酵素遺伝子スクリーニング法
【課題】巨大な環境メタゲノムライブラリーから、簡便、効率的かつ高感度に、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的酵素遺伝子をスクリーニングするための新しい方法を提供するとともに、これにとどまらず、単一の生物であるか複合生物であるか、あるいは既知、未知を問わず極めて多種の生物細胞試料から目的の酵素活性を保持する生物あるいはその遺伝子を迅速にスクリーニングする方法を提供する。
【解決手段】スクリーニング標的となる酵素遺伝子を保持する細胞に、その酵素反応により生じる物質(生成物)によって発現が誘導される遺伝子ユニット(例えば転写制御因子やリボスイッチ)と該酵素遺伝子発現を検出するレポーター遺伝子とを含むセンシングベクターを導入するか、あるいは該ベクターを導入したセンシング細胞と上記標的酵素遺伝子保持細胞とを共培養し、レポーター遺伝子の発現の有無を指標にして、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的とする酵素遺伝子をスクリーニングする。
【解決手段】スクリーニング標的となる酵素遺伝子を保持する細胞に、その酵素反応により生じる物質(生成物)によって発現が誘導される遺伝子ユニット(例えば転写制御因子やリボスイッチ)と該酵素遺伝子発現を検出するレポーター遺伝子とを含むセンシングベクターを導入するか、あるいは該ベクターを導入したセンシング細胞と上記標的酵素遺伝子保持細胞とを共培養し、レポーター遺伝子の発現の有無を指標にして、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的とする酵素遺伝子をスクリーニングする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的酵素遺伝子を含む細胞あるいは標的酵素遺伝子のスクリーニング方法、該スクリーニング法に使用するセンシングベクター、及び該ベクターを保持したセンシング細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微生物等の保持する酵素がさまざまな化学物質の生産に利用されている。これに伴い、微生物等から新規酵素遺伝子を獲得する試みが盛んに行われている。酵素の遺伝子を獲得する際には、通常まず目的の活性を持った微生物を環境サンプルから単離し、次に単離された微生物から目的の酵素活性を担う遺伝子をクローニングすることにより行われる。目的の活性の有無は、基質の変換により生じた生成物をHPLC等により反応液中より分離し、化合物を同定することで確認する方法や、より簡便には、生成物の有する発色団の生成を分光学的に検出する方法によって行われる。
【0003】
しかしながら、そもそも微生物を単離・培養するという作業には大きな問題点がある。近年、分子生態解析の手法が確立されてくると、環境中の大多数の微生物は未だに単離・培養されたことがなく、またそれらの多くが難培養性であると考えられるようになってきた(非特許文献1)。これは、微生物を単離・培養するという工程を介しては、環境中に含まれる微生物の有する遺伝子のごく一部しか利用できないことを意味している。そこで最近、微生物を単離・培養することなく、環境試料から直接DNAを抽出し(環境DNAあるいはメタゲノムと呼ばれている)、DNAライブラリーを構築し、遺伝子のスクリーニングがなされるようになってきている(非特許文献2)。作製された環境メタゲノムライブラリーはその遺伝子資源の多様性を担保する為、巨大なライブラリーとなる。
【0004】
このような巨大なライブラリーをスクリーニングするのに、上述のような従来法による方法を適用していては、多大な労力を要する。生成物を直接検出する方法は試料の処理や分析に多大な時間を要し、多数の試料の分析に適しているとは言い難い。また色素の呈色反応も感度の点で、大きな問題がある。そのため、巨大な環境メタゲノムライブラリーのスクリーニングに適した、簡便かつ高感度に、多数の試料をスクリーニングするための新しい方法の開発が望まれている。
【0005】
【非特許文献1】Amann RI, Ludwig W, Schleifer KH.Phylogeneticidentification and in situ detection of individual microbial cells withoutcultivation. Microbiol Rev. 1995 59:143-69.
