説明

路面状態判定方法とその装置

【課題】ピーク位置の検出や車輪速の計測を行うことなくタイヤ振動の時系列波形を分割して路面状態を判定するとともに、タイヤサイズ変更に対するロバスト性を路面状態の判定に付与する。
【解決手段】タイヤ振動検出手段により検出したタイヤ振動の時系列波形を窓掛け手段により窓掛けして、時間窓毎のタイヤ振動の時系列波形を抽出して特徴ベクトルXを算出した後、路面HMM毎に尤度Zを算出し、この路面HMM毎に算出された尤度Z1〜Z5を比較し、最も尤度が大きくなる路面HMMに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の走行する路面の状態を判定する方法とその装置に関するもので、特に、走行中のタイヤ振動の時系列波形のデータのみを用いて路面状態を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、走行中のタイヤ振動を検出して路面状態を推定する方法としては、検出されたタイヤ振動の時系列波形を踏込み前領域―接地面領域―蹴出し後領域、あるいは、踏込み前領域―踏み込み領域―接地面領域―蹴出し領域―蹴出し後領域などの複数の領域に分割し、前記各領域から、例えば、踏込み前領域と接地面領域における低周波帯域の振動成分と高周波帯域での振動成分のように、路面状態が異なると振動レベルが大きく変化する周波数帯域の振動レベルと振動レベルが路面状態によらない周波数帯域の振動レベルとを抽出し、これらの振動レベルの比から車両の走行している路面の状態を推定する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO 2006/135090 A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記従来の方法では、タイヤ振動の時系列波形に出現する蹴り出し位置などのピーク位置を基準として特定時間位置の始点を決定し、車輪速を用いて各領域の時間幅を決める必要があるため、領域幅の設定精度が必ずしも十分とはいえなかった。
また、タイヤサイズが異なるタイヤでは、接地長が変化するため、タイヤサイズ毎に領域幅を設定し直す必要があった。
【0005】
本発明は、従来の問題点に鑑みてなされたもので、ピーク位置の検出や車輪速の計測を行うことなくタイヤ振動の時系列波形を分割して路面状態を判定するとともに、タイヤサイズ変更に対するロバスト性を路面状態の判定に付与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願の請求項1に記載の発明は、走行中のタイヤの振動を検出してタイヤの接している路面の状態を判定する方法であって、走行中のタイヤの振動を検出するステップと、前記検出されたタイヤ振動から予め設定した時間幅毎のタイヤ振動の時系列波形を取り出すステップと、前記時系列波形から特徴ベクトルを算出するステップと、前記特徴ベクトルの尤度を、予め路面状態毎に構成された複数の隠れマルコフモデルのそれぞれについて算出するステップと、前記複数の隠れマルコフモデル毎に算出された尤度を比較し、最も尤度が大きくなる隠れマルコフモデルに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定するステップとを備え、前記特徴ベクトルが特定周波数帯域の振動レベルもしくは前記振動レベルの関数であり、前記隠れマルコフモデルが少なくとも4つの状態を有することを特徴とする。
なお、「4つの状態」とは、「開始及び終了」の2状態の他、「踏み前」、「踏み」、「蹴り前」、「蹴り」、「蹴り後」の5状態のうちの2つの状態を指す。
このように、タイヤ振動の時系列波形に隠れマルコフモデル(以下、HMMという)を適用したので、ピーク位置の検出や車輪速の計測を行うことなくタイヤ振動の波形を特徴的な複数の状態に分割できるとともに、各状態における特徴ベクトルの出力確率と状態遷移確率とを用いて算出された尤度に基づいて路面状態を判定するようにしたので、路面状態の判定精度を大幅に向上させることができる。
