説明

透過型電子顕微鏡及び試料観察方法

【課題】電子レンズの球面収差による制約を受けることなく高散乱角の散乱電子を検出し、深さ分解能を向上させることができる透過型電子顕微鏡及び試料観察方法を提供する。
【解決手段】試料5に電子線2を照射する電子銃1と、試料5を透過して散乱する散乱電子を検出する電子検出器13と、この電子検出器13と試料5との間に位置し試料5からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限するリング状のスリットを有する第1の検出側環状絞り15と、この第1の検出側環状絞り15と電子検出器13との間に位置し第1の検出側環状絞り15を通過した散乱電子の通過範囲の内径及び外径をさらに制限するリング状のスリットを有する第2の検出側環状絞り16とを備えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過型電子顕微鏡及び試料観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透過型電子顕微鏡において、環状絞り、レンズ、及びピンホールを、試料と電子検出器との間に配置し、試料からの余計な散乱電子を環状絞りで除去し、環状絞りを通過した必要な散乱電子をレンズでピンホールに収束させて検出するものがある(特許文献1等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−270056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、電子線を収束する収束レンズには一般に球面収差があり、特許文献1に記載された技術において環状絞りを通過した散乱電子をピンホールに収束させるには、高価な球面収差補正器を要する。特に、この種の顕微鏡では、80mrad以上の散乱角を検出することで、HAADF(High Angle Annular Dark Field)像として組成コントラストの測定が可能となり、さらには高散乱角の散乱電子を検出することで深さ分解能も向上するメリットがあるところ、球面収差補正器によって補正可能な散乱電子の散乱角には限界がある。
【0005】
本発明は、電子レンズの球面収差による制約を受けることなく高散乱角の散乱電子を検出し、深さ分解能を向上させることができる透過型電子顕微鏡及び試料観察方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、電子線を試料に照射して発生させた散乱電子を複数の環状絞りで制限し、当該複数の環状絞りを通過した散乱電子を検出することに関する。
【0007】
または、電子線を試料に照射して発生させた散乱電子を1枚の環状絞りで制限し、当該環状絞りを通過した散乱電子を環状の受光面を有する電子検出器で検出することに関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、電子レンズの球面収差による制約を受けることなく高散乱角の散乱電子を検出し、深さ分解能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】比較例に係る電子顕微鏡の電子照射系の模式図である。
【図2】比較例係る電子顕微鏡の散乱電子検出系を電子照射系とともに表した模式図である。
【図3】本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡の模式図である。
【図4】本発明の透過型電子顕微鏡に備えられた標準試料の概略図である。
【図5】本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡における照射側環状絞りの位置調整の説明図である。
【図6】本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡における第1の検出側環状絞りの位置調整の説明図である。
【図7】本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡における標準試料の位置調整の説明図である。
【図8】本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡における第2の検出側環状絞りの位置調整の説明図である。
