説明

質量分析用の試料の調製装置及びその調製方法

【課題】分析対象を簡易にかつ十分に濃縮して試料プレート上に供給する。
【解決手段】1又は2以上の分析対象を含む質量分析用の試料の調製装置10であって、前記分析対象を含有する試料液が供給される試料プレート20と、前記試料プレート20上の所定部位22に前記試料液を供給するとき前記所定部位22に形成される前記試料液の液滴を維持しながら当該液滴に前記試料液を供給する試料液供給手段30と、前記所定部位22に形成される前記液滴中の溶媒を蒸発させる蒸発手段40と、を備えるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析用の試料の調製装置及びその調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、種々の分析方法によるタンパク質やヌクレオチドなどの生体分子の解析が進められている。例えば、タンパク質などの同定や構造解析等において、マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI−TOF/MS)などの質量分析は有用な方法の一つである。
【0003】
質量分析用の試料を調製するには、例えば、分析対象を含む試料液をマニュアルピペットで数μl分取して試料プレート上に塗布したり、あるいは、液体クロマトグラフを用いて試料液中の分析対象を分離精製したのち試料プレート上に塗布したりすることにより行われている。
【0004】
具体的には、例えば、分析対象を親水性溶媒に溶解した試料液を、疎水性領域を有する基板上に点状塗布(ブロッティング)したのちこれを乾燥させることにより試料液を濃縮し、濃縮した試料液をMALDIターゲットプレート上に載せて試料を調製するものがある(特許文献1)。また、ナノ高速液体クロマトグラフを用いて試料液中の分析対象を十分に濃縮することにより、試料プレート上に微少量の試料液をブロッティングして試料を調製するものもある(特許文献2)。
【0005】
【特許文献1】特表2006−517671号公報
【特許文献2】特開2006−17731号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生体分子の分析を行う場合、分析対象とされる生体分子は、試料液中に微少量しか含まれていないことが多い。そのため、質量分析用の試料を調製するにあたり、質量分析での検出限界を確保するには、試料液中の分析対象をできる限り濃縮して試料プレート上に保持させる必要がある。しかしながら、上述した特許文献1では、試料プレート上での試料液の拡大を抑制して分析対象の濃縮を図っているものの、試料プレート上に供給可能な試料液の量はせいぜい1.5〜2.5μl程度である。このため、分析対象が低濃度の試料液に対しては、検出限界以上の分析対象をプレート上にブロッティングすることができなかった。
【0007】
また、特許文献2のように、ナノ高速液体クロマトグラフを用いることにより試料プレート上への試料液の供給を微少量にすることは可能であるが、装置が非常に高価なため、一般的な手法であるとは言えなかった。
【0008】
そこで、本発明は、分析対象を簡易にかつ十分に濃縮して試料プレート上に塗布できる質量分析用の試料の調製装置及びその調製方法、質量分析装置、質量分析方法並びにタンパク質分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、1又は2以上の分析対象を含む質量分析用の試料の調製装置であって、前記分析対象を含有する試料液が供給される試料プレートと、前記試料プレート上の所定部位に前記試料液を供給するとき前記所定部位に形成される前記試料液の液滴を維持しながら当該液滴に前記試料液を供給する試料液供給手段と、前記所定部位に形成される前記液滴中の溶媒を蒸発させる蒸発手段と、を備える装置が提供される。
【0010】
本発明において、前記試料液供給手段は、前記試料プレート上に形成される前記液滴に接触しながら前記試料液を前記液滴に供給する手段としてもよい。また、前記試料液供給手段は、前記液滴に接触させる部位の高さを前記試料液の供給量に応じて調節可能であるものとしてもよい。さらに、前記試料液供給手段は、先端部がテーパ状であるものとしてもよい。
【0011】
本発明において、前記液滴に対し非酸化性雰囲気を形成する非酸化性雰囲気形成手段、を備え、前記試料液供給手段は、前記非酸化性雰囲気形成手段により前記液滴を非酸化性雰囲気に曝した状態で前記試料液を前記試料プレート上に供給する手段であってもよい。
【0012】
また、本発明において、前記所定部位への前記試料液の供給量が4μl以上であるものとしてもよい。また、前記所定部位への前記試料液の供給速度が0.1μl/min以上5μl/min以下であるものとすることもできる。
【0013】
さらに、本発明において、前記蒸発手段は、前記試料プレートを加熱することで前記溶媒を蒸発させる手段としてもよい。
【0014】
本発明において、前記試料液供給手段の前段に配置され、前記分析対象を含む1又は2以上の画分に分離した溶出液として溶出可能な分離手段、を備え、前記試料液供給手段は、前記溶出液を前記試料プレート上に供給する手段であるものとしてもよい。このとき、前記分離手段は、前記試料中の分析対象を分離可能な固相を有するカラムであり、カラム容量が0.1μl以上4μl以下であるものとすることもできる。また、前記カラムに連続的又は断続的に組成が変化する移動相を供給可能な移動相供給手段、を備えるものとしてもよい。さらに、前記試料供給手段は、前記カラムから溶出される溶出液を前記試料プレート上の2以上の液体供給部位に供給する手段としてもよい。
【0015】
本発明において、前記分析対象は、タンパク質であるものとしてもよい。また、マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析用であるものとしてもよい。
【0016】
また、本発明において、前記試料プレートは、液体不透過性としてもよい。また、前記試料プレートは、セラミックスプレートとしてもよい。
