転動疲労寿命の試験方法
【課題】試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供する。
【解決手段】転動疲労寿命の試験方法は、軌道面を有し、鋼からなる軌道部材を準備するステップ(S10)と、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成するステップ(S20)と、軌道面上を、セラミックスからなる転動体を転走させることにより、軌道面に剥離を生じさせるステップ(S30)とを備えている。
【解決手段】転動疲労寿命の試験方法は、軌道面を有し、鋼からなる軌道部材を準備するステップ(S10)と、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成するステップ(S20)と、軌道面上を、セラミックスからなる転動体を転走させることにより、軌道面に剥離を生じさせるステップ(S30)とを備えている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転動疲労寿命の試験方法に関し、より特定的には、異物混入潤滑下における転動疲労寿命を調査するための転動疲労寿命の試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受など、転動疲労を受ける機械要素は、金属の摩耗粉やカーボン粒子などの硬質の異物が侵入する潤滑環境下(異物混入潤滑下)において使用される場合も多い。そのため、機械要素において、異物混入潤滑下における転動疲労寿命は重要な特性の1つである。
【0003】
異物混入潤滑下における転動疲労寿命の試験方法としては、潤滑油中に所定量の硬質の異物(金属の粉末など)を添加した上で攪拌し、当該潤滑油による潤滑環境下で試験を行なう方法が提案されている(たとえば、非特許文献1参照)。この方法は、混入する異物の種類や量などを変更することにより、実際の機械要素の使用環境を模擬した試験を実施することが可能であり、汎用性に富んだ試験方法であるといえる。
【非特許文献1】大木力、外2名、「結晶粒の微細化による軸受鋼の長寿命化」、NTN TECHNICAL REVIEW、No.71、2003年、p.2−7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記試験方法においては、潤滑油中に異物を添加した後、攪拌が実施されるものの、たとえば転がり軸受の軌道輪と転動体との間における異物の噛み込みの状態を完全にコントロールすることはできない。そのため、試験結果のばらつきが大きくなるという問題があった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従った転動疲労寿命の試験方法は、軌道面を有し、鋼からなる軌道部材を準備するステップと、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成するステップと、軌道面上を、セラミックスからなる転動体を転走させることにより、軌道面に剥離を生じさせるステップとを備えている。
【0007】
異物混入潤滑下における転動疲労では、以下のようなメカニズムで破損(剥離)が発生する。軌道部材の軌道面上を転動体が転走すると、潤滑油中の異物が転動体と軌道部材との間に噛み込まれる。これにより、軌道面に圧痕が生じる。このとき、圧痕の外縁部には盛り上がり部が形成される。そして、当該盛り上がり部を転動体が通過すると、盛り上がり部に応力が集中し、亀裂が発生する。そして、この亀裂が成長することにより、軌道面に剥離が発生する。上述の潤滑油中に異物を混入する試験では、上記圧痕の形成状態にばらつきがあるため、試験結果がばらつくものと考えられる。
【0008】
一方、予め軌道面に圧痕を形成しておき、潤滑油中に異物を混入することなく試験を実施すれば、試験結果のばらつきを抑制できるとも考えられる。しかしながら、単に軌道面に圧痕を形成した上で、軌道部材の軌道面上を、転動体を転走させた場合、転動体に波紋状剥離が発生するという特異な現象が発生する。そのため、実際の異物混入潤滑下における疲労現象とは異なったメカニズムにより、剥離が発生するという問題が生じる。
【0009】
これに対し、本発明の転動疲労寿命の試験方法では、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成した上で、当該軌道面上を、転動体を転走させている。そのため、圧痕の形成状態をコントロールすることが容易となり、圧痕の形成状態に起因した試験結果のばらつきを抑制することができる。また、転動体としてセラミックスからなる転動体を採用することにより、転動体における上記波紋状剥離の発生が抑制され、実際の異物混入潤滑下における疲労現象と同様のメカニズムにより、剥離を発生させることができる。その結果、本発明の転動疲労寿命の試験方法によれば、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供することができる。
【0010】
上記転動疲労寿命の試験方法において好ましくは、上記圧痕を形成するステップでは、圧痕の外縁の、転動体が転走する方向における一方の端部の軌道面からの高さをh11、他方の端部の軌道面からの高さをh12とした場合、h1=(h11+h12)/2で定義されるh1とh2=|h12−h11|で定義されるh2とがh2/h1<0.1の関係を満たすように、圧痕が形成される。
【0011】
本発明者は、試験結果のばらつきを一層抑制するための構成について更なる検討を行なった。その結果、圧痕の外縁部の高さを制御することにより、試験結果のばらつきを一層抑制可能であることを見出した。すなわち、上記にh1対するh2の比を小さくすることにより、より具体的には、h2/h1<0.1を満たすように圧痕を形成することにより、試験結果のばらつきを一層抑制することができる。
【0012】
上記転動疲労寿命の試験方法において好ましくは、上記圧子は、円錐形状を有している。これにより、容易に、外縁部の高さが均一な圧痕を形成することが可能となり、試験結果のばらつきを抑制することが容易となる。
【0013】
上記転動疲労寿命の試験方法において好ましくは、上記圧子は、少なくとも先端がダイヤモンドからなっている。鋼に比べて大幅に硬度の高いダイヤモンドを圧子の先端の素材として採用することにより、外縁部の高さが均一な圧痕を形成することが一層容易となる。ここで、少なくとも先端がダイヤモンドからなる円錐形状の圧子としては、たとえばロックウェルCスケール(JIS規格Z2245参照)の圧子を採用することができる。
【0014】
上記転動疲労寿命の試験方法においては、軌道部材は環状の軌道面を有していてもよい。この場合、圧痕を形成するステップでは、軌道面に圧子を押し付けることにより、軌道面に圧痕を形成するステップと、圧子と軌道部材との位置関係を維持した状態で軌道部材を軌道面の周方向に回転させるステップとを交互に繰り返すことにより、軌道面に複数の圧痕が形成されることが好ましい。これにより、複数の圧痕を均質に、かつ効率的に形成することができる。また、統一された条件で複数の圧痕を形成できるため、複数の圧痕のうち1つの圧痕の形状を確認することで、他の圧痕の形状を推定することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