【図9】本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡の装置調整の全体手順を表したフローチャートである。
【図10】本発明の第2実施形態に係る透過型電子顕微鏡の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に図面を用いて本発明の実施形態を説明する。
【0011】
まず、比較例について説明する。
【0012】
近年、光学式の共焦点顕微鏡の技術の電子顕微鏡への応用が検討され始めているが、電子線は試料との相互作用が多く、さらには球面収差の影響も大きいため、光学式顕微鏡の技術を単純に転用することは難しい。
【0013】
図1に比較例として示したように、電子銃1’から発せられた電子線2’をコンデンサー絞り3’の円形の孔に通し、これによって選択された所望の電子線2’を収束レンズ4’で収束して試料5’に照射する構成が知られている。
【0014】
本比較例では、試料5’に照射される電子線2’のうち収束レンズ4’の中心付近を通過した電子線2’が試料5’をそのまま通過するため、例えば試料5’が結晶性の場合には結晶の方位によって強いチャネリング現象が発生する。この場合、観察すべき着目領域6’が試料5’の内部、すなわち試料5’中の厚み方向(光軸方向)の特定箇所にあるとき、着目領域6’以外の部分、例えば着目領域6’よりも電子銃1’側又はその反対側の層からの散乱電子7’,9’が発生し、これら散乱電子7’,8’がノイズとなって所要の深さ分解能が確保できない。そのため、散乱電子7’,8’の発生を抑制し着目領域6’からの着目散乱電子8’を効率的に発生させることが望まれる。
【0015】
このとき、図1の比較例では、高価な球面収差補正器を収束レンズ4’と試料5’の間に配置して収束レンズ4’の球面収差を補正しなければ、電子線2’の収束点が光軸方向に広がってしまう。このように収束点が広がれば、それだけ深さ分解能が悪化する。さらには、深さ分解能には、試料5’中をコーン状に照射する領域の電子線(比較的大きな照射角αで焦点域に入射する電子線2’のビーム外周部の電子線)が大きく寄与するため、収束レンズ4’の中心近傍を通過した電子線は余分な電子線であって必要以上に試料5’にダメージを与え得る。
【0016】
この比較例の散乱電子検出系としては、光学式の共焦点顕微鏡の技術を応用する場合、例えば、図2に示したように電子検出器13’の直前にピンホール12’を配置する方式が考えられる。図2の構成では、試料5’と電子検出器13’の間に配置されたレンズ11’で大きな散乱角βを持った着目散乱電子8’をピンホール12’に収束する。
【0017】
このとき、試料5’とレンズ11’の間には環状絞り10’が配置されている。仮に環状絞り10’がなければ、レンズ11’の球面収差の影響も相俟って注目領域6’以外の領域からの散乱電子もピンホール13’を通過し電子検出器13’に到達し得るため、ピンホール12’が有効に機能しない。環状絞り10を配置し、さらに球面収差補正器(図示せず)をレンズ11とピンホール12の間に設けることで、着目領域6’以外の領域からの散乱電子の電子検出器13’への入射を抑制する必要がある。
【0018】
しかし、レンズ11の球面収差を補正する球面収差補正器は高価なパーツである、また補正可能な散乱電子の散乱角にも限界がある等の問題がある。特に、共焦点顕微鏡では、80mrad以上の散乱角の散乱電子を検出することによってHAADF(High Angle Annular Dark Field)像として組成コントラストの測定が可能となる利点があり、さらには深さ分解能も向上する。従って、電子レンズの球面収差の影響を受けることなく高散乱角の散乱電子を検出することができる散乱電子検出系が望まれる。
【0019】
[第1実施形態]
図3は本発明の第1実施形態に係る透過型電子顕微鏡の模式図である。
【0020】
図3に示した透過型電子顕微鏡は、試料5に電子線2を照射する電子銃1と、この電子銃1と試料5との間に位置する照射側環状絞り14と、この照射側環状絞り14と試料4との間に位置する収束レンズ4と、試料5を透過して散乱する散乱電子を検出する電子検出器13と、この電子検出器13と試料5との間に位置する第1の検出側環状絞り15と、この第1の検出側環状絞り15と電子検出器13との間に位置する第2の検出側環状絞り16と、環状絞り14−16をそれぞれ移動させる微動機構17−19と、電子銃1、収束レンズ4及び微動機構を制御する制御装置20とを有している。
【0021】