【非特許文献2】Lorenz P, Liebeton K, Niehaus F, Eck J.Screening for novel enzymes for biocatalytic processes: accessing themetagenome as a resource of novel functional sequence space. Curr OpinBiotechnol. 2002 13:572-7.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、巨大な環境メタゲノムライブラリーから、簡便、効率的かつ高感度に、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的酵素遺伝子をスクリーニングするための新しい方法を提供するとともに、これにとどまらず、単一の生物であるか複合生物であるか、あるいは既知、未知を問わず極めて多種の生物細胞試料から目的の酵素活性を保持する生物あるいはその遺伝子を迅速にスクリーニングする方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、スクリーニング標的となる酵素遺伝子を保持する細胞に、その酵素反応により生じる物質(生成物)によって発現が誘導される遺伝子ユニット(例えば転写制御因子やRNAリボスイッチ)と該酵素遺伝子発現を高感度に検出するレポーター遺伝子(例えば発光タンパク質、蛍光物質生成酵素、色素生成酵素、薬剤耐性を付与する遺伝子)をクローン化したベクター(以下センシングベクターと記載)を導入するか、あるいは該ベクターを導入したセンシング細胞と上記標的酵素遺伝子保持細胞とを共培養することにより、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的とする酵素遺伝子を簡便、効率的かつ高感度にスクリーニングできることを見いだし、本発明を完成するに至ったものである。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0008】
(1)(A)標的酵素遺伝子の探索対象細胞に、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含むセンシングベクターを導入し、得られる形質転換細胞を培養するか、あるいは(B)上記探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とを混合培養するとともに、培地に標的酵素遺伝子の基質化合物を含有せしめ、レポーター遺伝子の発現の有無を指標にして、標的酵素遺伝子を含有する細胞を検出することを特徴とする、標的酵素遺伝子を含有する細胞、あるいは標的酵素遺伝子をスクリーニングする方法。
(2)探索対象細胞が複合生物群の細胞であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3)探索対象細胞が、遺伝子ライブラリーを構成する各クローン化遺伝子を含む細胞であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)遺伝子ライブラリーが、単一生物の遺伝子から構成されるライブラリーである、上記(3)に記載の方法。
(5)遺伝子ライブラリーが、複合生物群の遺伝子から構成されるライブラリーであることを特徴とする、上記(3)に記載の方法。
(6)探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とがゲルマイクロドロップに封入されていることを特徴とする上記(1)〜(5)に記載の方法。
(7)ゲルマイクロドロップをフローソーティングによって選別することを特徴とする、上記(6)に記載の方法。
(8)センシング細胞が、細胞膜の物質透過性の促進処理剤により処理されたものであることを特徴とする、上記(1)〜(7)に記載の方法。
(9)レポーター遺伝子が、蛍光タンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載の方法。
(10)レポーター遺伝子が、蛍光物質生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載の方法。
(11)レポーター遺伝子が、色素生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載の方法。
(12)レポーター遺伝子が、薬剤耐性を付与する遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載に方法。
(13)標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、転写制御因子をコードする遺伝子であることを特徴とする上記(1)〜(12)に記載の方法。
(14)標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、RNAリボスイッチをコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(12)に記載の方法。
