説明

酵母変異株

【課題】不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産し、培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加したときの生育が良好である酵母変異株を提供する。
【解決手段】不飽和脂肪酸化合物(例えば、トランス−2−デセン酸)を、不飽和脂肪酸誘導体(例えば10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸)に変換する能力を有し、カンジダ・マルトーサに属する酵母変異株であって、未変異の親株よりも低いエステラーゼ活性を有し、かつ前記未変異の親株よりも不飽和脂肪酸誘導体の高い生産性を有することを特徴とする酵母変異株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母変異株に関する。さらに詳しくは、例えば、不飽和脂肪酸化合物からヒドロキシ不飽和脂肪酸、オキソ不飽和脂肪酸などの所望の不飽和脂肪酸誘導体を得るのに有用な酵母変異株に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシ不飽和脂肪酸、オキソ不飽和脂肪酸などの不飽和脂肪酸誘導体は、抗菌作用、抗アレルギー作用などの生理活性を示すことが知られている。
【0003】
しかしながら、前記不飽和脂肪酸誘導体は、その種類によっては動物や植物にごく微量でしか含まれないため、一般に、前記不飽和脂肪酸誘導体を動物や植物から大量に取得することが困難であると考えられている。また、動物や植物における前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能は、不飽和脂肪酸誘導体の種類によっては低いため、前記不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産し、安定的に供給することが困難であると考えられている。一方、前記不飽和脂肪酸誘導体を化学的に合成する方法が考えられるが、この方法には、通常、煩雑な工程を必要とし、生産効率が低いという欠点がある。
【0004】
そこで、自然界より単離されたカンジダ(Candida)属またはヤロワイア(Yallowia)属の微生物を用いて不飽和脂肪酸誘導体を生産する方法が、本発明者らによって提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、前記方法に用いられる微生物は、培養物中の不飽和脂肪酸誘導体の量の増加に伴い、その生育が抑制されるおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−136488号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産し、培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても良好に生育する酵母変異株を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
(1)一般式(I):
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、R1は水素原子または炭素数1〜4のアルキル基、R2は炭素数2〜15のアルキル基を示す)
で表される不飽和脂肪酸化合物を、一般式(II):
【0011】
【化2】

【0012】
(式中、R1は前記と同じ。R3はヒドロキシル基を有する炭素数2〜15のアルキル基またはケトン基を有する炭素数2〜15のアルキル基を示す)
で表される不飽和脂肪酸誘導体に変換する能力を有し、カンジダ マルトーサに属する酵母変異株であって、
未変異の親株よりも低いエステラーゼ活性を有し、かつ前記未変異の親株よりも一般式(II)に示される不飽和脂肪酸誘導体の生産性が高い酵母変異株、
(2)前記未変異の親株がカンジダ マルトーザ(Candida maltosa) KU83(受託番号:NITE P-266)である前記(1)に記載の酵母変異株、および
(3)前記酵母変異株が、カンジダ マルトーザ(Candida maltosa) KU83−26(受領番号:NITE AP−855)である前記(1)または(2)に記載の酵母変異株
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の酵母変異株は、不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産し、培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても良好に生育するという優れた効果が奏される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例3において、培養物の培養上清中におけるトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の各濃度の経時的変化を示すグラフである。
【図2】比較例1において、培養物の培養上清中におけるトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の各濃度の経時的変化を示すグラフである。
【図3】実施例4で得られたカンジダ マルトーザ KU83−26の培養上清のHPLCのクロマトグラムである。
【図4】試験例1において、培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量の経時的変化を示すグラフである。
【図5】実施例6において、培養物1Lあたりのトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量の経時的変化を示すグラフである。
【図6】比較例3において、培養物1Lあたりのトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量の経時的変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の酵母変異株は、一般式(I):
【0016】
【化3】

【0017】
(式中、R1は水素原子または炭素数1〜4のアルキル基、R2は炭素数2〜15のアルキル基を示す)
で表される不飽和脂肪酸化合物(以下、単に「不飽和脂肪酸化合物」という)を、一般式(II):
【0018】
【化4】

【0019】
(式中、R1は前記と同じ。R3はヒドロキシル基を有する炭素数2〜15のアルキル基またはケトン基を有する炭素数2〜15のアルキル基を示す)
で表される不飽和脂肪酸誘導体(以下、単に「不飽和脂肪酸誘導体」という)に変換する能力を有し、カンジダ マルトーザに属する酵母変異株であり、
未変異の親株よりも低いエステラーゼ活性を有し、かつ前記未変異の親株よりも一般式(II)に示される不飽和脂肪酸誘導体の生産性が高いことを特徴とする。
【0020】
本発明者らは、カンジダ マルトーザに変異処理を施し、当該カンジダ マルトーザのエステラーゼの活性を未変異の親株よりも低減させるか、または前記エステラーゼを欠損させたところ、前記不飽和脂肪酸誘導体の1つである10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の生産能が前記未変異の親株よりも著しく向上することを見出した。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0021】
本発明の酵母変異株は、未変異の親株と比べてエステラーゼ産生能が低く、前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能が高いので、前記不飽和脂肪酸誘導体を工業的に大量に生産するという優れた効果を奏する。しかも、本発明の酵母変異株は、培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても生育が良好であるという優れた効果を奏する。
【0022】
一般式(I)において、R1は、水素原子または炭素数1〜4のアルキル基である。このアルキル基の炭素数は、前記酵母変異株による基質特異性の観点から、1以上、好ましくは2以上であり、工業的生産性の観点から、4以下、好ましくは3以下である。炭素数1〜4のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基およびブチル基が挙げられる。
【0023】
一般式(I)において、R2は、炭素数2〜15のアルキル基である。このアルキル基の炭素数は、前記酵母変異株による基質特異性の観点から、2以上、好ましくは3以上であり、工業的生産性の観点から、15以下、好ましくは9以下である。炭素数2〜15のアルキル基としては、例えば、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基などに代表される炭素数2〜15の直鎖アルキル基、イソプロピル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基などに代表される分岐鎖を有する炭素数2〜15のアルキル基などが挙げられる。R2のなかでは、前記酵母変異株による基質特異性の観点から、ヘキシル基が好ましい。
【0024】