照射側環状絞り14は、円形の孔14aとその内側に配置された同心状の円形の遮蔽板14bとの間に形成されたリング状のスリットを有している。遮蔽板14bは複数の細い支持部(図示せず)を介して孔14の内側に支持されている。孔14a及び遮蔽板14bは、電子線2の光軸がおよそそれらの中心にくるように配置されていて、孔14aの内径は、当該照射側環状絞り14の位置において電子線2のビーム径よりも小さく形成されている。したがって、電子銃1からの電子線2は、光軸近辺が遮蔽板14bにより遮断され、孔14a及び遮蔽板14bによってそれぞれ外径及び内径が制限されて中空状に成形される。この照射側環状絞り14を通過した電子線2は、収束レンズ4により収束されてホローコーン状に照射角α(0<α<90°)で試料5の着目領域6に収束する。例えば一般にTEMで適用されているように、二段収束レンズに対物レンズを組み合わる等して収束レンズ4を複数設けた場合には、電子線2の収束性がより高まる。また、電子線2の照射角度αは照射側環状絞り14を上下に動かすことで変更可能である。
【0022】
第1の検出側環状絞り15は、照射側環状絞り14と同様にリング状のスリットを有しており、試料5からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限する。第1の検出側環状絞り15のスリット径や光軸方向の位置は、着目領域6からの着目散乱電子8の軌道上にスリットが一致するように調整されている。
【0023】
第2の検出側環状絞り16も、環状絞り14,15と同様にリング状のスリットを有しており、第1の検出側環状絞り15を通過した散乱電子の通過範囲の内径及び外径をさらに制限する。第2の検出側環状絞り16のスリット径や光軸方向の位置も、着目領域6からの着目散乱電子8の軌道上にスリットが一致するように調整されている。したがって、第2の検出側環状絞り16のスリット径は、必然的に第1の検出側環状絞り15のそれよりも大きい。
【0024】
微動機構17−19は、モーター及び圧電素子の少なくとも一方を用いた駆動系であり、それぞれ環状絞り14−16を光軸に直交する平面方向(XY方向)及び光軸方向(Z方向)に移動させる。なお、特に図示していないが、試料5もモーター及び圧電素子の少なくとも一方を用いた試料ステージにより平面方向及び光軸方向に移動可能な構成となっており、観察像の取得時には、電子線2の焦点域に対して試料5を平面方向及び光軸方向に移動(走査)させ、試料ステージの位置情報と散乱電子の検出情報を連動させて観察像を取得する。こうした連動制御は制御装置20により実行される。
【0025】
ここで、実際に観察像を取得する際には、電子線の照射系の着目点つまり焦点位置に散乱電子の検出系の着目点が原子サイズオーダーで一致することが望まれる。そのため、収束レンズ4のレンズ電流及び環状絞り14−16の位置を詳細に調整する必要がある。本実施形態の透過型電子顕微鏡の分解能は、収束レンズ4のレンズ電流と環状絞り14−16の位置の初期設定で決定される。
【0026】
本実施形態では、これら条件を適正に設定するための標準試料が用意されている。標準試料の構成例を幾つか図4に示す。
【0027】
図4(a)に示した標準試料50aは理想的な一構成例であり、薄膜状の保持部22と、この保持部22で保持した標的21と、保持部22の縁部に設けた散乱波生成部25とを備えている。保持部22は標的21よりも軽い原子で形成されている。標的21は保持部22上に固定されており、単原子であることが望ましいが、単原子を用意することが難しい場合は数個の原子の集合体であるクラスターで代替しても良い。保持部22と標的21の構成原子は標的21の方が重ければ良いが、本実施形態では、例えば、標的21を重原子(Pt、U等)、保持部22を軽原子(C等)とする。散乱波生成部25は、保持部22よりも厚みのある部分であり、構成原子は保持部22と同じで良い。
【0028】
図4(b)に示した標準試料50bは、保持部23中に標的21を保持したものである。標準試料50bの保持部23は、電子線が容易に透過する程度の厚さである。その他の点は標準試料50aと同様である。
【0029】
図4(c)に示した標準試料50cは、原子ワイヤーの直径を有する原子ワイヤーを標的24として用いた例である。標的24は、支持部23に形成された貫通転位に形成されている。貫通転位に原子ワイヤーを形成する技術は一般に知られている。単原子やクラスターを用意することができない場合は本例のように原子ワイヤーの標的24を用いることもできる。
