説明

超音波診断装置

【課題】ゲインとダイナミックレンジを診断条件に応じたパターンで連動して調整する。
【解決手段】マップ記憶部34には、表示モードやプローブ種類などの診断条件ごとに、ゲインとダイナミックレンジのボリューム値に応じた変化パターンを示すマップ情報が記憶される。ユーザが操作部60を操作して診断条件を指定すると、その診断条件に応じたマップ情報がゲイン・ダイナミックレンジ調整部30に提供される。ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、操作部60上のボリュームつまみ64等やSTC設定部66により指定されたボリューム値に対応するゲイン及びダイナミックレンジをそのマップ情報から求め、求めたゲイン及びダイナミックレンジに応じて受信信号を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波診断装置に関し、特に受信信号のゲインとダイナミックレンジ(コントラスト)の調整に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波は媒体を通過するに連れて減衰するため、被検体内の反射点の深さ(診断深さ)に応じて受信信号の増幅率(ゲイン)を調節する制御が行われている。このような制御は、STC(Sensitivity Time Control)又はTGC(Time Gain Compensation)と呼ばれている。STCでは、一般的には、診断深さが深くなるほど、ゲインを増大させるようにしている。また、各診断深さのゲインを調整するためのSTCボリューム調整つまみを備える超音波診断装置も一般的である。
【0003】
一方、Bモード表示において、診断深さなどに応じて表示のダイナミックレンジを調整する技術が知られている。
【0004】
例えば、特許文献1には、Bモード画像の表示ダイナミックレンジを、深さ方向又は横(走査角)方向について可変する方法が開示されている。この方法では、対数圧縮マップの傾きと切片を深さや走査角に応じて変える。例えば深さ方向に深くなるほど、エコー信号のS/N比(信号・ノイズ比)の改善のために、表示のダイナミックレンジを狭めている。
【0005】
また、ゲインとダイナミックレンジを連動制御する技術も提案されている。
【0006】
例えば、特許文献2には、ゲイン調整手段とコントラスト調整手段(又はダイナミックレンジ調整手段)とが連動して動作するように制御する超音波診断装置が開示されている。この文献には、例えば、ユーザの指示に応じてコントラストをN段階(Nは自然数)上げると、自動的にゲインをN段階下げるなど連動制御が示されている(段落0031参照)。また、増加又は減少したコントラストに対して同じ段階だけゲインを単純に下降又は上昇させる代わりに、あらかじめ記憶しておいたコントラストとゲインの調整範囲における受信信号処理回路の特性変化データを元に制御を行うことも開示されている(段落0038参照)。
【0007】
特許文献3には、雑音レベルに応じてダイナミックレンジを決定する超音波診断装置が開示されている。
【0008】
特許文献4には、全体利得とダイナミックレンジの調整とを含んだ自動TGCを行う超音波診断装置が開示されている。この装置は、TGC関数で処理された画像フレームを参照画像と比較することで、利得及び対数圧縮の圧縮曲線を求める(段落0024,0025)。この装置では、TGCスイッチは、ゲイン調整のみに用いている。
【0009】
特許文献5には、ゲイン調整用のスライドボリュームと、ダイナミックレンジ調整のスライドボリュームとを備えた超音波診断装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10−192275号公報
【特許文献2】特開平06−133967号公報
【特許文献3】特開2003−299650号公報
【特許文献4】特表2005−521500号公報
【特許文献5】特開平07−213519号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
使用するプローブや超音波の種類(連続波かパルス波か)、診断部位などといった診断条件が変われば、音響的な条件も変わってくるので、ゲインやダイナミックレンジをどのように調整するかも変わってくる。
【0012】
本発明は、ゲインとダイナミックレンジを診断条件に応じたパターンで連動して調整できる超音波診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る超音波診断装置は、ユーザからボリューム値の選択操作を受け付けるボリューム操作手段と、各ボリューム値に対応するゲインと表示ダイナミックレンジとの組を含んだ調整マップ情報を、診断条件ごとに記憶するマップ記憶手段と、診断条件の指定を受け付ける診断条件受付手段と、超音波振動子の受信信号のゲインを、前記診断条件受付手段が受け付けた診断条件に対応する前記調整マップ情報における、前記ボリューム操作手段が受け付けたボリューム値に対応するゲイン、へと調整するゲイン調整手段と、前記受信信号に基づき表示される表示画像の表示ダイナミックレンジを、前記診断条件受付手段が受け付けた診断条件に対応する前記調整マップ情報における、前記ボリューム操作手段が受け付けたボリューム値に対応する表示ダイナミックレンジ、へと調整するダイナミックレンジ調整手段と、を備える。
【0014】
1つの態様では、前記ボリューム操作手段は、診断深さによらない基本ボリューム値の操作を受け付ける主操作手段と、診断深さごとに、当該診断深さについての前記基本ボリューム値に対するボリューム調整量の操作を受け付ける深さ別操作手段と、を更に備え、診断深さごとに、前記主操作手段が受け付けた前記基本ボリューム値を前記深さ別調整手段が受け付けた当該診断深さに対応するボリューム調整量だけ調整した値を、当該診断深さについての前記ボリューム値として求める、ことを特徴とする。
【0015】
更なる態様では、前記主操作手段が受け付けた前記基本ボリューム値と前記深さ別調整手段が受け付けた前記各診断深さに対応するボリューム調整量との組、又は前記基本ボリューム値と前記各診断深さに対応するボリューム調整量とから求められる前記各診断深さについての前記ボリューム値を、前記診断条件受付手段により受け付けた診断条件に対応するボリュームプリセット情報として記憶するプリセット情報記憶手段と、前記診断条件受付手段が受け付けた診断条件に応じて、前記主操作手段における前記基本ボリューム値と前記深さ別操作手段における前記各診断深さに対応するボリューム調整量に対して、当該診断条件に対応するボリュームプリセット情報を適用するプリセット情報適用手段と、を更に備える。
【0016】
更なる態様では、前記ボリュームプリセット情報は、被検体内に均一な反射体が分布している場合に、その反射体の表示輝度が診断深さによらず実質的に一定となるように設定されていることを特徴とする。
【0017】
