説明

転がり軸受用部材および転がり軸受

【課題】転がり軸受を廃棄した際に高分子部材から発生する炭酸ガス量を低減し、大気中の炭酸ガス濃度の増加抑制・防止もしくは低減に貢献でき、かつ連続使用温度を高く、また耐久時間を長くすることができる転がり軸受用部材およびこの部材を用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】内輪と、外輪と、複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受に用いられる合成樹脂組成物の成形体からなる転がり軸受用部材であって、該転がり軸受用部材は、上記合成樹脂組成物を構成する高分子母材は、その製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いており、上記成形体は、合成樹脂組成物を成形して得られる成形体の表面であって、転がり軸受用部材が使用される雰囲気に曝される表面に、該合成樹脂組成物とは異なる材質であって、かつ雰囲気成分の透過率が合成樹脂組成物よりも小さい材質の表面層が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受用部材および転がり軸受に関し、特にバイオマス由来の原料を用いて合成された高分子を母材とする合成樹脂組成物の成形体からなる転がり軸受用部材およびこの部材を用いた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受を構成する部材の中でも、特に保持器やシール部材は、合成樹脂組成物や高分子弾性体の成形体として構成される場合が多い。ここで合成樹脂組成物や高分子弾性体は化石資源由来のエンジニアリングプラスチックや合成ゴムが採用されてきた。
【0003】
使用済み転がり軸受を産業廃棄物として処分するときの生物環境を害するおそれに対して、従来、生分解性を有する合成樹脂製保持器や樹脂性シール部材またはグリースを適用した軸受が提案されている(特許文献1および特許文献2)。
しかし、生分解性を有する合成樹脂組成物を用いた場合であっても、該合成樹脂組成物を構成する高分子母材が化石資源由来のプラスチック等であると、生分解や燃焼等により最終的に炭酸ガス排出源となり、地球温暖化に悪影響を及ぼすという問題がある。
【0004】
一方、合成樹脂組成物の成形体を保持器やシール部材に用いた軸受は、設計自由度および生産性が高く、また軸受の重量低減にも寄与するため、近年使用領域の拡大ニーズが高まってきている。しかしながら、これらの合成樹脂を部材として用いた軸受は、総金属製の軸受と比較して、高温下長時間の使用により合成樹脂が次第に劣化し、連続使用温度を高く、また耐久時間を長くすることができないという問題があった。
【0005】
特に、合成樹脂組成物の成形体を製造し、それを廃却するまでの期間に発生する炭酸ガス量を低減し、大気中の炭酸ガス濃度の増加抑制・防止もしくは低減に貢献できるバイオマス由来の原料を用いている合成樹脂組成物の成形体の場合、高分子内部にアミド結合やエステル結合を有する場合が多いため、使用雰囲気ガスによりアミド結合やエステル結合などの加水分解により低分子化してゆき、次第に機械強度が低下してゆく問題がある。そのため、軸受に使用される高分子材料の劣化防止対策が望まれている。
【特許文献1】特許第3993377号
【特許文献2】特開2004−68913号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題に対処するためになされたもので、転がり軸受を廃棄した際に高分子部材から発生する炭酸ガス量を低減し、大気中の炭酸ガス濃度の増加抑制・防止もしくは低減に貢献でき、かつ連続使用温度を高く、また耐久時間を長くすることができる転がり軸受用部材およびこの部材を用いた転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり軸受用部材は、外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、上記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受に用いられる合成樹脂組成物の成形体からなる転がり軸受用部材であって、該転がり軸受用部材は、内輪、外輪、転動体、および保持器から選ばれた少なくとも1つの部材であり、上記合成樹脂組成物を構成する高分子母材は、その製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いており、上記成形体は、合成樹脂組成物を成形して得られる成形体の表面であって、転がり軸受用部材が使用される雰囲気に曝される表面に、該合成樹脂組成物とは異なる材質であって、かつ雰囲気成分の透過率が合成樹脂組成物よりも小さい材質の表面層が設けられていることを特徴とする。