一般式(II)において、R1は、一般式(I)におけるR1と同じである。また、R3は、一般式(I)におけるR2がヒドロキシル化またはケトン化された基であり、より具体的には、ヒドロキシル基を有する炭素数2〜15のアルキル基またはケトン基を有する炭素数2〜15のアルキル基である。R3の炭素数は、前記酵母変異株による基質特異性の観点から、2以上、好ましくは3以上であり、工業的生産性の観点から、15以下、好ましくは9以下である。R3の具体例としては、1−ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、3−ヒドロキシプロピル基、3−ヒドロキシブチル基、4−ヒドロキシブチル基、4−ヒドロキシペンチル基、5−ヒドロキシペンチル基、5−ヒドロキシヘキシル基、6−ヒドロキシヘキシル基、6−ヒドロキシヘプチル基、7−ヒドロキシヘプチル基、7−ヒドロキシオクチル基、8−ヒドロキシオクチル基などに代表される炭素数2〜15のヒドロキシアルキル基;2−プロパノニル基、3−ブタノニル基、4−ペンタノニル基、5−ヘキサノニル基などに代表される炭素数2〜15のケトン基含有アルキル基などが挙げられる。R3のなかでは、前記酵母変異株による基質特異性の観点から、5−ヘキサノニル基が好ましい。
【0025】
前記未変異の親株としては、カンジダ マルトーザに属し、前記不飽和脂肪酸化合物を前記不飽和脂肪酸誘導体に変換する能力を有し、かつ自然界から単離された微生物が挙げられる。前記未変異の親株は、カンジダ マルトーザに属に属する微生物のなかでは、前記不飽和脂肪酸化合物を前記不飽和脂肪酸誘導体に変換する能力が比較的高いことから、好ましくはカンジダ マルトーザ KU83株〔Candida maltosa KU83と命名・表示され、受託日:2006年10月4日、受託番号:NITE P-266として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(郵便番号:292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託されている〕である。
【0026】
本発明の酵母変異株は、
(a)球形または短卵形の形態を有し、偽菌糸を形成している、
(b)(3.6〜7.2μm)・(3.6〜7.9μm)の大きさを有する、
(c)25℃で1ヵ月間培養した場合、クリーム色を呈し、円滑な外観を有し、偽菌糸の周縁部にシワを有するコロニーを形成する、
(d)グルコース、シュクロースおよびトレハロースをそれぞれ発酵する、
(e)ガラクトース、シュクロース、マルトース、トレハロース、メレジトース、D−キシロース、D−マンニトール、D−グルシトール、サリシンおよびコハク酸をそれぞれ資化する、
(f)Q9のキノンを有する、
(g)35.6〜36.8mol%のG+C含量を有する
という、カンジダ マルトーザに属する微生物に共通する微生物学的性質を有する。
【0027】
本発明の酵母変異株は、不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産し、培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても生育が良好であることから、カンジダ マルトーザ(Candida maltosa) KU83−26〔Candida maltosa KU83−26と命名・表示され、受託日:2009年12月24日、受領番号:NITE AP-855として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(郵便番号:292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託されている〕が好ましい。
【0028】
本発明の酵母変異株であるカンジダ マルトーザ KU83−26は、
(A)エステラーゼ活性が、カンジダ マルトーザ KU83のエステラーゼ活性と比べて低い(0.9倍以下、好ましくは0.85倍以下)、
(B)前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能が、カンジダ マルトーザ KU83の前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能と比べて高い(少なくとも1.1倍、好ましくは1.2倍以上、より好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは1.8倍以上、特に好ましくは2倍以上)、
(C)カンジダ マルトーザ KU83が、D−アラビトール、D−アドニトール、D−フルクトースを資化するのに対し、D−アラビトール、D−アドニトール、D−フルクトースを資化しない、
(D)カンジダ マルトーザ KU83が、アルブチンを分解するのに対し、D−アラビトール、D−アドニトール、D−フルクトース、アルブチンを分解しない、
(E)カンジダ マルトーザ KU83が、グリコーゲンを資化しないのに対して、グリコーゲンを資化する、
(F)D−マンニトール、D−ソルビトールおよびD−シュクロースそれぞれの資化速度が、カンジダ マルトーザ KU83によるD−マンニトール、D−ソルビトールおよびD−シュクロースそれぞれの資化速度と比べて遅い、
(G)ガラクトースの資化速度が、カンジダ マルトーザ KU83によるガラクトースの資化速度よりも速い、
(H)カンジダ マルトーザ KU83では、トランス−2−デセン二酸エチルエステルを生産しないのに対し、トランス−2−デセン二酸エチルエステルを生産する
という点で、カンジダ マルトーザ KU83株とは大きく異なる性質を有する。
【0029】
本発明の酵母変異株は、例えば、前記未変異の親株に変異処理を施し、変異処理株を得、得られた変異処理株のうち、未変異の親株と比べてエステラーゼ産生能が低く、前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能が高い変異処理株を選別することにより作製することができる。
【0030】
前記変異処理としては、特に限定されないが、例えば、前記未変異の親株に変異原物質を曝露すること、前記未変異の親株に対して紫外線または放射線を照射することなどが挙げられる。前記変異原物質としては、例えば、エチルメタンスルフォン酸、ニトロソグアニジンなどが挙げられる。
【0031】
未変異の親株と比べてエステラーゼ産生能が低いことは、例えば、酪酸p-ニトロフェニルを基質として用い、本発明の酵母変異株に含まれるエステラーゼにより、クエン酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)中、28℃の条件下で前記基質中のエステル結合が切断されることにより10分間に生じるp-ニトロフェノールの量Aと、同条件下で、前記未変異の親株に含まれるエステラーゼにより前記基質中のエステル結合が切断されることにより10分間に生じるp-ニトロフェノールの量Bとを比較することによって確認することができる。このとき、前記p-ニトロフェノールの量Bと比べて前記p-ニトロフェノールの量Aが少ないことが、未変異の親株と比べて本発明の酵母変異株が低いエステラーゼ活性を有することの判断基準となる。本発明の酵母変異株のエステラーゼ活性は、1分間に1μmolのp−ニトロフェノールを生成するのに要するエステラーゼの量を当該エステラーゼ活性の1単位として換算すると、未変異の親株のエステラーゼ活性に対して、0.85倍以下である。
【0032】
また、本発明の酵母変異株が未変異の親株と比べて前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能が高いことは、例えば、
(1)トランス−2−デセン酸を含有する液体培地中で本発明の酵母変異株を培養するステップ、
(2)前記ステップ(1)で得られた培養物から酵母変異株の細胞を除去して培養上清を得るステップ、および
(3)前記ステップ(2)で得られた培養上清中における10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量(以下、「生産量A」という)を測定するステップ、
(4)前記ステップ(3)で測定された生産量Aと、前記(1)〜(3)と同様の条件で測定された前記未変異の親株による10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の生産量(以下、「生産量B」という)とを比較するステップ
を行なうことなどにより確認することができる。
【0033】
前記ステップ(1)において、本発明の酵母変異株の培養は、当該酵母変異株の生育状態を良好に維持する観点から、好ましくは20〜37℃、より好ましくは22〜30℃、さらに好ましくは26〜29℃の培養温度で、24〜60時間の培養時間で行なうことができる。
【0034】
前記ステップ(1)で用いられるトランス−2−デセン酸を含有する液体培地としては、特に限定されないが、例えば、イーストアンドモールド(YM)培地、LM培地、ポテトデキストロース(PD)培地、サブロー培地、ツァペック酵母エキス培地、ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト・ブロス(SCD)培地、半合成培地などの培地にトランス−2−デセン酸を添加して得られた培地などが挙げられる。
【0035】
