説明

農業方法、ヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤、収穫作物

【課題】 ヘアリーベッチの生理障害を回避し、緑肥として最適に使用するための栽培方
法を提供する。
【解決手段】 ヘアリーベッチの種に、共生窒素固定活性を持つ根粒菌を接種して播種し
、ヘアリーベッチの窒素不足による生理障害を回避する。この根粒菌は、更に昼間15℃
の環境においても0.3μmol/植物・時間以上に維持される低温耐性がある。この根
粒菌としては、ヘアリーベッチ根粒菌 Y629株(NITE AP−323)を使用す
る。この根粒菌を接種したヘアリーベッチを稲刈り後の田等に冬期に播種し、該ヘアリー
ベッチを栽培し、収穫作物の植え付け前に前記ヘアリーベッチを鋤き込み緑肥とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な微生物及びその利用方法に関するものであり、特に低温耐性を持ち有
機農法に用いられる根粒菌を使用した農業方法、ヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤、収穫
作物に関する。
【背景技術】
【0002】
20世紀に、農薬や無機的な化学合成肥料を大量に使用した農法が発展した。しかし、
このような従来の農法は、生産収量を一時的に増加させる効果があるものの、農薬による
環境汚染、土壌の生態系の破壊、土質の悪化等の不具合があることが明らかになってきた

このため、近年、農薬や化学合成肥料の使用をせず、天然由来の有機物による肥料等を
用いた農業として、有機農業が提唱されている。
この有機農業で栽培・製造された有機食品に関する需要が、安全な食品を求める観点か
ら世界的に高まっている。そこで、生産性を高めた、より効率的な有機農業方法の開発が
求められている。
特に、最近は農業法人化が著しく進行し、大規模経営の農業法人により大々的な有機農
法が行われているため、生産効率の改善は不可避の問題となっている。
【0003】
有機農業では、従来の無機的な化学合成肥料の代わりに、緑肥(りょくひ)がよく用い
られる。緑肥とは、栽培する植物のために、別の植物を栽培して収穫しないで田畑に鋤き
込み肥料にすることを言う。すなわち、休閑畑や収穫後の田畑に、緑肥となる作物を植え
て生育させ鋤き込むことで、後に播種し栽培する植物の肥料とすることができる。
この緑肥用の植物として、ヘアリーベッチ(Vicia villosa Roth)
が注目されている。ヘアリーベッチは、マメ科ソラマメ属に属する越冬が可能な越年草で
、日本名はビロードクサフジ、ナヨクサフジと言う。ヘアリーベッチは、被覆力が強く、
栽培には土壌をほとんど選ばず、耐寒・耐雪性に優れているという特徴があるため、緑肥
用の植物として世界各地で栽培され、又は野生化している。
また、ヘアリーベッチは、アレロパシー作用(他感作用)も持っている。
アレロパシー作用とは、Molischにより1937年に提唱された、植物相互間の
生化学的な関わり合いであり、ある一種の植物が生産する化学物質が環境に放出されるこ
とによって、他植物に直接又は間接的に与える作用を指している。この作用として、植物
の生育を阻害する場合がある。このため、アレロパシー作用がある植物は、耕作放棄地や
果樹園などの雑草防止にも使われている。
アレロパシー作用をもつ植物を緑肥として使用すると、鋤き込まれた後もアレロパシー
作用に関する物質が残留するため、次の栽培する作物を植える農作地の雑草を抑制するこ
とができる。つまり、ヘアリーベッチを緑肥に使用すると、農薬の使用を減らすことがで
きるという優れた特性がある。
【0004】
加えて、ヘアリーベッチは、マメ科植物であるので、土壌微生物である根粒菌との共生
器官である根粒を根に形成し、大気中の窒素を固定する共生窒素固定を行う。この共生窒
素固定で行われる窒素固定は、年間10〜20N−kg/10aもあるため、緑肥として
用いると効果が高い。
【0005】
しかし、ヘアリーベッチを緑肥として作付けすると、生育初期段階において生理障害(ヘアリーベッチ植物体の全体が赤みを帯びる)が多発し、十分な生育が確保できない場合がある。
この生理障害は土壌の水分が多いために起こる湿害とされてきたが、実際の原因はよく