【0017】
本発明によれば、上記いずれかに記載の本発明の質量分析用の試料の調製装置を備える質量分析装置が提供される。
【0018】
また、本発明によれば、1又は2以上の分析対象を含む質量分析用の試料の調製方法であって、前記分析対象を含有する試料液を試料プレートの所定部位に供給するとき、前記所定部位に形成される前記試料液の液滴を維持しながら当該液滴に前記試料液を供給しつつ前記液滴中の溶媒を蒸発させる試料供給工程、を備える、方法が提供される。本発明において、マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析用であるものとしてもよい。
【0019】
本発明によれば、上記いずれかに記載の本発明の質量分析用の試料の調製装置により調製した試料を用いて質量分析を行う、質量分析方法が提供される。
【0020】
また、本発明によれば、上記いずれかに記載の本発明の質量分析用の試料の調製装置により調製した試料を用いてタンパク質の分析を行う、タンパク質分析方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明によれば、分析対象を含む試料液を試料プレート上に供給するにあたり、試料プレート上に形成される液滴を維持した状態で当該液滴に試料液を供給しながら液滴中の溶媒を蒸発させる。これにより、試料プレートと試料液との接触面積を小さくし且つ試料プレート上で液滴が広がるのを抑制しながら試料液をその場で連続的に濃縮できる。また、試料プレート上に大量の試料液の供給が可能になる。したがって、試料プレート上の試料液の供給部位に分析対象を簡易にかつ十分に濃縮できる。
【0022】
また、液滴の状態を維持しながらその場で連続的に濃縮するため、試料液の供給部位における複数回の試料液の供給操作及び濃縮操作を回避できる。さらに、連続的に試料液を供給しつつその場で濃縮可能であるため、カラムなどの分離手段から連続的に溶出される溶出液を容易に濃縮できる。
【0023】
本発明によれば、質量分析用の試料の調製装置及びその調製方法、質量分析装置、質量分析方法並びにタンパク質分析方法が提供される。以下、本発明の実施の形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の調製装置の概略の一例を示す図であり、図2は、試料プレート上に試料液を供給する様子を示す図である。また、図3は、試料液供給手段及び非酸化性雰囲気形成手段の構成の概略を示す図である。なお、図に示される形態は、本発明の好ましい形態の説明のために示すものであり、本発明を限定するものではない。
【0024】
(調製装置)
本発明の調製装置は、質量分析用の試料を調製するものである。本調製装置により調製された試料を用いる質量分析の手法としては、試料プレート上に塗布された分析対象を分析可能であれば、分析対象をイオン化するためのイオン化法や、イオン化した分析対象の分析方法等の種類は特に限定しない。分析対象がタンパク質などの生体分子である場合、各種手法のうち、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)と飛行時間型(TOF)とを組み合わせたMALDI−TOF/MSが好ましい。
【0025】
本調製装置の一例である図1の調製装置10は、分析対象を含有する試料液が供給される試料プレート20と、試料プレート20上の液体供給部位22に試料液を供給する試料液供給手段30と、液体供給部位22に形成される液滴中の溶媒を蒸発させる蒸発手段40と、を備えている。
【0026】
(試料プレート)
試料プレート20は、質量分析の手法に応じて各種形態を採ることができる。その形状も特に限定せず、例えば、方形状であってもよいし円形状であってもよい。試料プレート表面には、試料液が供給される領域としての液体供給部位22が明示されていることが好ましい。試料プレート20上に複数の液体供給部位22を備える場合、これらの液体供給部位22は、それぞれ固有の位置情報が付与された状態で一定形態を保持して配置されていることが好ましい。本形態における試料プレート20は、円形の凹状のスリットで区画された複数の液体供給部位22を有し、この液体供給部位22がマトリックス状に配置されている。また、各液体供給部位22には、それぞれ固有の位置情報として番号が付与されており、試料プレート20上における位置が特定されている。
【0027】
試料プレート20は、液体不透過性であることが好ましい。液体不透過性であることにより、試料プレート20上に供給された試料液が試料プレート内部に浸透しないため、試料プレート20上の試料液に液滴の形状を維持させることが容易になる。なお、試料プレート20全体が液体不透過性材料で構成されていてもよいし、試料プレート20の表層のみが液体不透過性材料で構成されていてもよい。
【0028】
質量分析としてMALDIを適用する場合、試料プレート20は、質量分析において再現性が得られる程度の導電性を有する材料により構成されていることが好ましい。このような材料としては、例えば、金、ステンレス鋼などの金属性材料や、ポリアセチレンやジアセチレン重合体などの導電性プラスチック材料、炭化ケイ素、グラファイトなどの導電性セラミックス材料などが挙げられる。なお、試料プレート20全体が導電性材料で構成されていてもよいが、試料プレート20の表層のみが導電性材料で構成されていてもよい。
【0029】
このような導電性材料のうち、導電性セラミックス材料で構成されていることが好ましい。セラミックス材料を用いることにより、質量分析の際の分析対象の分解能が向上する。また、試料プレート20上に供給された試料液中の溶媒を適度に蒸発させることができる。より好ましくは、グラファイトであり、さらに好ましくは、ガラス状炭素又は熱分解炭素による表面処理層を有するグラファイトである。こうしたグラファイトによれば、グラファイトの離脱が抑制されるとともに、導電性や繰り返し使用性に優れている。このようなガラス状炭素による表面処理層を有するグラファイトとしては、例えば、VGI(イビデン株式会社の黒鉛製品)として入手することができ、熱分解炭素による表面処理層を有するグラファイトとしては、パイロカーブ(イビデン株式会社の黒鉛製品)として入手することができる。
