説明

連続鋳造における鋳片の表面割れ判定方法

【課題】表面割れ発生については連続鋳造機の矯正帯における鋳片の厚さ方向(断面)温度分布およびその温度分布に起因する熱応力の状態をも考慮して、表面割れの発生を推定するという、連続鋳造鋳片の表面割れ判定方法を提案すること。
【解決手段】下部に矯正帯を有する連続鋳造機によって鋼の連続鋳造を行うにあたり、その下部矯正帯における連続鋳造鋳片表面の線膨張率αsと該鋳片断面の平均線膨張率αtとの線膨張率比αt/αsが、限界線膨張率比αt/αs(cri)を上回ったときに、該鋳片表面に割れが生じたものと判定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、連続鋳造機の矯正帯(上部、下部)における、鋳片にかかる応力状態や高温での延性低下に起因して発生する鋳片の表面割れを判定する有効な方法について提案する。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造鋳片の表面に発生する横割れ(以下、「表面割れ」という)は、連続鋳造鋳片の代表的な欠陥の一つであり、鋼板の品質低下の一因であり、このような表面割れは阻止しなければならない。なお、この鋳片の表面割れ発生原因については、一般に、連続鋳造機の矯正帯における鋳片表面温度が、鋳造鋳片の延性低下温度(以下、「脆化温度」という)域にあるときに、発生するものと考えられている。
【0003】
連続鋳造鋳片の表面割れの発生を阻止する方法に関して、特許文献1には、鋳片に大きな変形が加わる矯正域における鋳片の表面温度分布を、二次冷却帯の冷却水量の調整により制御し、この領域内での鋳片表面温度を脆化温度域外に導くことにより、表面割れを防止する方法が開示されている。
【0004】
特許文献2には、Ar点未満のオーステナイト相の変態が完了しない温度域で冷却を停止し、その後、鋳片の表面温度を950〜1200℃まで復熱させた連続鋳造鋳片に対して、鋳片の厚さに応じて定められる表面割れ発生の限界歪よりも鋳造鋳片に負荷されている矯正歪の方を小さくすることにより、鋳片表面割れの発生を防止するという、鋼の連続鋳造方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、鋳片の表面割れ予測方法として、連続鋳造機の二次冷却帯における鋳片表面の幅方向温度分布を測定し、鋳片表面温度の高低差(山谷差)によって定まる鋼の表面熱応力が、表面割れ臨界応力を上回ると同時に、その高低差(山谷差)区間内に熱間延性低下温度域が存在するような場合に、鋳片に表面割れが発生したとする割れ予測方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開6−246411号公報
【特許文献2】特許第3239808号公報
【特許文献3】特開2009−50913号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、鋳片表面温度を延性温度域に復熱させる、特許文献lおよび2に開示されているような方法は、連続鋳造の能率を著しく低下させるという問題があり、生産性の向上には不向きである。
【0008】
また、特許文献3では、矯正帯における鋳片の幅方向表面温度の高低山谷区間の温度差の大きさと、脆化温度がその山谷区間に含まれるようなときをもって表面割れを判定しているが、鋳片の幅方向表面温度分布等の温度偏差以外、例えば、鋳片の厚さ方向の温度偏差に起因する表面割れについては考慮されていない。
【0009】
本発明の目的は、表面割れ発生については連続鋳造機の矯正帯に到達するまでの鋳片表面の温度偏差だけでなく、矯正帯における鋳片の厚さ方向(断面)温度分布およびその温度分布に起因する熱応力の状態をも考慮して、表面割れの発生を推定するという、連続鋳造鋳片の表面割れ判定方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従来技術が抱えている上述した課題を解決し、上記目的を達成する方法につき鋭意研究を重ねた結果、発明者らは、少なくとも下部矯正帯を有する連続鋳造機によって、鋼の連続鋳造を行うにあたり、その下部矯正帯における連続鋳造鋳片表面の線膨張率αsと該鋳片断面の平均線膨張率αtとの線膨張率比αt/αsが、限界線膨張率比αt/αs(cri)を上回ったときに、該鋳片表面に横割れが生じたものと判定することを特徴とする、連続鋳造における鋳片表面の割れ判定方法を開発した。
【0011】