分からない。実際に、湿害対策として土壌の排水を改善するために暗渠の施工等が行われ
てきたが、十分な効果が得られていない。
これまでの対策方法としては、暗渠を施工して圃場の排水を高め、ヘアリーベッチの根
の生育を発達させて養分吸収能力を向上させることが行われてきている。
また、ヘアリーベッチの生育初期に速効性の窒素肥料(硫酸アンモニウム)を施肥して
、生育を改善させている。
【0006】
しかし、圃場への暗渠施工では、暗渠の直上近辺の生育改善は見られるものの、広大な
圃場全体を改善することは不可能である。また、緑肥植物の生育改善のために速効性の窒
素肥料を施肥することは本末転倒であり、実践的な生理障害回避技術ではない。
したがって、根粒の窒素固定活性を高めることが、単純かつ効果的であると、本発明の
発明者は考えた。
【0007】
土壌中にヘアリーベッチに親和性が高い根粒菌が少ない場合や、窒素固定活性が低い根
粒菌が多い場合は、この根粒の窒素固定活性を高めるために、適切な根粒菌の接種が必要
となる。
マメ科植物に根粒を形成する根粒菌としては、リゾビウム(Rhizobium)属細
菌、ブラジリゾビウム(Bradyrhizobium)属細菌、アゾリゾビウム(Az
orhizobium)属細菌等が知られている。
大豆等の栽培用のマメ科植物に関しては、接種するための根粒菌が根粒菌接種資材とし
て開発され市販されている。
例えば特許文献1を参照すると、マメ科作物やマメ科牧草の栽培に利用されている根粒
菌接種資材がある(以下、これを従来技術1とする。)。
【特許文献1】特開2003−079240号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、従来技術1の根粒菌は、大豆などの作物用やアルファルファなど牧草用の根粒
菌であって、ヘアリーベッチに適用しても根粒は形成されないという問題点があった。
そもそも、緑肥植物であるヘアリーベッチへの根粒菌接種は行われた例がなく、ヘアリ
ーベッチ用根粒菌資材は市販されていなかった。
したがって、ヘアリーベッチに適応できる共生窒素固定活性が高いヘアリーベッチ根粒
菌株を用いた、農業方法が必要とされていた。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを
課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の農業方法は、ヘアリーベッチの種に、共生窒素固定活性を持つ根粒菌を接種して播種し、ヘアリーベッチの窒素不足による生理障害を回避することを特徴とする。
本発明の農業方法は、前記根粒菌は、更に昼間15℃の環境においても0.3μmol/植物・時間以上に維持される低温耐性があることを特徴とする。
本発明の農業方法は、前記根粒菌は、ヘアリーベッチ根粒菌 Y629株(NITE P−323)であることを特徴とする。
本発明の農業方法は、前記根粒菌は、ヘアリーベッチ根粒菌 S625株(NITE P−322)であることを特徴とする。
本発明の農業方法は、前記根粒菌は、液体培養し、前記液体培養した前記根粒菌とピートモスとバーミキュライトとを混合した根粒菌接種製剤を製造し、ヘアリーベッチの種と前記根粒菌接種製剤を混合して接種することを特徴とする。
本発明の収穫作物の栽培方法は、共生窒素固定活性と低温耐性とを持つ根粒菌を接種したヘアリーベッチを収穫作物の収穫後に播種し、冬期に該ヘアリーベッチを栽培し、前記収穫作物の植え付け前に前記ヘアリーベッチを鋤き込み緑肥とすることを特徴とする。
本発明の収穫作物の栽培方法は、前記ヘアリーベッチを栽培する土壌は、黒ボク土壌であることを特徴とする。
本発明のヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤は、共生窒素固定活性と低温耐性とを持つ根粒菌を液体培養し、前記液体培養した前記根粒菌とピートモスとバーミキュライトとを混合したヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤であることを特徴とする。
本発明の収穫作物は、共生窒素固定活性と低温耐性とを持つ根粒菌を接種したヘアリーベッチを収穫作物の収穫後に播種し、冬期に該ヘアリーベッチを栽培し、前記収穫作物の植え付け前に前記ヘアリーベッチを鋤き込み緑肥とすることを特徴とする収穫作物の栽培方法で栽培された収穫作物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヘアリーベッチとの共生窒素固定活性が高いヘアリーベッチ根粒菌株