トランス−2−デセン酸を含有する液体培地としては、特に限定されないが、例えば、トランス−2−デセン酸とグルコースとKH2PO4とNa2HPO4と酵母エキスとを含有し、さらに任意にポリペプトン、尿素、MnCl2・4H2O、FeSO4・7H2O、ZnSO4・7H2Oなどを含有する培地などが挙げられる。
【0036】
トランス−2−デセン酸を含有する液体培地としては、特に限定されないが、例えば、トランス−2−デセン酸0.1質量%とグルコース3.0質量%とKH2PO4 0.2質量%とNa2HPO4 0.35質量%とMgSO4・7H2O 0.05質量%と酵母エキス0.025質量%とポリペプトン0.025質量%と尿素0.3質量%とMnCl2・4H2O 0.002質量%とFeSO4・7H2O 0.002質量%とZnSO4・7H2O 0.002質量%とを含有する培地(pH6.9)、イーストアンドモールド(YM)培地〔組成:酵母エキス0.3質量%、麦芽エキス0.3質量%、ポリペプトン0.5質量%、グルコース1.0質量%、蒸留水(残部)〕を基本培地とし、かつトランス−2−デセン酸0.1質量%を含有する培地などが挙げられる。
【0037】
前記ステップ(2)において、培養上清は、前記ステップ(1)で得られた培養物を遠心分離に供し、酵母変異株の細胞を除去する方法、前記培養物を適切な孔径(例えば、0.45μm)のフィルターに供し、酵母変異株の細胞を除去する方法などによって得ることができる。
【0038】
前記ステップ(3)において、前記生産量Aは、例えば、前記培養上清を、適切な溶離液を用いた高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLCという)に供し、波長215nmにおける吸光度をモニターし、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の標品と同じ保持時間のピークの面積を算出し、検量線と比較することにより求めることができる。
【0039】
前記HPLCには、例えば、全多孔性球状シリカゲル(例えば、平均粒子径:約5μm、平均細孔径:約12nm、比表面積:約300m2/g、化学結合:三反応性基型オクタデシル基結合など)を用いたカラム(カラムの大きさ:4.6mm・250mm)などを用いることができる。カラムとしては、特に限定されないが、ナカライテスク(株)製、商品名:COSMOSIL 5C18−AR−II Waters typeカラム(カラムの大きさ:4.6mm・250mm、Code No.38145−21)などが挙げられる。このカラムを用いる場合、例えば、カラム温度35℃および流速1mL/minで、溶出液A〔アセトニトリル/テトラヒドロフラン/蒸留水(容量比)=40.6/17.4/42.0〕による15分間の溶出、溶出液B(アセトニトリル)による15分間の溶出、および前記溶出液Aによる25分間の溶出を順に行なうことにより、HPLCを行なうことができる。
【0040】
前記ステップ(4)において、前記生産量Aが前記生産量Bと比べて多いことが、本発明の酵母変異株が未変異の親株と比べて10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の高い生産性を有することの判断基準となる。本発明の酵母変異株による10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の生産量Aが未変異の親株による10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の生産量Bに対して、少なくとも1.1倍、好ましくは1.2倍以上、より好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは1.8倍以上、特に好ましくは2倍以上であることが、未変異の親株と比べて10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の生産性が高いことの判断基準となる。
【0041】
トランス−2−デセン二酸エチルエステルの産生能は、例えば、
(I)トランス−2−デセン酸を含有する液体培地中で本発明の酵母変異株を培養するステップ、
(II)前記ステップ(I)で得られた培養物から酵母変異株の細胞を除去して培養上清を得るステップ、および
(III)前記ステップ(II)で得られた培養上清中におけるトランス−2−デセン二酸エチルエステルの存在の有無を評価するステップ
を含む方法によって確認することができる。
【0042】
前記ステップ(I)および(II)は、前記ステップ(1)および(2)と同様にして行なうことができる。
【0043】
前記ステップ(III)において、トランス−2−デセン二酸エチルエステルの存在の有無は、例えば、前記培養上清を、適切な溶離液を用いたHPLCに供し、波長215nmにおける吸光度をモニターし、トランス−2−デセン二酸エチルエステルの標品と同じ保持時間のピークの有無を検出することにより、確認することができる。前記HPLCは、前記ステップ(3)の場合と同様にして行なうことができる。
【0044】
本発明の酵母変異株は、未変異の親株と比べてエステラーゼ産生能が低く、前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能が高いので、前記不飽和脂肪酸化合物を前記不飽和脂肪酸誘導体に変換することができ、しかも、前記未変異の親株と比べて、前記不飽和脂肪酸誘導体を高い効率で大量に製造することができる。
【0045】
前記不飽和脂肪酸誘導体の製造方法は、前記不飽和脂肪酸化合物を当該酵母変異株、前記酵母変異株の細胞破砕物または前記酵母変異株の無細胞抽出物に接触させることを特徴とする。
【0046】
前記製造方法は、不飽和脂肪酸誘導体を製造する際に、前記酵母変異株、前記酵母変異株の培養物、前記酵母変異株の細胞破砕物または前記酵母変異株の無細胞抽出物が用いられている点に、1つの大きな特徴を有する。
【0047】
したがって、前記製造方法によれば、例えば、化学的合成法によって不飽和脂肪酸誘導体を製造する場合のような煩雑な工程を必要としないので、簡便な操作で不飽和脂肪酸誘導体を製造することができるという優れた効果が奏される。また、前記製造方法によれば、不飽和脂肪酸誘導体を製造する際に前記酵母変異株が用いられているので、本質的に内在している酵素を利用して不飽和脂肪酸化合物から不飽和脂肪酸誘導体への変換反応を行なうことができることから、安定した変換活性が得られるという優れた効果が奏される。さらに、前記酵母変異株は、未変異の親株と比べてエステラーゼ産生能が低く、不飽和脂肪酸誘導体の生産能が高く、しかも、培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても生育が良好である。したがって、前記製造方法によれば、前記酵母変異株の培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても、前記未変異の親株を用いて不飽和脂肪酸誘導体を製造する場合と比べて、不飽和脂肪酸誘導体を大量に、かつ継続して安定的に製造することができる。
【0048】
前記酵母変異株、前記酵母変異株の細胞破砕物および前記酵母変異株の無細胞抽出物のなかでは、不飽和脂肪酸誘導体を簡便に製造する観点から、前記酵母変異株が好ましい。
【0049】
不飽和脂肪酸化合物と前記酵母変異株との接触は、例えば、不飽和脂肪酸化合物を含有する培地中で前記酵母変異株を培養する方法、前記酵母変異株を担体に固定化させた固定化酵母変異株担体または前記酵母変異株を包括剤に包括固定化させた包括物を、不飽和脂肪酸化合物を含有する培地または不飽和脂肪酸化合物を含有する緩衝液中で維持する方法などによって行なうことができる。
【0050】
不飽和脂肪酸化合物を含有する培地中で前記酵母変異株を培養する場合、用いられる培地(以下、「変換培地」ともいう)としては、例えば、不飽和脂肪酸化合物とグルコースとを含有する培地などが挙げられる。
【0051】
前記変換培地中の不飽和脂肪酸化合物の濃度は、不飽和脂肪酸誘導体への変換率を高める観点から、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上であり、前記酵母変異株を良好な生育状態で維持させる観点から、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下である。
【0052】
また、前記変換培地中のグルコース濃度は、前記酵母変異株による不飽和脂肪酸化合物から不飽和脂肪酸誘導体への変換効率をより高める観点から、好ましくは3質量%以上、より好ましくは5質量%以上、さらに好ましくは7.5質量%以上であり、不飽和脂肪酸誘導体への変換を十分に行ない、かつ不飽和脂肪酸誘導体への変換の経済性を高める観点から、好ましくは20質量%以下、より好ましくは15質量%以下である。
【0053】
培養前の前記変換培地のpHは、前記酵母変異株の生育を良好にする観点から、好ましくは5以上、より好ましくは6.5以上であり、高い効率で変換反応を行なう観点から、好ましくは8以下、より好ましくは7.5以下である。
【0054】