また、本発明において、前記限界線膨張率比αt/αs(cri)とは、連続鋳造機の下部矯正帯において、連続鋳造鋳片表面に割れが発生し始める時の、該鋳片にかかる静水圧応力σmとそのときの降伏応力σoとの比で示される限界応力比σm/σo(cri)が最小値を示す値に相当する線膨張率比であって、該矯正帯における鋳片の線膨張率比αt/αsがこの限界熱線膨張率比αt/αs(cri)を上回るか否かをもって、該鋳片の表面割れ発生の有無を推定することが好ましい。
【0012】
さらに、本発明において、前記連続鋳造鋳片は、0.01〜36mass%のNiを含有する鋼を処理対象とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
前記のような構成を有する本発明によれば、矯正帯での連続鋳造鋳片に生じる限界応力比(鋳片表面および断面平均温度の推定値)から求められる応力比に基づいて算出される線膨張率αt、σsを所定の限界線膨張率と対比することによって、鋳片の表面割れを判定する方法であるから、鋳片の表面のみならず断面の応力状態を考慮したものになるため、鋳片の表面割れの発生を正確に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】連続鋳造機の断面図である。
【図2】鋳片表面に発生した表面割れの深さと、そのときの限界応力比の関係を示す図である。
【図3】Ni含有鋼鋳片の熱線膨張率と鋳片温度との関係を示す図である。
【図4】鋳片表面の応力比と鋳片の温度分布とから算出した線膨張率比αt/αsとの関係を示す図である。
【図5】熱間3点曲げ試験により得た試験片表面の限界応力比と試験片(鋳片)温度との関係を示す図であり、破線は表面割れのクライテリアの近似線を示している。
【図6】下部矯正帯における鋳片表面の幅方向温度分布を示す図である。実線は緩冷却パターン、破線は強冷却パターンの連続鋳造鋳片の温度分布を示している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の構成の詳細を説明する。
図1に本発明方法を適用するのに好適な連続鋳造機の断面図を示す。この図において、符号1は、連続鋳造機を示す。この連続鋳造機1において、取鍋2内溶鋼はタンディッシュ3を経て、連続鋳造用モールド4に抽出され冷却されることにより、凝固シェルを生成する。その凝固シェルはそのモールド4を出た後に鋳片支持ロール5によって支持されながら、二次冷却帯(二次冷却装置6)により冷却され、凝固シェルの厚みを次第に増加させながら連続的に引き抜かれる。その間、図示のような垂直曲げ型連統鋳造機においては、凝固シェルが肥厚化して形成される鋳片10が、上部矯正帯7(曲げ帯)にて垂直方向から次第に湾曲しながら、下部矯正帯8(曲げ矯正帯)にまで達し、やがて湾曲状来から水平状態に矯正される。なお、図示した垂直曲げ型連続鋳造機は、少なくとも下部に下部矯正帯8を有するのが普通である。このような連続鋳造機では、上部矯正帯7および下部矯正帯8付近には、鋳片の表面温度分布を測定するための表面温度計9が設置されているのが普通である。
【0016】
発明者らの経験によれば、一般に、Niを含有する鋼(以下、「Ni含有鋼」という)の連続鋳造鋳片は、連続鋳造機1の下部矯正帯8において表面割れが頻繁に発生することがわかっている。この表面割れ発生原因としては、下部矯正帯8において、特に鋳片の表面に熱間延性低下部が存在する場合に、その箇所に引張り応力や歪が負荷され、表面割れとなって現われるものと考えられている。しかも、Ni含有鋼というのは、Niが粒界に偏析しやすく、この偏析部から粒界酸化やAlN等の介在物の析出により粒界が著しく脆化し、表面割れが発生しやすい鋼種である。
【0017】
また、発明者らの知見によれば、連続鋳造時の二次冷却パターンが強冷却のときには、連続鋳造鋳片の表面割れが多く発生していた。これは、強冷却により鋳片表面温度が一時的に大きく低下して、鋳片内部との温度差が大きくなるため、該鋳片表面に発生する熱膨張率差に起因した熱応力が大きくなり、このことと前記の脆化した粒界の影響とが相俟って、表面割れを発生しやすい状態になったものと考えられる。
【0018】
このような鋳片表面割れの現象は、例えば大入熱材である0.01mass%Ni鋼、LNGタンク材である9mass%Ni鋼あるいは、36mass%Ni鋼等の、Niを少なくとも0.01〜36mass%含有している鋼種においてよく見られる。下記表1は、表面割れを起こしやすいNi含有鋼種代表的な化学成分を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