【0030】
次に、環状絞り14−16の位置と収束レンズ4の電流の初期調整について説明する。環状絞り14−16の位置と収束レンズ4の電流の初期調整のシーケンスを表した模式図を図5−図8に示す。
【0031】
まず、図5を用いて照射側環状絞り14の位置調整について説明する。
【0032】
照射側環状絞り14の位置を調整する際には、まず図5(a)に示したように試料及び検出側環状絞り15,16のない状態で電子銃1からの電子線2を収束レンズ4で収束させ、クロスオーバー(焦点)を形成させた後、下部の電子検出器13で電子を検出する。このとき検出された電子は二次元の電子検出像26(図5(b)及び図5(c)参照)として外部モニタ(図示せず)にて確認できる。電子検出像26でリング状に表れているのが照射側環状絞り14の環状のスリットの像である(簡便な手法として電子検出器13を蛍光板に置き換えることも考えられる)。このとき、電子検出像26には十字のガイド線27が表示されており、このガイド線27の原点に収束レンズ4の中心軸が重なるように予め調整されている。図5(b)では収束レンズ4の中心軸から照射側環状絞り14のスリット像28の中心がずれた状態を表している。この手順では、微動機構17に指令して、図5(c)に示したように収束レンズ4の中心軸に照射側環状絞り14のスリット像28の中心が一致するように照射側環状絞り14の位置を調整する。
【0033】
照射側環状絞り14の位置調整が完了したら、収束レンズ4の調整に移行するが、収束レンズ4に非点がある場合、照射側環状絞り14のスリットが実際には真円であっても電子検出像26上のスリット像28が真円にならない。その場合には、電子検出像26上を見ながらスリット像28が真円となるように非点調整機構(図示せず)によって収束レンズ4の非点を補正する。
【0034】
続いて、図6を用いて第1の検出側環状絞り15の位置調整について説明する。
【0035】
第1の検出側環状絞り15の位置を調整する際には、試料ステージ(図示せず)を駆動して標準試料50の散乱波生成部25を収束レンズ4の焦点位置に設置し、散乱波生成部25に電子線2を照射して散乱波を多量に発生させる。これによって電子検出像26は全体的に明るくなる。その状態で微動機構18を駆動し、第1の検出側環状絞り15を標準試料50と電子検出器13の間に挿入する(図6(a)参照)。このとき電子検出像26(図6(b)及び図6(c)参照)でリング状に表れているのが第1の検出側環状絞り15のスリット像30である。この手順では、微動機構17に指令して、図6(b)に示したように収束レンズ4の中心軸からスリット像30の中心がずれていれば、図6(c)に示したように収束レンズ4の中心軸にスリット像30の中心が一致するように第1の検出側環状絞り15の位置を調整する。
【0036】
その後、試料ステージ(図示せず)を駆動し、図7に示したように標準試料50の標的21をクロスオーバーすなわち収束レンズ4の焦点位置に合わせる。この手順では、標準試料50を試料ステージで走査し、標準試料50から高散乱角で散乱した電子線が第1の検出側環状絞り15のスリットを通過して電子検出器13で検出される。こうして走査透過電子顕微鏡像を取得し、当該電子顕微鏡像を見ながら標的21を焦点位置に合わせる。まず、試料高さの調整の際、標的21の高さが焦点位置に来たときに最もシャープな二次元像が得られるので、この二次元像が最も鮮鋭になる高さに試料50を移動させる。次に、水平方向に試料位置を調整する際、標的21は保持部22を構成する周囲の原子に比して重い原子であるから、焦点位置に標的21が来たときに散乱電子の検出信号が最も強くなる。したがって、電子検出器13で検出される散乱電子検出信号をモニタし、検出信号が最も強くなる位置に標準試料50を移動させる。これによって標的21に合焦する。
【0037】
最後に、図8を用いて第2の検出側環状絞り16の位置調整について説明する。
【0038】