前記変換培地には、所望のpHとなるようにするために、例えば、KH2PO4、Na2HPO4などを用いることができる。前記変換培地中のKH2PO4の濃度は、前記酵母変異株による不飽和脂肪酸化合物から不飽和脂肪酸誘導体への変換効率をより高める観点から、好ましくは0.05〜5質量%、より好ましくは0.1〜1質量%、さらに好ましくは0.1〜0.3質量%である。また、前記変換培地中のNa2HPO4の濃度は、前記酵母変異株による不飽和脂肪酸化合物から不飽和脂肪酸誘導体への変換効率をより高める観点から、好ましくは0.05〜5質量%、より好ましくは0.1〜1質量%、さらに好ましくは0.3〜0.5質量%である。
【0055】
前記変換培地には、前記酵母変異株の生育能や前記酵母変異株による変換効率を高める観点から、酵母エキスが含まれていてもよい。前記変換培地中の酵母エキスの濃度は、前記酵母変異株による不飽和脂肪酸化合物から不飽和脂肪酸誘導体への変換効率をより高める観点から、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.02質量%以上であり、不飽和脂肪酸誘導体への変換を十分に行なうとともに、不飽和脂肪酸誘導体への変換の経済性を高める観点から、好ましくは5質量%以下、より好ましくは1質量%以下、さらに好ましくは0.03質量%以下である。
【0056】
前記変換培地には、必要により、ポリペプトン、尿素、MnCl2・4H2O、FeSO4・7H2O、ZnSO4・7H2Oなどが含まれていてもよい。
【0057】
前記変換培地としては、特に限定がないが、例えば、不飽和脂肪酸化合物がトランス−2−デセン酸である場合、トランス−2−デセン酸を0.01〜10質量%(例えば、0.1質量%など)と、グルコースを3〜20質量%(例えば、3質量%など)と、KH2PO4を0.05〜5質量%(例えば、0.2質量%など)と、Na2HPO4を0.05〜5質量%(例えば、0.35質量%など)と、MgSO4・7H2Oを0.01〜1質量%(例えば、0.05質量%など)と、酵母エキスを0.01〜5質量%(例えば、0.025質量%など)と、ポリペプトンを0〜1質量%(例えば、0.025質量%など)と、尿素を0.03〜3質量%(例えば、0.3質量%など)と、MnCl2・4H2Oを0.0001〜0.01質量%(例えば、0.002質量%など)と、FeSO4・7H2Oを0.0001〜0.01質量%(例えば、0.002質量%など)と、ZnSO4・7H2Oを0.0001〜0.01質量%(例えば、0.002質量%など)と、蒸留水(残部)とを含有する培地〔pH5〜8(例えば、pH6.9など)〕、トランス−2−デセン酸を0.01〜10質量%(例えば、0.1質量%など)を含有し、かつイーストアンドモールド(YM)培地を基本培地とした培地などが挙げられる。前記変換培地は、例えば、乾燥状態の組成物として入手することができる。前記変換培地は、例えば、乾燥状態の変換培地の組成物を水に溶解させ、滅菌フィルターなどで濾過することにより、得ることができる。
【0058】
前記酵母変異株の培養温度は、酵母変異株の生育状態を良好に維持する観点から、好ましくは20〜37℃、より好ましくは24〜30℃、さらに好ましくは27〜29℃である。前記酵母変異株の培養時間は、不飽和脂肪酸誘導体の生産性を高める観点から、好ましくは12〜120時間、より好ましくは24〜60時間である。
【0059】
なお、より高い変換効率で10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を製造する観点から、前記ステップ(1)において、例えば、ドデカンなどの中鎖の炭化水素、好ましくは炭素数5〜12の炭化水素を含む培地を用いて前培養を行なった後、前記変換培地で培養することが好ましい。
【0060】
飽和脂肪酸誘導体の生産量を向上させるとともに、酵母変異株の生育を十分に行なう観点から、当該酵母変異株の培養中における変換培地のpHが一定に維持されるように、培養中に変換培地のpHを調整することが好ましい。培養中における変換培地のpHは、不飽和脂肪酸誘導体の生産量を向上させる観点から、6.7以上が好ましく、7以上がより好ましく、酵母変異株の生育を十分に行なう観点から、8.3以下が好ましく、8以下がより好ましい。
【0061】
また、本発明の酵母変異株の培養中における変換培地中に含まれる基質、成分などの量が一定に維持されるように変換培地中に含まれる基質、成分などの量を調整することにより、前記不飽和脂肪酸化合物から前記不飽和脂肪酸誘導体への変換効率が著しく向上する。したがって、前記不飽和脂肪酸化合物から前記不飽和脂肪酸誘導体への変換効率を向上させ、前記不飽和脂肪酸誘導体の生産量を増加させる観点から、当該酵母変異株を半回分培養または連続培養により、基質、成分などの量を調整しながら培養することが好ましい。
【0062】
さらに、前記不飽和脂肪酸誘導体の生産量を増加させる観点から、本発明の酵母変異株の培養中における変換培地に適宜通気を行なって、変換培地中の溶存酸素量が、培養開始時の変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%として、65〜110%に維持されるように、培養中に変換培地中の溶存酸素量を調整することが好ましい。前記溶存酸素量は、培養開始時の変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%としたとき、前記不飽和脂肪酸誘導体の生産量を増加させる観点から、65%以上が好ましく、70%以上がより好ましく、酵母変異株の生育を十分に行なう観点から、110%以下が好ましく、100%以下がより好ましい。
【0063】
前記酵母変異株を担体に固定化させた固定化酵母変異株担体は、物理的吸着法、イオン結合法、共有結合法、生化学的特異的結合法などの方法により、前記酵母変異株を適切な担体に固定化させることによって得ることができる。前記担体としては、特に限定されないが、例えば、セルロース、アガロースなどに代表される多糖;多孔質ガラス、金属酸化物などに代表される無機物質;ポリアクリルアミド、ポリスチレンなどの合成高分子化合物などが挙げられる。
【0064】
前記酵母変異株を包括剤に包括固定化させた包括物は、包括剤で前記酵母変異株を包むことによって得ることができる。前記包括剤としては、特に限定されないが、例えば、アルギン酸、カラギーナンなどの多糖;ポリアクリルアミドなどが挙げられる。
【0065】
不飽和脂肪酸化合物と前記酵母変異株とを接触させる際に用いられる緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝化生理的食塩水などが挙げられる。
【0066】
また、不飽和脂肪酸化合物と前記酵母変異株の細胞破砕物または前記酵母変異株の無細胞抽出物との接触は、前記と同様の緩衝液中で不飽和脂肪酸化合物と前記酵母変異株の細胞破砕物とを混合することなどによって行なうことができる。
【0067】
本発明においては、前記酵母変異株、前記酵母変異株の細胞破砕物または前記酵母変異株の無細胞抽出物が不飽和脂肪酸化合物に作用するので、不飽和脂肪酸化合物が目的とする不飽和脂肪酸誘導体に変換し、変換した不飽和脂肪酸誘導体が培養上清または緩衝液中に蓄積される。
【0068】
前記不飽和脂肪酸誘導体が蓄積された培養上清または緩衝液を、適切な溶離液が用いられたHPLCなどの分取手段に供し、波長215nmにおける吸光度をモニターし、不飽和脂肪酸化合物の標品と同じ保持時間を示す画分を分取することにより、不飽和脂肪酸誘導体を実質的に単離することができる。
【0069】
より具体的には、例えば、不飽和脂肪酸誘導体として、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸が蓄積された培養上清または緩衝液を、全多孔性球状シリカゲル(例えば、平均粒子径:約5μm、平均細孔径:約12nm、比表面積:約300m2/g、化学結合:三反応性基型オクタデシル基結合など)を用いたカラム(カラムの大きさ:4.6mm・250mm)、例えば、商品名:COSMOSIL 5C18−AR−II Waters typeカラム〔カラムの大きさ:4.6mm・250mm、ナカライテスク(株)製、Code No.38145−21〕に供し、カラム温度35℃で、溶出液A〔アセトニトリル/テトラヒドロフラン/蒸留水(容量比)=40.6/17.4/42.0〕による15分間の溶出、溶出液B(アセトニトリル)による15分間の溶出、および前記溶出液Aによる25分間の溶出をこの順序で流速1mL/minで行ない、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の標品(保持時間約3.2分間)に相当する画分を分取することや、前記カラムの代わりに、商品名:Hibar Pre−Packed Column RT 250−4 Waters typeカラム(4.0mm・250mm、メルク(MERCK)社製、商品番号:OB558291)に供し、カラム温度40℃で、溶出液〔メタノール/0.4体積%酢酸水溶液(容量比)=65/35〕による40分間溶出を流速1mL/minで行ない、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の標品(保持時間約3.2分間)に相当する画分を分取することなどにより、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を単離することができる。
【0070】