別の態様では、前記受信信号に含まれる信号成分及びノイズ成分のレベルと、前記受信信号を前記ゲイン調整手段及び前記ダイナミックレンジ調整手段で調整する場合における調整後の信号成分及びノイズ成分のレベルの目標値とに基づき、連立方程式を解くことにより、前記受信信号に含まれる信号成分及びノイズ成分のレベルをそれぞれ対応する目標値へと調整するためのゲイン及び表示ダイナミックレンジの値を計算する計算手段、を更に備えることを特徴とする。
【0018】
別の態様では、前記診断条件ごとの前記調整マップ情報における各ボリューム値に対応するゲインと表示ダイナミックレンジとは、同一レベルの受信信号の前記表示画像における表示輝度が前記ボリューム値に比例する関係を満たすように設定されている。
【0019】
更に別の態様では、前記診断条件ごとの前記調整マップ情報において、前記ボリューム値があらかじめ定められた切換レベルより小さい区間では、表示ダイナミックレンジはボリューム値によらず一定値であり且つゲインはボリューム値の上昇に応じて上昇し、前記ボリューム値が前記切換レベルより大きい区間では、表示ダイナミックレンジはボリューム値の上昇に応じて下降し且つゲインは一定値である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ゲインとダイナミックレンジを、診断条件に応じたパターンで連動して調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施形態の超音波診断装置におけるスペクトルドプラ表示のための表示処理系の一例を示す機能ブロック図である。
【図2】操作部の構成例を模式的に示す図である。
【図3】信号強度に応じてダイナミックレンジとゲインの両方を調整することの効果を説明するための図である。
【図4】ボリューム値に応じたゲイン及びダイナミックレンジのマップ情報の一例を模式的に示す図である。
【図5】ボリューム値に応じたゲイン及びダイナミックレンジのマップ情報の別の一例を模式的に示す図である
【図6】マップ情報のデータ構造の一例を示す図である。
【図7】プローブ種類と診断部位との組合せごとの、ボリューム値に応じたダイナミックレンジの変化の例を示す図である。
【図8】診断深さごとのボリューム値を示すプリセットデータの例を示す図である。。
【図9】信号及びノイズの強度の診断深さに応じた変化パターンの一例を示す図である。
【図10】ゲインとダイナミックレンジのボリューム値に応じた変化パターン(マップ情報)の一例を示す図である。
【図11】診断深さに応じたボリューム値の変化の一例を示す図である。
【図12】信号の階調(輝度)を深さによらずほぼ一定に保った場合の、ゲインとダイナミックレンジを連動調整する実施形態の方式と、ゲインのみを調整する従来方式とのノイズレベルの差を説明するための図である。
【図13】入力信号中の信号とノイズと、ゲイン及びダイナミックレンジの調整後の信号及びノイズと、の関係を示す図である。
【図14】信号及びノイズの強度の診断深さに応じた変化パターンの一例を示す図である。
【図15】信号及びノイズの強度の目標値の診断深さによらず一定にするパターンの一例を示す図である。
【図16】図14に示した信号及びノイズを、図15に示した目標値にするための、各深さにおけるゲイン及びダイナミックレンジの例を示す図である。
【図17】比較例として、ゲインのみにより信号の強度の目標値の診断深さによらず一定にした場合の、ノイズの深さに応じた変化の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1を用いて、実施形態の超音波診断装置の一例を説明する。この図では、送信信号処理系は省略している。
【0023】
超音波探触子(プローブ)が備える超音波振動子10は、被検体内からの超音波エコーを電気信号(受信信号)に変換する。図では振動子10を1つのみ示したが、アレイ探触子の場合、多数の振動子10が存在し、これらにより超音波ビームを形成することができる。受信アンプ12は、この受信信号を増幅する。パルスドプラモード又は連続波ドプラモード時には、ミキサ14I及び14Qは、発振器16から出力される参照周波数信号と、これを90°移相器18で90°移相した信号とにより、受信信号を直交検波する。なお、参照周波数信号は、送信器(図示省略)にも供給され、送信超音波の生成に用いられている。なお、パルスドプラモード又は連続波ドプラモード以外では、受信信号は受信アンプ12からA/D変換器に出力される。
【0024】
ミキサ14I及び14Qから出力される検波結果のI信号及びQ信号は、それぞれA/D変換器20I及び20Qでデジタル信号に変換され、整相加算器(ビームフォーマー)22に入力される。整相加算器22は、各振動子10のデジタル化されたI信号及びQ信号を、位相を合わせて加算することで受信ビームを形成し、受信ビームについてのデジタル受信信号を生成する。信号処理回路24は、このデジタル受信信号に対して、帯域制限(フィルタ処理)や、BモードやMモード、Aモード、ドプラモード(例えば連続波ドプラ法又はパルスドプラ法)等といった各種表示モードのための信号処理を行う。Log変換器26は、信号処理回路24から出力された出力信号の信号レベルを対数増幅することで、その出力信号を表示装置42のダイナミックレンジに合った信号レベルに変換する。
【0025】
操作部60は、超音波診断装置に対するユーザ(医師等)の操作指示を受け付ける装置である。図2に、操作部60の一例を模式的に示す。操作部60は、例えば図2に模式的に示すように、モード選択その他の指示のためのボタン61群、トラックボール62等のポインティングデバイス、キーボード63、ボリュームつまみ64及び65、STC(Sensitivity Time Control)設定部66などを有する。ボリュームつまみ64と65は、それぞれ異なる表示モード(例えばBモードとMモード)のための調整つまみである。図では2つしか示さなかったが、超音波診断装置が有するモードごとにボリュームつまみを設けてもよい。
【0026】
STC設定部66は、STC機能のための各深さでのゲインボリュームを設定するためのユーザインタフェースである。STC機能は、被検体内の反射源の深さ(これは超音波の送信から、反射波の受信までの時間に対応する)に応じて、その深さに応じて受信信号に対するゲインを変化させる機能である。そして、このSTC機能における、深さとゲインとの関係を示す曲線を、ユーザが自由に設定できる機種も少なくない。このような機種では、図2に示すように、縦方向に並んだ複数のスライド式つまみ67の各々の横方向についての位置を変えることにより、各深さのゲインを設定する。図2のSTC設定部66では、下方が、診断深さが深くなる方向(体表からの距離が大きくなる方向)である。深さの異なる各つまみ67の横方向についての位置が、それぞれその深さに対応するゲインボリュームの調整量を表す。例えばボリュームつまみ64がBモードのボリューム操作用だとすると、このつまみ64により例えばBモード表示のメインボリューム値が選択され、更にSTC設定部66の各深さのつまみ67により、そのメインボリューム値に対して深さごとにボリューム調整が行われるのである。なお、図示例では、すべての深さのつまみ67が中央位置にあるので、全ての深さについてボリュームつまみ64又は65によるメインボリューム値が適用されることになる。ここでは、メインボリューム設定用のボリュームつまみ64及び65、及びSTC設定用の各つまみ67をハードウエアとして実装したが、これらの一方又は両方を画面上にGUI(グラフィカルユーザインタフェース)として実装してもよい。
