説明

誘導結合プラズマ質量分析装置のための診断及び較正システム

【課題】プラズマ条件に係る装置の特性を短時間で診断でき、装置の設定条件を最適なものとするよう自動的に較正可能な診断及び較正のシステムを提供する。
【解決手段】本発明の診断システムは、高周波電源の出力に係る第1のパラメータと、エアロゾル中のキャリアガスの流量に係る第2のパラメータと、プラズマトーチ及びインタフェース間の距離に係る第3のパラメータとからなるパラメータの組の集合であって、感度・酸化物イオン比グラフ上で、それぞれの組に対応する測定点が、全測定点の集合として描かれる図形の高感度側の端を成す弧状の包絡線の長さ方向に沿った位置に順に並ぶように所定の配列を成すパラメータの組の集合を記憶し、該集合を構成するパラメータの各組のパラメータ値を用いて所定の診断用試料による診断測定を行い、対応する実測定点の感度・酸化物イオン比グラフにおける包絡線上の位置によって装置特性を確認するよう構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析装置が備える装置の診断システム及び較正システムに関し、特に、誘導結合プラズマ質量分析装置の装置特性を診断及び補正するためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
微量な金属イオンを検出するための高感度の分析装置である誘導結合プラズマ質量分析装置が、従来から知られている。当該分析装置は、プラズマ内に被測定試料を導入して被測定試料をイオンとし、当該イオンを抽出して質量分析を行うものであり、その基本構成として、液体等の試料からプラズマを生成するプラズマ生成部、及び生成されたプラズマからイオンを取り出して分析する質量分析部を含む。
【0003】
プラズマ生成部は、特に液体試料の場合、所定流量のガスを用いて所定の濃度の液体試料を霧化するネブライザ、霧化された液滴の一部を当該ガスと共にエアロゾルの形で取り出すスプレーチャンバ、及びプラズマガスによりプラズマを生成し、さらに前述のエアロゾルが当該プラズマ内に導入されるようにしたプラズマトーチとを含む。誘導結合プラズマを生成するため、プラズマトーチの近傍又は周囲にはワークコイルが配置され、当該ワークコイルは高周波電源に接続される。
【0004】
エアロゾルの生成について、さらに詳述すれば、ネブライザには、液体試料と合わせてキャリアガスの少なくとも一部が提供される。当該一部のキャリアガスが液体試料を吹く際に液体試料が霧化されることになる。霧化された液滴は、スプレーチャンバ内を周回し、比較的小径の液滴のみがプラズマトーチに向けて排出される。それらの小径の液滴は、霧化のために使用されたガスと共にエアロゾルを構成し、プラズマトーチへと導かれる。通常、エアロゾル生成のためのガスとしては、不活性ガス、典型的にはアルゴンガスが用いられる。
【0005】
プラズマトーチは、通常、試料を含むエアロゾルが導入される内管、及びその外側を包囲するようにして設けられる、1又は複数の外管を備える。外管には、プラズマ生成のためのプラズマガス及び補助ガスが導入され得る。ワークコイルの動作によってプラズマガスによるプラズマが生成された後、試料を含むエアロゾルが導入され、これにより、試料中の金属はイオン化され、プラズマ中に分散することになる。
【0006】
プラズマ生成部の後段に位置する質量分析部の前端位置には、生成されたプラズマに面するインタフェースが設けられる。インタフェースは、通常、サンプリングコーン及びスキマーコーンの2段の構成とされ、それぞれが、生成されたプラズマからイオンを取り出すためのオリフィスを備える。インタフェースの後段には、イオンをイオンビームの形で取り出すための引き出し電極が配置され、当該引き出し電極の後段には、イオンビームの軌道を変更し得るイオンレンズが設けられ得る。取り出されたイオンビームは、さらに後段に位置する質量分析装置に導かれ、質量分析の測定が行われる。これにより、信号強度による質量スペクトルの形で出力を得ることができる。
【0007】
分析装置は、さらに、コンピュータ装置を含むことができる。コンピュータ装置は、例えば、使用するガスの流量を制御するよう制御信号を提供するために、或いは分析結果の解析他の種々の処理を行うために用いられる。コンピュータ装置に適当な作用を提供するために入力装置、及び表示装置を含むユーザインタフェースが、合わせて用いられ得る。
【0008】
かかる装置が測定対象とすることが望まれる試料の一つに、高マトリクス試料がある。高マトリクス試料とは、被測定元素以外に高濃度の水溶性の塩を含む試料をいう。代表的な高マトリクス試料として、海水が挙げられる。従来の装置を用いて、かかる高マトリクス試料を分析すると、装置の後段へと導かれる多量のイオンによってサンプリングコーン、スキマーコーン等の表面にマトリクスの酸化物等が析出して汚染を生じたり、オリフィスを塞いで分析ができなくなったりする等の不都合を生じる。したがって、かかる試料の分析に際しては、インタフェースを介して質量分析部に入るマトリクス材料の量を減らす必要がある。
【0009】
単一の質量分析装置によって、広範なマトリクス濃度範囲の液体試料を高感度に分析できれば、実用上極めて有効である。そのための一つの手法として、直接は測定対象とすることができない高濃度の試料について、エアロゾル生成前に許容できる程度に希釈する方法がある。希釈は、通常、人の手作業によるか、或いはオートダイリュータにより自動的に行われ得る。例えば、特許文献1、2には、オートダイリュータを用いた液体試料の希釈方法について記載されている。
【特許文献1】特開平11−6788号公報
【特許文献2】特開平1−124951号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
希釈を手作業で行う場合には、多くの手間がかかり、特に試料数が多い場合には、時間的な不都合が生じる他、誤った作業を行ってしまう虞もある。そこで、希釈作業は、特許文献1、2に記載されるような、自動化されたシステムであることが望まれる。しかしながら、液体試料を希釈する方式では、作業中に、外部環境或いは用いる器具等を介して試料の汚染を生じる虞がある。
【0011】
かかる点から、液体試料を液体の状態で希釈する手法とは異なる手法で、再現性に優れ、且つ希釈の幅を十分に広く確保することのできる、希釈のための新たな手法が望まれている。その場合には、ユーザの作業の手間は最少とされる必要がある。特に、上述の如き装置のように、装置の動作状態を決定するパラメータが多数存在する場合には、ユーザ作業上の便宜を確保する必要がある。かかる作業上の便宜は、誤った使用方法によって発生する測定データのエラーを防止するためにも有効である。
【0012】