また、不飽和脂肪酸誘導体として、9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸が蓄積された培養上清または緩衝液を用いる場合、前記と同様にして9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の標品に相当する画分を分取することにより、9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を単離することができる。
【0071】
前記製造方法においては、不飽和脂肪酸化合物としてトランス−2−デセン酸を用いた場合、9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸または10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を効率よく得ることができる。より具体的には、例えば、不飽和脂肪酸化合物としてトランス−2−デセン酸を用いた場合、トランス−2−デセン酸から実質的に単離された10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を高い変換効率で得ることができる。
【0072】
なお、本発明において、一般式(I)で表される不飽和脂肪酸化合物において、R1
炭素数1〜4のアルキル基である不飽和脂肪酸アルキルエステルであるとき、対応する不飽和脂肪酸誘導体を効率よく製造する観点から、前記不飽和脂肪酸アルキルエステルから一般式(II)で表される不飽和脂肪酸誘導体を製造した後、さらに該不飽和脂肪酸誘導体に、該不飽和脂肪酸誘導体のエステル結合を加水分解させる酵素を作用させることが好ましい。これにより、一般式(II)において、R1が水素原子であり、R3がヒドロキシル基またはケトン基を有する炭素数2〜15のアルキル基である不飽和脂肪酸アルキルエステルを得ることができる。
【0073】
前記酵素としては、例えば、リパーゼ、エステラーゼなどが挙げられる。
【0074】
前記酵素を作用させる不飽和脂肪酸誘導体として、9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸アルキルエステルを用い、該9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸アルキルエステルに、前記酵素を作用させた場合、9−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を効率よく得ることができる。
【0075】
また、前記酵素を作用させる不飽和脂肪酸誘導体として、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸アルキルエステルを用い、該10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸アルキルエステルに、前記酵素を作用させた場合、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を効率よく得ることができる。
【0076】
本発明の酵母変異株は、培養中における変換培地のpHが、6.7〜8.3に維持されるように、培養中に変換培地のpHを調整し、かつ培養中における変換培地中の溶存酸素量が、培養開始時の変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%として、65〜110%に維持されるように、培養中に変換培地中の溶存酸素量を調整しながら培養を行なった場合、未変異の親株と比べて、不飽和脂肪酸誘導体をより大量に生産することができる。
【0077】
以上説明したように、本発明の酵母変異株によれば、簡便な操作で不飽和脂肪酸誘導体を製造することができる。また、本発明の酵母変異株によれば、不飽和脂肪酸化合物から不飽和脂肪酸誘導体を高い効率で製造することができる。
したがって、本発明の酵母変異株は、例えば、不飽和脂肪酸化合物からヒドロキシ不飽和脂肪酸、オキソ不飽和脂肪酸などの所望の不飽和脂肪酸誘導体を製造するのに有用である。
【実施例】
【0078】
次に、本発明を実施例に基づいて詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例によって限定されるものではない。
【0079】
なお、各実施例などで用いられた培地は、あらかじめオートクレーブ中で120℃の温度で15〜20分間滅菌された培地である。
【0080】
(実施例1)
カンジダ マルトーザ KU83株〔Candida maltosa KU83と命名・表示され、受託日:2006年10月4日、受託番号:NITE P-266として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(郵便番号:292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託されている〕を、YM液体培地{培地の組成:酵母エキス〔ベクトン、ディッキンソン・アンド・カンパニー(Becton,Dickinson and Company)社製〕0.3質量%、麦芽エキス0.3質量%、グルコース1.0質量%、ポリペプトン〔日本製薬(株)製〕0.5質量%、蒸留水(残部)、pH6.2}100mLに播種し、28℃で48時間培養した。その後、得られた培養物からカンジダ マルトーザ KU83株の細胞を回収した。得られた細胞を滅菌生理食塩水で洗浄し、0.2Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)10mLに懸濁し、細胞懸濁液を得た。
【0081】
つぎに、前記細胞懸濁液10mLに、5質量%エチルメタンスルフォン酸水溶液4mLを添加した。その後、得られた混合液を28℃で15分間インキュベーションして、変異処理を行なった。インキュベーション後の混合液を15100×gで5分間の遠心分離(20℃)に供して、細胞を回収した。回収した細胞に、5質量%チオ硫酸ナトリウム水溶液1.4mLを添加して混合した。さらに、前記細胞を滅菌水で洗浄し、滅菌水1.4mLに懸濁した。得られた懸濁液を、YM寒天培地{培地の組成:酵母エキス〔ベクトン、ディッキンソン・アンド・カンパニー(Becton,Dickinson and Company)社製〕0.3質量%、麦芽エキス0.3質量%、グルコース1.0質量%、ポリペプトン〔日本製薬(株)製〕0.5質量%、寒天〔ナカライテスク(株)製〕1.5質量%、蒸留水(残部)、pH6.2}に塗布し、28℃で24時間培養した。
【0082】
つぎに、前記YM寒天培地に生えてきた細胞5000株を、それぞれ、多ウェルマイクロプレートのウェル中の0.1Mクエン酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)118μLに懸濁し、懸濁液を得た。その後、前記ウェル中の懸濁液に5mM酪酸p−ニトロフェニル−エタノール溶液1.6μLを添加し、得られた混合物を28℃で10分間インキュベーションした。つぎに、前記混合物に、1.5M炭酸ナトリウム水溶液80μLを添加した。対照として、前記YM寒天培地に生えてきた細胞の代わりにカンジダ マルトーザ KU83株を用いたことを除いて前記と同様に操作を行なった。
【0083】
その後、前記YM寒天培地に生えてきた細胞を含む混合物におけるp−ニトロフェノールに基づく黄色の発色強度を、カンジダ マルトーザ KU83株を含む混合物におけるp−ニトロフェノールに基づく黄色の発色強度と比較した。そして、カンジダ マルトーザ KU83株を含む混合物におけるp−ニトロフェノールに基づく黄色の発色強度と比べて弱い株を選別した。これにより、カンジダ マルトーザ KU83株と比べて、エステラーゼ活性が低い変異株58株を得た。
【0084】
つぎに、得られた58株の変異株のそれぞれについて、トランス−2−デセン酸エチルエステルから、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸への変換能を調べた。まず、変異株を前記YM液体培地100mL中、28℃で48時間培養した。培養後の変異株を回収し、得られた変異株を滅菌生理食塩水に懸濁し、OD660が100である懸濁液を得た。得られた懸濁液1mLを、バッフル付三角フラスコ中のLM改良培地{培地の組成:ポリペプトン〔日本製薬(株)製〕0.025質量%、尿素0.3質量%、MgSO4・7H2O 0.05質量%、酵母エキス〔ベクトン、ディッキンソン・アンド・カンパニー社製〕0.025質量%、FeSO4・7H2O 0.002質量%、ZnSO4・7H2O 0.002質量%、MnCl2・4H2O 0.002質量%、トランス−2−デセン酸エチルエステル〔東京化成工業(株)製〕0.1質量%、蒸留水(残部)、pH6.9}149mLに添加した。その後、変異株を140min-1で振盪しながら28℃で培養した。なお、LM改良培地による培養開始から0時間、24時間、48時間、72時間、96時間、120時間および168時間の時点で、5mLずつ培養物を採取し、かかる培養物より培養上清を得た。
【0085】
得られた培養物5mLに、6N塩酸0.2mLを添加し、さらに酢酸エチル5mLを添加して、抽出物を得た。得られた抽出物をアセトニトリル1mLに溶解し、試料を得た。
【0086】
