説明

誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法

【課題】 各金属元素濃度及びリチウム/メタル比を高精度に測定できる分析方法を提供する。
【解決手段】 リチウム二次電池用正極材料等を分解して得られる試料溶液中の金属元素の濃度を誘導結合プラズマ発光分光分析法によって測定する分析方法において、誘導結合プラズマ発光分光分析法に使用するプラズマの励起温度を4900K以上とし、測定には内標準補正法を適用する。上記試料溶液の測定対象元素にリチウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガンの少なくとも2種を含む場合は、内標準元素として、リチウム、アルミニウム及びマンガンに対してはガリウムを使用し、ニッケル及びコバルトに対しては銅を使用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析法に関するものであり、特にリチウム二次電池用正極材料中のリチウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト及びマンガンを高精度で分析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は、軽量性や充放電サイクル特性に優れることから、パソコン、ビデオカメラ、携帯電話等の携帯型電子機器に搭載されている。最近では、世界的な環境問題や資源枯渇問題を背景に自動車分野でも注目され、燃料電池自動車やハイブリッド自動車への搭載が鋭意検討されている。
【0003】
一般的に、リチウム二次電池は、金属酸化物等からなる正極、炭素からなる負極、有機溶媒にリチウム塩を溶解した電解液、及びセパレータで構成されている。正極材料としては、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウム等の含リチウム遷移金属酸化物が一般的であるが、これら化合物を構成する元素の組成管理並びに組成コントロール技術は、容量密度、充放電サイクル寿命、安全性、経済性等の特性において極めて重要である。
【0004】
組成管理の対象には、正極材料の主成分となる元素の各濃度の他、リチウムに対するその他主成分元素総量のモル濃度比(以後、単にリチウム/メタル比と略記する)、ナトリウムや塩素等の不純物元素濃度等があるが、特にリチウム/メタル比は極めて重要な管理項目であるため、その分析精度のより一層の改善が要求されている。
【0005】
従来、リチウム二次電池の正極材料を構成するリチウム等の金属元素の濃度測定には、試料を酸やアルカリ等を用いて分解して溶液とし、得られた試料溶液中の測定対象元素を誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES)やフレーム原子吸光法、炎光法によって検出、測定する方法が適用されている。これらの分析方法は金属元素の検出手段として一般的であるが、共存元素の影響やプラズマあるいはフレームのゆらぎの影響を受け易く、十分な分析精度が期待できない。
【0006】
そのため、元素によっては、より高い分析精度が期待できる滴定法や重量法を適用する例もある。しかしながら、例えばニッケルでは、共存元素の影響を防止するためにジメチルグリオキシムを用いた沈殿分離を行う必要があり、そのような前処理操作が分析精度を低下させる要因となっている。また、リチウムのようなアルカリ金属では、その性質上比較的高精度が期待できる滴定法や重量法の適用が困難である。
【0007】
その結果、上記分析方法における各元素の繰返し測定精度は、相対標準偏差(以後、RSDと略記する)で1%以上であり、特にリチウム/メタル比は、誤差の加法性によって更に精度が低下するといった問題があった。このように大きな正極材料構成元素の分析誤差は、現状の電池開発あるいは製造分野において容認されるものではなく、より一層の分析精度の向上が求められている。即ち、正極材料の組成管理に現在要求されている具体的な測定精度は、一元素当たりRSDで0.2%以下、リチウム/メタル比では0.3%以下と極めて厳しいものである。
【0008】
このような現状から、特開平11−287793号公報や特開2001−174446号公報には、上記リチウム二次電池の正極材料中のリチウムの測定に、イオンクロマトグラフ法を適用する方法が記載されている。イオンクロマトグラフ法によれば、リチウムの繰返し測定精度として、RSDで0.2%程度が期待できる。
