説明

車輪用軸受装置

【課題】駆動軸が内軸の内周面側にスプライン嵌合できなくなるのを防止できる車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】本発明の車輪用軸受装置1は、内軸2と、内軸2の他端部外周面に外嵌された内輪部材9とを備えている。内軸2の中心孔12には、内軸2に一体回転可能に連結される軸部31が挿入され、中心孔の内周面12aには、軸部31の外周面に形成された多数のスプライン条32とスプライン嵌合するスプライン溝13が形成されている。内輪部材9と、内軸2の他端部との間には、内輪部材9が内軸2に外嵌することで内軸2を縮径させるのを緩和する環状すき間Sが、スプライン条32が形成されている軸方向の範囲と、内輪部材9の軸方向の範囲とが重複する範囲で形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の駆動輪を支持する軸受装置には、通常、動力からの回転力を伝達するための駆動軸が連結される。
図4は、従来の駆動輪を支持するための車輪用軸受装置の一例を示す断面図である。この車輪用軸受装置100は、一端部に車輪を取り付けるためのフランジ101aが形成された円筒状の内軸101と、複列の円すいころ102を介在して内軸101の外周側に配置された外輪103と、内軸101の他端部外周面に外嵌された内輪部材104とを備えている。内軸101の内周面側には、等速ジョイント105の先端に突設された軸部106(駆動軸)が挿入されている。
軸部106の外周面には、内軸101の内周面側に形成されたスプライン溝107との間でスプライン嵌合するスプライン条108が多数形成されている。また軸部106の一端部には、等速ジョイント105との間で、内軸101を挟持するナット109が螺合されており、軸部106と内軸101とを一体回転可能に連結している(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
この車輪用軸受装置100では、内軸101の他端部外周面に内輪部材104を外嵌するので、内軸101の他端部が縮径するように変形し、内軸101の内周面側に形成されたスプライン溝107も縮径するように変形する。このため、軸部106が内軸101に対して挿入できなくなるという問題が生じる。
【0004】
これに対して、内輪部材104の軸方向寸法等を調整すれば、内軸101の他端部の変形を緩和することができるが、円すいころのサイズ等の変更を伴うため、軸受装置としての性能を低下させることに繋がる。従って、車輪用軸受装置としての本来の性能を維持する観点から、内輪部材104の軸方向寸法等を調整することは、対策として好ましくない。
【0005】
このため、内軸101の内周面側のスプライン溝107は、以下のように形成される。まず、内輪部材104が外嵌されていない状態の内軸101の内周面側に対してブローチ加工を行い、予め定められた所定寸法となるようにスプライン溝107を形成する。その後、車輪用軸受装置100を組み立て、内輪部材104の他端部外周面に内輪部材104を外嵌する。そして再度、内軸101の内周面側に対してブローチ加工を行い、所定寸法となるように仕上げ加工する。これによって、内軸101が、内輪部材104の外嵌によって縮径するように変形したとしても、内軸101のスプライン溝101aが所定寸法となるように仕上げ加工によって調整し、軸部106との間でスプライン嵌合できなくなることを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−64146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記車輪用軸受装置では、内軸101に対して、ブローチ加工を2度行うため、多くの工数を必要とする。