【0030】
(分析対象)
本発明における分析対象としては、特に限定しないで種々の生体分子や有機化合物などを用いることができる。特に、タンパク質、核酸、糖類、脂質などの生体分子は、試料液中に微少量しか含まれていないことが多く濃縮の必要性が高いため、本調製装置による試料の調製が好ましい。本発明の分析対象となる生体分子は特に限定せず、動物、植物、微生物、ウイルス等の各種の生物体由来の天然分子であってもよいし、これらを人工的に改変した分子であってもよい。また、生物体から採取した分子のみならず、本来その分子の存在する生物体以外の生物において人工的に生産させた分子であってもよいし、生物体外で人工的に化学合成又は酵素等によって合成した分子であってもよい。
【0031】
生体分子のうち、本調製装置による試料の調製に用いる生体分子はタンパク質であることが好ましい。ここでいうタンパク質とは、任意のサイズ、構造又は機能を有するタンパク質、ポリペプチド及びオリゴペプチドを含む。タンパク質としては、例えば、各種タンパク質、酵素、抗原、抗体、レクチン又は細胞膜レセプターなどが挙げられる。
【0032】
分析対象は、各種溶媒に溶解された試料液として本調製装置による試料の調製に用いられる。分析対象の溶解に用いる溶媒は特に限定せず、分析対象等に応じて適宜選択できる。
【0033】
(試料液供給手段)
試料液供給手段30は、分析対象が溶媒に溶解された試料液を試料プレート20上の所定部位(液体供給部位22)に供給するものである。本形態の試料液供給手段30は、図2に示すように、内部に流路が形成された本体部32と、本体部32に設けられ試料液を排出する排液口34と、を備える。
【0034】
試料液供給手段30は、試料プレート20上の液体供給部位22に形成された液滴90の状態を維持したまま当該液滴90に試料液を供給可能であることが好ましい。こうすることで、試料プレート上での試料液の拡大を抑制することができ、試料液と試料プレート20との接触面積(スポット面積)をできる限り小さくすることができる。そのための形態は特に限定しない。例えば、本体部32は、その外形を円筒状、テーパ状等とすることができる。好ましくは、本体部32の先端部のうち試料プレート20に対向する位置に排液口34を設け、この排液口34に向かって本体部32の先端部が先細りした外形を有するものである。また、本体部32内部の流路の形状等についても特に限定せず、例えば、流路の上流側と下流側とを同じ内径にしてもよいし異なる内径にしてもよい。好ましくは、排液口34に向かって流路が先細りした形状を有するものである。
【0035】
試料液供給手段30の長さや外径、内径の大きさは特に限定しない。好ましくは、排液口32の外径が50μm以下であり、より好ましくは、30μm以下である。また、排液口34の内径は、20μm以下であるのが好ましく、10μm以下であるのがより好ましい。こうすることで、試料液供給手段30の先端部に形成される液滴をできるだけ小さくして試料液と試料プレート20との接触面積を小さくすることができる。このような材料としては、例えば、PicoTip(New
Objective社)として入手できる。なお、試料液供給手段30のうち、排液口32以外の部位の外径や内径の大きさは特に限定しない。
【0036】
試料プレート20上の液滴に対して試料液を供給するとき、図2に示すように、試料液供給手段30を液滴に接触した状態で行うことが好ましい。こうすることで、試料プレート20上の液滴に対して試料液を、液滴の状態を維持したまま確実に供給できる。好ましくは、試料液供給手段30の先端部に排液口34を設け、排液口34を液滴に接触させて試料液を供給する。このとき、予め試料プレート20上に形成した液滴に試料液を供給してもよいが、好ましくは、試料液供給手段30の排液口34から試料液を試料プレート20上に供給して液滴を形成し、この液滴に連続して試料液を供給する。こうすることで、試料液供給手段30の先端部を液滴に接触させた状態を容易にかつ正確に形成することができる。
【0037】
試料プレート20に対する試料液供給手段30の位置は特に限定しないが、試料プレート20表面から排液口34までの高さが、排液口34で形成される液滴の直径未満の距離(例えば、数百マイクロメートル)になるよう設定することが好ましい。これにより、排液口34で形成される液滴を試料プレート20表面に確実に接触させることができる。より好ましくは、試料プレート20表面から排液口34までの高さを液滴の半径程度の距離に設定する。また、試料液供給手段30は、試料プレート20上の1の液体供給部位22に試料液を供給する間、試料プレート20表面に対して一定の高さに保持されることが好ましい。
【0038】
先端部を液滴に接触させながら試料液を供給する場合、試料液供給手段30は、液滴に接触させる部位の高さを試料液の供給量に応じて調節可能に構成されているものが好ましい。こうすることで、液滴の隆起の状態に応じた高さから試料液の供給が可能になるため、液滴の広がりを効果的に抑制できる。具体的には、例えば、液滴に接触する部位の高さは、試料液の供給量が多いほど試料プレート20表面から離間させる傾向になるように調節してもよい。また、試料プレート20上において液滴の形成と試料液の供給とを連続して行い試料液を蒸発させる一連の過程において、排液口34を含む先端部の高さを調節可能としてもよい。
【0039】
高さを調節可能にするための形態は特に限定せず、例えば、試料液供給手段30の先端部を試料プレート20表面に対して垂直方向に移動可能に構成してもよい。本形態では、図1に示すように、試料プレート20の側部近傍に立設し、試料液供給手段30を保持可能な保持手段50を備える。保持手段50には、試料プレート20表面に平行に延びるアーム52が試料プレート20表面からの高さを調節可能に取り付けられている。したがって、試料液供給手段30をアーム52に取り付けることにより、試料液供給手段30の先端部の高さを上下方向にスライド調節できる。