得られた試料を、(株)島津製作所製、商品名:SHIMADZU SCL−6Aおよびナカライテスク(株)製、商品名:COSMOSIL(登録商標) 5C18−AR−II Waters typeカラム(4.6mm・250mm、Code No.38145−21)を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供し、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよびその変換産物の存在を分析した。
【0087】
なお、HPLCは、カラム温度35℃および流速1mL/minで、溶出液A〔アセトニトリル/テトラヒドロフラン/蒸留水(容量比)=40.6/17.4/42.0〕による15分間の溶出、溶出液B(アセトニトリル)による15分間の溶出、および前記溶出液Aによる25分間の溶出を順に行なうことによって実施した。また、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよびその変換産物を215nmの波長で検出した。対照として、前記変異株の代わりにカンジダ マルトーザ KU83株を用いたことを除いて前記と同様に操作して、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を215nmの波長で検出した。そして、カンジダ マルトーザ KU83株を用いたときの試料中の10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量と、各変異株を用いたときの試料中の10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量とを比較し、カンジダ マルトーザ KU83株と比べて、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の高い生産性を有する酵母変異株を選別した。
【0088】
これにより、前記58株の変異株のうち、カンジダ マルトーザ KU83株と比べて10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の最も高い生産性を有する酵母変異株として、カンジダ マルトーザ KU83−26を得た。なお、前記カンジダ マルトーザ(Candida maltosa) KU83−26は、Candida maltosa KU83−26と命名・表示され、受託日:2009年12月24日、受領番号:NITE AP-855として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(郵便番号:292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託されている。
【0089】
(実施例2)
カンジダ マルトーザ KU83−26について、光学顕微鏡、酵母様真菌同定キット〔シスメックスビオメリュー(株)製、商品名:アピC オクサノグラム〕および最近同定研究用キット〔シスメックスビオメリュー(SYSMEX bioMerieux)製、商品名:アピCオクサノグラムおよび商品名:アピ50CH〕を用いて、一般的な微生物学的性質を調べた。その結果を以下に示す。
【0090】
微生物学的性質:
(a)球形または短卵形の形態を有し、偽菌糸を形成している、
(b)(3.6〜7.2μm)・(3.6〜7.9μm)の大きさを有する、
(c)25℃で1ヵ月間培養した場合、クリーム色を呈し、円滑な外観を有し、偽菌糸の周縁部にシワを有するコロニーを形成する、
(d)グルコース、シュクロースおよびトレハロースをそれぞれ発酵する、
(e)ガラクトース、シュクロース、マルトース、トレハロース、メレジトース、D−キシロース、D−マンニトール、D−グルシトール、サリシンおよびコハク酸をそれぞれ資化する、
(f)Q9のキノンを有する、
(g)35.6〜36.8mol%のG+C含量を有する
【0091】
前記結果から、カンジダ マルトーザ KU83−26は、カンジダ マルトーザに属する微生物に共通する性質を有することがわかる。
【0092】
さらに、カンジダ マルトーザ KU83−26の性質と、未変異の親株であるカンジダ マルトーザ KU83の性質とを対比した。その結果を以下に示す。
【0093】
カンジダ マルトーザ KU83−26は、
(A)エステラーゼ活性が、カンジダ マルトーザ KU83のエステラーゼ活性と比べて低い(0.9倍以下、好ましくは0.85倍以下)、
(B)前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能が、カンジダ マルトーザ KU83の前記不飽和脂肪酸誘導体の生産能と比べて高い(少なくとも1.1倍、好ましくは1.2倍以上、より好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは1.8倍以上、特に好ましくは2倍以上)
(C)カンジダ マルトーザ KU83が、D−アラビトール、D−アドニトール、D−フルクトースを資化するのに対し、D−アラビトール、D−アドニトール、D−フルクトースを資化しない、
(D)カンジダ マルトーザ KU83が、アルブチンを分解するのに対し、D−アラビトール、D−アドニトール、D−フルクトース、アルブチンを分解しない、
(E)カンジダ マルトーザ KU83が、グリコーゲンを資化しないのに対して、グリコーゲンを資化する、
(F)D−マンニトール、D−ソルビトールおよびD−シュクロースそれぞれの資化速度が、カンジダ マルトーザ KU83によるD−マンニトール、D−ソルビトールおよびD−シュクロースそれぞれの資化速度と比べて遅い、
(G)ガラクトースの資化速度が、カンジダ マルトーザ KU83によるガラクトースの資化速度よりも速い、
(H)カンジダ マルトーザ KU83では、トランス−2−デセン二酸エチルエステルを生産しないのに対し、トランス−2−デセン二酸エチルエステルを生産する。
【0094】
以上の結果から、カンジダ マルトーザ KU83−26は、未変異の親株であるカンジダ マルトーザ KU83とは大きく異なる性質を有することがわかる。
【0095】
(実施例3および比較例1)
カンジダ マルトーザ KU83−26(実施例3)およびカンジダ マルトーザ KU83(比較例1)それぞれについて、実施例1と同様にして、前記LM改良培地中で、140min-1で振盪しながら28℃培養した。LM改良培地による培養開始から0時間、24時間、48時間、72時間および96時間の時点で、5mLずつ培養物を採取し、かかる培養物より培養上清を得た。得られた培養物5mLに、6N塩酸0.2mLを添加し、さらに酢酸エチル5mLを添加して、抽出物を得た。得られた抽出物をアセトニトリル1mLに溶解し、試料を得た。得られた試料を用い、実施例1におけるHPLCと同様にして、カンジダ マルトーザ KU83−26およびカンジダ マルトーザ KU83の培養物の培養上清中におけるトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の各濃度の経時的変化を調べた。
【0096】
実施例3において、カンジダ マルトーザ KU83−26の培養物の培養上清中におけるトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の各濃度の経時的変化を図1に示す。また、比較例1において、カンジダ マルトーザ KU83の培養物の培養上清中におけるトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の各濃度の経時的変化を図2に示す。図1および図2中、黒四角はトランス−2−デセン酸の濃度、黒三角はトランス−2−デセン酸エチルエステルの濃度、黒丸は10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の濃度をそれぞれ示す。
【0097】
図1に示された結果から、カンジダ マルトーザ KU83−26の培養物中における10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸量は、LM改良培地による培養開始から約24時間経過後に最も高くなることがわかる。
【0098】
また、図1および図2に示された結果から、LM改良培地による培養開始から約24時間経過後において、カンジダ マルトーザ KU83−26の培養物の培養上清中における10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の濃度は、カンジダ マルトーザ KU83の培養物の培養上清中における10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の濃度の2倍以上であることがわかる。したがって、これらの結果から、カンジダ マルトーザ KU83−26は、カンジダ マルトーザ KU83と比べて、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の生産性が高いことがわかる。
【0099】
(実施例4)
カンジダ マルトーザ KU83−26を前記YM液体培地100mL中、28℃で48時間培養した。培養後のカンジダ マルトーザ KU83−26の細胞を回収し、得られた細胞を滅菌生理食塩水に懸濁し、OD660が100である懸濁液を得た。得られた懸濁液1mLを、バッフル付三角フラスコ中の前記LM改良培地149mLに添加した。その後、変異株を140min-1で振盪しながら28℃で24時間培養した。
