説明

超音波ピーニング施工方法及び浮体式建造物

【課題】進水による超音波ピーニングの効果低減を抑制することができる超音波ピーニング施工方法及び浮体式建造物を提供する。
【解決手段】浮体式建造物1と浮体式建造物1に溶接される構造物2との溶接部3に超音波により加振されたピン4で衝撃を与えて溶接部3の疲労強度を向上させる超音波ピーニング施工方法であって、浮体式建造物1を建造する建造物建造工程と、浮体式建造物1に構造物2を溶接して取り付ける構造物溶接工程と、構造物2を取り付けた浮体式建造物1を進水させる建造物進水工程と、浮力が生じている状態の浮体式建造物1の溶接部3に対して超音波ピーニングを施工する超音波ピーニング工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波ピーニング施工方法及び浮体式建造物に関し、特に、コンテナ船等の浮体式建造物に適用される超音波ピーニング施工方法及び該超音波ピーニング施工方法により超音波ピーニングが施工された浮体式建造物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、船舶、海上プラント、橋梁等の建造物における溶接部の疲労強度を改善する技術として、超音波衝撃処理(以下、「超音波ピーニング」と称す)がある。この技術は、超音波を振動源として先端に半径Rを持つピンを連続的に溶接部に打ち付け、残留圧縮応力場を形成し、ピンのR形状を転写することによって溶接止端形状を改善し、溶接止端部の疲労強度を向上させるものである(例えば、特許文献1参照)。また、溶接部に引張応力場が作用している状態で、超音波ピーニングを施工することにより、更に溶接部の疲労強度を向上させることができる(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−55899号公報
【特許文献2】特開2006−51540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上述したような大型の建造物において超音波ピーニングを施工する場合に、その建造物の各箇所に引張応力場を形成するためには、専用の治具や付加的な装置(例えば、油圧ジャッキ等)を必要とし、多大な手間が必要となるため、実際に実施することは難しかった。
【0005】
また、超音波ピーニングの施工後に作用する建造物への荷重の履歴によって応力場が変動し、超音波ピーニングの効果が低減しまう場合もあった。特に、船舶、海上プラント等の浮体式建造物の場合には、陸上での建造段階では自重のみが作用しているのに対して、進水後には自重に加えて浮力も作用することから、建造物に作用する応力場が大きく変動することとなる。そのため、陸上の建造段階で超音波ピーニングを施工し、溶接部に圧縮応力場を形成しても、ある箇所では進水後に浮力によって形成される引張応力場によって圧縮応力場が減殺され、超音波ピーニングによる疲労強度の改善効果が低減してしまうという問題があった。
【0006】
本発明は、上述した問題点に鑑み創案されたものであり、進水による超音波ピーニングの効果低減を抑制することができる超音波ピーニング施工方法及び浮体式建造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、浮体式建造物と該浮体式建造物に溶接される構造物との溶接部に超音波により加振されたピンで衝撃を与えて前記溶接部の疲労強度を向上させる超音波ピーニング施工方法であって、前記浮体式建造物に前記構造物を溶接して取り付ける構造物溶接工程と、前記構造物を取り付けた前記浮体式建造物を進水させる建造物進水工程と、浮力が生じている状態の前記浮体式建造物の前記溶接部に対して超音波ピーニングを施工する超音波ピーニング工程と、を有することを特徴とする超音波ピーニング施工方法が提供される。
【0008】
また、本発明によれば、溶接によって取り付けられる構造物を有する浮体式建造物であって、該浮体式建造物と前記構造物との溶接部には、前記浮体式建造物に前記構造物を溶接して取り付ける構造物溶接工程と、前記構造物を取り付けた前記浮体式建造物を進水させる建造物進水工程と、浮力が生じている状態の前記浮体式建造物の前記溶接部に対して超音波ピーニングを施工する超音波ピーニング工程と、を有する超音波ピーニング施工方法により超音波ピーニングが施工されている、ことを特徴とする浮体式建造物が提供される。
【0009】
