説明

酢酸マグネシウム・ナトリウム複塩および凍結防止剤

【課題】
凍結防止剤として新規な化合物または組成物と、その好適な製造方法を提供すること。
【解決手段】
次式であらわされる酢酸マグネシウム・ナトリウム複塩
Mg2Na(CH3COO)5
この複塩を、またはそれと酢酸ナトリウムまたは酢酸マグネシウムとの混合物を有効成分とする凍結防止剤の製造は、下記の諸工程からなる。
(A)酢酸水溶液に、その中の酢酸の0.17〜0.62当量に相当する量の水酸化ナトリウムを加えて、酢酸ナトリウムを含有する酢酸水溶液とする工程、
(B)工程Aからの水溶液に、当初の酢酸の残りに対して当量の酸化マグネシウムを加え、撹拌して反応させる工程、および
(C)工程Bの反応混合物を含むペースト状物から、凍結防止剤粒子を造粒する工程。

【発明の詳細な説明】
【利用分野】
【0001】
本発明は、新規なマグネシウム・ナトリウム複塩と、その製造方法に関する。本発明はまた、酢酸ナトリウムと酢酸マグネシウムとの特定の割合の混合物、上記の複塩、またはこの複塩と酢酸ナトリウムまたは酢酸マグネシウムとの混合物を有効成分として利用した凍結防止剤と、その製造方法にも関する。
【0002】
この明細書で「凍結防止剤」とは、寒冷地で道路・橋梁に積った雪や氷を融解して流れ去らせ、または雪や氷が凍結することを防止するために使用する薬剤を意味する。
【背景技術】
【0003】
道路などの凍結防止のため、従来は塩化ナトリウムや塩化カルシウムが使用されたが、塩害が問題とされるようになったので、それらに代えて酢酸カルシウム・マグネシウム(「CMA」と略称する)が使用されるようになった。CMAは、凍結防止効果は塩化物に及ばないが、環境において生化学的に分解されるので、塩害が生じないという利点がある。CMAには、CA(酢酸カルシウム)3モルとMA(酢酸マグネシウム)7モルとが結合した複塩が存在することが知られている。
【0004】
一方、酢酸カリウム(以下、「PA」と略称する)も凍結防止剤として使用されている。単位重量あたりの融解熱はアルカリ金属酢酸塩の方がアルカリ土類金属酢酸塩より高いから、PAはより高性能の凍結防止剤ということができるが、価格も高いため、それを正当化し得る、空港その他の限られた分野でしか使用されていない。そこで、CMAとPAとを併用することが提案された(特許文献1)。代表的なCMA+PA(以下、これを上記アメリカ特許の記載にならって、「CMAK」と略記する)の組成は、C/M=3/7のCMA75重量%とPA25重量%とからなる。
【0005】
出願人は、共同開発者とともに、国内に比較的豊富に産出するドロマイトを利用して凍結防止剤を製造することを企てて研究した結果、CA,MAおよびPAが三元複塩を形成すること、およびその三元複塩がCMAおよびPAの両者の長所をあわせた凍結防止剤として有用であることを見出して、すでに開示した(特許文献2)。
【0006】
尿素(「U」と略記する)もまた、凍結防止剤として有用であることが知られている。出願人は、CA、MA、CMAおよびCMPAからなる酢酸塩グループの少なくとも1種に尿素(「U」と略記する)を加えた系が、凍結防止剤として相乗効果を有することを見出し、これもすでに開示した(特許文献3)。この凍結防止剤は、酢酸塩だけの凍結防止剤より水溶液の電導度が低いため、鉄道や空港の施設のように、融解後に水溶液が入り込むと電気系統に影響があり支障を生じることのある場所に好適であり、コストが安いという利点がある。
【特許文献1】アメリカ特許第5219483号
【特許文献2】特許第2790082号
【特許文献3】特許第3097629号
【0007】
さらに出願人は凍結防止剤の研究を続け、P成分を含む系において、原料として、より安価なナトリウム(「S」と略記する)でPを置き換える可能性と、比較的安価に入手できるようになったM成分との組み合わせとを検討した。その結果、酢酸ナトリウム(「SA」と略記する)とMAとのある範囲内の混合物が凍結防止剤として有用であること、さらに、SAとMAとがモル比2:1の複塩、すなわちMg2Na(CH3COO)5を形成すること、この物質が新規化合物であること、そしてこれが凍結防止剤として高い性能を示すことを見出した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上記したところから明らかなように、新規な酢酸ナトリウム・マグネシウム複塩とその製造方法を提供すること、ならびに、凍結防止剤として新規な化合物または組成物と、その好適な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の酢酸マグネシウム・ナトリウム複塩は、次式であらわされる。