【0027】
図1の説明に戻ると、制御部50は、超音波診断装置全体を制御する。この実施形態と関連する部分では、制御部50は、操作部60を介してユーザから診断条件の指定を受け付ける診断条件受付部51を有する。診断条件受付部51は、例えば、表示モード(Bモード、連続波ドプラモード、パルスドプラモードなど、それら複数のモードの並列表示も含む)、使用するプローブの種類、診断部位(心臓、頸動脈、腹部など)、送信超音波の中心周波数、などの各種条件の選択を受け付ける。ユーザが、操作部60を操作してそれら各種の条件項目ごとの値を選択すると、制御部50はその選択の結果を、表示モード選択結果52、プローブ選択結果54、診断部位選択結果56及び中心周波数選択結果57として保持し、それら各選択結果に応じて表示処理や信号処理などを制御する。なお、以上に例示した条件項目をすべて指定できる必要はないし、以上に例示したもの以外の条件項目を指定できるようにしてもよい。すなわち、診断条件は、1以上の条件項目の値(又は値の範囲)の組合せにより表現される。また、複数ある条件項目のうち一部は、自動検出により特定してもよい(例えば超音波診断装置に接続されているプローブの種類を自動検出するなど)。
【0028】
上に例示した各条件項目の値は、操作部60を介してそれぞれ個別に選択可能である。また、表示モード、プローブ種類、診断部位、中心周波数などの条件項目の組合せのうち頻繁に使用するいくつかの組合せを、それぞれプリセット診断条件として(例えば操作部60上のプリセットデータ用ボタンに対応づけて)診断条件受付部51に登録しておき、後で呼び出せるようにしてもよい。
【0029】
以上に説明した各ユニットとしては、従来公知のものを用いればよい。
【0030】
本実施形態の装置は、このような従来周知の構成に加えて、ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30を備える。ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、Log変換器26から入力される信号のゲイン(増幅率)とダイナミックレンジ(すなわち、表示装置42で表示されるとき表示ダイナミックレンジ)を調整する。本実施形態では、操作部60のボリューム操作機構によりユーザから指定されたボリューム値に応じて、ゲインとダイナミックレンジを連動して調整する。好適な例では、ボリュームつまみ64又は65により指定されたメインボリューム値をSTC設定部66の各つまみ67により指定されたボリューム調整量にしたがって調整することにより深さごとのボリューム値を求め、各深さからのエコーに基づく受信信号を、各深さのボリューム値に対応するゲインとダイナミックレンジ設定値に従ってゲイン調整及びダイナミックレンジ調整する。
【0031】
ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30がゲイン及びダイナミックレンジの調整を行う対象は、例えば、Bモード、Mモード、連続波ドプラモード、パルスドプラモードなどのように、受診信号のレベルに応じた階調(濃度)の画像を表示する表示モードである。
【0032】
表示画像処理部40は、ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30にて調整された信号に基づき、Bモード、ドプラ法などといった各種表示モードの表示画像を生成する。生成された表示画像は、表示装置42に表示される。例えば、BモードやMモード表示では、エコーの強度に応じた輝度の画像となる。ドプラ法によるスペクトル表示では、スペクトルの強度に応じた輝度でスペクトルが表示される。
【0033】
さて、ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30が行う処理について詳しく説明する。従来の一般的な超音波診断装置では、ボリュームつまみ64及び65及びSTC設定部66によりボリューム値は、受信信号のゲインの調整に用いられていた。これに対し、本実施形態では、ボリューム値に応じてゲインとダイナミックレンジの両方を連動して制御する。この制御を行うのが、ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30である。
【0034】
信号のゲインの調整は、例えば、Log変換器26からの入力信号Dinに対してゲインの値を加算することにより行う。ボリューム操作機構が示すボリューム値と、ゲインの値との対応関係を示すマップ情報がマップ記憶部34に登録されている。ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、ボリューム操作機構が示すボリューム値に対応するゲインをそのマップ情報から求めて、求めたゲインに対応する値を入力信号Dinに加算することにより入力信号Dinを増幅する。
【0035】
ここで、ゲインを大きくすると、信号だけでなくノイズも大きくなるため、信号とノイズのレベル差はゲインを変えても基本的には変わらない。すなわち、ゲインを大きくしても、S/N(信号/ノイズ)比はあまり向上しない。したがって、被検体の深部などのように信号レベルが低い領域では、ゲインを大きくするだけでは、信号を見やすくすることができない。
【0036】
そこで、本実施形態では、ボリューム値に連動して、ダイナミックレンジも調整する。本実施形態のダイナミックレンジ調整の考え方は、ダイナミックレンジの一部しか使っていない入力信号Dinを、ダイナミックレンジの大部分を使った出力信号Doutへと変換するというものである。
【0037】
ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30が行うダイナミックレンジ変換の演算は、例えば次式(1)で表されるものである。
【0038】
Dout = 2n×Din/ダイナミックレンジ設定値 ・・・(1)
【0039】
ここに例示した式(1)は、入力信号Dinと出力信号Doutとが同じビット幅(例えば8ビットなど)である場合の一例である。2nにおける正の整数nは、出力信号Doutのビット幅である。例えば、信号Doutのビット幅が8ビットの場合、その信号は0〜255の256段階の信号強度(輝度)を表現することができる。「ダイナミックレンジ設定値」は、入力信号Dinの全信号強度範囲(当該信号のビット幅)のうち、出力信号Doutの全信号強度範囲(ビット幅)に割り当てる幅(これが「表示ダイナミックレンジ」)を規定する値である。上述の式では、このダイナミックレンジ設定値が分母なので、この設定値が小さいほど、同じ入力信号Dinに対する出力信号Doutの値が大きくなる(すなわち輝度が高くなる)。
【0040】