上述した超音波ピーニング施工方法及び浮体式建造物において、前記超音波ピーニング工程は、前記浮体式建造物に積載物を積み付けた状態で施工されるようにしてもよい。さらに、前記積載物の積載位置及び積載重量を調整して前記浮体式建造物に生じる浮力を調整するようにしてもよい。
【0010】
また、前記構造物溶接工程の後に、前記溶接部を被覆する仮塗装を行う溶接部仮塗装工程を有していてもよい。さらに、前記超音波ピーニング工程の前に、前記仮塗装を剥離する仮塗装剥離工程を有していてもよい。また、前記超音波ピーニング工程の後に、前記溶接部を被覆する塗装を行う溶接部塗装工程を有していてもよい。
【0011】
また、前記浮体式建造物は、例えば、甲板に開口部を有する船舶であり、前記構造物は、例えば、前記開口部の周辺に溶接される艤装品である。
【発明の効果】
【0012】
上述した本発明に係る超音波ピーニング施工方法及び浮体式建造物によれば、浮体式建造物に構造物を溶接し、進水させてから超音波ピーニングを施工するようにしたことから、浮体式建造物における構造物の所定の溶接部に引張応力場を形成した状態で超音波ピーニングを施工することができ、超音波ピーニングの進水による効果低減を抑制することができる。また、本発明によれば、浮体式建造物に構造物を溶接し、進水させてから超音波ピーニングを施工するだけであるため、大型の浮体式建造物であっても、特殊な専用治具や余分な手間を必要とせずに、超音波ピーニングを効率よく施工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法を示し、(A)は建造物建造工程、(B)は構造物溶接工程、(C)は建造物進水工程、(D)は超音波ピーニング工程、である。
【図2】本発明の実施形態に係る浮体式建造物を示す図であり、(A)はコンテナ船の側面図、(B)はコンテナ船の上面図、を示している。
【図3】図2のIII部の拡大斜視図である。
【図4】超音波ピーニング工程を説明するための模式図であり、(A)は超音波ピーニング施工前の溶接部の斜視図、(B)は超音波ピーニング施工中の溶接部の斜視図、(C)は超音波ピーニング施工後の溶接部の斜視図、(D)は超音波ピーニング施工後の溶接部の断面図、(E)は超音波ピーニング施工後に溶接部塗装工程を施した溶接部の断面図、を示している。
【図5】本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法による効果を説明するための図である。
【図6】溶接止端部にかかる局所的な応力及び歪みの関係を示す相関図であり、(A)は浮体式建造物を進水させずに超音波ピーニングを施工した場合及び超音波ピーニングを施工しない場合、(B)は超音波ピーニング施工後に浮体式建造物を進水させた場合、(C)は浮体式建造物の進水後に超音波ピーニングを施工した場合、を示している。
【図7】本発明に係る超音波ピーニング施工方法の変形例を示す図であり、(A)は第一変形例、(B)は第二変形例、を示している。
【図8】本発明の他の実施形態に係る浮体式建造物を示す図であり、(A)はモス型LNG船の上面図、(B)は多目的貨物船の上面図、を示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図1乃至図4を用いて説明する。ここで、図1は、本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法を示し、(A)は建造物建造工程、(B)は構造物溶接工程、(C)は建造物進水工程、(D)は超音波ピーニング工程、である。図2は、本発明の実施形態に係る浮体式建造物を示す図であり、(A)はコンテナ船の側面図、(B)はコンテナ船の上面図、を示している。図3は、図2のIII部の拡大斜視図である。図4は、超音波ピーニング工程を説明するための模式図であり、(A)は超音波ピーニング施工前の溶接部の斜視図、(B)は超音波ピーニング施工中の溶接部の斜視図、(C)は超音波ピーニング施工後の溶接部の斜視図、(D)は超音波ピーニング施工後の溶接部の断面図、(E)は超音波ピーニング施工後に溶接部塗装工程を施した溶接部の断面図、を示している。
【0015】
本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法は、図1(A)乃至(D)に示したように、浮体式建造物1と浮体式建造物1に溶接される構造物2との溶接部3に超音波により加振されたピン4で衝撃を与えて溶接部3の疲労強度を向上させる超音波ピーニング施工方法であって、浮体式建造物1を建造する建造物建造工程と、浮体式建造物1に構造物2を溶接して取り付ける構造物溶接工程と、構造物2を取り付けた浮体式建造物1を進水させる建造物進水工程と、浮力が生じている状態の浮体式建造物1の溶接部3に対して超音波ピーニングを施工する超音波ピーニング工程と、を有する。