Mg2Na(CH3COO)5
以下、これを「MSA」と略称する。この物質は文献未記載の新規化合物であって、固有のX線回折チャートを示す。その物性は、つぎのとおりである。
分子量(質量数):366.82
融 点:280.4℃
密 度:1.50g/cm3
結晶水:なし
【0010】
この複塩MSAを製造する本発明の方法は、下記の諸工程からなる。
(a)酢酸水溶液に、その中の酢酸の1/5当量に相当する量の水酸化ナトリウムの水酸化物、炭酸塩または炭酸水素塩を加えて、酢酸ナトリウムを含有する酢酸水溶液とすること、
(b)工程aからの水溶液に、当初の酢酸の4/5当量に相当する量のマグネシウムの酸化物、水酸化物または炭酸塩を加え、酢酸ナトリウムと酢酸マグネシウムとの1:2の混合溶液とすること、および
(c)工程bで得た混合水溶液から、Mg2Na(CH3COO)5を取得すること。
【0011】
本発明の凍結防止剤は、SAすなわちCH3COONaとMAすなわちMg(CH3COO)2とを、モル比1:0.62〜5.0の範囲で含有するSA−MA混合物、上記の複塩MSA、またはこの複塩とSAもしくはMAとの混合物を有効成分とする。
【0012】
この凍結防止剤粒子を製造する本発明の方法は、下記の諸工程からなる。
(A)酢酸水溶液に、その中の酢酸の0.17〜0.62当量に相当する量の水酸化ナトリウムを加えて、酢酸ナトリウムを含有する酢酸水溶液とする工程、
(B)工程Aからの水溶液に、当初の酢酸の残りに対して当量の酸化マグネシウムを加え、撹拌して反応させる工程、および
(C)工程Bの反応混合物を含むペースト状物から、凍結防止剤粒子を造粒する工程。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、MSA複塩である新規化合物Mg2Na(CH3COO)5が提供された。この複塩は、凍結防止剤として有用であり、二成分の配合という工程を必要とすることなく、そのまま使用できる。
【0014】
さらに本発明により、この複塩のほかにも、特定の割合のSA−MA混合物、新規な複塩MSA、およびこの複塩とSAまたはMAとの混合物である凍結防止剤が提供された。これらの凍結防止剤は、その効果が既知のCMPAよりも高い。
【0015】
本発明の凍結防止剤の製造は、常用の反応装置で行なうことができ、用途に応じて球状の粒でも角ばった粒でも提供することができる。マグネシウム源として、近年では比較的廉価な天然の酸化マグネシウムが入手できるようになったし、ナトリウム化合物ははカリウム化合物より安価であるから、本発明の凍結防止剤は低コストで製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
凍結防止剤を構成するSAおよびMAは、前記のように、両者のモル比をSA:MA=1:0.62〜5.0の範囲内に選ぶことにより、二成分の相乗効果が得られる。モル比がちょうど1:2で複塩を形成したものが、本発明のSMA複塩であって、これは同じモル比の単なる混合物よりも、凍結防止剤としての効果が大きい。複塩を形成したことにより、エネルギーレベルがそれぞれの単塩の平均よりも低くなっており、融解熱が増大しているからである。
【0017】
以上の説明からも理解されるように、本発明の凍結防止剤には、つぎの5種の態様があり得るが、
1)SA+MA(単塩の混合物)
2)SMA(複塩)
3)SMA+SA(複塩と単塩の一方との混合物)
4)SMA+MA(複塩と単塩の一方との混合物)
5)SMA+SA+MA(複塩と単塩の両方との混合物)
いずれにしても、混合物全体に関して、上記のモル比に関する条件が満たされていることが必要である。同じモル比であれば、なるべく多くの複塩を含有するものが好ましい。