【0040】
試料液供給手段30から試料プレート20上の液滴60に試料液を供給するとき、プレート20上の1の液体供給部位22表面に液滴を維持する限り、試料液を断続的に供給してもよいし連続的に供給してもよいが、連続的に供給することが好ましい。連続的に供給する場合、その供給速度は特に限定しないが、試料液の供給量と液滴中の溶媒の蒸発量とが同等か又は蒸発量の方が多くなるように設定することが好ましい。これにより、液滴への試料液の供給時にプレート20上の液滴が拡大してスポット面積が大きくなることを抑制できる。具体的には、試料液の供給速度が0.1μl/min以上5.0μl/min以下であることが好ましい。0.1μl/min未満だと、試料液の供給に多くの時間を要し、試料プレート20上に載置した分析対象が大気中の酸素によって酸化されてしまうおそれがある。また、5.0μl/minを超えると、試料プレート20上に液滴の状態を維持させにくくなる。より好ましくは、0.5μl/min以上2.0μl/min以下である。
【0041】
試料液供給手段30を構成する材質は特に限定しない。例えば、ステンレスやヒューズドシリカ、ガラス、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などを用いることができる。このうち、ヒューズドシリカが好ましい。
【0042】
なお、試料プレート上に試料液を供給する際は、カメラ等で試料プレート上への供給状態をモニタすることにより液滴の状態を確認しながら行ってもよい。
【0043】
(非酸化性雰囲気形成手段)
試料液供給手段30によって試料プレート20上に試料液を供給するとき、試料プレート20上の液滴を非酸化性雰囲気に曝した状態で行ってもよい。こうすることで、液滴中の分析対象が大気中の酸素によって酸化されるのを防ぐことができる。液滴を非酸化性雰囲気下におくには、例えば、ヘリウムガスやアルゴンガスなどの不活性ガス、窒素ガスや炭酸ガスなどの酸素分圧が低いガスなどを用いることができる。好ましくは、ヘリウムガスである。
【0044】
非酸化性雰囲気形成手段95の形態は特に限定しない。例えば、試料プレート20のうち少なくとも液体供給部位22を覆うキャビティを設け当該キャビティを非酸化性雰囲気にしてもよい。あるいは、キャビティを設けずに液滴に対して外部から非酸化性ガスを送気するものであってもよい。好ましくは、キャビティを設けずに非酸化性ガスを送気する。こうすれば、キャビティを形成するケーシング等によって液滴が遮蔽されることがないため、液滴を視認可能な状態を確実に維持したまま液滴周辺に非酸化性雰囲気を形成できる。
【0045】
液滴に非酸化性ガスを送気するための形態は特に限定しない。例えば、ノズル状体を介して図示しないガス供給源から非酸化性ガスを送気してもよい。ノズルを用いて送気する場合、送気方向や通気孔の位置などは特に限定しない。例えば、試料プレート20に試料液を供給する方向とは別の方向から送気してもよいが、試料プレート20への試料液の供給方向とほぼ同じ方向から送気することが好ましい。
【0046】
試料液の供給方向とほぼ同じ方向から送気する場合、ノズルは、試料液供給手段30の本体部32に平行に配置してもよいが、本体部32に対して同軸上に配置することが好ましい。例えば、図3の非酸化性雰囲気形成手段95は、非酸化性ガスを供給する図示しないガス供給源と、ガス供給源からのガスを内部に導入可能なガス導入部を有する筒状のノズル本体96と、ノズル本体96の内部に形成され試料液供給手段30の本体部32の外径よりも大きな内径を有する通気孔97と、を備える。すなわち、ノズル本体96は、その内部(通気孔97)に試料液供給手段30を挿入可能になっており、試料液供給手段30の挿入時には、試料液供給手段30の外縁とノズル本体96の内面との間に生じる空間を介して、ガス供給源からの非酸化性ガスを液滴に送気可能になっている。こうすることで、非酸化性ガスは、試料液供給手段30の排液口34の外縁全体から排出されるため、液滴に対してガスを確実にかつ万遍なく供給することができる。
【0047】
ノズル本体96と試料液供給手段30の本体部32とが同軸上に配置されている場合、排液口34は、通気孔97から突出していることが好ましい。こうすれば、試料液供給手段30から排出される液滴がノズル本体96に接触するのを防止することができ、これにより、液滴が拡大することを抑止できる。
【0048】
(蒸発手段)
蒸発手段40は、試料液供給手段30から試料プレート20上に供給している試料液によって試料プレート20上に形成されつつある液滴中の溶媒を積極的に蒸発させることにより、分析対象をその場で濃縮するものである。すなわち、試料液供給手段30による液滴への試料液の供給動作に並行して当該液滴中の溶媒を蒸発させるものである。蒸発手段40の形態は特に限定せず、溶媒の蒸発方法に応じて適宜設定することができる。蒸発方法としては、例えば、減圧や加熱、送風、又はこれらの組み合わせなど種々の方法を採用することができる。好ましくは、加熱による蒸発である。加熱によれば、試料プレート上に形成される液滴の形状を崩壊させることなく液滴中の溶媒を容易に蒸発できる。
【0049】
加熱による蒸発の場合、蒸発手段40は、試料プレート20上の液滴中の溶媒を直接的又は間接的に加熱する加熱部42を備えるものとしてもよい。加熱部42の形態は特に限定せず、例えば、試料プレート20の少なくとも表面を高温環境下に曝す形態であってもよいし、試料プレート20を加熱する形態であってもよい。好ましくは、試料プレート20を加熱するものである。こうすることで、液滴中の溶媒のうち試料プレート20に接触する部位での蒸発を促進することができ、試料プレート上での液滴の広がりを効果的に抑制できる。また、試料液の供給量と蒸発量との調節も容易である。
【0050】
試料プレート20を加熱するための形態は特に限定せず、当業者が通常用いる手段を適宜採用することができる。例えば、図1に示すように、加熱部42がヒーティングプレートにより構成されるものとしてもよい。図1の形態では、試料プレート20をヒーティングプレート上に載置し、試料プレート20を底面から加熱しながら試料液の供給を行う。