【0016】
前記浮体式建造物1は、例えば、甲板に開口部を有する船舶であり、具体的には、図2に示したような、コンテナ船11である。コンテナ船11は、図2(A)及び(B)に示すように、船体の甲板12の下部に区画された複数の船倉13と、各船倉13の上部の甲板12に形成された開口部14と、開口部14を覆うハッチカバー15と、を有する。また、コンテナ船11は、船体後部側にエンジンルーム16と船橋17とを備えている。なお、浮体式建造物1は、コンテナ船11に限定されるものではなく、陸上で建造されて進水される浮体式建造物であれば、他の形式の船舶、海上プラント、セミサブ式又は浮遊式の掘削リグ、建造中に一時的に進水される着底式の海上構造物等も含む趣旨である。
【0017】
前記構造物2は、例えば、船舶の開口部の周辺に溶接される艤装品であり、具体的には、図3に示したような、コンテナ船11の開口部14の周辺に溶接された艤装品である。図3に示したように、コンテナ船11は、開口部14の周縁の甲板12に立設されたハッチコーミング21を有する。また、ハッチコーミング21は、甲板12上に配置されるコーミングステイ23と、コーミングステイ23上に配置されるコーミングトップ24と、開口部14の船幅方向の辺縁部に配置されるハッチエンドコーミング25と、開口部14の船長さ方向の辺縁部に配置されるハッチサイドコーミング26と、を備える。
【0018】
コーミングステイ23は、甲板12、コーミングトップ24及びハッチサイドコーミング26に溶接されて取り付けられ、ハッチコーミング21の梁材を構成し、その剛性及び強度を高める。
【0019】
コーミングトップ24は、コーミングステイ23、ハッチエンドコーミング25及びハッチサイドコーミング26に溶接して取り付けられ、ハッチコーミング21の上部を構成する。また、コーミングトップ24には、複数のレストパッド27が溶接して取り付けられる。レストパッド27は、ハッチカバー15を固定するための部品である。また、コーミングトップ24は、二つの開口部14の間にクロスデッキを形成するようにクロスデッキ用開口部28を有する。
【0020】
ハッチエンドコーミング25は、甲板12、コーミングトップ24及びハッチサイドコーミング26に溶接されて取り付けられ、開口部14の外周を囲う壁面の一部を構成している。
【0021】
ハッチサイドコーミング26は、甲板12、コーミングステイ23、コーミングトップ24及びハッチエンドコーミング25に溶接されて取り付けられ、開口部14の外周を囲う壁面の一部を構成している。
【0022】
なお、上述した構造物2は、単なる一例であり、開口部14の周辺以外の箇所に溶接される部品(例えば、手摺、梯子、ウインチ架台、通風筒、居住区構造物等)であってもよいし、船殻を構成する建造ブロック、船殻に溶接されるブラケットや小骨等の補強材のように、浮体式建造物1の建造時に溶接される部品であってもよい。
【0023】
前記建造物建造工程は、陸上で浮体式建造物1を建造する工程である。浮体式建造物1がコンテナ船11の場合には、図1(A)に示すように、ドック5内に配置された船台6上でコンテナ船11を建造する。
【0024】
前記構造物溶接工程は、陸上で浮体式建造物1に種々の構造物2を溶接する工程である。例えば、図1(B)に示すように、ドック5内で建造されたコンテナ船11にハッチコーミング21やハッチカバー15等の構造物2を溶接して取り付ける。また、構造物溶接工程の後に、構造物2の溶接部3を被覆する仮塗装を行う溶接部仮塗装工程を挟むようにしてもよい。かかる仮塗装を行うことにより、溶接部3に防錆塗膜を形成することができ、超音波ピーニング工程までの間における溶接部3の劣化を抑制することができる。なお、かかる構造物溶接工程と建造物建造工程とは、明確に工程を区別する必要はなく、建造物建造工程において、浮体式建造物1を構成する船体構造部材を溶接する場合も構造物溶接工程に含まれ得る。
【0025】
