説明

酵母酵素処理物を用いた鉄吸着及び/又は吸収剤

【課題】果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に適用できる鉄吸着及び/又は吸収剤を提供すること、及び、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造工程等において、鉄を含有する用水や、原料溶液の製造溶液から、効果的に鉄分を除去する方法を提供すること。
【解決手段】酵母酵素処理残渣を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤からなる。該鉄吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母残渣としては、酵母を酵素処理した残渣のうち低速の遠心分離によって沈降する重液画分を用いることができる。また、本発明は、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用い、鉄を含有する溶液に、該鉄吸着及び/又は吸収剤を接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、溶液中の鉄分を除去する方法からなる。本発明の鉄吸着及び/又は吸収剤は、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に適用でき、更に、コスト的にも安価な鉄吸着及び/又は吸収剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母酵素処理物を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤に関する。特に、酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣からなる難水溶性の酵母酵素処理物を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤、及び、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、酒類や果汁飲料等の飲料の製造工程において、鉄を含有する酒類や果汁飲料等の飲料製造溶液から、鉄分を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄分は、生体中で重要なミネラルである一方、飲料中に存在した場合、鉄イオンの酸化力により多くの物質が酸化され、例えば、果汁飲料等においては、香味安定性の低下や外観品質の低下をもたらすことが知られている。また、清酒醸造等における酒類の醸造においては、麹菌の生産するフェリクローム類が鉄をキレートし、酒を着色させてしまうという問題があることが知られている(日本醸造協会出版、「改訂清酒入門」、174頁)。すなわち、醸造用水や清酒中に鉄が存在すると、清酒中には麹由来のデフェリフェリクリシンが多量に存在しており、鉄と強いキレート力を持っているため醸造用水や原料に鉄が含まれると、直ちに反応して着色の原因物質であるフェリクリシンとなり、清酒の品質を劣化させる。したがって、醸造用水の場合、0.1ppm以下にすることが肝要とされており、特に、清酒中においてはできるかぎり低濃度にすることが重要とされている。
【0003】
また、ワイン中に含まれる二価鉄イオンは、魚介中の過酸化脂質と反応することで、生臭みを発生させることが知られており、ワイン中の鉄含量が多いほど、ホタテの干物等の魚介類と食べ合わせた際に生臭みを感じやすくなることが、官能評価や化学分析の結果から明らかになっている(T. TAMURA et al., J. Agric. Food Chem., Vol.57, p.8550-8556, 2009)。したがって、特に、酒類の製造に際しては、従来より、醸造用水等の鉄イオンの除去や、醸造原料中の鉄分の除去が望まれ、また、果汁飲料等においても、香味安定性の低下や外観品質の低下を避けるために、飲料製造溶液中からの鉄分の除去が望まれている。
【0004】
工業用水や工業廃水等の用水、排水中から鉄イオンを除去するには、工業的には、被処理水を次亜塩素酸、亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸等の塩素酸やそれらの水溶性塩、或いは、過酸化水素、オゾン等の酸化剤を用いて処理し、被処理水中の二価鉄を三価鉄に変換して不溶化し、除去する方法が行われている。しかし、これらの方法は、飲料や酒類の製造における用水や原料溶液等の製造溶液の鉄分の処理には直接適用することはできない。
【0005】
飲料や酒類の製造における用水や原料溶液等の製造溶液の鉄分の除去については、例えば、醸造用水中の鉄除去法等については数多くの研究報告があり、いくつかは実用化されている。醸造用水中の鉄は一般には重炭酸鉄の形で存在しているので、重炭酸鉄に関する種々の除去法がある。この方法にはイオン交換樹脂使用法、塩素処理法、気曝法があり、また、その他鉄の存在形態によって様々な方法が実用化されている。しかし、いずれも選択性がなく、必要なミネラルまで除去し、鉄のみを除去することができないという問題がある。また、清酒中の鉄についてはキレート樹脂を用いた鉄の除去法等が知られているが、微量の鉄を除く方法は確立されておらず、更に、他の清涼飲料水等の水についても選択的に鉄のみを除去できないという制約がある。
【0006】