特に、転がり軸受用部材が保持器であることを特徴とする。
【0008】
また、本発明の転がり軸受用部材は、外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、前記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器と、シール部材とを備えた転がり軸受に用いられ、高分子弾性体または合成樹脂組成物からなり、該転がり軸受用部材は、上記シール部材であり、上記高分子弾性体または合成樹脂組成物を構成する高分子母材は、その製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いており、上記成形体は、合成樹脂組成物を成形して得られる成形体の表面であって、転がり軸受用部材が使用される雰囲気に曝される表面に、該合成樹脂組成物とは異なる材質であって、かつ雰囲気成分の透過率が合成樹脂組成物よりも小さい材質の表面層が設けられていることを特徴とする。
【0009】
本発明の転がり軸受用部材に用いられる合成樹脂組成物の成形体または高分子弾性体を構成する高分子母材は、少なくとも放射性炭素14(14C)が含まれることを特徴とする。
また、上記高分子母材は、ポリアミド類、ポリエステル類、セルロース誘導体類から選ばれた少なくとも1つであることを特徴とする。特に、上記高分子母材は、ポリアミド11、ポリアミド6−10、ポリアミド66、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、酢酸セルロース、酢酸プロピオン酸セルロース、酢酸酪酸セルロースから選ばれた少なくとも1つであることを特徴とする。
【0010】
本発明の転がり軸受用部材が使用される雰囲気は、酸素、オゾンおよび水蒸気から選ばれた少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする。また、これら成分を含む雰囲気の透過率が転がり軸受用部材を構成する合成樹脂組成物または高分子弾性体の透過率よりも小さい材質の表面層が設けられていることを特徴とする。雰囲気成分の透過率が小さい材質の表面層を設けることは、バイオマス由来の原料で形成された転がり軸受用部材の表面に気体バリア層を設けることを意味する。
【0011】
上記気体バリア層となる表面層は、高分子化合物層、セラミックス層および金属層から選ばれた少なくとも1つの表面層であることを特徴とする。
また、上記表面層が設けられた転がり軸受用部材(A部材)の劣化の活性化エネルギーが表面層のない転がり軸受用部材(B部材)の劣化の活性化エネルギーと略同一であり、所定の寿命特性値における耐久温度はA部材がB部材よりも高い温度であることを特徴とする。
【0012】
本発明の転がり軸受は、外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器とを備え、上記内輪、外輪、転動体、および保持器から選ばれた少なくとも1つの部材は、製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いて得られる高分子母材の合成樹脂組成物の成形体の表面に気体バリア層となる表面層を有することを特徴とする。
また、転がり軸受を構成するシール部材は、製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いて得られる高分子を主母材とした高分子弾性体もしくは合成樹脂組成物の表面に気体バリア層となる表面層を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の転がり軸受用部材は、(1)製造原料の少なくとも一部にバイオマス由来の原料を用いて合成された高分子(以後、バイオプラスチックともいう)を主母材として用いるので、化石資源由来の高分子を用いた場合と比べて、転がり軸受の廃棄・リサイクルの過程で、これら部材から実質的に炭酸ガスを排出しない、または炭酸ガスの排出量を抑制できる、環境負荷の低い保持器および/またはシール等を用いた転がり軸受の提供ができる。(2)バイオプラスチックの表面に気体バリア層を設けるので、バイオプラスチックに含まれているアミド結合およびエステル結合の加水分解を誘発させる要因である酸素や水蒸気などの気体の接触を効果的に防止し、高温下の連続使用を達成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明において、バイオマスとは、平成18年3月31日に農林水産省で策定されたバイオマス・ニッポン総合戦略に定義されているように、再生可能な生物もしくは植物由来の有機性資源であり、化石資源を除いたものである。このようなバイオマスとしては、廃棄される紙、家畜排泄物、食品廃棄物、建設発生木材、製剤工場残材、黒液(パルプ工場廃液)、下水汚泥、し尿汚泥、稲わら、麦わら、もみ殻、林地残材(間伐材、被害木材等)、飼料作物、でん粉系作物や、蟹や海老等の甲殻類の殻等を原料とするものがある。