また、HMMを適用することで接地長に無関係に路面状態の判定を行うことができるので、タイヤサイズ変更に対するロバスト性を路面状態の判定に付与することができる。
【0007】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の路面状態判定方法であって、前記特徴ベクトルが、前記時系列波形をフーリエ変換したときの特定周波数帯域の振動レベル(フーリエ係数)、前記時系列波形をバンドパスフィルタを通して得られた特定周波数帯域の振動レベル、前記特定周波数帯域の振動レベルの時変分散、及び、前記時系列波形の周波数ケプストラム係数のいずれか1つ、または複数、または全部であることを特徴とする。
路面状態によるタイヤ振動の違いは、タイヤ振動の時系列波形そのものにも表れるが、本発明では、周波数に依存する値を特徴ベクトルとして用いることで尤度の差が出やすいようにしたので、路面状態の判定精度を更に向上させることができる。
【0008】
請求項3に記載の発明は、請求項1または請求項2に記載の路面状態判定方法であって、前記路面状態毎の隠れマルコフモデルが、7つの状態(「開始及び終了」の2状態と、「踏み前」、「踏み」、「蹴り前」、「蹴り」、「蹴り後」の5状態)を含むことを特徴とする。
このように、タイヤ振動の時系列波形を7つの状態を有するHMMとすることで、各状態間の特徴ベクトルの出力確率の分布の差が更に明確になるので、路面状態の判定精度を更に向上させることができる。
【0009】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜請求項3のいずれかに記載の路面状態判定方法であって、前記路面状態毎の隠れマルコフモデルは、接地面以外の振動波形であって、振動レベルが予め設定されたバックグラウンドレベルよりも小さな振動波形から構成された路面外隠れマルコフモデルと、接地面もしくは接地面の前後の振動波形であって振動レベルが予め設定されたバックグラウンドレベル以上の振動波形から構成された路面内隠れマルコフモデルとを有し、前記路面外隠れマルコフモデルが前記路面内隠れマルコフモデルの前及び後のいずれか一方もしくは両方に設けられていることを特徴とする。
このように、接地面前後の振動レベルが小さい領域を含むモデルを追加して判定を行うようにすれば、路面状態の判定精度を更に向上させることができる。
【0010】
請求項5に記載の発明は、走行中のタイヤの振動を検出してタイヤの接している路面の状態を判定する路面状態判定装置であって、タイヤトレッド部のインナーライナー部の気室側に配設されて走行中のタイヤの振動を検出するタイヤ振動検出手段と、前記タイヤ振動検出手段で検出された前記タイヤ振動の時系列波形を予め設定した時間幅で窓掛けして時間窓毎にタイヤ振動の時系列波形を抽出する窓掛け手段と、前記抽出された時間窓毎の時系列波形から特定周波数帯域の振動レベルもしくは前記振動レベルの関数を成分とする特徴ベクトルを算出する特徴ベクトル算出手段と、予め路面状態毎に構成された少なくとも4つの状態を有する複数の隠れマルコフモデルを記憶する記憶手段と、前記特徴ベクトルの尤度を、前記記憶手段に記憶された複数の隠れマルコフモデルのそれぞれについて算出する尤度算出手段と、前記複数の隠れマルコフモデル毎に算出された尤度を比較し、最も尤度が大きくなる隠れマルコフモデルに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定する判定手段とを備えたことを特徴とする。
本発明のような構成の路面状態判定装置を用いれば、請求項1に記載の路面状態判定方法を確実に実現することができるので、ピーク位置の検出や車輪速の計測を行うことなく、踏み込み前領域や踏み込み後領域などの時間幅を確実に設定できるとともに、路面状態の判定精度を向上させることができる。
【0011】
なお、前記発明の概要は、本発明の必要な全ての特徴を列挙したものではなく、これらの特徴群のサブコンビネーションもまた、発明となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による路面状態判定装置の構成を示す機能ブロック図である。