一方、内軸101単体でのブローチ加工を省略し、内輪部材104を外嵌した後のブローチ加工のみで、内軸101の内周面側にスプライン溝を設ければ、ブローチ加工の工数を減少させることができるが、この場合、車輪用軸受装置100を組み立てた後に、スプライン溝を1回の加工で形成することとなるので、切削粉が大量に発生し、発生した切削粉が軸受装置の円すいころや軌道に付着して、装置100内に異物を混入させてしまうおそれがある。このため、車輪用軸受装置100を組み立てて内輪部材104を外嵌した後のブローチ加工のみでスプライン溝を形成するのは好ましくなく、むしろ組み立て前の内軸101に対するブローチ加工でスプライン溝107の形成を終えることが好ましい。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、車輪用軸受装置としての本来の性能を維持しつつ、組み立て後の仕上げ加工を行うことなく、駆動軸が内軸の内周面側にスプライン嵌合できなくなるのを防止できる車輪用軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、一端部に車輪が取り付けられる円筒状の内軸と、複列の転動体を介在した状態で前記内軸の外周側に同心配置された外輪と、前記複列の転動体の内の他端側に位置する列の転動体の軌道が外周に形成されているとともに前記内軸の他端部外周面に外嵌された内輪部材と、を備え、前記内軸の中心孔の内周面には、当該中心孔に挿入される駆動軸の外周面に形成された多数のスプライン条とスプライン嵌合するスプライン溝が形成された車輪用軸受装置において、前記内輪部材と、前記内軸の他端部との間には、前記内輪部材が前記内軸に外嵌することで当該内軸を縮径させるのを緩和する環状すき間が、前記駆動軸のスプライン条が形成されている軸方向の範囲と、前記内輪部材の軸方向の範囲とが重複する範囲で形成されていることを特徴としている。
【0010】
上記構成の車輪用軸受装置によれば、内輪部材と、内軸の他端部との間には、内輪部材が内軸に外嵌することで当該内軸が縮径するのを緩和する環状すき間が、駆動軸のスプライン条が形成されている軸方向の範囲と、前記内輪部材の軸方向の範囲とが重複する範囲で形成されているので、内輪部材を内軸に外嵌したとしても、少なくとも駆動軸のスプライン条が形成されている範囲では、内軸の内周面側のスプライン溝が縮径するように変形するのが緩和され、この結果、駆動軸と内軸とがスプライン嵌合できなくなるのを防止することができる。
さらに、環状すき間を設ければ、駆動軸と内軸とがスプライン嵌合できなくなるのを防止できるので、軸受装置としての各部分の寸法を変更する必要がなく、車輪用軸受装置としての本来の性能を維持することができる。
以上のように、本発明によれば車輪用軸受装置としての本来の性能を維持しつつ、車輪用軸受装置として組み立てた後の仕上げ加工を行わなくても、駆動軸が内軸にスプライン嵌合できなくなるのを防止することができる。
【0011】
上記車輪用軸受装置において、内軸は、駆動軸にスプライン嵌合して回転力が伝達されることで比較的高い強度が要求されるため、前記環状すき間は、前記内輪部材の内周面に設けられた拡径部と、前記内軸の他端部外周面との間で形成されていることが好ましい。
この場合、内軸に対して環状すき間を形成するための加工を加える必要がないので、内軸の強度を低下させる要因を排除しつつ、環状すき間を形成することができる。
【0012】
一方、内軸及び内輪部材の寸法上、内軸に環状すき間を形成するための加工を行ったとしても強度上問題が無いような場合には、前記環状すき間は、前記内軸の他端部外周面に設けられた縮径部と、前記内輪部材の内周面との間で形成されていてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、車輪用軸受装置としての本来の性能を維持しつつ、組み立て後の仕上げ加工を行うことなく、駆動軸が内軸の内周面側にスプライン嵌合できなくなるのを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る車輪用軸受装置の断面図である。
【図2】図1の要部を拡大した断面図である。
【図3】本発明の他の例に係る車輪用軸受装置の要部を拡大した断面図である。
【図4】従来の車輪用軸受装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明の好ましい実施形態について添付図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る車輪用軸受装置1の断面図である。
この車輪用軸受装置1は、自動車などの車両の駆動輪を回転自在に支持する軸受装置として用いられるものであり、前記車両側から延びる部材であるナックル50に固定されている。
【0016】
車輪用軸受装置1は、複列の円すいころ軸受を構成しており、一端部に図示しない車輪が取り付けられる内軸2と、内軸2の外周側に同心に配置された外輪3と、内軸2と外輪3との間に介在して配置された複数の転動体としての円すいころ4と、内軸2と外輪3との間の環状すき間を密封するシール部材5と、複数の円すいころ4をそれぞれ周方向に保持する保持器(図示省略)とを備えている。