また、最近、トランスフェリンを用いて、飲料水や、醸造用水、或いは清酒中に含まれる鉄イオンを選択的に除去する方法が開示されている(特開平9−37760号公報)。この方法は、卵白中に存在するオボトランスフェリンや、牛乳中のラクトトランスフェリンを単独、或いはデフェリフェリクリシン低生産麹と併用することにより、飲料水や、醸造用水、或いは清酒中に含まれる鉄イオンを選択的に除去すると共に、他の金属イオン(K,Na,Ca,Mg,Mnイオン)には影響を与えず鉄イオンのみを検出限界以下にまで低減するものである。この方法は、飲料水や、醸造用水、或いは清酒中に含まれる鉄イオンの選択的除去に適合させた方法であるが、蛋白質を添加するものである点で、製造される清酒の味覚や品質への影響や、コストの面から課題が残る。
【0007】
したがって、飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に適用でき、かつ製造される製品の味覚等にも影響を及ぼさず、更に、コスト的にも安価な鉄吸着及び/又は吸収剤の更なる開発が望まれるところである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−37760号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】日本醸造協会出版、「改訂清酒入門」、174頁
【非特許文献2】T. TAMURA et al., J. Agric. Food Chem., Vol.57, p.8550-8556, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に適用でき、かつ製造される製品の味覚等にも影響を及ぼさず、更に、コスト的にも安価な鉄吸着及び/又は吸収剤を提供すること、及び、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造工程等において、鉄を含有する用水や、原料溶液の製造溶液から、効果的に鉄分を除去する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決すべく、天然素材で、かつ、飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に有効に適用できる鉄吸着及び/又は吸収剤について鋭意探索する中で、酵母を酵素溶解処理し、エキス分を分離した後に生じる残渣からなる酵母酵素処理物に顕著な鉄吸着及び/又は吸収作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣からなる難水溶性の酵母酵素処理物を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤からなる。
【0012】
本発明の鉄吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母酵素処理物は、酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣として調製される。一般的な酵母エキス製造法としては、酵母の自己消化を利用する自己消化法、目的の核酸分解酵素やタンパク質分解酵素等で酵母を処理する酵素処理法、熱水によって酵母を処理する熱水処理法などが挙げられる。該一般的な酵母エキス製造法のうち、本発明においては、酵素処理法で酵母エキスを製造する場合に製造工程の途中で生じる難水溶性の酵素処理残渣のうち、特に、酵母を酵素により溶解処理し、低速の遠心分離により分離後の重液画分を乾燥したものが、特に好ましい、本発明の有効成分である酵母酵素処理物となる。分離された酵素処理残渣は、その後、必要に応じて、脱臭処理などを行うこともある。本発明の酵母酵素処理物を調製するための酵母の酵素による溶解処理としては、酵母の自己消化による溶解処理、又は、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、β-グルカナーゼ、エステラーゼ、リパーゼ、α-マンナナーゼ、マンノシダーゼ、及びフォスファターゼなどの酵素による溶解処理、例えば、放線菌産生酵素類又は担子菌産生酵素類による溶解処理を挙げることができる。
【0013】
本発明において、鉄吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母酵素処理物としては、タンパク質含量が高いものが望ましい。つまりグルカンを主成分とする酵母細胞壁画分ではなく、グルカンとともに不溶性タンパク質を含んだ成分であることが望ましい。また、特別にタンパク質含量の高いものを用意する必要はなく、酵母エキス製造時に生じる残渣にはタンパク質が一定量含まれることが知られており、該酵母エキス製造時に生じる残渣を用いることができる(特開2007―6838号公報、特開2007―274910号公報)。
【0014】
また、本発明は、本発明の鉄吸着及び/又は吸収剤を用い、鉄を含有する溶液に、該鉄吸着及び/又は吸収剤を接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、溶液中の鉄分を除去する方法を包含する。該鉄を含有する溶液としては、酒類製造工程における酒類製造溶液を挙げることができる。酒類製造溶液としては、特に、清酒又はワイン又はビールの製造溶液を挙げることができる。また、本発明の鉄吸着及び/又は吸収剤を用いた溶液中の鉄分の除去方法を適用する対象として、果汁飲料製造工程における果汁飲料製造溶液を挙げることができる。