上述の誘導結合プラズマ質量分析装置について、種々の濃度のマトリクスを含む試料の分析を再現性良く行う一つの手法として、本願出願人は、本願出願前に出願した、特願2006−219520号の中で、インタフェースに面するプラズマの状態を変えるよう制御する手法を提案している。当該手法によれば、3つの主要なパラメータを所定の条件の下で変化させることにより、インタフェースのオリフィスを通過するイオンの量を増減させ、且つ再現性の良い分析を実現することができる。主要な3種のパラメータとは、プラズマ自身の状態を決定する高周波電源の出力、プラズマトーチに供給されるエアロゾル中の液滴を運ぶキャリアガスの流量、及びプラズマトーチとインタフェースとの間の距離(以下、サンプリング深さともいう)である。なお、3番目のパラメータについて、当該パラメータは、より正確には、ワーキングコイルの端とインタフェースとの間の距離を示すものである。通常は、ワーキングコイルとプラズマトーチは、相互に所定の位置関係で固定されるものであるから、本願における従来技術及び本発明の説明では、それらを等価のものとして扱い、プラズマトーチ及びインタフェース間の距離として説明する。
【0013】
当該手法では、高マトリクス試料の分析の際に、インタフェースを通過するイオンの量を少なくして感度を小さくするように各種パラメータを設定し、逆に低マトリクス試料の分析の際には、通過するイオンの量を多くするようにして感度を高くするように各種パラメータを設定する。かかるパラメータ制御によって、高マトリクス試料及び低マトリクス試料を交互に又は連続して分析することが可能になる。
【0014】
かかる手法の第1の問題点は、インタフェースを通過するイオンの量、すなわち測定感度に影響するパラメータが、制御が困難なものも含め、主要な3つのパラメータのドリフト等以外にも多数存在するため、測定結果にばらつきが生じやすい点である。具体的には、他のパラメータとして、試料の送液条件、装置細部のチューニングの状況等を挙げることができる。すなわち、これらの多数のパラメータのいずれかがわずかにずれることで、同一の装置による分析であっても、測定感度に変化が生じて測定データがばらつくという問題がある。
【0015】
かかる手法の第2の問題点は、上述のように制御パラメータが多いために、装置間でも特性に差異が生じ易いことである。すなわち、同一構造の装置であっても、上述のパラメータのいずれかが装置間でわずかにずれることにより、特性の差異を生じる。このことは、メンテナンス作業等を行う者のチューニング等の作業を困難にするという問題を生じる。
【0016】
そこで、本発明は、かかる多数のパラメータの存在により生じる問題を軽減するために、誘導結合プラズマ質量分析装置のプラズマに起因する特性を短時間で診断することができ、必要に応じて装置の設定条件を最適なものとなるように自動的に変更する較正を行うことができる、診断及び較正のシステムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上述の問題を解決するために、誘導結合プラズマ質量分析装置で装置特性を診断する新規の診断システム、及びそれを含む較正システムを提供する。本発明によって提供される診断システムは、高周波電源に接続されたワークコイルに近接配置されるプラズマトーチに分析試料を含む液滴及びキャリアガスを有するエアロゾルを導入し、該エアロゾル含有元素のイオンを含むようにしたプラズマをオリフィスを備えたインタフェースに向けて生成し、プラズマを構成する成分の一部をオリフィスを通過させて質量分析部に導入するようにした誘導結合プラズマ質量分析装置のプラズマ状態に起因する装置特性を診断する診断システムであり、高周波電源の出力を決定する第1のパラメータと、エアロゾル中の前記キャリアガスの流量を決定する第2のパラメータと、プラズマトーチ及びインタフェース間の距離を決定する第3のパラメータとからなるパラメータの組の集合であって、感度・酸化物イオン比グラフ上で、それぞれの組に対応する測定点が、全測定点の集合として描かれる図形の高感度側の端を成す包絡線(感度・酸化物イオン比のグラフ上で、酸化物イオンを片対数で表したときには、弧状を成す)の長さ方向に沿った位置に順に並ぶように所定の配列を成すパラメータの組の集合を記憶し、該集合を構成するパラメータの組の各組のパラメータ値を用いて所定の診断用試料による診断測定を行い、各組に対応する実測定点の感度・酸化物イオン比グラフにおける包絡線上の位置によって装置特性を確認できるようにしたことを特徴とする。
【0018】
一例として、本発明のシステムは、診断のために、各組に対応する測定点の感度・酸化物イオン比グラフにおける包絡線上の位置を、感度が最大となる実測定点の座標を基準に決定する手段を含むことができる。
【0019】
好ましくは、測定に採用されるパラメータの組の集合は、所定の診断用試料による診断測定で感度が最大となる点を決定するよう、第3のパラメータを固定しつつ第1及び第2のパラメータの少なくとも一方を変化させてなる、パラメータの組の第1の群を含むことができる。また、好ましくは、測定に採用されるパラメータの組の集合は、感度・酸化物イオン比のグラフ上で、第1の群よりも酸化物イオン比が小さい側で分布し、診断後の較正により変更されて又は変更されずに使用されることが予定される、パラメータの組の第2の群を含むことができる。この場合、パラメータの組の採り方によっては、感度・酸化物イオン比のグラフ上で、第1の群を構成するパラメータの組に対応する測定点と、第2の群を構成するパラメータの組に対応する測定点は、包絡線に沿う方向に重なることがあり得る。
【0020】
また、好ましくは、診断に先立って、装置の要素の一部を調節して、診断前の感度を適正化する予備調節を行う手段を有し得る。この場合、予備調節を行う手段は、診断のためのパラメータの組の集合を用いた測定の前に、所定の値に設定されたパラメータを用いて感度を測定しつつ、プラズマトーチの軸に直交する方向の位置を、測定の感度が最大となる位置になるよう自動的に調節するトーチ位置調節手段、又は診断のためのパラメータの組の集合を用いた測定の前に、所定の値に設定されたパラメータを用いて感度を測定しつつ、質量分析部内でインタフェースの後段に位置するイオンレンズの条件を、所定の条件範囲内で測定の感度が最大となる条件に調節するイオンレンズ調節手段の少なくとも一方を含むことができる。
【0021】
好ましくは、予備調節と診断測定との両方で、測定に使用するパラメータの読み出しのために共通のソフトウエアモジュールが使用される。当該ソフトウエアモジュールは、選択されたパラメータの各々の所定範囲の全体を走査して測定を行わせる走査モジュールと、選択されたパラメータ又は使用目的に応じて所定範囲の一部の特定のパラメータ群についての測定を行わせるジャンプモジュールとを含み得る。
【0022】
さらに、本発明は、上記の診断システムを含む較正システムを提供する。第1の較正システムは、上記の診断システムに加えて、パラメータの組の集合のうちの所定の一つの組に対応する測定点を、感度が最大であることが予定される最大感度予定点として予め選択しておき、該最大感度予定点が、診断の結果見つけられた感度が最大となる実測定点と異なった場合には、パラメータの組の集合に含まれるパラメータの組の少なくとも一部の組について、各パラメータ値を、最大感度予定点に対応する点が、実測定で最大感度を生じ得るように、所定の規則により変更して較正する手段とを含む。この場合、較正により変更されるパラメータは、第2のパラメータとされ得る。
