説明

透過型電子顕微鏡用収差補正器

【課題】収差補正器の機械的構造が予め決っていたとしてもコマフリー面転写部の設計の自由度を保証し、補正器外部との柔軟な調整マージンを有する収差補正器を提供する。
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために、本発明による収差補正器は、試料面(対物レンズ物面)から発する電子線軌道を、多極子レンズ(HEX1_18)に平行入射させ、対物レンズコマフリー面又は5次収差最小面(対物レンズの中心)から発する電子線軌道を、4fシステムの多極子レンズ中心面に結像させるようにしている。これにより、4fシステムで球面収補正を行うよう2つの多極子レンズ(HEX1_18、HEX2_19)間で反対称な転写を行い、コマ収差又は5次収差の発生を抑制するためのコマフリー又は5次収差最小面の転写を行っている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子線装置、特に透過型電子顕微鏡に用いられる収差補正器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転対称な電磁界を用いる電子レンズにおいて球面収差は原理的に常に正値であり、これらを用いる範囲で球面収差を補償しても球面収差を0とすることができない(非特許文献1参照)。従って、電子顕微鏡装置において、近年まで球面収差はその分解能を限定する最大要因であり続けた。
【0003】
その一方で、1990年代後半から、多極子レンズのような非回転対称電子光学系を用いた球面収差補正器の実用化が進み、2008年現在実用レベルで球面収差補正器を搭載した電子顕微鏡も製品化されるようになってきている。特に、100kVを超える加速電圧を持つ透過型電子顕微鏡(TEM)においては、多くの場合球面収差が分解能を決める最大要因であり、球面収差補正器を利用する効果は高い。
【0004】
図1は、収差補正器を備えたTEMの概略を示す図である。TEM鏡体1において当該の球面収差補正器2は、対物レンズ4の球面収差を補正することを主目的として、試料3から対物レンズ4を挟んだ下流に配置される。試料3は、電子源5(熱電子放出方式、電解放出方式、熱電解放出方式等の電子源がある)から取出され、加速管6で所定の加速電圧で加速された後、1枚以上のコンデンサレンズ7で収束度を調整された電子線8で照射される。このとき試料3で散乱される電子線9を、対物レンズ4で結像し、拡大像を得る。試料3を1nm以下の高分解能で観察しようとする時は通常、試料3が対物レンズポールピース(磁場を集中させる為の磁極)の磁場中に浸させて置かれるので、図1では試料3を対物レンズ4中に置くように図示している。
【0005】
拡大像を結像する過程で、球面収差補正器2は対物レンズ4直下に置かれ、対物レンズ4の球面収差で発生する像の歪、ボケを補償する。得られた拡大像は、さらに下段に配置される複数枚の結像レンズ10で再拡大され、観察面11上に結像される。通常、観察面には電子線8によって蛍光する蛍光板が置かれ、これを直接目視することで拡大像を観察することができるほか、フィルムやCCDのカメラによってこれを撮影することもできるようになっている。なお、図1では基本的な構成を示し、電子ビームの調整を行う偏向器、非点補正器、その他付属装置は、説明から省いている。
【0006】