【0017】
外輪3は、車両側に固定される固定輪であり、その内周面には、複数の円すいころ4が転動する第一および第二の外輪軌道3a,3bが形成されている。また、外輪3の外周面には、外輪3を車両側のナックル50に取り付けるための取付フランジ3cが形成されている。
【0018】
内軸2は、軸方向に沿う円筒状の部材であり、前記駆動輪が取り付けられる車軸であるとともに、当該車輪用転がり軸受装置1の回転輪を構成している。この内軸2の一端部には、複数のハブボルト7aが固定され車輪が取り付けられるフランジ部7が形成されている。
また、内軸2の外周面には、第一の外輪軌道3aに対向する第一の内輪軌道2aが形成されている。内軸2の他端部には、内軸2の外周面より小径の小径部8が形成されており、この小径部8には、第二の外輪軌道3bに対向する第二の内輪軌道2bが外周面に形成された円環状の内輪部材9が外嵌されている。
内輪部材9は、その端面9aが、内軸2の外周面と小径部8とをつなぐ段差面10に当接した状態で圧入されており、内輪部材9を押し込みつつ小径部8の他端側の先端に形成されたかしめ部11をかしめることで、内輪部材9を軸方向に固定している。
【0019】
第一の内輪軌道2aと、第一の外輪軌道3aとの間、及び、第一の内輪軌道2aよりも軸方向他端側に位置する第二の内輪軌道2bと、第二の外輪軌道3bとの間には、それぞれ上述の複数の円すいころ4が転動自在に配置されており、これら円すいころ4は、複列に配置されている。
【0020】
また、内軸2の中心孔12には、車両側の図示しないドライブシャフトに連結されている等速ジョイント30に設けられた駆動軸としての軸部31が挿入されている。
軸部31の外周面31aには、多数のスプライン条32が形成されている。また、内軸2の中心孔12の内周面12aには、軸部31のスプライン条32との間でスプライン嵌合するスプライン溝13が形成されている。
軸部31と、内軸2とは、互いのスプライン条32と、スプライン溝13とが互いにスプライン嵌合することで、一体回転可能に結合している。
【0021】
等速ジョイント30の軸部31は、等速ジョイント30の本体部端面33がかしめ部11に当接した状態に至るまで中心孔12に挿入される。これによって、等速ジョイント30は、車輪用軸受装置1に対して軸方向に位置決めされる。
軸部31の先端側には、ねじ部34が形成されており、このねじ部34にナット35を螺合することによって、内軸2を、ナット35と等速ジョイント30との間で挟持し、内軸2と、等速ジョイント30とを連結している。
【0022】
図2は、図1の要部を拡大した断面図である。
軸部31に形成されたスプライン条32は、車輪用軸受装置1と等速ジョイント30とが連結されたときに、軸方向に小径部8と重複する位置にまで形成されている。
これに応じて、内軸2に形成されたスプライン溝13もほぼ同様の軸方向位置にまで形成されている。
【0023】
また、内輪部材9の内周面9bには、小径部8に当接している小径面20と、小径面20よりも大径に形成された拡径部としての大径面21とが形成されている。
大径面21は、端面9aから軸方向他端側に向かって延びて小径面20に繋がる段差部22の範囲で設けられており、内軸2の小径部8外周面との間で、環状すき間Sを形成している。この環状すき間Sは、径方向に0.1〜0.5mmの幅となるように設定されている。
環状すき間Sを構成する大径面21は、等速ジョイント30が連結され軸部31が内軸2に挿入されたときにおいて、軸部31のスプライン条32が形成されている軸方向の範囲と、内輪部材9の内周面9bの軸方向の範囲とが重複する範囲Dを含むように形成されている。このため、環状すき間Sも上記範囲Dを含むように形成されている。
【0024】
環状すき間Sは、内輪部材9と、内軸2の他端部に形成された小径部8との間に形成されているので、仮に、内輪部材9を内軸2に外嵌した場合、内輪部材9は、内軸2に当接する小径面20の範囲では、内軸2の外周面を拘束するが、環状すき間Sが形成されている範囲では、内軸2の外周面を拘束しない。このため、環状すき間Sが形成されている範囲では、内軸2が縮径変形するのを緩和することができる。
【0025】
