説明

走査型電子顕微鏡

【課題】真空度の影響を受けずに効率的に試料を加熱し、安定した電子像を得る。
【解決手段】走査型電子顕微鏡10は、鏡筒部12と試料室22から構成される。試料室22には、検出器26,試料フォルダ30,ガス導入口50,排気口52が設けられる。試料フォルダ30の加熱室31は、電子銃14から照射された電子線を通過させる開口部32,試料台42に設置された試料40を加熱する赤外線光源36,赤外線を試料40に集光する反射板38を備えている。前記試料台42には、試料40の近傍に微量ガスを導入するためのキャピラリーチューブ44が接続されている。試料室22内を低真空雰囲気下でガス置換することで、加熱した試料と各種ガスとの反応を観察する。また、キャピラリーチューブ44で微量ガスを導入すると、一時的や局所的に試料40周辺のガス濃度やガス雰囲気を変更して状態変化を確認できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型電子顕微鏡に関し、更に具体的には、試料を加熱することで起こる経時変化をリアルタイムで観察する走査型電子顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電子顕微鏡を用いて高温下の試料を観察する手法としては、下記特許文献1の電子線装置、及び電子線装置用試料ホルダーに示すように、タングステンフィラメントなどの発熱体に試料をマウントし、発熱体を直接通電して試料を加熱する方法がある。また、バルク体を加熱観察する方法として、下記特許文献2の試料加熱装置には、試料フォルダーの下部や側面にヒーターを設置することが提案されている。この方法は、熱伝導性の良い金属などの焼結挙動や融解を観察する上では非常に有効である。更に、下記特許文献3の試料ホルダには、高温でのガスとの反応性を見るために、試料にガスを吹き付けることが開示されている。
【特許文献1】特開平6−44936号公報
【特許文献2】特開平10−172487号公報
【特許文献3】特開2003−187735公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、以上のような背景技術には次のような不都合がある。まず、前記特許文献1に記載の技術では、タングステンフィラメントなどに試料をマウントするために、試料を粉末化したり薄片化したりする必要があり、バルクの状態を観察することはできない。次に、前記特許文献2に記載の技術のように、試料フォルダーの下部や側面にヒーターを設置した構造では、熱伝導性の悪いセラミックなどの焼結挙動や、多孔質体の経時変化などをリアルタイムで観察する場合、ヒーターから試料へ熱の伝導が十分に進まないため、実状が反映されないという不都合がある。逆に、熱伝導性の悪い試料を考慮してヒーターの熱容量を上げることは、熱漏れ・熱電子の放出を招くことから、実現困難である。更に、前記特許文献3の技術では、ガスを吹き付けることで、試料周囲の真空度が低下し、ヒーターから試料への熱伝導性が高まるが、そのためには多量のガスを吹き付ける必要があるため、結果として、鏡体の真空度までも低下するという不都合がある。また、加熱した試料へのガスの過剰な吹き付けは、逆に試料を冷却してしまうことにもなる。
【0004】
本発明は、以上の点に着目したもので、その目的は、真空度の影響を受けずに効率的に試料を加熱し、安定した電子像を得ることができる走査型電子顕微鏡を提供することである。他の目的は、各種雰囲気ガス中において、加熱した試料の状態変化を観察することができる走査型電子顕微鏡を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的を達成するため、本発明の走査型電子顕微鏡は、電子銃から照射された電子線を通過させるための開口部と、試料を加熱するための赤外線光源と、赤外線を前記試料に集光させるととともに、放射光が前記開口部から外部に進行しないように調整可能な反射板とを有する試料フォルダが、試料室内に設けられていることを特徴とする。
【0006】
主要な形態の一つは、前記試料室内を低真空雰囲気にするための排気手段を備えたことを特徴とする。他の形態は、前記試料室内を、低真空雰囲気下でガス置換するためのガス導入手段を備えたことを特徴とする。更に他の形態は、前記排気手段の排気口が、前記試料フォルダの近傍ないし内側に配置されていることを特徴とする。更に他の形態は、前記排気手段の排気口が、前記試料を挟んで、電子銃及び電子検出器の反対側に配置されていることを特徴とする。