本実施形態では、ダイナミックレンジ設定値を、ボリューム操作機構の示すボリューム値に連動して変更する。このため、ボリューム操作機構が示すボリューム値と、ダイナミックレンジ設定値との対応関係を示すマップ情報がマップ記憶部34に登録されている。ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、ボリューム操作機構が示すボリューム値に対応するダイナミックレンジ設定値をそのマップ情報から求めて、求めた値に応じて上述のようにダイナミックレンジ変換を行う。
【0041】
ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、例えば、まずボリューム値に応じて入力信号Dinのゲインを調整した後、そのゲイン調整後の信号に対してボリューム値に応じたダイナミックレンジ調整を行って、出力信号Doutを求めればよい。もちろん、これは一例に過ぎず、ゲイン調整とダイナミックレンジ調整の順序は逆であってもよい。
【0042】
このようなダイナミックレンジ調整とゲイン調整の併用方式の利点を、図3を用いて説明する。図3には、(a)入力信号Dinの信号強度が大きい場合と(b)信号強度が小さい場合の、入力信号Dinの信号レベル(強度)に対する表示ダイナミックレンジ120,122,124の関係が示される。図中の「最大レンジ」は、入力信号Dinの信号レベル(強度)の取り得る最大範囲である。(a)信号強度が大きい場合では、ボリューム値は相対的に小さくてよい(ボリューム値を大きくしすぎると信号が飽和する)。この場合において、表示ダイナミックレンジ120を図示のような範囲に設定しておくことで、ノイズレベルが出力信号Doutの50階調目、信号レベルが200階調目になったとする(最大255階調であるとする)。
【0043】
一方、(b)信号強度が小さい場合には、ボリューム値を大きくすることになる。この場合に、信号のゲインのみを増大させる(ダイナミックレンジの幅は維持)と、ダイナミックレンジ122の幅は信号強度が大きい場合のダイナミックレンジ120の幅と同じであるが、ダイナミックレンジ122のカバーする信号レベル(強度)の範囲が下がることになる。図示は省略したが、(b)の場合において、ダイナミックレンジもゲインも調整しない場合、出力信号Doutにおける信号レベルは(a)の場合よりも下がって70階調目になるとする。ただし、この場合も、ノイズそのものの大きさは(a)の場合と変わらないので、出力信号Doutにおけるノイズレベルは(a)の場合と同じく50階調目である。これに対し、ゲインのみを50階調分調整した場合のダイナミックレンジ122では、ゲインが50階調分加算されるので、出力信号Doutにおける信号レベルは120階調目になり信号の輝度が高まるが、ノイズレベルも同じだけ上昇して100階調目になるので、信号とノイズの輝度差は、ゲイン調整をしてもしなくても変わらず20階調である。
【0044】
ここで、(b)の場合においてゲインの増大とダイナミックレンジの縮小とを併用し、ダイナミックレンジ124をダイナミックレンジ120及び122より小さくする。ダイナミックレンジ124の幅に対応する入力信号Dinの範囲が、出力信号Doutのビット幅全体にマッピングされることになる。これにより、例えばノイズレベルは出力信号Doutの50階調目となり、信号レベルは150階調目になるので、信号とノイズの輝度差は100階調となる。このように、ゲインの増大とダイナミックレンジの縮小の併用により、信号とノイズの輝度差(階調差)を大きくすることができる。
【0045】
ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30によるゲインとダイナミックレンジの制御パターンとしては、例えば、図4に示すようなパターンが考えられる。このパターンでは、ボリュームつまみ64等によるメインボリューム値とSTC設定部66による各深さでのボリューム調整量とを総合した各深さでの実際のボリューム値が0から切換点Aまでの範囲では、ダイナミックレンジ設定値は一定値とし、ゲインはボリューム値に応じて一定の傾きで増大するようにする。この範囲での挙動は、従来のボリューム調整の場合と同様である。一方、ボリューム値が切換点Aより大きい範囲では、ゲインは切換点Aでの値のまま一定とし、ダイナミックレンジ設定値はボリューム値に応じて減少させる。すなわちボリュームを切換点A以上まで大きくする状況では、信号とノイズとのレベル差が小さいので、ゲインを上げるだけでは信号部分の画像があまり見やすくならない。そこで、図4の例では、ゲインは上げずに、ダイナミックレンジ設定値を減少させてコントラストを上げることで、信号とノイズの差を大きくしている。また、図4の例では、ボリューム値が切換点Bより大きい範囲では、切換点Aから切換点Bまでの範囲よりも、ダイナミックレンジ設定値の減少率を大きくしている。このようなパターンは、実験等によりあらかじめ求めておけばよい。この場合、切換点Aのボリューム値は、例えば、画像表示されるノイズのレベルがあらかじめ定められた大きさを超えると予想されるボリューム値とするなどすればよい。
【0046】
また、別の制御パターンとして、図5に示すパターンもある。図5の例では、ボリューム値が0から切換点A1までの範囲では、ゲインはボリューム値に応じて一定の増加率で増大させるとともに、ダイナミックレンジ設定値は比較的小さい傾き(減少率)で減少させる。また、切換点A1からB1までの範囲では、ゲインは、0から切換点A1までの範囲より増加率を下げるもののボリューム値に応じて増大させ、ダイナミックレンジ設定値については、0から切換点A1までの範囲より、より減少率を大きくしている。そして、ボリューム値が切換点B1よりも大きい範囲では、ダイナミックレンジ設定値の減少率を更に大きくするとともに、ゲインは減少させる。図5のマップでは、表示画面上での信号(すなわち被検体内の注目構造を表す画像)の輝度の不足に応じてボリュームを上げるに従い、ダイナミックレンジが狭まることになる。また、ボリュームを上げるほど、ゲインのボリューム値に対するゲインの上昇率は低下し、切換点B1以降ではゲインは減少に転じる。
【0047】
図4及び図5に例示した折れ線上のマップから、単純にボリューム値に対応するゲイン及びダイナミックレンジを読み出してもよいが、別の例として、マップ上での、その注目するボリューム値の前後所定幅以内の各点に対応するゲイン及びダイナミックレンジ設定値の平均をそれぞれ求めてもよい。これにより、折れ線状のマップを平滑化して使用することができる。また、マップを折れ線ではなく滑らかな曲線としてもよい。
【0048】
図4及び図5に示した連動制御のパターンは、ゲイン及びダイナミックレンジのマップ情報の組合せとして、マップ記憶部34に記憶される。
【0049】
さて、エコーの減衰の仕方やノイズ特性などは、プローブの種類、送信する超音波、診断部位、表示モードなどといった診断条件によって様々に変わってくる。例えば、プローブの種類が異なれば、送信超音波の種類(パルス波か連続波かの区別、波形、パルス波の送信周期など)やノイズ特性が異なる。また、同じプローブを用いる場合でも、診断部位(心臓、腹部など)が異なれば、超音波の伝搬特性が異なってくる。また、例えば、同じ診断部位であっても、送信超音波の種類や中心周波数が異なれば、伝搬特性が変わってくる。