【0023】
第2の較正システムは、上記の診断システムに加えて、診断の結果見つけられた感度が最大となった実測定点と、パラメータの組の集合の一つの組に対応する予め定めた基準測定点との感度の比が所定の比から外れたときに、その差異幅に応じて該差異幅を減じるよう、パラメータの組の集合に含まれるパラメータの組の少なくとも一部の組について、各パラメータ値を所定の規則により変更して較正する手段とを含む。この場合、較正により変更されるパラメータは、第2のパラメータ又は第3のパラメータとされ得る。
【発明の効果】
【0024】
本発明の診断及び較正システムによれば、上述の誘導結合プラズマ質量分析装置について、現場のユーザが、その装置が標準的な特性を示して安定した状態にあるか否かを確認することができ、また、実際に種々の濃度のマトリクス濃度の試料を測定する際の再現性を向上させることができる。また、本発明の診断、較正システムは、ユーザが装置のメンテナンス作業を行う際にも使用されることができ、作業者が短時間でその装置の特性を容易に確認することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に添付図面を参照して、本発明の好適実施形態となる誘導結合プラズマ質量分析装置のための診断及び較正のためのシステムについて詳細に説明する。最初に誘導結合プラズマ質量分析装置の概略構成を示し、その後、診断及び較正システムについて説明する。なお、以下の説明で示す、本発明の作用の説明における「希釈」の語は、後述のインタフェース部を通過する試料イオンの量を減らすことのできる全ての手段を含むものであり、従来技術の説明以外の箇所では、液体を用いない「ドライ」方式の希釈をも含意するものである。
【0026】
図1は、本発明の誘導結合プラズマ質量分析装置の本体のうち、プラズマ生成部を主として示す図である。この種の誘導結合プラズマ質量分析装置は、プラズマ生成部の後段に質量分析部を備えている。図1中には、質量分析部のうち、その前端でイオンビームを取り出すよう作用するインタフェース部を構成するところの、サンプリングコーン15、スキマーコーン16のみが示される。図示しないが、スキマーコーン16の後側へと導かれたイオンビームは、さらに後方に位置する質量分析装置へと案内され、これにより、質量電荷比を基に分離され、元素の同定が行われる。
【0027】
プラズマ生成部10は、主たる構成要素として、エアロゾル生成手段30及びプラズマトーチ20を含む。エアロゾル生成手段30は、液体試料を霧化するネブライザ40と、霧化された液体試料を巡回させ、比較的小径の液滴のみを取り出すようにするスプレーチャンバ50とを備える。
【0028】
ネブライザ40には、液体試料61及びエアロゾル生成のためのガス76Aが供給される。供給される液体試料61を所定流量のガス76Aで吹くことによって、液体試料61を霧化することができる。エアロゾル生成のためには、不活性ガス、典型的にはアルゴンガスが用いられる。ガス供給量の制御については後述する。
【0029】
液体試料61は、液体試料供給手段60によって供給される。液体試料供給手段60は、液体試料を蓄える容器62と、配管に沿った位置に設けられるペリスタルティックポンプ63とを備える。ペリスタルティックポンプ63は、制御部64により制御される。すなわち、ペリスタルティックポンプ63は、制御部64の制御に基づいて、容器62から必要量の液体試料61をネブライザ40に供給する。
【0030】
スプレーチャンバ50は、内部に、霧化された液滴が巡回することのできるチャンバ51を備えている。チャンバ51内には、筒状の壁52が設けられ、その内外で逆方向に気流が生じるようにされる。霧化された液滴は、気流により運ばれるが、比較的大径の液滴は、チャンバ51の内壁面に付着し、ドレイン53を介して排出される。一方、比較的小径の液滴は、エアロゾルとして、接続開口54を介して接続管31に向けて排出される。
【0031】
エアロゾルは、接続管31を通過して、プラズマトーチ20に供給される。なお、接続管31の中間部には、希釈のために追加される追加希釈ガス76Bの導入口32が設けられる。追加希釈ガス76Bの作用については後述する。
【0032】
プラズマトーチ20は、エアロゾルが導入される内管21の外側に、第1及び第2の外管22、23を備える。第1の外管22には、補助ガス(または中間ガス)77Aが導入され、最外の第2の外管23には、プラズマガス77Bが導入される。プラズマトーチ20の先端部には、マッチングボックス81を介して、高周波電源(RF電源)80に接続されたワークコイル25が配置される。
【0033】
ワークコイル25は、プラズマトーチ20にプラズマ5を発生するためのエネルギーを提供する。プラズマトーチ20に、補助ガス77A及びプラズマガス77Bを提供した状態で、高周波電源80をオン状態にして、プラズマ5を点火状態にすることができる。その後、試料の分析のために、内管21から液体試料の液滴を含むエアロゾルが提供される。これによって、エアロゾル中の液滴中に存する元素は、プラズマ5内でイオン化される。
【0034】
高周波電源80の出力の変更により、インタフェース15、16を通過するイオン数の増減を制御することができる。なお、酸化物―イオン比の図に関連して後述する一定の条件の下では、高周波電源80の出力を上げる方向に制御することで、インタフェース15、16を通過するイオン数を減らすように制御することができる。
【0035】
本実施形態では、プラズマトーチ20は、モータ等の駆動装置27によって移動可能とされた台座26上に固定される。これにより、プラズマトーチ20は、エアロゾルの導入方向に変位可能とされる。これは、プラズマトーチ20と、インタフェース15、16との間の距離(サンプリング深さ)Zを調節するものである。典型的には、台座26として、X―Yステージが用いられる。駆動装置27は、制御部90によって制御される。なお、図1中には、プラズマトーチ20のみが台座26上に固定されているように示されるが、スプレーチャンバ50及びネブライザ40を含む位置までの部分がプラズマトーチ20と同様に台座に固定され、駆動装置27によって変位制御されるようにすることができる。また、Zの値を変更するために、トーチ側に構造を固定し、インタフェースの位置を変更するような構成を採ることもできる。
【0036】
一般的には、両者間の距離Zが短ければ、インタフェース15、16を通過するイオン量は多く、逆に距離Zが長ければ、通過するイオン量は少ない傾向にある。従って、プラズマトーチ20及びインタフェース間距離Zを調節することにより、インタフェース15、16を通過するイオン数を変更することができる。
【0037】