【0015】
本発明の転がり軸受用部材は、製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いて得られる高分子母材から得られる合成樹脂組成物の成形体、または高分子弾性体から製造される。
上記高分子母材は、バイオマス由来の原料を少なくともその一部に用いて合成した高分子である。大気中の炭酸ガスを吸収して成長した植物それらを摂取した生物等から原料を抽出・変性し、重合過程を経て高分子材料としたものである。このため廃棄時に燃焼処分や生分解しても特に大気中の炭酸ガス濃度の増加に寄与しない、または従来の化石系原料から合成される高分子と比べて炭酸ガス排出量を抑制できる、カーボンニュートラル(炭素循環に対して中立(害を及ぼさない))と呼ばれる特徴を持つ。
【0016】
転がり軸受の多くは、内外輪および転動体が金属である軸受鋼であるため、その廃棄の場合には、通常、鉄としてリサイクルされる。このリサイクル過程で軸受に含まれる高分子部材は燃焼され、炭酸ガスとして処分される場合が多い。
転がり軸受用部材として用いられている高分子母材の炭素元素に着目した場合、その炭素元素は化石資源由来のものとバイオマス由来のものに区分することができる。高分子母材を構成する全炭素元素に占めるバイオマス由来の炭素元素の比率をバイオマス炭素含有率(以後、バイオカーボン度という)として、式(1)により算出することができる。

バイオカーボン度(%)=(バイオマス由来の炭素元素数/高分子母材の全炭素元素数)×100・・・・・・(1)

本発明で用いる高分子母材としては、バイオカーボン度が0%をこえていれば特に問題はないが、燃焼時の炭酸ガス排出量削減の効果を上げるためには、15%以上のバイオカーボン度が好ましく、この値は高ければ高いほどよい。
【0017】
高分子母材がバイオマス由来の原料から構成されているかどうかは、母材中に含まれる放射性炭素14(以後、14Cともいう)の有無を調べることで判定できる。14Cの半減期は5730年であることから、1千万年以上の歳月を経て生成されるとされる化石資源由来の炭素には14Cが全く含まれない。このことから高分子部材中に14Cが含まれていれば、少なくともバイオマス由来の原料を用いていると判断できる。
【0018】
高分子母材のバイオカーボン度は、加速器質量分析(AMS)法やβ線測定法などによる14Cの濃度測定結果から求めることもできる(例えばASTM D6866)。しかしながら、大気中の14C濃度は変動するため、バイオプラスチックス中に含まれる14C濃度も例えば収穫年毎に変動することから、正確なバイオカーボン度を求めるにはそれらの補正を行なう必要がある。
【0019】
化石資源由来の高分子と比べてバイオプラスチックスは、原料の種類が限られ、また醗酵による変換や化学変換を行なう際の自由度も小さい場合が多いことから、その多くはエステル系またアミド系高分子である。またこのことから得られたバイオプラスチックスは加水分解性や生分解性を有している場合が多く、加えて一般的に強度、靭性、耐熱性や耐劣化性が化石資源由来樹脂と比べて劣る場合が多いため、信頼性が要求される機械部品用途には適用しにくいという問題がある。
【0020】
本発明に使用可能なバイオプラスチックスとしての高分子母材は、その原料の一部または全部がバイオマス由来の原料から構成された、ポリ乳酸(PLA)、ポリ3−ヒドロキシブタン酸[P(3HB)]、ポリアミド11(以下、PA11ともいう)、ポリアミド6−10(以下、PA6−10ともいう)、ポリアミド66(以下、PA66ともいう)などの一部のポリアミド類、ポリブチレンサクシネート(以下、PBSともいう)、ポリトリメチレンテレフタレート(以下、PTTともいう)、ポリブチレンテレフタレート(以下、PBTともいう)などのポリエステル類、酢酸セルロース(以下、CAともいう)、酢酸プロピオン酸セルロース(以下、CAPともいう)、酢酸酪酸セルロース(以下、CABともいう)などのセルロース誘導体類などが挙げられ、使用するモノマー成分の一部または全部にバイオマス原料を利用したものであればどのようなものでも使用できる。
例えば、上記に挙げたもの以外にも、3−ヒドロキシブタン酸と3−ヒドロキシ吉草酸の共重合体P[(3HB)−co−(3HV)]や、PBSに共重合成分としてアジピン酸のモノマーを加えた共重合体(PBSA)、PBSに乳酸モノマーを加えた共重合体(PBSL)、ε−カプロラクトンを加えた共重合体(PBSCL)、カーボネートを加えた共重合体(PBSC)、バイオマスであるポリフェノールやリグニン等から得られるフェノール類を用いたフェノール樹脂や、バイオマス由来のポリオールや有機酸を用いたエポキシ樹脂なども利用できる。さらには靭性向上などの目的で複数のバイオプラスチックス同士や、化石資源由来の高分子とのアロイ化技術も利用できる。