上述のTEMにおいては、球面収差補正を行う為に適当な球面収差補正器として、H.Roseが特許文献1で提案した2枚の六極子レンズを含む構成が、現在M.Haiderらによって実用化されている。図2は、試料3、対物レンズ4と球面収差補正器を含めた、図1破線枠12の範囲の構成を示す図である。図2中、実線13と破線14はそれぞれ、試料面15と(後述の)コマフリー面16を発する電子線軌道である。図2では左を電子顕微鏡の上流として作画している為、対物レンズ4、試料3は図2の左端に表示されている。これらの下側(図2で右)に配置されるのが補正器2であり、対物レンズ4直下から第1の六極子レンズ18手前までの前半部と、それ以下の後半部に大きく分けられる。後者が、対物レンズ4の球面収差を補正する球面収差補正部(H.Roseの呼ぶ4fシステム17)である。この球面収差補正部は、2枚の六極子レンズHEX1_18と、HEX2_19と、これらに挟まれた2枚の回転対称転写レンズTL1_20及びTL2_21を含んでいる。
【0007】
六極子レンズ18は負の球面収差を持つことが知られているが、同時に3回対称非点収差など補正には不要な収差も生じる。これを、2枚に六極子レンズ18及び19を用意し、転写レンズ20及び21で反対称な転写を行うことにより、3回対称非点収差はキャンセルされ、負の球面収差のみを取出すことができる(非点収差はレンズ20及び21によってキャンセルされる)。この負の球面収差の大きさを対物レンズ4の正の球面収差と相殺させるよう調節して、球面収差補正は実現される。適切な転写条件を成立させる為に、4fシステムのHEX1_18及びHEX2_19とTL1_20及びTL2_21は、転写レンズの焦点距離fを以って図2に示すとおりf、2f、fの距離で配置されることが必要である。
【0008】
一方、前半部は、球面収差の次にTEMで問題となる第一の軸外収差、すなわちコマ収差を抑制するための工夫であり、ここに含まれる2枚の転写レンズを用いて対物レンズと4fシステムの間でコマフリー転写を実現している。以下、この前半部をコマフリー転写部22と呼ぶ。
【0009】
対物レンズ4自体のコマフリー面16(コマ収差係数が正負反転する過程で0となる面)は、対物レンズ4の後焦点面付近に形成される。そして、対物レンズ4のコマフリー面16を2枚の転写レンズTF1_23a及びTF2_24aを使って4fシステムのコマフリー面であるHEX118中心面に転写して、コマ収差の増大を抑えている。なお、この転写を1:1に行うため、H.Roseは、コマフリー転写部のレンズ配置を、やはり転写レンズの焦点距離をfとして、図2のようにf、2f、fの距離で並ぶように規定しており(特許文献1参照)。
【0010】
しかしながら、このコマフリー面転写部22でのレンズ配置条件は、上記1:1の転写条件を崩せば、Roseの限定的な条件以外でもコマフリー転写を行うことは可能である。逆に1:1転写でなく倍率を持たせて転写させることで、収差補正器の効果を調整できるという利点もある。このような点に着目し、M.Haiderらは改良した球面収差補正器の構成を特許文献2に示した。
【0011】
図3は、このHaiderによる球面収差補正器の構成を示している。図3に示される通り、補正器後半4f部は、図2のH.Roseの構成と同一である。一方、コマフリー面転写部でのレンズ配置は、TF1_23bとTF2_24bが異なる焦点距離f、fとして変更されている。このときコマフリー転写部における各レンズは、f、f+f、f の距離で配置されている。このときコマフリー転写部の転写レンズTF1_23b、TF2_24bで、倍率mは次の式で表される。
【0012】
【数1】

