説明

遺伝情報によりブタ筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法

【課題】ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法の提供を課題とする。
【解決手段】ブタTubby遺伝子について、ブタ個体間の塩基配列の異なりと筋肉中脂肪含量の関係を解析した結果、Tubby遺伝子のエクソン部分の多型と筋肉中脂肪量が統計的に有意な関係にあることを見いだした。ブタTubby遺伝子の第5エクソンの55番目の多型の塩基種を決定することにより、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブタTubby遺伝子第5エクソンに存在する多型を利用したブタ筋肉中脂肪蓄積能力の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでの育種・選抜では、種豚候補の兄弟豚、親豚あるいは子孫の豚をと殺し、それらの筋肉中脂肪量を目視あるいは化学分析により評価し、生存している種豚候補の筋肉中脂肪量を予測して、種豚として残すかどうかを決めていた。
【0003】
養豚農家では、三元交雑種(三元交雑豚あるいは三元交雑とも呼ぶ)(LWD)を肥育豚としている場合が多い。三元交雑種とは、ランドレース種(L:Landrace)の雌に大ヨークシャー種(W:Large White)の雄を掛けて得られた交雑種(LW)の雌にデュロック種(D:Duroc)の雄を交配して得られる個体のことであり、これが肥育豚として飼養されている。LやWは最終的な肥育豚LWD個体が強健で成長が良く、肥育豚の母親となるLW雌が多産となることを重視して選抜されている。一方DはLWD個体の肉質を良くする目的でLW雌と交配される。食肉が美味であるかどうかはその脂肪含量による。例えば牛肉でも高脂肪の霜降り肉は美味とされる。また、豚肉においても時折見られる霜降り肉は美味とされる。Dの筋肉中脂肪量はLやWのそれより高くそれ故食味に優れているとされ、養豚農家は、肥育用コマーシャル豚であるLWDの筋肉中の脂肪量が高くなることを期待してLW雌にD雄を交配している。
【0004】
種豚農場は、特別な系統のDを「筋肉中高脂肪系統用の種豚」として販売しているが、と殺により筋肉中脂肪量が高いことが判明したD個体は既に生存していないので、その兄弟等遺伝的に近く生きているDを「筋肉中高脂肪系統用の雄種豚」として販売することになる。養豚農家はこれを導入し交配に用いていた。しかし、そのDの産子LWDは筋肉中に高い脂肪を持たない、という場合も多々あった。筋肉中高脂肪持つ個体に遺伝的に近い個体が必ずしも筋肉中高脂肪持つとは限らない。遺伝的に比較的近縁であるというだけの情報によって作出され販売された種豚を導入した生産農家は期待する生産物を得られない場合も多い。
【0005】
また、筋肉脂肪の形質は、雌側からも遺伝する形質であり、コマーシャル豚の雌親であるLW及びLWの親であるL及びWが筋肉中高脂肪形質を遺伝的に保有しているかが重要となるが、生きている個体から直接に筋肉中高脂肪形質の遺伝的能力を評価する手法は無かった。
【0006】
豚の系統に由来する種豚系統造成には試験と殺が必要であり、多くの時間、飼料費、家畜管理費が必要である。また、他の系統から好ましい遺伝的形質を保有する個体を既存系統に導入する場合にも、他系統の遺伝的形質を評価情報が必要であるが、その評価には多大の費用を要した。
【0007】
上記の問題を解決するため「遺伝情報による選抜」の技術化が急がれていた。筋肉中の脂肪量や成長速度など家畜生産にとって重要形質は複数遺伝子の支配を受けている。これら複数の遺伝子が座位する染色体上部分はQTL(Quantitative Trait Loci:量的形質を支配する遺伝子座)と呼ばれ、豚の筋肉中脂肪量QTLの1つは9番染色体p腕テロメア部分(先端部)に存在することが発明者を含む研究グループにより示されていた(非特許文献1)。このようにして筋肉中脂肪量支配遺伝子が存在するであろう領域は染色体の長さの1/10程度の範囲に定められたのだが、遺伝子は特定されていなかった。
【0008】
高等動物の染色体は長いものでは約1億塩基対のDNAを含む。染色体の1/10の距離に筋肉中脂肪量を支配する遺伝子座が特定できたとして、それを塩基の数にすると500万〜1千万塩基程度あり、そこには少なくとも数十以上の遺伝子が存在する。そのため、その中に存在するであろう筋肉中脂肪量関連遺伝子あるいは家畜選抜のための遺伝マーカーは明らかにされていなかった。すなわち「遺伝情報によりブタ筋肉中脂肪蓄積能力を評価する」には至っていなかった。
【0009】
【非特許文献1】Sato,et.al. Quantitative trait loci analysis for growth and carcass traits in a Meishan Duroc F2 resource population. J. Anim Sci 2003.81:2398-2949
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、ブタの育種選抜に有用なブタの遺伝的能力のうち筋肉中脂肪の蓄積能力の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記課題を解決するため、ブタ100頭から得た同一部分のロース肉を材料としてロース肉中の脂肪含量を測定し、ブタ第9番染色体p腕先端部分にマップされているエネルギー代謝関連の遺伝子UCP2とUCP3及び当該領域にあると推定されるTubby遺伝子の多型と筋肉中脂肪量との関係を解析した。
【0012】
ブタ第9番染色体p腕先端部分に着目した理由は、筋肉中脂肪量QTLの1つが第9番染色体p腕テロメア部分(先端部)にあることからここに脂肪量を支配する遺伝子が存在すると考えられるからである。この着目点については発明者のこれまでの実験や経験に基づいて着想するに至ったものであり、容易に想到できたものではない。
【0013】
Tubby遺伝子はヒトでは11番染色体p腕11.5にマップされている。Tubby遺伝子はブタではマップされていないが、ブタ9番染色体p腕先端部分にマップされているUCP2遺伝子とUCP3遺伝子はヒトでは11番染色体P腕11.5近傍にマップされている。このことから、本発明者はブタTubby遺伝子はブタ9番染色体p腕先端部分に存在し筋肉中脂肪量を支配する候補遺伝子の1つであると考えた。なお、ブタUCP2遺伝子及びUCP3遺伝子の塩基配列は公表されているものの、ブタTubby遺伝子の塩基配列は報告がない。
【0014】
筋肉中脂肪量との関係解析の結果、UCP2遺伝子についてはブタ個体間での塩基配列の異なりを見いだしたが筋肉中脂肪量と有意な関係は無かった。UCP3遺伝子のエクソン部分についてはブタ個体間に塩基配列の異なりは無かった。
【0015】
ヒトとブタの相同染色体地図の情報から当該領域に存在する可能性が高いと考えられるTubby遺伝子について、ブタ個体間の塩基配列の異なりと筋肉中脂肪含量の関係を解析し、Tubby遺伝子のエクソン部分の多型と筋肉中脂肪量が統計的に有意な関係にあることを見いだした。
【0016】