以上の説明から明らかなように、本発明の転動疲労寿命の試験方法によれば、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰り返さない。
【0017】
図1は、本発明の一実施の形態における転動疲労寿命の試験方法の手順を示すフローチャートである。また、図2は、図1の工程(S10)において準備される軌道部材の一例を示す概略断面図である。また、図3は、図1の工程(S20)における圧痕の形成方法を説明するための概略断面図である。また、図4は、図1の工程(S21)において形成される圧痕の一例を示す写真である。また、図5は、図4の線分A−A’の断面における軌道面の高さを示す図である。また、図6は、図1の工程(S21)において形成される圧痕の他の一例を示す写真である。また、図7は、図6の線分B−B’の断面における軌道面の高さを示す図である。ここで、図5および図7においては、横軸は線分A−A’または線分B−B’に沿った方向における距離、縦軸は軌道面からの高さを示している。また、図8は、圧痕の形状に関するh11およびh12の定義を説明するための図である。また、図9は、軌道部材が転がり軸受に組み立てられた状態を示す概略断面図である。また、図10は、軌道面上を、転動体を転走させるための転動疲労寿命試験機の構成を示す概略図である。以下、図1〜図10を参照して、本発明の一実施の形態における転動疲労寿命の試験方法について説明する。
【0018】
図1を参照して、本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法では、まず、工程(S10)として、軌道部材を準備する工程が実施される。具体的には、図2を参照して、たとえば環状の軌道面1Aを有し、鋼からなる軌道部材としての深溝玉軸受の内輪1が準備される。内輪1の準備は、たとえば所望の鋼からなる鋼材を内輪1の形状に加工し、焼入硬化などの熱処理を実施した上で、軌道面1Aを研磨加工して仕上げることにより、行なうことができる。ここで、試験の目的に応じて、鋼の成分組成、熱処理、研磨加工の精度などを所望の状態に調整することができる。
【0019】
次に、図1を参照して、工程(S20)として、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成するステップが実施される。この工程(S20)では、圧子を軌道面に押し付けることにより、軌道面に圧痕を形成するステップ(工程(S21))と、圧子を軌道面から離脱させた上で、圧子と軌道部材との位置関係を維持した状態で軌道部材を軌道面の周方向に回転させるステップ(工程(S22))とを交互に繰り返すことにより、軌道面に複数の圧痕が形成される。
【0020】
より具体的には、工程(S20)では、図3を参照して、まず、長手方向に垂直な断面が円形である軸53の外周面に内周面が接触するように、内輪1が嵌め込まれて固定される。次に、工程(S20)に含まれる工程(S21)として、円錐形状を有し、ダイヤモンドからなるロックウェルCスケール用の圧子52を先端に備えた圧痕形成部材51が矢印α1の向きに移動することにより、圧子52が軌道面1Aに押し付けられ、軌道面1Aに圧痕が形成されるステップが実施される。その後、圧痕形成部材51が矢印α2の向きに移動することにより、圧子52が軌道面1Aから離脱する。
【0021】
次に、工程(S20)に含まれる工程(S22)として、軸53を周方向に回転させることにより、内輪1を周方向である矢印βの向きに所定の角度だけ回転させるステップが実施される。このとき、圧痕形成部材51は、矢印α1およびα2の向きに所定の距離だけ移動可能であるものの、軸53と圧痕形成部材51との位置関係はこの範囲で固定されている。その結果、上述の手順により、圧子52と内輪1との位置関係を維持した状態で内輪1を軌道面1Aの周方向に回転させることができる。その後、上記工程(S21)と(S22)とが繰り返して実施されることにより、内輪1の軌道面1Aに複数の圧痕が形成される。
【0022】
ここで、図4〜図7を参照して、上記工程(S20)において形成される圧痕は、図6および図7に示すように、圧痕の外縁の高さ(圧痕の外縁に形成される盛り上がり部の高さ)が、転動体が転走する方向(軌道面の周方向;線分B−B’に沿った方向)の両端において異なっていてもよいが、図4および図5に示すように、均一であることが好ましい。より具体的には、図8を参照して、圧痕の外縁の、転動体が転走する方向(荷重移動方向)における一方の端部(前方側の端部)の軌道面からの高さをh11、他方の端部(後方側の端部)の軌道面からの高さをh12とした場合、h1=(h11+h12)/2で定義されるh1とh2=|h12−h11|で定義されるh2との関係がh2/h1<0.1を満たすことが好ましい。
【0023】
次に、図1を参照して、工程(S30)として、軌道面上を、転動体を転走させる工程が実施される。具体的には、図9を参照して、まず、工程(S20)において圧痕が形成された内輪1が、別途準備された外輪2、転動体としての玉3、保持器4などと組み合わせることにより試験軸受10が組み立てられる。玉3は、セラミックスからなっている。玉3を構成するセラミックスとしては、たとえば窒化珪素、サイアロン、アルミナなどの焼結体を採用することができる。
【0024】
ここで、試験軸受10は、環状の外輪2と、外輪2の内側に配置された環状の内輪1と、外輪2と内輪1との間に配置され、円環状の保持器4に保持された転動体としての複数の玉3とを備えている。外輪2の内周面には外輪軌道面2Aが形成されており、内輪1の外周面には軌道面1Aが形成されている。そして、軌道面1Aと外輪軌道面2Aとが互いに対向するように、外輪2と内輪1とは配置されている。さらに、複数の玉3は、その表面である玉転走面3Aにおいて軌道面1Aおよび外輪軌道面2Aに接触し、かつ保持器4により周方向に所定のピッチで配置されることにより、円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、試験軸受10の外輪2および内輪1は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0025】
次に、組み立てられた試験軸受10が、転動疲労寿命試験機にセットされ、軌道面1A上を、玉3を転走させることにより、軌道面1Aに剥離を生じさせる。ここで、本実施の形態において使用される転動疲労寿命試験機について説明する。図10を参照して、転動疲労寿命試験機20は、プーリ21と、プーリ21に接続された第1の軸22Aと、第1の軸22Aに接続されたカップリング23と、カップリング23を介して第1の軸22Aに接続された第2の軸22Bと、第2の軸22Bの外周面に、内輪の内周面が接触するように嵌め込まれた負荷用玉軸受24と、負荷用玉軸受24の外輪の外周面に接触するように配置された負荷棒25と、負荷棒25を負荷用玉軸受24の外輪の径方向に押し付け可能なように配置された負荷用コイルばね26とを備えている。そして、転動疲労寿命試験機20は、2つの試験軸受10を、内輪1の内周面が第2の軸22Bに接触するように、かつ負荷用玉軸受24を挟むように、嵌め込み可能な構成を有している。より具体的には、試験軸受10が第2の軸22Bに嵌め込まれると、試験軸受10は、外輪2が固定され、かつ内輪1が第2の軸22Bと一体に回転可能となる。