第2の検出側環状絞り16の位置を調整する際、微動機構19を駆動し、図8に示したように第2の検出側環状絞り16を第1の検出側環状絞り15と電子検出器13の間に挿入する。こうして第2の検出側環状絞り16を軸上に入れることで、着目領域6以外の領域から発生して第1の検出側環状絞り15を通過してくる散乱電子(ノイズ)を遮断し、第1の検出側環状絞り15を通過した着目散乱電子8のみを通して電子検出器13で検出できるようにする。このとき、第2の検出側環状絞り16のスリットが着目散乱電子8の軌道からずれていると、着目散乱電子8の検出効率が悪くなるので、微動機構19を用いて第2の検出側環状絞り16を三次元方向に微動させる必要があるが、着目散乱電子8の軌道が直線であることに鑑みれば、第2の検出側環状絞り16の凡その位置は標的21から検出側環状絞り15,16までの距離Z1,Z2及び検出側環状絞り15,16のスリット内径R1,R2から幾何学的に求められる。したがって、まず幾何学的に算出された位置に第2の検出側環状絞り16を移動し、そこから散乱電子の検出強度をモニタしながら、検出強度が最大になる位置に第2の検出側環状絞り16を微動する。
【0039】
上記手順を経て観察のための調整が完了する。収束レンズ4のレンズ電流や環状絞り14−16の位置の設定は、例えば制御装置20の記憶部又は外部メモリに記憶しておき、次回調整時には記憶しておいた設定から微調整することで観察準備の作業を効率化することができる。
【0040】
図9は上記の装置調整手順を表したフローチャートである。
【0041】
図9に示したように、当該手順は大別して、電子線2を一点(標的21)にホローコーン照射するための照射系の調整32、及び一点(標的21)から発せられた着目散乱電子8のみを検出するための検出系の調整33からなる。照射系の調整32は、前述した照射側環状絞り14の位置調整34(図5参照)と収束レンズ4の非点補正35からなる。検出系の調整33は、前述した第1の検出側環状絞り15の位置調整36(図6参照)、標準試料50の位置調整37(図7参照)、第2の検出側環状絞り16の位置調整38(図8参照)からなる。
【0042】
なお、装置調整の手順は作業者の手動操作で行うこともできるが、制御装置20によって自動で実行されるようにすることも考えられる。装置調整を自動で実行する場合の制御装置20の制御手順を次に説明する。
【0043】
<照射側環状絞り14の位置調整34>
この手順において、制御装置20は、記憶しておいた照射側環状絞り14の前回の設定位置情報(又は別途設定された位置情報)に従って微動機構17を制御し、照射側環状絞り14を電子銃1と収束レンズ4の間に挿入し、照射側環状絞り14を昇降させてスリット像28が最も鮮鋭になるように高さを決める。この場合、例えばスリット像28のコントラストが最も高くなった高さを選択すれば良い。次に、制御装置20は、取得される電子検出像26を基に、スリット像28の中心がガイド線27の原点に一致するように微動機構17を駆動して照射側環状絞り14を水平方向に移動させる。
【0044】
<収束レンズ4の非点補正35>
非点補正の手順では、制御装置20は、電子検出像26を基に、当該電子検出像26上のスリット像28が真円となるように非点調整機構(図示せず)に指令して収束レンズ4の非点を補正する。
【0045】
<第1の検出側環状絞り15の位置調整36>
第1の検出側環状絞り15の位置を調整する際には、制御装置20は、記憶しておいた標準試料50の前回の設定位置情報(又は別途設定された位置情報)に従って試料ステージ(図示せず)を駆動し、標準試料50の散乱波生成部25を収束レンズ4の焦点位置に設置して、散乱波生成部25に電子線2を照射して散乱波を多量に発生させる。さらに、記憶しておいた(又は別途設定された)第1の検出側環状絞り15の前回の設定位置情報に従って微動機構18を駆動し、第1の検出側環状絞り15を標準試料50と電子検出器13の間に挿入する。その後、制御装置20は、電子検出像26を基に、スリット像30が最も鮮鋭になるように第1の検出側環状絞り15の高さを調整し、スリット像28の中心がガイド線27の原点に一致するように微動機構18を駆動して第1の検出側環状絞り15を水平方向に移動させる。
【0046】
<標準試料50の位置調整37>
標準試料50の位置を調整する際には、制御装置20は、試料ステージを走査して得られる二次元又は三次元の走査透過電子顕微鏡像を基に、当該顕微鏡像におけるスリット像のコントラストが最も高くなる高さにおいて、散乱電子の検出信号が最も強くなる位置に標準試料50を移動させる。
【0047】
<第2の検出側環状絞り16の位置調整38>