より具体的には、Tubby遺伝子の第5エクソン上の多型(配列番号:1に記載の第5エクソンにおいて55番目の塩基に相当する多型部位)において、該多型部位における遺伝子型が、A(アデニン)/A(アデニン)である場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力は高く、G(グアニン)/G(グアニン)である場合に筋肉中脂肪蓄積能力は低いことが見出された。
【0017】
上記の多型は、本発明者によって初めて見出されたものである。即ち、本発明者によって筋肉中脂肪蓄積能力と関連した多型が初めて見出されたことにより、該多型における遺伝子型を決定することによって、被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を効率的に評価することが可能となった。
【0018】
上述の如く本発明者は、遺伝情報に基づいてブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法を開発し、本発明を完成させた。
【0019】
本発明は、ブタの育種選抜に有用なブタの遺伝的能力のうち筋肉中脂肪の蓄積能力の評価方法に関し、より具体的には、
〔1〕 ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法であって、ブタTubby遺伝子のエクソンの塩基配列を解析し、得られる解析結果とブタの筋肉中脂肪蓄積能力との関係を評価することを特徴とする方法、
〔2〕 ブタTubby遺伝子の第5エクソン上の多型部位の遺伝子型を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法、
〔3〕 ブタTubby遺伝子のエクソン上の多型部位であって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位の遺伝子型を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法、
〔4〕 前記遺伝子型が、A/Aである場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力が高脂肪型であるものと判定し、G/Gである場合に筋肉中脂肪蓄積能力が低脂肪型であるものと判定する、〔3〕に記載の方法、
〔5〕 ブタTubby遺伝子によってコードされるタンパク質上の部位であって、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の19番目のアミノ酸に相当する部位のアミノ酸種を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法、
〔6〕 前記アミノ酸種が、メチオニンである場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力が高脂肪型であるものと判定し、バリンである場合に筋肉中脂肪蓄積能力が低脂肪型であるものと判定する、〔5〕に記載の方法、
〔7〕 前記筋肉中脂肪蓄積能力が、目視による筋肉中への脂肪交雑程度評価により推定されるものである〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法、
〔8〕 前記筋肉中脂肪蓄積能力が、理化学分析による筋肉中脂肪量測定により推定されるものである〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法、
〔9〕 配列番号:1に記載の塩基配列の少なくとも15〜100の連続塩基からなるポリヌクレオチドであって、該配列番号:1の55番目の塩基に相当する多型部位を含みかつ、該多型部位における塩基種がAまたはGであるポリヌクレオチド、またはその相補鎖、
〔10〕 ブタTubby遺伝子の全部もしくは一部の配列からなるDNAであって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位を含むDNAを増幅するためのプライマー、
〔11〕 〔9〕に記載のポリヌクレオチド、または〔10〕に記載のプライマーを含んでなる、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力の評価用試薬、
〔12〕 ブタTubby遺伝子の全部もしくは一部の配列からなるDNAであって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位を含みかつ、該多型部位における塩基種がAまたはGであるDNAを含む遺伝マーカー、
を、提供するものである。
【発明の効果】
【0020】
これまでの育種・選抜ではと殺解体後の筋肉中脂肪量データに基づいて例えば高脂肪系統の造成を行っていた。
【0021】
本発明はブタTubby遺伝子第5エクソンの塩基配列情報から構成されている。本情報を用いることにより、ブタ生体の毛数本の毛根部分からDNAを抽出し、群の中から筋肉中脂肪量を高くする能力を保持している個体を選抜することができ、高脂肪系統あるいは低脂肪系統を造成することができる。または、系統造成のための種豚の選抜に用いることができる。
【0022】
〔発明を実施するための形態〕
本発明は、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法(本明細書において単に「本発明の方法」と記載する場合あり)を提供する。本発明の方法の好ましい態様としては、ブタTubby遺伝子のエクソンの塩基配列を解析し、得られる解析結果とブタの筋肉中脂肪蓄積能力との関係を評価することを特徴とする方法である。
【0023】
本発明の方法は、好ましくは、ブタTubby遺伝子の第5エクソン上の多型部位の遺伝子型を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法である。
【0024】
本発明におけるブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列を配列番号:1に、該塩基配列によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に示す。
【0025】
なお、DNAは通常、互いに相補的な二本鎖DNA構造を有している。従って、本明細書においては、便宜的に一方の鎖におけるDNA配列を示した場合であっても、当然の如く、当該配列(塩基)に相補的な配列も開示したものと解釈される。当業者にとって、一方のDNA配列(塩基)が判れば、該配列(塩基)に相補的な配列(塩基)は自明である。
【0026】
本発明において筋肉中脂肪蓄積能力とは、筋肉中の脂肪含量を高める遺伝的な能力を指し、通常、筋肉中の脂肪含量を高くする能力を有する場合、高脂肪型と呼び、筋肉中の脂肪含量を高くする能力を有さない場合、低脂肪型と呼ぶ。
【0027】
高脂肪型の場合には筋肉中脂肪含量がロース肉を例とするなら6%以上時には10%以上の蓄積能力があり、低脂肪型の場合には蓄積能力が2〜4%程度である。
【0028】
本発明において「評価」とは、通常、被検ブタについて、筋肉中脂肪蓄積能力が高い(高脂肪型)、あるいは、低い(低脂肪型)ものと判定することをいう。また、本発明の「評価」は、例えば、「判定」、「判別」、あるいは「検査」等と表現することもできる。
【0029】