ところで、発明者らの研究によると、Ni含有鋼などによく見られる鋳片の表面割れ現象は、鋳片表面での静水圧応力σmとその温度における降伏応力σoとの関係で示すことができることを突き止めた。即ち、鋳片の表面割れ現象は、鋳片表面でのこうした2つの応力の比σm/σo(以下、「応力比」という)で表わすことができることがわかる。
【0021】
図2は、熱間3点曲げ試験時の試験片表面に発生した表面割れ深さと鋳片表面の応力比との関係を示す。この図において、実線および破線で示す近似線と横軸の交点が限界応力比になる。この図からわかるように、表面割れは、応力比σm/σoがある一定値(この場合、応力比:1.8〜1.9)を超えると発生している。このような割れが発生する限界を、限界応力比σm/σo(cri)とする。
【0022】
また、発明者らは、連続鋳造機内の鋳造鋳片の温度分布、熱応力、歪状態についても調査した。そのために、まず、鋳片の伝熱・凝固計算および熱応力解析を行った。その結果、鋳片断面方向の平均温度での線膨張率αtおよび鋳片表面の或る温度の線膨張率αsとの比αt/αsと、前記応力比σm/σoとは、連続鋳造機および鋳片の厚みが固定されている条件下では一定の関係があることがわかった。このことから、前記応力比のσm/σoから線膨張率比αt/αsへの推測が可能であることがわかる。なお、αは常温を基準とした線膨張率であり、例えば、それぞれの鋳片温度における熱線膨張率α(−)は、図3に示すように、熱機械分析(TMA)[JIS G 0202]により求めることができる。なお、以下の説明では、熱線膨張率を含めて、単に「線膨張率」と略記する。
【0023】
次に、発明者らは、厚さが258mm、幅が2100mmのNi含有鋼の連続鋳造鋳片について、連続鋳造機の二次冷却帯における二次冷却水量および熱伝達係数を仮定し、周知の伝熱・凝固計算を行うことで、前記矯正帯における鋳片の断面平均温度および鋳片の表面温度をそれぞれ計算し、これらの値から前記線膨張率比αt/αsを算出した。
【0024】
即ち、図4は、前記計算結果に基づいて算出した線膨張率比αt/αsと、そのときの鋳片表面の応力比σm/σoとの関係を示したものである。なお、図中破線は近似線、点線は表面割れが発生するときの限界応力比σm/σo(cri)と、そのときの線膨張率比αt/αsを示す。
【0025】
この図4から、応力比σm/σoは線膨張率比αt/αsにほぼ比例した強い相関関係があり、鋳片表面の応力比から線膨張率比αt/αの推測が可能であることがわかる。このことはまた、限界応力比σm/σo(cri)から限界線膨張率比をαt/αs(cri)を求めることができることも意味している。従って、この限界線膨張率比αt/αs(cri)を限界値(規定値)とし、矯正帯における連続鋳造鋳片の線膨張率比αt/αsが上記限界線膨張率比αt/αs(cri)を上回るときに、鋳片に表面割れが発生したと推定(判定)することができ、このことによって鋳片表面の割れ判定を行うことが可能になる。この例においては、図4より、限界応力比σm/σo(cri)の最小値が1.7の場合、線膨張率比αt/αsは2.4であると推定できる。
【0026】
このように本発明によれば、応力解析をするまでもなく、連続鋳造鋳片表面、断面の温度分布から、前記線膨張率比αt/αsを求めることにより、連続鋳造機の下部矯正帯における連続鋳造鋳片の応力状態に基づいて鋳片表面の割れの有無を判定することが可能になる。
【0027】
本発明の適用にあたって、前記応力比σm/σoを求める方法としては、鋳片に表面割れが発生した時の鋳片表面の静水圧応力σmを、その鋳片から切り出した試験片を熱間3点曲げ試験や熱間引張試験等の割れ再現試験を行って求めることができる。例えば、割れ再現試験に当たって、応力解析により試験片表面に発生した各開口割れ位置における静水圧応力σmを算出し、また、鋳片(鋼種)の降伏応力σoについては、熱間引張試験をして得られる。
【0028】
このようにして得られる前記限界応力比σm/σo(cri)と、割れ再現試験片温度との関係について、図5に示した。この図に示すように、割れ再現試験を行うことによって、鋳片表面温度に応じた該鋳片表面の限界応力比σm/σo(cri)(図中の破線で示す)を求めることができ、これを鋳片の表面に割れが発生する否かの基準値(クライテリア)として採用することができる。