を用いたヘアリーベッチ栽培方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
<実施の形態>
緑肥および雑草抑制のためにヘアリーベッチを植栽する農法が普及しつつあるが、生理
障害が多発している。この生理障害は、従来は湿害であると考えられてきた。
しかし、比較的排水の良い土壌でも生理障害が発生することから、湿害は生理障害の直
接の原因ではないと推測された。
本発明の発明者は、鋭意検討と実験を行った結果、この生理障害は窒素欠乏が主な原因
であることを確かめた。
【0013】
窒素欠乏の原因を、図12を参照して説明する。通常の植物は、土壌の有機窒素分が分
解された無機窒素分である硝酸、アンモニアを吸収する。
これに加えて、ヘアリーベッチを始めとするマメ科植物では、根粒菌による共生窒素固
定により大気中の窒素を利用する共生窒素固定を行うことができる。この大気中から吸収
された窒素はタンパク質等の有機的窒素分として蓄えられるため、ヘアリーベッチが緑肥
として使用されるときに、栽培する作物の肥料になる。
逆に共生窒素固定の効率が低いと、ヘアリーベッチそのものが窒素不足で生育状況が悪
くなり、生理障害が発生するという問題が生じる。
共生窒素固定を行うために必要な根粒菌は、土壌中に普遍的に存在している。しかし、
本発明の発明者が観察と実験を行ったところ、ヘアリーベッチに親和性が高く、また窒素
固定活性が高い根粒菌は、土壌中に存在していない場合があることを突き止めた。
【0014】
そこで、本発明の発明者は、ヘアリーベッチへの根粒菌の接種技術と生理障害を回避す
るための最適な播種技術について鋭意開発を行い、本発明を発明するに至った。
そもそも、上述の背景技術で述べたように、緑肥植物であるヘアリーベッチ用に根粒菌
を接種しようと考えた者はおらず、ヘアリーベッチ用根粒菌接種資材は存在していなかっ
た。
このため、本発明の発明者は、ヘアリーベッチの根粒から、ヘアリーベッチと親和性が
高く窒素固定活性が高い優良根粒菌である、ヘアリーベッチ根粒菌(Rhizobium
leguminosarum bv. viciae、リゾビウム・レグミノサラム・
ビーブイ・ビシアエ)Y629株を分離し、その性質を同定した。なお、このヘアリーベ
ッチ根粒菌株Y629株は、2007年2月23日に独立行政法人製品評価技術基盤機構
特許微生物寄託センターに寄託されており、その受領番号はNITE AP−323(NITE−P323)である。
【0015】
このヘアリーベッチ根粒菌Y629株を使用したヘアリーベッチ用根粒菌接種資材を使
用した接種製剤の製造方法について、図を参照して以下で説明する。
図1を参照すると、ヘアリーベッチ根粒菌の分離と種子接種法は、まず、上述のように
ヘアリーベッチの根粒から優良ヘアリーベッチ根粒菌株であるY629株を分離・同定し
、このY629株を大量培養した後で、粉衣剤であるヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤を
作成する。次に、このヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤を用いて、ヘアリーベッチ種子に
粉衣(コーティング)することで接種を行う。
【0016】
図2を参照すると、ヘアリーベッチ根粒菌Y629株は、まずはYM(酵母エキス−マ
ンニトール)培地等の液体培地を使用して、Y629株の培養液中の濃度が定常期(ステ
ーショナリー・フェイズ)になった状態で回収する。これは、好気状態下で30℃で5〜
7日間ほど振とう培養を行うのが適当である。
図3を参照すると、ヘアリーベッチ根粒菌Y629株が十分に育った状態の培養液を、
根粒菌を固定する土台となる担体に振りかけて、ヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤とする
。この工程は、培養後にすぐに行うのが望ましい。また、担体としては、根粒菌接種用資
材に適した有機物・無機物の担体いずれも使用可能であるが、ピートモスとバーミキュラ