第2の検出側環状絞り16の位置を調整する際には、制御装置20は、記憶しておいた第2の検出側環状絞り16の前回の設定位置情報(又は第1の検出側環状絞り15と標準試料50の位置情報から幾何学的に算出された位置情報)に従って微動機構19を駆動し、第2の検出側環状絞り16を第1の検出側環状絞り15と電子検出器13の間に挿入する。そして、そこから散乱電子の検出強度が最大になる位置に第2の検出側環状絞り16を微動する。
【0048】
以上の手順をプログラムして制御装置20の記憶部に格納しておけば、制御装置20に装置調整を自動で実行させることができる。
【0049】
次に上記構成の透過型電子顕微鏡の動作及び作用効果を説明する。
【0050】
例えば図3において、電子銃1から発せられた電子線2は、照射側環状絞り14を通過して中空状に成形され、収束レンズ4により収束されて大きな照射角αをもって試料5にホローコーン状に照射される。そして、試料5からの着目散乱電子8は大きな散乱角βをもって散乱し、検出側環状絞り15,16を通過して電子検出器13で検出される。このとき、試料ステージの動作によって電子線2は試料5の着目領域6に二次元的又は三次元的に走査され、この走査と着目散乱電子8の検出動作を連動させることで、着目領域6の透過電子顕微鏡像が作成される。
【0051】
以上、本実施形態によれば、検出系に2枚の検出側環状絞り15,16を設けたことによって、試料5の着目領域6以外の領域からの散乱電子(ノイズ)を検出側環状絞り15,16のいずれかで遮断し、着目散乱電子8のみを電子検出器13に到達させることができる。本実施形態では、試料5と電子検出器13との間には検出側環状絞り15,16が設けられているのみである。このように単に2枚の検出側環状絞り15,16を設けることによって、検出系の電子レンズを省略することができるので、電子レンズの球面収差を補正する球面収差補正器も不要である。また、検出側環状絞り15,16のスリット内径R1,R2や試料5からの距離Z1,Z2、電子検出器13の面積を適宜設計すれば、いかなる散乱角の散乱電子でも検出することができる。したがって、例えば80mrad以上の高散乱角の散乱電子でも容易に検出することができ、高い深さ分解能を確保することができる。
【0052】
このように本実施形態によれば、電子レンズの球面収差による制約を受けることなく高散乱角の散乱電子を検出することができ、深さ分解能を向上させることができる。
【0053】
さらには、本実施形態では、照射系に照射側環状絞り14を配置して電子線2をホローコーン照射する構成としたことにより、ビーム中央の余分な電子線を遮断するとともに、深さ分解能に寄与する高照射角収束電子線のみを試料5に照射することができる。このように余分な電子線を遮断しつつ高照射角の電子線を効率的に照射することができるので、焦点深度を浅くすることができ、深さ分解能を向上させることができる。このように特定の高照射角の電子のみで一点を照射することができる構成としたことにより、着目散乱電子8のみを効率的に検出する検出側の構成とも相俟って深さ分解能を一層向上させることができる。
【0054】
また、照射系では、収束レンズ4として電子レンズを設けているので、球面収差の影響を受けて焦点深度が深くなる、すなわちレンズの中央部を通過した電子線と周辺部を通過した電子線の収束点にずれが生じる。このこと自体が深さ分解能の低下の原因となるところ、本実施形態では照射側環状絞り14によってビーム中央の余分な電子線を遮断し、レンズ周辺部を通過する電子線のみを収束することにより、収束レンズ4の球面収差の影響を抑制することができる。このことも深さ分解能の向上に貢献する。また、ビーム中央の余分な電子線を遮断することによって試料5に与える電子線ダメージも軽減される。
【0055】
なお、一般的な薄膜の三次元電子顕微鏡トモグラフィー観察においては、試料を大きく傾斜させることから見かけの試料厚さが厚くなり、電子線が透過し難くなることから正確な三次元観察が困難であった。そのため、少しでも大きな照射角の電子線を透過させるべく、試料を直径200nm程度の直径の針状にして回転させながら観察することが行われている。しかしこの場合、三次元観察することができる領域は物理的に200nm程度の範囲に制限されてしまう。それに対し、本実施形態は試料が薄膜状の場合にも適用することができるので、従来に比して広範囲を三次元観察することができる。
【0056】
なお、本実施形態では、検出系に2枚の検出側環状絞り15,16を設けた場合を例に挙げて説明したが、必要に応じて検出側環状絞りを3枚以上に増やしても良い。
【0057】
[第2実施形態]
図10を参照して本発明の第2実施形態を説明する。