【0100】
得られた培養物の培養上清を、内部標準(1−ナフトール)を含有する溶出液A(アセトニトリル/テトラヒドロフラン/蒸留水(容量比)=40.6/17.4/42.0)で10倍希釈し、試料を得た。得られた試料を、(株)島津製作所製、商品名:SHIMADZU SCL−6Aおよびナカライテスク(株)製、商品名:COSMOSIL(登録商標) 5C18−AR−II Waters typeカラム(4.6mm・250mm、Code No.38145−21)を用いて高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供し、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよびその変換産物の存在を分析した。なお、HPLCでは、カラム温度35℃、流速1mL/minで、溶出液A(アセトニトリル/テトラヒドロフラン/蒸留水(容量比)=40.6/17.4/42.0)による15分間の溶出、溶出液C(アセトニトリル/テトラヒドロフラン(容量比)=40.6/17.4)による15分間の溶出、および前記溶出液Aによる25分間の溶出を順に行ない、波長215nmでトランス−2−デセン酸、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよび10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を検出した。実施例4で得られたカンジダ マルトーザ KU83−26の培養上清のHPLCのクロマトグラムを図3に示す。
【0101】
図3に示された結果から、実施例4で得られたカンジダ マルトーザ KU83−26の培養上清のHPLCのチャートにおいて、トランス−2−デセン酸(図中、ピークB)、トランス−2−デセン酸エチルエステル(図中、ピークC)および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸(図中、ピークA)それぞれに対応するピークが検出されることがわかる。また、実施例4で得られたカンジダ マルトーザ KU83−26の培養上清のHPLCのチャートにおいては、トランス−2−デセン酸、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよび10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸それぞれに対応するピークとは異なるピーク(図中、ピークD)が検出されることがわかる。前記ピークDは、カンジダ マルトーザ KU83の培養上清では検出されないことから、カンジダ マルトーザ KU83−26は、カンジダ マルトーザ KU83によって生産することができない物質の産生能を獲得していることが示唆される。
【0102】
そこで、ピークDに対応する画分を分取し、分取した画分を減圧乾固することによって得られた物質を、プロトン核磁気共鳴(1H−NMR)分析およびカーボン.サーティーン核磁気共鳴(13C−NMR)分析に供した。
【0103】
その結果、得られた物質は、以下の物性を有していることから、トランス−2−デセン二酸エチルエステルであることが確認された。この結果から、カンジダ マルトーザ KU83−26は、トランス−2−デセン二酸エチルエステルの産生能を有することがわかる。
【0104】
1H−NMR(CDCl3)δ(ppm):1.2(7H,m,C1,C8,C9),1.4(2H,m,C7),1.56(2H,m,C10),2.11(2H,m,C6),2.28(2H,t,C11),4.10(2H,m,C2),5.73(1H,d,C4),6.88(1H,m,C5)
【0105】
13C−NMR(CDCl3)δ(ppm):14.3(C1),24.5(C10),27.7(C9),28.7(C8),28.8(C7),32.1(C6),33.8(C11),60.2(C2),121.3(C4),149.3(C5),166.8(C3),178.9(C12)
【0106】
(実施例5および比較例2)
カンジダ マルトーザ KU83−26(実施例5)およびカンジダ マルトーザ KU83(比較例2)を、それぞれ、実施例1と同様にして、バッフル付三角フラスコ中の前記LM改良培地中、140min-1で振盪しながら28℃で培養した。培養開始から24時間および51時間経過後に、培養液のOD660を測定した。
【0107】
その結果、カンジダ マルトーザ KU83−26のOD660は、培養開始から24時間経過後では、14であり、培養開始から51時間経過後では、13であった。一方、カンジダ マルトーザ KU83のOD660は、培養開始から24時間経過後では、11であり、培養開始から51時間経過後では、12であった。これらの結果から、カンジダ マルトーザ KU83は、培養開始から24時間経過後において、生育が抑制されているのに対して、カンジダ マルトーザ KU83−26は、培養開始から51時間経過後においても生育が抑制されていないことがわかる。
【0108】
以上の結果から、本発明の酵母変異株であるカンジダ マルトーザ KU83−26は、未変異の親株であるカンジダ マルトーザ KU83と比べて、不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産することができ、しかも培養物中における不飽和脂肪酸誘導体の蓄積量が増加しても生育が良好であることがわかる。したがって、本発明の酵母変異株であるカンジダ マルトーザ KU83−26は、不飽和脂肪酸誘導体を工業的に大量に生産するのに好適である。
【0109】
(試験例1)
カンジダ マルトーザ KU83−26を、バッフル付三角フラスコ中の前記LM改良培地150mL中、140min-1で振盪しながら、培養物のOD660が5になるまで28℃で培養した。その後、得られた培養物を、卓上型培養装置〔(株)丸菱バイオエンジ製、商品名:Bioneer500−5L、容量:5L〕中の大量培養用変換培地〔培地の組成:KH2PO4 0.2質量%、Na2HPO4 0.35質量%、ポリペプトン〔日本製薬(株)製〕0.025質量%、尿素0.3質量%、MgSO4・7H2O 0.05質量%、酵母エキス〔ベクトン、ディッキンソン・アンド・カンパニー社製〕 0.025質量%、FeSO4・7H2O 0.002質量%、ZnSO4・7H2O 0.002質量%、MnCl2・4H2O 0.002質量%、トランス−2−デセン酸エチルエステル〔東京化成工業(株)製〕1.0質量%、pH6.9〕2.5Lに添加し、28℃で培養した。なお、カンジダ マルトーザ KU83−26の培養中には、大量培養用変換培地のpHを調整しなかった。また、培養中、培養開始から培養開始後5時間までの間は100m≡n-1で撹拌しながら1.0L/minで通気を行ない、培養開始後5時間から7時間までの間は250m≡n-1で撹拌しながら2.0L/m≡nで通気を行ない、培養開始後7時間以降は300m≡n-1で撹拌しながら3.0L/m≡nで通気を行なうことにより、大量培養用変換培地中の溶存酸素量が、培養開始時の大量培養用変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%として、65〜110%に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地中の溶存酸素量を調整した。
【0110】
培養開始から一定時間経時毎に培養物4mLを採取した。前記培養物に、6N塩酸0.2mLを添加し、さらに酢酸エチル4mLを添加して、抽出物を得た。得られた抽出物を減圧下に乾固した。得られた乾固物をメタノール1mLに溶解し、試料を得た。
【0111】
得られた試料を、(株)島津製作所製、商品名:SHIMADZU SCL−10aおよびメルク(MERCK)社製、商品名:Hibar Pre−Packed Column RT 250−4 Waters typeカラム(4.0mm・250mm、商品番号:OB558291)を用いてHPLCに供し、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよびその変換産物の存在を分析した。なお、HPLCは、カラム温度40℃および流速1mL/minで、溶出液メタノール/0.4%酢酸水(容量比)=65/35で40分間溶出を行なうことによって実施した。また、トランス−2−デセン酸エチルエステルおよびその変換産物を215nmの波長で検出した。そして、培養物の培養上清中の10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の濃度の経時的変化を調べた。
【0112】
その結果、カンジダ マルトーザ KU83−26の培養物の培養上清中の10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の濃度は、基質であるトランス−2−デセン酸エチルエステルが残存しているにもかかわらず低下する傾向を示した。そこで、カンジダ マルトーザ KU83−26を大量培養する際の大量培養用培地の至適pH条件を検討した。
【0113】