【0013】
なお、図2のH.Roseによる構成では、f=f、すなわちm=1である。
【0014】
このとき、球面収差補正器と対物レンズでの球面収差相殺は、対物レンズ物面で考えて、以下式となる。
【0015】
【数2】

【0016】
ここで、CSOは対物レンズの球面収差(係数)、CSCは球面収差補正器の球面収差、mは対物レンズ倍率である。例えば、f<fとしてm<1にすれば、より小さい補正量(CSC)で対物レンズ4の球面収差CSOを相殺することができる。このようにmのとり方で球面収差補正を調整することができるようになる。
【0017】
【特許文献1】特許第3207196号公報
【特許文献2】特表2002−510431号公報
【非特許文献1】”Uber einige Fehler von Elektronenlinsen“ O. Scherzer, Zeitschrift fur Physik A Hadrons and Nuclei, vol. 101, p.593 (1936)
【非特許文献2】”Upper limits for the residual aberrations of a high-resolution aberration-corrected STEM”, M.Haider, S.Uhlemann, J. Zach, Ultramicroscopy vol.81, p.163, (2000)
【非特許文献3】”Towards sub-0.5 A electron beams”, O.L. Krivanek, P.D. Nellist, N. Dellby, M.F. Murfitt, Z. Szilagyi, Ultramicroscopy vol.96, p.229, (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかしながら、図2のH.Roseによる構成、及び図3のM.Haiderによる構成では共に、コマフリー面転写部のレンズ配置が固定的であり、それぞれ用いる転写レンズの焦点距離(H.Rose の構成によってf、またM.Haiderの構成によってf、f)によって限定されてしまうことになる。つまり、H.Roseの構成ではコマフリー面転写部の機械的構成によってfが固定されてしまい、M.Haiderの構成では、fには自由度はあるものの、f及びコマフリー面転写部の機械的構成が決ってしまうとfが決まってしまう。これは、具体的に装置構成を考える際の制限(装置設計の自由度を奪う)となる。
【0019】
また、装置を組み立てた後の微調整が困難という問題も生じさせてしまう。つまり、装置構成が決まれば逆にH.Rose、M.Haiderいずれの場合でも、コマフリー転写部の光学条件が固定されてしまうので、例えば対物レンズのコマフリー面が設計位置とずれた場合、或いは観察の要請に応じて倍率や試料位置など対物レンズの使用条件を初期値からずらそうとする場合調整マージンがなく、厳密にはTF1、TF2の位置を設計値とのずれや、所望の光学条件に応じてずらさなければならなくなってしまう。
【0020】
さらに、図3のM.Haiderの構成では、前述の通り、コマフリー転写部22で倍率を持たせて、式2の方法で対物レンズ球面収差と補正器の球面収差相殺のバランスを調整することができる。しかし、f、fが固定されればmも定値を持ち、(収差補正器を設計する段階での調整パラメータではありうるが)動作状態で調整しうるパラメータにはならない。収差補正器は、補正器自体の不完全性に起因する寄生収差や3次より高次の収差を抑制する調整過程で、往々にして収差補正器の球面収差を微調整する必要があり、従来、図2のH.Rose及び図3のM.Haiderの補正器では、直接にCSCを変化させることによりこれらの問題に対処していた。これは収差補正器の微調整に従って逐次的に4fシステム内の六極子レンズHEX1、HEX2の強度を変えることを意味する。ところが、六極子は相互の軸あわせに高い精度が必要な上、励磁の変化で軸ずれを起こしやすく、適切に近い条件を見つけた後では出来る限り動かすことなく、条件を固定したままで用いたい。もし、式2でmを調整過程でも可変な調整パラメータとして残すことができれば、4fシステムは条件を固定のまま(調整の容易な球面レンズからなる)転写レンズ部でmを変え、式2で示す球面収差補正のバランスを調整することができるので都合が良い。
【0021】
以上のように、これまでに提案された球面収差補正器は、球面収差補正に必要な条件の為にレンズの配置が限定的、固定的であり、具体的な装置構成を設計する為の自由度が限られていた。また、収差補正器が組みたてられた後では、レンズ配置が固定されて調整の余地は残らず、従って実際に補正器を使用する状態においては、例えば設計と製作した補正器との誤差を埋めるため、或いは実使用条件に応じた調整に対応するため、調整を加えることが困難である。特に、4fシステムは微調整が困難であるので、むしろ固定した条件で用いる方が適当であると思える。その一方、補正器前半コマフリー面転写部は4fシステム固定条件を保つためにも、補正器外部と柔軟な調整マージンを備えた方が適当であると考えられる。例えば、前述のとおり、もしコマフリー転写部22での転写倍率mを可変とできるなら、六極子レンズ調整など複雑な4fシステムの調整は行わず固定したまま、mを変えることで対物レンズ4と補正器の球面収差相殺を微調整することも可能である。
