説明

超音波診断装置

【課題】操作者の加圧操作の仕方に影響を受けずに被検体の深部まで正確に測定でき、音響インピーダンスが近い組織の診断を容易に行え、リアルタイムに計測できる超音波診断装置を提供する。
【解決手段】被検体に第1超音波信号を送信し、被検体内から反射した第2超音波信号を受信部により受信して、電気信号を生成し、該電気信号のn次周波数成分(nは自然数)の強度比に基づいて、信号処理部により被検体内の非線形パラメータの分布を算出し、画像処理部が画像データを生成し、表示部が画像データを画像化して表示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検体内に第1超音波信号を送信し、前記第1超音波信号が前記被検体内において反射して生成された第2超音波信号を受信して、前記第2超音波信号に基づいて前記被検体内の画像を形成する超音波診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波は、通常、16000Hz以上の音波をいい、非破壊、無害および略リアルタイムでその内部を調べることが可能なことから、欠陥の検査や疾患の診断等の様々な分野に応用されている。その一つに、被検体内を超音波で走査し、被検体内から来た超音波の反射波(エコー)から生成した受信信号に基づいて被検体内の内部状態を画像化する超音波診断装置がある。この超音波診断装置は、医療用では、他の医療用画像装置に較べて小型で安価であり、そしてX線等の放射線被爆が無く安全性が高いこと、また、ドップラ効果を応用した血流表示が可能であること等の様々な特長を有している。このため、超音波診断装置は、循環器系(例えば心臓の冠動脈等)、消化器系(例えば胃腸等)、内科系(例えば肝臓、膵臓および脾臓等)、泌尿器系(例えば腎臓および膀胱等)および産婦人科系等で広く利用されている。
【0003】
超音波診断装置には、被検体に対して超音波(超音波信号)を送受信する超音波探触子が用いられている。超音波探触子は、圧電現象を利用することによって、送信の電気信号に基づいて機械振動して超音波(超音波信号)を発生し、被検体内部で音響インピーダンスの不整合によって生じる超音波(超音波信号)の反射波を受けて受信の電気信号を生成する複数の圧電素子を備える。これら複数の圧電素子は例えばアレイ状に2次元配列されて構成されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
上記のような技術の他にも幾つかの超音波診断装置が提案されている。例えば、加圧時と非加圧時の断層像から加圧による移動量等を計測し、被検体内の弾性率の相違を検出して組織性状を測定する技術が提案されている(特許文献2参照)。
【0005】
また、例えば、被検体の音圧の非線形応答により発生する高調波を利用することにより基本波よりサイドローブの少ない超音波ビームを得、高画質な超音波画像を得る超音波診断装置が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0006】
非線形応答を利用した超音波診断装置としては、非線形応答に基づき非線形パラメータを計測し、画像化する超音波診断装置が提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−088056号公報
【特許文献2】特開平5−317313号公報
【特許文献3】特開平10−179589号公報
【特許文献4】特開平10−199845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2に記載の技術は、操作者の加圧操作の仕方に影響を受け、正確な測定ができない場合があり、また加圧の影響が及ばない被検体の深部の測定ができないという欠点がある。
【0009】
特許文献3に記載の技術は、非線形応答に起因する高調波を利用してはいるが、被検体内部で音響インピーダンスの不整合部分を計測する従来の手法を用いており、音響インピーダンスの差が小さく反射波が生じない一様な構造である組織内部の診断は難しいという欠点がある。
【0010】
特許文献4に記載の技術は、非線形応答に起因する高調波を利用してはいるが、駆動電圧に依存するパラメータの測定を複数の電圧で送受信して行う必要があり、フレームレートが大きくなってしまい、リアルタイムの計測に向かないという欠点がある。
【0011】
本発明は、操作者の加圧操作の仕方に影響を受けずに被検体の深部まで正確に測定でき、音響インピーダンスが近い組織の診断を容易に行え、リアルタイムに計測できる超音波診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前述の目的は、下記に記載する発明により達成される。
【0013】
1.被検体内の特定組織に第1超音波信号を送信する複数の送信用素子と、
前記送信用素子を駆動する送信部と、