前記建造物進水工程は、陸上で建造し、構造物2を溶接した浮体式建造物1を進水させる工程である。コンテナ船11のような船型の浮体式建造物1の場合には、図2に示したように、船尾側にエンジンルーム16や船橋17が配置されていることが多い。そのため、図1(C)に示すように、浮力に対する船体前後の自重が船体中央の自重より重くなり、船首及び船尾に対しては鉛直下向きの力が負荷され、船体中央に対しては鉛直上向きの力が負荷され、甲板12側では引張力が生じ、船底側では圧縮力が生じることとなり、浮体式建造物1は、いわゆるホギング状態となる。このとき、甲板12上に溶接されたハッチコーミング21等の構造物2の溶接部3にも引張力が生じることとなる。特に、図3において、灰色に塗り潰した箇所には大きな引張力が生じ易い。
【0026】
したがって、建造物進水工程の前に溶接部3に超音波ピーニングを施工した場合には、溶接部3に圧縮応力場を形成して疲労強度を改善したとしても、上述したように溶接部3に引張応力が負荷され、超音波ピーニングの効果が減殺されることとなる。そこで、本発明では、構造物2を溶接した浮体式建造物1を進水させてから超音波ピーニングを施工するようにしている。
【0027】
前記超音波ピーニング工程は、進水させて浮力が生じている状態の浮体式建造物1の溶接部3に対して超音波ピーニングを施工する工程である。超音波ピーニングは、図1(D)に示したように、浮体式建造物1と構造物2との溶接部3に超音波により加振されたピン4で衝撃を与えて溶接部3に圧縮応力場を形成する。ピン4の加振には、セラミック圧電素子を用いてもよいし、磁歪子を用いてもよい。かかる超音波ピーニングは、特に、図3において灰色に塗り潰した箇所のように、例えば、構造物2や開口部の角隅部や溶接部3の船幅方向部分に施工すると効果的である。
【0028】
構造物溶接工程の後に、溶接部3の仮塗装を行った場合には、超音波ピーニング工程の前に、溶接部仮塗装工程で塗装した仮塗装を剥離する仮塗装剥離工程を挟むようにしてもよい。かかる仮塗装剥離工程により、防錆塗膜を剥離することによって超音波ピーニングを容易かつ効果的に施工することができる。なお、塗膜厚さが薄い場合や塗膜が柔らかい場合のように、塗膜の存在が超音波ピーニングに影響を与えない場合には、必ずしも仮塗装した塗膜を剥離する必要はない。
【0029】
ここで、図4を用いて、超音波ピーニング工程について詳細に説明する。構造物溶接工程の結果、図4(A)に示すように、二つの鋼部材31が溶接され、それらの間には、溶接ビード32が形成される。ここで、鋼部材31と溶接ビード32との境目を溶接止端部33と呼ぶ。図4(B)に示すように、超音波を振動源として先端に半径Rを持つピン4を連続的に溶接止端部33に打ち付ける。図4(C)に示すように、この打撃処理を所望の溶接ビード32に沿って行う。その結果、図1(D)及び図4(D)に示すように、ピン4のR形状を溶接部3に転写することによって溶接止端部33に打撃痕34を形成し、溶接止端部33の形状を改善し、残留圧縮応力場35を形成する。なお、本実施形態では、隅肉溶接に超音波ピーニングを施工する場合について説明したが、突合せ溶接や重ね溶接等の溶接部に超音波ピーニングを施工するようにしてもよい。
【0030】
このように、コンテナ船11等の浮体式建造物1を進水させた後に溶接部3を超音波ピーニングすることにより、特殊な専用治具や余分な手間をかけることなく、溶接部3に引張応力場が作用している状態で超音波ピーニングを施工することができ、進水による超音波ピーニングの効果低減を抑制することができる。また、かかる効果を有するコンテナ船11等の浮体式構造物1を得ることができる。
【0031】
また、図4(E)に示したように、超音波ピーニング工程の後に、溶接部3を被覆する塗装を行う溶接部塗装工程を挟むようにしてもよい。かかる溶接部塗装工程により溶接部3に防錆塗膜36を形成することができ、溶接部3の劣化を抑制することができる。特に、溶接部3に仮塗装していない場合、溶接部3の仮塗装した塗膜を剥離した場合、仮塗装した状態で超音波ピーニングを施工して塗膜が剥離した場合に、溶接部塗装工程を行うと効果的である。
【0032】
以下、本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法による効果を説明する。ここで、図5は、本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法による効果を説明するための図であり、疲労強度の試験結果を示している。横軸は破断繰返し数Nfを示し、縦軸は応力範囲ΔSを示している。図示した試験結果は、実際にコンテナ船11等の浮体式建造物1を使用して溶接部3の疲労強度を測定することは困難であるので、板厚16mmの二つの鋼材(主板とスティフナ)を溶接した試験体を使用して溶接部の疲労強度を測定したものである。なお、図中、UP処理材とは、超音波ピーニング(Ultrasonic Peening)が施された処理材を意味する。