【0050】
そこで、本実施形態では、ゲイン及びダイナミックレンジの連動制御パターンを示したマップ情報を、診断条件ごとに用意し、マップ記憶部34に登録している。ここで言う診断条件は、表示モード、プローブ種類、診断部位、中心周波数などといった個々の条件項目の値の組合せである。例えば、Bモードで、特定機種のリニア走査プローブを用い、腹部を中心周波数3〜4MHzで診断するという診断条件に対して、連動制御パターンを示したマップ情報を用意する。すなわち、マップ記憶部34には、図6に示すように、「診断条件1」、「診断条件2」といった個々の診断条件ごとに、ゲインボリューム値に応じたゲイン及びダイナミックレンジ設定値(図6では「Dレンジ」と表記)の変化パターン(マップ情報)が登録される。「診断条件1」及び「診断条件2」などは個々の診断条件の識別名である。図6に例示したマップ情報に含まれる個々の診断条件には、プリセットデータとして登録されたものも、そうでないものも含まれ得る。前者の場合、例えば、ユーザが診断時にプリセットデータ用ボタン等でプリセット診断条件を選択すると、この診断条件に対応するマップ情報が読み出され、使用される。また、後者(プリセットされていない)の診断条件の場合、当該診断条件を構成する各条件項目の値は、ピンポイントの値ではなく、広がりを持つ範囲として定めてもよい。この場合、複数の診断条件のうち、診断時にユーザが個別に指定した各条件項目の値を、それぞれ当該条件項目の値の範囲内に含んだ診断条件が特定され、この診断条件に対応するマップ情報が読み出され、使用される。
【0051】
ゲインボリューム値は、ボリュームつまみ64等により指定されるメインボリューム値を、STC設定部66のつまみ67により調整した調整後のボリューム値である。したがって、ゲインボリューム値は深さごとに異なる場合もあり得る。なお、STC設定部66がない機種の場合は、ゲインボリューム値はメインボリューム値そのものである。また、図中のG(m,n)、D(m,n)は、診断条件mにおけるボリューム値nに対応するゲイン及びダイナミックレンジの値を示す(m,nは自然数)。例えば、同じ診断条件mについて、nを1から最大値まで変化させた場合のG(m,n)及びD(m,n)の系列が、図4及び図5に例示したようなゲイン及びダイナミックレンジ設定値の変化パターンを表す。
【0052】
ここで、ダイナミックレンジ設定値の変化パターンは、ボリューム値の上昇に応じてダイナミックレンジが単調減少するように作成する。ボリュームを大きくする状況では、ノイズは小さくならないにもかかわらず信号が小さくなるので、ダイナミックレンジを狭めることで、信号とノイズの階調差を広くするのである。
【0053】
また、ボリューム値の変化に応じたゲイン及びダイナミックレンジ設定値の変化パターン(マップ情報)は、信号の表示輝度(階調)がボリューム値にほぼ比例して上昇するという条件を満たすように作成しておくことが望ましい。従来は、信号輝度がボリューム値に比例して上昇するようにゲインが変化していたが、本実施形態では、ボリューム値に応じてダイナミックレンジも変えるので、ダイナミックレンジを変化させても信号の輝度値がボリューム値にほぼ比例するよう、ゲインの変化パターンを定める。これにより、信号とノイズの階調差を従来よりも大きくしつつも、ユーザに対して直感的に分かりやすい操作感を提供することができる。
【0054】
なお、以上では、診断条件を表示モード、プローブ種類、診断部位、中心周波数という4つの条件項目の組合せで表したが、これは一例に過ぎない。診断条件にこれら4つの項目の全てが含まれる必要はなく、また他の項目が含まれてもよい。
【0055】
図7には、診断条件としてプローブの種類と診断部位の組合せを用いた場合の、3つの診断条件についてのダイナミックレンジ設定値の制御パターンの例を示す。この例に示す「プローブB 心臓用」と「プローブB 腹部用」のように、同じプローブ種類であっても、診断部位ごとに、ボリューム値に応じた値の変化を異ならせることができる。また、「プローブA 表在血管用」は一定割合で減少するパターン、「プローブB 心臓用」はボリューム値が0から切換点Pまでは一定値でP以降は一定割合で減少するパターン、「プローブB 腹部用」はボリューム値が0から切換点Qまでは一定値、QからRまでは一定割合で減少、R以降は減少率が更に大きくなるパターン、というように、値の変化のパターンは診断条件に応じて様々に設定できる。図7ではダイナミックレンジ設定値のパターンのみを示したが、ゲインについても同様に診断条件ごとに適切なパターンを用いる。
【0056】
診断条件ごとのゲイン及びダイナミックレンジの適切な変化パターンは、あらかじめ実験などにより求めておき、マップ記憶部34に登録しておけばよい。
【0057】
図1の説明に戻り、マップ選択部32は、診断条件受付部51がユーザから受け付けた診断条件に対応するマップ情報をマップ記憶部34から検索し、ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30に提供する。ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、提供されたマップ情報に従い、表示画像の深さごとのボリューム値に対応するゲイン及びダイナミックレンジ設定値を求め、診断深さごとに、求めたゲイン及びダイナミックレンジ設定値に従って入力信号Dinを調整することにより出力信号Doutを生成する。
【0058】
以上の説明から分かるように、例えばユーザが表示画面を見ながら、ボリュームつまみ64等やSTC設定部66を用いて診断深さごとにボリューム値を調整すると、診断深さごとに適したゲイン及びダイナミックレンジで表示画像を生成することができる。
【0059】
また、本実施形態の超音波診断装置では、ボリュームつまみ64及びSTC設定部66により設定した診断深さごとのボリューム値の設定情報をプリセットデータとして登録し、後で呼び出して再利用できるようにすることもできる。このような各診断深さのボリューム値のプリセットデータは、そのプリセットデータの登録操作時点での超音波診断装置に指定されている診断条件と対応づけて記憶する。この診断条件は、図6に例示したゲインとダイナミックレンジ設定値の変化パターンを示す個々のマップ情報に対応する診断条件と同じものでよい。プリセットデータの登録は、操作部60からのユーザの指示に応じて、プリセット登録部58(図1参照)が実行する。例えば操作部60上に設けられた登録指示用のボタンをユーザが押下すると、その押下時点でのボリュームつまみ64等及びSTC設定部66による深さごとのボリュームの設定値を取得し、その押下時点の診断条件に対応づけてマップ記憶部34に登録する。
【0060】