【図2】加速度センサーの装着位置の一例を示す図である。
【図3】タイヤ振動の時系列波形における踏み込み前領域、踏み込み領域、蹴り出し前領、蹴り出し領域、及び、蹴り出し後領域を示す図である。
【図4】路面HMMの一例を示す図である。
【図5】尤度算出に用いた路面HMMを示す図である。
【図6】状態遷移系列の模式図である。
【図7】本発明による路面状態判定方法を示すフローチャートである。
【図8】路面内HMMと路面外HMMの例を示す図である。
【図9】路面内HMMと路面外HMMの組み合わせの例を示す図である。
【図10】路面内HMMと路面外HMMの組み合わせの他の例を示す図である。
【図11】路面内HMMと路面外HMMの組み合わせの他の例を示す図である。
【図12】路面HMMを用いた路面判定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、実施の形態を通じて本発明を詳説するが、以下の実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものでなく、また、実施の形態の中で説明される特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0014】
図1は、路面状態判定装置10の構成を示す機能ブロック図で、路面状態判定装置10はセンサー部10Aと演算処理部10Bとから構成される。
センサー部10Aは、加速度センサー11と、信号入出力手段12と、送信機13とを備える。
加速度センサー11は、図2に示すように、タイヤ20のインナーライナー部21のタイヤ気室22側のほぼ中央部に一体に配置されて、路面Rの入力による当該タイヤ20の振動を検出する。なお、符号23は当該タイヤ20のトレッド部である。
信号入出力手段12は、加速度センサー11の出力を増幅する増幅器12aと増幅された信号をデジタル信号に変換するA/D変換器12bとを備える。信号入出力手段12は加速度センサー11と一体に配置される。
送信機13は、A/D変換されたタイヤ振動のデータを車体側に設けられた演算処理部10Bに送信するアンテナ13aを有し、タイヤ20のバルブ20v近傍に配置される。
【0015】
演算処理部10Bは、受信機14と、窓掛け手段15と、特徴ベクトル算出手段16と、記憶手段17と、尤度算出手段18と、判定手段19とを備える。
受信機14はアンテナ14aを有し、送信機13から送られてきたタイヤの振動のデータである時系列波形をアンテナ14aで受信して窓掛け手段15に送る。
図3はタイヤ振動の時系列波形の一例を示す図で、タイヤ振動の時系列波形は、踏み込み位置近傍と蹴り出し位置近傍に大きなピークを有しており、かつ、実際にはタイヤ20の陸部が接地していない踏み込み位置の前の領域(踏み込み前領域R1)においても、蹴り出し位置の後の領域(蹴り出し後領域R5)においても、路面状態によって異なる振動が出現する。以下、踏み込み前領域R1から蹴り出し後領域R5までを路面領域といい、路面領域以外の領域を路面外領域という。路面領域は、踏み込み前領域R1と踏み込み領域R2と蹴り出し前領域R3と蹴り出し領域R4と蹴り出し後領域R5とから成る。
路面外領域では路面の影響を殆ど受けていないので、振動レベルも小さいく、路面の情報も含んでいない。以下、この領域を無情報領域R0という。
無情報領域の設定方法としては、例えば、タイヤ振動の時系列波形に対してバックグラウンドレベルを設定し、このバックグラウンドレベルよりも小さな振動レベルを有する領域を無情報領域とすればよい。
【0016】
窓掛け手段15は前記時系列波形を予め設定した時間幅(時間窓幅)で窓掛けし、時間窓毎にタイヤ振動の時系列波形を抽出して特徴ベクトル算出手段16に送る。
特徴ベクトル算出手段16は、抽出された各時間窓の時系列波形のそれぞれに対して特徴ベクトルXを算出する。本例では、特徴ベクトルXとして、タイヤ振動の時系列波形を、それぞれ、0-0.5kHz、0.5-1kHz、1-2kHz、2-3kHz、3-4kHz、4-5kHzのバンドパスフィルタ161〜166に通して得られた特定周波数帯域の振動レベル(フィルター濾過波のパワー値)xk(t)を用いた。この特徴ベクトルXの次元は6次元である。