【0033】
ケース(1)は、無負荷状態で超音波ピーニングを施工したUP処理材の溶接部に生じる応力範囲ΔSと破断繰返し数Nfとの関係を示し、図では黒塗り菱形及び二点鎖線で表示している。ケース(2)は、超音波ピーニングを施工しないUP未処理材の溶接部に生じる応力範囲ΔSと破断繰返し数Nfとの関係を示し、図では白抜き菱形及び破線で表示している。ケース(3)は、無負荷状態で超音波ピーニングを施工したUP処理材に引張応力100MPaを負荷した状態の溶接部に生じる応力範囲ΔSと破断繰返し数Nfとの関係を示し、図では白抜き丸及び一点鎖線で表示している。ケース(4)は、引張応力100MPaの負荷状態で超音波ピーニングを施工したUP処理材の溶接部に生じる応力範囲ΔSと破断繰返し数Nfとの関係を示し、図では白抜き三角及び実線で表示している。なお、引張応力100MPaは、コンテナ船11が進水した場合に、甲板12上の溶接部3に負荷される引張応力とほぼ同等の応力である。
【0034】
上述したケース(1)乃至(4)について、±500kNの繰返し荷重を負荷して疲労試験を行い、最小二乗法により近似直線を求めた結果を図5に示している。ケース(1)乃至(4)の近似直線を比較すると、ケース(4)が最も疲労強度が高く、ケース(1)、ケース(3)、ケース(2)の順に疲労強度が低くなることが理解できる。また、ケース(3)の結果から、無負荷状態で溶接部に超音波ピーニングを施工し、溶接部に圧縮応力場を形成しても、引張応力100MPaを加えることによって圧縮応力場が減殺され、超音波ピーニングによる疲労強度の改善効果が低減していることが理解できる。その結果、ケース(3)では、溶接部に超音波ピーニングを施工しないケース(2)と疲労強度がほとんど変わらなくなってしまっている。
【0035】
それに対して、ケース(4)の場合、溶接部に引張応力100MPaを加えることによって引張応力場を形成し、その引張応力場の下で超音波ピーニングを施工して、溶接部に圧縮応力場を形成するので、その後に100MPaの引張応力が負荷された状態においても、疲労強度の改善効果が低減し難くなっている。したがって、コンテナ船11等の浮体式建造物1を進水させた後に、溶接部3に超音波ピーニングを施工することが疲労強度の改善効果を持続する上で効果的であることが理解できる。
【0036】
以下、本発明の実施形態に係る超音波ピーニング施工方法によって溶接部3の疲労強度が向上する仕組みを説明する。ここで、図6は、溶接止端部にかかる局所的な応力と歪みの関係を示す相関図であり、(A)は浮体式建造物を進水させずに超音波ピーニングを施工した場合及び超音波ピーニングを施工しない場合、(B)は超音波ピーニング施工後に浮体式建造物を進水させた場合、(C)は浮体式建造物の進水後に超音波ピーニングを施工した場合、を示している。各図において、横軸は歪み、縦軸は応力を示し、応力が正値の場合は引張応力、応力が負値の場合は圧縮応力が生じていることを示している。また、各図を図5に示したケースに置き換えて説明すれば、図6(A)はケース(1)及びケース(2)に相当し、図6(B)はケース(3)に相当し、図6(C)はケース(4)に相当する。
【0037】
まず、図6(A)に基づいて、ケース(2)の場合、すなわち、超音波ピーニングを施工しない場合における溶接部3の溶接止端部33に生じる応力と歪みとの相関関係について説明する。
【0038】
溶接部3に対する溶接が終了した状態を(a)溶接終了状態(図の白抜き丸)とする。この状態で、コンテナ船11への積載物の積荷に伴って、溶接部3に外力が作用すると、溶接止端部33に応力が集中することにより、溶接止端部33の局所的な応力は引張降伏応力σYに達し、それ以上負荷が増加しても引張降伏応力σYのまま歪みのみが増加する状態となる。この状態を(b)最大応力状態(図の黒塗り丸)とする。そして、コンテナ船11からの積載物の荷降に伴って溶接止端部33は弾性変形により応力が低下し、全ての積載物を荷降した状態で応力は最小となる。この状態を(c)最小応力状態(図の斜線入り丸)とする。このとき、溶接部3に作用する繰返し公称応力範囲をΔSとすると、溶接止端部33における局所的な応力は引張降伏応力σYからΔσ=ΔS×Kt(ただし、Ktは応力集中係数)だけ減少する。以後、積載物の積荷及び荷降が繰り返されるたびに、溶接部3の溶接止端部33は、状態(b)と状態(c)の間で行き来することになる。