イトの混合物(混合比は1:1が望ましい)を使用するのが好ましい。
無機質で膨張性鉱物のパーミキュライトと泥炭が原料のピートモスの混合物は、根粒菌
の固定や養水分の保持力にすぐれているのに加えて、接種したときにアリーベッチ種子表
面への吸着力が強く、接種支持担体として好適である。
【0017】
担体と培養液の混合物の水分組成については、この後に種子と混ぜ合わせて粉衣させる
ために、質量パーセントで5%以下とならないように調整するのが望ましい。接種方法と
しては、根粒菌Y629株をYM液体培地1000mLにて30℃で5日間、振とう培養
し、OD(Optical Density、光学濃度)620nm=1.4となった状
態で、ピートモス・パーミキュライト5kgに振りかける。このピートモス・パーミキュ
ライト500gを、ヘアリーベッチ種子20kgとよく混ぜ合わせて接種する。
この状態のヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤はすぐに使用するのが望ましいが、常温で
数ヶ月は保存可能である。
【0018】
次に、ヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤と、ヘアリーベッチ種子をよく混ぜ合わせるこ
とで、接種を行う。接種により、ヘアリーベッチ種子の周囲にY629株の根粒菌接種製
剤が粉衣(コーティング)され、発芽後、ヘアリーベッチの根組織にY629株が速やか
に根粒を形成することができる。
【0019】
接種を行ったヘアリーベッチ種子はすぐに圃場へ播種する。この播種の季節は、例えば
水田作後の緑肥として播種する場合、稲を収穫する直前に行うのが好都合である。
これにより、稲刈りで発生するワラをヘアリーベッチに被せることができるため、覆土
の必要がなくなる。稲刈り後の水が入れられていない乾いた水田で、ヘアリーベッチは発
芽して生長し、越冬する。この間、優良な共生窒素固定能力を持つ株であるY629株は
、空中の窒素を固定して植物(ヘアリーベッチ)に供給する。Y629株は低温耐性があ
り、晩秋期で日中温度が15℃で夜7℃以下になるような環境でも、Y629株を接種し
たヘアリーベッチは0.3μmol/植物・時間の共生窒素固定を行うことが可能である
。これにより、低温時に多発する生理障害をほとんど起こすことなく、ヘアリーベッチが
生長することができる。
【0020】
ヘアリーベッチが生理障害を起こさずに順調に生長すると、地中の根もしっかりと伸長
するため、土壌に亀裂構造が発達する。それにともない、圃場の排水性が大きく向上し、
作物根の活性が高くなる。また、水田から畑地に転換するためには土壌の乾燥化が重要で
あるが、ヘアリーベッチの蒸散作用により、根から土壌水分を効率よく吸収するため、土
壌の乾燥化が速やかに進行する。
ヘアリーベッチが緑肥として水をまだ張っていない水田に鋤き込まれると、ヘアリーベ
ッチの有機窒素成分は土中の細菌等により分解されて、無機窒素分として作物の肥料とし
て用いることが可能になる。畑地においても同様に肥料となる。
また、ヘアリーベッチのアレロパシー物質は土壌中に残るため、水田では水を入れるこ
とによる雑草抑制効果と相まって、ほとんど除草剤を使う必要がなくなる。この点も、Y
629株で生理障害を起こさせることなくヘアリーベッチを生長させ、緑肥として用いる
ことが、有機農法に適している理由である。
【0021】
以下で、ヘアリーベッチ根粒菌Y629株のヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤の使用を
行い、実際に接種したヘアリーベッチの接種効果の確認試験を行った実施例について詳し
く説明する。
【実施例】
【0022】
<実施例1>
(ヘアリーベッチ根粒菌接種試験)
まず、ヘアリーベッチ根粒菌Y629株の窒素固定能力を調べるため、小規模栽培によ
る接種試験を行った。
この接種試験において、栽培土はバーミキュライトを水でよく洗浄し、培養液を含ませ
た後、オートクレーブ滅菌(121℃、20分間)した。
処理区として、ヘアリーベッチ根粒菌Y629株を接種したY629株接種区と、大潟
村の水田土壌の土壌懸濁液を接種した土着根粒菌区を設定した。
【0023】
Y629株接種区においては、Y629株をYM液体培地1000mLにて30℃で5