なお、クライテリアとは、鋳片割れについての判断基準であり、基準値を超えるσm/σo(cri)が該鋳片表面に生じる時、その箇所に表面割れが発生する可能性が極めて高いことを示す。
【0029】
なお、連続鋳造鋳片の伝熱・凝固計算については、一般的に実用されている鋳片の凝固過程における伝熱計算を行うことで、また、鋳片断面の温度分布は差分法に基づいて計算をする。
【実施例】
【0030】
この実施例は、厚み:258mm、幅:2100mmの前述の表1に示すNi含有鋼鋳片について、垂直曲げ連続鋳造機の下部矯正帯における鋳片表面の幅方向温度分布が、図6に示すようになる鋳片の表面割れについて評価したものである。なお、この図において、幅位置における横軸の0は幅方向センターを示し、1000mmは片側端部を示す。また、表2は、このときの鋳造条件を示しており、一方は、二次冷却帯の下部曲げ矯正帯までの冷却水量を増加させた強冷却パターンの連続鋳造鋳片をもう一方は、その二次冷却帯の水量を低減させた緩冷却パターンの連続鋳造鋳片を示している。各冷却パターンの鋳片断面の平均温度は、伝熱・凝固計算により、強冷却パターンでは1219℃、緩冷却パターンでは1234℃であることがわかった。これら温度から鋳片幅中央部の線膨張率比αt/αsを算出した結果、強冷却パターンではその値が2.6、緩冷却パターンでは2.0であった。そして、このときの本発明で説明した前記限界線膨張率比αt/αs(cri)は、それぞれ2.48である。
【0031】
そこで、本発明方法に従い、前記線膨張率比αt/αsと、前記限界線膨張率比αt/αs(cri)とを対比したところ、表2に示したようになり、前記冷却パターンで連続鋳造した鋳片の表面割れを調査したところ、強冷却パターンにおいては幅中央部に表面割れが発生していた。一方、緩冷却パターンでは、下部矯正帯における鋳片の表面温度は800℃程度であり、該鋳片の熱間延性低下温度域が700〜900℃であったにもかかわらず、表面割れは発生していなかった。
【0032】
このように、本発明に適合する判定方法を採用すれば、連続鋳造における鋳片の応力解析を行わなくとも、連続鋳造鋳片の矯正帯付近における鋳片断面の温度分布を伝熱・凝固計算により計算し、鋳片の線膨張率比αt/αsを算出し、これを表面割れが発生するときの限界熱線膨張率比αt/αs(cri)と比較することで、正確な表面割れの判定が可能になる。
【0033】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明に係る前述の技術は、下部に矯正帯をもつ連続鋳造機のみならず、上部にも矯正帯をもつ湾曲型連続鋳造機等の幅広い設備での割れ判定方法への適用が可能である。
【符号の説明】
【0035】
1 連続鋳造機
2 取鍋
3 タンデッシュ
4 モールド
5 鋳片支持ロール
6 二次冷却装置
7 上部矯正帯
8 下部矯正帯
9 表面温度計
10 鋳片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも下部矯正帯を有する連続鋳造機によって、鋼の連続鋳造を行うにあたり、その下部矯正帯における連続鋳造鋳片表面の線膨張率αsと該鋳片断面の平均線膨張率αtとの線膨張率比αt/αsが、限界線膨張率比αt/αs(cri)を上回ったときに、該鋳片表面に横割れが生じたものと判定することを特徴とする、連続鋳造における鋳片表面の割れ判定方法。
【請求項2】
前記限界線膨張率比αt/αs(cri)とは、連続鋳造機の下部矯正帯において、連続鋳造鋳片表面に割れが発生し始める時の、該鋳片にかかる静水圧応力σmとそのときの降伏応力σoとの比で示される限界応力比σm/σo(cri)が最小値を示す値に相当する線膨張率比であって、該矯正帯における鋳片の線膨張率比αt/αsがこの限界熱線膨張率比αt/αs(cri)を上回るか否かをもって、該鋳片の表面割れ発生の有無を推定することを特徴とする請求項1に記載の連続鋳造における鋳片表面の割れ判定方法。
【請求項3】
前記連続鋳造鋳片は、0.01〜36mass%のNiを含有する鋼を処理対象とする請求項1または2に記載の連続鋳造における鋳片表面の割れ判定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−125828(P2012−125828A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281560(P2010−281560)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】