上記のうち、バイオマス由来原料から比較的経済的に合成・重合し易くて、バイオカーボン度も高く、かつ耐生分解性もしくは耐加水分解性に優れ信頼性を確保しやすいことから、PA11、PA6−10、PA66、PTT、またはCA、CAP、CABなどのセルロース誘導体類が好ましい。
【0021】
本発明に使用可能な高分子弾性体としての高分子母材は、天然ゴム、ヒマシ油由来の11−アミノウンデカン酸などから合成されるアミド系熱可塑性エラストマーなどがあり、またはこれらと、化石資源由来の合成ゴムや例えばポリ塩化ビニルなどの合成樹脂とのブレンド品が挙げられる。天然ゴムは、通常耐油性や耐候性に劣るため必要に応じて、15%以上のバイオカーボン度が得られるように化石資源由来の合成ゴムや合成樹脂とブレンドされる。
【0022】
これら上述のバイオマス由来原料を用いた14Cを含む高分子母材に、転がり軸受の用途に応じて、粒状物、板状物、繊維状物等の補強材、熱、紫外線、酸化や加水分解等による劣化を抑制する劣化抑制剤や劣化防止剤、成形性や成形体の柔軟性を向上する為の可塑剤、柔軟剤、帯電防止剤や導電材等の添加剤、分散剤や顔料等を添加することもできる。
また、成形体の耐衝撃を向上するための、例えばゴム変性等の耐衝撃向上手法や、ラジカル発生剤、架橋剤、放射線や電子線等による架橋構造の導入による耐熱性向上手法を用いることもできる。
【0023】
上記成形体は、この成形体表面のうち転がり軸受用部材が使用される雰囲気に曝される表面に雰囲気成分の透過を抑えるバリア層を有する。バリア層は、上記成形体を構成する合成樹脂組成物とは異なる材質であって、かつ雰囲気成分の透過率が上記合成樹脂組成物よりも小さい材質の表面層である。
本発明において、バイオプラスチックを劣化させる雰囲気成分の透過を抑えることが必要であり、耐久性に関与する雰囲気成分としては、酸素ガス、オゾンガス、水蒸気、潤滑油および/またはグリースを構成する有機物成分が挙げられる。
バイオプラスチックはアミド結合およびエステル結合を含むものが多く、これらアミド結合およびエステル結合は、水蒸気による加水分解を受けて劣化しやすい。また、酸素ガスおよびオゾンガスはバイオプラスチックを酸化劣化させやすい。酸素ガス、オゾンガス、水蒸気は、それぞれ単独で、または複合してバイオプラスチックの耐久性を低下させる。このため、ガス成分としてバイオプラスチックの耐久性を低下させることが多い酸素ガス、オゾンガス、水蒸気に対するバリア層を設けることが好ましい。
気体バリア層となる表面層は、高分子化合物層、セラミックス層および金属層から選ばれた少なくとも1つの表面層が挙げられる。
【0024】
高分子化合物層としては、気体バリア性が本体の成形体より優れている高分子母材を用いることができる。本体の成形体より優れているバイオマス由来原料を用いた高分子母材、または化石原料由来の高分子母材を用いることができる。好ましい高分子母材は化石原料由来の高分子母材である。
本発明において、表面層として使用可能な高分子母材として、化石資源由来の高分子材料としては、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂のいずれであってもよく、具体例を列挙すれば以下の通りである。すなわち、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、クロロトリフルオロエチレン樹脂、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、フッ化ビニリデン樹脂、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアルコール、低密度ポリエチレン樹脂、高密度または超分子量ポリエチレン樹脂、水架橋ポリオレフィン樹脂、芳香族ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリアリルスルホン樹脂、ポリシアノアリールエーテル樹脂、ポリアリールエーテルケトン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、芳香族ポリエステル樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、脂肪族ポリケトン樹脂、ポリオキサゾリン樹脂、または上記合成樹脂から選ばれた2種以上の樹脂材料が混合されて、ポリマーブレンドやポリマーアロイと称される重合体が挙げられる。
【0025】