この装置は、エアロゾルを構成するキャリアガス及びエアロゾル中に含有される金属イオンを含むプラズマの双方を適正に制御し、高マトリクス試料等の液体試料を簡易に且つ再現性良く希釈できることを一つの特徴としている。すなわち、本装置における制御システムにより、液体を用いた手間のかかる希釈作業は不要となり、ユーザに要求される操作は極めて簡便なものとなる。以下に、制御システムの作用について説明する。
【0038】
本実施形態に示す誘導結合プラズマ質量分析装置は、制御装置70、それに接続された記憶装置95、及びユーザインタフェース装置100を含む。これらは、単独のコンピュータ装置としても良い。制御装置70は、高周波電源80、駆動装置27を制御する制御部90、及び液体試料61を供給するためのペリスタルティックポンプ63を制御する制御部64に対して、それぞれ制御信号73A、73B、73Cを送ることができるよう構成される。さらに、制御装置70は、その一部に、ガスの制御を行うためのガス制御部79を含む。
【0039】
ガス制御部79は、ガス流量制御装置74A、74B、75A、75Bに対して、制御信号71A、71B、72A、72Bを送ることができる。制御信号71A、71Bは、それぞれガス流量制御装置74A、74Bにおけるエアロゾル生成ガス76A及び追加希釈ガス76Bの供給量を決定し、制御信号72A、72Bは、それぞれガス流量制御装置75A、75Bにおける補助ガス77A及びプラズマガス77Bの供給量を決定する。
【0040】
なお、制御装置70は、単独又は複数のICを含むことができる。また、制御装置70は、ユーザインタフェース装置100と一体又は別体の組み合わせから成る、表示装置を含むコンピュータ装置として構成されても良い。記憶装置95は、書き換え可能なメモリ装置より構成され得る。図1中には、記憶装置95は、制御装置に結合するように示したが、ユーザインタフェース装置100に結合されるように構成されても良い。
【0041】
ガス制御部79による制御によって、エアロゾル状態での希釈を行わせることができる。図示されるように、スプレーチャンバ50から排出されるエアロゾルに対して、さらに追加希釈ガス76Bを追加し、キャリアガス全量に対する液体試料の液滴の含有割合を減らすことができる。低マトリクス試料の分析の場合等、エアロゾル段階での希釈が必要とされない場合には、エアロゾル生成ガス76Aのみがエアロゾルのキャリアガスとされる。一方で、高マトリクス試料の分析の場合には、追加希釈ガス76Bを追加することによって、エアロゾルを希釈することができる。後者の場合は、エアロゾル生成ガスと追加希釈ガスの両方がキャリアガスとなる。
【0042】
すなわち、本実施形態に示す装置では、プラズマトーチ20に達するエアロゾル中に含有される液滴の割合及びキャリアガスの流量は、制御信号73Cを介して行う液体試料61の供給量の制御、及び制御信号71A、71Bを介して行うエアロゾル生成ガス76Aと追加希釈ガス76Bの流量制御によって、複合的ではあるが一対一の対応をもって決定される。
【0043】
そこで、例えば、エアロゾル生成ガス76Aの流量に対応した、或いは、それと液体試料61の供給量とに対応したエアロゾル中の液滴含有割合の相関を記録しておき、一方で、希釈追加ガス76Bの流量値をキャリアガスの流量値に加えることにより、エアロゾルを希釈する度合いを数値化することが可能である。かかる数値化は、良好な希釈の再現性を確保するために有効である。
【0044】
エアロゾル生成後に制御可能な希釈を行えるようにしておくことは、後述するプラズマ5の制御との関連でも有効である。追加希釈ガス76Bを供給する手段を持たない場合に、試料に対して希釈を行うべく、エアロゾル生成の際のエアロゾル生成ガスの供給量を減らして液滴含有割合を変更するとすれば、キャリアガスとしての全流量も減ることになる。そうすると、プラズマトーチ20に生成されるプラズマ5が、エアロゾルのキャリアガスによって冷却される程度が低くなってしまう。かかる場合には、最終的にインタフェース15、16を通過するイオン量の程度を精度良く制御することは極めて困難である。
【0045】
本実施形態の装置では、エアロゾル生成ガスの供給量を減らした場合であっても、適量な追加希釈ガスを追加することによってキャリアガスの全流量に変更がないようにすることができるので、エアロゾル中のキャリアガスの流量を変えることなく、液滴含有量のみが異なるエアロゾルをプラズマトーチ20に供給することができ、分析結果に十分な再現性を確保する。
【0046】
ガス制御部79で各ガスを制御するための基礎データは、ユーザインタフェース装置100を利用して直接入力されても良いし、記憶装置95に予め記憶させておいても良い。図示しないが、ユーザインタフェース装置100は、入力のための装置と、入力及び制御のステータス等を表示する表示装置とを含むことができる。
【0047】
図2は、本実施形態の装置での制御因子を決定するために参照される、いわゆる感度―酸化物イオン比のグラフを示す図である。この感度―酸化物イオン比のグラフは、横軸(x軸)に特定イオンの検出感度をとり、縦軸(y軸)に当該イオンの酸化物イオン比を対数で表して示したものである。図中に曲線で囲まれるように示された領域は、可変パラメータとして、上述の因子、即ち、キャリアガス流量と、高周波電源出力と、プラズマトーチ及びインタフェース間距離Zとを変更した際の、測定点の分布領域を示すものである。本実施形態では、特定イオンとして、Ce(セリウム)を用いているが、他に、Ba(バリウム)、及びLa(ランタン)も用いることもできる。また、指標として用いられるものは、酸化物イオン比に限らず、本発明で示すところの物理現象の指標となる他の化合物とイオンとの感度比であっても良い。
【0048】
本実施形態の装置では、制御のためのパラメータに一定の規則性が与えられ、これにより、装置の制御を行うことができる。かかる規則性は、感度―酸化物イオン比から導出される。図示されるように、測定点は、2つの曲線間に挟まれた領域R1内に分布することになる。本実施形態の装置では、上述の各パラメータを外側の包絡線110の下側に位置するところの矢印Pに沿う点となるように設定する。換言すれば、制御装置が制御する全ての因子は、特定の金属イオンの感度と金属イオンの酸化物イオンとの相関を示す感度―酸化物比線図上で、各感度における酸化物イオン比が略最小とされ、感度に対して酸化物イオン比の対数が略比例関係を成す包絡線に沿うという条件に適合するように設定する。
【0049】
すなわち、本実施形態の装置では、供給されるエアロゾル中のキャリアガスの総流量を変更することなく、液滴量のみを変更することができると共に、単位時間に供給される液滴量を変更することなく、キャリアガスを変更することもできる。後者の場合、キャリアガスの流量に応じて、プラズマ温度他、プラズマの状態が変化する。
【0050】
