説明

部分アシル化リグニン、およびそれを用いたエポキシ樹脂組成物及びその製造方法

【課題】リグニンを硬化剤とするエポキシ樹脂組成物において、使用するリグニンのエポキシ樹脂に対する反応性を維持しつつ、その溶媒可溶性を高めることにより、穏和な条件において硬化することのできる、エポキシ樹脂組成物を提供する。
【解決手段】リグニン分子中に存在するアルコール性水酸基及びフェノール性水酸基のうちアルコール性水酸基のみをアシル化した溶剤可溶性リグニン誘導体。当該リグニン誘導体は、アルコール性水酸基が選択的にアシル化されたことにより溶剤可溶性が高まり、かつ、遊離のフェノール性水酸基を有するために、溶剤中で比較的穏和な条件下でエポキシ樹脂等の反応性成分と反応させることによって、各種の有用な樹脂を製造するための原料として用いることができる。さらに、製造された樹脂中のリグニン分子中のアルコール性水酸基がエステル基で保護されているため、得られる樹脂の耐熱性の向上が期待できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニン分子中に存在するアルコール性水酸基及びフェノール性水酸基のうちアルコール性水酸基のみをアシル化した溶剤可溶性リグニン誘導体、およびそれを硬化剤として用いたエポキシ樹脂組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェノール化合物とエポキシ樹脂の反応によってエポキシ樹脂硬化物が得られることが知られている。また、エポキシ樹脂組成物を製造する際に、石油由来のフェノール化合物ではなく、植物由来のリグニンを用いてエポキシ樹脂を製造することが最近報告された(非特許文献1)。
しかし、これにより得られるエポキシ樹脂硬化物は、吸水性が石油由来成分を利用したエポキシ樹脂硬化物と比べて若干高いことが指摘されており、硬化物分子中に存在するアルコール性水酸基の存在が一因となっていると推定される。また、リグニンは種々の溶媒に対する可溶性に乏しく、このことにより、エポキシ樹脂製造の条件が限られたものとなっていた。
【0003】
一方、アルコール性水酸基及びフェノール性水酸基を有する化合物において、これらの水酸基を選択的にエステル化することにより(非特許文献2)、また、これらの水酸基のエステルを選択的に分解することにより(非特許文献3)、アルコール性水酸基のみがエステル化された化合物を製造する方法が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】岡部義昭ら、「バイオマス由来エポキシ樹脂の銅板積層板への応用(2)」、高分子学会講演集、58,No.2,5433(2009)
【非特許文献2】E.Torregiani ert al, Tetraheadron Letters, 46(2005)2193-2196「アシルクロリド及び塩化チタン触媒による室温での水酸基の選択的エステル化法」
【非特許文献3】P.Mansson, Tetraheadron Letters, Vol.23,No.17,pp.1845-1846,1982「ピロリジンによるフェノール性水酸基エステルの選択的分解法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、リグニンを硬化剤とするエポキシ樹脂組成物において、使用するリグニンのエポキシ樹脂に対する反応性を維持しつつ、その溶媒可溶性を高めることにより、穏和な条件において硬化することのできる、リグニンを硬化剤とするエポキシ樹脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、リグニン分子中に存在するアルコール性水酸基及びフェノール性水酸基のうちアルコール性水酸基のみをアシル化した溶剤可溶性リグニン誘導体を提供し、当該部分アシル化リグニンをエポキシ樹脂の硬化剤として用いることにより、上記課題を解決した。
【0007】
リグニン分子中に存在するアルコール性水酸基及びフェノール性水酸基をエステル化やエーテル化によって誘導体に転換することによって、リグニンが種々の溶剤に可溶となることが、従来から知られている。
しかしながら、このようにして可溶化したリグニンをエポキシ樹脂の硬化に用いた例はない。
本発明者は、リグニン分子中に存在するアルコール性水酸基及びフェノール性水酸基のうち、アルコール性水酸基のみをアシル化することにより、溶媒中でエポキシ樹脂の硬化反応を行うのに充分な溶媒可溶性が得られ、かつ、当該硬化反応を比較的穏和な条件下で行うことができる反応性が維持されることを見出し、本発明を完成したものである。
【0008】
具体的には、本出願は、以下の発明を提供する。
〈1〉リグニン分子中のアルコール性水酸基を選択的にアシル化した可溶性リグニン誘導体。
〈2〉〈1〉の選択的アシル化リグニン誘導体からなる、エポキシ樹脂硬化剤。
〈3〉〈1〉の選択的アシル化リグニン誘導体を用いて、エポキシ樹脂を硬化させる方法。
〈4〉〈3〉の方法により硬化したエポキシ樹脂硬化物。
〈5〉〈1〉の選択的アシル化リグニン誘導体とエポキシ樹脂を含む、エポキシ樹脂組成物。
【0009】
本発明により、アルコール性水酸基をアシル化することによって、溶剤に可溶となるリグニンとしては、例えば、アルカリリグニン、クラフトリグニン、アシドリシスリグニン、加溶媒分解リグニン、蒸煮爆砕リグニン、糖化残渣リグニン、リグニンスルホン酸塩などが例示されるが、これに限られない。
【0010】
アルコール性水酸基のみをアシル化した溶剤可溶性リグニン誘導体は、完全アシル化したリグニンにおいて選択的にフェノール性水酸基のエステルを分解するか、リグニン原試料のアルコール性水酸基を選択的アシル化すること(化学的方法あるいはリパーゼ等を用いる生化学的方法)によって製造できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアルコール性水酸基が選択的にアシル化されたリグニン誘導体は、溶剤可溶性が高まり、かつ、遊離のフェノール性水酸基を有するために、溶剤中で比較的穏和な条件下でエポキシ樹脂等の反応性成分と反応させることによって、各種の有用な樹脂を製造するための原料として用いることができる。さらに、製造された樹脂中のリグニン分子中のアルコール性水酸基がエステル基で保護されているため、得られる樹脂の耐熱性の向上が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0012】
以下の実施例を用いて、本発明を、更に詳細に説明する。
【0013】
実施例1
完全アセチル化したアルカリリグニン10重量部を乾燥ジオキサン50重量部に溶解し、10重量部のピロリジンを加えて室温で2時間撹拌した。反応混合物を0.1MHCl溶液1000mLに撹拌しながら注ぎ、沈殿物を得た。沈殿物をろ別し、ろ液が中性になるまで水洗した。沈殿物を風乾したのち、70℃で真空乾燥した。試料のFTIRスペクトルには、1730cm−1のアルコール性水酸基の酢酸エステルに由来するピークのみが観察され、1760cm−1のフェノール性水酸基の酢酸エステルに由来するピークは認められなかった。表1に試料の溶剤への溶解性を示す。
【0014】
【表1】