【0026】
次に、転動疲労寿命試験機20の動作について説明する。プーリ21の外周面に掛けられた駆動ベルト(図示しない)が回転すると、プーリ21に接続された第1の軸22Aが周方向に回転する。この回転は、カップリング23を介して第2の軸22Bに伝達され、第2の軸22Bが周方向に回転する。これにより、試験軸受10においては、外輪2が固定されつつ内輪1が第2の軸22Bと一体に回転する。その結果、内輪1の軌道面1A上を、玉3が転走する。
【0027】
ここで、負荷用コイルばね26により負荷棒25が負荷用玉軸受24の外輪の径方向に押し付けられると、第2の軸22Bは撓み、その結果、試験軸受10に対して、ラジアル方向の荷重が負荷される。この状態で転動疲労寿命試験機20の運転を継続することにより、試験軸受10の内輪1の軌道面1Aに剥離が発生する。
【0028】
そして、図1を参照して、工程(S40)では、内輪1の軌道面1Aに剥離が発生するまでの時間、応力くり返し数などを内輪1の寿命として記録する。以上の手順により、本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法が完了する。
【0029】
上記本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法では、圧子52を用いて軌道面1Aに圧痕を形成した上で、軌道面1A上を、玉3を転走させている。そのため、圧痕の形成状態をコントロールすることが容易となり、圧痕の形成状態に起因した試験結果のばらつきが抑制されている。また、転動体にセラミックスからなる玉3を採用することにより、玉3における波紋状剥離の発生が抑制され、実際の異物混入潤滑下における疲労現象と同様のメカニズムにより、剥離を発生させることが可能となっている。その結果、本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法によれば、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能となっている。
【実施例1】
【0030】
以下、本発明の実施例1について説明する。圧痕の形状が試験結果のばらつきに及ぼす影響について調査する実験を行なった。実験の手順は以下のとおりである。
【0031】
実験では、上記実施の形態において図1に基づいて説明した手順で転動疲労寿命試験を実施することにより、圧痕の形状が試験結果のばらつきに及ぼす影響について調査した。ここで、図1を参照して、工程(S10)では、まず、JIS規格に規定された高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2を素材として採用し、JIS規格6206型番の深溝玉軸受の内輪の概略形状を有する鋼部材を複数個準備した。その後、当該複数個の鋼部材の一部に対して焼入および焼戻を実施するとともに(通常焼入)、複数個の鋼部材の残部に対しては浸炭窒化処理を実施した上で焼入および焼戻を実施した(浸炭窒化焼入)。そして、仕上げ加工を実施することにより、通常焼入を実施した内輪と浸炭窒化焼入を実施した内輪とを作製した。
【0032】
図11は、浸炭窒化焼入を実施した内輪の表面付近における炭素濃度および窒素濃度を示す図である。図11において、横軸は表面(軌道面)からの深さ、縦軸は炭素濃度および窒素濃度を示している。また、図11において、γは炭素濃度、δは窒素濃度を示している。図11を参照して、浸炭窒化処理の結果、内輪の表面近傍には0.1質量%を超える窒素が侵入していることが確認される。
【0033】
次に、図1を参照して、工程(S20)においては、図3に基づいて説明した上記実施の形態と同様の手順で、内輪の軌道面の周方向に均等に30個の圧痕を形成した。圧子にはロックウェルCスケールの圧子を用い、当該圧子を軌道面に対して20kgfの荷重で押し付けることにより、圧痕を形成した。そして、形成した圧痕を三次元表面形状測定装置により調査し、h2/h1の値を算出した。
【0034】
その後、上記実施の形態の場合と同様に、当該内輪を含む転がり軸受を組み立てることにより、JIS規格6206型番の深溝玉軸受を完成させ、試験軸受とした。そして、この試験軸受を図10に基づいて説明した転動疲労寿命試験機にセットして運転し、内輪に剥離が発生するまでの寿命を調査した。このとき、試験軸受における内輪と玉との接触面圧Pmaxは3.1GPa、回転速度は3000rpm、潤滑はタービン56油の潤滑給油、試験軸受のラジアルスキマはC3スキマとした。
【0035】
次に、実験結果について説明する。表1に実験結果を示す。
【0036】
【表1】
【0037】
表1を参照して、同一の熱処理であれば、荷重移動方向に対して後方に位置する圧痕外縁の盛り上がり部の高さh12が大きいほど寿命が低下する傾向が確認される。そして、この表1の実験結果を、熱処理条件ごとに、h2/h1<0.1の関係を満たすものと満たさないものとに分けて整理した。
【0038】
図12は、実施例1における転動疲労寿命試験の結果を示す図(ワイブルプロット)である。図12において、横軸は試験軸受の内輪に負荷された応力くり返し数、縦軸は累積破損確率を示している。また、図12において、中空のデータ点は熱処理が通常焼入であるもの、中実のデータ点は熱処理が浸炭窒化焼入であるものを示している。また、図12において、丸印のデータ点はh2/h1<0.1の関係を満たすもの、三角印のデータ点はh2/h1<0.1の関係を満たさないものを示している。また、図13および図14は、h2/h1の値とL50寿命に対するΔLの比との関係を示す図である。図13には、h2/h1<0.1の関係を満たす試験軸受の結果が示されており、図14にはh2/h1<0.1の関係を満たさない試験軸受の結果が示されている。ここで、L50とは累積破損確率が50%となる寿命値をいう。また、ΔLは、各試験軸受の寿命とL50寿命との差の絶対値をあらわしている。すなわち、図13および図14においては、データ点の縦方向のばらつきが小さいほど、試験結果のばらつきが小さかったことを示している。
【0039】
図12を参照して、熱処理が浸炭窒化焼入であったものは、熱処理が通常焼入であったものに比べて寿命が長い傾向が確認される。そして、図12〜図14を参照して、h2/h1<0.1の関係を満たす試験軸受の試験結果は、h2/h1<0.1の関係を満たさない試験軸受の試験結果に比べて、試験結果のばらつきが大幅に抑制されていることが分かる。このことから、軌道部材に圧痕を形成するに際しては、h2/h1<0.1の関係を満たすようにすることにより、試験結果のばらつきを抑制可能であることが確認された。
【実施例2】
【0040】