本発明の方法は、必ずしもブタ個体について評価する方法に限定されず、例えば、食肉もしくは精肉加工品(例えば、ハム等)について本発明の方法を実施することにより、該食肉あるいは該加工品の原料となったブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価することができる。
【0030】
本発明において「多型」とは、通常、一塩基多型(SNP)を指す。本発明において「塩基配列を解析する」とは、通常、本発明者によって見出された多型部位における塩基種を決定することを指す。
【0031】
本発明において塩基種の決定を行う多型部位は、ブタTubby遺伝子のエクソン上の多型部位であって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する部位である(本明細書において、単に「本発明の多型部位」と記載する場合あり)。
【0032】
本発明の好ましい態様としては、該多型部位の遺伝子型を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法である。
【0033】
本発明の方法の好ましい態様においては、本発明の上記多型部位の塩基種もしくは遺伝子型(genotype)を決定することを特徴とする方法である。一般に染色体は、二本ずつ対をなして存在することから、1つの多型部位に相当するDNA部位も、一組の染色体において通常、二箇所存在する。本発明の多型部位における塩基種の決定とは、この中の少なくとも一箇所を決定することを指すが、これらの二箇所を決定することが好ましい。一般的に「遺伝子型」とは、対立遺伝子、あるいは、注目している遺伝子座の対立遺伝子の存在状態を言う。即ち、「遺伝子型」とは、ある遺伝子座における遺伝子(塩基種)の組み合わせを指す。本明細書においては遺伝子型を表現する場合、x/x(xは塩基種)のように記載する。本発明においては、二本の染色体において対をなして存在するそれぞれの多型部位について、塩基種を決定する(即ち、「遺伝子型」を決定する)ことが好ましい。
【0034】
本発明において多型変異を検出する部位は、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)において、好ましくは55番目の塩基に相当する多型部位であるが、必ずしもこの部位のみに厳格に限定して解釈されるべきではない。例えば、該55番目の多型部位と強く連鎖している近傍の多型部位もまた、本発明の方法に利用することが可能である。当業者であれば、本発明者らによって見出されたTubby遺伝子の第5エクソンの55番目の多型部位と強く連鎖する多型部位を探索し、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力の評価に利用可能な多型部位を新たに見出すことも可能である。
【0035】
本発明の方法においては、前記遺伝子型が、A/Aである場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力が高脂肪型である(筋肉中高脂肪形質を遺伝的に保有する)ものと判定し、G/Gである場合に筋肉中脂肪蓄積能力が低脂肪型である(筋肉中低脂肪形質を遺伝的に保有する)ものと判定する。また、遺伝子型がA/Gである場合には、表1に示されるようにその脂肪含量はA/A型とG/G型の間に分布することから、中脂肪型と判定される。
【0036】
本発明の方法において、筋肉中脂肪蓄積能力は、例えば、目視による筋肉中への脂肪交雑程度評価により推定されるものである。また、筋肉中脂肪蓄積能力は、理化学分析による筋肉中脂肪量測定により推定されるものであってもよい。
【0037】
即ち、本発明において高脂肪型(低脂肪型)であると判定されるブタは、例えば、目視による筋肉中への脂肪交雑程度評価により筋肉中脂肪含量が高い(低い)、あるいは、理化学分析による筋肉中脂肪量測定により脂肪量が高い(低い)ものとなる能力を有するものと判定される。
【0038】
本発明の方法において、塩基種を検出する(遺伝子型を決定する)方法は、公知の種々の方法を利用することが可能である。即ち、多型変異を検出可能な方法であれば任意の方法を本発明の方法において用いることができる。
【0039】
以下にTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列の55番目の多型における塩基種の決定が可能な方法を例示するが、必ずしもこれらの方法に限定されない。当業者であれば、既知の方法を適宜改変して実施することも可能である。
【0040】
まず、被検ブタのTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)において本発明の多型部位を含む塩基配列を直接決定することを特徴とする、以下の工程を含む方法を挙げることができる。
(a)被検ブタからDNAを調製する工程
(b)ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する工程
(c)増幅したDNAの塩基配列を決定する工程
【0041】
この方法においてはまず、被検ブタからDNA試料を調製する。DNA試料は、例えば被検ブタの臓器、または組織、あるいは細胞や血液、口腔粘膜、皮膚、毛等から抽出した染色体DNAを基に、あるいはイントロンを含まないcDNAもしくはmRNAを基に調製することができる。
【0042】
本方法においては、次いで、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を単離する。該DNAの単離は、ブタTubby遺伝子の塩基配列の少なくとも一部の塩基配列を含むDNAにハイブリダイズするプライマーを用いて、染色体DNA、あるいはRNAを鋳型としたPCR等によって行うことも可能である。本方法においては、次いで、単離したDNAの塩基配列を決定する。単離したDNAの塩基配列の決定は、当業者に公知の方法で行うことができる。
【0043】
本方法においては、次いで、決定したDNAの塩基配列の情報から、本発明の多型部位の塩基種(遺伝子型)を決定する。
【0044】
さらに別の方法としては、以下の工程を含む方法が挙げられる。
(a)被検ブタからDNAを調製する工程
(b)ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する工程
(c)増幅したDNAを一本鎖に解離させる工程
(d)解離させた一本鎖DNAを非変性ゲル上で分離する工程
(e)分離した一本鎖DNAのゲル上での移動度を対照と比較する工程
【0045】
まず、被検ブタからDNA試料を調製する。次いで、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する。さらに、増幅したDNAを一本鎖DNAに解離させる。次いで、解離させた一本鎖DNAを非変性ゲル上で分離する。分離した一本鎖DNAのゲル上での移動度を対照と比較する。
【0046】