前記第1超音波信号が前記被検体内において反射されて生成された反射波である第2超音波信号を受信して、電気信号を生成する複数の受信用素子と、
前記電気信号を受信して増幅する受信部と、
前記受信部が出力した電気信号のn次周波数成分(nは自然数)の強度比に基づいて、前記被検体内の非線形パラメータを算出する信号処理部と、
前記非線形パラメータの情報を表示する表示部と、
を有することを特徴とする超音波診断装置。
【0014】
2.前記送信用素子は前記受信用素子と兼用されていることを特徴とする前記1に記載の超音波診断装置。
【0015】
3.前記特定組織は低エコー領域であることを特徴とする前記1または2に記載の超音波診断装置。
【0016】
4.前記受信部が出力した電気信号に基づいて前記被検体内のB−mode画像情報を生成して、前記非線形パラメータの分布情報と合成した画像データを生成する画像処理部を有し、
前記表示部は、前記画像データを表示することを特徴とする前記1から3のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【0017】
5.前記信号処理部は、前記特定組織の界面近傍であって前記特定組織を囲む組織の非線形パラメータの分布を算出することを特徴とする前記1から4のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【0018】
6.非線形パラメータの算出に3次以上の高調波の情報を用いることを特徴とする前記1から5のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【0019】
7.前記特定組織は、前記電気信号の信号振幅が所定値以上の値を有する境界で囲まれた領域であることを特徴とする前記1から6のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【0020】
8.前記画像データに対して、画像内のエッジを明確にするエッジ検出処理を行うエッジ検出手段を有し、
前記表示部は前記エッジ検出手段によってエッジ検出処理された前記画像データを表示することを特徴とする前記1から7のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【0021】
9.連続した低エコー領域から得られる非線形パラメータ情報のうち、低エコー領域が最も長くなる音線から得られる前記非線形パラメータの情報を表示することを特徴とする前記1から4のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【発明の効果】
【0022】
操作者の加圧操作の仕方に影響を受けずに被検体の深部まで正確に測定でき、音響インピーダンスの差が小さく反射波が生じない一様な構造である組織の性状診断を容易に行え、リアルタイムに計測できる超音波診断装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】超音波診断装置Sの外観構成を示す図である。
【図2】超音波診断装置Sの電気的な構成を示すブロック図である。
【図3】超音波探触子2の構造を示す図である。
【図4】超音波診断のフローを示す図である。
【図5】被検体内における低エコー領域と、該低エコー領域を取り巻く高エコー領域と、各々の領域を伝播する第1超音波信号と第2超音波信号と、を表す模式図である。
【図6】第2超音波信号の時間波形例を示す模式図である。
【図7】第2超音波信号の周波数スペクトルを表す概要図である。
【図8】特定組織である低エコー領域33が、超音波探触子2から見て、最も近距離の位置に第1超音波信号が送信される様子を示す概要図である。
【図9】ルックアップテーブルの1例である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に本発明の実施形態を図面により説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に限られるものではない。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、その説明を省略する。また、本明細書において、適宜、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。
【0025】
図1は実施形態における超音波診断装置Sの外観構成を示す図であり、図2は実施形態における超音波診断装置Sの電気的な構成を示すブロック図である。超音波診断装置Sは、図1および図2に示すように、図略の生体等の被検体に対して狭い帯域の周波数からなり複数の波数を有する超音波(第1超音波信号)を送信すると共に、この被検体で反射した超音波の反射波(エコー、第2超音波信号)を受信する超音波探触子2と、超音波探触子2とケーブル3を介して接続され、超音波探触子2へケーブル3を介して電気信号の送信信号を送信することによって超音波探触子2に被検体に対して第1超音波信号を送信させると共に、超音波探触子2で受信された被検体内からの反射波である第2超音波信号に基づいて、被検体内の内部状態を超音波画像として画像化する超音波診断装置本体1とを備えて構成される。