【0018】
凍結防止剤の製造には、さまざまな装置や方法が使用できる。上記の工程Cにおける造粒は、工程Bを、反応混合機を用いて実施し、得られたペースト状物を、回転造粒機により粒子とすることが便宜であるが、押出し機からストランドとして押し出し、それをカットしてペレット状にすることもできる。あるいは、上記のペーストを、内部に熱媒体を通した加熱ドラムの上に流下させて乾燥し、かき取って粉末を得、その粉末を、ロールで圧縮してブリケット化することもできる。常用の散布機で散布するには、サイズが2〜5mm、平均4mm程度の粒子であって、カサ比重を大きくしたものが好適である。
【実施例1】
【0019】
濃度99%の酢酸水溶液970gに、濃度48%の水酸化ナトリウム水溶液を266g(酢酸に対して0.2当量)を加え、撹拌して中和させることにより、酢酸と酢酸ナトリウムとの混合水溶液とした。この混合水溶液に、酸化マグネシウム258g(残った酢酸に対して当量)を、撹拌しながら添加した。反応生成物の溶液を加熱して蒸発乾固させ、さらに200℃まで加熱して得られた固体を、X線回折にかけた。
【0020】
この、MSAと思われる物質(「試作品1」とする)についての回折チャートを、図1に示す。比較のため、原料として用いたSAの回折チャートを図2に、試薬のMAの回折チャートを図3に、また、SAとMAとの1:2混合物の回折チャートを図4に、それぞれ示した。図1のチャートは、図4のチャートとはピークが異なり、明らかに異種の物質が生成したことを示している。図1のピークは、既知の物質のそれには該当せず、この物質が新規化合物であることを示している。
【実施例2】
【0021】
下記の試験法に従って、上で得た試作品1の融氷能力を測定した。
(融氷能力の測定法)
直径9cm×深さ2cmのシャーレに水60gを入れ、−5℃または−10℃に冷却して凍結させた後、試料の5gを氷上に散布し、−5℃の雰囲気中に放置して、30分、60分、1時間30分、2時間、3時間および4時間後の融氷量を測定する。
【0022】
融氷試験の結果を、比較のため同じ条件で試験した、在来の凍結防止剤CMAおよび既知のそれCMPA(特許文献2)の測定結果と比較して、図5のグラフに示す。図5のデータから、本発明の復塩が示す単位重量当たりの凍結防止効果が、これまでのものより高いことがわかる。
【実施例3】
【0023】
試作品1すなわち本発明の復塩Mg2Na(CHOO)5の融氷能力を、それを構成する単塩であるCH3COONaとMg(CH3COO)2との等モル混合物の融氷能力と比較した。結果は図6のグラフに示すとおりであって、このデータから、本発明の複塩が示す単位重量あたりの凍結防止効果が、構成する単塩の混合物のそれよりも高いことがわかる。
【実施例4】
【0024】
実施例1において、酢酸水溶液中の酢酸に対する水酸化ナトリウムの量が0.333当量または0.5当量となるように水酸化ナトリウム水溶液を加え、撹拌して中和させることにより、酢酸と酢酸ナトリウムとの混合水溶液を用意した。そこへ、残りの酢酸を中和する量の水酸化マグネシウムを加え、撹拌しながら添加した。反応生成物の溶液を加熱して蒸発乾固させ、下記の2種の塩混合物を試作した。
「試作品2」SA:MA=1:1(SMAとSAとの混合物)
「試作品3」SA:MA=2:1(SMAとMAとの混合物)
【0025】
前記の試作品1と、これら試作品2および3とについて、融氷能力を測定した。その結果、試作品1および2が、試作品3よりも若干高い、ほぼ同等の融氷能力を有することがわかった。
【実施例5】
【0026】
実施例1で使用したものと同じ濃度99%の酢酸水溶液970gに、その中の酢酸に対して、0.17、0.33、0.50、0.58または0.62当量に相当する量の水酸化ナトリウムを加えて、SAを含有する5種類の酢酸水溶液を用意した。これらの酢酸水溶液に、その中に残った酢酸の当量に相当する水酸化マグネシウムを、撹拌しながら添加した。
【0027】