以下、本発明の実施例2について説明する。本発明の転動疲労寿命の試験方法を、潤滑油中に硬質の異物を混入させる従来の試験方法と比較する実験を行なった。実験の手順は以下のとおりである。
【0041】
まず、上記実施例1の場合と同様の内輪(通常焼入を実施したものおよび浸炭窒化焼入を実施したもの)を準備し、圧痕を形成することなく試験軸受に組み立てた。試験軸受を構成する玉の素材としては、焼入硬化したJIS規格SUJ2を採用した。その後、実施例1と同じ転動疲労寿命試験機において、潤滑油中に粒径100〜180μm、硬さ約800HVの硬質の金属粉末を1000ccあたり1gの割合で添加した油浴給油による潤滑とする点を除き、実施例1の場合と同様の条件で実験を行なった(従来の試験方法;比較例)。そして、実施例1において実施した本発明の試験方法の結果(h2/h1<0.1の条件を満たすもの;実施例)とともに統計的に処理することによりL10寿命(累積破損確率が10%となる寿命)、L50寿命およびワイブルスロープを算出した。
【0042】
次に、実験結果について説明する。表2に、実施例2における実験の結果を示す。表2において、本発明の試験方法および従来の試験方法の試験結果のうち、通常焼入を実施したものがそれぞれ実施例Aおよび比較例A、浸炭窒化焼入を実施したものがそれぞれ実施例Bおよび比較例Bとして標記されている。また、図15は、従来の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。また、図16は、本発明の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。図15および図16において、写真下側から上側に向かって荷重が移動している。
【0043】
【表2】
【0044】
図15および図16を参照して、本発明の試験方法において発生した剥離を従来の試験方法において発生した剥離と比較すると、いずれの場合も荷重移動方向に対して後方に位置する圧痕外縁の盛り上がり部を起点とした同様の形態となっている。このことから、両者の試験方法において、剥離発生のメカニズムは同様であるものと考えられる。
【0045】
また、表2を参照して、転動疲労寿命の評価において重視されるL10寿命を通常焼入のものと浸炭窒化焼入のものとで比較すると、その比は、従来の試験方法において2.1であったのに対し、本発明の試験方法では3.2となっており、大きな差異は認められなかった。
【0046】
一方、表2を参照して、試験結果のばらつきの小ささを示すワイブルスロープを比較すると、本発明の試験方法は、従来の試験方法に比べて格段に大きくなっていた。このことから、本発明の試験方法によれば、従来の試験方法と同様のメカニズムでの剥離に対する耐久性を、試験結果のばらつきを抑制しつつ調査可能であることが確認された。
【0047】
なお、上記実施の形態および実施例においては、本発明の転動疲労寿命の試験方法の一例として、ラジアル玉軸受を用いた試験方法について説明したが、本発明の転動疲労寿命の試験方法はこれに限られず、ラジアルころ軸受、スラスト玉軸受、スラストころ軸受など、種々の形態の転がり軸受のほか、所望の形状の試験片を用いて試験を実施することができる。
【0048】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の転動疲労寿命の試験方法は、異物混入潤滑下における転動疲労寿命を調査するための転動疲労寿命の試験方法に、特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の一実施の形態における転動疲労寿命の試験方法の手順を示すフローチャートである。
【図2】図1の工程(S10)において準備される軌道部材の一例を示す概略断面図である。
【図3】図1の工程(S20)における圧痕の形成方法を説明するための概略断面図である。
【図4】図1の工程(S21)において形成される圧痕の一例を示す写真である。
【図5】図4の線分A−A’の断面における軌道面の高さを示す図である。
【図6】図1の工程(S21)において形成される圧痕の他の一例を示す写真である。
【図7】図6の線分B−B’の断面における軌道面の高さを示す図である。
【図8】圧痕の形状に関するh11およびh12の定義を説明するための図である。
【図9】軌道部材が転がり軸受に組み立てられた状態を示す概略断面図である。
【図10】軌道面上を、転動体を転走させるための転動疲労寿命試験機の構成を示す概略図である。
【図11】浸炭窒化焼入を実施した内輪の表面付近における炭素濃度および窒素濃度を示す図である。
【図12】実施例1における転動疲労寿命試験の結果を示す図(ワイブルプロット)である。
【図13】h2/h1の値とL50寿命に対するΔLの比との関係を示す図である。
【図14】h2/h1の値とL50寿命に対するΔLの比との関係を示す図である。
【図15】従来の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。
【図16】本発明の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0051】
1 内輪、1A 軌道面、2 外輪、2A 外輪軌道面、3 玉、3A 玉転走面、4 保持器、10 試験軸受、20 転動疲労寿命試験機、21 プーリ、22A 第1の軸、22B 第2の軸、23 カップリング、24 負荷用玉軸受、25 負荷棒、51 圧痕形成部材、52 圧子、53 軸。
【技術分野】
【0001】
本発明は転動疲労寿命の試験方法に関し、より特定的には、異物混入潤滑下における転動疲労寿命を調査するための転動疲労寿命の試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受など、転動疲労を受ける機械要素は、金属の摩耗粉やカーボン粒子などの硬質の異物が侵入する潤滑環境下(異物混入潤滑下)において使用される場合も多い。そのため、機械要素において、異物混入潤滑下における転動疲労寿命は重要な特性の1つである。
【0003】
異物混入潤滑下における転動疲労寿命の試験方法としては、潤滑油中に所定量の硬質の異物(金属の粉末など)を添加した上で攪拌し、当該潤滑油による潤滑環境下で試験を行なう方法が提案されている(たとえば、非特許文献1参照)。この方法は、混入する異物の種類や量などを変更することにより、実際の機械要素の使用環境を模擬した試験を実施することが可能であり、汎用性に富んだ試験方法であるといえる。
【非特許文献1】大木力、外2名、「結晶粒の微細化による軸受鋼の長寿命化」、NTN TECHNICAL REVIEW、No.71、2003年、p.2−7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記試験方法においては、潤滑油中に異物を添加した後、攪拌が実施されるものの、たとえば転がり軸受の軌道輪と転動体との間における異物の噛み込みの状態を完全にコントロールすることはできない。そのため、試験結果のばらつきが大きくなるという問題があった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従った転動疲労寿命の試験方法は、軌道面を有し、鋼からなる軌道部材を準備するステップと、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成するステップと、軌道面上を、セラミックスからなる転動体を転走させることにより、軌道面に剥離を生じさせるステップとを備えている。