【0026】
図3は、超音波探触子2の構造を示す図である。超音波探触子2は、被検体内に第1超音波信号を送信し、この第1超音波信号に対する被検体内からの反射波である第2超音波信号を受信する装置である。超音波探触子2の構成としては、例えば、図3(A)に示すように、圧電現象を利用することによって電気信号と超音波信号との間で相互に信号を変換することができる複数の圧電素子22を備えて構成されている。すなわち、複数の圧電素子22は、被検体内へ第1超音波信号を送信する場合では、超音波診断装置本体1の送信部12からケーブル3を介して入力された送信の電気信号を、圧電現象を利用することによって第1超音波信号に変換して被検体内にこの第1超音波信号を送信し、そして、被検体内からの第2超音波信号を受信する場合では、圧電現象を利用することによってこの受信した第2超音波信号を電気信号に変換して受信信号を、ケーブル3を介して超音波診断装置本体1の受信部13へ出力する。
【0027】
複数の圧電素子22は、被検体内に第1超音波信号を送信する送信用素子としての機能と、被検体内からの第2超音波信号を受信する受信用素子の機能とを兼用している。
【0028】
超音波探触子2が被検体に当てられることによって、圧電素子22で生成された第1超音波信号が被検体内へ送信され、被検体内からの第2超音波信号が圧電素子22で受信される。
【0029】
より具体的には、例えば、図3(B)に示すように、これら複数の圧電素子22のそれぞれは、導電線の信号線24と接続する導電材料から成る信号電極層222と、信号電極層222上に形成され、圧電材料から成る圧電層221と、圧電層221上に形成され、導電材料から成る接地電極層223とを備えて構成される。すなわち、これら複数の圧電素子22のそれぞれは、互いに対向する一対の第1および第2電極を備え、これら第1および第2電極間に、圧電材料から成る圧電部が形成されている。
【0030】
なお、本明細書において、前述のように、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。また、添え字のうちの左側の添え字は、行番号を示し、その右側の添え字は、列番号を示している。例えば、圧電素子22−23は、行番号2で列番号3の圧電素子22である。
【0031】
これら複数の圧電素子22は、平板状の音響制動部材21の一方主面上に配置され、これら複数の圧電素子22上に音響整合層23が積層される。複数の圧電素子22は、クロストーク等の相互干渉を低減するために、互いに所定の隙間(溝、間隙、ギャップ)を空けて音響制動部材21上に配置される。なお、さらに相互干渉を低減するために、超音波を吸収する超音波吸収材がこの隙間に充填されることが好ましい。この超音波吸収材には、例えば、ポリイミド樹脂やエポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂等が用いられる。
【0032】
音響制動部材21は、超音波を吸収する材料から構成され、複数の圧電素子22から音響制動部材21方向へ放射される超音波を吸収するものである。音響制動部材21は、一般に、ダンパあるいはバッキング層とも呼ばれる。そして、各圧電素子22のそれぞれに接続する複数の信号線24(図3(A)では信号線24−11〜24−46)が音響制動部材21を貫通している。なお、各圧電素子22のそれぞれに接続する複数の接地線(アース線)は、図示が省略されているが、各圧電素子22の上面からそれぞれ引き出される。
【0033】
音響整合層23は、圧電素子22の音響インピーダンスと被検体の音響インピーダンスとの整合をとる部材である。従って、音響整合層23は、圧電素子22の音響インピーダンスと被検体の音響インピーダンスとの差が最も小さくなるように設定される。音響整合層23は、単層で構成されてもよく、あるいは、複数層で構成されてもよい。なお、図3(A)では、この音響整合層23の図示が省略されている。また、音響整合層23は、円弧状に膨出した形状とされ、被検体に向けて送信される超音波を収束する音響レンズの機能を兼用してもよく、また、このような音響レンズが音響整合層23上に積層されてもよい。
【0034】
超音波診断装置本体1は、例えば、図2に示すように、操作入力部11と、送信部12と、受信部13と、画像処理部14と、表示部15と、制御部16と、信号処理部17と、記憶部18を備えて構成されている。
【0035】
操作入力部11は、例えば、診断開始を指示するコマンドや被検体の個人情報等のデータの入力を受け付けるものであり、例えば、複数の入力スイッチを備えた操作パネルやキーボード等である。
【0036】