(15)細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシングベクターであって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子を含む上記センシングベクター。
(16)細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシング細胞であって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含む上記センシングベクターが導入された、上記センシング細胞。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、標的とする酵素遺伝子を保持する細胞あるいは該酵素遺伝子を、該酵素遺伝子がコードする酵素の酵素反応により生じる物質(生成物)によって発現が誘導される遺伝子ユニット(例えば転写制御因子やRNAリボスイッチ)と該酵素遺伝子発現を高感度に検出するレポーター遺伝子をクローン化したベクター(以下センシングベクターと記載)を導入するか、あるいは該ベクターを導入したセンシング細胞を使用してスクリーニングするものであって、特に、巨大な環境メタゲノムライブラリーから、簡便、効率的かつ高感度に、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的酵素遺伝子をスクリーニングすることが可能になる点で画期的なものである。しかも、このような巨大な遺伝子ライブラリーのみではなく、単一の生物であるか複合生物であるか、あるいは既知、未知を問わず極めて多種の生物細胞試料から目的の酵素活性を保持する生物細胞あるいはその酵素遺伝子を簡便、効率的に探索可能にするという効果を有し、原理的にも広い汎用性を有するものであり、有用な酵素遺伝子あるいはこれを保持する細胞の探索において大いに資するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、目的とする酵素遺伝子を含有する細胞あるいは該酵素遺伝子をスクリーニングするために新たに構築した該酵素遺伝子の検出手段にその特徴を有するものであり、該酵素遺伝子の検出手段は、いわば誘導的遺伝子発現装置といえるものであって、レポーター遺伝子が、酵素遺伝子の発現により発現誘導されるように構成されているものである。
このような酵素遺伝子の検出手段のより具体的な例は、予め目的の酵素活性により生じる生成物によって活性化される遺伝子発現因子と該因子の活性化により発現が誘導されるレポーター遺伝子を組み込んだベクター及び該ベクターを保持した細胞である。本明細書においては、上記ベクターをセンシングベクターといい、上記細胞をセンシング細胞という。
【0011】
本発明のスクリーニング方法の第1の態様は、探索対象細胞に上記センシングベクターを導入し、標的酵素の基質を入れた状態で培養する方法である。
探索対象細胞中に標的酵素遺伝子が存在し、該酵素遺伝子が発現すると、基質は酵素反応により変換され、生じた生成物は、センシングベクター上の遺伝子ユニットである遺伝子発現因子を活性化し、レポーター遺伝子の発現が起きる。レポーター遺伝子の発現した探索対象細胞は標的酵素遺伝子が存在する細胞である。これにより、標的酵素遺伝子を含有する細胞を選別でき、さらに、該細胞から標的酵素遺伝子を得ることができる。
【0012】
本発明のスクリーニング方法の第2の態様は、探索対象細胞と上記センシング細胞とを標的酵素の基質を入れた状態で混合培養する方法である。探索対象細胞中に標的酵素遺伝子が存在し、該酵素遺伝子が発現すれば、基質は生成物に変換される。培地中の生成物は、センシング細胞に取り込まれ、センシング細胞に保持されたセンシングベクター上の遺伝子発現因子を活性化させ、レポーター遺伝子を発現させる。したがって、この手法によっても標的酵素遺伝子を含有する細胞を選別でき、さらに、該細胞から標的酵素遺伝子を得ることができる。上記センシング細胞が、上記酵素反応生成物を細胞内に取り込みにくい細胞、例えばグラム陰性細菌等を宿主として作成された場合、細胞膜の物質透過性を促進する処理剤で処理することも可能であり、このような処理剤としては、例えばジメチルスルホキシド、ポリミキシンBノナペプチド等を挙げることが出来る。
【0013】
本発明において、標的酵素遺伝子の探索対象となる細胞は特に制限はないが、例えば、遺伝子ライブラリーを構成する細胞クローンが挙げられ、該遺伝子ライブラリーは、単一生物由来の遺伝子ライブラリーであっても、複合生物由来の遺伝子ライブラリーであってもよい。本発明は、特に、環境サンプル由来の巨大なメタゲノムライブラリー中の酵素遺伝子のスクリーニングを高効率に行える点で好適である。
さらに、本発明においては、特に遺伝子ライブラリーを構築せずに、個々に分離された細胞を標的酵素遺伝子の探索対象細胞としてもよく、例えば、環境サンプル等の複合生物群を構成する各細胞を分離し、これら細胞をそのまま標的酵素遺伝子の探索対象細胞として用いてもよい。また、細胞の種類も特に限定されず、微生物、動物あるいは植物等の各種の細胞を用いることができる。
