説明

質量分析用試料台

【課題】
レーザー光照射により分析対象物をイオン化し質量分析を行う質量分析用試料台において、微小且つ微量試料の質量情報を感度よく、高い空間分解能を有するデータを得るための質量分析用試料台を提供することを目的とする。
【解決手段】
逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体を基材と分析対象物の間に設けることにより、イオン化効率を高くすることができ、微量試料でも検出が可能となる。また、分析後の洗浄が容易であるため、試料台の再利用が可能であり、ランニングコストを低くできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の微小且つ微量測定において、感度よく、高い空間分解能を有する質量分析用試料台に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料微小部もしくは微量成分の質量情報を得るための分析方法として、二次イオン飛行時間型質量分析計(以下Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry 以下TOF−SIMSと略す)がある。TOF−SIMSは、イオン銃により生成した二次イオンを質量分析計にて分析するが、イオン銃によるイオン化法ではエネルギーが大きいため有機物、特に生体系高分子化合物は分解されてしまうという問題点があった。
【0003】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix−Assisted Laser Desorption Ionization、以下MALDIと略す)法は、レーザーを直接サンプルに照射すると熱による分解などが起こるが、マトリックスを介してサンプルにレーザーを照射しイオン化することで、熱に不安定なサンプルにおいても分解せずにイオン化を促進するというイオン化法である。MALDI法で生成したイオンは、分解が少ない状態でイオン化されるため有機物には有効であるが、マトリックスに由来するフラグメントピークや多量体ピークが検出されるため、低分子化合物(分子量2000以下をいう)においては解析難となる問題があった。
【0004】
そこで、マトリックス試薬を使用することなくソフトにイオン化する方法として、多孔質シリコンを試料台として用いるDesorption/Ionization Mass Spectrometry on Porous Silicon(以下DIOS−MSと略す)方法が発明された(非特許分析1)。多孔質シリコンは、フッ酸等を用いて電解エッチング処理によりシリコンウェハー表面に数十nm〜数百nmの多孔質を形成する。DIOS−MS法は、この多孔質シリコンを試料台として用い、試料台上に分析対象物層を積層後、レーザーを照射すると多孔質にエネルギーが吸収され、分析対象物をイオン化する。
【0005】
しかしながら、DIOS−MS法によると、電解エッチングにより形成された多孔質は作成条件に大きく依存するため多孔質の形状が均一でなく、定量性に劣るもしくはピークの再現性が悪い。また、多孔質に分析対象物が潜り込むため、イオン化効率が悪く感度が低いもしくは一度使用した試料台は再利用できないという問題点があった。
【0006】
非特許文献は以下の通りである。
【非特許文献1】Desorption−ionization on silicon mass spectrometry−an application in forenscis,Analytica Chimica,vol.442,2001,John.J.Tomas,et al.pages183−190
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、微小且つ微量試料の質量情報を感度よく、高い空間分解能を有するデータを得るための質量分析用試料台を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために本発明者らは鋭意研究した結果、本発明の質量分析用試料台を見出した。
【0009】
請求項1に記載の発明は、レーザー光照射により分析対象物をイオン化し質量分析を行う質量分析用試料台において、
逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体が基材と分析対象物の間に設けてあることを特徴とする質量分析用試料台である。
これによると、イオン化効率が高く、微量試料でも検出が可能である。また、分析後の洗浄が容易であるため、試料台の再利用が可能であり、ランニングコストが低い。
【0010】
請求項2に記載の発明は、前記逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体がマンガン窒化物であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析用試料台である。
+7から−1価の状態まで取りうるマンガンが複数配位していることによって、電荷を運ぶキャリアとしての許容も大きいため、生体系高分子化合物等で見られる多価イオンやイオン化しにくい低極性化合物でも検出が容易となる。
【0011】
請求項3に記載の発明は、前記マンガン窒化物に配位される金属が銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウムのいずれかもしくは複数を用いられることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析用試料台である。
亜鉛、銅、ガリウム、ゲルマニウム等を配位させることによって、バンドギャップのエネルギー巾を小さくさせることが可能となる。さらに、これらを組み合わせ、その割合を変化させることによってバンドギャップを制御することができる。また、安価であり、環境負荷が少ない。
【発明の効果】
【0012】
本発明における質量分析用試料台は、基材にイオン化促進素子である逆ペロフスカイト構造を有する結晶体を積層したものである。