送信部12は、制御部16の制御に従って、超音波探触子2へケーブル3を介して電気信号の送信信号を供給して超音波探触子2に第1超音波信号を発生させる回路である。送信部12は、例えば、制御部16からの送信信号に応じて送信ビームを形成する図示しない送信ビームフォーマ回路を備えて構成される。
【0037】
受信部13は、制御部16の制御に従って、超音波探触子2からケーブル3を介して電気信号の受信信号を受信する回路であり、この受信信号を信号処理部17へ出力する。受信部13は、例えば、受信信号を予め設定された所定の増幅率で増幅する増幅器等を備えて構成される。
【0038】
画像処理部14は、制御部16の制御に従って、信号処理部17において、抽出された高次高調波の受信信号に基づいて被検体内の内部状態の画像(超音波画像)を生成する回路である。
【0039】
表示部15は、制御部16の制御に従って、画像処理部14で生成された被検体の超音波画像を表示する装置である。表示部15は、例えば、CRTディスプレイ、LCD、有機ELディスプレイおよびプラズマディスプレイ等の表示装置やプリンタ等の印刷装置等である。
【0040】
信号処理部17は、受信部からの出力を信号処理する機能を有する。詳細は後述する。
【0041】
記憶部18は、RAMやハードディスクなどで構成され、信号処理部17の信号処理の結果や画像処理部14が画像処理を行って得た画像を記憶する。
【0042】
制御部16は、例えば、マイクロプロセッサ、記憶素子およびその周辺回路等を備えて構成され、これら操作入力部11、送信部12、受信部13、信号処理部17、画像処理部14および表示部15を当該機能に応じてそれぞれ制御することによって超音波診断装置Sの全体制御を行う回路である。
【0043】
このような構成の超音波診断装置Sでは、例えば、操作入力部11から診断開始の指示が入力されると、制御部16の制御によって送信部12で電気信号の送信信号が生成される。この生成された電気信号の送信信号は、ケーブル3を介して超音波探触子2へ供給される。より具体的には、この電気信号の送信信号は、超音波探触子2における圧電素子22へ供給され、該圧電素子22がその厚さ方向に伸縮し、超音波振動する。この超音波振動によって、圧電素子22は、第1超音波信号を放射する。圧電素子22から音響制動部材21方向へ放射された第1超音波信号は、音響制動部材21によって吸収される。また、圧電素子22から音響整合層23方向へ放射された第1超音波信号は、音響整合層23を介して放射される。超音波探触子2が被検体に例えば当接されていると、これによって超音波探触子2から被検体に対して第1超音波信号が送信される。
【0044】
なお、超音波探触子2は、被検体の表面上に当接して用いられてもよいし、被検体の内部に挿入して、例えば、生体の体腔内に挿入して用いられてもよい。
【0045】
各圧電素子22から順次に超音波が被検体に向けて送信され、被検体で反射して生成された第2超音波信号が複数の圧電素子22で受信され、電気信号に変換される。
【0046】
圧電素子22で取り出された第2超音波信号の電気信号は、ケーブル3を介して制御部16で制御される受信部13で受信される。受信部13は、この入力された受信信号を受信処理し、受信された電気信号は信号処理部17へ出力される。
【0047】
信号処理部17における信号処理について説明する。信号処理部17には受信部13が処理して電気信号に変換した各圧電素子22からの出力信号が入力される。
【0048】
術者は超音波探触子2を被検体に当接させ、第1超音波信号を被検体内に伝播させて超音波診断を行いたい領域である特定領域に入射させる。第1超音波信号が被検体内を伝播するに従い、伝播する進路における各箇所において反射波が発生する。各箇所にて発生した反射波は重畳されて第2超音波信号となり、複数の圧電素子22で受信される。各箇所にて発生する反射波の音圧Pは次の式(1)で表される。
P=A(ρ/ρ)+B(ρ/ρ/2 (1)
ここで、ρは各箇所における組織の密度であり、ρは大気の密度である。AはPとρの関係の線形項を表し、Bは非線形項を表す。係数比B/Aは組織固有の非線形パラメータの値を有する。例えば、温度にも依存するが水は5前後、アルコールや油は8から11の値となる。
【0049】
各箇所にて発生する反射波は、このように各箇所の組織に由来する非線形性に応じて高次高調波を発生することから、各箇所から発生する反射波の周波数特性を検出し、係数比B/Aを求めることができれば、各箇所の組織性状を診断することができる。
【0050】
係数比B/Aの算出方法について説明する。上記の式(1)のように組織の密度と音圧の関係が非線形であるので、反射波にも非線形応答がある。具体的には第1超音波信号に対して第2超音波信号の振幅が非線形に変形され、第2超音波信号には、第1超音波信号の基本周波数と供に高次の周波数が重畳される。すなわち、第2超音波信号にn次(nは自然数)の周波数が重畳される。式(1)に見られる係数Aと係数Bの係数比B/Aは各組織に依存することから、各n次の周波数の振幅値も各組織に依存した値を有することとなる。従って、受信部13で受信した反射波の周波数スペクトルを解析すれば、その組織が何であるかを特定する組織性状診断を行うことができる。