【0022】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、収差補正器の機械的構造が予め決っていたとしてもコマフリー面転写部の設計の自由度を保証し、補正器外部との柔軟な調整マージンを有する収差補正器を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決するために、本発明による収差補正器は、試料面(対物レンズ物面)から発する電子線軌道を、多極子レンズ(HEX1_18)に平行入射させ、対物レンズコマフリー面又は5次収差最小面(対物レンズの中心)から発する電子線軌道を、4fシステムの多極子レンズ中心面に結像させるようにしている。これにより、4fシステムで球面収補正を行うよう2つの多極子レンズ(HEX1_18、HEX2_19)間で反対称な転写を行い、コマ収差又は5次収差の発生を抑制するためのコマフリー又は5次収差最小面の転写を行っている。
【0024】
即ち、本発明による収差補正器は、透過型電子顕微鏡の対物レンズの下流に配置され、複数の多極子レンズを含む組みレンズで発生される負の球面収差で対物レンズの球面収差を相殺して球面収差補正を行う、透過型電子顕微鏡用収差補正器であって、負の球面収差を発生する球面収差補正部と、対物レンズと球面収差補正部との間に設けられ、コマ収差又は5次収差の発生を抑える第1及び第2の球面転写レンズを有する転写部と、を備える。そして、転写部は、対物レンズの後焦点面付近に形成される対物レンズのコマフリー面又は5次収差最小面を、球面収差補正部のコマフリー面又は球面収差補正部の第1番目のレンズ(上流に位置する多極子レンズ)の中心面に転写し、試料で散乱されて試料面を発する電子線を球面収差補正部に平行に入射させる。また、コマフリー面転写部の2枚の球面転写レンズのうち、対物レンズにより近い位置に配置された第1の球面転写レンズと対物レンズの距離が第1の球面転写レンズの焦点距離とは異なっている。
【0025】
また、本発明による収差補正器は、透過型電子顕微鏡の対物レンズの下流に配置され、複数の多極子レンズを含む組みレンズで発生される負の球面収差で対物レンズの球面収差を相殺して球面収差補正を行う、透過型電子顕微鏡用収差補正器であって、負の球面収差を発生する球面収差補正部と、対物レンズと球面収差補正部との間に設けられ、コマ収差又は5次収差の発生を抑える第1、第2及び第3の球面転写レンズを有し、これらの球面転写レンズにより前記対物レンズから前記球面収差補正部への転写倍率を調節可能にする転写部と、を備える。そして、転写部は、対物レンズの後焦点面付近に形成される対物レンズのコマフリー面又は5次収差最小面を、球面収差補正部のコマフリー面又は球面収差補正部の第1番目のレンズ(上流の多極子レンズ)の中心面に転写し、試料で散乱されて試料面を発する電子線を前記球面収差補正部に平行に入射させる。また、転写部の3枚の球面転写レンズのうち、対物レンズにより近い位置に配置された第1の球面転写レンズと対物レンズの距離が第1の球面転写レンズの焦点距離とは異なっている。
【0026】
さらなる本発明の特徴は、以下本発明を実施するための最良の形態および添付図面によって明らかになるものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、収差補正器の機械的構造が予め決っていたとしてもコマフリー面転写部の設計の自由度を保証し、補正器外部との柔軟な調整マージンを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明は、荷電粒子線装置において分解能の改善を目的とするものであり、特に透過型電子顕微鏡において、球面収差を補償する装置に関する。本発明による収差補正器は、従来技術の場合同様、図1で示される荷電粒子線装置(透過型電子顕微鏡装置に適用可能である。
【0029】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態について説明する。ただし、本実施形態は本発明を実現するための一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに注意すべきである。また、各図において共通の構成については同一の参照番号が付されている。
【0030】
<第1の実施形態>
まず、本発明の原理について説明する。
【0031】
コマフリー面転写条件を維持したまま、例えば設計と製作した補正器との誤差を埋める為、或いは実使用条件に応じた調整に対応する為、調整マージンを与えうるコマフリー面転写部のレンズ構成を以下のように与える。まず、コマフリー面転写条件を、次のようにまとめて考える。
【0032】
条件1:試料面(対物レンズ物面)から発する電子線軌道13を、HEX1_18に平行入射させる。(当該電子軌道は、試料から散乱される電子線の軌道に相当する。4fシステム17で球面収補正を行うようHEX1_18、HEX2_19間で反対称な転写を行うために必要な条件)
条件2:対物レンズコマフリー面16から発する電子線軌道14を、4fシステムコマフリー面(HEX1_18の中心面)に結像する。(コマ収差の発生を抑制する為のコマフリー転写を行うために必要な条件)
【0033】
図4は、上記条件1及び2に基づく収差補正器の構成を示している。条件1及び2を関係式にまとめると、以下のようになる。
【0034】
【数3】