【0058】
本実施形態は、第1実施形態において、第2の検出側環状絞り16を省略し、第2の検出側環状絞り16のスリットに対応して受光面が環状に形成された電子検出器39で電子検出器13を代替した例である。
【0059】
すなわち、本実施形態の透過型電子顕微鏡は、試料5に電子線2を照射する電子銃1と、この電子銃1と試料5との間に位置する照射側環状絞り14と、この照射側環状絞り14と試料5との間に位置する集束レンズ4と、試料5を透過して散乱する散乱電子を検出する電子検出器39と、この電子検出器39と試料5との間に位置し試料からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限するリング状のスリットを有する検出側環状絞り15とを備えている。また特に図示していないが、照射側環状絞り14、検出側環状絞り15及び電子検出器39を、電子銃1の光軸方向(Z方向)及びこれに直交する面方向(XY方向)にそれぞれ移動させる微動機構(第1実施形態の微動機構17−19)や制御装置20も有している。その他の構成は第1実施形態と同様である。
【0060】
本実施形態では、検出系に1枚の検出側環状絞り15しかないので、広い受光面を有する第1実施形態の電子検出器13を用いた場合、着目散乱電子8以外の散乱電子もノイズとして検出され易くなる。しかし、本実施形態では、電子検出器13に代えて、受光面そのものが環状に制限された電子検出器39を用いることで、着目散乱電子8以外の散乱電子が検出側環状絞り15を通過してきても、その軌道上に受光面が存在しないためノイズが検出されない。したがって、第1実施形態と同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0061】
1 電子銃
2 電子線
4 収束レンズ
5 試料
8 着目散乱電子
13 電子検出器
14 照射側環状絞り
14a 孔
14b 遮蔽板
15 第1の検出側環状絞り
16 第2の検出側環状絞り
17−19 微動機構
20 制御装置
21 標的
22 保持部
23 保持部
24 標的
25 散乱波生成部
26 電子検出像
27 ガイド線
28,30 スリット像
32 照射系の調整手順
33 検出系の調整手順
34 照射側環状絞りの位置調整手順
35 収束レンズの非点補正手順
36 第1の検出側環状絞りの位置調整手順
37 標準試料の位置調整手順
38 第2の検出側環状絞りの位置調整手順
39 電子検出器39
50,50a−c 標準試料
R1,2 スリット内径
Z1,2 距離
α 照射角
β 散乱角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に電子線を照射する電子銃と、
試料を透過して散乱する散乱電子を検出する電子検出器と、
この電子検出器と試料との間に位置し、試料からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限するリング状のスリットを有する第1の検出側環状絞りと、
この第1の検出側環状絞りと前記電子検出器との間に位置し、前記第1の検出側環状絞りを通過した散乱電子の通過範囲の内径及び外径をさらに制限するリング状のスリットを有する第2の検出側環状絞りと
を備えたことを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項2】
試料に電子線を照射する電子銃と、
この電子銃と試料との間に位置し、前記電子銃から照射された電子線をホローコーン状に成形するリング状のスリットを有する照射側環状絞りと、
この照射側環状絞りと試料との間に位置し、前記照射側環状絞りを通過した電子線を試料に収束させる収束レンズと、
試料を透過して散乱する散乱電子を検出する電子検出器と、
この電子検出器と試料との間に位置し、試料からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限するリング状のスリットを有する第1の検出側環状絞りと、
この第1の検出側環状絞りと前記電子検出器との間に位置し、前記第1の検出側環状絞りを通過した散乱電子の通過範囲の内径及び外径をさらに制限するリング状のスリットを有する第2の検出側環状絞りと