生成した反応混合物の溶液を、内部に熱媒体を通して表面で加熱できるようにしたロール上に流下させ、乾燥して固体となったものをかき取って破砕し、ふるい分けて2〜5mmのサイズを集め、粉末状の凍結防止剤を得た。得られた凍結防止剤粉末中の、SA,MAおよびMSAの割合(モル%)は、それぞれ下記の表1に示すとおりである。試料No.4についてX線回折分析を行なった結果は、原料中の不純物に起因する若干の小ピークの存在が認められたほかは、図1に示すチャートと実質上同じものであった。
【0028】
【表1】

【0029】
これらの凍結防止剤について融氷能力を測定して、図7のグラフを得た。このグラフの、たとえば3時間後の融氷能力と凍結防止剤中のSA:MAの値との関係をみると、つぎのようになり、
MA:SAの比 5.0 3.0 2.0 1.0 0.71 0.62 0.50
融氷量(g) 29.7 31.7 33.9 34.8 34.9 36.0 24.6
この結果から、凍結防止剤としての相乗効果を明確に得るためには、前記したMA:Mgのモル比を1:0.62〜5.0の範囲内に選べばよいことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の新規化合物である酢酸マグネシウム・ナトリウム複塩(MSA)のX線回折チャート。
【図2】酢酸マグネシウム(MA)のX線回折チャート。
【図3】酢酸ナトリウム(SA)のX線回折チャート。
【図4】酢酸マグネシウム(MA)と酢酸ナトリウム(SA)との2:1混合物のX線回折チャート。
【図5】本発明の複塩MSAを凍結防止剤として使用したときの、融氷能力を既知の凍結防止剤と比較したデータであって、−5℃において生じた融氷量の時間変化を示すグラフ。
【図6】本発明の複塩MSAからなる凍結防止剤の融氷能力を、(MA+SA)単塩混合物のそれと比較したデータであって、−5℃において生じた融氷量の時間変化を示すグラフ。
【図7】本発明の凍結防止剤の若干の例について、それらの融氷能力を比較したデータであって、−5℃において生じた融氷量の時間変化を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式Mg2Na(CH3COO)5であらわされる複塩。
【請求項2】
請求項1の複塩を製造する方法であって、下記の諸工程からなる製造方法。
(a)酢酸水溶液に、その中の酢酸の1/5当量に相当する量の水酸化ナトリウムを加えて、酢酸ナトリウムを含有する酢酸水溶液とすること、
(b)工程aからの水溶液に、当初の酢酸の4/5当量に相当する量のマグネシウムの酸化物または水酸化物を加え、酢酸ナトリウムと酢酸マグネシウムとの1:2の混合溶液とすること、および
(c)工程bで得た混合水溶液から、Mg2Na(CH3COO)5を取得すること。
【請求項3】
CH3COONaとMg(CH3COO)2とを、モル比1:0.62〜5.0の範囲で含有する酢酸塩混合物、Mg2Na(CH3COO)5であらわされる複塩、またはその複塩と酢酸ナトリウムもしくは酢酸マグネシウムとの混合物を有効成分とする凍結防止剤。
【請求項4】
請求項3に記載した凍結防止剤を機械散布に適した粒子に造粒した凍結防止剤粒子。
【請求項5】
請求項4に記載した凍結防止剤粒子を製造する方法であって、下記の諸工程からなる製造方法。
(A)酢酸水溶液に、その中の酢酸の0.17〜0.62当量に相当する量の水酸化ナトリウムを加えて、酢酸ナトリウムを含有する酢酸水溶液とする工程、
(B)工程Aからの水溶液に、当初の酢酸の残りに対して当量の酸化マグネシウムを加え、撹拌して反応させる工程、および
(C)工程Bの反応混合物を含むペースト状物から、凍結防止剤粒子を造粒する工程。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−8535(P2006−8535A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−184102(P2004−184102)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【出願人】(594130662)米山化学工業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】