【0009】
しかしながら、本発明者らの綿密な調査によれば、特に陰イオン交換性のサプレッサを装備したイオンクロマトグラフ装置では、ニッケル、コバルト、マンガン等の共存元素の影響によって安定的な連続測定が困難になる場合があった。この問題に対し、本発明者らは、共存元素の影響を受けることなく、安定的な連続測定が可能なイオンクロマトグラフ測定方法を提案している(特願2008−057162号参照)。
【0010】
更に、イオンクロマトグラフ法による測定では、実試料の秤量や分解操作、溶液化した試料溶液の容量を一定量に合わせる定容操作、その溶液及び検量線用標準溶液を一定倍率に薄める希釈操作など、一連の前処理操作を連続的に実施すると、リチウムの分析精度が著しく低下することがある。そこで、本発明者らは、内標準元素を試料の分解前あるいは分解直後に添加して、前処理操作で発生する希釈誤差を防止する方法を提案している(特願2008−188251号参照)。
【0011】
【特許文献1】特開平11−287793号公報
【特許文献2】特開2001−174446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のような発明によって、リチウムの分析精度は大幅に改善することができたが、その他金属元素の分析精度は依然として不十分であり、特にリチウム/メタル比については、その目標精度を容易に満足できる状態ではなかった。
【0013】
本発明は、このような現状に鑑み、試料中の金属元素、特にリチウム二次電池正極材料中の金属元素を誘導結合プラズマ発光分光分析法により分析するに際して、各金属元素濃度及びリチウム/メタル比を高精度に測定できる分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明者らは、各測定対象元素に最適な内標準元素を見出すとともに、誘導結合プラズマ発光分光分析装置の最適条件を鋭意検討した結果、本発明を完成するに至ったものである。
【0015】
即ち、本発明が提供する金属元素の高精度分析方法は、試料溶液中の金属元素の濃度を誘導結合プラズマ発光分光分析法によって測定する分析方法において、誘導結合プラズマ発光分光分析法に使用するプラズマの励起温度を4900K以上にし、測定において内標準補正法を適用することを特徴とする。
【0016】
上記本発明が提供する金属元素の高精度分析方法においては、試料溶液が、リチウム二次電池用正極材料を分解して溶液としたものであり、測定対象元素としてリチウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガンの少なくとも2種を含む場合は、内標準元素として、リチウム、アルミニウム及びマンガンに対してはガリウムを使用し、ニッケル及びコバルトに対しては銅を使用することが好ましい。
【0017】
また、上記試料溶液中に含まれるリチウム二次電池用正極材料を構成する主要な金属元素の全てを、多元素同時検出器を装備した誘導結合プラズマ発光分光分析装置を用いて同時に測定し、主要金属のモル濃度比を測定することが好ましく、この方法は特にリチウム/メタル比の測定に極めて有効である。また、内標準元素を含む内標準溶液を試料溶液および検量線用標準溶液に添加する際は、重量基準で濃度調整された内標準溶液を使用し、この内標準溶液を重量で量り取って添加することが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、誘導結合プラズマ発光分光分析法によって金属元素を高精度で且つ迅速に分析することが可能となる。特にリチウム二次電池正極材料の評価手段として有用であり、管理項目として極めて重要なリチウム/メタル比を高精度で分析することが可能となる。
【0019】
更に、本発明によれば、内標準補正法の効果を最大限に引き出すことが可能となり、誘導結合プラズマ発光分光分析法において、前処理工程で発生する容量誤差の影響を受けることなく、試料中の金属元素濃度を高精度で且つ連続的に長期間安定して測定することができる。従って、本発明の金属の高精度分析方法は、極めて高精度な測定が要求されるリチウム二次電池用正極材料中の各元素の測定、更にリチウム/メタル比の測定に特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の測定方法では、鉄等の中性原子線を使用してプラズマの励起温度を測定前に確認し、その温度が4900K以上となる条件の下で測定することによって、内標準補正法の効果をより一層向上させることができる。