しかしながら、特にプラズマ温度が低くなった場合には、マトリクス元素が他の元素と結合して、単元素イオンの状態ではなくなり、被測定元素の分析に対して障害となる干渉を生じることになる。かかる状態は、意図的に生ぜしめる場合は格別、所定の元素の分析を目的とする場合には好ましくない。そこで、本実施形態の装置では、キャリアガスの総流量が少ない場合でも、逆に多い場合でも、プラズマの温度(特にガス温度)を下げることのないように、上述のパラメータを設定する。例えば、本実施形態の場合、制御のためのパラメータの組に対応する点は、後述のように、図2のグラフ中に略平行四辺形で示される、所定の酸化物イオン比と感度とにより画定された領域R2の内側の点として決定することができる。かかる領域は、所定の数式関係の充足、または所定の数値範囲の設定等、種々の方法により決定され得る。
【0051】
かかるパラメータ設定方法を採ることにより、分析時に比較的高いガス温度を維持でき、キャリアガスの流量が比較的少ない場合でも、或いは逆に後述のように希釈のためにキャリアガスの流量を多くした場合でも、被測定元素が他の化合物を形成することによる分析の精度に対する悪影響を回避することができる。
【0052】
また、前述したように各可変パラメータをユーザが直接入力して決定する場合で、その入力値が所定の範囲外(例えば、図2中の領域R2の外側)にある場合は、入力値の使用を拒否するようにすることができる。すなわち、例えば、ユーザインタフェース装置100は、パラメータを順次入力する際に、後に入力するパラメータが適当でないと判断した場合に、その受け付けを拒絶することができ、他の場合には、全パラメータを入力した後に警告が生じるようにしても良い。一方、本実施形態の装置が、各可変パラメータを予め記憶装置95に記憶させておく構成の場合には、記憶させるパラメータの組として、上の条件を満足するものを選んでおくようにすることができる。
【0053】
上述したように、誘導結合プラズマ質量分析装置では、インタフェースに対する相対的なプラズマの状態によって、インタフェースを通過する試料のイオンの量が変更されるところ、そのような条件を決定するパラメータの数が多数存在するため、再現性を採ることが難しい、すなわち、ある種のパラメータでは、それが僅かにずれただけでプラズマの状態が変わってしまい、そのような場合には測定結果の信憑性が問題となる。また、高マトリクス濃度の試料を測定する際に、少なくとも基本となるパラメータが整っていないと、希釈の度合いを精度良く決定することはできない。そこで、本実施形態の装置では、装置特性を適宜診断するとともに、測定の際に予定されたプラズマ状態に近い状態を再現性良く実現するように、装置を動作するパラメータを較正できるようにしている。
【0054】
図3は、図2と同様に感度・酸化物イオン比のグラフを示す図で、本発明による診断手法の原理を説明するための図である。図3を参照して、本発明の診断及び補正の原理を説明する。
【0055】
本実施形態による装置では、当該装置についてのプラズマに関する特性を評価するために、感度・酸化物イオン比のグラフにおける全測定点の取り得る図形について、その高感度側の端を成す包絡線に沿う点がどのような位置にあるかを判断基準にする。図3中には、例として、5つの測定点、A、B、C、D、Eを表している。本願発明の発明者は、プラズマの設定条件(本出願では、温度及びインタフェースを通過するイオンの数を決定するプラズマの条件のことをいう。以下では、単にプラズマ条件ともいう。)が変更されたとき、又は経時的に変化するとき、これらの点は、当該包絡線の長さ方向に沿って移動することを経験的に確認している。各点の移動は、プラズマの電子温度及びガス温度を総合したプラズマ温度との相関に対応するものと推測される。すなわち、包絡線に沿う一次元方向は、その系のプラズマ温度に対して単調増加の相関を成す。図中で、A側でプラズマ温度が比較的低く、E側でプラズマ温度が比較的高い。
【0056】
図中の両方向を向いた矢印は、測定点の移動の向きを示しているものであり、移動の範囲を限定しているものではない。例えば、プラズマ条件の変化の程度が大きければ、A測定点がC測定点として示す位置の近傍まで移動することもあり得る。ただし、矢印の長さは、移動の程度を表している。すなわち、プラズマ条件の変化に対応して、A測定点は、その位置を大きく変える。一方、測定点Eは、プラズマ条件の変化に対して敏感ではなく、その移動量は小さい。
【0057】
以上のことから、各測定点が、感度・酸化物イオン比のグラフ上でどの位置にあるかによって、プラズマ条件に起因する当該装置の特性を評価できることが理解される。図3では、5つの点のみを示したが、実際の診断では、より多くの数の測定点を用いて、包絡線の形状が判別できる程度にする。測定点の数を、十分に多くして、それらの間を補間して曲線を描ける程度にすることもできるが、測定点が多い場合には、診断測定に必要以上の時間を要するので、好ましくない。実用的には、約5分以内に診断測定を完了できる程度の数であることが望まれる。
【0058】
本実施形態の装置では、かかる診断評価を容易に且つ正確なものとするために、その測定感度が最大になる点を探索し、その点を基準にして包絡線の形態を推測し、診断を行えるようにしている。感度最大の点を基準にすることは、その座標に基づいた数値による評価を可能とし、より正確な診断評価につながる。なお、図3中には、C測定点を感度が最大になる点として示している。
【0059】
図4は、本発明による診断システムの一部を構成するソフトウエアの概略構成を示す図である。図5は、図4に示すソフトウエアの一部であるモジュール提供手段の詳細を説明する図である。図6は、本実施形態による較正システムの作用を表すフローチャートである。さらに、図7は、本発明の動作に用いられるモジュールに含まれる診断測定用のデータ構成を示す図であり、図8は、それに基づく測定結果としての感度・酸化物イオン比のグラフを示す図である。
【0060】
以下には、図4乃至図8を用いて、本発明による診断及び較正のシステムについて説明する。図6のフローチャートに基づいて、作用を順に追って説明し、必要に応じてソフトウエアの構成を説明する。なお、図6中には、較正システム全体の作用を示しているが、後段のパラメータの調節又は補正の作用を備えない診断システムも、本発明の実施形態となるものである。
【0061】
較正システムの動作をオン状態にすると、システムの自動動作が開始される(参照番号301)。本実施形態によるシステムは、現場のユーザの作業の便宜を図るために、較正完了までの動作を自動で行うシステムとされる。ここでは示さないが、メンテナンス作業等の場合に、特定のステップの後に作業を一時的に停止させるようなモードを設定できるようにしても良い。
【0062】
オン状態にされたシステムは、まず予備調節の動作を行い得る(参照番号302)。予備調節とは、診断測定に先立って、プラズマトーチの軸線に直交する方向の位置を適正化して、軸の位置合わせをするとともに、イオンレンズの電圧条件を診断測定のために最適化する作用である。必要に応じて、両作用の一方だけを有するものとすることもできる。プラズマトーチの位置、或いはイオンレンズの電圧条件が最適化されないと、上述した感度・酸化物イオンの包絡線の形状が不適切な形状になり、診断が適正に行われない可能性があるため、通常は診断測定を行う回毎に予備調節が行われるのが良い。但し、設定が完全であることが保証され、試料測定時間の短縮が望まれる場合には、かかる予備調節は、解除され得る。なお、本実施形態では、予備調節は、プラズマトーチの軸合わせとイオンレンズの電圧条件調節についてのみ示すが、装置によっては、他のパラメータの調節を含むこともあり得る。