【0051】
蒸発手段40は、試料液供給手段30によって供給される試料液が、試料プレート20上で一定期間液滴形状を維持できる程度に試料液中の溶媒を蒸発させる手段であることが好ましい。換言すれば、試料プレート20上で試料液中の溶媒を瞬時に蒸発させない程度に蒸発させる手段であることが好ましい。試料プレート20上に供給される試料液に液滴を形成させることなく蒸発させると、分析対象が瞬時に膜化して試料プレート20から剥離してしまうからである。試料プレート20上で液滴形状を維持するように、試料液を供給しつつその液滴中の溶媒を蒸発させることで、試料プレート20上の一定領域に確実に一度に供給すべき試料液中の分析対象を担持させることができる。
【0052】
試料プレート20の加熱により液滴中の溶媒を当該液滴形状を維持できる程度に蒸発させる場合、試料プレート20表面の温度は、試料液の供給速度、溶媒や分析対象の種類などに応じて適宜設定できる。例えば、溶媒としてアセトニトリル水溶液を用いた場合、試料プレートの表面温度を65℃以上75℃以下としてもよい。
【0053】
本調製装置10では、蒸発手段40により試料プレート20上の液滴中の溶媒を蒸発させながら当該液滴に試料液を供給する。このため、1の液体供給部位22に対して大量の試料液を供給できる。試料液の供給量は特に限定しないが、1の液体供給部位22に対して4μl以上であることが好ましい。4μl以上であれば、試料液中の分析対象が微少量であっても、質量分析での検出限界を確保するのに十分な量の分析対象をプレート上に保持させることができる。より好ましくは、5μl以上である。
【0054】
本調製装置10では、試料プレート20への試料液の供給と試料プレート20上の液滴中の溶媒の蒸発とを並行して行うため、分析対象をその場で連続的に濃縮できる。したがって、液体供給部位22における複数回の試料液の供給操作及び濃縮操作を回避できる。また、試料プレート20上で液滴の状態を維持し続けることによって試料液を1スポットに集約して供給可能なため、試料プレート20と試料液との接触面積を最小限にすることができる。また、液滴中の溶媒の蒸発に伴い分析対象を均一の濃度で試料プレート20上に保持できる。特に、MALDIでは、分析対象のイオン化に用いるレーザ光は、その照射径がプレート上の液体供給部位22の広がりに対して非常に小さい。本調製装置10によれば、分析対象が試料プレート20上に均一に保持されることから、1の液体供給部位22のいずれかにレーザ光を照射すれば、分析対象を確実にイオン化できる。
【0055】
(分離手段)
本調製装置10は、試料液供給手段の前段に配置され、分析対象を含む1又は2以上の画分に分離した溶出液として溶出可能な分離手段60を備えるものとしてもよい。分離手段60を備えることにより、試料液中の分析対象の精製及び濃縮が可能になるため、試料プレート20上への供給液量を低減できる。また、分析対象を高純度に濃縮できる。分離手段60としては特に限定しないが、例えば、等速電気泳動、キャピラリー電気泳動などの電気泳動や、逆相クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィーなどの各種クロマトグラフィー等が挙げられる。このうち、分析対象の特性に合致した分離モードを選択可能な点や、装置が簡易な点などにおいて液体クロマトグラフィーによる分離が好ましく、試料中の分析対象を分離可能な固相を有するカラムによる分離がより好ましい。本調製装置10においては、試料液供給手段30から試料プレート20上に連続的に試料液を供給しつつその場で濃縮可能なため、カラムから連続的に溶出される溶出液を容易に濃縮できる。
【0056】
分離手段60としてカラムを用いる場合、カラムの種類としては、分析対象を他の成分から分離可能なものであれば特に限定せず、分子排除クロマトグラフィー用、アフィニティクロマトグラフィー用、逆相クロマトグラフィー用など、従来公知の種々のカラムを使用できる。カラムに充填する固相の種類も特に限定しない。例えば、逆相クロマトグラフィーの場合、ブチル基(C4)、オクチル基(C8)、オクタデシル基(C18)等をシリカゲルに結合させた充填剤を用いることができる。
【0057】
カラムは、その容量が0.1μl以上4μl以下であるのが好ましい。0.1μl以上であれば、質量分析の検出限界を確保するのに十分な量の分析対象をカラム中に保持できる。また、4μl以下であれば、カラムから溶出される溶出液を、試料プレート上の1の液体供給部位にのみ供給するのに適した液量にすることができる。より好ましくは、0.3μl以上0.5μl以下である。また、カラムの内径や長さは特に限定しないが、カラム内径が0.1mm以上0.5mm以下であることが好ましく、0.2mm以上0.4mm以下であることがより好ましい。また、カラム長さは、1mm以上10mm以下であることが好ましく、3mm以上7mm以下であることがより好ましい。
【0058】
(移動相供給手段)
本調製装置10が分離手段60としてカラムを備える場合、カラムに移動相を供給する移動相供給手段70を備えるものとしてもよい。移動相供給手段70の形態は特に限定せず、例えば、従来公知の各種液体クロマトグラフィー用のポンプを用いることができる。例えば、アイソクラテックポンプ、高圧グラジエントポンプなど種々のポンプを用いることができる。また、送液のための構成も特に限定せず、例えば、ペリスタルティックポンプ、ギアポンプ、シリンジポンプ等を用いることができる。これらのうち、脈流のない高精度かつ微量の送液を行うためには、シリンジポンプが好ましい。
【0059】
移動相供給手段70は、一定組成の移動相をカラムに供給するものでもよいが、カラムに連続的又は断続的に組成が変化する移動相を供給可能なものが好ましい。これにより、分析対象のグラジエント分析やステップワイズ溶出が可能になり、2以上の成分からなる分析対象に対しても、各成分を効率よく分離できる。
【0060】
