説明

透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体およびその製造方法

【課題】この発明は、クロムの価数制御とレーザ光の散乱要因となる気孔の除去を同時に行なうことができて、しかも可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上であり、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで30%以上75%以下であるクロム含有酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体を得ようとするものである。
【解決手段】主としてクロムを含有する透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体であって、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下である透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、Qスイッチ発振固体レーザに使用される透光性セラミックスおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Qスイッチ発振固体レーザは、最初共振器のQを低下させておき発振が起きない状態でレーザ媒質を励起して反転分布をつくると、レーザ媒質には通常の発振のときに比べ非常に大きなエネルギーが蓄えられるので、この状態でQスイッチによって瞬間的にQ値を高くしてQスイッチパルスレーザ発振が得られるようにしたものである。
【0003】
このQ値を制御する材料の一つにCr4+:YAG(YAl12)が知られている。このCr4+:YAGは、光強度が上がると光の吸収率が下がる過飽和吸収特性を示し、Qレーザ用材料としてこれまでも用いられている。
【0004】
これまでにCr4+:YAG単結晶の作製例は多数存在するが、透光性を有するCr4+:YAGセラミックスの作製は容易ではなかった。それは透光性を有するCr4+:YAGセラミックスを作製するには、気孔の除去とCrの価数制御を同時に行うことが必要であるがこれが従来は困難であったからである。しかし、Cr4+:YAGをセラミックスで作成することにより、単結晶では作製が困難な複雑形状のものを作製することができ、またNd:YAGなどの他材料への接合を容易にすることができる。
【0005】
透光性Cr4+:YAG作製に関する先行技術としては、酸化アルミニウム粉末と酸化イットリウム粉末に、酸化マグネシウムと酸化カルシウムを添加して、酸素雰囲気下1750℃で焼成することが公知である(例えば、非特許文献1参照。)。
【非特許文献1】J.Am.Ceram.Soc,79[2] 507-509 (1996年) p.507−509
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この先行技術は、酸化アルミニウム粉末と酸化イットリウム粉末に、酸化マグネシウムと酸化カルシウムを添加して、酸素雰囲気下1750℃で焼成するもので、これによると確かにCr4+:YAGに起因する吸収ピークを有する透光性Cr4+:YAGセラミックスが得られるが、熱拡散係数の小さい酸素雰囲気下で焼成するために、気孔の除去が困難となるといった問題があった。そのために、この方法で得られる透光性Cr4+:YAGセラミックスは特異吸収以外の直線透過率は、厚さ1mmで約70%とレーザ用の材料としては散乱が多く、レーザ発振時の効率が低下するといった問題が存在していた。
【0007】
この発明は、クロムの価数制御とレーザ光の散乱要因となる気孔の除去を同時に行なうことができて、しかも可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上であり、特異吸収である1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで30%以上75%以下であるクロム含有酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体を得ようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、主としてクロムを含有する透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体であって、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下であることを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体(請求項1)、酸化イットリウムアルミニウムガーネットに対し、クロムを金属単体換算で0.044wt%以上0.26wt%以下の範囲で含有し、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下であることを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体(請求項2)、酸化イットリウムアルミニウムガーネットに対し、クロムを金属単体換算で0.044wt%以上0.26wt%以下の範囲で含有し、かつアルカリ土類金属をクロムに対してモル比で1以上6以下含有し、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下であることを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体(請求項3)、酸化イットリウム粉末と酸化アルミニウム粉末に、クロムおよびクロム化合物の中のいずれか一種以上と、アルカリ土類金属およびアルカリ土類金属化合物の中のいずれか一種以上を添加して混合し、これをイットリウム、アルミニウム、クロム元素、アルカリ土類元素を含有する成形体に成形し、ついでこれを真空、ヘリウムもしくは水素雰囲気下1600℃以上1850℃以下で焼成し、さらにこれを酸素雰囲気下で1700℃以上1850℃以下で熱処理することを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