日間、振とう培養し、OD(Optical Density、光学濃度)620nm=
1.4となった状態で取り出す。
このYM液体培地の組成を以下の表1に示す。なお、このYM液体培地用の水としては
、蒸留水又はイオン交換水を使用するのが望ましい。
【0024】
【表1】

【0025】
次に、このYM液体培地で培養したY629株を、ピートモス・バーミキュライト5k
gに振りかけてヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤とする。
Y629株区においては、このヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤500gを、ヘアリー
ベッチ種子20kgとよく混ぜ合わせ、接種した。
土着根粒菌区においては、上述の土壌懸濁液をそのまま、同重量のピートモス・バーミ
キュライトに振りかけ、ヘアリーベッチ種子とよく混ぜ合わせ、接種した。
【0026】
栽培は統計処理のため、4反復で行った。ヘアリーベッチは種子殺菌した後、1ポット
あたり4粒ずつ播種し、発芽後(一週間後)2株とした。栽培条件として昼15℃、夜7
℃の低温条件を用いた。
光条件は低温条件で明期は照度25000 lx(ルクス)で12時間、暗期は照度0
lxで12時間とした。
ヘアリーベッチは播種2週間後に低温条件で、さらに通常の外気温で2週間栽培した。
栽培期間中は窒素以外の栄養塩類を補うため、無窒素培養液を適宜与えた。この無窒素培
養液の組成は以下の表2の通りである。
【0027】
【表2】

【0028】
なお、上述の種子殺菌は、70%エタノールに浸して10秒間表面殺菌し、水でエタノ
ールをよく洗い流した。次に0.5%次亜塩素酸ナトリウムに3分間浸した後、水でよく
洗浄流水し、次亜塩素酸ナトリウムを完全に除去することで行った。
【0029】
以上の条件で栽培した後、栽培したヘアリーベッチの生育状況を目視にて観察した。こ
の接種試験の結果である、図4と図5を参照して説明する。
図4によると、左側のY629株区のヘアリーベッチは、色が緑で生理障害を起こした
ものは皆無であった。これに対して、右側の土着根粒菌区のヘアリーベッチは、ほとんど
が色が赤くなる生理障害を起こし、枯れたか枯れかけた状態になってしまった。
図5によると、各区の栽培したヘアリーベッチを取り出して比較したところ、左側のY
629株区のヘアリーベッチは緑色で、草丈の長さ、根の張り等、よく生長した。これに
比べて、右側の土着根粒菌区のヘアリーベッチは、全体的に赤く、軟弱に徒長し、Y62
9株区のヘアリーベッチと比べて生長しなかった。
これらの結果によると、ヘアリーベッチ用根粒菌接種資材は十分な効果があったため、
次にフィールド試験を行い、実際にヘアリーベッチ用根粒菌接種資材の効果を確かめるこ
とにした。
【0030】
(圃場におけるヘアリーベッチ根粒菌接種効果試験)
(栽培概要)
ヘアリーベッチ用根粒菌接種資材によるY629株の接種が、実際の土壌で効果がある
かどうかを確かめるため、圃場での接種効果試験を行った。
試験は、秋田県八郎潟干拓地内の畑地転換予定の農家圃場で行った。この圃場の土性は
強粘質細粒グライ土である。
この試験の概要を示す図6を参照すると、上述の小規模栽培による接種試験と同様に、
ピートモスとバーミキュライトの混合物にヘアリーベッチ根粒菌Y629株を増殖させた
液体培地を混合し、ヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤とした。
【0031】
圃場設計を示す図7を参照して説明すると、処理区として、Y629株接種区と無接種
区を設けた。Y629株接種区は、ヘアリーベッチ種子に接種製剤を粉衣した区である。
無接種区は接種せずそのまま播種を行った区とした。
播種は2005年9月24日に、約4kg/10aで行った。
【0032】
(圃場における接種効果の評価)
ヘアリーベッチの生育調査は越冬前の2005年11月10日と越冬後の2006年4
月12日に障害発生率と草丈(主茎長)とを調査した。
障害発生率は各区の平均的な生育箇所における50cm四方の枠内の個体数と障害発生
株数から求めた。これは、統計的処理を行うために4反復で行った。
主茎長は圃場に生えているヘアリーベッチ正常株、生理障害株をそれぞれ10株ずつ選