カラムからの溶出液を試料プレート上に供給する場合、試料液供給手段30は、当該溶出液を試料プレート上の2以上の液体供給部位22に供給してもよい。こうすれば、分離手段60によって分離された分析対象をその分離パターンに対応して個々に解析できる。特に、断続的に組成が変化する移動相を移動相供給手段70からカラムに供給する場合、カラムからの溶出液は、移動相ごとに異なる液体供給部位22に供給することが好ましい。
【0061】
本調製装置10は、装置内に試料液を導入する試料液導入部80を備えるものとしてもよい。試料液導入部80の形態は特に限定せず、従来公知の各種液体クロマトグラフィー用のマニュアル式インジェクタやオート式インジェクタなどを用いることができる。試料液導入部80には、試料液を計量するためのサンプルループ82が取り付けられていてもよい。また、試料液導入部80の前段に移動相供給手段70を設けた場合、サンプルループ82への送液の許否によって流路を切り替え可能なバルブを有するものとしてもよい。
【0062】
(試料の調製方法)
本発明の質量分析用の試料の調製方法は、分析対象を含有する試料液を試料プレートの所定部位に供給するとき、所定部位に形成される試料液の液滴を維持しながら当該液滴に試料液を供給しつつ液滴中の溶媒を蒸発させる試料供給工程を備えるものである。当該試料供給工程を行うために用いる装置は特に限定しないが、例えば、上述した本発明の調製装置10を用いることができる。この場合、本調製方法には、既に説明した本発明の調製装置における構成や形態などをそのまま適用できる。したがって、本調製方法における試料供給工程には、上記各種形態の本発明の調製装置により質量分析用の試料を調製するための各種工程が含まれる。
【0063】
一例として、図1の調製装置10を用いた質量分析用の試料の調製方法について説明する。まず、分析対象を含む所定量の試料液(例えば、100μl)を試料液導入部80に導入し、分離手段60(例えば、カラム)に分析対象を保持させる。続いて、所定量(例えば、5μl)の移動相(例えば、アセトニトリル水溶液)を移動相供給手段70から分離手段60に送液し、分離手段60から溶出した溶出液を試料液供給手段30から試料プレート20上の液体供給部位22に供給する。このとき、本調製方法では、液体供給部位22に形成される試料液の液滴を維持しながら試料液を液体供給部位22に供給しつつ、この液滴中の溶媒を、例えば、加熱によって蒸発させながら行う。すなわち、試料プレート20上の液滴に試料液を供給しながら液滴中の溶媒を蒸発させる。その結果、試料プレート20上での液滴の広がりを抑制しながら試料液を大量に供給でき、分析対象をその場で高度に濃縮できる。
【0064】
なお、本形態の調製装置10によりステップワイズ溶出を行うには、例えば、移動相供給手段70から分離手段60としてのカラムに供給する移動相(例えば、アセトニトリル水溶液)の組成を変化させてもよい。このとき、溶出液を供給する液体供給部位22の位置は、移動相ごとに異なる位置とすることが好ましい。
【0065】
本調製方法により調製された試料は、MALDI−TOF/MS用の試料に用いることができる。MALDIに用いるマトリックスを分析対象に供給する方法は特に限定しない。例えば、マトリックスを含まない試料液を用いて試料液供給工程を行ったのち液体供給部位にマトリックス溶液を供給してもよい。あるいは、試料液とマトリックスとを混合した混合溶液を用いて試料液供給工程を行ってもよい。
【0066】
(質量分析装置)
本発明の質量分析装置は、上述した本発明の質量分析用の試料の調製装置10を備えることができる。すなわち、本質量分析装置は、本発明の質量分析用の試料の調製装置10により調製された試料を用いて質量分析を行う。本質量分析装置における質量分析用の試料の調製装置10には、既に説明した本発明の調製装置10における構成や形態などをそのまま適用できる。したがって、本質量分析装置によれば、分析対象が試料プレート上の所定部位に高度に濃縮して塗布された試料を用いた質量分析が可能であることから、分析対象が希薄な試料液に対しても、検出限界を十分に確保できる。
【0067】
(質量分析方法)
本発明の質量分析方法は、上述した質量分析用の試料の調製装置10により調製した試料を用いて質量分析を行うものである。本質量分析方法には、既に説明した本発明の調製装置10における構成や形態などをそのまま適用することができる。したがって、本質量分析方法には、上記各種形態の本発明の調製装置10により質量分析用の試料を調製するための各種工程が含まれる。
【0068】
(タンパク質分析方法)
本発明のタンパク質分析方法は、上述の質量分析用の試料の調製装置10により調製した試料を用いてタンパク質の分析を行うものである。本タンパク質分析方法には、既に説明した本発明の調製装置における構成や形態などをそのまま適用することができる。したがって、本タンパク質分析方法には、上記各種形態の本発明の調製装置により質量分析用の試料を調製するための各種工程が含まれる。本タンパク質分析方法によれば、高度に濃縮した試料による質量分析が可能であることから、分析対象となるタンパク質が微少量の場合にも、検出限界を十分に確保できる。
【0069】
本分析方法を行う場合、分析対象は、質量分析で分析可能な分子量や得られる情報内容等を考慮して、各種の分解酵素等で適宜低分子化した上で試料プレート上に供給してもよい。こうすることにより、タンパク質の分解パターンについて解析できるとともに、質量分析の精度が向上し、タンパク質の同定あるいはタンパク質の配列決定を容易化できる。
【0070】
以下、本発明を具体例を挙げて説明するが、本発明は以下に例示する具体例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0071】
本実施例では、試料プレート20として、パイロカーブ(イビデン株式会社製)のプレートを用いた。すなわち、パイロカーブプレートをMALDI−TOF/MS装置(ABI Voyager DE−STR MALDI TOF型質量分析計)の金属製プレートと同じ大きさに調製し、これを試料プレート20とした。