【0035】
ここで、l、l、lは、各々図に示すとおり対物レンズ−TF1間、TF1−TF2間、TF2−HEX1間の距離である。また、fとfは各々TF1 23cとTF2_24cの焦点距離である。bは、条件2の電子軌道を考えてのTF2_24cがコマフリー面16を転写する面までの当該レンズからの距離で、以上の、l、l、l3、、fを用いて、レンズの公式から以下の関係で示される。
【0036】
【数4】

【0037】
ただし、bは、TF1_23cからコマフリー面の中間転写面までの距離である。
【0038】
【数5】

【0039】
以上、式3、式4、式5を連立して、f、fについて解くと、式6のようになる。
【0040】
【数6】

【0041】
ただし、Lはコマフリー転写部22の全長、すなわち式7である。
【0042】
【数7】

【0043】
また、Kは、以下の式8で表されるパラメータである。
【0044】
【数8】

【0045】
すなわち、式6で示される解は、Kが実数である範囲、即ち、式9を満足する場合に実解となる。
【0046】
【数9】

【0047】
勿論、l、l、lは正数であり、また簡単な演算で式9の有解範囲で式6のf、fも正値となることを示すことができる。
【0048】
以上は、すなわち条件1及び2のコマフリー転写部22にかかる条件を満足しながら、任意のレンズ間隔l、l、lにおいて実効的なTF1、TF2の焦点距離f、fを式9の有解範囲で見つけることができることを示している。この結果は、設計段階においてコマフリー面転写部のレンズ配置自由度を著しく増大させることになり、さらにレンズ配置が固定された後、稼動する状態においても式6に従って微調整をすることが可能となる。
【0049】
さらに、コマフリー転写部22に調整可能な倍率を持たせる為には、3番目の転写レンズを追加することが考えられる。レンズの追加により増える自由度を用いて、コマフリー面転写条件を維持しながら同部の転写倍率をコントロールできる余裕が生まれる。
【0050】
続いて、上述の発明の原理に基づいて、具体例を挙げて考察する。ここでは、図4の構成において、例えばl=30mm、l=45mmとし、式9から式10で示す値が求まる。
【0051】
【数10】

【0052】
が式10で示される範囲の値であるとき、コマフリー転写部22が上述の条件1及び2を成立させる式6に従った解をもつ。なお、式10は、例えば、±1%の精度で表されている。
【0053】
図5のグラフ25は、このときlをパラメータとしてf、fがどのように変化するかを示している。グラフの破線と実線は、式6中+/−(プラスマイナス)と−/+(マイナスプラス)の上符号を取るか下符号を採るかによる。+、−いずれでも式10の範囲でf、fは正数解を持つことが確認される。
【0054】
一方、転写倍率mは、図5のグラフ26で示す通り、式6において、+/−と−/+を上符号で採るか下符号で採るかによって大きく異なる。従って、実用的にf、fの組み合わせはこの転写倍率の差を考慮して決められるべきだが、通常は収差補正効果をより効率よく得る為式2からmが小さくなる組み合わせ、すなわち式6で+を取るf、fの組み合わせを選ぶのがより適当と考えられる。ただし、−を採るf、fの組み合わせでも、コマフリー条件は維持されるので、この2つの条件を切り替ええることで、4fシステム17を触ることなく転写レンズTF1_23、TF2_24のみの調整で、適正球面収差補正状態と不足補正状態を比較観察できるようになる。このように適正補正状態と不足補正状態を容易に切り替え観察できると、例えば収差補正の調整段階で補正状況の確認(適正な収差補正が実行できたか確認)ができる。また、適正球面収差補正時に逆に低下する長周期構造に対するコントラストを、不足補正状態の観察で補うことも可能となる。つまり、球面収差を補正すると、細かい物は良く見えるようになるが逆に大まかな物が見えにくくなる傾向がある。よって、大まかな物の観察をしたい場合には、式6で下符号の組み合わせを選択して試料観察すると良い。このようにすれば、コマフリーを担保しつつ、球面収差の補正の有無を切り替えることができる。従来の構成だと、補正器2そのものを外さざるを得ず、コマフリーを担保することができなかったので、これは本発明による利点の1つである。
【0055】
なお、グラフに示した条件で、l=l+l=75mmとする場合は、M.Haiderによる球面収差補正器(図3参照)と、等価になる。また、さらにl=l=l/2とするとき、これはH.Roseによる球面収差補正器(図2参照)と等価になる。
【0056】
従って、本発明では、この条件(l=l+l、l=l=l/2)は式6から除かれるべきであり、まとめるとl≠f、l≠fとなる。
【0057】
<第2の実施形態>
前述の通り4fシステムは調整が困難である為、4fシステムを固定したまま球面収差補正の微調整はコマフリー面転写部転写レンズで集約して行える方が望ましい。このためには、TF1及びTF2を有する2枚レンズ構成であった転写レンズに1枚TF3_27を追加して、3枚レンズ構成にする。すると、コマフリー転写条件は維持したまま、転写倍率mをズーム的に可変することができるようになる。つまり、転写倍率設定の自由度も拡大させることができる。
【0058】
第2の実施形態では、図6に示されるように、コマフリー面転写部22が、対物レンズ4と4fシステム第1の六極子レンズ18との間に、TF1_23、TF2_24、及びTF3_27の順にレンズを備えている。この場合、上記条件1及び2を満足する、焦点距離f、f、fは、式11のようになる。
【0059】
【数11】