【0014】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の方法によってスクリーニング可能な酵素遺伝子の一例は、特定の化合物の変換反応を触媒する酵素遺伝子である。例えば、ベンズアミドのアミド基に水分子由来のヒドロキシイオンを導入し安息香酸を生産する酵素「ベンズアミド アミドハイドロラーゼ (benzamide amidohydrolase EC 3.5.1.4) (Wu S, Fallon RD, Payne MS. Cloning and nucleotide sequence of amidase gene from Psudomonas putida. DNA Cell Biol. 1998 17:915-920.)などが該当する。さらに、エステラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ、ペプチダーゼ、トランスアミナーゼ、ポリガラクツロナーゼ、ニトリラーゼ、ニトリルヒドラターゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、デカルボキシラーゼ、ヘミセルラーゼ、ペルオキシダーゼ、キチナーゼ、オキシゲナーゼ、ラッカーゼ、グルコースオキシダーゼ、ペクチナーゼ、アミラーゼ、ガラクタナーゼ、アラビナーゼ、キシラナーゼ又はセルラーゼなども含まれるが、これらに限定されない。
【0015】
以下に、目的の酵素遺伝子を保持する細胞を、センシングベクターを用いてスクリーニングする例に挙げて、本発明をさらに説明する。
本発明においては、例えば、遺伝子ライブラリー中の酵素遺伝子をスクリーニングする場合、遺伝子ライブラリーを構築した細胞群をさらにセンシングベクターで形質転換させ、ライブラリーとセンシングベクターを同一細胞内に含む細胞群を作製する。あるいはセンシングベクターを用いて遺伝子ライブラリーを作製することも可能である。
一方、本発明においては、上記したように、遺伝子ライブラリーとセンシングベクターをそれぞれ別の細胞群として作製しても構わない。この場合スクリーニングを行う対象として遺伝子ライブラリーを構築せずに複合生物群の各細胞を用いることも可能である。
【0016】
上記ライブラリーとセンシングベクターを同一細胞内に含む細胞群を培養し、酵素活性によってセンシングベクターに検知される化合物を生じるような基質化合物を培養液に加える。酵素活性を発現する細胞では、生成する化合物によりレポーター遺伝子の活性化が起こる為、レポーター遺伝子の発現に基づく表現型を指標に、酵素活性を発現しない細胞群と明確に選別することができる。遺伝子ライブラリーとセンシングベクターをそれぞれ別の細胞群として作製した場合、複合生物系を用いた場合も、同様である。
【0017】
上記したように、センシングベクターはレポーター遺伝子と、その発現を制御する遺伝子因子を含むベクターであるが、どちらか一方が染色体ゲノム上に存在していてもあるいは別々のベクター上に存在していてもよい。センシングベクターにより形質転換された細胞は、酵素反応により生じる化合物により活性化される遺伝子発現制御因子(例えば転写制御因子やリボスイッチなど)によりレポーター遺伝子の発現が誘導される。これにより、酵素反応により生じる生成物を最終的にはレポーター遺伝子の表現型として捉えることができる。
【0018】
遺伝子発現制御因子の一例は、細胞質内、細胞質外に存在する特定の化合物を感知し、他の遺伝子の発現を制御するようなタンパク質をコードする遺伝子である。例えば、培養上清中の安息香酸を認識してその近傍の遺伝子の発現を活性化する転写制御因子、benR遺伝子(Cowles CE, Nichols NN, Harwood CS. BenR, a XylS homolog, regulates three different pathways of aromatic acid degradation in Pseudomonas putida. J. Bacteriol. 2000 182:6339-6346.)等が該当する。さらにアラビノースを認識するaraC、アロラクトースを認識するlacI、オクタンを認識するalkS、トルエンを認識するxylRなども含まれるが、これらに限定されない。既知の転写制御因子に、目的とする化合物を認識する転写制御因子がない場合は、既知の方法(Uchiyama T, Abe T, Ikemura T, Watanabe K. Substrate-induced gene-expression screening of environmental metagenome libraries for isolation of catabolic genes. Nat. Biotechnol. 2005 23:88-93.)等を利用して新たに獲得することができる。
【0019】