上記構成の車輪用軸受装置1によれば、内輪部材9と、内軸2との間には、内輪部材9が内軸2に外嵌することで当該内軸2が縮径するのを緩和する環状すき間Sが、スプライン条32が形成されている軸方向の範囲と、内輪部材9の軸方向の範囲とが重複する範囲で形成されているので、内輪部材9を内軸2に外嵌したとしても、少なくとも軸部31のスプライン条32が形成されている範囲では、内軸2の内周面側のスプライン溝13が縮径するように変形するのが緩和され、この結果、軸部31と内軸2とがスプライン嵌合できなくなるのを防止することができる。
【0026】
さらに、環状すき間Sを設ければ、軸部31と内軸2とがスプライン嵌合できなくなるのを防止できるので、軸受装置としての各部分の寸法を変更する必要がなく、車輪用軸受装置としての本来の性能を維持することができる。
以上のように、本実施形態によれば車輪用軸受装置としての本来の性能を維持しつつ、車輪用軸受装置として組み立てた後の仕上げ加工を行わなくても、軸部31が内軸2にスプライン嵌合できなくなるのを防止することができる。
【0027】
また、上記実施形態では、環状すき間Sを、内輪部材9の内周面9bに設けた大径面21と、内軸2の小径部8外周面との間で形成したので、内軸2に対して環状すき間Sを形成するための加工を加える必要がなく、内軸2の強度を低下させる要因を排除しつつ、環状すき間Sを形成することができる。
【0028】
なお、本発明は、上記各実施形態に限定されるものではない。上記実施形態では、環状すき間Sを、内輪部材9の内周面9bに設けた大径面21と、内軸2の小径部8外周面との間で形成した場合を例示したが、内軸2及び内輪部材9の寸法上、内軸2に環状すき間を形成するための加工を行ったとしても強度上問題が無いような場合には、内軸2の小径部8に段差を設け、内輪部材9の内周面との間で環状すき間Sを形成することもできる。
【0029】
例えば、図3に示すように、内軸2の小径部8に、大径面25と、この大径面25よりさらに小径とされた縮径部としての小径面26とを設ければ、小径面26と、内輪部材9の内周面との間で、環状すき間Sを形成することができる。
【0030】
また、上記実施形態では、環状すき間Sを円筒状に形成した場合を示したが、環状すき間Sは、内輪部材9の外嵌による内軸2の縮径変形を緩和できればよく、例えば、大径面21や、小径面26がテーパ面とされていても良いし、一様な環状面でなく、軸方向から正面視したときの形状が多角形に形成されていてもよい。
さらに、上記実施形態では、複列の円すいころ軸受を構成する車輪用軸受装置1を示したが、例えば、複列のアンギュラ玉軸受等を構成する軸受装置にも適用できる。
【符号の説明】
【0031】
1:車輪用軸受装置 2:内軸 3:外輪 4:円すいころ
9:内輪部材 12:中心孔 12a:内周面 13:スプライン溝
21:大径面(拡径部) 26:小径面(縮径部) 30:等速ジョイント
31:軸部(駆動軸) 32:スプライン条

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端部に車輪が取り付けられる円筒状の内軸と、
複列の転動体を介在した状態で前記内軸の外周側に同心配置された外輪と、
前記複列の転動体の内の他端側に位置する列の転動体の軌道が外周に形成されているとともに前記内軸の他端部外周面に外嵌された内輪部材と、を備え、
前記内軸の中心孔の内周面には、当該中心孔に挿入される駆動軸の外周面に形成された多数のスプライン条とスプライン嵌合するスプライン溝が形成された車輪用軸受装置において、
前記内輪部材と、前記内軸の他端部との間には、前記内輪部材が前記内軸に外嵌することで当該内軸を縮径させるのを緩和する環状すき間が、前記駆動軸のスプライン条が形成されている軸方向の範囲と、前記内輪部材の軸方向の範囲とが重複する範囲で形成されていることを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記環状すき間は、前記内輪部材の内周面に設けられた拡径部と、前記内軸の他端部外周面との間で形成されている請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記環状すき間は、前記内軸の他端部外周面に設けられた縮径部と、前記内輪部材の内周面との間で形成されている請求項1に記載の車輪用軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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