培養中における大量培養用変換培地のpHが6.0(実験1)、6.5(実験2)、7.0(実験3)、7.5(実験4)、8.0(実験5)または8.5(実験6)に保たれるように、硫酸または水酸化ナトリウムを用いて前記pHを適宜調整したことを除き、前記と同様にしてカンジダ マルトーザ KU83−26を培養した。
【0114】
培養開始から24時間および48時間経過後に、培養液のOD660を測定した。また、培養開始から24時間および48時間経過後に、培養物4mLを採取した。採取された培養物に、6N塩酸0.2mLを添加し、さらに酢酸エチル4mLを添加して、抽出物を得た。得られた抽出物を減圧下に乾固した。得られた乾固物をメタノール1mLに溶解し、試料を得た。
【0115】
得られた試料を用い、前記と同様にして、培養物の培養上清中の10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の濃度の経時的変化を調べた。試験例1において、試験例1において、培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量の経時的変化を図4に示す。図4中、黒矩形は実験1、黒四角は実験2、黒三角は実験3、白四角は実験4、白丸は実験5および黒丸は実験6それぞれを示す。
【0116】
図4に示された結果から、培養中における大量培養用変換培地のpHが7〜8に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地のpHを調整し、かつ培養中における大量培養用変換培地中の溶存酸素量が、培養開始時の変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%として、70〜100%に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地中の溶存酸素量を調整した場合(実験3〜5)、培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量が2g以上であることがわかる。なかでも、培養中における大量培養用変換培地のpHが7.5に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地のpHを調整し、かつ培養中における大量培養用変換培地中の溶存酸素量が、培養開始時の変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%として、70〜100%に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地中の溶存酸素量を調整した場合(実験4)、培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量が短時間で最も多くなることがわかる。
【0117】
また、実験1〜6に関して、基質であるトランス−2−デセン酸エチルエステルから10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸への変換率を求めた。その結果を表1に示す。
【0118】
【表1】

【0119】
表1に示された結果から、培養中における大量培養用変換培地のpHが7〜8に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地のpHを調整した場合(実験3〜5)、基質であるトランス−2−デセン酸エチルエステルから10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸への変換率が25%以上であることがわかる。なかでも、培養中における大量培養用変換培地のpHが7.5に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地のpHを7.5に調整した場合(実験4)、前記変換率が最も高くなることがわかる。
【0120】
以上の結果から、本発明の酵母変異株であるカンジダ マルトーザ KU83−26の大量培養を行なう場合、培養中における大量培養用変換培地のpHがpH7〜8に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地のpHを調整することにより、10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸を効率よく大量に生産することができることが示唆される。
【0121】
(実施例6および比較例3)
培養中における大量培養用変換培地のpHが7.5に維持されるように、培養中に大量培養用変換培地のpHを調整したことを除き、試験例1と同様にしてカンジダ マルトーザ KU83−26(実施例6)およびカンジダ マルトーザ KU83(比較例3)を培養した。
【0122】
培養開始から18時間、21時間、24時間、42時間、45時間、48時間、51時間および66時間経過後に、培養液のOD660を測定した。また、培養開始から18時間、21時間、24時間、42時間、45時間、48時間、51時間および66時間経過後に培養物4mLを採取し、試験例1におけるHPLCと同様にして、カンジダ マルトーザ KU83−26(実施例6)およびカンジダ マルトーザ KU83(比較例3)それぞれの培養物中におけるトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸それぞれの量の経時的変化を調べた。
【0123】
実施例6において、培養物1Lあたりのトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量の経時的変化を図5に示す。また、比較例3において、培養物1Lあたりのトランス−2−デセン酸エチルエステル、トランス−2−デセン酸および10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量の経時的変化を図6に示す。図5および6中、黒三角はトランス−2−デセン酸エチルエステルの量、黒矩形はトランス−2−デセン酸の量および黒四角は10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の量それぞれを示す。
【0124】
図5および6に示された結果から、カンジダ マルトーザ KU83−26(実施例6)では、培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の最大量が3.2g/Lとなるであることがわかる(図5)。これに対して、カンジダ マルトーザ KU83(比較例3)では、培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の最大量がわずか0.56g/Lであることがわかる(図6)。これらの結果から、本発明の酵母変異株であるカンジダ マルトーザ KU83−26による培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の最大量は、未変異の親株であるカンジダ マルトーザ KU83による培養物1Lあたりの10−ヒドロキシ−トランス−2−デセン酸の最大量の571%にまで向上していることがわかる。
【0125】
以上の結果から、本発明の酵母変異株であるカンジダ マルトーザ KU83−26(実施例6)は、培養中における変換培地のpHが6.7〜8.3に維持されるように、培養中に変換培地のpHを調整し、かつ培養中における変換培地中の溶存酸素量が、培養開始時の変換培地における溶存酸素量(酸素飽和状態)を100%として、65〜110%に維持されるように、培養中に変換培地中の溶存酸素量を調整しながら培養を行なった場合、未変異の親株であるカンジダ マルトーザ KU83(比較例3)と比べて、不飽和脂肪酸誘導体を大量に生産することができることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):
【化1】

(式中、R1は水素原子または炭素数1〜4のアルキル基、R2は炭素数2〜15のアルキル基を示す)
で表される不飽和脂肪酸化合物を、一般式(II):
【化2】

(式中、R1は前記と同じ。R3はヒドロキシル基またはケトン基を有する炭素数2〜15のアルキル基を示す)
で表される不飽和脂肪酸誘導体に変換する能力を有し、カンジダ マルトーサに属する酵母変異株であって、
未変異の親株よりも低いエステラーゼ活性を有し、かつ前記未変異の親株よりも一般式(II)に示される不飽和脂肪酸誘導体の生産性が高い酵母変異株。
【請求項2】
前記未変異の親株がカンジダ マルトーザ(Candida maltosa) KU83(受託番号:NITE P-266)である請求項1に記載の酵母変異株。
【請求項3】
前記酵母変異株が、カンジダ マルトーザ(Candida maltosa) KU83−26(受領番号:NITE AP−855)である請求項1または2に記載の酵母変異株。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−155908(P2011−155908A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−20440(P2010−20440)
【出願日】平成22年2月1日(2010.2.1)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】