【0007】
異物混入潤滑下における転動疲労では、以下のようなメカニズムで破損(剥離)が発生する。軌道部材の軌道面上を転動体が転走すると、潤滑油中の異物が転動体と軌道部材との間に噛み込まれる。これにより、軌道面に圧痕が生じる。このとき、圧痕の外縁部には盛り上がり部が形成される。そして、当該盛り上がり部を転動体が通過すると、盛り上がり部に応力が集中し、亀裂が発生する。そして、この亀裂が成長することにより、軌道面に剥離が発生する。上述の潤滑油中に異物を混入する試験では、上記圧痕の形成状態にばらつきがあるため、試験結果がばらつくものと考えられる。
【0008】
一方、予め軌道面に圧痕を形成しておき、潤滑油中に異物を混入することなく試験を実施すれば、試験結果のばらつきを抑制できるとも考えられる。しかしながら、単に軌道面に圧痕を形成した上で、軌道部材の軌道面上を、転動体を転走させた場合、転動体に波紋状剥離が発生するという特異な現象が発生する。そのため、実際の異物混入潤滑下における疲労現象とは異なったメカニズムにより、剥離が発生するという問題が生じる。
【0009】
これに対し、本発明の転動疲労寿命の試験方法では、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成した上で、当該軌道面上を、転動体を転走させている。そのため、圧痕の形成状態をコントロールすることが容易となり、圧痕の形成状態に起因した試験結果のばらつきを抑制することができる。また、転動体としてセラミックスからなる転動体を採用することにより、転動体における上記波紋状剥離の発生が抑制され、実際の異物混入潤滑下における疲労現象と同様のメカニズムにより、剥離を発生させることができる。その結果、本発明の転動疲労寿命の試験方法によれば、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供することができる。
【0010】
上記転動疲労寿命の試験方法において好ましくは、上記圧痕を形成するステップでは、圧痕の外縁の、転動体が転走する方向における一方の端部の軌道面からの高さをh11、他方の端部の軌道面からの高さをh12とした場合、h1=(h11+h12)/2で定義されるh1とh2=|h12−h11|で定義されるh2とがh2/h1<0.1の関係を満たすように、圧痕が形成される。
【0011】
本発明者は、試験結果のばらつきを一層抑制するための構成について更なる検討を行なった。その結果、圧痕の外縁部の高さを制御することにより、試験結果のばらつきを一層抑制可能であることを見出した。すなわち、上記にh1対するh2の比を小さくすることにより、より具体的には、h2/h1<0.1を満たすように圧痕を形成することにより、試験結果のばらつきを一層抑制することができる。
【0012】
上記転動疲労寿命の試験方法において好ましくは、上記圧子は、円錐形状を有している。これにより、容易に、外縁部の高さが均一な圧痕を形成することが可能となり、試験結果のばらつきを抑制することが容易となる。
【0013】
上記転動疲労寿命の試験方法において好ましくは、上記圧子は、少なくとも先端がダイヤモンドからなっている。鋼に比べて大幅に硬度の高いダイヤモンドを圧子の先端の素材として採用することにより、外縁部の高さが均一な圧痕を形成することが一層容易となる。ここで、少なくとも先端がダイヤモンドからなる円錐形状の圧子としては、たとえばロックウェルCスケール(JIS規格Z2245参照)の圧子を採用することができる。
【0014】
上記転動疲労寿命の試験方法においては、軌道部材は環状の軌道面を有していてもよい。この場合、圧痕を形成するステップでは、軌道面に圧子を押し付けることにより、軌道面に圧痕を形成するステップと、圧子と軌道部材との位置関係を維持した状態で軌道部材を軌道面の周方向に回転させるステップとを交互に繰り返すことにより、軌道面に複数の圧痕が形成されることが好ましい。これにより、複数の圧痕を均質に、かつ効率的に形成することができる。また、統一された条件で複数の圧痕を形成できるため、複数の圧痕のうち1つの圧痕の形状を確認することで、他の圧痕の形状を推定することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
以上の説明から明らかなように、本発明の転動疲労寿命の試験方法によれば、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能な転動疲労寿命の試験方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰り返さない。
【0017】
図1は、本発明の一実施の形態における転動疲労寿命の試験方法の手順を示すフローチャートである。また、図2は、図1の工程(S10)において準備される軌道部材の一例を示す概略断面図である。また、図3は、図1の工程(S20)における圧痕の形成方法を説明するための概略断面図である。また、図4は、図1の工程(S21)において形成される圧痕の一例を示す写真である。また、図5は、図4の線分A−A’の断面における軌道面の高さを示す図である。また、図6は、図1の工程(S21)において形成される圧痕の他の一例を示す写真である。また、図7は、図6の線分B−B’の断面における軌道面の高さを示す図である。ここで、図5および図7においては、横軸は線分A−A’または線分B−B’に沿った方向における距離、縦軸は軌道面からの高さを示している。また、図8は、圧痕の形状に関するh11およびh12の定義を説明するための図である。また、図9は、軌道部材が転がり軸受に組み立てられた状態を示す概略断面図である。また、図10は、軌道面上を、転動体を転走させるための転動疲労寿命試験機の構成を示す概略図である。以下、図1〜図10を参照して、本発明の一実施の形態における転動疲労寿命の試験方法について説明する。
【0018】
図1を参照して、本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法では、まず、工程(S10)として、軌道部材を準備する工程が実施される。具体的には、図2を参照して、たとえば環状の軌道面1Aを有し、鋼からなる軌道部材としての深溝玉軸受の内輪1が準備される。内輪1の準備は、たとえば所望の鋼からなる鋼材を内輪1の形状に加工し、焼入硬化などの熱処理を実施した上で、軌道面1Aを研磨加工して仕上げることにより、行なうことができる。ここで、試験の目的に応じて、鋼の成分組成、熱処理、研磨加工の精度などを所望の状態に調整することができる。
【0019】