【0051】
反射波である第2超音波信号の周波数スペクトルは入射波である第1超音波信号の周波数スペクトルに各組織の非線形応答が重畳した形となるため、第2超音波信号の周波数スペクトルを厳密に解析するには、第1超音波信号の周波数スペクトルを基に、どのような非線形応答が重畳しているかを解析することが基本となる。しかし、実際の第1超音波信号の周波数スペクトルは、圧電素子22を単一の周波数を有する電気信号を用いて駆動するにしても、駆動時間が有限であることや圧電素子22自体に非線形応答が存在する等の理由から、複数の波数を有し、すなわちブロードな周波数を有する波となる。そのため、第2超音波信号の非線形応答を解析することは容易ではない。一方、係数比B/Aと、第2超音波信号の周波数スペクトルにおける各n次の周波数のピーク値の比とは1対1に対応する。そこで、本実施形態では、第2超音波信号の周波数スペクトルにおける各n次の周波数のピーク値を特徴値と捉えて比較し、組織性状診断に供する。
【0052】
また、第1超音波信号や第2超音波信号は、被検体内を伝播するに従って被検体の組織の影響を受ける。例えば、被検体の組織に依存した減衰率の影響で、伝播する超音波信号は減衰していく。従って、組織性状診断を行うには、受信部13で受信した第2超音波信号の周波数スペクトル解析と供に、減衰率をも考慮した解析を行う。
【0053】
係数比B/Aを用いた組織性状診断は、従来の音響インピーダンスの不整合を検知する組織性状診断に対して、音響インピーダンスの不整合が小さい組織の特定診断に、より有用である。本実施形態では、音響インピーダンスの不整合の小さい特定組織の組織性状診断を実施する。
【0054】
以下に本実施形態における超音波診断のフローについて図4を用いて説明する。以下の動作は、主に制御部16が術者からの操作指示の入力を受けて実施される動作である。
【0055】
本実施形態においては、音響インピーダンスの不整合が大きい組織(以下、高エコー領域と称す)の中に存在する、音響インピーダンスの不整合が小さい特定組織(以下、低エコー領域とも称す)の組織性状診断を実施する。低エコー領域の組織性状診断の実施方法は、大まかには最初に従来のように、音響インピーダンスの不整合を検出する手法を用いて低エコー領域を検出し、検出した低エコー領域周辺について、係数比B/A等を求める診断手法を採用する。
【0056】
最初にステップS1にて、術者が超音波探触子2を被検体の診断を行いたい場所に当接し、超音波診断装置本体1における操作入力部11から第1超音波信号を送信する指示を入力する。操作入力部11は術者の入力を受けて術者の指示内容を制御部16に送信する。これを受けて制御部16は第1超音波信号を被検体内に送信する。
【0057】
次に、ステップS2にて、被検体内の各箇所の組織において発生した反射波が積算して形成された第2超音波信号が、超音波探触子2の圧電素子22に到達し、圧電素子22において発生した電気的出力を制御部16の指示により受信部13が受信して電気信号に変換する。
【0058】
次にステップS3にて、受信した電気信号が信号処理部17に送信され、信号処理部17において送信された電気信号の振幅を時系列に解析し、第2超音波信号の振幅が比較的小さい領域である低エコー領域を検出する。以下、図5、6を用いて説明する。
【0059】
図5は、被検体内における低エコー領域33と、該低エコー領域33を取り巻く高エコー領域32と、各々の領域を伝播する第1超音波信号と第2超音波信号と、を表す模式図である。
【0060】
図6は第2超音波信号の時間波形例を示す模式図である。横軸は第2超音波信号の時間、縦軸は第2超音波信号の振幅を表す。
【0061】
図5において、超音波探触子2から送信された第1超音波信号31が、図中右側から被検体内の高エコー領域32を伝播し、超音波診断の対象となる特定領域である低エコー領域33に入射して再び高エコー領域32に入射して伝播する。第1超音波信号31が各領域を伝播するに従い、領域内に存在する音響インピーダンスの不整合部分で反射波を発生させる。発生した反射波の積算が第2超音波信号34となって図中右側へ伝播し、超音波探触子2で受信される。
【0062】
超音波探触子2で受信された第2超音波信号における低エコー領域33と高エコー領域32からの反射波の時間波形は、図6に示すように、高エコー領域32の特徴を有する時間波形、低エコー領域33の特徴を有する時間波形、そして高エコー領域32と低エコー領域33の境界からの反射の特徴を有する時間波形を合わせた時間波形となる。
【0063】