を備えたことを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項2の透過型電子顕微鏡において、前記照射側環状絞り、前記第1の検出側環状絞り及び前記第2の検出側環状絞りを、前記電子銃の光軸方向及びこれに直交する面方向にそれぞれ移動させる微動機構を有していることを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項3の透過型電子顕微鏡において、
標的、当該標的を保持する保持部及び当該保持部よりも厚い散乱波生成部を有する標準試料と、
前記試料を移動させる試料ステージと
前記微動機構及び前記試料ステージを制御する制御手段とを有し、
前記制御手段は、
前記微動機構を制御して前記電子銃と前記収束レンズの間に前記照射側環状絞りを挿入し、電子検出像を基に、当該照射側環状絞りのスリット像のコントラストが最も高くなった高さで、前記スリット像の中心が前記収束レンズの光軸に一致するように前記照射側環状絞りを水平方向に移動させる手順と、
前記試料ステージを駆動して前記散乱波生成部が前記収束レンズの焦点位置にくるように前記標準試料を挿入し、前記微動機構を駆動して前記標準試料と前記電子検出器の間に前記第1の検出側環状絞りを挿入し、電子検出像を基に当該第1の検出側環状絞りのスリット像の中心が前記収束レンズの光軸に一致するように前記第1の検出側環状絞りを水平方向に移動させる手順と、
前記試料ステージを走査して得られる走査透過電子顕微鏡像を基に、前記標準試料の標的が前記収束レンズの焦点に来るように前記標準試料を移動させる手順と、
前記微動機構を駆動して前記第2の検出側環状絞りを前記第1の検出側環状絞りと前記電子検出器の間に挿入し、電子検出像の散乱電子の検出強度が最大になる位置に前記第2の検出側環状絞りを移動させる手順と
を実行することを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項5】
試料に電子線を照射する電子銃と、
試料を透過して散乱する散乱電子を検出するものであって受光部が環状に形成された電子検出器と、
この電子検出器と試料との間に位置し、試料からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限するリング状のスリットを有する検出側環状絞りと
を備えたことを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項6】
試料に電子線を照射する電子銃と、
この電子銃と試料との間に位置し、前記電子銃から照射された電子線をホローコーン状に成形するリング状のスリットを有する照射側環状絞りと、
この照射側環状絞りと試料との間に位置し、前記照射側環状絞りを通過した電子線を試料に収束させる収束レンズと、
試料を透過して散乱する散乱電子を検出するものであって受光部が環状に形成された電子検出器と、
この電子検出器と試料との間に位置し、試料からの散乱電子の通過範囲の内径及び外径を制限するリング状のスリットを有する検出側環状絞りと
を備えたことを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項6の透過型電子顕微鏡において、前記照射側環状絞り、前記検出側環状絞り及び前記電子検出器を、前記電子銃の光軸方向及びこれに直交する面方向にそれぞれ移動させる微動機構を有していることを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項8】
電子線を試料に照射して発生させた散乱電子を複数の環状絞りで制限し、当該複数の環状絞りを通過した散乱電子を検出することを特徴とする試料観察方法。
【請求項9】
電子線を環状絞りで制限してホローコーン状に試料に照射し、
前記試料からの散乱電子を複数の環状絞りで制限し、当該複数の環状絞りを通過した散乱電子を検出する
ことを特徴とする試料観察方法。
【請求項10】
電子線を試料に照射して発生させた散乱電子を1枚の環状絞りで制限し、当該環状絞りを通過した散乱電子を環状の受光面を有する電子検出器で検出することを特徴とする試料観察方法。
【請求項11】
電子線を環状絞りで制限してホローコーン状に試料に照射し、
前記試料からの散乱電子を1枚の環状絞りで制限し、当該環状絞りを通過した散乱電子を環状の受光面を有する電子検出器で検出する
ことを特徴とする試料観察方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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