【0015】
実施例2
アシドリシスリグニン10重量部を乾燥ジオキサン30重量部に分散させて、無水酢酸7重量部及び四オクタン酸チタン0.1重量部を加えて50℃で1時間加熱撹拌した。得られた反応溶液を1000mLの水に撹拌しながら注ぎ、沈殿物を得た。沈殿物をろ別し、ろ液が中性になるまで水洗した。沈殿物を風乾したのち、70℃で真空乾燥した。試料のFTIRスペクトルには、1730cm−1のアルコール性水酸基の酢酸エステルに由来するピークのみが観察され、1760cm−1のフェノール性水酸基の酢酸エステルに由来するピークは認められなかった。
表2に部分アセチル化アシドリシスリグニンの溶剤への溶解性の例を示す。
【0016】
【表2】

【0017】
実施例3
実施例1で得られた選択的アシル化リグニン誘導体1部とノボラック系フェノール樹脂ポリグリシジルエーテル(分子量570)0.7部及びイミダゾール系促進剤0.01部をテトラヒドロフランに溶解し、得られた溶液をシャーレにキャストし、これをデシケーター中に静置してテトラヒドロフランを蒸発除去した。得られた試料を、180℃で2時間加熱してエポキシ樹脂硬化物を得た。得られた試料のFTIRスペクトルには、エポキシ基に帰属される970cm−1のピークは認められなかった。また、水酸基に帰属されるピークは硬化前後で3315cm−1から3420cm−1に移動した。昇温速度10℃/minで行った、示差走査熱量測定(DSC)によって求めたエポキシ樹脂硬化物のガラス転移温度は159.0℃であった。また、窒素気流中で、昇温速度10℃/minで行った、熱重量測定(TG)によって求めた熱分解温度は、274.1℃(重量減少率1%)及び304.7℃(重量減少率5%)であった。また、KCl飽和水溶液で調湿したデシケーター中に試料を重量が恒値となるまで20℃で静置して、測定した吸水率は1.1%であった。
このことから、実施例1の方法により得られた選択的アシル化リグニン誘導体が、エポキシ化合物と充分に反応し得る可溶性を有し、これを用いることにより、比較的穏和な条件でエポキシ樹脂組成物の十分な硬化がなされたことが確認できる。また、得られたエポキシ樹脂組成物中のリグニンに由来するアルコール性水酸基がアシル化されていることに起因してエポキシ樹脂組成物の耐熱性が向上する。
【0018】
実施例4
実施例2で得られた選択的アシル化リグニン誘導体1部とビスフェノールAジグリシジルエーテル0.7部及びイミダゾール系促進剤0.01部をテトラヒドロフランに溶解し、得られた溶液をシャーレにキャストし、これをデシケーター中に静置してテトラヒドロフランを蒸発除去した。得られた試料を、180℃で2時間加熱してエポキシ樹脂硬化物を得た。得られた試料のFTIRスペクトルには、エポキシ基に帰属される970cm−1のピークは認められなかった。また、水酸基に帰属されるピークは硬化前後で3458cm−1から3384cm−1に移動した。昇温速度10℃/minで行った、示差走査熱量測定(DSC)によって求めたエポキシ樹脂硬化物のガラス転移温度は163.2℃であった。また、窒素気流中で、昇温速度10℃/minで行った、熱重量測定(TG)によって求めた熱分解温度は、291.2℃(重量減少率1%)及び330.8℃(重量減少率5%)であった。また、KCl飽和水溶液で調湿したデシケーター中に試料を重量が恒値となるまで20℃で静置して、測定した吸水率は1.0%であった。
このことから、実施例2の方法により得られた選択的アシル化リグニン誘導体についても、エポキシ化合物と充分に反応し得る可溶性を有し、これを用いることにより、比較的穏和な条件でエポキシ樹脂組成物の十分な硬化がなされたことが確認できる。また、得られたエポキシ樹脂組成物中のリグニンに由来するアルコール性水酸基がアシル化されていることに起因してエポキシ樹脂組成物の耐熱性が向上する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン分子中のアルコール性水酸基を選択的にアシル化した可溶性リグニン誘導体。
【請求項2】
請求項1に記載の選択的アシル化リグニン誘導体からなる、エポキシ樹脂硬化剤。
【請求項3】
請求項1に記載の選択的アシル化リグニン誘導体を用いて、エポキシ樹脂を硬化させる方法。
【請求項4】
請求項3の方法により硬化したエポキシ樹脂硬化物。
【請求項5】
請求項1の選択的アシル化リグニン誘導体とエポキシ樹脂を含む、エポキシ樹脂組成物。

【公開番号】特開2011−246630(P2011−246630A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122183(P2010−122183)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】