本発明において、表面層として使用可能な高分子母材として、バイオマス由来の高分子材料としては、上述したバイオマス由来の高分子母材の中で本体と表面層の組合せた場合に気体バリア性に優れた高分子母材を表面層に使用できる。
【0026】
セラミックス層としては、シリカ、アルミナなどの酸化物系セラミックス膜、窒化ケイ素などの非酸化物系セラミックス膜、またはダイヤモンドライクカーボン(DLC)が挙げられる。
【0027】
本発明において、表面層として使用可能な金属層としては、金属箔とすることができる金属材料、プラスチックス表面に無電解メッキ可能な金属材料、蒸着被膜を形成できる金属材料が挙げられる。
【0028】
表面層の形成方法としては、薄膜を貼り付けまたは圧着する方法、物理的または化学的蒸着による方法、溶射による方法、塗膜を形成する方法、無電解メッキによる方法、2色成形を用いた異種材接合方法等が挙げられる。
【0029】
本発明は、製造原料の少なくとも一部が生物由来の高分子から得られる合成樹脂組成物の成形体、または高分子弾性体を母材として製造される軸受用部材の耐久性を向上できる。生物由来の高分子材料は、原料の種類が限られ、また醗酵による変換や化学変換を行なう際の自由度は、化石資源由来の高分子材料よりも小さい場合が多いことから、その多くはエステル系またアミド系高分子となり、化石資源由来の高分子材料よりも一層、加水分解や熱による高分子母材の劣化を防ぐ必要がある。
【0030】
高分子母材の劣化が主としてその化学的変化に起因すると考えて、これを反応速度論的に取り扱うことで、材料の特性変化と温度との関係、すなわち耐熱寿命式を求めることが、例えばIEC規格、JIS規格、ASTM規格、UL規格などで採用されている。
この耐熱寿命式は、材料の特性変化の活性化エネルギーが材料を構成する化学物質の化学変化の活性化エネルギーに等しくなるとの考え方に基づくものであり、温度Tにおける寿命をtとすれば、以下の式(2)で表される。aは定数、ΔEは活性化エネルギー、Rはガス定数をそれぞれ表す。

log t =a+ΔE/RT・・・・・・(2)

縦軸(Y軸)を寿命tの対数目盛と、横軸(X軸)を(1/T)目盛とするグラフに上記式を描くと、上記寿命式は、直線関係が得られ、その直線の傾きは(ΔE/R)になる。
なお、材料が寿命となる特性は、転がり軸受用部材に必要とされる特性の中で、任意に定めることができ、その定められた寿命特性値により具体的な耐久温度が定まる。
【0031】
本発明の表面層が設けられた転がり軸受用部材(A部材)と、表面層のない転がり軸受用部材(B部材)との耐熱寿命直線を比較すると、その直線の傾きが略同一となると共に、該直線が略平行移動して、所定の寿命特性値における耐久温度はA部材がB部材よりも高い温度となる。
本発明の表面層は、上記目的のために設けられるものであり、バイオプラスチックスであるB部材の連続使用温度を高めるために設けられる。
【0032】
表面層の厚さは表面層の材質および種類によって異なるが、表面層の厚さが厚くなりすぎると、バイオプラスチックス以外の構成成分が増加することになり、上記耐熱寿命直線の傾きが略同一とならなくなる場合がある。また、表面層の部材は環境負荷を増大させるため好ましくない。表面層の厚さが薄すぎると、上記耐熱寿命直線の傾きが略同一であるが耐久温度が向上しない。
表面層の厚さは、耐熱寿命直線が上記関係になるように定められるものであるが、具体的には、表面層が高分子層である場合0.1〜2000μm、好ましくは1〜1000μm、セラミックス層である場合0.01〜500μm、好ましくは0.1〜200μm、金属層である場合0.1〜500μm、好ましくは0.5〜200μmである。
【0033】
本発明の転がり軸受の一例を図1により説明する。図1はグリース封入深溝玉軸受の断面図である。深溝玉軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5が設けられている。また、外輪3等に固定されるシール部材6が内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられている。少なくとも転動体4の周囲にグリース7が封入される。
図1においては、特に保持器5をバイオマス由来の原料を用いて得られる高分子母材の合成樹脂組成物の成形体5aとし、その成形体表面が上述した表面層5bで覆われている。内輪2、外輪3、転動体4は鋼またはセラミックから構成することが好ましい。
【0034】
また、図2に示すように、シール部材6は、上述のバイオマス由来の高分子弾性体もしくは合成樹脂組成物の成形体6aとし、その成形体表面が上述した表面層6bで覆われている構成とすることができる。なお、シール部材6は、金属板、プラスチック板、セラミック板等との複合体としてもよい。
【0035】