【0015】
本発明の溶液中の鉄分の除去方法において、溶液中の鉄分と吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母酵素処理物との接触処理及び鉄分を吸着及び/又は吸収した酵母残渣の分離又は除去を効率的に行うために、酵母酵素処理物を不溶化担体に固定した形状で調製し、用いることができる。すなわち、酵母酵素処理物を不溶化担体に固定した形状の鉄吸着及び/又は吸収剤を、鉄を含有する溶液に接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該吸着及び/又は吸収剤を除去する方法で行なうことができる。
【0016】
本発明の溶液中の鉄分の除去方法において、溶液中の鉄分と吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母酵素処理物との接触処理及び鉄分を吸着及び/又は吸収した酵母酵素処理物の分離及び除去を効率的に行うために、酵母酵素処理物を濾過助剤として調製し、用いることができる。すなわち、酵母酵素処理物を濾過助剤として単独でもしくは珪藻土等と組合わせて、鉄を含有する溶液に接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、濾過助剤を除去する方法で行なうことができる。
【0017】
本発明の鉄吸着及び/又は吸収剤は、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に適用することができる。したがって、本発明においては、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造工程等において、鉄を含有する用水や、原料溶液の製造溶液から、効果的に鉄分を除去することが可能となる。
【0018】
すなわち具体的には本発明は、[1]酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣からなる難水溶性の酵母酵素処理物を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤や、[2]酵母の酵素による溶解処理が、酵母の自己消化による溶解処理、又は、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、β−グルカナーゼ、エステラーゼ、リパーゼ、α−マンナナーゼ、マンノシダーゼ、及びフォスファターゼなどの酵素による溶解処理であることを特徴とする前記[1]記載の鉄吸着及び/又は吸収剤や、[3]難水溶性の酵母酵素処理物が、酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣のうち、低速の遠心分離によって沈降する重液画分であることを特徴とする前記[1]又は[2]記載の鉄吸着及び/又は吸収剤や、[4]酵母を酵素により溶解処理し、水溶性成分を除去した難水溶性の酵母酵素処理物からなる有効成分を、不溶化担体に固定した形状で調製したことを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれか記載の鉄吸着及び/又は吸収剤からなる。
【0019】
また、本発明は、[5]鉄を含有する溶液に、前記[1]〜[4]のいずれか記載の鉄吸着及び/又は吸収剤を接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を除去することを特徴とする溶液中の鉄分の除去方法や、[6]鉄を含有する溶液が、酒類製造工程における酒類製造溶液であることを特徴とする前記[5]記載の溶液中の鉄分の除去方法や、[7]酒類製造溶液が、清酒、ワイン又はビールの製造溶液であることを特徴とする前記[6]記載の溶液中の鉄分の除去方法や、[8]鉄を含有する溶液が、果汁飲料製造工程における果汁飲料製造溶液であることを特徴とする前記[5]記載の溶液中の鉄分の除去方法や、[9]酒類製造溶液又は果汁飲料製造溶液と、鉄吸着及び/又は吸収剤との接触処理、及び、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去を、酒類製造工程又は果汁飲料製造工程における濾過工程において同時に行うか、或いは、酒類製造溶液又は果汁飲料製造溶液と鉄吸着及び/又は吸収剤とを接触処理した後、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去工程を設けて行うことを特徴とする前記[5]〜[8]のいずれか記載の溶液中の鉄分の除去方法や、[10]鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去工程を、遠心分離又は限外濾過により行うことを特徴とする前記[9]記載の溶液中の鉄分の除去方法や、[11]酵母を酵素により溶解処理し、水溶性成分を除去した難水溶性の酵母酵素処理物を不溶化担体に固定した形状で調製した前記[4]記載の鉄吸着及び/又は吸収剤を、鉄を含有する溶液に接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を除去することを特徴とする溶液中の鉄分の除去方法や、[12]前記[1]〜[4]のいずれか記載の鉄吸着及び/又は吸収剤とフィチン酸とを、鉄を含有する溶液に接触処理をし、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を除去することを特徴とする前記[5]記載の溶液中の鉄分の除去方法からなる。