図8に、診断条件ごとの深さに応じたボリューム値のプリセットデータの一例を示す。この図に例示するように、このプリセットデータには、診断条件ごとに、当該診断条件での各診断深さのサンプル点におけるボリューム値が登録されている。V(m,k)は、診断条件mにおける診断深さkに対応するボリューム値を示す(m,kは自然数)。ここでのボリューム値は、ボリュームつまみ64等により指定されたメインボリューム値を、STC操作部66上の個々の診断深さのつまみ67により指定された調整量に応じて調整した値である。なお、調整後のボリューム値の代わりに、メインボリュームと各診断深さでの調整量との組合せをプリセットデータとして登録するようにしてもよい。
【0061】
このようなプリセットデータは、例えばマップ記憶部34に登録しておけばよい。この場合、診断条件受付部51がユーザから診断条件を受け付けると、マップ選択部32は、その診断条件に対応するゲイン及びダイナミックレンジのマップ情報と共に、その診断条件に対応する診断深さごとのボリューム値のプリセットデータを読み出して、そのプリセットデータに応じて各診断深さのボリューム値を設定する。ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30は、診断深さごとに、当該深さのボリューム値に対応するゲイン及びダイナミックレンジ設定値をマップ情報から特定し、当該深さの受信信号をその深さそれらゲイン及びダイナミックレンジ設定値に応じて調整する。
【0062】
このように、診断条件に応じたプリセットデータを読み出して用いている場合でも、ユーザは、ボリュームつまみ64等やSTC設定部66を操作してメインボリューム値や深さごとの調整量を変更することができる。
【0063】
また、例えばプリセットデータとして、メインボリューム値と各診断深さでの調整量との組合せを登録している場合は、ボリュームつまみ64等やSTC設定部66の各つまみ67の位置を、受け付けた診断条件に対応するプリセットデータが示す各値に応じて自動的に移動させるようにしてもよい。なお、このためには、操作部60に、ボリュームつまみ64等やSTC設定部66の各つまみ67を移動させるためのモータを内蔵しておく。この例では、ボリュームつまみ64等やSTC設定部66の各つまみ67の位置が診断条件に応じたプリセット値に自動調整されているので、例えば個別の被検体に応じて更に調整する場合の操作が直感的に分かりやすい。また、ユーザにより調整された診断深さごとのボリューム値を、元のプリセットデータの更新データとして、あるいは元のプリセットデータとは別の新たなプリセットデータとして登録できるようにしてもよい。
【0064】
なお、診断条件に対応するプリセットデータとして各診断深さのボリューム値を登録する代わりに、それら各ボリューム値に対応するゲイン及びダイナミックレンジ設定値を登録するようにしてもよい。
【0065】
この例では、ボリューム値に応じたゲイン及びダイナミックレンジ設定値の制御パターン(すなわちマップ情報)が同じであっても、診断深さに応じたボリューム値の変化パターンを変えることで、深さ方向について異なった特性を得ることができる。
【0066】
このように、STC機能により診断深さごとに設定されたボリューム値に応じてゲイン及びダイナミックレンジを調整する方式の効果を、具体例を用いて説明する。
【0067】
例えば、信号及びノイズの強度分布が診断深さに応じて図9に示すように変化する例で説明する。図9は、被検体内の音響媒体が均質であると想定した場合の、Log圧縮後(すなわちLog変換器26の出力)の信号及びノイズの、診断深さによる変化パターンの一例を示している。被検体表面からあらかじめ定められた近距離の範囲では、AD変換器20I、20Qが飽和するのを防止するために、初段のアンプ12のゲインを抑えており、これにより信号もノイズも小さい値になっている。その範囲より深い部分では、初段のアンプ12は、ノイズのレベルを一定にするように調整されているものとする。深さ方向についての信号の強度分布は、送信や受信のフォーカシングに応じた信号強度の分布、被検体内の伝搬による減衰、ハーモニックエコーモードの場合は、伝搬による信号増強、などの諸々の要因が複合した結果である。
【0068】
一方、ボリューム値に応じたゲインとダイナミックレンジ設定値の変化パターン(マップ情報)は、図10に例示するように設定したとする。この例は、ゲインはボリューム値を増大させるに連れてその上昇率が低下していき、ボリュームがある値を超えるとゲインは減少傾向に転じ、ダイナミックレンジはボリューム値の増大に応じて狭まっていくパターンである。このパターンを用いることで、信号画像の階調は、ボリューム値の増大に応じてほぼ一定の傾きで増大していく。
【0069】
また、診断深さに応じたボリューム値の変化パターンは、図11に例示するようなパターンにしたとする。これは、図10に例示したゲインとダイナミックレンジ設定値の変化パターンのもとで、表示画像上での各診断深さでの信号部分の階調が200階調程度(階調データが8ビットすなわち最大255の場合)となるようにするためのものである。
【0070】
以上のような条件の下でのシミュレーション結果を図12に示す。図12には、ゲインとダイナミックレンジの連動制御を行った場合の、深さに応じた信号の変化パターン200及びノイズの変化パターン210を示す。また、比較例として、従来のようにダイナミックレンジを固定してゲインのみを変化させることで信号の階調が変化パターン200と同様になるように制御した場合の、ノイズの変化パターン220を示している。図12から分かるように、信号が図示のように深さ方向全域にわたってほぼ200階調程度となるよう制御した場合、本実施形態のようにゲインと共にダイナミックレンジも制御した方が、ゲインのみを制御する場合と比べて、特に浅い領域と深い領域において、ノイズの階調レベルが低くなる。したがって、深い領域での信号とノイズとの階調差(言い換えればS/N比)が従来よりも改善される。
【0071】
このように、図9から図12を用いて説明した例では、超音波走査範囲内に一様な反射体が存在する場合に、ボリューム値に応じたゲイン及びダイナミックレンジを示すマップ情報と、深さごとのボリューム値を示すプリセットデータとにより、画像の輝度が深さによらずほぼ一定となるようにしつつも、特に深部における信号とノイズの輝度差を広げることができる。
【0072】
以上、具体例を説明したが、一般的にいえば、マップ情報とプリセットデータとは、被検体内での超音波の減衰率に基づき、基準となるあらかじめ定めた強度の超音波を送信した場合の各診断深さでのエコー信号の強度を計算し、各深さでのエコー信号の強度がほぼ一定となるという条件を満たすように作成することが考えられる。この場合に、減衰率は診断部位(心臓、腹部など)ごとにそれぞれ適切な値を用いることが好適である。また、減衰率を均一と想定するのではなく、診断部位の構造その他の特性を考慮して診断深さごとに個別に減衰率を設定し、この設定の下でマップ情報とプリセットデータとを求めるようにしてもよい。また、減衰率だけでなく、送信フォーカシング等による送信音響強度分布を考慮して、マップ情報とプリセットデータとを求めるようにしてもよい。
【0073】