【0017】
記憶手段17は、路面状態毎に構成された複数の隠れマルコフモデル(以下、路面HMMという)を記憶する。路面HMMは、路面内HMM(road)と路面外HMM(silent)とから成る。路面内HMM(road)は、タイヤ振動の時系列波形のうちの路面領域に出現する振動波形から構成され、路面外HMM(silent)は、無情報領域の振動波形から構成される。
路面HMMは、図4に示すように、タイヤ振動の時系列波形に対応した7つの状態S1〜S7を有し、各状態S1〜S7は、それぞれ、特徴ベクトルXの出力確率bij(X)と状態間の遷移確率aij(X)の2種類のパラメータにより構成されている(i,j=1〜7)。
本例では、各路面HMMの開始状態S1と終了状態S7とを除く5つの状態S2〜S6で前記タイヤ振動の時系列波形を5つの状態に分割する学習を行って、各路面HMMの特徴ベクトルXの出力確率bij(X)と状態間の遷移確率aij(X)とを求めた。
出力確率bij(X)は状態が状態Siから状態Sjに遷移するときに特徴ベクトルXが出力される確率を表す。出力確率bij(X)は混合正規分布を仮定する。
遷移確率aij(X)は状態が状態Siから状態Sjに遷移する確率を表す。
なお、特徴ベクトルXの次元がk次元の場合には、出力確率bijは特徴ベクトルXのk成分xk毎に設定される。
【0018】
本例では、予め、加速度センサー11を備えたタイヤ20を搭載した車両を、DRY、WET、SNOW、及び、ICEの各路面でそれぞれ走行させて得られたタイヤ振動の時系列波形のデータを学習用データとして、DRY路面HMM、WET路面HMM、SNOW路面HMM、及び、ICE路面HMMから成る4つの路面内HMM(road)と、路面外HMM(silent)の5つの路面HMMを構築した。
路面内HMM(road)も路面外HMM(silent)も、ともに、開始状態S1と終了状態S7とを含む7状態S1〜S7を有するHMMである。
HMMの学習は、EMアルゴリズム、Baum-Welchアルゴリズム、フォワード−バックフォワードアルゴリズム等の周知の方法で行う。
【0019】
尤度算出手段18は、図5に示すように、複数(ここでは、5個)の路面HMMのそれぞれについて特徴ベクトルXの尤度を算出する。
特徴ベクトルXの尤度を求めるには、まず、時間窓毎に出力確率P(Xt)を以下の式を用いて算出する。
【数1】

X;データ系列
t;時刻
S;状態数
s;混合ガウス分布の成分の数
jsm;m番目の混合成分の混合比
μ;ガウス分布の平均ベクトル
σ;ガウス分布の分散共分散行列
遷移確率π(Xt)は、路面HMMが7状態であるので、7×7の行列で表わせる。この遷移確率π(Xt)としては、前記路面HMMの学習により求められた特徴ベクトルXの状態間の遷移確率aij(X)を用いればよい。
そして、算出した出力確率P(Xt)と遷移確率π(Xt)との積である時間窓毎の出現確率K(Xt)を求め、この時間窓毎の出現確率K(Xt)を全ての時間窓について掛け合わせて尤度Zを求める。すなわち、尤度Zは、Z=ΠP(Xt)・遷移確率π(Xt)により求められる。あるいは、それぞれの時間窓毎に計算された出現確率K(Xt)の対数をとって、全ての時間窓について足し合わせることで尤度Zを求めてもよい。
ところで、路面HMMの状態が状態S1から状態S7まで遷移する経路(状態遷移系列)は、図6に示すように、複数存在する。すなわち、各路面HMMのそれぞれについて、尤度Zは状態遷移系列毎に異なる。
本例では、周知のビタビアルゴリズムを適用して最も尤度Zが大きい状態遷移系列ZMを求め、この状態遷移系列を検出されたタイヤ振動の時系列波形に対応する状態遷移系列とするとともに、前記尤度ZMを当該路面HMMのZとする。
尤度ZMは路面HMM毎に求められる。
判定手段19は、尤度算出手段18により算出された複数の隠れマルコフモデル毎の尤度を比較し、最も尤度が大きくなる隠れマルコフモデルに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定する。