【0020】
更に、本発明は、[13]前記[5]〜[12]のいずれか記載の溶液中の鉄分の除去方法を用いて、製造溶液中の鉄分の除去を行って製造されたことを特徴とする鉄分の除去された飲料や、[14]飲料が、酒類又は果汁飲料であることを特徴とする前記[13]記載の鉄分の除去された飲料からなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に、安全かつ有効に適用でき、更にコスト的にも安価な鉄吸着及び/又は吸収剤を提供する。また、本発明は、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造工程等において、製品の品質や安定性に影響を及ぼす鉄を含有する用水や、製造溶液から、効果的に鉄分を除去すると共に、果汁飲料等の飲料や、酒類等の本来の香味に影響を及ぼすことなく鉄分の除去を行う方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物を初期鉄濃度6ppmの白ワイン用の果汁に添加した後、3日目の酵母酵素処理物に吸着及び/又は吸収された鉄量を示すグラフである(n=3)。
【図2】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物を初期鉄濃度6ppmの白ワイン用の果汁に添加した後、3日目の各果汁中の残存鉄濃度を示したグラフである(n=3)。
【図3】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物と酵母細胞壁画分であるBYCを初期鉄濃度5ppmの白ワイン用の果汁に添加した後、3日目の酵母酵素処理物、BYCに吸着及び/又は吸収された鉄量を示すグラフである(n=3)。
【図4】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物と酵母細胞壁画分であるAYCを初期鉄濃度5ppmの白ワイン用の果汁に添加した後、3日目の酵母酵素処理物、AYCに吸着及び/又は吸収された鉄量を示すグラフである(n=3)。
【図5】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物の脱臭処理のために、酵母酵素処理物を100℃の熱水中で5分間煮沸し、煮沸後遠心して回収するという操作を計3回繰り返した後、乾燥させた酵母酵素処理物の果汁での吸着及び/又は吸収された鉄量を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物を市販の白ワイン、および赤ワインに添加した後、1日目の各ワイン中の残存鉄濃度を示すグラフである。
【図7】本発明の実施例における酵母酵素処理物の鉄吸着及び/又は吸収試験において、酵母酵素処理物とフィチン酸を市販の白ワイン、および赤ワインに添加した後、1日目の各ワイン中の残存鉄濃度を示すグラフである(n=3)。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣からなる難水溶性の酵母酵素処理物を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤、及び、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、鉄を含有する溶液に鉄吸着及び/又は吸収剤を接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、除去することからなる溶液中の鉄分の除去方法からなる。
【0024】
本発明において、鉄吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母酵素処理物の調製のために用いる酵母としては、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、キャンディダ(Candida)属等の酵母を挙げることができる。
【0025】
本発明において、酵母酵素処理物を有効成分として鉄を吸着及び/又は吸収する際の「吸着」とは、酵母酵素処理物の表面に物質(鉄)が結合した状態を示しており、「吸収」とは酵母酵素処理物内部に物質(鉄)が入りこんだ状態を示す。
【0026】
本発明における酵母酵素処理物は、酵母を酵素処理、すなわち、酵母の自己消化による溶解処理、又は、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、β−グルカナーゼ、エステラーゼ、リパーゼ、α−マンナナーゼ、マンノシダーゼ、及びフォスファターゼなどの酵素による処理による溶解処理、例えば、放線菌産生酵素類又は担子菌産生酵素類による溶解処理を行った後、難水溶性の画分を分離及び回収することにより製造することができる。つまり、一般的な酵母エキスの製造法におけるエキス抽出後の残渣として得ることができる(特開2007−6838号公報、特開2007−274910号公報、特許第4045192号公報参照)。得られた画分は噴霧乾燥或いは凍結乾燥し用いることが可能で、必要に応じて、煮沸等による脱臭処理工程を追加しても良い。酵母酵素処理後、乾燥したものは、平均的に5〜30μmの粒径分布を示す。