造方法(請求項4)、前記クロムおよびクロム化合物の中のいずれか一種以上をクロムが透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体中に金属単体換算で0.044wt%以上0.26wt%以下残留するよう添加することを特徴とする請求項4記載の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造方法(請求項5)および前記アルカリ土類金属およびアルカリ土類金属化合物の中のいずれか一種以上をアルカリ土類金属元素が、透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体中のクロムに対してモル比で1以上6以下の割合で残留するよう添加することを特徴とする請求項4記載の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造方法(請求項6)である。
【発明の効果】
【0009】
この発明によれば、クロムの価数制御と散乱要因となる気孔の除去を同時に行うことができる。そのために可視から赤外域にわたった特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上であり、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで30%以上75%以下のクロム含有酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
この発明の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体は、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下である。この発明の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体は、酸化イットリウムアルミニウムガーネットに対して、クロムを金属単体換算で0.04wt%以上0,26wt%以下の範囲で含有する。クロム含有量が0.044wt%未満であると、十分な過飽和吸収特性を得るために試料厚を厚くする必要があり、装置の大型化につながるため好ましくない。また、クロム含有量が0.26wt%を超えるとYCrOなどの異相が析出し、焼結体の透光性を著しく低下するので好ましくない。
【0011】
上記クロムの添加に加えてアルカリ土類金属を含有する。アルカリ土類金属は元素の種類を問わず、クロムに対してモル比で1以上6以下とする。アルカリ土類金属の含有量がクロムに対してモル比で1未満であるとCr4+が十分に生成されず過飽和吸収特性が得られない。また、これがクロムに対してモル比で6を超えると過剰のアルカリ土類金属が粒界層に偏析するため透光性を低下させる。これによって可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで30%以上75%以下とすることができる。
【0012】
本発明の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造は、酸化イットリウム粉末と酸化アルミニウム粉末に、クロムまたはクロム化合物を加え、或いはこれにさらにアルカリ土類金属或いはアルカリ土類元素を加えて混合し成形体を作製する。この成形体は、クロムまたはクロム化合物が、金属単体換算で0.044wt%以上0.2wt%以下とする、また、アルカリ土類金属或いはアルカリ土類元素は、クロムに対してモル比で1以上6以下とする。これらの添加量にする理由は既に述べた通りである。
【0013】
このイットリウム、アルミニウム、クロム、アルカリ土類金属元素を含有する成形体は、まず1600℃以上1850℃以下の真空、ヘリウムもしくは水素雰囲気下で焼成し、さらに酸素雰囲気下1700℃以上1850℃以下で熱処理を行なう。即ち、クロム、アルカリ土類元素を含有するAl、Y混合粉末に、好ましくは焼結助剤のSiなどを添加して成形した成形体を、真空、水素もしくはヘリウム雰囲気下で一旦1600℃以上1850℃以下で焼成することで内部気孔を除去し、その後酸素雰囲気下1700℃以上1850℃以下で熱処理することでCr4+:YAGを得るものである。
【0014】
Cr4+:YAGを作製するには、Crの価数を制御することが必要である。通常、CrがYAGに固溶する場合、Alサイトに置換固溶するためCr3+として安定に存在する。そのため、Cr4+を得るためにはCr3+→Cr4+の酸化処理が必要となる。この酸化の方法としては、酸化雰囲気での熱処理、アルカリ土類元素などの2価イオンをドーピングし電価バランスを崩す方法が考えられる。一般に、Cr4+:YAG単結晶は、MgやCaなどの2価イオンをドープし酸素焼成雰囲気下で引き上げられている。
【0015】
しかし、Cr4+:YAGセラミックスを酸化雰囲気で焼成すると、酸素ガスの拡散係数が小さいために焼結体内に気孔を残存させやすく、得られる焼結体は内部散乱が大きくレーザ用材料として用いることは困難になる。また、Cr、Mg、Caを含有する成形体を真空、水素、ヘリウムなどの拡散係数の大きいガス中で焼成すると確かに残留気孔起因の散乱は減少するが、一方でCrの酸化が十分に進行せずに、Cr3+として存在しCr4+が得られないといった問題がある。
【0016】
そこでこの発明では、Cr、アルカリ土類金属を含有する酸化アルミニウム、酸化イットリウム混合粉末に焼結助剤のシリコンなどを添加して成形した成形体を、真空、水素もしくはヘリウム雰囲気下で一旦1600℃以上1850℃以下で焼成し、内部気孔を除去した後に酸素雰囲気下1700℃以上1850℃以下で熱処理するものである。これによって、気孔による散乱の少ないCr4+:YAGが得られ、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上であり、なおかつCr4+:YAGに見られる過飽和吸収特性を有するクロム含有透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体を得ることができる。
【0017】