すなわち、DRY路面HMMの尤度をZ1、WET路面HMMの尤度をZ2、SNOW路面HMMの尤度をZ3、ICE路面HMMの尤度をZ4、路面外HMMの尤度をZ5とすると、判定手段19では、前記Z1〜Z5を比較し、最も大きな尤度を示した路面HMMに対応する路面状態を現在の路面状態と判定する。なお、Z5の尤度が最大である場合にはデータが路面外のデータであると判定し、路面状態の判定は行わない。
【0020】
次に、路面状態判定装置10を用いて、タイヤ20の走行している路面の状態を判定する方法について、図7のフローチャートを参照して説明する。本例では、路面HMMとして、DRY路面HMM、WET路面HMM、SNOW路面HMM、ICE路面HMM、及び、路面外HMMの5つのモデルを用いた。
まず、加速度センサー11により、タイヤ20が走行している路面Rからの入力によって発生したタイヤ振動を検出して演算処理部10Bに送る(ステップS10)。
そして、タイヤ振動のデータである時系列波形を予め設定した時間窓で窓掛けし、時間窓毎にタイヤ振動の時系列波形を抽出し(ステップS11)、しかる後に、抽出された各時間窓の時系列波形のそれぞれに対して特徴ベクトルX=(x1(t),x2(t),x3(t),x4(t),x5(t),x6(t))を算出する(ステップS12)。
本例では時間窓幅を2msec.とした。
特徴ベクトルXの各成分x1(t)〜x6(t)は、上述したように、タイヤ振動の時系列波形のフィルター濾過波のパワー値である。
特徴ベクトルXの算出後には、図5に示すように、複数の路面HMMのそれぞれについて特徴ベクトルXの尤度を算出する(ステップS13〜ステップS15)。各路面HMMの構成については、図4に示した通りである。
具体的には、まず、1番目のモデルであるDRY路面HMMについて、時間窓毎に出現確率K(Xt)=出力確率P(Xt)×遷移確率π(Xt)を求め(ステップS13)て、この出現確率K(Xt)を全ての時間窓について掛け合わせてDRY路面HMMにおける尤度Z1を算出する(ステップS14)。
次に、全てのモデルについて尤度Zの算出が終了したか否かを判定する(ステップS15)。終了していない場合には、ステップS13に戻って次のモデルであるWET路面HMMにおける尤度Z2を算出する。
5個全てのモデルの尤度Zの計算が終了した場合には、ステップS16に進んで、路面HMM毎に算出された尤度Z1〜Z5を比較し、最も尤度が大きくなる路面HMMに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定する。
【0021】
このように、本実施の形態では、加速度センサー11により検出したタイヤ振動の時系列波形を窓掛け手段15により窓掛けして、時間窓毎のタイヤ振動の時系列波形を抽出して特徴ベクトルXを算出した後、各路面モデル毎に尤度Zを算出し、この路面HMM毎に算出された尤度Z1〜Z5を比較し、最も尤度が大きくなる路面HMMに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定するようにしたので、ピーク位置の検出や車輪速の計測を行うことなく、路面状態を判定することができる。
また、接地長に無関係に路面状態の判定を行うことができるので、タイヤサイズ変更に対するロバスト性を向上させることができる。
【0022】
なお、前記実施の形態では、タイヤ振動検出手段を加速度センサー11としたが、圧力センサーなどの他の振動検出手段を用いてもよい。また、加速度センサー11の設置箇所についても、タイヤ幅方向中心から幅方向に所定距離だけ離隔した位置に1個ずつ配設したり、ブロック内に設置するなど他の箇所に設置してもよい。また、加速度センサー11の個数も1個に限るものではなく、タイヤ周方向の複数箇所に設けてもよい。
また、前記例では、特徴ベクトルXをフィルター濾過波のパワー値xk(t)としたが、フィルター濾過波のパワー値xk(t)の時変分散の平均値μk及び標準偏差σkを用いてもよい。時変分散はlog[xk2(t)+ xk-12(t)]で表わせる。なお、この場合、特徴ベクトルXの次元は、波数帯域数(6)×パラメータ数(2)=12となる。