んで測定した。
【0033】
まず、11月10日の試験結果である図8を参照すると、無接種区のヘアリーベッチに
比べて、Y629株接種区のヘアリーベッチでは、障害の発生率で2/3以下となった。
草丈はY629株接種区ヘアリーベッチの方が、無接種区のヘアリーベッチより平均で
2cmほど短くなっていた。これは、根粒が形成された当初はこちらに栄養分が吸収され
て生長が少し遅くなる効果が現れることと、無処理区は軟弱徒長ぎみであるためだと考え
られる。
対照的に、4月12日の試験結果である図9を参照すると、無接種区のヘアリーベッチ
に比べて、Y629株接種区のヘアリーベッチでは、障害の発生率がほぼ皆無となった(
無接種7%、接種0%)。さらに、草丈はY629株接種区のヘアリーベッチの方が、無
接種区のヘアリーベッチより3cm程度長かった。これは、Y629株接種区のヘアリー
ベッチは、Y629株の高い共生窒素固定活性により、順調に空気中の窒素を取り入れ肥
料とした結果だと推測できる。すなわち、Y629株の接種により、ヘアリーベッチの緑
肥としての肥料効果が高まっていると考えられる。
【0034】
さらに、4月12日から一ヶ月ほど経った圃場の様子を撮影した図である図10を参照
すると、無接種区とY629株接種区では、ヘアリーベッチの生育具合に大きな差がある
ことが分かる。
無接種区においては、ヘアリーベッチの生育具合がよくなく、所々、赤く生理障害を起
こしているヘアリーベッチが見受けられる。
これに対して、Y629株接種区では、ほとんど生理障害を起こしたヘアリーベッチは
見受けられず、正常に生長したヘアリーベッチが地肌を覆っている。
【0035】
次に、図11を参照すると、6月上旬の時点で無接種区とY629株接種区で、80℃
で乾燥することによりヘアリーベッチ地上部の乾重量を求めたところ、Y629株接種区
は無接種区の1.5倍程度の乾重量があることが確かめられた。
これにより、9月の稲刈り後の田にY629株を接種したヘアリーベッチを播種し、緑
肥として雑草の代わりにヘアリーベッチを栽培して土壌構造を発達させ、越冬後に確実に
生長して窒素を体内に蓄えたヘアリーベッチを翌年の5〜6月に田に鋤き込むというサイ
クルを使ったヘアリーベッチの栽培方法と、作物の栽培方法が可能となる。
【0036】
また、優良なヘアリーベッチ根粒菌(例えばY629株)が感染した根粒は、窒素固定
活性を高く維持することができる。
これにより、ヘアリーベッチ植物体の窒素栄養状態を正常に保つことができるため、初
期成育段階に発生する生理障害を回避することができる。
さらに加えて、ヘアリーベッチの越冬後の生育も向上し、緑肥効果を十分に発揮する生
育量を確保することが可能となる。
【0037】
以上の効果により、大規模農業法人が業として有機農法により農業を行う場合、又は業
として低農薬農法により農業を行う場合、これまでよりも作物の収穫効率を上げることが
可能になる。
【0038】
<第2の実施の形態>
(黒ボク土壌における接種効果の評価)
上述の実施の形態においては、秋田県大潟村の重粘土で効果があることを示した。
これに加えて、Y629を接種することで、他の土壌タイプ(黒ボク土)の圃場でも、接種効果があるという効果が得られる。
【0039】
黒ボク土壌は、「火山放出物の風化堆積層上部に暗褐色ないし黒色を呈する非泥炭質の腐植の集積した土壌」と定義されている、火山灰土壌であり、我が国の国土の約1/6を占め、我が国の畑の1/2を占める。
黒ボク土壌は、腐植を非常に多く含み膨潤水や吸湿水が多いものの、リン酸吸収係数が非常に高いことが特徴である。つまり、黒ボク土壌は腐植を含み水はけがよく、一見、農業に適した土に見えるところ、土壌粒子が肥料成分であるリン酸を吸着してしまうために、実は作物の育ちが悪くなるという特徴がある。
よって、従来、畑作や稲作のためには、例えば、有効態リン酸を乾土100gあたり10mg以上になるように、リン酸肥料の多施を行う必要があった。
また、このようにリン酸が吸着してしまうため、とくに寒冷地黒ボク土壌では、緑肥用の植物も育ちにくい。このため、十分な緑肥効果がでないという問題があった。
【0040】
ここで、本発明の第2の実施の形態に係るY629株の接種を行ったヘアリーベッチは、黒ボク土壌で緑肥として栽培しても生育がよいという特徴が得られる。