【0039】
次に、図6(A)に基づいて、ケース(2)の変形例として、溶接終了後に浮体式建造物1(例えば、コンテナ船11)を進水させた場合の溶接部3の溶接止端部33に生じる応力と歪みとの相関関係について説明する。
【0040】
溶接部3に対する溶接が終了した状態(a)において、コンテナ船11を進水させた場合、溶接部3に引張平均応力Smeanが生じ、溶接止端部33は引張降伏応力σYに達する。この状態を(d)引張平均付与状態(図の横線入り丸)とする。さらに状態(d)から、コンテナ船11への積載物の積荷に伴って溶接部3に外力が作用しても、塑性変形が進むだけで応力は引張降伏応力σYのまま図の右方向に移行して状態(b)となる。その後、コンテナ船11からの荷降に伴って応力がΔσだけ減少して状態(c)に移行する。以後、積載物の積荷及び荷降が繰り返されるたびに、溶接部3の溶接止端部33は、状態(b)と状態(c)の間で行き来することになる。
【0041】
次に、図6(A)に基づいて、ケース(1)の場合、すなわち、溶接終了後に超音波ピーニングを施工した場合における溶接部3の溶接止端部33に生じる応力と歪みとの相関関係について説明する。
【0042】
溶接部3に対する溶接が終了した状態(a)において、超音波ピーニングを施工すると溶接止端部33近傍には残留圧縮応力場35が形成されて、(e)UP処理終了状態(図の縦線入り丸)へと移行する。そして、溶接部3に積載物の積荷及び荷降による繰返し応力ΔSが付与されると、最大応力時には、超音波ピーニングにより導入された圧縮残留応力から応力がΔσ=ΔS×Ktだけ増加した状態である(f)UP処理後の最大応力状態(図の灰色塗り丸)に移行し、最小応力時には、状態(f)から応力がΔσだけ減少した状態である(g)UP処理後の最小応力状態(図の網線入り丸)に移行する。なお、状態(e)と状態(g)は図中において一致する状態であるが、説明の便宜上、並列させて図示している。そして、積載物の積荷及び荷降が繰り返されるたびに、溶接部3の溶接止端部33は、状態(f)と状態(g)の間で行き来することになる。このとき、状態(f)及び状態(g)の応力は負値であるため、溶接部3は圧縮応力場が形成された状態を維持しており、疲労強度が向上した状態になっている。
【0043】
次に、図6(B)に基づいて、ケース(3)の場合、すなわち、溶接終了後に超音波ピーニングを施工した浮体式建造物1(例えば、コンテナ船11)を進水させた場合の溶接部3の溶接止端部33に生じる応力と歪みとの相関関係について説明する。
【0044】
溶接部3に対する溶接が終了した状態(a)において、超音波ピーニングを施工すると溶接止端部33近傍には残留圧縮応力場35が形成されて、状態(e)に移行する。その後、コンテナ船11を進水させると、溶接部3に引張平均応力Smeanが作用し、溶接止端部33の応力はσ=Smean×Ktだけ増加する。この状態を(h)UP処理後の進水状態(図の波線入り丸)とする。そして、溶接部3に積載物の積荷及び荷降による繰返し応力ΔSが付与されると、最大応力時には、状態(h)から応力がΔσ/2だけ増加した状態(f)に移行し、最小応力時には、状態(h)から応力がΔσ/2だけ減少した状態(g)に移行する。以後、積載物の積荷及び荷降が繰り返されるたびに、溶接部3の溶接止端部33は、状態(f)と状態(g)の間で行き来することになる。ここで、図6(A)と図6(B)を比較すると、超音波ピーニングしないケース(2)と超音波ピーニングしたケース(3)の応力Δσにほとんど差がないことが理解できる。つまり、溶接部3に超音波ピーニングを施工し、溶接部3に圧縮応力場を形成しても、その後に引張平均応力Smeanを加えることによって圧縮応力場が減殺され、超音波ピーニングによる疲労強度の改善効果が低減することとなる。
【0045】
次に、図6(C)に基づいて、ケース(4)の場合、すなわち、溶接終了後に浮体式建造物1(例えば、コンテナ船11)を進水させてから超音波ピーニングを施工した場合の溶接部3の溶接止端部33に生じる応力と歪みとの相関関係について説明する。
【0046】