【0021】
以下、本発明による誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法について具体的に説明する。誘導結合プラズマ発光分光分析法によるリチウムの分析では、例えばリチウム二次電池用正極材料の試料溶液を調製する場合、試料をビーカー等に量り採った後、硝酸及び過酸化水素水等を添加し、ホットプレート等の加熱機器を利用して加熱することにより試料を分解する。その際、内標準元素を含む化合物の固体あるいは溶液の一定量を、試料の分解前に添加するか、あるいは試料を分解して室温まで冷却した後直ちに添加する。
【0022】
測定対象元素がリチウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガンの場合は、内標準元素として、リチウム、アルミニウム及びマンガンに対してはガリウムを使用し、ニッケル及びコバルトに対しては銅を使用することが好ましい。これらの内標準元素は、上記した試料の分解処理に使用する酸により分解あるいは損失しないため、ビーカーに試料を量り取る際に上記内標準元素を含む化合物も同時に量り取ることができる。
【0023】
上記内標準元素として用いるガリウムや銅を含む化合物には特に制約は無いが、吸湿や自己分解等によって含有量が変化せず、更に試料の分解工程の際に容易に溶解あるいは分解してガリウム及び銅イオンを形成するものが好ましく、一般的には金属の固体又はその溶液が用いられる。
【0024】
上記試料溶液の調製において、内標準元素を含む化合物の固体あるいは溶液の一定量を量り取る際には、いずれの場合でも重量で一定量を量り取って添加することが好ましい。検量線に用いる標準試料の調製においても同様である。これにより、容量誤差に起因する誤差をなくすことができる。即ち、重量で量り取ることによって、全量ピペット等で一定量を採取する際に懸念されるような人為的な誤差の発生を防ぐことができる。
【0025】
次に、一例を挙げて検量線用標準溶液及び試料溶液の調製方法を具体的に説明する。まず、内標準元素を含む化合物の一定量を分解あるいは溶解し、室温まで冷却後、水を加えて一定重量にして重量濃度Ni(g/kg)で現される内標準溶液を調製する。次に、測定対象元素を含む化合物の一定量を分解あるいは溶解し、室温まで冷却後、水を加えて一定重量にして重量濃度Ns(g/kg)で現される検量線用標準原液を調製する。
【0026】
調製した検量線用標準原液を2水準以上の重量で別々の容器に量り取り、これらの容器に、上記内標準溶液の一定量をそれぞれ量り取る。更に、これらの容器に水及び酸を一定量加えてよく攪拌し、検量線用標準溶液とする。ここで、検量線用標準溶液調製の際に量り取った検量線用標準原液の重量に上記の重量濃度Nsを乗じたものをAs(g)とし、同じく内標準溶液の重量に上記の重量濃度Niを乗じたものをAi(g)とし、これらの比As/Aiを求める。
【0027】
試料溶液の調製は次の通りである。試料の一定量を分解容器に量り取った後、この分解容器に上記内標準溶液の一定量を添加する。この時、量り取った試料の重量をWs(g)とし、添加した内標準溶液の重量に前述の重量濃度Niを乗じたものをWi(g)とする。尚、内標準溶液の添加量は、後述する希釈操作における希釈倍率を考慮して適宜調整するのが好ましい。具体的には、上記検量線用標準溶液と試料溶液中の内標準元素の量がほぼ同等になるよう調整することが好ましい。この状態で試料を分解あるいは溶解した後、水を一定量加えてよく攪拌する。希釈が必要な場合は適宜希釈操作を行い、これを試料溶液とする。
【0028】
以上の方法で得られた検量線用標準溶液と試料溶液について、誘導結合プラズマ発光分光分析法によって測定対象元素と内標準元素の発光強度を順次測定する。ここで、検量線用標準溶液中の測定対象元素の発光強度をBs、内標準元素の発光強度をBi、試料溶液中の測定対象元素の発光強度をCs、内標準元素の発光強度をCiとする。検量線用標準溶液について測定した発光強度から得られる発光強度比Bs/Biを縦軸とし、対応する検量線用標準溶液中の測定対象元素と内標準元素の重量比As/Aiを横軸としてプロットすることにより検量線を作成する。次に試料溶液について得られた測定対象元素と内標準元素の発光強度比からCs/Ciを求め、上記As/AiとBs/Biの検量線から試料溶液中の測定対象元素と内標準元素の重量比Ds/Diを求める。以上の操作で得られたデータを用い、次式から試料中の測定対象元素の含有量C(%)を算出する。
【0029】