該方法としては、例えばPCR-SSCP(single-strand conformation polymorphism、一本鎖高次構造多型)法(Cloning and polymerase chain reaction-single-strand conformation polymorphism analysis of anonymous Alu repeats on chromosome 11. Genomics. 1992 Jan 1; 12(1): 139-146.、Detection of p53 gene mutations in human brain tumors by single-strand conformation polymorphism analysis of polymerase chain reaction products. Oncogene. 1991 Aug 1; 6(8): 1313-1318.、Multiple fluorescence-based PCR-SSCP analysis with postlabeling.、PCR Methods Appl. 1995 Apr 1; 4(5): 275-282.)が挙げられる。この方法は操作が比較的簡便であり、また被検試料の量も少なくて済む等の利点を有するため、特に多数のDNA試料をスクリーニングするのに好適である。その原理は次の通りである。二本鎖DNA断片を一本鎖に解離すると、各鎖はその塩基配列に依存した独自の高次構造を形成する。この解離したDNA鎖を、変性剤を含まないポリアクリルアミドゲル中で電気泳動すると、それぞれの高次構造の差に応じて、相補的な同じ鎖長の一本鎖DNAが異なる位置に移動する。一塩基の置換によってもこの一本鎖DNAの高次構造は変化し、ポリアクリルアミドゲル電気泳動において異なる移動度を示す。従って、この移動度の変化を検出することによりDNA断片に多型変異が存在することを検出することができる。
【0047】
具体的には、まず、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する。増幅される範囲としては、通常200〜400 bp程度の長さが好ましい。PCRは、当業者においては反応条件等を適宜選択して行うことができる。PCRの際に、32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識したプライマーを用いることにより、増幅DNA産物を標識することができる。あるいはPCR反応液に32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を加えてPCRを行うことにより、増幅DNA産物を標識することも可能である。さらに、PCR反応後にクレノウ酵素等を用いて、32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を、増幅DNA断片に付加することによっても標識を行うことができる。こうして得られた標識DNA断片を、熱を加えること等により変性させ、尿素などの変性剤を含まないポリアクリルアミドゲルによって電気泳動を行う。この際、ポリアクリルアミドゲルに適量(5から10%程度)のグリセロールを添加することにより、DNA断片の分離の条件を改善することができる。また、泳動条件は各DNA断片の性質により変動するが、通常、室温(20から25℃)で行い、好ましい分離が得られないときには4から30℃までの温度で最適の移動度を与える温度の検討を行う。電気泳動後、DNA断片の移動度を、X線フィルムを用いたオートラジオグラフィーや、蛍光を検出するスキャナー等で検出し、解析を行う。移動度に差があるバンドが検出された場合、このバンドを直接ゲルから切り出し、PCRによって再度増幅し、それを直接シークエンシングすることにより、多型変異の存在を確認することができる。また、標識したDNAを使わない場合においても、電気泳動後のゲルをエチジウムブロマイドや銀染色法などによって染色することによって、バンドを検出することができる。
【0048】
さらに別の方法としては、以下の工程を含む方法が挙げられる。
(a)被検ブタからDNAを調製する工程
(b)ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する工程
(c)ヌクレオチドプローブが固定された基板を提供する工程
(d)工程(b)のDNAと工程(c)の基板を接触させる工程
(e)該DNAと該基板に固定されたヌクレオチドプローブとのハイブリダイズの強度を検出する工程
(f)工程(e)で検出された強度を対照と比較する工程
【0049】
まず、被検ブタから調製したブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位の塩基を含むDNA、および該DNAとハイブリダイズするヌクレオチドプローブが固定された基板、を提供する。次いで、該DNAと該基板を接触させる。さらに、基板に固定されたヌクレオチドプローブにハイブリダイズしたDNAを検出することにより、本発明の多型を検出する。
【0050】
このような方法としては、DNAアレイ法が例示できる。ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA試料の調製は、当業者に周知の方法で行うことができる。該DNA試料の調製の好ましい態様においては、例えば被検ブタの血液、皮膚、口腔粘膜等の組織または細胞から抽出した染色体DNAを基に調製することができる。染色体DNAから本方法のDNA試料を調製するには、例えば、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域にハイブリダイズするプライマーを用いて、染色体DNAを鋳型としたPCR等によって、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNAを調製することも可能である。調製したDNA試料には、必要に応じて、当業者に周知の方法によって検出のための標識を施すことができる。
【0051】
本発明において「基板」とは、ヌクレオチドを固定することが可能な板状の材料を意味する。本発明においてヌクレオチドには、オリゴヌクレオチドおよびポリヌクレオチドが含まれる。本発明の基板は、ヌクレオチドを固定することが可能であれば特に制限はないが、一般にDNAアレイ技術で使用される基板を好適に用いることができる。
【0052】
一般にDNAアレイは、高密度に基板にプリントされた何千ものヌクレオチドで構成されている。通常これらのDNAは非透過性(non-porous)の基板の表層にプリントされる。基板の表層は、一般的にはガラスであるが、透過性(porous)の膜、例えばニトロセルロースメンブレムを使用することができる。
【0053】
本発明において、ヌクレオチドの固定(アレイ)方法として、Affymetrix社開発によるオリゴヌクレオチドを基本としたアレイが例示できる。オリゴヌクレオチドのアレイにおいて、オリゴヌクレオチドは通常インサイチュ(in situ)で合成される。例えば、photolithographicの技術(Affymetrix社)、および化学物質を固定させるためのインクジェット(Rosetta Inpharmatics社)技術等によるオリゴヌクレオチドのインサイチュ合成法が既に知られており、いずれの技術も本発明の基板の作製に利用することができる。
【0054】
基板に固定するヌクレオチドプローブは、上記多型を検出することができるものであれば、特に制限されない。即ち該プローブは、例えば、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNAと特異的にハイブリダイズするようなプローブである。特異的なハイブリダイズが可能であれば、ヌクレオチドプローブは、検出する該55番目の部位を含むDNAに対し、完全に相補的である必要はない。