次に、図1を参照して、工程(S20)として、圧子を用いて軌道面に圧痕を形成するステップが実施される。この工程(S20)では、圧子を軌道面に押し付けることにより、軌道面に圧痕を形成するステップ(工程(S21))と、圧子を軌道面から離脱させた上で、圧子と軌道部材との位置関係を維持した状態で軌道部材を軌道面の周方向に回転させるステップ(工程(S22))とを交互に繰り返すことにより、軌道面に複数の圧痕が形成される。
【0020】
より具体的には、工程(S20)では、図3を参照して、まず、長手方向に垂直な断面が円形である軸53の外周面に内周面が接触するように、内輪1が嵌め込まれて固定される。次に、工程(S20)に含まれる工程(S21)として、円錐形状を有し、ダイヤモンドからなるロックウェルCスケール用の圧子52を先端に備えた圧痕形成部材51が矢印α1の向きに移動することにより、圧子52が軌道面1Aに押し付けられ、軌道面1Aに圧痕が形成されるステップが実施される。その後、圧痕形成部材51が矢印α2の向きに移動することにより、圧子52が軌道面1Aから離脱する。
【0021】
次に、工程(S20)に含まれる工程(S22)として、軸53を周方向に回転させることにより、内輪1を周方向である矢印βの向きに所定の角度だけ回転させるステップが実施される。このとき、圧痕形成部材51は、矢印α1およびα2の向きに所定の距離だけ移動可能であるものの、軸53と圧痕形成部材51との位置関係はこの範囲で固定されている。その結果、上述の手順により、圧子52と内輪1との位置関係を維持した状態で内輪1を軌道面1Aの周方向に回転させることができる。その後、上記工程(S21)と(S22)とが繰り返して実施されることにより、内輪1の軌道面1Aに複数の圧痕が形成される。
【0022】
ここで、図4〜図7を参照して、上記工程(S20)において形成される圧痕は、図6および図7に示すように、圧痕の外縁の高さ(圧痕の外縁に形成される盛り上がり部の高さ)が、転動体が転走する方向(軌道面の周方向;線分B−B’に沿った方向)の両端において異なっていてもよいが、図4および図5に示すように、均一であることが好ましい。より具体的には、図8を参照して、圧痕の外縁の、転動体が転走する方向(荷重移動方向)における一方の端部(前方側の端部)の軌道面からの高さをh11、他方の端部(後方側の端部)の軌道面からの高さをh12とした場合、h1=(h11+h12)/2で定義されるh1とh2=|h12−h11|で定義されるh2との関係がh2/h1<0.1を満たすことが好ましい。
【0023】
次に、図1を参照して、工程(S30)として、軌道面上を、転動体を転走させる工程が実施される。具体的には、図9を参照して、まず、工程(S20)において圧痕が形成された内輪1が、別途準備された外輪2、転動体としての玉3、保持器4などと組み合わせることにより試験軸受10が組み立てられる。玉3は、セラミックスからなっている。玉3を構成するセラミックスとしては、たとえば窒化珪素、サイアロン、アルミナなどの焼結体を採用することができる。
【0024】
ここで、試験軸受10は、環状の外輪2と、外輪2の内側に配置された環状の内輪1と、外輪2と内輪1との間に配置され、円環状の保持器4に保持された転動体としての複数の玉3とを備えている。外輪2の内周面には外輪軌道面2Aが形成されており、内輪1の外周面には軌道面1Aが形成されている。そして、軌道面1Aと外輪軌道面2Aとが互いに対向するように、外輪2と内輪1とは配置されている。さらに、複数の玉3は、その表面である玉転走面3Aにおいて軌道面1Aおよび外輪軌道面2Aに接触し、かつ保持器4により周方向に所定のピッチで配置されることにより、円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、試験軸受10の外輪2および内輪1は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0025】
次に、組み立てられた試験軸受10が、転動疲労寿命試験機にセットされ、軌道面1A上を、玉3を転走させることにより、軌道面1Aに剥離を生じさせる。ここで、本実施の形態において使用される転動疲労寿命試験機について説明する。図10を参照して、転動疲労寿命試験機20は、プーリ21と、プーリ21に接続された第1の軸22Aと、第1の軸22Aに接続されたカップリング23と、カップリング23を介して第1の軸22Aに接続された第2の軸22Bと、第2の軸22Bの外周面に、内輪の内周面が接触するように嵌め込まれた負荷用玉軸受24と、負荷用玉軸受24の外輪の外周面に接触するように配置された負荷棒25と、負荷棒25を負荷用玉軸受24の外輪の径方向に押し付け可能なように配置された負荷用コイルばね26とを備えている。そして、転動疲労寿命試験機20は、2つの試験軸受10を、内輪1の内周面が第2の軸22Bに接触するように、かつ負荷用玉軸受24を挟むように、嵌め込み可能な構成を有している。より具体的には、試験軸受10が第2の軸22Bに嵌め込まれると、試験軸受10は、外輪2が固定され、かつ内輪1が第2の軸22Bと一体に回転可能となる。
【0026】
次に、転動疲労寿命試験機20の動作について説明する。プーリ21の外周面に掛けられた駆動ベルト(図示しない)が回転すると、プーリ21に接続された第1の軸22Aが周方向に回転する。この回転は、カップリング23を介して第2の軸22Bに伝達され、第2の軸22Bが周方向に回転する。これにより、試験軸受10においては、外輪2が固定されつつ内輪1が第2の軸22Bと一体に回転する。その結果、内輪1の軌道面1A上を、玉3が転走する。
【0027】
ここで、負荷用コイルばね26により負荷棒25が負荷用玉軸受24の外輪の径方向に押し付けられると、第2の軸22Bは撓み、その結果、試験軸受10に対して、ラジアル方向の荷重が負荷される。この状態で転動疲労寿命試験機20の運転を継続することにより、試験軸受10の内輪1の軌道面1Aに剥離が発生する。
【0028】
そして、図1を参照して、工程(S40)では、内輪1の軌道面1Aに剥離が発生するまでの時間、応力くり返し数などを内輪1の寿命として記録する。以上の手順により、本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法が完了する。
【0029】
上記本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法では、圧子52を用いて軌道面1Aに圧痕を形成した上で、軌道面1A上を、玉3を転走させている。そのため、圧痕の形成状態をコントロールすることが容易となり、圧痕の形成状態に起因した試験結果のばらつきが抑制されている。また、転動体にセラミックスからなる玉3を採用することにより、玉3における波紋状剥離の発生が抑制され、実際の異物混入潤滑下における疲労現象と同様のメカニズムにより、剥離を発生させることが可能となっている。その結果、本実施の形態における転動疲労寿命の試験方法によれば、試験結果のばらつきを抑制しつつ、異物混入潤滑下における耐久性を調査することが可能となっている。
【実施例1】
【0030】
以下、本発明の実施例1について説明する。圧痕の形状が試験結果のばらつきに及ぼす影響について調査する実験を行なった。実験の手順は以下のとおりである。
【0031】