マトリックス試薬を使用していないため、分子量が2000以下の低分子化合物測定において、マトリックス由来ピークの影響を受けず、解析容易となる。また、分析対象物塗布面が平滑で、電解エッチングによる微細孔作成のように作成条件によりその形状が大きく変化しないので、再現性よく且つ定量性のあるデータを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、具体例を挙げながら発明の実施の形態に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明は下記内容に限定されることを意図するものではない。
【0014】
図1および2は本発明の質量分析用試料台1の概略構成図例であり、イオン化促進素子2、基材3からなる。必要に応じて図2のように分析対象物4塗布空孔部の壁面に分離部5を形成してもよい。必要な前処理により準備された分析対象物4をイオン化促進素子2と密着させ、測定を実施する。
【0015】
本発明のイオン化促進素子2は逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体が好ましい。ペロフスカイト構造においては金属が中央に位置し、非金属がその周りに位置するが、逆ペロフスカイト構造はそれが逆になっており、非金属が中央に位置し、金属がその周りに位置する構造をいう。
【0016】
逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体にレーザーを照射すると、レーザー光を吸収し、電荷を誘電すると同時に熱エネルギーに変換され、急速に加熱されることにより、分析対象物が効率よくイオン化される。
【0017】
逆ペロフスカイト構造は、金属が周りに位置するため電気伝導度が高く、熱伝導度もよいため分析対象物を均一に加熱することができる。また、線膨張も小さいため、高いエネルギーを印加し温度が上昇しても高い空間分解能が得られるため、特に質量分析結果を可視化した質量顕微鏡においては有効である。
【0018】
逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体としてはレーザー光を吸収し、導電性があるものであれば何れも使用可能であるが、マンガン窒化物(MnXN)がより好ましい。マンガン酸化物は化合物自身が不安定且つ絶縁性であるが、図3に示すような窒化物である場合、温度に依存せず安定して高い導電性を示す。また、+7から−1価の状態まで取りうるマンガンが複数配位していることによって、電荷を運ぶキャリアとしての許容も大きいため、生体系高分子化合物等で見られる多価イオンやイオン化しにくい低極性化合物でも検出容易となるという効果がある。また、マンガン窒化物は熱伝導度もよいため、照射するレーザー光のエネルギーが小さくても、イオン化するという効果がある。
【0019】
Xに配位される金属としてはレーザー光を吸収し、導電性があるものであれば何れの金属でもよいが、好ましくは亜鉛、銅、ガリウム、ゲルマニウムであり、配位される金属は複数用いることが可能である。Xに上記の金属を配位させることによってバンドギャップのエネルギー巾を小さくさせることが可能となる。さらにこれらを組み合わせ、その割合を変化させることによってバンドギャップのエネルギー巾を制御することができるという効果がある。また、粉末状にして他の材料と混合することも可能である。
【0020】
逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体は単体でも使用可能であるが、基材3上に薄膜層として形成されていてもよい。製膜の方法としては特にこれらに限定されるものではないが、物理蒸着、化学蒸着、スパッタリング、レーザーアブレーション、ゾル−ゲル等の製膜法が用いられる。平滑な膜を安価且つ大量に製膜可能であるため、スパッタリングもしくはゾル−ゲルによる製膜法がより好ましい。
【0021】
前記方法にて製膜されるイオン化促進素子2はベタで形成されていても使用可能であるが、コストを抑えるために、図1に示すように、分析対象物4の塗布部のみにイオン化促進素子2を製膜してもよい。
また、分析対象物4の前処理の省略、試料作成の容易化による再現性、効率のよい濃縮による感度向上を図るため、図2に示すように凹部を設け、底部にイオン化促進素子2を製膜、側面に分離部5を形成してもよい。
【0022】
分離部5は、分析対象物4とそれ以外の化合物を極性、分子量の大きさ、イオン性の違い等により分離する機能を持つ。分離部5の形成により分析対象物4をより効率よくイオン化促進素子2上に濃縮することができるため、バックグランドが低下し分析対象物4の感度が向上する、峡雑ピークを抑制し分析対象物4由来のイオンをより明確にできるといった効果がある。分離部5の材質は有機物・無機物何れでもよく、極性や分子量の大きさで分離したい時はシリカゲル、ジメチルポリシロキサン、ポリエチレングリコール等カラムに使用される化合物を用いることができ、イオン性の違い等により分離したい時は、金属、酸化インジウム等無機酸化物が用いることができるが、特にこれらに限定されるわけではない。また、基材3にコロナ、プラズマ等の公知の表面処理により極性を持たせるといった方法でもよい。
【0023】
基材3はイオン化促進素子2を安定に保持できるものであれば何れでもよく、有機物・無機物何れも使用可能である。合成高分子においては熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂の何れもでもよく、特にこれらに限定されるわけではないが、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリビニリデンフロライド、フェノール樹脂、エポキシ樹脂等もよい。また、金、銀、白金、アルミニウム、ステンレス等の金属に加えて、カーボン、ガラス、導電性ガラス、シリコン等もよく、好ましくは導電性があるものである。
【0024】
分析対象物4は特にこれらに限定されるものではないが、合成高分子、オリゴマー、金属配位化合物、生体系高分子があり、生体系高分子の具体例としては多糖類、複合脂質、核酸関連化合物、ペプチド、蛋白質等がある。特に好ましくは分子量2000以下の化合物においてより効果を奏する。