【0007】
更に他の形態は、前記試料周辺のガス濃度又はガス雰囲気を、一時的ないし局所的に変更するための微量ガスを導入する微量ガス導入手段を、前記試料近傍であって、かつ、前記赤外線の集光を妨げない位置に設けたことを特徴とする。更に他の形態は、前記微量ガス導入手段が、導入ガスを予備加熱する予備加熱手段を備えたことを特徴とする。本発明の前記及び他の目的,特徴,利点は、以下の詳細な説明及び添付図面から明瞭になろう。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、電子線を通過させるための開口部と、試料を加熱するための赤外線光源と、赤外線を試料に集光させる反射板を有する試料フォルダを、走査型電子顕微鏡の試料室に設けることで、効率良く試料を加熱するとともに、安定した電子像が得られるという効果がある。また、低真空雰囲気下において、試料室内部のガス置換を行うことにより、加熱した試料と各種ガスとの反応を観察することができる。更に、前記試料近傍に、微量ガスを導入可能としたので、試料周辺のガス濃度又はガス雰囲気を、一時的ないし局所的に変更して、試料の状態変化を観察することが可能となる。更に、必要に応じて、導入する微量ガスを予備加熱することとしたので、微量ガスが試料に接触することによって生じる試料表面の温度低下を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0010】
最初に、図1を参照しながら本発明の実施例1を説明する。図1(A)は、本実施例の走査型電子顕微鏡(以下「電子顕微鏡」とする)10の全体構成を示す図,図1(B)は前記(A)を#A−#A線に沿って縦方向に切断し、矢印方向に見た試料フォルダの断面図である。本発明の走査型電子顕微鏡は、様々なガス雰囲気下で試料を加熱することで起こる経時変化(反応,焼結,劣化など)をリアルタイムに観察するものである。
【0011】
本実施例の電子顕微鏡10は、鏡筒部12と試料室22から構成されており、前記鏡筒部12には、電子銃14,集光レンズ16,対物レンズ18,スキャナ20が含まれている。また、前記試料室22には、2次電子又は反射電子を検出する検出器26,加熱部31が基部24に支持された試料フォルダ30,ガス導入口50,排気口52などが設けられている。前記検出器26は、電子の動きを見るためのモニタ28に接続されている。前記鏡筒部12と試料室22は一体構造となっており、前記排気口52に接続された図示しない真空ポンプを用いて、内部を低真空状態にすることが可能となっている。また、前記ガス導入口50から任意の雰囲気ガス(例えば、空気,窒素,アルゴンなど)を導入することにより、低真空雰囲気下でガス置換を行い、加熱した試料と各種ガスとの反応を観察することが可能となっている。
【0012】
前記加熱部31は、前記電子銃14から照射された電子線を通過させるための開口部32と加熱室34を備えており、該加熱室34には、試料40を加熱するための赤外線光源36が設けられている。また、前記加熱室34内には、前記赤外線光源36から発せられた赤外線を試料40に集光させるとともに、放射光が前記開口部32から外部の対物レンズ18,スキャナ20,検出器26などに進行しないように調整可能な反射板38が設けられている。このような加熱部31は、例えば、白金等の熱膨張率が小さく、耐熱性を有する材料によって形成されている。
【0013】
また、前記加熱部31の内側には、前記開口部32の下方に、試料40を載せるための試料台42と、試料40近傍の真空度を測定するための真空ゲージ55が配置されている。前記試料台42は、前記基部24に適宜手段で固定されており、例えば、白金などの耐熱性の材料によって形成されている。本実施例では、前記試料台42の下方に、前記排気口52が配置されている。このように、前記電子銃14及び検出器26との間に、前記試料40を挟むように排気口52を配置すると、赤外線によって熱せられた置換ガスが、前記電子銃14や検出器26を傷めないように排気することができる。また、本実施例では、前記試料40近傍の温度を測定するための熱電対54が、前記試料台42に接するように配置されている。
【0014】