以下で、図13〜15を参照して、実施例2として詳しく説明する。
【0041】
<実施例2>
実施例2においては、黒ボク土壌におけるY629株の接種効果を検証するため、上述の第1の実施の形態と同様の方法でY629株の接種を行ったヘアリーベッチの種について、実施例1と同様の圃場栽培試験を行った。
図13を参照すると、黒ボク土壌の栽培試験の際の圃場設計を示す処理区として、Y629株接種区と無接種区を交互に設けた。
処理区面積の条件は以下の通りである:

処理区面積: 165m2(1.65a)
播種密度: 3kg/10a
種子重: 495g/処理区
【0042】
実際の栽培結果の写真である図14を参照すると、根粒菌Y629株を接種したヘアリーベッチは、接種していない無接種区のヘアリーベッチに比べて、明らかに生長度合いが大きいことが分かる。実際に、Y629接種区のヘアリーベッチは緑色が濃くて青々しているが、無接種区のヘアリーベッチは赤色や薄緑色を呈していて、明らかに生長不良が認められる。
【0043】
この栽培結果をグラフ化した図15を参照すると、実際に黒ボク土壌の圃場でY629株を接種したヘアリーベッチは、播種時や越冬時ではそれほど差がでないものの、5月以降の生長期には、無接種の場合のほぼ1.5倍の草丈を示すことが分かる。このように十分生長したヘアリーベッチを緑肥とすることで、作物の栽培のための土壌の窒素養分が高まる。
なお、図15の結果は、統計的に十分な反復でヘアリーベッチを採取して計測した。
【0044】
以上のように、従来、寒冷地域の黒ボク土壌では、緑肥であるヘアリーベッチもあまり生育がよくならなかった。
これに対して、Y629株を接種したヘアリーベッチを栽培すると、生長度合いが高まることが分かる。
これは、根粒菌Y629株の窒素固定活性が高いために、ヘアリーベッチの光合成活性が高まり、それに伴って根の吸収活性(リン酸吸収活性)も向上したものと考えられる。また、ヘアリーベッチはリン酸吸収に関係する共生菌(菌根菌)のバイオマス量を増加させる働きもある。
【0045】
以上のように、従来、緑肥としてのヘアリーベッチの栽培が難しかった寒冷地域における黒ボク土壌において、緑肥として十分なヘアリーベッチを栽培することができるという効果が得られる。
これにより、ヘアリーベッチを鋤き込んだ後の畑等で、あまり窒素系の肥料やリン酸系の肥料を与えずに、作物を栽培することができるという効果が得られる。
上述のようにY629株は低温耐性があるため、冬に接種したヘアリーベッチを播き、通常の農業の時候的なサイクルで緑肥として鋤き込んで作物を栽培可能である。
【0046】
なお、この黒ボク土壌においては、ヘアリーベッチ根粒菌 S625株(NITE P−322)を用いることも好適である。
ヘアリーベッチ根粒菌 S625株は、ヘアリーベッチ根粒菌Y629株と同様の方法によって単離された菌であり、Y629株に比べ増殖速度が早いという特徴がある。これにより、Y629株と同等の培地にて、根粒菌を調整する際の培養時間が1/2程度になる(培養時間が短くなる)という効果が得られる。
また、S625株を接種したヘアリーベッチは、特に黒ボク土壌で栽培した際にY629株よりも生長がよくなるという効果が得られる。
【0047】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の実施の形態に係るヘアリーベッチ根粒菌の分離と種子接種法の概念図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るヘアリーベッチ根粒菌の液体培養方法の概念図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るヘアリーベッチ種子への根粒菌の接種方法を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態の実施例1に係る小規模栽培試験におけるY629株接種区と土着根粒菌区のヘアリーベッチの生育具合を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態の実施例1に係る小規模栽培試験におけるY629株接種区と土着根粒菌区のヘアリーベッチの植物体の生育具合を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態の実施例1に係る圃場接種試験の概要を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態の実施例1に係る圃場設計を示す概念図である。