【0027】
上記製造法により得られる酵母酵素処理物は、グルカンを主成分とする酵母細胞壁画分のみではなく、不溶性タンパク質を多く含む。酵母酵素処理物としてはそのようなタンパク質を多く含むことが望ましい。
【0028】
本発明の鉄を含有する溶液からの鉄分の除去方法において、鉄を含有する溶液の対象としては、特に限定されず、鉄を含む食品(飲料)や、用水等が挙げられるが、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去が、特に、有効な適用対象として挙げることができる。例えば、該果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去の対象としては、果汁、ジュース、ワイン、酒類一般が挙げられ、特に鉄吸着及び/又は吸収の効果が大きい果汁やワインの製造における鉄分の除去が有効な対象として挙げることができる。
【0029】
本発明において、溶液中の鉄分の除去方法を実施するには、酵母酵素処理物からなる吸着及び/又は吸収剤を、鉄を含有する溶液に接触させ、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収剤に吸着及び/又は吸収させることにより行うことができる。該接触方法は特に限定されず、直接対象に添加する方法や濾過材に混ぜての接触方法がある。酵母酵素処理物と鉄を含有する溶液を接触処理後、鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤は、除去されるが、該除去方法としては、濾過により濾過材と共に除去する方法、或いは、鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を、比較的低速の遠心分離や限外濾過等、通常の濾過剤除去に用いられている分離手段を用いて行うことができる。
【0030】
すなわち、飲料や、酒類の製造工程において、本発明の鉄分の除去方法を実施するには、酒類製造溶液又は果汁飲料製造溶液と鉄吸着及び/又は吸収剤の接触処理、及び鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去を、酒類製造工程又は果汁飲料製造工程における濾過工程において同時に行うか、或いは、酒類製造溶液又は果汁飲料製造溶液と鉄吸着及び/又は吸収剤の接触処理後、鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去工程を設けて行うことにより実施することができる。
【0031】
更に、飲料又は酒類製造で用いられている金属キレート剤であるフィチン酸と酵母酵素処理物を併用することで、酒類製造溶液、又は果汁飲料製造溶液中の鉄をさらに効率よく除去することが可能である。また、フィチン酸と酵母酵素処理物の併用によって鉄を含有する溶液から鉄分を吸着及び/又は吸収せしめるにあたって、フィチン酸、酵母酵素処理物はどの順序でも添加することができる。すなわち、フィチン酸が含まれた製造溶液に酵母酵素処理物を添加することや、酵母酵素処理物が含まれる溶液にフィチン酸を追添加すること、そしてフィチン酸と酵母酵素処理物を同時に添加することが可能である。
【0032】
本発明の溶液中の鉄分の除去方法において、溶液中の鉄分と吸着及び/又は吸収剤の有効成分である酵母酵素処理物との接触処理及び鉄分を吸着及び/又は吸収した酵母菌体の分離及び除去を効率的に行うために、酵母酵素処理物を不溶化担体に固定した形状で調製し、用いることができる。すなわち、酵母酵素処理物を不溶化担体に固定した形状の鉄吸着及び/又は吸収剤を、鉄を含有する溶液に接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該吸着及び/又は吸収剤を除去する方法で行なうことができる。
【0033】
酵母酵素処理物を不溶化担体に固定する方法としては、公知の不溶化担体への固定化法を用いることができる。用いる不溶化担体は、酒類や飲料の製造に用いることから、その素材が選択されるが、食品添加物として認められているアルギン酸塩などは有効に用いることができる。また、多孔性無機材料、例えば、多孔性ガラスも適当な固定化材として用いることができる。その他、セルロース、デキストロース、アガロース等の多糖類の誘導体や、合成高分子ゲル、スチレンビーズ等も不溶化担体として用いることができる。
【0034】
酵母酵素処理物の不溶化担体への固定の形状は、ビーズ状、シート状、テープ状、ヒモ状、その他任意の形状のものであってもよい。ビーズ状の場合は、「篭」状の収容部材で容器内部に固定させることができる。また、該ビーズを充填したカラムを用いて、酵母酵素処理物と、鉄を含有する溶液との接触処理を行うことができる。また、シート状、テープ状、ヒモ状その他の一次元的ないし二次元的な広さをもつ形状の場合には、酵母酵素処理物と、鉄を含有する溶液との接触処理を行う容器内壁への貼着(シート等の全面または一端で)によって容器内壁への固定を行なうことができる。
【0035】
以下、実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらによってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
[酵母酵素処理物の果汁における鉄分の吸着及び/又は吸収]
【0037】
<方法>