ここで高エコー領域32とは、反射波の時間波形の絶対値の所定の平均線43の値が所定値40を超える領域を言い、低エコー領域33とは、反射波の時間波形の絶対値の所定の平均線43の値が所定値40以下の領域を言う。
【0064】
高エコー領域32では、音響インピーダンスの不整合が大きいので時間波形の振幅は大きくなり、低エコー領域33では、音響インピーダンスの不整合が小さいので時間波形の信号振幅は小さくなる。この差を利用して、ある所定値以下の振幅である領域を抽出することにより低エコー領域33を検出する。この所定値は抽出したい領域に合致するよう、術者が選択・調整しても良いし、1画面分音線データの平均振幅等に応じて自動設定しても良い。
【0065】
第1超音波信号が低エコー領域33を通過する際に、低エコー領域33と高エコー領域32の二つの境界のうち、超音波探触子2に近い方の境界を開始点41、遠い方の境界を終了点42と称する。
【0066】
以後、抽出した低エコー領域33を取り囲む高エコー領域32の部分、すなわち低エコー領域33である特定組織の界面近傍であって特定組織を囲む高エコー領域32の周波数解析を行って非線形パラメータを算出していく。
【0067】
次にステップS4において、信号処理部17は、低エコー領域33である特定組織の界面近傍の時間波形のデータとして、第1超音波信号が前記特定組織に入射する直前の位置、すなわち開始点41から所定の時間手前にある時間波形(直前波形とも称す)のデータを取得し、FFT(Fast Fourier transform、高速フーリエ変換)やFIR(Finite impulse response、有限インパルス応答)等のフィルタをかけて周波数解析を行う。周波数解析とは、第2超音波信号に含まれる周波数毎に信号振幅を算出するものであり、例えば、図7(a)に示すような解析結果を得ることができる。図7(a)は第2超音波信号の周波数スペクトルを表す概要図である。
【0068】
図7(a)においては、信号振幅値p1を有する基本周波数f1、信号振幅値p2を有する第2高調波周波数f2、信号振幅値p3を有する第3高調波周波数f3の存在が確認される。
【0069】
周波数解析を行う時間波形を取得する空間の範囲が小さいほど、組織性状診断を行う空間分解能は高くなる。一方、空間の範囲が大きいほど、正確な周波数解析を行うことができる。従って、周波数解析を行う時間波形を取得する空間の範囲には適切な範囲が存在するので、直前波形を得るための所定の時間は、その適切な範囲から第2超音波信号が反射してくる時間に相当し、例えば2μ秒とする。FFTによる周波数解析を行う場合は時間波形のデータ数は2の階乗個となるように対象データが選択される。
【0070】
次にステップS5において、信号処理部17は得られた基本波の信号振幅と、所定のn次高調波の信号振幅との比(高調波比率とも称す)を算出する。例えば、基本波と第3高調波の信号振幅比を算出し、p3/p1を得る。第2高調波より次数の高い第3高調波を用いることで、基本波成分との分離が容易になりより高精度に非線形パラメータである係数比B/Aを算出できる。
【0071】
次に、ステップS6において、信号処理部17は、ステップS4の場合と同様に、低エコー領域33である特定組織の界面近傍の時間波形のデータとして、第1超音波信号が特定組織から出射した直後の位置、すなわち終了点42から所定の時間後にある時間波形(直後波形とも称す)のデータを取得し、FFTやFIR等のフィルタをかけて周波数解析を行う。例えば、図7(b)に示すような解析結果を得ることができる。図7(b)は第2超音波信号の周波数スペクトルを表す概要図である。図7(b)においては、信号振幅値q1を有する基本周波数f1、信号振幅値q2を有する第2高調波周波数f2、信号振幅値q3を有する第3高調波周波数f3の存在が確認される。
【0072】
なお、直後波形を得るための所定の時間は、前述と同様の理由で、例えば2μ秒とする。この場合も同様に、FFTによる周波数解析を行う場合は時間波形のデータ数は2の階乗個となるように対象データが選択される。
【0073】
非線形パラメータを計算する箇所は、図5に示すように、第1超音波信号31が低エコー領域33を伝播する音線の長さが最も長いライン50の前後とするように、第1超音波信号31が前記特定組織に入射する直前の位置と、第1超音波信号31が特定組織である低エコー領域33から出射した直後の位置とを選択するように計算に用いられる音線が選択されることが好ましい。ライン51、52のように、第1超音波信号31が低エコー領域33を伝播する音線の長さが短い場合に比べて、非線形パラメータである係数比B/Aを精度よく算出できるからである。具体的には、図6に示す第2超音波信号34の低エコー領域33の時間幅が最も長い位置を選択する。
【0074】
非線形パラメータを計算する箇所は、図8に示すように、特定組織である低エコー領域33が扁平形状である場合においても、低エコー領域33を伝播する音線の長さが最も長いラインを選択することが好ましい。上記同様の理由により、非線形パラメータである係数比B/Aを精度よく算出できる。