【図8】本発明の実施の形態の実施例1に係る圃場接種試験において11月10日に無接種区とY629株接種区での生理障害発生率と主茎長を計測したグラフである。
【図9】本発明の実施の形態の実施例1に係る圃場接種試験において4月12日に無接種区とY629株接種区での生理障害発生率と主茎長を計測したグラフである。
【図10】本発明の実施の形態の実施例1に係る圃場接種試験において5月15日に無接種区とY629株接種区のヘアリーベッチ生長を記録した図である。
【図11】本発明の実施の形態の実施例1に係る圃場接種試験における無接種区とY629株接種区でのヘアリーベッチ地上部の乾重量を計測したグラフである。
【図12】本発明の実施の形態に係る窒素欠乏の原因を説明するための概念図である。
【図13】本発明の第2の実施の形態の実施例2に係る黒ボク土の圃場接種試験の圃場設計を示す図である。
【図14】本発明の第2の実施の形態の実施例2に係る試験におけるヘアリーベッチの生長を記録した図である。
【図15】本発明の第2の実施の形態の実施例2に係る。Y629株接種区と無接種区でのヘアリーベッチの草丈の増加を計測したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘアリーベッチの種に、共生窒素固定活性を持つ根粒菌を接種して播種し、ヘアリーベッチの窒素不足による生理障害を回避することを特徴とする農業方法。
【請求項2】
前記根粒菌は、更に昼間15℃の環境においても0.3μmol/植物・時間以上に維持される低温耐性があることを特徴とする請求項1に記載の農業方法。
【請求項3】
前記根粒菌は、ヘアリーベッチ根粒菌 Y629株(NITE P−323)であることを特徴とする請求項1又は2に記載の農業方法。
【請求項4】
前記根粒菌は、ヘアリーベッチ根粒菌 S625株(NITE P−322)であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の農業方法。
【請求項5】
前記根粒菌は、液体培養し、前記液体培養した前記根粒菌とピートモスとバーミキュライトとを混合した根粒菌接種製剤を製造し、ヘアリーベッチの種と前記根粒菌接種製剤を混合して接種することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1つに記載の農業方法。
【請求項6】
共生窒素固定活性と低温耐性とを持つ根粒菌を接種したヘアリーベッチを収穫作物の収穫後に播種し、冬期に該ヘアリーベッチを栽培し、前記収穫作物の植え付け前に前記ヘアリーベッチを鋤き込み緑肥とすることを特徴とする収穫作物の栽培方法。
【請求項7】
前記ヘアリーベッチを栽培する土壌は、黒ボク土壌であることを特徴とする請求項6に記載の収穫作物の栽培方法。
【請求項8】
共生窒素固定活性と低温耐性とを持つ根粒菌を液体培養し、前記液体培養した前記根粒菌とピートモスとバーミキュライトとを混合したヘアリーベッチ用根粒菌接種製剤。
【請求項9】
共生窒素固定活性と低温耐性とを持つ根粒菌を接種したヘアリーベッチを収穫作物の収穫後に播種し、冬期に該ヘアリーベッチを栽培し、前記収穫作物の植え付け前に前記ヘアリーベッチを鋤き込み緑肥とすることを特徴とする収穫作物の栽培方法で栽培された収穫作物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図15】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−259495(P2008−259495A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−62496(P2008−62496)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年9月21日 植物微生物研究会主催の「植物微生物研究会第16回研究交流会」に文書をもって発表
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】