本実施形態によれば、ゲインのみならずダイナミックレンジも連動して制御することで、信号部分の輝度を維持しつつもノイズの輝度を低減できるので、Bモードにおける血管内や心腔内などの非構造部分の抜けが改善できる。
【0074】
また深くなるほどダイナミックレンジを狭めるように制御することで、深い領域のノイズを低減してS/N比を改善することができる。また、連続波ドプラモードやパルスドプラモードでのスペクトル表示においても、深い領域や浅い領域のノイズが低減されることにより、スペクトルの背景ノイズを低減することができる。
【0075】
また、従来ゲインの調整に用いられてきたボリュームつまみ64等やSTC設定部66を用いて、ゲインとダイナミックレンジを連動制御し、しかも信号部分の輝度はボリューム値にほぼ比例するようにするので、ユーザにとって分かりやすい操作感を提供できる。
【0076】
また、図9〜図12を用いて説明した例では、信号部分の表示輝度を深さによらずほぼ一定としたが、この代わりに、例えばノイズの輝度を深さによらずほぼ一定に維持することも可能である。すなわち、ボリューム値ごとのゲインとダイナミックレンジとの変化パターン(また必要に応じ、深さごとのボリューム値の設定値も)を適切に設定することで、ノイズ輝度を深さ方向についてほぼ一定に維持することができる。この場合、信号の輝度は深さに応じて変化し、例えば深部では低輝度になるが、ダイナミックレンジを調整するのでノイズとの輝度差は従来よりも大きくできる。
【0077】
このようなノイズ基準の調整の変形として、ノイズの輝度レベルを画面表示されない程度に抑えるよう、ゲインとダイナミックレンジとの変化パターンを定めることもできる。すなわち、受信信号をデジタル値に変換して処理するシステムでは、あるレベル以下の入力信号はA/D変換器により「0」に変換されるとともに、多チャンネル(振動素子)のシステムでは、整相加算により位相が合う信号成分のレベルは、ランダム(すなわち位相は合わない)なノイズ成分よりも、整相加算の効果により(単一振動子の場合よりも)大きくなる。このため、整相加算後は、信号とノイズにある程度のギャップが生じるので、そのギャップの部分に適切に閾値を設定することで、ノイズは画面表示されないレベルに抑えつつも、信号は画面表示されるようにすることができる。
【0078】
また、本実施形態では、信号とノイズを同時にそれぞれ所望のレベルに調整することも可能である。
【0079】
すなわち、本実施形態では、上述のようにダイナミックレンジ調整は乗算、ゲイン調整は加算で行われるので、ダイナミックレンジ調整のための係数をA(上記式(1)における「2n/ダイナミックレンジ調整値」)、ゲイン調整のための加算値をBと表すと、異なる深さd1、d2における入出特性は以下のようなものとなる。
<深さd1
信号: Ys1=A1・Xs1+B1
ノイズ: Yn1=A1・Xn1+B1
<深さd2
信号: Ys2=A2・Xs2+B2
ノイズ: Yn2=A2・Xn2+B2
ここで、Xs及びXnはダイナミックレンジ調整及びゲイン調整を受ける前の信号及びノイズの値であり、Ys及びYnはダイナミックレンジ調整及びゲイン調整を受けた後の信号及びノイズの値である。また、添え字1,2はそれぞれ深さd1、d2における値であることを示す。
【0080】
これらの関係を図示すると、図13のようになる。図13に示す実線のグラフ100は上記深さd1における入力レベル(ダイナミックレンジ・ゲイン調整前)Xと出力レベルY(調整後)の関係を示し、破線のグラフ102は、上記深さd2における入力レベルXと出力レベルYの関係を示す。これら各グラフ100,102のY切片がゲイン、傾きがダイナミックレンジに相当する。したがって、各深さにおいて、所望の出力信号レベルYsと所望の出力ノイズレベルYnをユーザが指定すれば、連立一次方程式を解くことで傾き(A=ダイナミックレンジに関する係数)とY切片(B=ゲイン)を求めることができる。
【0081】
すなわち、深さd1についての上記の信号とノイズの式をA1について解くと、
1=(Ys−Yn)/(Xs1−Xn1
となる。Xs1、Xn1は測定値であり、Ys、Ynは所望のレベルとしてユーザが指定した値なので、A1は計算することができる。入力信号にこのA1を乗算することで、ダイナミックレンジ調整を行うことができる。
【0082】
また、このA1を例えば深さd1についての上記の信号の式に代入してB1について解くと、
1=(Xs1・Yn−Xn1・Ys)/(Xs1−Xn1
となり、この式からB1の値を計算できる。入力信号にこのB1を加算することで、ゲイン調整を行うことができる。
【0083】
例えば、信号及びノイズが深さ方向について図14に示すような変化を示す場合において、これを図15に示すように信号もノイズも深さ方向について一定になるように、ダイナミックレンジ及びゲインを調整する場合、ダイナミックレンジ及びゲインは図16に示すように深さ方向に沿って可変すればよい。深さごとのダイナミックレンジA及びゲインBの値は、当該深さでの実際の信号及びノイズのレベル(図14のグラフから求めればよい)をXs、Xnとし、当該深さでの所望の信号及びノイズのレベル(図15のグラフから求めればよい)をYs、Ynとして、上述のように連立方程式を解くことにより求めればよい。
【0084】
実際の診断の場合は、以下のような処理となる。すなわち、あらかじめ超音波探触子を空中放置又は水中に入れた状態(すなわちエコー信号がない状態)で送受信を行い、そのときの受信信号の深さ方向についてのレベル分布を、ノイズの深さ方向に沿った変化として求めておく。これにより、図14に示したノイズ成分の深さに沿った変化のグラフが得られる。このノイズのグラフは、あらかじめ超音波診断装置の備える記憶装置に、その超音波探触子の識別情報と対応づけて記憶しておく。超音波診断装置にて使用する超音波探触子が複数存在する場合には、それら個々の探触子ごとにノイズの深さ方向の変化のグラフを実験等であらかじめ求め、各探触子の識別情報と対応づけて記憶装置に登録しておき、診断に使用される超音波探触子に対応するノイズのグラフを記憶装置から読み出して用いる。一方、診断の際に対象部位の超音波画像(例えばBモード画像)を表示しながら、ユーザがその画像上のある位置(例えば中央付近)に縦線(この縦線の延びる方向が深さ方向である)を設定する。これに応じ、超音波診断装置は、その縦線に沿った各画素の階調又は信号レベルを抽出する。これにより、図14に示した信号成分の深さに沿った変化のグラフが得られる。
【0085】
超音波診断装置は、この信号のグラフを、現在使用している超音波探触子に対応するノイズのグラフと共に画面表示する。超音波診断装置は、この画面表示上で、ユーザから、各深さにおける信号及びノイズの目標値の指定を受け付ける。この指定は、例えば、深さごとに、ポインティングデバイス等を用いて信号及びノイズのレベルを指定することにより行えばよい。また、信号及びノイズをそれぞれ深さによらずある一定値にする場合を想定して、深さごとに信号及びノイズのレベルを指定する代わりに、全深さにわたる一定の目標値を指定できるユーザインタフェースを設けてもよい。
【0086】