実験では、上記実施の形態において図1に基づいて説明した手順で転動疲労寿命試験を実施することにより、圧痕の形状が試験結果のばらつきに及ぼす影響について調査した。ここで、図1を参照して、工程(S10)では、まず、JIS規格に規定された高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2を素材として採用し、JIS規格6206型番の深溝玉軸受の内輪の概略形状を有する鋼部材を複数個準備した。その後、当該複数個の鋼部材の一部に対して焼入および焼戻を実施するとともに(通常焼入)、複数個の鋼部材の残部に対しては浸炭窒化処理を実施した上で焼入および焼戻を実施した(浸炭窒化焼入)。そして、仕上げ加工を実施することにより、通常焼入を実施した内輪と浸炭窒化焼入を実施した内輪とを作製した。
【0032】
図11は、浸炭窒化焼入を実施した内輪の表面付近における炭素濃度および窒素濃度を示す図である。図11において、横軸は表面(軌道面)からの深さ、縦軸は炭素濃度および窒素濃度を示している。また、図11において、γは炭素濃度、δは窒素濃度を示している。図11を参照して、浸炭窒化処理の結果、内輪の表面近傍には0.1質量%を超える窒素が侵入していることが確認される。
【0033】
次に、図1を参照して、工程(S20)においては、図3に基づいて説明した上記実施の形態と同様の手順で、内輪の軌道面の周方向に均等に30個の圧痕を形成した。圧子にはロックウェルCスケールの圧子を用い、当該圧子を軌道面に対して20kgfの荷重で押し付けることにより、圧痕を形成した。そして、形成した圧痕を三次元表面形状測定装置により調査し、h2/h1の値を算出した。
【0034】
その後、上記実施の形態の場合と同様に、当該内輪を含む転がり軸受を組み立てることにより、JIS規格6206型番の深溝玉軸受を完成させ、試験軸受とした。そして、この試験軸受を図10に基づいて説明した転動疲労寿命試験機にセットして運転し、内輪に剥離が発生するまでの寿命を調査した。このとき、試験軸受における内輪と玉との接触面圧Pmaxは3.1GPa、回転速度は3000rpm、潤滑はタービン56油の潤滑給油、試験軸受のラジアルスキマはC3スキマとした。
【0035】
次に、実験結果について説明する。表1に実験結果を示す。
【0036】
【表1】
【0037】
表1を参照して、同一の熱処理であれば、荷重移動方向に対して後方に位置する圧痕外縁の盛り上がり部の高さh12が大きいほど寿命が低下する傾向が確認される。そして、この表1の実験結果を、熱処理条件ごとに、h2/h1<0.1の関係を満たすものと満たさないものとに分けて整理した。
【0038】
図12は、実施例1における転動疲労寿命試験の結果を示す図(ワイブルプロット)である。図12において、横軸は試験軸受の内輪に負荷された応力くり返し数、縦軸は累積破損確率を示している。また、図12において、中空のデータ点は熱処理が通常焼入であるもの、中実のデータ点は熱処理が浸炭窒化焼入であるものを示している。また、図12において、丸印のデータ点はh2/h1<0.1の関係を満たすもの、三角印のデータ点はh2/h1<0.1の関係を満たさないものを示している。また、図13および図14は、h2/h1の値とL50寿命に対するΔLの比との関係を示す図である。図13には、h2/h1<0.1の関係を満たす試験軸受の結果が示されており、図14にはh2/h1<0.1の関係を満たさない試験軸受の結果が示されている。ここで、L50とは累積破損確率が50%となる寿命値をいう。また、ΔLは、各試験軸受の寿命とL50寿命との差の絶対値をあらわしている。すなわち、図13および図14においては、データ点の縦方向のばらつきが小さいほど、試験結果のばらつきが小さかったことを示している。
【0039】
図12を参照して、熱処理が浸炭窒化焼入であったものは、熱処理が通常焼入であったものに比べて寿命が長い傾向が確認される。そして、図12〜図14を参照して、h2/h1<0.1の関係を満たす試験軸受の試験結果は、h2/h1<0.1の関係を満たさない試験軸受の試験結果に比べて、試験結果のばらつきが大幅に抑制されていることが分かる。このことから、軌道部材に圧痕を形成するに際しては、h2/h1<0.1の関係を満たすようにすることにより、試験結果のばらつきを抑制可能であることが確認された。
【実施例2】
【0040】
以下、本発明の実施例2について説明する。本発明の転動疲労寿命の試験方法を、潤滑油中に硬質の異物を混入させる従来の試験方法と比較する実験を行なった。実験の手順は以下のとおりである。
【0041】
まず、上記実施例1の場合と同様の内輪(通常焼入を実施したものおよび浸炭窒化焼入を実施したもの)を準備し、圧痕を形成することなく試験軸受に組み立てた。試験軸受を構成する玉の素材としては、焼入硬化したJIS規格SUJ2を採用した。その後、実施例1と同じ転動疲労寿命試験機において、潤滑油中に粒径100〜180μm、硬さ約800HVの硬質の金属粉末を1000ccあたり1gの割合で添加した油浴給油による潤滑とする点を除き、実施例1の場合と同様の条件で実験を行なった(従来の試験方法;比較例)。そして、実施例1において実施した本発明の試験方法の結果(h2/h1<0.1の条件を満たすもの;実施例)とともに統計的に処理することによりL10寿命(累積破損確率が10%となる寿命)、L50寿命およびワイブルスロープを算出した。
【0042】
次に、実験結果について説明する。表2に、実施例2における実験の結果を示す。表2において、本発明の試験方法および従来の試験方法の試験結果のうち、通常焼入を実施したものがそれぞれ実施例Aおよび比較例A、浸炭窒化焼入を実施したものがそれぞれ実施例Bおよび比較例Bとして標記されている。また、図15は、従来の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。また、図16は、本発明の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。図15および図16において、写真下側から上側に向かって荷重が移動している。
【0043】
【表2】
【0044】
図15および図16を参照して、本発明の試験方法において発生した剥離を従来の試験方法において発生した剥離と比較すると、いずれの場合も荷重移動方向に対して後方に位置する圧痕外縁の盛り上がり部を起点とした同様の形態となっている。このことから、両者の試験方法において、剥離発生のメカニズムは同様であるものと考えられる。
【0045】
また、表2を参照して、転動疲労寿命の評価において重視されるL10寿命を通常焼入のものと浸炭窒化焼入のものとで比較すると、その比は、従来の試験方法において2.1であったのに対し、本発明の試験方法では3.2となっており、大きな差異は認められなかった。
【0046】
一方、表2を参照して、試験結果のばらつきの小ささを示すワイブルスロープを比較すると、本発明の試験方法は、従来の試験方法に比べて格段に大きくなっていた。このことから、本発明の試験方法によれば、従来の試験方法と同様のメカニズムでの剥離に対する耐久性を、試験結果のばらつきを抑制しつつ調査可能であることが確認された。