【0055】
本発明において基板に結合させるヌクレオチドプローブの長さは、オリゴヌクレオチドを固定する場合は、通常10〜100ベースであり、好ましくは10〜50ベースであり、さらに好ましくは15〜25ベースである。
【0056】
本発明においては、次いで、該cDNA試料と該基板を接触させる。本工程により、上記ヌクレオチドプローブに対し、DNA試料をハイブリダイズさせる。ハイブリダイゼーションの反応液および反応条件は、基板に固定するヌクレオチドプローブの長さ等の諸要因により変動しうるが、一般的に当業者に周知の方法により行うことができる。
【0057】
本発明においては、次いで、該DNA試料と基板に固定されたヌクレオチドプローブとのハイブリダイズの有無または強度を検出する。この検出は、例えば、蛍光シグナルをスキャナー等によって読み取ることによって行うことができる。尚、DNAアレイにおいては、一般的にスライドガラスに固定したDNAをプローブといい、一方溶液中のラベルしたDNAをターゲットという。従って、基板に固定された上記ヌクレオチドを、本明細書においてヌクレオチドプローブと記載する。
【0058】
さらに別の方法としては、以下の工程を含む方法が挙げられる。
(a)被検ブタからDNAを調製する工程
(b)ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域にハイブリダイズするヌクレオチドとハイブリダイゼーションさせる工程
(c)ハイブリッド形成の程度を検出する工程
(d)工程(c)で検出された程度を対照と比較する工程
【0059】
まず、被検ブタから調製したブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位の塩基を含むDNA、および該DNAとハイブリダイズするヌクレオチドを用意する。次いで、該DNAとヌクレオチドとをハイブリダイゼーションさせる。さらに、ハイブリッド形成の程度を検出し、対照と比較することにより、上記多型変異を検出する。
【0060】
具体的には、特定位置の多型変異のみを検出する目的にはアレル特異的オリゴヌクレオチド(Allele Specific Oligonucleotide/ASO)ハイブリダイゼーション法が利用できる。多型変異が存在すると考えられる塩基配列を含むオリゴヌクレオチドを作製し、これと試料DNAでハイブリダイゼーションを行わせると、多型変異が存在する場合、ハイブリッド形成の効率が低下する。それをサザンブロット法や、特殊な蛍光試薬がハイブリッドのギャップにインターカレーションすることにより消光する性質を利用した方法、等により検出することができる。
【0061】
また、リボヌクレアーゼAミスマッチ切断法による検出も可能である。具体的には、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNAをPCR法等によって増幅し、これをプラスミドベクター等に組み込んだTubby遺伝子の第5エクソンcDNA等から調製した標識RNAとハイブリダイゼーションを行う。多型変異が存在する部分においてはハイブリッドが一本鎖構造となるので、この部分をリボヌクレアーゼAによって切断し、これをオートラジオグラフィー等で検出することによって多型変異を検出することができる。
【0062】
またInvader法による検出も可能である。具体的には、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位にハイブリダイズする2種類のオリゴヌクレオチド(アレルオリゴ及びInvaderオリゴ)を用意する。該部位においてInvaderオリゴがアレルオリゴの下に1塩基のみ侵入する。侵入構造を認識する部分を酵素反応で切断することによりアレルオリゴの断片が放出される。過剰なアレルオリゴにより反応が繰り返され、断片の量が増幅される。多型変異に対応したオリゴヌクレオチドを用い、断片量を検出することにより、多型変異を検出することができる。
【0063】
またTaqMan probe法による検出も可能である。具体的には、5'末端を特殊な蛍光物質(FAMなど)で、3'末端をクエンチャー物質(TAMRAなど)で修飾した、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNAにハイブリダイズするオリゴヌクレオチド(TaqManプローブ)の存在下で、該55番目の部位を含むDNAをPCR法等によって増幅する。PCRの伸長反応ステップのときに、鋳型DNAにハイブリダイズしたTaqManプローブが分解されると、蛍光色素がプローブから遊離し、クエンチャーによる抑制が解除されて蛍光が発せられる。異なる多型変異ごとに異なる蛍光を発するTaqMan probeを用い、蛍光の量を測定することにより、多型変異を検出することができる。
【0064】
さらに別の方法としては、以下の工程を含む方法が挙げられる。
(a)被検ブタからDNAを調製する工程
(b)ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する工程
(c)工程(b)で増幅したDNAを質量分析器にかけ、分子量を測定する工程
(d)工程(c)で測定した分子量を対照と比較する工程
【0065】
まず、被検ブタからDNAを調製し、次いで、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域を増幅する。次いで、増幅したDNAを質量分析器にかけ、分子量を測定する。次いで、測定した分子量を対照と比較する。このような方法としては、例えば、MALDI-TOF MS法(Trends Biotechnol (2000):18:77-84)等が挙げられる。
【0066】
本発明の上記検査方法の別の態様は、ブタTubby遺伝子の発現産物を指標とすることによって検査を行う方法である。ここで「発現」とは、転写および翻訳が含まれる。従って、「発現産物」には、mRNAおよびタンパク質が含まれる。
【0067】
本発明の好ましい態様においては、ブタTubby遺伝子の発現産物を検出することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法に関する。該方法は、例えば、以下の工程を含む方法である。
(a)被検ブタからタンパク質試料を調製する工程
(b)該タンパク質試料に含まれる、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位がA(アデニン)またはG(グアニン)である塩基配列によってコードされるブタTubbyタンパク質の量を測定する工程
【0068】
まず、被検ブタからタンパク質試料を調製し、該タンパク質試料に含まれるブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位がAもしくはGである塩基配列によってコードされるブタTubbyタンパク質の量を測定する。
【0069】
即ち本発明の方法の好ましい態様としては、ブタTubby遺伝子によってコードされるタンパク質上の部位であって、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の19番目のアミノ酸に相当する部位のアミノ酸種を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法が挙げられる。