[数1]
C=(Ds/Di×Wi)/Ws×100
【0030】
以上のように、試料の分解操作を含む分析前処理過程前から内標準元素を添加し、当該分析前処理過程後に測定対象元素と内標準元素の発光強度比を測定することにより測定対象元素濃度を求めるため、例えば分析前処理過程での希釈により誤差が生じても、計算式が希釈倍率を含まないために希釈の誤差の影響を受けない。なお、試料溶液中の測定対象元素濃度は、検量線の濃度範囲内にあるよう調製することが好ましい。
【0031】
誘導結合プラズマ発光分光分析装置によって測定を行うにあたっては、プラズマの励起温度を一定以上に調整することが必要である。励起温度を測定する最も簡便な方法は二線発光法である。この方法は、鉄、チタン、又はマグネシウムなどを含む溶液を噴霧し、この一元素からの励起エネルギーの異なる2つの中性原子線の発光強度を同時に測定することによって、次式から励起温度を算出することができる。尚、鉄、チタン、又はマグネシウムなどに代えてアルゴンの2つの中性原子線を用いても良く、この場合は、プラズマがアルゴンで形成されているので、純水を噴霧することで発光強度を得ることができる。
【0032】
[数2]
T=5041×ΔE/〔log(g/g)−log(λ/λ)−log(I/I)〕
【0033】
[数3]
ΔE=E−E
【0034】
ここで、式中E、Eは2つの波長の励起エネルギー(eV)、λ、λは2つの波長(nm)、I、Iは各波長の発光強度(任意単位)を示す。gAは、各励起状態の統計的重率に遷移確率を乗じたものであり、gA値として一般的に公開されている。
【0035】
選択する波長は、十分な発光強度を得ることができ、且つ正確な遷移確率が公開されているものであって、励起エネルギー範囲が大きく、波長が互いに近接しているものが好ましい。例えば、濃度1g/lの鉄標準溶液を用いた場合は、波長302.403nmと303.015nmの組合せあるいは370.557nmと370.925nmの組合せで励起温度を算出することができる。
【0036】
励起温度は4900K以上であることが重要であり、4900K未満では以下の理由により満足する測定精度が得られない。即ち、高精度測定を実現するには、誘導結合プラズマ発光分光分析装置で発生する種々の変動要因を、抑制あるいは補正する必要がある。このため、内標準補正法では、測定対象元素と内標準元素の挙動が、あらゆる装置変動要因に対して一致することが好ましく、具体的には測定対象元素と内標準元素の相関係数Rが1.0により近いことが望まれる。しかしながら、上記励起温度が4900K未満の場合、測定対象元素と内標準元素との相関係数が著しく低下するため、測定精度が低下することとなる。したがって、励起温度を事前に測定、把握して、必要であれば測定条件調整等を行って励起温度を4900K以上に調整しておくことが重要である。
【0037】
誘導結合プラズマ発光分光分析装置には、プラズマを形成する高周波電源周波数が40.68MHz仕様の装置と27.12MHz仕様の装置の2種が市販されている。使用する周波数に制約はないが、27.12MHz仕様の装置の方が高い励起温度を得られ易い。40.68MHz仕様の装置で測定を行う場合は、高周波出力とキャリアガス流量又は測光高さを調整して4900K以上のプラズマを形成し測定を行う。具体的には、高周波出力を上げると共にキャリアガス流量を下げると、励起温度は上昇傾向を示す。
【0038】
キャリアガス流量の低下は、測定元素のプラズマ内での滞留時間を増加させる効果もあるが、同様の効果は、三重管構造からなるプラズマ点灯用トーチの中心径を太くすることでも実現できる。キャリアガス流路が太くなることで、ガスの線速度が低下するためである。なお、測光高さを下げることにより、より高温領域での測定が可能となるが、共存元素の様々な影響を受け易くもなるため、測光位置変更にあたっては十分な調査が必要である。
【0039】
発光強度測定方式には、軸測光方式と放射光測光方式があるが、本発明において特に制約はない。ただし、軸測光方式では共存元素の影響をより敏感に受ける可能性があるため注意が必要である。
【0040】
上記装置条件を最適化することで、一般的に使用される内標準元素のイットリウムやイッテルビウム、コバルト、スカンジウム、ベリリウム、タリウム等を用いても分析精度の向上が実現できるが、分析精度のより一層の向上を実現するには内標準元素の最適化を行うことが好ましい。具体的には、測定対象元素が前述したリチウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガンの際は、内標準元素として、リチウム、アルミニウム及びマンガンに対してはガリウムを使用し、ニッケル及びコバルトに対しては銅を使用することが好ましい。このように各測定対象元素に最適な内標準元素を選択することにより、測定対象元素と内標準元素の相関係数Rを0.95以上にすることができる。