【0075】
解析に用いられる音線は画面上に表示されたガイドに従って、術者が任意に選択しても良いが、装置が音線中の低エコー領域の長さを近傍の音線と比較して、自動的に選択されることが好ましい。
【0076】
次に、ステップS7において、信号処理部17は得られた基本波の信号振幅と、所定のn次高調波の信号振幅との高調波比率を算出する。例えば、基本波と第3高調波の信号振幅比を算出し、q3/q1を得る。
【0077】
次に、ステップS8において、信号処理部17は、高エコー領域32のみを伝播して受信部13に受信される直前波形の高調波比率と、低エコー領域33と高エコー領域32の両方を伝播して受信部13に受信される直後波形の高調波比率の比を算出し、高調波比率の増加率(p3・q1)/(p1・q3)を算出する。
【0078】
次に、ステップS9において、信号処理部17は、開始点41の位置と、終了点42の位置と、高調波比率の増加率とから低エコー領域33の係数比B/Aを算出する。係数比B/Aは、有限要素法を用いた圧電波動解析を行うことで算出することができるが、有限要素法の解析を、コンピュータを用いて実行する時間は実際の超音波診断の現場において実時間と言えるほど早くない場合もあるので、本実施形態では、ルックアップテーブルを用いる。具体的には、制御部16は信号処理部17に命じて、予め、開始点41の位置と、終了点42の位置と、高調波比率の増加率との組み合わせ毎に係数比B/Aを算出しておき、計算結果を記憶部18に記憶させておく。
【0079】
図9にルックアップテーブルの例を示す。ルックアップテーブルの横軸は超音波探触子2から開始点位置までの距離、縦軸は超音波探触子2から終了点位置までの距離を表す。本ルックアップテーブルでは、係数比B/Aと減衰率とが所定の値の場合、開始点位置までの距離が30mm、終了点位置までの距離が40mmの位置では、高調波比率の増加率の値が3.0となる。係数比B/Aと減衰率とが異なる組み合わせをとると、高調波比率の増加率も異なる値となる。制御部16は、このように、開始点位置までの距離と、終了点位置までの距離と、高調波比率の増加率の値とがステップS8で得られた値と同じ値となるルックアップテーブルを、記憶部18を検索して得る。
【0080】
次に、ステップS10にて、信号処理部17は、検索して得られたルックアップテーブルから、該当音線における低エコー領域33の係数比B/Aと減衰率を得る。
【0081】
前述したように、超音波探触子2は2次元上に圧電素子22を有していることから、同一エコー領域に対して複数の方向から音線を形成することにより、第1超音波信号内における異なる開始点41と終了点42に対して上記と同様に係数比B/Aと減衰率とが算出され、係数比B/Aから低エコー領域33の3次元的な分布の情報が得られる。
【0082】
次に、ステップS11にて、ステップS3において得られた第2超音波信号の振幅の情報から、画像処理部14は従来技術と同様にB−mode画像情報を生成する。そして、画像処理部14は得られたB−mode画像情報と、ステップS10にて得られた低エコー領域33の非線形パラメータである係数比B/Aの分布の情報とを合成し、画像データを生成する。この場合B/Aの分布情報は、例えばカラードップラー表示等のごとく、色情報として生成され、白黒のB−mode画像情報と合成されることが好ましい。
【0083】
次に、ステップS12にて、得られた非線形パラメータである係数比B/Aの情報からエッジ検出手段を用いて低エコー領域33と高エコー領域32との境界を明確にするために、画像データの境界のエッジを検出するエッジ検出処理を施し、検出したエッジを画像データに付与して超音波画像データとする。
【0084】
エッジの検出には、公知のスネークやリージョングローイング法などを採用したエッジ検出ソフトウェアを用いて行う。
【0085】
次に、ステップS13にて、制御部16は、エッジの明確になった被検体内の超音波画像を表示部15に表示する。
【0086】
なお、B/A情報の表示方法は、前述のようなB/Aの分布情報を画像化してB−mode画像情報と合成する方法でも良いが、非線形パラメータである係数比B/Aの情報のみでもよい。この場合、信号処理部17で生成した低エコー領域33の3次元的な分布の情報である非線形パラメータである係数比B/Aの情報は、分布の画像情報としてではなく、選択された数値そのものを表示することが好ましい。数値の選択は前述のとおり、低エコー領域を伝播する長さが最も長い音線を解析して得られる数値を用いることが好ましい。また、非線形パラメータである係数比B/Aの情報は、画像処理部14を経由せずに表示部15に表示することとなる。
【0087】