【0063】
予備調節の作業が開始されるとき、まず測定条件としてのパラメータを含むモジュールが読み出される。モジュールの読み出しに関連して、本実施形態によるシステムのソフトウエアの構成を説明する。
【0064】
上述したように、本実施形態によるシステムのソフトウエア構造は、図4に示される。上記の診断及び較正のためのシステムは、制御装置70及び記憶装置95等に含まれるソフトウエア手段と、他のハードウエア手段との協働作用により実現されるところ、図4には、それらのうちのソフトウエア手段の構成のみが示される。図4中で、参照番号200は、較正手段を示すものである。較正手段200は、診断手段210、及びパラメータ補正手段220を含む。さらに、診断手段210は、予備調節手段211、診断測定手段214、及びモジュール提供手段215を含み、予備調節手段211は、予備測定手段212及び調節命令手段213を含む。
【0065】
これらのうち、予備調節手段211及びモジュール提供手段215が、上記の予備調節に使用される。特徴的な点として、モジュール提供手段215は、予備測定手段212とだけでなく、診断測定手段214とも協働する点に注目すべきである。
【0066】
モジュール提供手段215の詳細は、図5に示される。モジュール提供手段215は、2つのモジュールを用意している。一方は、走査モジュール231であり、他方は、ジャンプモジュール232である。走査モジュール231は、複数のパラメータの一部については固定し、残りの必要なパラメータについて、範囲全体でN次元の測定を行う。一方、ジャンプモジュール232については、所定のパラメータについて、そのパラメータについて適当であると考えられる特定のパラメータ群についてだけ測定を行うようにしたものである。走査モジュール231及びジャンプモジュール232に対応した各パラメータの設定が予め記憶装置95に記憶される。必要とされる動作に従って、パラメータ種類に応じた走査モジュール231又はジャンプモジュール232が、制御装置70によって読み出される。
【0067】
上述の2つのモジュールの動作を簡単な例で示すために、パラメータを3つの場合とし、それらの直交座標系を設定することとする。走査モジュール231を使用した場合には、直方体又は立方体で表される体積全体に対応するパラメータ範囲内の連続的又は離散的な全ての点について測定が行われるのに対し、ジャンプモジュールを用いた場合には、パラメータに応じて選択された当該パラメータに関する飛び飛びの点で測定が行われることとなる。
【0068】
これらの走査モジュール231及びジャンプモジュールは、本実施形態に説明されるようなプラズマ条件に関する診断システムにだけ使用されるのでなく、種々のパラメータに関する診断又は較正に使用されることができる。例えば、メンテナンス等の作業時に必要な診断を行う際に、本実施形態では示さない種々のパラメータに関して、これらのモジュールを、診断システム外から呼び出して使用することも可能である。
【0069】
予備測定のためには、通常、走査モジュール231が呼び出される。予備測定の場合、対象となるパラメータは、プラズマトーチの軸に直交する面内の2次元方向の座標、及びイオンレンズに与えられる1次元又は2次元の電圧範囲である。プラズマ条件を設定するための主要3パラメータ、すなわち、高周波電源の出力を決定する第1のパラメータと、エアロゾル中のキャリアガスの流量を決定する第2のパラメータと、プラズマトーチ及びインタフェース間の距離を決定する第3のパラメータは、予備測定の間は、予め決められた所定の値に固定される。
【0070】
予備測定手段212は、読み出された走査モジュール303に基づいて、プラズマトーチの軸に直交する面内の2次元方向の座標の所定範囲、及びイオンレンズに与えられる電極範囲について、装置にパラメータを提供して多次元の予備測定を行わせ、測定データを収集する(参照番号304)。なお、予備測定及び後述の診断測定の際には、それらのために使用される標準的な試料が用意される。例えば、当該試料は、所定の濃度(例えば、10ppb又は1ppbの濃度)を有するCe溶液試料とされ得る。
【0071】
予備測定(参照番号304)の結果から、その条件下で感度が最大になるパラメータ値が最適値として選択される。かかる選択された値に基づき、図4に示す調節命令手段213が、プラズマトーチの位置を変更するための手段、或いはイオンレンズ電極のための電圧設定装置に必要な命令を提供し、プラズマトーチ及びイオンレンズの調節が行われる(参照番号305)。
【0072】
予備調節が完了すると、次に診断測定の準備が開始される。最初のステップは、予備測定の場合と同様に、モジュールの読み出しである(参照番号306)。診断測定の場合には、各パラメータによる振る舞いがある程度予測でき、且つ測定を複雑にすることなく測定時間を短縮することが要求されるため、通常、ジャンプモジュール232が読み出される。この場合、対象となるパラメータは、上述の主要3パラメータ、すなわち第1乃至第3のパラメータである。
【0073】
診断測定手段214は、読み出された主要3パラメータに係るジャンプモジュール232に基づいて、装置にパラメータ値を提供し診断測定を行わせ、測定データを収集する(参照番号307)。図7には、ジャンプモジュール232によって選択されるパラメータの一覧が例示され、図8には、それによる測定結果が示される。
【0074】
図7に示すように、本実施形態で診断に用いられる、主要3パラメータに係るジャンプモジュールの選択によるパラメータの組の集合は、第1及び第2の群から構成される。特徴的な点は、第1の群では、サンプリング深さ、すなわち、プラズマトーチ及びインタフェース間の距離が比較的小さい又は最小の値として一定とされ、第2の群では、高周波電源の出力(RF出力)が一定とされることである。
【0075】
これは、第1の群のパラメータの組が、診断測定の中で、感度が最大の測定点を探索する目的で用意されているのに対し、第2の群のパラメータの組は、診断測定後に、高マトリクス濃度の試料を測定するために用いられることが予定されているからである。第2の群のパラメータの組は、最大感度を取りうる第1の群のパラメータの組よりも、感度・酸化物イオン比で酸化物イオン比が小さい側に位置する測定点に対応し、比較的安定した、ロバストな条件であることを基準に決定されている点に着目されるべきである。かかるロバストな条件は、例えば、サンプリング深さを若干深く設定するような調整を行うことにより実現され得るが、この場合、対応する各パラメータの組に対応する点は、若干包絡線の内側に寄ることになる。
【0076】