【0070】
上記方法においては、例えば、SDSポリアクリルアミド電気泳動法、並びにブタTubbyタンパク質を認識する抗体を用いたウェスタンブロッティング法、ドットブロッティング法、免疫沈降法、酵素結合免疫測定法(ELISA)、免疫蛍光法、飛行時間型質量分析法(MALDI-TOF MS、ESI-TOF MS等)等の公知の方法を適宜利用することができる。
【0071】
上記方法においては、前記アミノ酸種が、メチオニンである場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力が高脂肪型であるものと判定し、バリンである場合に筋肉中脂肪蓄積能力が低脂肪型であるものと判定する。
【0072】
また、本発明は、高脂肪型もしくは低脂肪型の筋肉中脂肪蓄積能力を有するブタをスクリーニングする方法に関する。
【0073】
本発明のスクリーニング方法の好ましい態様としては、被検ブタのそれぞれについて、本発明の上述の方法により筋肉中脂肪蓄積能力の評価を行い、次いで、該評価結果に基づき、高脂肪型もしくは低脂肪型のブタを選択することを含む方法である。本発明のスクリーニング方法により複数のブタの中から筋肉中脂肪量を高くする能力を保持している個体を選抜することができ、高脂肪系統あるいは低脂肪系統を造成することができる。または、系統造成のための種豚の選抜に用いることができる。
【0074】
また本発明は、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列において55番目の部位がAまたはGである塩基配列によってコードされるブタTubbyタンパク質を提供する。該タンパク質としては、例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列において19位がメチオニンまたはバリンである配列からなるブタTubbyタンパク質を示すことができる。さらに、該Tubbyタンパク質をコードするDNAもまた本発明に含まれる。
【0075】
ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位の多型は、本発明者らによって初めて見出された多型である。
【0076】
従って本発明は、配列番号:1に記載の塩基配列の少なくとも15〜100の連続塩基からなるポリヌクレオチドであって、該配列番号:1の55番目の塩基に相当する多型部位を含みかつ、該多型部位における塩基種がAまたはGであるポリヌクレオチド、またはその相補鎖を提供する。好ましくは、配列番号:1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド(位置55番目はAまたはG)において、55番目の塩基を含む15〜100、好ましくは20〜100、より好ましくは20〜50の連続したDNA配列からなるポリヌクレオチドを提供する。
【0077】
さらに本発明は、ブタTubby遺伝子の全部もしくは一部の配列からなるDNAであって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位を含むDNAを増幅するためのプライマーを提供する。該プライマーは、例えば、本発明の方法において、本発明の多型部位を含むDNAを増幅する工程において使用される。
【0078】
本発明はまた、本発明の方法を実施するために用いる試薬を提供する。該試薬は、例えば本発明の上記ポリヌクレオチド、または本発明の上記プライマーを含む。
【0079】
より具体的には、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域とハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するポリヌクレオチドを有効成分として含む試薬である。
【0080】
該ポリヌクレオチドは、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域に特異的にハイブリダイズするものである。ここで「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら, Molecular Cloning, Cold Spring Harbour Laboratory Press,New York, USA, 第2版1989に記載の条件)において、他のタンパク質をコードするDNAとクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。特異的なハイブリダイズが可能であれば、該ポリヌクレオチドは、検出する上記塩基配列に対し完全に相補的である必要はない。
【0081】
ハイブリダイゼーションの条件は、当業者であれば適宜選択することができる。ハイブリダイゼーションの条件としては、例えば、低ストリンジェントな条件が挙げられる。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、0.1×SSC、0.1%SDSの条件であり、好ましくは50℃、0.1×SSC、0.1%SDSの条件である。より好ましいハイブリダイゼーションの条件としては、高ストリンジェントな条件が挙げられる。高ストリンジェントな条件とは、例えば65℃、5×SSC及び0.1%SDSの条件である。これらの条件において、温度を上げる程に高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度や塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0082】
該ポリヌクレオチドは、本発明の方法におけるプローブやプライマーとして利用することができる。該ポリヌクレオチドをプライマーとして用いる場合、その長さは、通常15 bp〜100 bpであり、好ましくは17 bp〜30 bpである。プライマーは、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNAを増幅しうるものであれば、特に制限されない。
【0083】
また、本発明のポリヌクレオチドをプローブとして使用する場合、該プローブは、ブタTubby遺伝子の第5エクソンの塩基配列(配列番号:1)の55番目の部位を含むDNA領域に特異的にハイブリダイズするものであれば、特に制限されない。該プローブは、合成ポリヌクレオチドであってもよく、通常少なくとも15 bp以上の鎖長を有する。
【0084】
本発明のポリヌクレオチドは、例えば市販のポリヌクレオチド合成機により作製することができる。プローブは、制限酵素処理等によって取得される二本鎖DNA断片として作製することもできる。
【0085】
本発明のポリヌクレオチドをプローブとして用いる場合は、適宜標識して用いることが好ましい。標識する方法としては、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて、ポリヌクレオチドの5'端を32Pでリン酸化することにより標識する方法、およびクレノウ酵素等のDNAポリメラーゼを用い、ランダムヘキサマーポリヌクレオチド等をプライマーとして32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を取り込ませる方法(ランダムプライム法等)を例示することができる。