また、本発明の転がり軸受の潤滑方式は、既知の、例えばグリース潤滑、油潤滑、エアオイル潤滑、固体潤滑等、どのような方法を採用してもよい。またグリース潤滑や油を使った潤滑の場合、それらには、従来から用いられている鉱油等の化石資源由来材だけでなく、生分解性を付与したものやバイオマス由来材を適用したものを用いることもできる。
【0036】
なお、転がり軸受として深溝玉軸受を例示して説明したが、本発明の転がり軸受は、他の種々の転がり軸受やこれらを組込んだ軸受ユニット部品に対して適用できる。例えば、アンギュラ玉軸受、自動調心玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受に適用できる。
【実施例】
【0037】
以下の各実施例に示す高分子部材を保持器およびシール部材に使用して、図1に示す構成の転がり軸受をそれぞれ製造した。
【0038】
実施例
バイオマス由来原料で変性処理したセルロース類、セルロース類の糖化過程で得られるフルフラールからアジポニトリル等を経由して得られるヘキサメチレンジアミンとアジピン酸を重合して得られるポリアミド66は、バイオマス由来材(14Cを含むバイオマスプラスチックス)となることができる。
ポリアミド66にガラス繊維を25重量%配合した市販品のウルトラミッドA3HG5(BASF社製)材料を用いて、射出成形機で保持器および評価用フィルム(厚さ約80μm)を作製した。
【0039】
保持器および評価用フィルムの表面にプラズマイオン注入法でダイヤモンドライクカーボン(DLC)の薄膜を成膜した。DLC膜の厚さは5nmと20nmとの2種類を準備した。
得られた評価用フィルムを用いて、水蒸気透過度(g/(m2・day))を測定した。水蒸気透過度はJIS K7129に規定の方法で測定した。その結果、DLC膜が形成されていない評価用フィルムの水蒸気透過度を100%として表した水蒸気透過率(%)は、DLC膜の厚さ5nmでは41.9%、同20nmでは19.4%であった。
【0040】
引張強さが初期値の半分となる時間を寿命時間の値として、室温より高い複数の温度で寿命時間を測定した。測定はASTM1号ダンベルの上記評価用フィルム試験片を用いて測定した。なお、DLC膜はフィルムの両面に形成した。
測定温度を(1/K)目盛りで横軸に、寿命時間を対数目盛りで縦軸にしてプロットすることにより直線関係が得られた。
直線関係の傾きより得られた劣化の活性化エネルギーは、それぞれ、DLC膜を形成しないポリアミド66が16.5kcal/モル、DLC膜の厚さ5nmのポリアミド66が17.8kcal/モル、DLC膜の厚さ20nmのポリアミド66が15.8kcal/モルであり、略同一の活性化エネルギーを示した。
上記寿命直線より、10万時間連続使用温度(℃)を求めたところ、それぞれ、DLC膜を形成しないポリアミド66が106℃、DLC膜の厚さ5nmのポリアミド66が109℃、DLC膜の厚さ20nmのポリアミド66が122℃であった。
【0041】
以上の結果から、同一の母材であっても気体バリア性を持つ皮膜を処理することで、連続使用温度を向上させることができた。気体バリア性を持つ皮膜の膜厚と性能向上率の関係から、母材に浸透する気体を抑えることで樹脂の分解の進行が遅くなり、結果的に物性低下が抑えられたと考える。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のバイオマス由来の原料を用いた転がり軸受用部材およびこの部材を用いた転がり軸受は、転がり軸受の廃棄・リサイクルの過程で、これら部材から実質的に炭酸ガスを排出しない、または炭酸ガスの排出量を抑制でき、環境負荷の低い転がり軸受を提供できる。また、気体バリア性を持つ皮膜を用いた転がり軸受用部材およびこの部材を用いた転がり軸受は、従来使用されてきた樹脂材料の物性低下を大幅に抑え連続使用温度を向上させることができるので、今後の地球温暖化を抑制できる機械、装置に広く応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】グリース封入深溝玉軸受(シール部材の芯金なし)の断面図である。
【図2】グリース封入深溝玉軸受(シール部材の芯金あり)の断面図である。
【符号の説明】
【0044】
1 深溝玉軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8a、8b 軸方向開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、前記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受に用いられる合成樹脂組成物の成形体からなる転がり軸受用部材であって、
該転がり軸受用部材は、前記内輪、前記外輪、前記転動体、および前記保持器から選ばれた少なくとも1つの部材であり、