成形体を真空、水素もしくはヘリウム雰囲気下で一旦焼成する温度が1600℃未満であると気孔の排出が十分でなく、残留気孔により透光性が低下する。焼成温度が1850℃を超えると異相が析出してこの場合も透光性が低下する。また、クロムの酸化のための酸素雰囲気下での熱処理が1700℃未満であるとCr3+のCr4+への酸化が十分に進行せず、また1850℃を超えると異相が析出し透光性を低下させる。
【0018】
(実施例)
平均粒径1μmの酸化イットリウム粉末と、平均粒径0.3μmの酸化アルミニウム粉末と、正珪酸エチル(0.8%)と、平均粒径1μmの酸化クロム粉末と、平均粒径0.1μmの酸化マグネシウム粉末と、平均粒径1μmの酸化カルシウム粉末とを所定量秤量し、これにエタノール、アクリル系バインダを添加し、ナイロンボールを用いたボールミルによって12時間混合を行なった。
【0019】
得られたスラリーからスプレードライヤーを用いて平均粒径60μmの造粒粉を作製した。この造粒粉を20MPaで一軸金型成形し、次いで150MPaで冷間静水圧成形(CIP)を行ない成形体とした。この成形体を1000℃で脱脂処理をおこなった。
【0020】
この脱脂体は、表1に示す温度および雰囲気で一次焼成、次いで二次焼成を行い焼結体を得た。この焼結体を直径20mm、厚さ1mmで両面光学研磨品へと加工し、分光光度計を用いて400nm〜1800nmにおける直線透過率を測定した。測定結果のうちCr4+に起因する吸収を示す1064nmにおける直線透過率および特異吸収以外の直線透過率を示す1500nmにおける直線透過率を表1に示した。また、測定後の焼結体は洗浄を行なった後、ICP発光分光分析法にてクロム濃度、マグネシウム濃度、カルシウム濃度を測定した。この測定結果からMg/Cr,Ca/Cr,(Mg+Ca)/Crを計算した値を表1に示した。
【表1】

【0021】
表1から明らかなように、この発明の実施によれば、クロムの価数制御および散乱要因となる気孔の除去を同時に行なうことができ、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上であり、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで30%以上75%以下のクロム含有透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体を得ることが出来る。これに対して、比較例1は可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで84%であるが、特異吸収である1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで78%で、本発明の75%以下の範囲外である。また、比較例3は特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで77%である。
【0022】
比較例5は、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が厚さ1mmで46%で、本発明の30%以上であるが、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで80%で本発明の83%以上に達していない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主としてクロムを含有する透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体であって、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下であることを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体。
【請求項2】
酸化イットリウムアルミニウムガーネットに対し、クロムを金属単体換算で0.044wt%以上0.26wt%以下の範囲で含有し、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下であることを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体。
【請求項3】
酸化イットリウムアルミニウムガーネットに対し、クロムを金属単体換算で0.044wt%以上0.26wt%以下の範囲で含有し、かつアルカリ土類金属をクロムに対してモル比で1以上6以下含有し、可視から赤外域にわたって特異吸収以外での直線透過率が厚さ1mmで83%以上、特異吸収である波長1064nmにおける直線透過率が、厚さ1mmで30%以上75%以下であることを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体。
【請求項4】
酸化イットリウム粉末と酸化アルミニウム粉末に、クロムおよびクロム化合物の中のいずれか一種以上と、アルカリ土類金属およびアルカリ土類金属化合物の中のいずれか一種以上を添加して混合し、これをイットリウム、アルミニウム、クロム元素、アルカリ土類元素を含有する成形体に成形し、ついでこれを真空、ヘリウムもしくは水素雰囲気下1600℃以上1850℃以下で焼成し、さらにこれを酸素雰囲気下で1700℃以上1850℃以下で熱処理することを特徴とする透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造方法。
【請求項5】
前記クロムおよびクロム化合物の中のいずれか一種以上をクロムが透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体中に金属単体換算で0.044wt%以上0.26wt%以下残留するよう添加することを特徴とする請求項4記載の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造方法。
【請求項6】
前記アルカリ土類金属およびアルカリ土類金属化合物の中のいずれか一種以上をアルカリ土類金属元素が、透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体中のクロムに対してモル比で1以上6以下の割合で残留するよう添加することを特徴とする請求項4記載の透光性酸化イットリウムアルミニウムガーネット焼結体の製造方法。