あるいは、特徴ベクトルXを、タイヤ振動時系列波形をフーリエ変換したときの特定周波数帯域の振動レベルであるフーリエ係数、もしくは、ケプストラム係数としてもよい。
ケプストラムは、フーリエ変換後の波形をスペクトル波形とみなし、再度フーリエ変換して得られるか、もしくは、ARスペクトルを波形とみなし、更にAR係数を求めて得られる(LPCepstra)もので、絶対レベルに影響されずにスペクトルの形状を特徴付けできるので、フーリエ変換により得られる周波数スペクトルを用いた場合よりも判定精度が向上する。LPCepstraの場合、特徴ベクトルXの次元は、パワー値(1)+ケプストラム係数(12)と、その一次差分及び二次差分を用いるので、特徴ベクトルXの次元は39となる。
【0023】
また、前記例では、図8(a)〜(e)に示すような、7状態(S1〜S7)の路面HMMを5個(4個の路面内HMM(road)と路面外HMM(silent))設定したが、路面内HMM(road)と路面外HMM(silent)とを組み合わせてもよい。
組み合わせとしては、図9(a)〜(d)に示すような、silent−road−silentの組み合わせの他に、図10(a)〜(d)に示すような、silent−roadの組み合わせや、図11(a)〜(d)に示すような、road−silentの組み合わせがある。
路面内HMM(road)は、DRY路面HMM、WET路面HMM、SNOW路面HMM、及び、ICE路面HMMの4種類のHMMがあるので、図8(e)に示した路面外HMM(silent)のみの場合を含めると、路面HMMは17個となる。したがって、図8(a)〜(e)に示した5個のモデルに、図9〜図11に示した12個のモデルのうちの複数、もしくは、全部を追加すれば、路面の判定精度を更に向上させることができる。
【実施例】
【0024】
4台の試験車両A〜Dに、それぞれ、加速度センサーが取り付けられたタイヤを装着し、DRY、WET、SNOW、及び、ICEの各路面でそれぞれ30〜90km/hで走行させて得られたタイヤ振動の時系列波形から路面HMMを用いて路面状態を判定した。
試験車両Aは前輪駆動車でタイヤサイズは165/70R14である。
試験車両Bは後輪駆動車でタイヤサイズは195/65R15である。
試験車両Cは前輪駆動車でタイヤサイズは195/60R15である。
試験車両Dは前輪駆動車でタイヤサイズは185/70R14である。
なお、各タイヤのトレッドパターンについては、全て一定(ブリヂストン;BLIZZAK REV02)とした。
学習用のデータは試験車両Aでのデータを使用した。
また、路面HMMとして、図8〜図11に示した17個のモデルを使用し、特徴ベクトルXとしてLPCepstraを用いた場合とフィルター濾過波のパワー値xk(t)の時変分散の平均値μkと標準偏差σkとを用いた場合の2通りについて路面判定した。その結果を図12の表に示す。判定結果は正答率(%)で示した。
図12の表から明らかなように、LPCepstraを用いた場合には、いずれのタイヤにおいても正答率が約90%かそれ以上の高い正答率が得られた。また、フィルター濾過波のパワー値xk(t)の時変分散の平均値μkと標準偏差σkとを用いた場合には、断面幅が大きなタイヤを搭載した車両B,Cについては正答率が必ずしも十分ではないが、車両A,Dについては80%以上の高い正答率が得られたことから、本願発明を適用することにより、路面状態を精度よく判定できることが確認された。
【0025】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は前記実施の形態に記載の範囲には限定されない。前記実施の形態に、多様な変更または改良を加えることが可能であることが当業者にも明らかである。そのような変更または改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲から明らかである。
【0026】