【0060】
ただし、対物レンズ4、TF1_23d、TF2_24d、TF3_27、HEX1_18の各間距離を順にl、l、l、lとし、また各式の2項目へは、l≡Lを基準として、次のようにする。
【0061】
【数12】

【0062】
式11の通り、mを独立変数として残すことができるので、コマフリー転写条件を維持したまま、転写倍率mを調節することが可能となる。さらに、各レンズを等間隔に並べる時(すなわち、l=l=l=l≡Lとすると)、f、f、fは、式13のようになる。
【0063】
【数13】

【0064】
式13によれば、m<0のときで、f1、f2、f3に正数解を見つけることができる。例として、L= 30mmの場合(式13)の関係が図6のグラフ28にプロットされている。特に、倍率の微調整の為、|m|≒1(今回の場合は、m≒−1)近傍での振舞いをこの点で展開して見ると、f、f、fはそれぞれ式14のようになる。
【0065】
【数14】

【0066】
ただし、m≡δm−1とし、またO(δm)はδmの2乗以上の項で、δm≪4/5のとき影響は小さい。従って、δmが上記範囲にあるときの調整操作としては、まずm=−1を得るため、式15を基準状態とする。
【0067】
【数15】

【0068】
はδmに2次以上でしか変化しないためTF2_24d固定のまま、TF1_23dとTF3_27でfとfをそれぞれ反対称に、δm/4ずつ振れば良いことがわかる。このように、式13を、条件(レンズを等間隔に並べる)を与えて単純化して式14のようにすれば、調整操作が簡単になる。
【0069】
このm=−1を与える基準状態での電子線軌道を図7の29に、また、m=−0.5とm=−1.5となるときの電子線軌道が図7の30及び31にそれぞれ示されている。この時の、各々パラメータのちを示すと、表1のようになる。図7から分かるように、mが0.5の場合には微小とは言えないため、表1のようになっている。
【0070】
【表1】