【0086】
本発明の試薬の他の態様は、ブタTubbyタンパク質を認識する抗体を含む試薬である。該抗体は、本発明の方法に用いることが可能な抗体であれば、特に制限されないが、例えばポリクローナル抗体やモノクローナル抗体が挙げられる。抗体は必要に応じて標識されていてもよい。
【0087】
ブタTubbyタンパク質を認識する抗体は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして取得することができる。ブタTubbyタンパク質、あるいはGSTとの融合タンパク質として大腸菌等の微生物において発現させたリコンビナントブタTubbyタンパク質、またはその部分ペプチドをウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、ブタTubbyタンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製する。また、モノクローナル抗体であれば、例えば、ブタTubbyタンパク質若しくはその部分ペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、該細胞とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコールなどの試薬を用いて融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、ブタTubbyタンパク質に結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、ブタTubbyタンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製することが可能である。
【0088】
上記抗体もまた、本発明の試薬として利用可能である。
【0089】
本発明の試薬においては、有効成分であるポリヌクレオチドや抗体以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、タンパク質安定剤(BSAやゼラチンなど)、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
【0090】
また、本発明の試薬を少なくとも含有するキットもまた、本発明に含まれる。該キットには、上記のポリヌクレオチドや抗体の他に、例えば、本発明の方法に用いるための各種試薬類、反応液、対照標品、反応容器、操作器具、説明書等を含めることができる。
【0091】
また、ブタの染色体DNAの一部の領域であって、本発明者によって初めて見出された多型を含むDNA領域は、高脂肪型あるいは低脂肪型の筋肉中脂肪蓄積能力を有するブタを選抜する際に指標(マーカー)となる。従って本発明は、ブタTubby遺伝子の全部もしくは一部の配列からなるDNAであって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位を含みかつ、該多型部位における塩基種がAまたはGであるDNAを含んでなる遺伝マーカー(DNAマーカー)を提供する。本発明の遺伝マーカーは、ブタの染色体DNAの一部の領域であって、本発明の多型を含むDNA領域であれば、その鎖長は特に制限されないが、例えば、10〜1000 bpであり、好ましくは20〜500 bpであり、より好ましくは20〜100 bpである。
【0092】
ここで遺伝マーカー(DNAマーカー)とは、(生物の表現型や特徴等を)識別や選別のための指標として利用可能なDNA領域をいい、より具体的には、DNAの多型変異を含む領域をいう。
【0093】
通常、ゲノム上の一部のDNA領域であって、上述のような特徴を有するDNA領域を、生物の選抜等の分野においては、遺伝マーカー(DNAマーカー)と呼ぶ。従って、通常、本発明の遺伝マーカーは、ブタのゲノム上の一部のDNA領域を意味する。
【0094】
本願の遺伝マーカーは、本願明細書において示したように、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力とリンクするDNA多型変異を含む領域であり、遺伝マーカーとして利用可能であることが本発明者によって初めて見出された。
【0095】
なお、遺伝マーカーを構成する領域は、ブタのゲノム全長と比較すれば非常に狭く限定的な領域であり、広大なブタのゲノム領域の中から、遺伝マーカーとして利用可能なほんの一部の限定的な領域を見出すことは非常に困難なことである。
【0096】
また、本願のように、配列番号:1で例示されるDNA領域が「遺伝マーカー」であることを当業者が認識すれば、遺伝マーカーを利用する一般的な手法により、種豚系統造成を適宜実施することができる。例えば、本発明の方法によって選抜されるブタが保有する筋肉中脂肪蓄積能力が高い(低い)形質を、既存系統のブタへ導入することが可能である。
【0097】
本発明の遺伝マーカーを用いた種豚系統造成方法もまた、本発明に含まれる。
【実施例】
【0098】
以下本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により制限されるものではない。
【0099】
〔実施例1〕
ブタTubby遺伝子のエクソン部分の配列は、ヒトTubby遺伝子の塩基配列情報から複数プライマーを設計し、ブタcDNAライブラリーを用からPCR産物を得て、シーケンスを行い、ヒトTubby遺伝子の塩基配列情報と比較することにより求めた。なお、イントロン部分の配列はプライマーウォーキング法により求めた。
【0100】
Tubby遺伝子あるいはそのhomologが脂肪の蓄積に関与しているとの報告は、線虫をモデル動物として報告されており(Ho Yi Mak et al. Polygenic control of Caenorhabditis elegance fat strage. Nature Genetics 38:363-368. 2006.、Arnab Mukhopadhyray et al. An endocytic pathway as a target of tubby for regulation of fat strage. EUROPEAN MOLECULAR BIOLOGY ORGANIZATION reports 1-8. 31 Aug 2007 online.)、肥満や炭水化物の代謝に関与することはマウスをモデルとして報告されている(Hilde Stubdal et al. Targeted deletion of the tub mouse obesity gene reveals that tubby is a loss-of-function mutation. Melecular and Cellular Biology. 20-3:878-882. 2000.、Yn Wang et al. Defective carbohydrate metabolism in mice homozygous for the tubby mutation. Physiol Genomics 27:131-140. 2006.)。またヒトでは肥満がTubby遺伝子の変異と有意に関連しているとの報告がある(Roint Shiri-Sverdlov et al. Identification of TUB as a novel candidate gene influencing body weight in humans. DIABETES 55:385-389. 2006.)。