本発明によれば、ピーク位置の検出や車輪速の計測を行うことなくタイヤ振動の時系列波形を分割できるとともに、タイヤサイズに対してロバストに路面状態を判定できるので、ABSやVSC等の車両制御の精度を格段に向上させることができる。
【符号の説明】
【0027】
10 路面状態判定装置、10A センサー部、10B 演算処理部、
11 加速度センサー、12 信号入出力手段、12a 増幅器、
12b A/D変換器、13 送信機、14 受信機、15 窓掛け手段、
16 特徴ベクトル算出手段、161〜166 バンドパスフィルタ、
17 記憶手段、18 尤度算出手段、19 判定手段、
20 タイヤ、21 インナーライナー部、22 タイヤ気室、23 トレッド部、
R 路面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行中のタイヤの振動を検出するステップと、
前記検出されたタイヤ振動から予め設定した時間幅毎のタイヤ振動の時系列波形を取り出すステップと、
前記時系列波形から特徴ベクトルを算出するステップと、
前記特徴ベクトルの尤度を、予め路面状態毎に構成された複数の隠れマルコフモデルのそれぞれについて算出するステップと、
前記複数の隠れマルコフモデル毎に算出された尤度を比較し、最も尤度が大きくなる隠れマルコフモデルに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定するステップとを備え、
前記特徴ベクトルが特定周波数帯域の振動レベルもしくは前記振動レベルの関数であり、
前記隠れマルコフモデルが少なくとも4つの状態を有することを特徴とする路面状態判定方法。
【請求項2】
前記特徴ベクトルが、
前記時系列波形をフーリエ変換したときの特定周波数帯域の振動レベル、
前記時系列波形をバンドパスフィルタを通して得られた特定周波数帯域の振動レベル、
前記特定周波数帯域の振動レベルの時変分散、
及び、前記時系列波形の周波数ケプストラム係数
のいずれか1つ、または複数、または全部であることを特徴とする請求項1に記載の路面状態判定方法。
【請求項3】
前記路面状態毎の隠れマルコフモデルは7つの状態を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の路面状態判定方法。
【請求項4】
前記路面状態毎の隠れマルコフモデルは、接地面以外の振動波形であって、振動レベルが予め設定されたバックグラウンドレベルよりも小さな振動波形から構成された路面外隠れマルコフモデルと、接地面もしくは接地面の前後の振動波形であって振動レベルが予め設定されたバックグラウンドレベル以上の振動波形から構成された路面内隠れマルコフモデルとを有し、
前記路面外隠れマルコフモデルが前記路面内隠れマルコフモデルの前及び後のいずれか一方もしくは両方に設けられていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の路面状態判定方法。
【請求項5】
タイヤトレッド部のインナーライナー部の気室側に配設された、走行中のタイヤの振動を検出するタイヤ振動検出手段と、
前記タイヤ振動検出手段で検出された前記タイヤ振動の時系列波形を予め設定した時間幅で窓掛けして各時間窓毎にタイヤ振動の時系列波形を抽出する窓掛け手段と、
前記抽出された時間窓毎の時系列波形から特定周波数帯域の振動レベルもしくは前記振動レベルの関数を成分とする特徴ベクトルを算出する特徴ベクトル算出手段と、
予め路面状態毎に構成された少なくとも4つの状態を有する複数の隠れマルコフモデルを記憶する記憶手段と、
前記特徴ベクトルの尤度を、前記記憶手段に記憶された複数の隠れマルコフモデルのそれぞれについて算出する尤度算出手段と、
前記複数の隠れマルコフモデル毎に算出された尤度を比較し、最も尤度が大きくなる隠れマルコフモデルに対応する路面状態を当該タイヤが走行している路面の路面状態であると判定する判定手段とを備えたことを特徴とする路面状態判定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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