このようにして、各深さでの信号及びノイズの実測値及び目標値が分かると、超音波診断装置は、深さごとに上述のようにして連立方程式を解くことで、深さごとにその深さに対応するゲイン及びダイナミックレンジの値を求める。以降、Bモード画像の各深さの画素の値を、それぞれ対応する深さのゲイン及びダイナミックレンジの値を用いて調整する。
【0087】
なお、図14に示される入力信号のレベルを単にゲインのみを調整して深さ方向に沿って一定になるように調整する場合、ゲインは図17に示すような形で深さ方向に沿って変化させる必要があり、このゲイン(破線)の変化に従って、ノイズ(一点鎖線)も深さ方向に沿って変化することとなる。このように、ゲインのみの調整では、信号とノイズを共に深さ方向に沿ってフラットすることはできない。
【0088】
図14〜図16の例は、信号及びノイズを深さ方向に沿ってフラットにする例であったが、上述の連立方程式は深さごとに立式して解くことができるので、信号及びノイズの深さ方向の変化をユーザの所望する自由なパターンに設定した場合でも、そのパターンを実現するためのダイナミックレンジ及びゲインの深さ方向の変化パターンを求めることができる。
【0089】
以上に説明した実施形態はあくまで例示的なものにすぎず、この他にも本発明の範囲内で様々な変形が可能である。
【0090】
例えば、図1の例では、Log変換器26の出力に対し、ゲイン・ダイナミックレンジ調整部30がゲインとダイナミックレンジの調整を行ったが、この代わりに、ゲインの調整は例えばLog変換前(例えばLog変換器26の直前)に行い、Log変換器26の出力に対してダイナミックレンジ調整を行う構成も考えられる。
【符号の説明】
【0091】
10 超音波振動子、12 受信アンプ、14I,14Q ミキサ、16 発振器、18 90°移相器、20I,20Q A/D変換器、22 整相加算器(ビームフォーマー)、24 信号処理回路、26 Log変換器、30 ゲイン・ダイナミックレンジ調整部、32 マップ選択部、34 マップ記憶部、40 表示画像処理部、42 表示装置、50 制御部、51 診断条件受付部、60 操作部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーザからボリューム値の選択操作を受け付けるボリューム操作手段と、
各ボリューム値に対応するゲインと表示ダイナミックレンジとの組を含んだ調整マップ情報を、診断条件ごとに記憶するマップ記憶手段と、
診断条件の指定を受け付ける診断条件受付手段と、
超音波振動子の受信信号のゲインを、前記診断条件受付手段が受け付けた診断条件に対応する前記調整マップ情報における、前記ボリューム操作手段が受け付けたボリューム値に対応するゲイン、へと調整するゲイン調整手段と、
前記受信信号に基づき表示される表示画像の表示ダイナミックレンジを、前記診断条件受付手段が受け付けた診断条件に対応する前記調整マップ情報における、前記ボリューム操作手段が受け付けたボリューム値に対応する表示ダイナミックレンジ、へと調整するダイナミックレンジ調整手段と、
を備える超音波診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の超音波診断装置であって、
前記ボリューム操作手段は、
診断深さによらない基本ボリューム値の操作を受け付ける主操作手段と、
診断深さごとに、当該診断深さについての前記基本ボリューム値に対するボリューム調整量の操作を受け付ける深さ別操作手段と、
を更に備え、診断深さごとに、前記主操作手段が受け付けた前記基本ボリューム値を前記深さ別調整手段が受け付けた当該診断深さに対応するボリューム調整量だけ調整した値を、当該診断深さについての前記ボリューム値として求める、
ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の超音波診断装置であって、
前記主操作手段が受け付けた前記基本ボリューム値と前記深さ別調整手段が受け付けた前記各診断深さに対応するボリューム調整量との組、又は前記基本ボリューム値と前記各診断深さに対応するボリューム調整量とから求められる前記各診断深さについての前記ボリューム値を、前記診断条件受付手段により受け付けた診断条件に対応するボリュームプリセット情報として記憶するプリセット情報記憶手段と、
前記診断条件受付手段が受け付けた診断条件に応じて、前記主操作手段における前記基本ボリューム値と前記深さ別操作手段における前記各診断深さに対応するボリューム調整量に対して、当該診断条件に対応するボリュームプリセット情報を適用するプリセット情報適用手段と、
を更に備える超音波診断装置。
【請求項4】
請求項3に記載の超音波診断装置であって、
前記ボリュームプリセット情報は、被検体内に均一な反射体が分布している場合に、その反射体の表示輝度が診断深さによらず実質的に一定となるように設定されていることを特徴とする超音波診断装置。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の超音波診断装置であって、
前記受信信号に含まれる信号成分及びノイズ成分のレベルと、前記受信信号を前記ゲイン調整手段及び前記ダイナミックレンジ調整手段で調整する場合における調整後の信号成分及びノイズ成分のレベルの目標値とに基づき、連立方程式を解くことにより、前記受信信号に含まれる信号成分及びノイズ成分のレベルをそれぞれ対応する目標値へと調整するためのゲイン及び表示ダイナミックレンジの値を計算する計算手段、
を更に備えることを特徴とする超音波診断装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の超音波診断装置であって、
前記診断条件ごとの前記調整マップ情報における各ボリューム値に対応するゲインと表示ダイナミックレンジとは、同一レベルの受信信号の前記表示画像における表示輝度が前記ボリューム値に比例する関係を満たすように設定されている、ことを特徴とする超音波診断装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の超音波診断装置であって、
前記診断条件ごとの前記調整マップ情報において、前記ボリューム値があらかじめ定められた切換レベルより小さい区間では、表示ダイナミックレンジはボリューム値によらず一定値であり且つゲインはボリューム値の上昇に応じて上昇し、前記ボリューム値が前記切換レベルより大きい区間では、表示ダイナミックレンジはボリューム値の上昇に応じて下降し且つゲインは一定値である、ことを特徴とする超音波診断装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−61239(P2012−61239A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−209553(P2010−209553)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(390029791)日立アロカメディカル株式会社 (899)
【Fターム(参考)】