【0072】
質量分析用の試料の調製は、図1に示す調製装置10により行った。具体的には、分離手段60としてのカラムは、内径0.3mm、長さ5mm、カートリッジ容積が0.36μlのODS(C18)プレカラムカートリッジ(LC Packings/Dionex)をプレカラムホルダーHD1(LC Packings/Dionex)に入れたものを用いた。プレカラムホルダーの両端には、フェラル、ナットを介して内径30μmのPEEKチューブを取り付けた。また、カラムは、その上流部をPEEKチューブを介して6ポート2ポジションインジェクタ(Valco社)に接続し、下流部をPEEKチューブ、ユニオン(Pico Clear、New Objective社製)を介して試料液供給手段30に接続した。試料液導入部80としてのサンプルインジェクタは、サンプルインジェクション用のポートと送液受け入れ用のポートとを有し、100μlのサンプルループ82が取り付けられたものを用いた。サンプルインジェクション用のポートには、シリンジスリーブを取り付け、サンプル注入用のシリンジの挿入に対応させた。試料液供給手段30には、内径30μl、先端内径10μlのシリカチップ(Pico Tip、New Objective社製、製品番号:FS360−20−10−N)を用いた。また、移動相供給手段70としては、シリンジポンプ(Harvard社製、55−2111)を用いた。
【0073】
分析対象としては、還元カルボキシメチル化リゾチーム(鶏タンパク質)をトリプシンで消化したものを用いた。これを1pmol/5μlの濃度で含む溶液を試料液とした。
【0074】
質量分析用の試料の調製は、まず、分析対象を含む試料液100μlをサンプルインジェクタのサンプルループに注入し、バルブを切り替えたのちシリンジポンプをオンにし、0.1%TFA水溶液を流速10μl/minで10分間カラムに送液し、分析対象をカラムに吸着させた。その後、0.1%TFA水溶液で1分間カラムを洗浄し、シリンジポンプをオフにした。なお、この作業中によりカラム下流へ流れる溶液は、マイクロチューブにて適宜回収した。
【0075】
続いて、試料プレート20を蒸発手段40としてのヒーティングプレートの上に載置し、シリカチップの先端を試料プレート20の最初のターゲットに合わせ、保持手段50としてのスタンドにシリカチップを固定した。このとき、X軸方向及びY軸方向の位置は、ターゲットの中心点に合わせ、垂直方向(Z軸方向)の位置は、試料プレートに触れるか否かの位置(0.1〜0.2mm)に調節した。ヒーティングプレートの加熱温度を80−85℃にセットして5分間加熱することにより試料プレート20の表面温度を70℃にし、その後、シリンジポンプのインジェクタに70%アセトニトリル水溶液(0.1%TFA)を5μl注入し、バルブを切り替え、シリンジポンプをオンにした。このときの流速は、1μl/minとした。
【0076】
カラムから溶出した溶出液5μlをシリカチップを介して加熱中の試料プレート上の1の液体供給部位22に供給した。具体的には、まず、シリカチップの先端部から溶出液の液滴が離れる前にこの液滴を試料プレート20表面に接触させ、液滴を試料プレート20表面に形成した。続いて、この液滴に対し、シリカチップの先端部を液滴に接触させたまま、かつ試料プレート上の液滴を維持しながら溶出液を供給した。また、液滴への溶出液の供給時には、試料プレート20をヒーティングプレートで加熱することにより、液滴中の溶媒を蒸発させながら行った。なお、試料プレート20への供給状態は、モニタで監視しながら行った。
【0077】
カラムからの溶出液5μlを試料プレート上の1の液体供給部位22に供給したのちシリンジポンプをオフにし、液滴中の溶媒を完全に蒸発して試料プレート20上に分析対象を保持させた。この分析対象に対しマトリックス溶液0.5μlを上載せして乾燥させた後、レーザ強度900で質量分析を行った。なお、マトリックス溶液としては、α−シアノ−4−ヒドロキシケイヒ皮酸(CHCA)溶液を用いた。質量分析の結果を図4に示す。
【0078】
図4に示すように、本分析対象において、分子量イオンを検出することができた。また、バックグラウンドノイズも良好であった。
【実施例2】
【0079】
実施例2では、移動相として5%、10%、15%及び20%の各アセトニトリル水溶液(0.1%TFA)を用いてステップワイズ溶出を行った以外は実施例1と同様にして行った。すなわち、実施例1でシリンジポンプのインジェクタに70%アセトニトリル水溶液(0.1%TFA)を注入した代わりに5%アセトニトリル水溶液(0.1%TFA)を5μl注入し、カラムから溶出される溶出液5μlを試料プレート上の1の液体供給部位に供給した。続いて、10%、15%及び20%の各アセトニトリル水溶液(0.1%TFA)についてもそれぞれ液体供給部位の位置を変えて同じ作業を繰り返した。
【0080】
ステップワイズ溶出における質量分析の結果を図5に示す。図5に示すように、各移動相による溶出液を用いた試料で分子量イオンを検出することができた。また、バックグラウンドノイズも良好であった。
【実施例3】
【0081】
実施例3では、アルブミン(シグマ製、フラクション5)のトリプシン消化物を0.1pmol/5μlで含む溶液を試料液とし、移動相として5%、10%、15%、20%及び25%の各アセトニトリル水溶液(0.1%TFA)を用いてステップワイズ溶出を行った以外は実施例1と同様にして行った。その結果を図6に示す。図6に示すように、各移動相による溶出液を用いた試料で分子量イオンを検出することができた。また、バックグラウンドノイズも良好であった。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本形態の質量分析用の試料の調製装置の構成の概略を示す図である。
【図2】本調製装置により試料プレート上に試料液を供給する様子を示す図である。
【図3】本調製装置の試料液供給手段及び非酸化性雰囲気形成手段の構成の概略を示す図である。
【図4】実施例1で得られたMALDI−TOF/MSによるチャートを示す図である。