酵母酵素処理物(以下、YER)は、放線菌産生酵素類(5’−リン酸生成型ヌクレア−ゼ、デアミナーゼ、及びプロテアーゼを必須構成成分とする酵素類)及び、担子菌産生酵素類(プロテアーゼ、セルラーゼ、及びグルカナーゼを必須構成成分とする酵素類)を用いた酵母エキス製造法(特許第4045192号公報)におけるエキス抽出残渣を乾燥粉末化することで得た。白ワイン用の果汁(20Brix、30mL)に硫酸第一鉄を鉄濃度換算で6ppm追添加したものに100,1000,3000,10000ppmとなるようにYERを添加し、25℃で3日間静置後、遠心分離(3000rpm、5分)を行うことでYERと果汁を分離した。果汁中の鉄濃度を原子吸光度計(アナリティクイエナ社、contrAA700、フレーム法)を用いて測定し、YER無添加の果汁中の鉄濃度との差を鉄吸着及び/又は吸収量と定義した。
【0038】
<結果>
YERの鉄吸着及び吸収量をグラフで表したものを図1に、果汁中の残存鉄濃度をグラフで表したものを図2に示した。図1、図2に示されるように、YERには高い鉄吸着及び/又は吸収作用があることが明らかになった。
【実施例2】
【0039】
[各酵母素材の果汁における鉄分の吸着及び/又は吸収]
【0040】
<方法>
実施例1と同様にして得た乾燥粉末状になった酵母酵素処理物(以下、YER)及びキリン協和フーズ株式会社から販売されている酵母細胞壁であるBYCを白ワイン用の果汁(20Brix、30mL)に硫酸第一鉄を鉄濃度換算で5ppm追添加したものに3000ppmとなるように添加した。同じくして、乾燥粉末状になったYERおよびキリン協和フーズ株式会社から販売されている酵母細胞壁であるAYC(商品名:イーストラップ、固形分含量8.5%)を凍結乾燥により粉末状にしたものを、白ワイン用の果汁(20Brix、30mL)に硫酸第一鉄を鉄濃度換算で5ppm追添加したものに3000ppmとなるように添加した。両実験ともに25℃で3日間静置後、遠心分離(3000rpm、5分)を行うことで添加した酵母素材と果汁を分離した。果汁中の鉄濃度を原子吸光度計(アナリティクイエナ社、contrAA700、フレーム法)を用いて測定し、酵母素材無添加の果汁中の鉄濃度との差を鉄吸着及び/又は吸収量と定義した。YERの鉄吸着及び/又は吸収量を1とした場合の他の酵母素材の鉄吸着及び/又は吸収量を相対量で表したものを図3、4に示した。
【0041】
<結果>
図3、図4に示されるように、YERには高い鉄吸着及び吸収作用があることが明らかになった。また酵母細胞壁であるAYC、BYCにはYERほどの高い鉄吸着及び/又は吸収性はなく、酵母細胞壁(主にグルカン)を主成分とするAYC、BYCよりもタンパク質含量の高いYERに特に高い鉄吸着及び/又は吸収性があることが示された。
【実施例3】
【0042】
[酵母酵素処理物の脱臭処理による鉄吸着及び/又は吸収量の変化]
【0043】
<方法>
酵母酵素処理物の脱臭処理のために、実施例1と同様にして得た乾燥粉末状になった酵母酵素処理物(以下、YER)を100℃の熱水中で5分間煮沸し、煮沸後遠心して回収するという操作を計3回繰り返した。脱臭処理が終わったYERを風乾し、白ワイン用の果汁(20Brix、30mL)に硫酸第一鉄を鉄濃度換算で5ppm追添加したものに1000,3000ppmとなるように添加し、25℃で1日間静置後、遠心分離(3000rpm、5分)を行うことでYERと果汁を分離した。果汁中の鉄濃度を原子吸光度計(アナリティクイエナ社、contrAA700、フレーム法)を用いて測定し、YER無添加の果汁中の鉄濃度との差を鉄吸着及び/又は吸収量と定義した。
【0044】
<結果>
結果を図5に示す。図5に示されるように、YERは熱水処理などの熱水処理を行っても、鉄吸着及び/又は吸収性は失わず、鉄吸着及び/又は吸収剤として利用できることが明らかになった。
【実施例4】
【0045】
[酵母酵素処理物のワインにおける鉄分の吸着及び/又は吸収]
【0046】
<方法>
実施例1と同様にして得た乾燥粉末状になった酵母酵素処理物(以下、YER)を市販の白ワイン、及び赤ワインに3000ppmとなるように添加し、25℃で1日間静置後、遠心分離(3000rpm、5分)を行うことでYERとワインを分離した。ワイン中の鉄濃度を原子吸光度計(アナリティクイエナ社、contrAA700、フレーム法)を用いて測定した。
【0047】
<結果>
YERの添加有無によるワイン中の鉄濃度の変化の結果を図6に示す。図6に示されるように、YERは果汁だけでなくワイン中の鉄分除去にも使用できることが明らかになった。
【実施例5】
【0048】
[酵母酵素処理物とフィチン酸の相乗効果]
【0049】
<方法>
市販の白ワイン、および市販の赤ワインに実施例1と同様にして得た乾燥粉末状になった酵母酵素処理物(以下、YER)とフィチン酸を両方、あるいは単独で添加した。YERの添加量は3000ppmでフィチン酸は20ppmの濃度で添加を行った。添加後、25℃で1日間静置し、遠心分離(3000rpm、5分)および濾過(0.22μm)を行うことでYER、フィチン酸とワインを分離した。ワイン中の鉄濃度を原子吸光度計(アナリティクイエナ社、contrAA700、フレーム法)を用いて測定し、実験区それぞれの残存鉄濃度の結果を図7に示した。
【0050】
<結果>