【0071】
ただし、表1において、t、tはそれぞれ転写レンズTF1とTF2がコマフリー面を転写する面までの、各々のレンズからの距離。
【0072】
以上説明されるように、本発明はコマフリー転写部における転写レンズの構成について、2レンズ系では自由な配置と電子光学的微調整を可能とし、また3レンズを用いるときには転写倍率を独立として4fシステムを固定のまま、球面収差補正強度を調整する手段を与える。
【0073】
なお、上述の説明においては、転写レンズ部の制限条件をコマフリー転写について説明をしたが、類似の特定の2面(試料面と転写条件で限定される面、上記ではコマフリー面)を転写する条件の下で、本発明の適用が可能である。コマフリー面転写以外の条件としては、例えば5次球面収差の最小化などがあり、この場合は上記説明でコマフリー面を五次収差最小となる面(たとえば、対物レンズの中心)に代えて、転写を考えればよい。
【0074】
また、上記説明においては、球面収差補正部はH.Rose、M.Haiderの構成に倣って、六極子レンズを用いる球面収差補正部をおくとして説明した。しかし、球面収差補正部は六極子レンズを用いる代わりに、その他の多段多極子レンズを用いる球面収差補正器をおくことも可能である。この場合も、特定の制限条件を以って対物レンズから球面収差補正部への像転写を考えることは同等であり、通常球面レンズからなる転写レンズ部の調整が多極子からなる球面収差補正部の調整よりも容易であることも同様である。この場合も条件は六極子レンズの場合と同様である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】球面収差補正器を備えた透過型電子顕微鏡鏡の構成を示す図である。
【図2】従来の透過型電子顕微鏡用収差補正器(Rose)の構成を示す図である。
【図3】従来の透過型電子顕微鏡用収差補正器(Haider)の構成を示す図である。
【図4】本発明の第1の実施形態による収差補正器の構成を示す図である。
【図5】第1の実施形態による収差補正器の効果として、転写レンズ群焦点距離と転写倍率を示す図である。
【図6】本発明の第2の実施形態による収差補正器を構成を示す図である。
【図7】第2の実施形態による収差補正器の効果として、転写レンズ群の焦点距離と転写倍率の関係を示す図である。
【図8】本発明の第2の実施形態による収差補正器の実際の適用条件を例示する図である。
【符号の説明】
【0076】
1・・・球面収差補正器を含む透過型電子顕微鏡鏡体
2・・・透過型電子顕微鏡用球面収差補正器
3・・・観察する試料
4・・・対物レンズ
5・・・電子源
6・・・加速管
7・・・収束レンズ(群)
8・・・試料を照射する電子線
9・・・試料で散乱された電子線
10・・・投影レンズ(群)
11・・・観察面
12・・・対物レンズと収差補正器
13・・・光軸上で試料面から発する電子線近軸軌道
14・・・光軸上で対物レンズのコマフリー面から発する電子線近軸軌道
15・・・試料
16・・・対物レンズのコマフリー面
17・・・4fシステム
18・・・六極子レンズ1 (HEX1)
19・・・六極子レンズ2 (HEX2)
20・・・4fシステム内転写レンズ1(TL1)
21・・・4fシステム内転写レンズ2(TL2)
22a・・・H.Roseのコマフリー転写部
22b・・・M.Haiderのコマフリー転写部
22c・・・第1の実施形態によるコマフリー転写部
22d・・・第2の実施形態によるコマフリー転写部
23a・・・H.Roseのコマフリー転写部内転写レンズ1(TF1)
23b・・・M.Haiderのコマフリー転写部内転写レンズ1(TF1)
23c・・・第1の実施形態によるコマフリー転写部内転写レンズ1(TF1)
23d・・・第2の実施形態によるコマフリー転写部内転写レンズ1(TF1)
24a・・・H.Roseのコマフリー転写部内転写レンズ2(TF2)
24b・・・M.Haiderのコマフリー転写部内転写レンズ2(TF2)
24c・・・第1の実施形態によるコマフリー転写部内転写レンズ2(TF2)
24d・・・第2の実施形態によるコマフリー転写部内転写レンズ2(TF2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過型電子顕微鏡の対物レンズの下流に配置され、複数の多極子レンズを含む組みレンズで発生される負の球面収差で前記対物レンズの球面収差を相殺して球面収差補正を行う、透過型電子顕微鏡用収差補正器であって、
負の球面収差を発生する球面収差補正部と、
前記対物レンズと前記球面収差補正部との間に設けられ、コマ収差又は5次収差の発生を抑える第1及び第2の球面転写レンズを有する転写部と、を備え、
前記転写部は、前記対物レンズの後焦点面付近に形成される前記対物レンズのコマフリー面又は5次収差最小面を、前記球面収差補正部のコマフリー面又は前記球面収差補正部の第1番目のレンズの中心面に転写し、試料で散乱されて試料面を発する電子線を前記球面収差補正部に平行に入射させ、
前記コマフリー面転写部の2枚の球面転写レンズのうち、前記対物レンズにより近い位置に配置された第1の球面転写レンズと前記対物レンズの距離が前記第1の球面転写レンズの焦点距離とは異なることを特徴とする透過型電子顕微鏡用収差補正器。
【請求項2】
前記転写部内の前記第1及び第2の球面転写レンズの焦点距離f、fが、以下関係式(i)によって規定されることを特徴とする請求項1に記載の透過型電子顕微鏡用収差補正器。
【数1】