【図5】実施例2で得られたMALDI−TOF/MSによるチャートを示す図。図5(a)は5%アセトニトリル水溶液、図5(b)は10%アセトニトリル水溶液、図5(c)は15%アセトニトリル水溶液、図5(d)は20%アセトニトリル水溶液をそれぞれ移動相としたときのチャートを示す図である。
【図6】実施例3で得られたMALDI−TOF/MSによるチャートを示す図。図6(a)は5%アセトニトリル水溶液、図6(b)は10%アセトニトリル水溶液、図6(c)は15%アセトニトリル水溶液、図6(d)は20%アセトニトリル水溶液、図6(e)は20%アセトニトリル水溶液をそれぞれ移動相としたときのチャートを示す図である。
【符号の説明】
【0083】
10 調製装置、20 試料プレート、22 液体供給部位、30 試料液供給手段、32 本体部、34 排液口、40 蒸発手段、42 加熱部、50 保持手段、52 アーム、60 分離手段、70 移動相供給手段、80 試料液導入部、90 液滴、95 非酸化性雰囲気形成手段、96 ノズル本体、97 通気孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は2以上の分析対象を含む質量分析用の試料の調製装置であって、
前記分析対象を含有する試料液が供給される試料プレートと、
前記試料プレート上の所定部位に前記試料液を供給するとき前記所定部位に形成される前記試料液の液滴を維持しながら当該液滴に前記試料液を供給する試料液供給手段と、
前記所定部位に形成される前記液滴中の溶媒を蒸発させる蒸発手段と、
を備える装置。
【請求項2】
前記試料液供給手段は、前記試料プレート上に形成される前記液滴に接触しながら前記試料液を前記液滴に供給する手段である、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記試料液供給手段は、前記液滴に接触させる部位の高さを前記試料液の供給量に応じて調節可能である、請求項1又は2に記載の装置。
【請求項4】
前記試料液供給手段は、先端部がテーパ状である、請求項1〜3のいずれかに記載の装置。
【請求項5】
前記液滴に対し非酸化性雰囲気を形成する非酸化性雰囲気形成手段、を備え、
前記試料液供給手段は、前記非酸化性雰囲気形成手段により前記液滴を非酸化性雰囲気に曝した状態で前記試料液を前記試料プレート上に供給する手段である、請求項1〜4のいずれかに記載の装置。
【請求項6】
前記所定部位への前記試料液の供給量が4μl以上である、請求項1〜5のいずれかに記載の装置。
【請求項7】
前記所定部位への前記試料液の供給速度が0.1μl/min以上5μl/min以下である、請求項1〜6のいずれかに記載の装置。
【請求項8】
前記蒸発手段は、前記試料プレートを加熱することで前記溶媒を蒸発させる手段である、請求項1〜7のいずれかに記載の装置。
【請求項9】
前記試料液供給手段の前段に配置され、前記分析対象を含む1又は2以上の画分に分離した溶出液として溶出可能な分離手段、を備え、
前記試料液供給手段は、前記溶出液を前記試料プレート上に供給する手段である、請求項1〜8のいずれかに記載の装置。
【請求項10】
前記分離手段は、前記試料中の分析対象を分離可能な固相を有するカラムであり、カラム容量が0.1μl以上4μl以下である、請求項1〜9のいずれかに記載の装置。
【請求項11】
前記カラムに連続的又は断続的に組成が変化する移動相を供給可能な移動相供給手段、を備える、請求項10に記載の装置。
【請求項12】
前記試料供給手段は、前記カラムから溶出される溶出液を前記試料プレート上の2以上の液体供給部位に供給する手段である、請求10又は11に記載の装置。
【請求項13】
前記分析対象は、タンパク質である、請求項1〜12のいずれかに記載の装置。
【請求項14】
マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析用である、請求項1〜13のいずれかに記載の装置。
【請求項15】
前記試料プレートは、液体不透過性である、請求項1〜14のいずれかに記載の装置。
【請求項16】
前記試料プレートは、セラミックスプレートである、請求項1〜15のいずれかに記載の装置。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれかに記載の質量分析用の試料の調製装置を備える、質量分析装置。
【請求項18】
1又は2以上の分析対象を含む質量分析用の試料の調製方法であって、
前記分析対象を含有する試料液を試料プレートの所定部位に供給するとき、前記所定部位に形成される前記試料液の液滴を維持しながら当該液滴に前記試料液を供給しつつ前記液滴中の溶媒を蒸発させる試料供給工程、
を備える、方法。
【請求項19】
マトリックス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析用である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
請求項1〜16のいずれかに記載の質量分析用の試料の調製装置により調製した試料を用いて質量分析を行う、質量分析方法。
【請求項21】
請求項1〜16のいずれかに記載の質量分析用の試料の調製装置により調製した試料を用いてタンパク質の分析を行う、タンパク質分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−304369(P2008−304369A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−152822(P2007−152822)
【出願日】平成19年6月8日(2007.6.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日 2007年3月12日 掲載アドレス http://www.biologica.co.jp/entrance_005.htm
【出願人】(503152059)株式会社バイオロジカ (4)
【Fターム(参考)】