【0041】
なお、最適な内標準元素の選定に当たっては、各元素の励起エネルギーあるいは励起エネルギーとイオン化エネルギーの総和を考慮することが好ましい。即ち、各測定対象元素と内標準元素の測定波長の組合せは、中性原子線同士あるいはイオン線同士とし、更に、中性原子線を選択する場合は、内標準元素の測定波長が有する上位準位の励起エネルギーが、測定対象元素の測定波長が有する上位準位の励起エネルギーに対して上下1.0eVの範囲内にあり、また、イオン線を選択する場合は、内標準元素の測定波長が有する上位準位の励起エネルギーとイオン化エネルギーの総和が、測定対象元素の測定波長が有する上位準位の励起エネルギーとイオン化エネルギーの総和に対して上下1.0eVの範囲内にあることが望ましい。
【0042】
リチウム電池正極材料のリチウム/メタル比分析精度を向上させるには、さらなる条件が必要となる。例えば、リチウム、ニッケル、コバルト及びアルミニウムからなる正極材料のリチウム/メタル比を測定する場合、各元素を単独で測定すると誤差の加法性から分析精度は悪化する傾向を示す。しなしながら、プラズマの励起温度が4900K以上の条件下でこれら元素を同時に測定すれば、装置変動によって生じるリチウムとメタル分となるニッケル、コバルト及びアルミニウム挙動が一致し、リチウム/メタル比をより精度よく測定できる。なお、同時測定を行う手段に特に制約は無く、任意の手段を使用して良い。多元素同時測定が可能な検出方法としては、CCD検出器、CID検出及び複数の光電子増倍管を装備したポリクロメーター等が挙げられる。
【実施例】
【0043】
[実施例1]
リチウム、ニッケル、コバルト及びアルミニウムを含むリチウム二次電池用正極材料の粉末試料を約1.0g正確に秤量し、清浄な300mlガラス製ビーカーに入れた。次に、濃度6g/kgのガリウム内標準溶液及び銅内標準溶液をそれぞれ約10g正確に秤量して、上記ビーカーに投入した。更に、上記ビーカーに硝酸10mlと過酸化水素水2mlを除々に加え、約300℃のホットプレートで加熱して、粉末試料を分解した。放冷後、更に過酸化水素水2mlを加え、上記と同様に加熱して分解した。この操作を少なくとも2回繰り返すことで粉末試料を完全に分解した。
【0044】
得られた溶液を室温まで冷却した後、容量100mlの全量フラスコに移し入れ、純水を加えて溶液量を100mlに合わせた。次いで、10mlの全量ピペットを用いて溶液の10mlを分取し、これを容量200ml全量フラスコに移し入れ、更に純水を加えて溶液量を200mlに定容とし、これを試料溶液とした。尚、上記内標準溶液は、次の通り調製した。ガリウム内標準溶液は、清浄な300mlガラス製ビーカーにガリウム金属を6g秤量し、水10ml及び硝酸10ml、塩酸30mlを加えた後、ホットプレートで加熱して分解した。得られた溶液を室温まで冷却した後、容量1000mlの容器に移し入れ、純水を加えて1kgに合わせた。銅内標溶液は、銅金属6.0gを水20mlと硝酸40mlを加えて分解した以外は、ガリウム内標準溶液と同様の方法で調製した。
【0045】
得られた試料溶液について、誘導結合プラズマ発光分光分析装置を用いて、リチウム、ニッケル、コバルト及びアルミニウムの全元素同時測定を行った。誘導結合プラズマ発光分光分析装置には、プラズマ周波数が40.68MHzのCCD検出器を装備した放射光測光方式のVarian社製の725−ESを使用した。各測定対象元素の測定波長は、リチウムが610.365nm、アルミニウムが396.152nm、ニッケルが222.295nm、コバルトが235.341nmとした。内標準元素の測定波長は、ガリウムが417.204nm、銅が213.598nmとした。リチウム及びアルミニウムについてはガリウムを内標準元素とし、ニッケル及びコバルトについては銅を内標準元素として、リチウム/ガリウム、アルミニウム/ガリウム、ニッケル/銅、及びコバルト/銅の発光強度比をそれぞれ測定した。
【0046】