溶接部3に対する溶接が終了した状態(a)において、コンテナ船11を進水させた場合、溶接部3に引張平均応力Smeanが生じ、溶接止端部33は引張降伏応力σYに達し、状態(d)に移行する。そして、超音波ピーニングを施工して溶接部3に圧縮残留応力を導入すると状態(e)に移行する。この状態で応力振幅ΔS/2の繰返し応力が溶接部3に作用すると、最初の積載物の積荷によって最大応力が負荷された場合には弾性変形によりΔσ/2だけ増加して状態(f)に移行するが、次の積載物の荷降によって最小応力が負荷された場合には圧縮降伏応力(−σY)に達して、状態(g)に移行する。再び、積載物の積荷によって溶接部3に最大応力が負荷された場合には、弾性変形により圧縮降伏応力からΔσだけ増加して状態(i)に移行する。以後、積載物の積荷及び荷降が繰り返されるたびに、溶接部3の溶接止端部33は、状態(i)と状態(g)の間で行き来することになる。このとき、状態(i)及び状態(g)の応力は負値であるため、溶接部3は圧縮応力場が形成された状態を維持しており、疲労強度が向上した状態になっている。
【0047】
以上の説明によれば、浮体式建造物1に構造物2を溶接し、進水させてから超音波ピーニングを施工することにより、浮体式建造物1における構造物2の所定の溶接部3に引張応力場を形成した状態で超音波ピーニングを施工することができ、超音波ピーニングの進水による効果低減を抑制することができることが理解できる。
【0048】
続いて、本発明に係る超音波ピーニング施工方法の変形例について説明する。ここで、図7は、本発明に係る超音波ピーニング施工方法の変形例を示す図であり、(A)は第一変形例、(B)は第二変形例、を示している。なお、各図において、浮体式建造物1として、コンテナ船11を採用している。
【0049】
図7(A)に示した第一変形例は、上述した超音波ピーニング工程において、浮体式建造物1(コンテナ船11)に積載物7(例えば、コンテナ)を積み付けた状態で超音波ピーニングを施工するようにしたものである。このように、積載物7を積み付けることにより、コンテナ船11に最大の浮力を生じさせることができ、溶接部3に対して効果的に引張応力を生じさせることができる。なお、ここでは、全ての積載物7を積み付けた場合を図示しているが、一部の積載物のみを積み付けた状態で超音波ピーニングを施工するようにしてもよい。
【0050】
図7(B)に示した第二変形例は、上述した超音波ピーニング工程において、積載物7の積載位置及び積載重量を調整して浮体式建造物1(コンテナ船11)に生じる浮力を調整するようにしたものである。ここでは、船首、船体中央及び船尾の三箇所に積載物7を積み付けて、船首と船体中央との間及び船体中央と船尾との間の甲板12上で最適な引張応力を生じさせるようにしている。また、図示しないが、船首と船尾に積載物7を積み付けて、船体中央の甲板12上で最適な引張応力を生じさせるようにしてもよい。このように、積載物7の積載位置及び積載重量を調整することにより、浮体式建造物1に生じる浮力を調整し、甲板12上の特定の溶接部3や船底や船倉内の溶接部3に最適な引張応力を生じさせることができる。なお、積載物7は、コンテナに限定されるものではなく、燃料やバラスト水であってもよい。
【0051】
上述した実施形態では、浮体式建造物1としてコンテナ船11を適用した場合について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、モス型LNG船、多目的貨物船、バルクキャリア、VLCCタンカー等の他の形式の船舶、海上プラント、セミサブ式又は浮遊式の掘削リグ、建造中に一時的に進水される着底式の海上構造物等にも適用することができる。ここで、図8は、本発明の他の実施形態に係る浮体式建造物を示す図であり、(A)はモス型LNG船の上面図、(B)は多目的貨物船の上面図、を示している。
【0052】
図8(A)に示したモス型LNG船18は、複数の球形タンク18aを備えている。したがって、モス型LNG船18の船体には、球形タンク18aを載置するための開口部が形成されている。かかるモス型LNG船18の場合においても、進水後に超音波ピーニングを施工することにより、効果的に疲労強度を向上させることができる。
【0053】
図8(B)に示した多目的貨物船19は、複数の開口部19aと、開口部19aを開閉するハッチカバー19bとを備えている。かかる多目的貨物船19の場合においても、進水後に超音波ピーニングを施工することにより、効果的に疲労強度を向上させることができる。また、図示しないが、バルクキャリアやVLCCタンカー等もコンテナ船11や多目的貨物船19と実質的に同様の形態をなしている。なお、上述した実施形態では、船体に開口部を有する船舶について説明したが、本発明はかかる船舶に限定されるものではなく、陸上又は浮力が生じない場所で建造される浮体式建造物であって、その甲板等の船体に所定の構造物が溶接されるものであれば、開口部を有しない船舶であってもよい。