【0025】
分析対象物4はイオン化促進素子2上に積層できるものであれば、液体、固体何れでもよい。イオン化の効率を上げるため、分析対象物4とイオン化促進素子2を密着させるのがよく、分析対象物4が積層される膜厚は1μm以下が好ましい。また、公知のカッター、ミクロトーム、切削具により切削された薄片でもよく、視覚化するために染色剤にて染色されたものでもよい。
【0026】
分析対象物4が合成高分子、オリゴマー、金属配位化合物等である場合、必要に応じてソックスレー抽出、臨界抽出、液抽出等の公知の抽出操作もしくは再沈殿、カラム、液体クロマトグラフ、サイズ排除クロマトグラフ等の公知の分離操作による前処理がなされていてもよい。これらが可溶な有機溶剤に溶解し、イオン化促進素子2上に塗布、乾燥させる。
【0027】
分析対象物4が生体系高分子等である場合、特にこれらに限定されるものではないが、電気泳動等の分離操作、洗浄もしくは酵素の消化率を上げるため、組織内の塩を除くために変成・還元等の前処理がなされてもよい。
【0028】
本発明の質量分析用試料台1を使用すれば分析対象物4は十分にイオン化がなされるが、さらに安定にイオン化させるために、塩化ナトリウム、塩化カリウム、ヨウ素ナトリウム、ヨウ化カリウム、トリフルオロ酢酸、硝酸銀等のイオン化剤を添加してもよい。
【0029】
前記質量分析試料台1が使用可能な分析装置のイオン化法としてはレーザー法であり、分析対象物をイオン化できるものであれば何れでもよく、複数のレーザーを用いてもよい。好ましくは窒素ガスレーザー(波長337nm)、Nd−YAGレーザー(波長266nm又は355nm)、炭酸ガスレーザー(波長1060nm、2.94μm)等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0030】
質量分析計としては、磁場型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型何れでもよいが、高感度、高分解能、高い質量数精度である飛行時間型を用いることがより好ましい。また、詳細な分子構造情報を得るため、目的化合物由来のイオンを選択的に抽出したり、何段階も開裂したりすることができるため、前記質量分析計を複数併用したタンデム型やハイブリッド型が好ましい。
【0031】
以下に本発明の具体例を記載するが、特にこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
導電性ガラスを基材3として、ゾル−ゲル法にてMnGeN膜を形成し、質量分析用試料台1を作成した。
非イオン性界面活性剤アルキルジエタノールアミド C2n+1CON(C (n=11、13、15、17、19、21)をメタノールに溶解させた。この調整溶液1μlを質量分析用試料台1のイオン化促進素子2部に塗布、溶剤を乾燥させた。その後、レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計(株式会社島津製作所製AXIMA−QIT)にて測定を行った所、マトリックス試薬を添加することなく分子量関連イオン[M+H](プロトンが付加したイオンの質量)と推定されるイオンが検出された。分析終了後、質量分析用試料台1を蟻酸により洗浄し、再度測定したが分子量関連イオン[M+H]は検出されなかったため、次の分析にも使用することができた。
【実施例2】
【0033】
<比較例1>
フッ酸による電解エッチングによるシリコンウェハー上に微細孔を形成し、試料台を作成した。
実施例1にて調整された調整溶液をDIOS試料台に塗布、溶剤乾燥させた。その後、同様な測定を行った所、分子量関連イオン[M+H]と推定されるピークが検出されたものの、ピークの強度は小さかった(実施例1と比べた相対強度は20%)。分析終了後、実施例1と同様の洗浄を行い、再度測定を行った所、分子量関連イオン[M+H]と推定されるイオンが検出された。DIOS試料台が微細孔であるため、微細孔に入り込み、クリーンな洗浄ができなかったためと思われる。
【0034】
本発明は、無機物、有機物の何れの測定にも利用可能で、例えば、半導体デバイス、ディスプレイ部材、高密度記録材料、バイオテクノロジー等精密加工品における微小領域、薄膜領域の定性分析、定量分析、構造解析等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の質量分析用試料台の概略構成図。
【図2】本発明の質量分析用試料台の概略構成図。
【図3】逆ペロフスカイト構造図。
【符号の説明】
【0036】
質量分析用試料台 1
イオン化促進素子 2
基材 3
分析対象物 4
分離部 5

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光照射により分析対象物をイオン化し質量分析を行う質量分析用試料台において、
逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体が基材と分析対象物の間に設けてあることを特徴とする質量分析用試料台。
【請求項2】
前記逆ペロフスカイト構造を持つ結晶体がマンガン窒化物であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析用試料台。
【請求項3】
前記マンガン窒化物に配位される金属が銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウムのいずれかもしくは複数を用いられることを特徴とする請求項1または2に記載の質量分析用試料台。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−102020(P2008−102020A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−284799(P2006−284799)
【出願日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】