【0047】
なお、上記実施の形態および実施例においては、本発明の転動疲労寿命の試験方法の一例として、ラジアル玉軸受を用いた試験方法について説明したが、本発明の転動疲労寿命の試験方法はこれに限られず、ラジアルころ軸受、スラスト玉軸受、スラストころ軸受など、種々の形態の転がり軸受のほか、所望の形状の試験片を用いて試験を実施することができる。
【0048】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の転動疲労寿命の試験方法は、異物混入潤滑下における転動疲労寿命を調査するための転動疲労寿命の試験方法に、特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の一実施の形態における転動疲労寿命の試験方法の手順を示すフローチャートである。
【図2】図1の工程(S10)において準備される軌道部材の一例を示す概略断面図である。
【図3】図1の工程(S20)における圧痕の形成方法を説明するための概略断面図である。
【図4】図1の工程(S21)において形成される圧痕の一例を示す写真である。
【図5】図4の線分A−A’の断面における軌道面の高さを示す図である。
【図6】図1の工程(S21)において形成される圧痕の他の一例を示す写真である。
【図7】図6の線分B−B’の断面における軌道面の高さを示す図である。
【図8】圧痕の形状に関するh11およびh12の定義を説明するための図である。
【図9】軌道部材が転がり軸受に組み立てられた状態を示す概略断面図である。
【図10】軌道面上を、転動体を転走させるための転動疲労寿命試験機の構成を示す概略図である。
【図11】浸炭窒化焼入を実施した内輪の表面付近における炭素濃度および窒素濃度を示す図である。
【図12】実施例1における転動疲労寿命試験の結果を示す図(ワイブルプロット)である。
【図13】h2/h1の値とL50寿命に対するΔLの比との関係を示す図である。
【図14】h2/h1の値とL50寿命に対するΔLの比との関係を示す図である。
【図15】従来の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。
【図16】本発明の試験方法において発生した内輪の軌道面における剥離の状態を示す光学顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0051】
1 内輪、1A 軌道面、2 外輪、2A 外輪軌道面、3 玉、3A 玉転走面、4 保持器、10 試験軸受、20 転動疲労寿命試験機、21 プーリ、22A 第1の軸、22B 第2の軸、23 カップリング、24 負荷用玉軸受、25 負荷棒、51 圧痕形成部材、52 圧子、53 軸。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面を有し、鋼からなる軌道部材を準備するステップと、
圧子を用いて前記軌道面に圧痕を形成するステップと、
前記軌道面上を、セラミックスからなる転動体を転走させることにより、前記軌道面に剥離を生じさせるステップとを備えた、転動疲労寿命の試験方法。
【請求項2】
前記圧痕を形成するステップでは、前記圧痕の外縁の、前記転動体が転走する方向における一方の端部の前記軌道面からの高さをh11、他方の端部の前記軌道面からの高さをh12とした場合、h1=(h11+h12)/2で定義されるh1とh2=|h12−h11|で定義されるh2とがh2/h1<0.1の関係を満たすように、前記圧痕が形成される、請求項1に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項3】
前記圧子は、円錐形状を有している、請求項1または2に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項4】
前記圧子は、少なくとも先端がダイヤモンドからなっている、請求項3に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項5】
前記軌道部材は環状の前記軌道面を有し、
前記圧痕を形成するステップでは、前記軌道面に前記圧子を押し付けることにより、前記軌道面に前記圧痕を形成するステップと、前記圧子と前記軌道部材との位置関係を維持した状態で前記軌道部材を前記軌道面の周方向に回転させるステップとを交互に繰り返すことにより、前記軌道面に複数の前記圧痕が形成される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項1】
軌道面を有し、鋼からなる軌道部材を準備するステップと、
圧子を用いて前記軌道面に圧痕を形成するステップと、
前記軌道面上を、セラミックスからなる転動体を転走させることにより、前記軌道面に剥離を生じさせるステップとを備えた、転動疲労寿命の試験方法。
【請求項2】
前記圧痕を形成するステップでは、前記圧痕の外縁の、前記転動体が転走する方向における一方の端部の前記軌道面からの高さをh11、他方の端部の前記軌道面からの高さをh12とした場合、h1=(h11+h12)/2で定義されるh1とh2=|h12−h11|で定義されるh2とがh2/h1<0.1の関係を満たすように、前記圧痕が形成される、請求項1に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項3】
前記圧子は、円錐形状を有している、請求項1または2に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項4】
前記圧子は、少なくとも先端がダイヤモンドからなっている、請求項3に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【請求項5】
前記軌道部材は環状の前記軌道面を有し、
前記圧痕を形成するステップでは、前記軌道面に前記圧子を押し付けることにより、前記軌道面に前記圧痕を形成するステップと、前記圧子と前記軌道部材との位置関係を維持した状態で前記軌道部材を前記軌道面の周方向に回転させるステップとを交互に繰り返すことにより、前記軌道面に複数の前記圧痕が形成される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の転動疲労寿命の試験方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図6】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図6】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2009−229288(P2009−229288A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−75960(P2008−75960)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】
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