ここで、l、l、およびlはそれぞれ、前記対物レンズの前記コマフリー面又は前記対物レンズの中心面と前記第1の球面転写レンズとの距離、前記第1の球面転写レンズと前記第2の球面転写レンズとの距離、前記第2の球面転写レンズと前記球面収差補正部のコマフリー面又は前記球面収差補正部の第1番目のレンズの中心面との距離であり、Lは前記転写部の全長(L=l+l+l)であり、Kは式(ii)で定義されるパラメータである。
【数2】

【請求項3】
前記球面収差補正部が、互いに等価な第1及び第2の六極子レンズと、前記第1及び第2の六極子レンズ間に配置され、像転写のための互いに等価な第3及び第4の球面レンズと、を含み、
前記第1の六極子レンズと前記第3の球面レンズとの間隔、前記第3の球面レンズと前記第4の球面レンズとの間隔、及び前記第4の球面レンズと前記第2の六極子レンズの間隔のそれぞれが、前記第3及び第4の球面レンズの焦点距離をfとすると、f、2f、fとなるように配置されることを特徴とする請求項2に記載の透過型電子顕微鏡用収差補正器。
【請求項4】
透過型電子顕微鏡の対物レンズの下流に配置され、複数の多極子レンズを含む組みレンズで発生される負の球面収差で前記対物レンズの球面収差を相殺して球面収差補正を行う、透過型電子顕微鏡用収差補正器であって、
負の球面収差を発生する球面収差補正部と、
前記対物レンズと前記球面収差補正部との間に設けられ、コマ収差又は5次収差の発生を抑える第1、第2及び第3の球面転写レンズを有し、これらの球面転写レンズにより前記対物レンズから前記球面収差補正部への転写倍率を調節可能にする転写部と、を備え、
前記転写部は、前記対物レンズの後焦点面付近に形成される前記対物レンズのコマフリー面又は5次収差最小面を、前記球面収差補正部のコマフリー面又は前記球面収差補正部の第1番目のレンズの中心面に転写し、試料で散乱されて試料面を発する電子線を前記球面収差補正部に平行に入射させ、
前記転写部の3枚の球面転写レンズのうち、前記対物レンズにより近い位置に配置された第1の球面転写レンズと前記対物レンズの距離が前記第1の球面転写レンズの焦点距離とは異なることを特徴とする透過型電子顕微鏡用収差補正器。
【請求項5】
前記転写部内の前記第1乃至第3の球面レンズの焦点距離f、f、fは、前記転写部の転写倍率mと以下の関係式(iii)によって規定されることを特徴とする請求項4に記載の透過型電子顕微鏡用収差補正器。
【数3】

ここで、l、l、l及びlはそれぞれ、前記対物レンズの前記コマフリー面又は前記対物レンズの中心面と前記第1の球面転写レンズとの距離、前記第1の球面転写レンズと前記第2の球面転写レンズとの距離、前記第2の球面レンズと前記第3の球面転写レンズとの距離、前記第3の球面転写レンズと前記球面収差補正部のコマフリー面又は前記球面収差補正部の第1番目のレンズの中心面との距離である。
【請求項6】
前記対物レンズの倍率をmとし、前記(iii)式の示す転写条件を維持しながら前記転写部の転写倍率mを選択して、前記対物レンズの球面収差Csoと前記球面収差補正部がこれを補正するために生成する負の球面収差Cscとの相殺を関係式(iv)によって調整することを特徴とする請求項5に記載の透過型電子顕微鏡用収差補正器。
【数4】

【請求項7】
前記l、l、l及びlがl=l=l=l≡Lの関係にあるとき、前記第1乃至第3の球面転写レンズが各々(v)式の示す基準となる焦点距離f10、f20、f30
【数5】

を持つとき、前記転写倍率m=−1が得られ、
前記第1及び第3の球面転写レンズの焦点距離を (vi)式の通り、
【数6】

として反対称に変化させることでm=−1+δmとなるように転写倍率の微調整を可能とすることを特徴とする請求項6に記載の透過型電子顕微鏡用収差補正器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−245841(P2009−245841A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−92691(P2008−92691)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【出願人】(506086797)独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構 (10)
【Fターム(参考)】