体211を駆動する。
【0145】
以上のように構成されるコンピュータでは、CPU201が、例えば、記憶部208に記憶されているプログラムを、入出力インタフェース205及びバス204を介して、RAM203にロードして実行することにより、上述した標的の同定処理および実空間イメージの表示制御処理が行われる。
【0146】
具体的には、例えば、CPU201は、高次高調波スペクトルのスペクトル強度の演算、標的M(M’)の光再結合断面積スペクトルσ(E)の演算、標的パラメータ記憶部84としての記憶部208に記憶されている各原子または分子の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値と、標的M(M’)の光再結合断面積スペクトルσ(E)の実測値とを比較することによる標的Mの同定などの処理を行う。
【0147】
標的パラメータ記憶部84としての記憶部208は、標的Mとして想定される各原子または分子の光再結合断面積スペクトルσ(E)の理論値、標的Mとして想定される各原子または分子の水素様原子scaled Hとして求められた再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)などを記憶する。
【0148】
コンピュータ(CPU201)が実行するプログラムは、例えば、パッケージメディア等としてのリムーバブル記録媒体211に記録して提供することができる。また、プログラムは、ローカルエリアネットワーク、インターネット、デジタル衛星放送といった、有線または無線の伝送媒体を介して提供することができる。
【0149】
コンピュータでは、プログラムは、リムーバブル記録媒体211をドライブ210に装着することにより、入出力インタフェース205を介して、記憶部208にインストールすることができる。また、プログラムは、有線または無線の伝送媒体を介して、通信部209で受信し、記憶部208にインストールすることができる。その他、プログラムは、ROM202や記憶部208に、あらかじめインストールしておくことができる。
【0150】
なお、コンピュータが実行するプログラムは、本明細書で説明する順序に沿って時系列に処理が行われるプログラムであっても良いし、並列に、あるいは呼び出しが行われたとき等の必要なタイミングで処理が行われるプログラムであっても良い。
【0151】
なお、本明細書において、フローチャートに記述されたステップは、記載された順序に沿って時系列的に行われる場合はもちろん、必ずしも時系列的に処理されなくとも、並列に、あるいは呼び出しが行われたとき等の必要なタイミングで実行されてもよい。
【0152】
また、本明細書において、システムとは、複数の装置により構成される装置全体を表すものである。
【符号の説明】
【0153】
31 標的イメージングシステム, 41,41’ 高次高調波発生装置, 43,43’ イメージング装置, 44 ディスプレイ, M,M’ 標的, 81 高次高調波スペクトル強度演算部, 82 光再結合断面積演算部, 83 標的同定部, 84 標的パラメータ記憶部, 85 標的イメージ生成部, 101 標的イメージングシステム, 112 駆動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的を画像化して観察する観察システムであって、
パルスレーザを標的に照射することにより、高次高調波を発生させる高次高調波発生手段と、
発生された高次高調波のスペクトル強度を演算する高次高調波スペクトル強度演算手段と、
演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算することにより、前記標的の光再結合断面積スペクトルの実測値を演算する光再結合断面積演算手段と、
前記光再結合断面積演算手段の演算により得られた前記光再結合断面積スペクトルの実測値に基づいて、前記標的を同定する標的同定手段と、
同定された前記標的の画像を生成し、所定の画面に表示させる表示制御手段と
を備える観察システム。
【請求項2】
前記光再結合断面積演算手段は、前記再結合電子波束のエネルギー分布として、標的と等価な水素様原子の再結合電子波束のエネルギー分布を使用して、演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算する
請求項1に記載の観察システム。
【請求項3】
前記光再結合断面積演算手段は、前記高次高調波スペクトル強度演算手段により演算された前記高次高調波のスペクトル強度をY(<h>ω)、前記標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布をW(<h>ω)、前記標的の光再結合断面積スペクトルの実測値をσ(E)とした場合、
【数8】

により、前記標的の光再結合断面積スペクトルの実測値σ(E)を演算し、
前記標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布W(<h>ω)には、
前記標的と同じイオン化ポテンシャルIにスケールした水素様原子scaled Hについて時間依存シュレディンガー方程式を解いて得られる高次高調波スペクトル強度Y scaled H(<h>ω)と、前記水素様原子scaled Hについて、散乱理論に基づいて時間依存しないシュレディンガー方程式によって得られる光再結合断面積スペクトルσscaled H(E)の比
【数9】

により求められた値を使用する
請求項2に記載の観察システム。
【請求項4】
各原子または分子の光再結合断面積スペクトルの理論値を記憶する記憶手段を備え、
前記標的同定手段は、前記光再結合断面積演算手段の演算により得られた前記光再結合断面積スペクトルの実測値と、前記記憶手段の各原子または分子の光再結合断面積スペクトルの理論値とを比較することにより、前記標的を同定する
請求項3に記載の観察システム。
【請求項5】
前記記憶手段の各原子または分子の光再結合断面積スペクトルの理論値は、散乱理論に基づいて時間に依存しないシュレディンガー方程式によって得られる
請求項4に記載の観察システム。
【請求項6】
前記標的は固体であり、
前記パルスレーザの出力に同期して、前記標的を駆動させる駆動制御手段をさらに備え、
前記表示制御手段は、同定された前記標的の表面の2次元の画像を生成し、表示させる
請求項5に記載の観察システム。
【請求項7】
標的を画像化して観察する観察方法であって、
パルスレーザを標的に照射することにより、高次高調波を発生させ、
発生された高次高調波のスペクトル強度を演算し、
演算により得られた高次高調波のスペクトル強度と、標的に依存しない再結合電子波束のエネルギー分布との比を演算することにより、前記標的の光再結合断面積スペクトルの実測値を演算し、
演算により得られた光再結合断面積スペクトルの実測値に基づいて、前記標的を同定し、
同定された前記標的の画像を生成し、所定の画面に表示させる
観察方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−22026(P2011−22026A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−167822(P2009−167822)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(504133110)国立大学法人電気通信大学 (383)
【Fターム(参考)】