【0101】
しかし、これまでにブタのTubby遺伝子については前述のように塩基配列の報告もなく、従って発明者が認めたエクソン部分の多型に関する報告もなく遺伝子多型と筋肉中脂肪量との関係に関する報告もない。
【0102】
Tubby遺伝子の第5エクソンにはブタ個体間に1塩基の変異(AあるいはG)がありコードするアミノ酸も異なる(ATG=MetあるいはGTG=Val)こと(図1)を見いだした。
【0103】
なお、ブタTubby遺伝子の全体構造は明らかになっておらず、発明者のこれまでの解析からは、ヒトTubby遺伝子における第1エクソン部分がブタTubby遺伝子では欠損している可能性もある。本特許におけるブタTubby遺伝子第5エクソンとは、ヒトTubby遺伝子の第5エクソン(図3)に相当する部分であり、厳密には図2に示した塩基配列を持つTubby遺伝子の部分を指す。
【0104】
試料としたブタ肉は特定の品種のものではなく、ランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種の三元交雑により作られたコマーシャル豚からのものであり、本知見は豚の品種を問わない。試料とした筋肉中の脂肪量は2%〜12%に分布していた(図4)。Tubby遺伝子の第5エクソンの多型部分がA/A型、A/G型、G/G型であるブタ個体間で筋肉中脂肪含量は有意に(P<0.01)異なっており、A/A型の筋肉中脂肪含量は最も高いことを見いだした(表1)。
【0105】
【表1】

【0106】
脂肪含量が異なると目視でも認識できるロース肉試料の写真と遺伝子型、脂肪含量の関係を示した(図5)。脂肪含量が高いと目視された試料の遺伝子型はA/Aであり脂肪含量は6.95%であった。脂肪含量が低いと目視された試料の遺伝子型はA/Gであり脂肪含量は2.91%であった。
【産業上の利用可能性】
【0107】
食肉中の脂肪の量と質は食肉の味に関わる重要な要素であり、程度はあるが高脂肪肉は美味とされる。豚ロース肉では一般に4%程度の脂肪含量のものが多いが、育種・選抜により平均脂肪含量を1%程度引き上げることが重視されている。豊かな脂肪を持つ美味な豚肉を安定的に生産するため、あるいは要求が変化して低脂肪の豚肉が求められる場合でも、望ましい種豚個体を容易に選抜することができる簡易技術が求められていた。
【0108】
本発明の方法によって、望ましい種豚個体を容易に選抜することが可能となり、産業上の利用性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】ブタTubby遺伝子第5エクソンの塩基配列、および該塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を示す図である。
【図2】ブタTubby遺伝子の第4エクソン〜第6エクソンまでのゲノム上の塩基配列を示す図である。第4、第5イントロンを含んでいる。エクソン部分は下線で示した。四角で囲んだ文字で示された部分が第5エクソンの多型部分である。
【図3】ヒトTubby遺伝子第5エクソンの塩基配列、および該塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を示す図である。
【図4】豚筋肉中脂肪含量の度数分布を示す図である。
【図5】脂肪含量が異なると目視される豚ロース肉の写真である。Tubby遺伝子型と脂肪含量を右欄に示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法であって、ブタTubby遺伝子のエクソンの塩基配列を解析し、得られる解析結果とブタの筋肉中脂肪蓄積能力との関係を評価することを特徴とする方法。
【請求項2】
ブタTubby遺伝子の第5エクソン上の多型部位の遺伝子型を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法。
【請求項3】
ブタTubby遺伝子のエクソン上の多型部位であって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位の遺伝子型を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法。
【請求項4】
前記遺伝子型が、A/Aである場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力が高脂肪型であるものと判定し、G/Gである場合に筋肉中脂肪蓄積能力が低脂肪型であるものと判定する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
ブタTubby遺伝子によってコードされるタンパク質上の部位であって、配列番号:2に記載のアミノ酸配列の19番目のアミノ酸に相当する部位のアミノ酸種を決定することを特徴とする、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力を評価する方法。
【請求項6】
前記アミノ酸種が、メチオニンである場合に被検ブタの筋肉中脂肪蓄積能力が高脂肪型であるものと判定し、バリンである場合に筋肉中脂肪蓄積能力が低脂肪型であるものと判定する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記筋肉中脂肪蓄積能力が、目視による筋肉中への脂肪交雑程度評価により推定されるものである請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記筋肉中脂肪蓄積能力が、理化学分析による筋肉中脂肪量測定により推定されるものである請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
配列番号:1に記載の塩基配列の少なくとも15〜100の連続塩基からなるポリヌクレオチドであって、該配列番号:1の55番目の塩基に相当する多型部位を含みかつ、該多型部位における塩基種がAまたはGであるポリヌクレオチド、またはその相補鎖。
【請求項10】
ブタTubby遺伝子の全部もしくは一部の配列からなるDNAであって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位を含むDNAを増幅するためのプライマー。
【請求項11】
請求項9に記載のポリヌクレオチド、または請求項10に記載のプライマーを含んでなる、ブタの筋肉中脂肪蓄積能力の評価用試薬。
【請求項12】
ブタTubby遺伝子の全部もしくは一部の配列からなるDNAであって、配列番号:1に記載の塩基配列の55番目の塩基に相当する多型部位を含みかつ、該多型部位における塩基種がAまたはGであるDNAを含む遺伝マーカー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−213435(P2009−213435A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−62552(P2008−62552)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】