【0054】
本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更が可能であることは勿論である。
【符号の説明】
【0055】
1…浮体式建造物
2…構造物
3…溶接部
4…ピン
5…ドック
6…船台
7…積載物
11…コンテナ船
12…甲板
13…船倉
14…開口部
15…ハッチカバー
16…エンジンルーム
17…船橋
18…モス型LNG船
18a…球形タンク
19…多目的貨物船
19a…開口部
19b…ハッチカバー
21…ハッチコーミング
23…コーミングステイ
24…コーミングトップ
25…ハッチエンドコーミング
26…ハッチサイドコーミング
27…レストパッド
28…クロスデッキ用開口部
31…鋼部材
32…溶接ビード
33…溶接止端部
34…打撃痕
35…残留圧縮応力場
36…防錆塗膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮体式建造物と該浮体式建造物に溶接される構造物との溶接部に超音波により加振されたピンで衝撃を与えて前記溶接部の疲労強度を向上させる超音波ピーニング施工方法であって、
前記浮体式建造物に前記構造物を溶接して取り付ける構造物溶接工程と、
前記構造物を取り付けた前記浮体式建造物を進水させる建造物進水工程と、
浮力が生じている状態の前記浮体式建造物の前記溶接部に対して超音波ピーニングを施工する超音波ピーニング工程と、
を有することを特徴とする超音波ピーニング施工方法。
【請求項2】
前記超音波ピーニング工程は、前記浮体式建造物に積載物を積み付けた状態で施工される、ことを特徴とする請求項1に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項3】
前記積載物の積載位置及び積載重量を調整して前記浮体式建造物に生じる浮力を調整する、ことを特徴とする請求項2に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項4】
前記構造物溶接工程の後に、前記溶接部を被覆する仮塗装を行う溶接部仮塗装工程を有する、ことを特徴とする請求項1に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項5】
前記超音波ピーニング工程の前に、前記仮塗装を剥離する仮塗装剥離工程を有する、ことを特徴とする請求項4に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項6】
前記超音波ピーニング工程の後に、前記溶接部を被覆する塗装を行う溶接部塗装工程を有する、ことを特徴とする請求項1に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項7】
前記浮体式建造物は、甲板に開口部を有する船舶である、ことを特徴とする請求項1に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項8】
前記構造物は、前記開口部の周辺に溶接される艤装品である、ことを特徴とする請求項7に記載の超音波ピーニング施工方法。
【請求項9】
溶接によって取り付けられる構造物を有する浮体式建造物であって、
該浮体式建造物と前記構造物との溶接部には、請求項1乃至8の何れかに記載の超音波ピーニング施工方法により超音波ピーニングが施工されている、ことを特徴とする浮体式建造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−218438(P2011−218438A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−93231(P2010−93231)
【出願日】平成22年4月14日(2010.4.14)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(502422351)株式会社アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド (159)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)