以上のように、本実施形態によれば、第2超音波信号を受信部により受信して、電気信号を生成し、該電気信号のn次周波数成分(nは自然数)の強度比に基づいて、信号処理部により被検体内の非線形パラメータの分布を算出し、画像処理部が画像データを生成し、表示部が画像データを画像化して表示するので、従来の音響インピーダンスの不整合を利用した超音波診断装置に対して、操作者の加圧操作の仕方に影響を受けずに被検体の深部まで正確に測定でき、音響インピーダンスの差が小さく反射波が生じない一様な構造である組織(低エコー領域)の性状診断を容易に行え、リアルタイムに計測できる超音波診断装置を提供することができる。
【0088】
また、本実施の形態によれば、前記電気信号の信号振幅が所定値以下の値を有する領域を前記特定組織とするので、従来の音響インピーダンスの不整合を検出する手法を用いて領域を明確に特定することができる。
【0089】
また、本実施の形態によれば、画像データに対して、画像内のエッジを明確にするエッジ検出処理を行うエッジ検出手段を有し、表示部はエッジ検出手段によってエッジ検出処理された画像データを表示するので、術者は表示部上で特定組織を明確に認識することができる。
【0090】
また、本実施の形態によれば、線形パラメータである係数比B/Aの算出に第2高調波より次数の高い第3高調波を用いることで、基本波成分との分離が容易になりより高精度に非線形パラメータを算出できる。
【0091】
また、本実施の形態によれば、第1超音波信号31が低エコー領域33を伝播する音線の長さが最も長くなるように計算に用いられる音線が選択されることで、非線形パラメータである係数比B/Aを精度よく算出することができる。
【符号の説明】
【0092】
1 超音波診断装置本体
2 超音波探触子
3 ケーブル
11 操作入力部
12 送信部
13 受信部
14 画像処理部
15 表示部
16 制御部
17 信号処理部
18 記憶部
21 音響制動部材
22 圧電素子
23 音響整合層
24 信号線
31 第1超音波信号
32 高エコー領域
33 低エコー領域
34 第2超音波信号
41 開始点
42 終了点
222 信号電極層
223 接地電極層
S 超音波診断装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体内の特定組織に第1超音波信号を送信する複数の送信用素子と、
前記送信用素子を駆動する送信部と、
前記第1超音波信号が前記被検体内において反射されて生成された反射波である第2超音波信号を受信して、電気信号を生成する複数の受信用素子と、
前記電気信号を受信して増幅する受信部と、
前記受信部が出力した電気信号のn次周波数成分(nは自然数)の強度比に基づいて、前記被検体内の非線形パラメータを算出する信号処理部と、
前記非線形パラメータの情報を表示する表示部と、
を有することを特徴とする超音波診断装置。
【請求項2】
前記送信用素子は前記受信用素子と兼用されていることを特徴とする請求項1に記載の超音波診断装置。
【請求項3】
前記特定組織は低エコー領域であることを特徴とする請求項1または2に記載の超音波診断装置。
【請求項4】
前記受信部が出力した電気信号に基づいて前記被検体内のB−mode画像情報を生成して、前記非線形パラメータの分布情報と合成した画像データを生成する画像処理部を有し、
前記表示部は、前記画像データを表示することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【請求項5】
前記信号処理部は、前記特定組織の界面近傍であって前記特定組織を囲む組織の非線形パラメータの分布を算出することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【請求項6】
非線形パラメータの算出に3次以上の高調波の情報を用いることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【請求項7】
前記特定組織は、前記電気信号の信号振幅が所定値以上の値を有する境界で囲まれた領域であることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【請求項8】
前記画像データに対して、画像内のエッジを明確にするエッジ検出処理を行うエッジ検出手段を有し、
前記表示部は前記エッジ検出手段によってエッジ検出処理された前記画像データを表示することを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の超音波診断装置。
【請求項9】
連続した低エコー領域から得られる非線形パラメータ情報のうち、低エコー領域が最も長くなる音線から得られる前記非線形パラメータの情報を表示することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の超音波診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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