なお、第1の群及び第2の群は、測定を行う際には区別されないが、上述したように、実際の高マトリクス濃度の試料の測定に使用されることが予定されているのは、第2の群のみであるから、診断における判断の過程、及び補正の処理では区別されて扱われることとなる。
【0077】
第1の群及び第2の群を構成するパラメータの組は、出荷前の標準状態での測定の結果、感度・酸化物イオン比のグラフ上で、全測定値の構成する図形の包絡線で、感度が高い側の端を成す包絡線に沿う位置の測定点に対応するものとして、予め用意される。パラメータの組の番号は、上述のプラズマ温度が低いと予想される側から、順番に付され得る。なお、図7に示す例では、第1の群及び第2の群全てで、それぞれサンプリング深さ、及びRF出力を一定値に設定しているが、全ての値が一定であることは必須ではなく、第1或いは第2の群に含まれる小群が、それぞれの一定のパラメータ値を有するようにしても良い。
【0078】
図8に示される測定結果によれば、図7の表中の番号「10」に対応する測定点が、測定の感度が最大の点となる。かかる結果をもとに、特性の良否の判断が行われる(参照番号308)。診断の際の基準として、例えば、出荷前の標準状態から、後述の補正方法に対応して、(1)感度が最大となる点が「番号10」の測定点となるべきこと、(2)最大感度に対する、所定の測定点の感度の比が、所定の範囲にあること、の条件の他、(3)その感度が一定の許容範囲にあること等の要件を満たす場合には、プラズマ条件に関する装置の特性は、「良好」なものと判断することができる。一方、それらの条件を満たさない場合には、「不良」なものと判断することができる。なお、図8のグラフは、ユーザインタフェース100に適当な様式で表示されることができる。
【0079】
ユーザが、当該システムを診断システムとして使用する場合には、ステップ307で全ての作用が完了する。必要な場合には、較正システムとしての作用が、その後継続され得る。診断における判断で「良好」とされた場合には、パラメータの補正を行うことなく動作を完了する(参照番号311)。「不良」との判断がされた場合には、必要なパラメータの補正が行われる。
【0080】
較正のためのパラメータの補正は、パラメータ補正手段220を動作することにより行われる。パラメータ補正手段220は、較正のためのパラメータ補正量を算出し(参照番号309)、算出した補正量をもとに、パラメータの補正を行う(参照番号310)。本実施形態では、パラメータを補正する手法として、以下の2種類の手法を用意している。いずれか一方を用いるようにしても良いし、複合的な補正を行うようにしても良い。
【0081】
第1の手法は、通常の状態で感度最大の点が特定の点であることを決めておき、それに対応する実測定点のずれの大きさからパラメータ補正量を算出する手法である。図3に戻ってこれを用いて説明すると、標準状態で感度が最大になる測定点がC測定点であるとき、診断測定によれば、測定点Cのパラメータ条件で測定したときに、その対応する測定点が最大感度を提供しないC’測定点となったとすれば、それら座標の差の大きさから補正量を換算して求めるものである(参照番号309)。すなわち、測定点C’は、本来感度が最大となるべき点であるから、その点を感度最大になるように、主要パラメータの少なくとも一つを現状の装置の状態に合わせて変更する補正を行おうとするものである。なお、補正されるパラメータは、第2のパラメータ、すなわち、キャリアガスの流量とされるのが望ましい。感度最大の点を探索する場合に、他のパラメータよりも操作できる幅を自由にとることができ、それによる微細な幅での調節が容易だからである。
【0082】
第2の手法は、標準状態での最大感度に対する所定の測定点の感度の比を決定しておき、実際の診断測定の結果得られた最大感度に対して、当該所定の測定点に対応する実測定点の感度の比を求め、それらの比に差が生じる場合に、その差に応じた補正量を換算して求めるものである(参照番号309)。図3によれば、所定の測定点を測定点Dとし、実測定で当該測定点に対応する測定点を図示の測定点D’とすると、初期最大感度(Sini max)に対するSの比を基準に、実最大感度(Smax)に対するSD’の比と比較し、その差に応じて補正量を決定するものである。この場合も、第1の補正と同様に、補正されるパラメータは、第2のパラメータ、すなわち、キャリアガスの流量とされるのが良いが、第3のパラメータであるサンプリング深さ、すなわち、プラズマトーチ及び前記インタフェース間の距離を補正の対象とすることもできる。
【0083】
したがって、図7及び図8の例に第1の手法を適用すると、「番号10」の測定点が、当初予定された、最大感度を生じる測定点でなければ、適当な補正(パラメータ補正1)が行われることになる。一方、第2の手法を適用すると、例えば、「番号19」の点を所定の測定点とすれば、最大感度Smaxに対する感度S19の比と、標準状態におけるものとが対比されて、適当な補正(パラメータ補正2)が行われることになる。
【0084】
図3に関連して示したように、プラズマ温度の高い側と低い側とで、プラズマ条件の差に対応する変化量が異なる。したがって、第1及び第2の補正の手法で行われる、補正量の算出は、経験則に基づく所定の換算規則又は換算表に基づいて行われる。
【0085】
パラメータ値の補正は、全てのパラメータの組に対して行われても良いが、上述のように、診断測定の際にジャンプモジュールに基づく測定が行われた場合には、パラメータの組は、2つの群から成り、それらのうち第2群のみが較正後の測定に用いられることから、パラメータの補正を第2群のパラメータの組にのみ行うようにしても良い。なお、パラメータの補正は、実際の試料測定の直前に行うようにしても良い。また、算出された補正量又は補正後のパラメータの履歴を記憶し、その後の診断測定或いは実際の試料の測定に利用することもできる。
【0086】
なお、上述したように、その補正量を求めるために算出した標準状態におけるものとの差の大きさを、診断の際の良否の判断に用いることができる。すなわち、図3の例によれば、第1の手法では、C測定点とC’測定点の座標の差の程度が所定の範囲内にあるか否か、また、第2の手法によれば、最大感度に対するSD’の比と標準状態における最大感度に対するSの比との差が所定の範囲内にあるかによって診断の際の判断を行うことができる。
【0087】
上述の補正の結果、パラメータは適正化され、較正の動作は完了する(参照番号311)。装置は、その後、種々のマトリクス濃度を有する試料についての実際の測定に使用されることができる。
【0088】
以上のように、本発明の好適な実施形態となる診断システム及び較正システムについて説明したが、これはあくまでも例示的なものであり、本発明を制限するものではなく、当業者によって、さらに種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】本発明が適用される誘導結合プラズマ質量分析装置の本体のうち、プラズマ生成部を主として示す図である。