前記合成樹脂組成物を構成する高分子母材は、その製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いており、
前記成形体は、前記合成樹脂組成物を成形して得られる成形体の表面であって、前記転がり軸受用部材が使用される雰囲気に曝される表面に、該合成樹脂組成物とは異なる材質であって、かつ前記雰囲気成分の透過率が前記合成樹脂組成物の透過率よりも小さい材質の表面層が設けられていることを特徴とする転がり軸受用部材。
【請求項2】
前記転がり軸受用部材が保持器であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用部材。
【請求項3】
外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、前記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器と、シール部材とを備えた転がり軸受に用いられる高分子弾性体または合成樹脂組成物からなる転がり軸受用部材であって、
該転がり軸受用部材は、前記シール部材であり、前記高分子弾性体または合成樹脂組成物を構成する高分子母材は、その製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いており、
前記シール部材は、前記高分子弾性体または合成樹脂組成物を成形して得られる成形体の表面であって、前記転がり軸受用部材が使用される雰囲気に曝される表面に、該高分子弾性体または合成樹脂組成物とは異なる材質であって、かつ前記雰囲気成分の透過率が前記高分子弾性体または合成樹脂組成物の透過率よりも小さい材質の表面層が設けられていることを特徴とする転がり軸受用部材。
【請求項4】
前記高分子母材は、少なくとも放射性炭素14(14C)が含まれていることを特徴とする請求項1または請求項3記載の転がり軸受用部材。
【請求項5】
前記高分子母材は、ポリアミド類、ポリエステル類、セルロース誘導体類から選ばれた少なくとも1つであることを特徴とする請求項4記載の転がり軸受用部材。
【請求項6】
前記高分子母材は、ポリアミド11、ポリアミド6−10、ポリアミド66、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、酢酸セルロース、酢酸プロピオン酸セルロース、酢酸酪酸セルロースから選ばれた少なくとも1つであることを特徴とする請求項5記載の転がり軸受用部材。
【請求項7】
前記雰囲気成分が酸素、オゾンおよび水蒸気から選ばれた少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項記載の転がり軸受用部材。
【請求項8】
前記表面層は、高分子化合物層、セラミックス層および金属層から選ばれた少なくとも1つの表面層であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項記載の転がり軸受用部材。
【請求項9】
前記表面層が設けられた転がり軸受用部材(A部材)の劣化の活性化エネルギーが表面層のない転がり軸受用部材(B部材)の劣化の活性化エネルギーと略同一であり、所定の寿命特性値における耐久温度はA部材がB部材よりも高い温度であることを特徴とする請求項8記載の転がり軸受用部材。
【請求項10】
外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、前記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受であって、
前記内輪、前記外輪、前記転動体、および前記保持器から選ばれた少なくとも1つの部材が請求項9記載の部材であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項11】
外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、前記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器と、シール部材とを備えた転がり軸受であって、
前記シール部材が請求項9記載の部材であることを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−25221(P2010−25221A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−187020(P2008−187020)
【出願日】平成20年7月18日(2008.7.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】