検量線は、上記発光強度比を縦軸とし、測定対象元素と内標準元素の重量比を横軸としてプロットして作成した。この検量線に試料溶液で求めた各測定対象元素と内標準元素の発光強度比を適応し、これにより得られた値と添加した内標準元素重量と試料重量から各測定対象元素の含有量を算出した。なお、検量線の濃度範囲は、リチウムが40mg/kg、50mg/kgの2点、アルミニウムが4mg/kg、6mg/kgの2点、ニッケルが250mg/kg、270mg/kgの2点、コバルトが30mg/kg、40mg/kgの2点とし、内標準元素のガリウム及び銅の濃度はおよそ30mg/kgであった。
【0047】
誘導結合プラズマ発光分光分析装置の条件は、プラズマ出力を1.6kW、キャリアガス流量を0.6l/min、測光高さを10mmとした。この時、1g/lの鉄標準溶液を用い、波長302.403nmと303.015nmの発光強度比から求めたプラズマの励起温度は5054Kであった。また、各測定対象元素と内標準元素の相関係数を、積分時間1秒、積分回数30回の下測定した結果、リチウム/ガリウムが0.98、アルミニウム/ガリウムが0.98、ニッケル/銅が0.97、コバルト/銅が0.96であった。
【0048】
上記測定条件の下で同一試料を20回連続して分解と測定を繰り返し分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.13%、ニッケルは0.09%、コバルトは0.13%、アルミニウムは0.12%と高精度であった。また、リチウム/メタル比の分析精度は、同じくRSDで0.10%と極めて高精度であった。
【0049】
[実施例2]
誘導結合プラズマ発光分光分析装置に、プラズマ周波数27.12MHz、CCD検出器を装備した放射光測光方式の島津製作所製のICPE−9000を使用し、測定条件を高周波出力1.2kW、キャリアガス流量0.6l/min、測光高さ10mmとした以外は、上記実施例1と同様の方法で測定を行った。
【0050】
上記条件の下で実施例1と同様に測定した励起温度は5750Kであった。また、各測定対象元素と内標準元素の相関係数を露光時間5秒、繰り返し回数10回の下測定した結果、リチウム/ガリウムが0.97、アルミニウム/ガリウムが0.97、ニッケル/銅が0.99、コバルト/銅が0.98であった。
【0051】
上記測定条件の下で同一試料を20回連続して分解と測定を繰り返し分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.12%、ニッケルは0.11%、コバルトは0.11%、アルミニウムは0.14%と高精度であった。また、リチウム/メタル比の分析精度は、同じくRSDで0.12%と極めて高精度であった。
【0052】
[実施例3]
試料をリチウム、ニッケル、コバルト及びマンガンを含むリチウム二次電池用正極材料の粉末とし、マンガンの測定波長を279.827nm、その内標準元素をガリウムとした以外は実施例1と同様の方法で測定を行った。
【0053】
各測定対象元素と内標準元素の相関係数を、積分時間1秒、積分回数30回の下測定した結果、リチウム/ガリウムが0.98、ニッケル/銅が0.97、コバルト/銅が0.96、マンガン/ガリウムが0.98であった。
【0054】
上記測定条件の下で同一試料を20回連続して分解と測定を繰り返し分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.13%、ニッケルは0.09%、コバルトは0.13%、マンガンは0.11%と高精度であった。また、リチウム/メタル比の分析精度は、同じくRSDで0.11%と極めて高精度であった。
【0055】
[実施例4]
試料をリチウム、ニッケル、コバルト及びマンガンを含むリチウム二次電池用正極材料の粉末とし、マンガンの測定波長を279.827nm、その内標準元素をガリウムとした以外は実施例2と同様の方法で測定を行った。
【0056】
各測定対象元素と内標準元素の相関係数を露光時間5秒、繰り返し回数10回の下測定した結果、リチウム/ガリウムが0.97、ニッケル/銅が0.99、コバルト/銅が0.98、マンガン/ガリウムが0.98であった。
【0057】
上記測定条件の下で同一試料を20回連続して分解と測定を繰り返し分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.12%、ニッケルは0.11%、コバルトは0.11%、マンガンは0.11%と高精度であった。また、リチウム/メタル比の分析精度は、同じくRSDで0.11%と極めて高精度であった。
【0058】
[比較例1]