【図2】本発明での制御因子を決定するために参照される、いわゆる感度―酸化物イオン比のグラフを示す図である。
【図3】図2と同様にして感度・酸化物イオン比のグラフを示す図で、本発明による診断手法の原理説明のための図である。
【図4】本発明による診断システムの一部を構成するソフトウエアの概略構成を示す図である。
【図5】図4に示すソフトウエアの一部であるモジュール提供手段の詳細を説明する図である。
【図6】本実施形態による較正システムの作用を表すフローチャートである。
【図7】本発明の動作に用いられるモジュールに含まれる診断測定用のデータ構成を示す図である。
【図8】図8は、それに基づく測定結果としての感度・酸化物イオン比のグラフを示す図である。
【符号の説明】
【0090】
15、16 インタフェース
20 プラズマトーチ
25 ワークコイル
81 高周波電源
200 較正手段
210 診断手段(ソフトウエア手段)
211 予備調節手段
212 予備測定手段
214 診断測定手段
215 モジュール提供手段
220 パラメータ補正手段
231 走査モジュール
232 ジャンプモジュール


【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波電源に接続されたワークコイルに近接配置されるプラズマトーチに分析試料を含む液滴及びキャリアガスを有するエアロゾルを導入し、該エアロゾル含有元素のイオンを含むようにしたプラズマを、オリフィスを備えたインタフェースに向けて生成し、前記プラズマを構成する成分の一部を、前記オリフィスを通過させて質量分析部に導入するようにした誘導結合プラズマ質量分析装置のプラズマ状態に起因する装置特性を診断する診断システムであって、
前記高周波電源の出力を決定する第1のパラメータと、前記エアロゾル中の前記キャリアガスの流量を決定する第2のパラメータと、前記プラズマトーチ及び前記インタフェース間の距離を決定する第3のパラメータとからなるパラメータの組の集合であって、感度・酸化物イオン比グラフ上で、それぞれの組に対応する測定点が、全測定点の集合として描かれる図形の高感度側の端を成す包絡線の長さ方向に沿った位置に順に並ぶように所定の配列を成すパラメータの組の集合を記憶し、
該集合を構成する前記パラメータの組の各組のパラメータ値を用いて所定の診断用試料による診断測定を行い、各組に対応する実測定点の感度・酸化物イオン比グラフにおける包絡線上の位置によって装置特性を確認できるようにしたことを特徴とする診断システム。
【請求項2】
診断のために、各組に対応する前記測定点の感度・酸化物イオン比グラフにおける包絡線上の位置を、感度が最大となる実測定点の座標を基準に決定する手段を含むことを特徴とする、請求項1に記載の診断システム。
【請求項3】
前記パラメータの組の集合は、前記所定の診断用試料による診断測定で感度が最大となる点を決定するよう、前記第3のパラメータを固定しつつ前記第1及び第2のパラメータの少なくとも一方を変化させてなる、前記パラメータの組の第1の群を含むことを特徴とする、請求項1に記載の診断システム。
【請求項4】
前記パラメータの組の集合は、感度・酸化物イオン比のグラフ上で、前記第1の群よりも酸化物イオン比が小さい側に分布し、診断後の較正により変更されて又は変更されずに使用されることが予定される、前記パラメータの組の第2の群を含むことを特徴とする、請求項3に記載の診断システム。
【請求項5】
診断に先立って、装置の要素の一部を調節して、当該要素の設定を適正化する予備調節を行う手段を有することを特徴とする、請求項1に記載の診断システム。
【請求項6】
前記予備調節を行う手段は、診断のための前記パラメータの組の集合を用いた測定の前に、所定の値に設定されたパラメータを用いて感度を測定しつつ、前記プラズマトーチの軸に直交する方向の位置を、測定の感度が最大となる位置になるよう自動的に調節するトーチ位置調節手段、又は診断のための前記パラメータの組の集合を用いた測定の前に、所定の値に設定されたパラメータを用いて感度を測定しつつ、前記質量分析部内で前記インタフェースの後段に位置するイオンレンズの条件を、所定の条件範囲内で測定の感度が最大となる条件に調節するイオンレンズ調節手段の少なくとも一方を含むことを特徴とする、請求項5に記載の診断システム。
【請求項7】
前記予備調節と、前記診断測定との両方で、測定に使用するパラメータの読み出しのために共通のソフトウエアモジュールが使用されることを特徴とする、請求項5に記載の診断システム。
【請求項8】
前記ソフトウエアモジュールは、選択されたパラメータの各々の所定範囲の全体を走査して測定を行わせる走査モジュールと、前記選択されたパラメータ又は使用目的に応じて前記所定範囲の一部の特定のパラメータ群についての測定を行わせるジャンプモジュールとを含むことを特徴とする、請求項7に記載の診断システム。
【請求項9】
請求項2に記載の診断システムと、
前記パラメータの組の集合のうちの所定の一つの組に対応する測定点を、感度が最大であることが予定される最大感度予定点として予め選択しておき、該最大感度予定点が、診断の結果見つけられた感度が最大となる実測定点と異なった場合には、前記パラメータの組の集合に含まれる前記パラメータの組の少なくとも一部の組について、各パラメータ値を、前記最大感度予定点に対応する点が、実測定で最大感度を生じ得るように、所定の規則により補正して較正する手段とを含むことを特徴とする、誘導結合プラズマ質量分析装置の装置特性を較正する較正システム。
【請求項10】
較正により変更されるパラメータは、第2のパラメータとされることを特徴とする、請求項9に記載の較正システム。
【請求項11】
請求項2に記載の診断システムと、
診断の結果見つけられた感度が最大となった実測定点と、前記パラメータの組の集合の一つの組に対応する予め定めた基準測定点との感度の比が所定の比から外れたときに、その差異幅に応じて該差異幅を減じるよう、前記パラメータの組の集合に含まれる前記パラメータの組の少なくとも一部の組について、各パラメータ値を所定の規則により補正して較正する手段とを含むことを特徴とする、誘導結合プラズマ質量分析装置の装置特性を較正する較正システム。
【請求項12】
較正により変更されるパラメータは、第2のパラメータ又は第3のパラメータとされることを特徴とする、請求項11に記載の較正システム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−111744(P2008−111744A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−295462(P2006−295462)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(399117121)アジレント・テクノロジーズ・インク (710)
【氏名又は名称原語表記】AGILENT TECHNOLOGIES, INC.
【Fターム(参考)】