図7の白ワインの結果に示されるように、YERはフィチン酸の効果が出にくいワインに対しても鉄除去効果を発揮することがわかった。更に、フィチン酸とYERを併用した場合、単独添加の場合に比べて相乗的に働くことがわかった。また、その効果はフィチン酸の効きにくいワインに対して、より顕著であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造に際しての鉄分の除去に適用でき、更に、コスト的にも安価な鉄吸着及び/又は吸収剤を提供する。また、本発明は、該鉄吸着及び/又は吸収剤を用いて、果汁飲料等の飲料や、酒類等の製造工程等において、製品の品質や安定性に影響を及ぼす鉄を含有する用水や、製造溶液から、簡便な手段で、効果的に鉄分を除去する方法を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣からなる難水溶性の酵母酵素処理物を有効成分とする鉄吸着及び/又は吸収剤。
【請求項2】
酵母の酵素による溶解処理が、酵母の自己消化による溶解処理、又は、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、β−グルカナーゼ、エステラーゼ、リパーゼ、α−マンナナーゼ、マンノシダーゼ、及びフォスファターゼなどの酵素による溶解処理であることを特徴とする請求項1記載の鉄吸着及び/又は吸収剤。
【請求項3】
難水溶性の酵母酵素処理物が、酵母を酵素により溶解処理し、エキス分を除去した残渣のうち、低速の遠心分離によって沈降する重液画分であることを特徴とする請求項1又は2記載の鉄吸着及び/又は吸収剤。
【請求項4】
酵母を酵素により溶解処理し、水溶性成分を除去した難水溶性の酵母酵素処理物からなる有効成分を、不溶化担体に固定した形状で調製したことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の鉄吸着及び/又は吸収剤。
【請求項5】
鉄を含有する溶液に、請求項1〜4のいずれか記載の鉄吸着及び/又は吸収剤を接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を除去することを特徴とする溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項6】
鉄を含有する溶液が、酒類製造工程における酒類製造溶液であることを特徴とする請求項5記載の溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項7】
酒類製造溶液が、清酒、ワイン又はビールの製造溶液であることを特徴とする請求項6記載の溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項8】
鉄を含有する溶液が、果汁飲料製造工程における果汁飲料製造溶液であることを特徴とする請求項5記載の溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項9】
酒類製造溶液又は果汁飲料製造溶液と、鉄吸着及び/又は吸収剤との接触処理、及び、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去を、酒類製造工程又は果汁飲料製造工程における濾過工程において同時に行うか、或いは、酒類製造溶液又は果汁飲料製造溶液と鉄吸着及び/又は吸収剤とを接触処理した後、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去工程を設けて行うことを特徴とする請求項5〜8のいずれか記載の溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項10】
鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤の除去工程を、遠心分離又は限外濾過により行うことを特徴とする請求項9記載の溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項11】
酵母を酵素により溶解処理し、水溶性成分を除去した難水溶性の酵母酵素処理物を不溶化担体に固定した形状で調製した請求項4記載の鉄吸着及び/又は吸収剤を、鉄を含有する溶液に接触処理して、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を除去することを特徴とする溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項12】
請求項1〜4のいずれか記載の鉄吸着及び/又は吸収剤とフィチン酸とを、鉄を含有する溶液に接触処理をし、溶液中の鉄分を吸着及び/又は吸収させ、該鉄分を吸着及び/又は吸収した吸着及び/又は吸収剤を除去することを特徴とする請求項5記載の溶液中の鉄分の除去方法。
【請求項13】
請求項5〜12のいずれか記載の溶液中の鉄分の除去方法を用いて、製造溶液中の鉄分の除去を行って製造されたことを特徴とする鉄分の除去された飲料。
【請求項14】
飲料が、酒類又は果汁飲料であることを特徴とする請求項13記載の鉄分の除去された飲料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−139151(P2012−139151A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293418(P2010−293418)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】