更に、本実施例では、前記試料台42に、微量ガス(微少ガス)を導入するためのキャピラリーチューブ44が接続されている。該キャピラリーチューブ44は、試料40近傍に微量ガスを導入することによって、前記試料40の周辺のガス濃度又はガス雰囲気を、一時的ないし局所的に変更し、試料の状態変化を観察するためのものである。例えば、雰囲気ガスと同じガスを導入すれば、ガス濃度を変更し、雰囲気ガスと異なるガスを導入すれば、ガス雰囲気を変更することが可能となる。前記キャピラリーチューブ44の先端は、前記試料台42の内側に設けられた微量ガス導入部46を介して、その上面の多数の孔48から極微量のガス(例えば、水素など)を試料40の近傍に導入する。本実施例では、前記キャピラリーチューブ44に、微量ガスを予備加熱するためのガス予備加熱ヒータ53が設けられている。該ガス予備加熱ヒータ53によって、前記試料40の近傍に導入する微量ガスを予備加熱することにより、微量ガスが試料40に接触して試料表面の温度が低下するのを抑制することができる。
【0015】
次に、本実施例の作用を説明する。まず、試料台42に試料40を設置し、試料室22内の排気を行って低真空状態にするとともに、必要に応じて雰囲気ガスの置換を行う。次に、赤外線光源36から赤外線を照射し、試料40を加熱する。そして、事前に設定した撮像条件に基づいて撮像を行うと、電子銃14から照射された電子線の走査に同期した画像が、モニタ28にリアルタイムに表示される。表示された画像は、必要に応じて保存される。以上のような撮影中、試料40の近傍のガス濃度又はガス雰囲気を変更する場合には、前記キャピラリーチューブ44を介して任意のガスを極微量導入し、試料40の変化を観察する。導入される微量ガス(極微量ガス)は、必要に応じて、キャピラリーチューブ44に付属したガス予備加熱ヒータ53によって予備加熱されるため、試料40に接触しても試料表面の温度を低下させることがない。なお、導入された微量ガスは、排気口52から排気される。前記赤外線を試料40に集光させることで、真空度などの影響を受けずに、効率的に試料40を加熱することが可能となる。また、赤外線は、熱電子などと異なり、電子の検出に影響を与えることがないため、安定した電子像(SEM像)が得られる。
【0016】
このように、実施例1によれば、次のような効果がある。
(1)赤外線光源36を試料フォルダ30の加熱部31に設け、反射板38を用いて赤外線を試料40に集光させることとしたので、真空度の影響を受けずに、熱伝導性が悪い試料40であっても、効率的に加熱することができるとともに、安定した電子像が得られる。
(2)低真空雰囲気下において、試料室22内部のガス置換を行うことにより、加熱した試料40と各種ガスとの反応を観察することができる。この場合、置換ガスは試料40の加熱に殆ど寄与しないため、熱せられた試料40の表面にガスが吸着することで反応が見られる。また、ガスを直接試料に吹き付けないことから、安定した電子像を得ることができる。
(3)置換したガスも赤外線で熱せられるが、排気口52を加熱部31の近傍に配置しているため、熱せられたガスによって電子銃14や検出器26などを傷めることがない。
(4)試料40の近傍に、極微量のガスを供給するキャピラリーチューブ44を設けることとしたので、一時的や局所的に試料40周辺のガス濃度やガス雰囲気を変更して、試料40の状態変化を確認することが可能となる。
(5)キャピラリーチューブ44に設けたガス予備加熱ヒータ53によって、導入ガスを予備加熱することとしたので、極微量ガス導入直後などにおいて、冷えたガスが試料40に吸着して熱を奪うことによって生じる試料表面の一時的な温度低下を抑制することができる。
【0017】
なお、本発明は、上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることができる。例えば、以下のものも含まれる。
(1)前記実施例1で示した形状,寸法は一例であり、必要に応じて適宜変更してよい。また、材料についても同様に、必要に応じて適宜変更可能である。例えば、前記実施例では、試料台42として、白金を例に挙げたが、他の公知の各種の耐熱性の材料を用いてよい。
(2)試料室22内の真空度や、置換ガス(雰囲気ガス)も任意であり、必要に応じて適宜変更してよい。
(3)前記実施例1では、キャピラリーチューブ44を試料台42の下方に配置したが、これも一例であり、試料40の下部以外にも、赤外線集光や電子線を妨げない範囲であれば、試料40の側方や上方に設置してよい。