測定条件を高周波出力1.2kW、キャリアガス流量0.75l/min及び測光高さ10mmとし、全ての測定対象元素に対する内標準元素をイットリウムとした以外は、上記実施例1と同様の方法で測定を行った。
【0059】
上記条件の下で実施例1と同様に測定した励起温度は4300Kであった。また、各測定対象元素と内標準元素の相関係数を、積分時間1秒、積分回数30回の下測定した結果、リチウム/イットリウムが0.11、アルミニウム/イットリウムが0.15、ニッケル/イットリウムが0.09、コバルト/イットリウムが0.10であった。
【0060】
上記測定条件の下で同一試料を1ヶ月間に亘り20回連続して分解と測定を繰り返し分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.52%、ニッケルは0.61%、コバルトは0.83%、アルミニウムは0.55%と満足する精度が得られなかった。また、リチウム/メタル比の分析精度は、同じくRSDで0.65%と悪く、リチウム二次電池用正極材料の評価手段として不適切であった。
【0061】
[比較例2]
測定条件を高周波出力1.2kW、キャリアガス流量0.60l/min及び測光高さ10mmとし、全ての測定対象元素に対する内標準元素をイットリウムとした以外は、上記実施例1と同様の方法で測定を行った。
【0062】
上記条件の下で実施例1と同様に測定した励起温度は4780Kであった。また、各測定対象元素と内標準元素の相関係数を、積分時間1秒、積分回数30回の下測定した結果、リチウム/イットリウムが0.65、アルミニウム/イットリウムが0.59、ニッケル/イットリウムが0.32、コバルト/イットリウムが0.44であった。
【0063】
上記測定条件の下で同一試料を1ヶ月間に亘り20回連続して分解と測定を繰り返し分析した結果、得られたリチウムの分析精度はRSDで0.30%、ニッケルは0.43%、コバルトは0.40%、アルミニウムは0.35%と満足する精度が得られなかった。また、リチウム/メタル比の分析精度は、同じくRSDで0.39%と悪く、リチウム二次電池用正極材料の評価手段として不適切であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液中の金属元素の濃度を誘導結合プラズマ発光分光分析法によって測定する分析方法において、誘導結合プラズマ発光分光分析法に使用するプラズマの励起温度を4900K以上にし、測定において内標準補正法を適用することを特徴とする誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法。
【請求項2】
前記試料溶液が、リチウム二次電池用正極材料を分解して溶液としたものであることを特徴とする、請求項1に記載の誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法。
【請求項3】
前記試料溶液が、測定対象元素としてリチウム、アルミニウム、ニッケル、コバルト、マンガンの少なくとも2種を含み、リチウム、アルミニウム及びマンガンに対してはガリウムを内標準元素として使用し、ニッケル及びコバルトに対しては銅を内標準元素として使用することを特徴とする、請求項1又は2に記載の誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法。
【請求項4】
前記試料溶液中に含まれるリチウム二次電池用正極材料を構成する主要な金属元素の全てを、多元素同時検出器を装備した誘導結合プラズマ発光分光分析装置を用いて同時に測定し、構成金属元素のモル濃度比を測定することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法。
【請求項5】
前記内標準補正法において内標準元素を含む内標準溶液を試料溶液及び検量線用標準溶液に添加する際は、重量基準で濃度調整された内標準溶液を使用し、この内標準溶液を重量で量り取って添加することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の誘導結合プラズマ発光分光分析法による金属元素の高精度分析方法。

【公開番号】特開2010−78381(P2010−78381A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−245028(P2008−245028)
【出願日】平成20年9月24日(2008.9.24)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】