(4)前記キャピラリーチューブ44によって導入する微量ガスも任意であり、置換ガスと同じガスを導入して試料40近傍のガス濃度を変更するようにしてもよいし、置換ガスと異なるガスを導入して試料40の反応の変化を観察するようにしてもよい。
(5)前記実施例では、排気口52を、加熱部31の下方に配置し、電子銃14及び検出器26との間に試料40を挟むようにしたが、これも一例であり、試料フォルダ30の近傍や内側であれば、必要に応じて適宜位置変更可能である。
(6)加熱時の経時変化の観察が有効な例としては、例えば、セラミック等の焼結挙動やコンクリート等の温度加速寿命試験における劣化挙動,有機膜の熱経時変化などのリアルタイム観察が有り、従来は熱履歴から予想するしかなかったこれらの経時挙動を、直接確認できる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明によれば、電子線を通過させるための開口部と、試料を加熱するための赤外線光源と、赤外線を試料に集光させる反射板を有する試料フォルダを試料室に設けることで、試料を効率良く加熱するとともに、安定した電子像が得られるため、走査型電子顕微鏡の用途に適用できる。特に、低真空雰囲気下でのガス置換や、試料近傍への微量ガスの導入が可能なため、各種ガス雰囲気下で試料を加熱する際の経時変化を、リアルタイムで観察する場合に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1(A)は本発明の実施例1の走査型電子顕微鏡の全体構成を示す図,図1(B)は前記(A)を#A−#A線に沿って縦方向に切断し矢印方向に見た試料フォルダの断面図である。
【符号の説明】
【0020】
10:走査型電子顕微鏡
12:鏡筒部
14:電子銃
16:集光レンズ
18:対物レンズ
20:スキャナ
22:試料室
24:基部
26:検出器
28:モニタ
30:試料フォルダ
31:加熱部
32:開口部
34:加熱室
36:赤外線光源
38:反射板
40:試料
42:試料台
44:キャピラリーチューブ
46:微量ガス導入部
48:孔
50:ガス導入口
52:排気口
53:ガス予備加熱ヒータ
54:熱電対
55:真空ゲージ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子銃から照射された電子線を通過させるための開口部と、試料を加熱するための赤外線光源と、赤外線を前記試料に集光させるととともに、放射光が前記開口部から外部に進行しないように調整可能な反射板とを有する試料フォルダが、試料室内に設けられていることを特徴とする走査型電子顕微鏡。
【請求項2】
前記試料室内を低真空雰囲気にするための排気手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の走査型電子顕微鏡。
【請求項3】
前記試料室内を、低真空雰囲気下でガス置換するためのガス導入手段を備えたことを特徴とする請求項2記載の走査型電子顕微鏡。
【請求項4】
前記排気手段の排気口が、前記試料フォルダの近傍ないし内側に配置されていることを特徴とする請求項2又は3記載の走査型電子顕微鏡。
【請求項5】
前記排気手段の排気口が、前記試料を挟んで、電子銃及び電子検出器の反対側に配置されていることを特徴とする請求項4記載の走査型電子顕微鏡。
【請求項6】
前記試料周辺のガス濃度又はガス雰囲気を、一時的ないし局所的に変更するための微量ガスを導入する微量ガス導入手段を、前記試料近傍であって、かつ、前記赤外線の集光を妨げない位置に設けたことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の走査型電子顕微鏡。
【請求項7】
前記微量ガス導入手段が、導入ガスを予備加熱するための予備加熱手段を備えたことを特徴とする請求項6記載の走査型電子顕微鏡。

【図1】
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【公開番号】特開2009−199785(P2009−199785A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−38092(P2008−38092)
【出願日】平成20年2月19日(2008.2.19)
【出願人】(000204284)太陽誘電株式会社 (964)
【Fターム(参考)】