この方法は、メタゲノムライブラリーから任意の転写制御因子をスクリーニングする方法である。すなわちメタゲノムライブラリーを作成する際のベクターに、プロモーター配列の無い緑色蛍光蛋白質等のマーカー遺伝子を挿入しておき、その上流にメタゲノムをクローン化する。その結果メタゲノム上にコードされている、或る基質に反応して転写制御を行うような因子が下流の緑色蛍光蛋白質の発現をコントロールする可能性が生じる。このようなクローンは培地中にその或る基質を与えてやることによって、緑色蛍光蛋白質を発現するようになるので、これを指標に任意の転写制御因子をメタゲノムライブラリーからスクリーニングすることが可能となる。
【0020】
或いは既知の転写制御因子を分子進化させることにより、人為的に作製することができる(Garmendia J, Devos D, Valencia A, de Lorenzo V. A la carte transcriptional regulators: unlocking responses of the prokaryotic enhancer-binding protein XylR to non-natural effectors. Mol. Microbiol. 2001 42:47-59.)。また遺伝子発現制御遺伝子として、RNAリボスイッチを利用することもできる(Nomura Y, Yokobayashi Y. Reengineering a natural riboswitch by dual genetic selection. J. Am. Chem. Soc. 2007 129:13814-13815.)。
【0021】
RNAリボスイッチとは、メッセンジャーRNA単位の発現制御機構である。RNAリボスイッチを含んだ代謝酵素遺伝子をコードするメッセンジャーRNAの翻訳は、RNAが二次構造を形成することによって妨げられている。しかしながらその二次構造に上記代謝酵素の標的基質が結びつくことによって二次構造が解消され、翻訳が開始されるような発現制御のことを正のRNAリボスイッチと称している。
【0022】
センシングベクター上のレポーター遺伝子とは、好ましくは宿主細胞が本来保持していない遺伝子であり、レポーター遺伝子を発現する細胞と発現しない細胞とを活性検出プレート上や液中で容易に選別できるものである。これには、蛍光タンパク質(緑色蛍光タンパク質等)遺伝子、蛍光物質生成酵素(ルシフェラーゼ等)遺伝子、薬剤耐性酵素(ベータラクタマーゼ等)遺伝子、色素生成酵素(カロテノイド合成酵素等)などが含まれるが、目的に適うものであれば、これに限定されるものではない。
【0023】
レポーター遺伝子として蛍光タンパク質をコードする遺伝子を用いた場合、陽性細胞の選択にマイクロプレートリーダーを用いることにより、効率的なスクリーニングが可能となる。一般的に酵素活性の検出は、生成物に特有の吸収スペクトルを指標に、比色定量法などにより行われるが、基質と明確に区別される吸収がない場合などでは、適用することができない。また生成物の吸収が大きくない場合にも、十分な感度を得ることができない。それと比較し、酵素反応生成物を細胞の蛍光強度を介して検出することにより、吸収変化と比較し、高い感度で活性検出を行うことができる。蛍光タンパク質の発現が誘導された陽性細胞を効率よく回収できる範囲を検討した結果、蛍光マーカー陰性細胞の2倍から100倍の蛍光強度の範囲で回収することが望ましいことも発見している。
【0024】
さらに、レポーター遺伝子として蛍光タンパク質をコードする遺伝子を用いた場合、陽性細胞の選択にフローサイトメーターによるソーティング法を用いることもできる。この場合、遺伝子ライブラリー中の個々の細胞をプレート培養によりコロニー化して単離したあとスクリーニングする必要性はなく、液体培養中での混合状態のまま基質化合物と混合し、反応を行わせしめ、反応の結果生じる生成物により蛍光を発する細胞をソーティングにより選抜する。本方法により蛍光細胞を選抜する際には、蛍光マーカー非発現細胞の10倍から1000倍強度の範囲の蛍光クローンを回収することが望ましいことも発見している。
【0025】
レポーター遺伝子として蛍光物質生成酵素(例:ルシフェラーゼ)遺伝子あるいは蛍光生成基質とその基質分解酵素遺伝子(例:β−ガラクトシダーゼと4−メチルウンベリフェロン−β−D−ガラクトピラノシド)を利用することも可能である。
この場合、レポーター遺伝子にコードされた酵素が、蛍光などを発しない物質を、蛍光などを発する物質に変換することが望ましい。これにより、フローソーティングを用いて、発光細胞(レポーター遺伝子が発現した細胞)と非発光細胞(レポーター遺伝子が発現していない細胞)を高効率に選別できるようになる。
【0026】
レポーター遺伝子として色素生成遺伝子(例;カロテノイド合成酵素)あるいは色素生成基質とその基質分解酵素遺伝子(例;β−ガラクトシダーゼと−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド)も利用可能である。この場合、レポーター遺伝子にコードされた酵素が、色素などを発しない物質を、色素などを発する物質に変換することが望ましい。これにより、マイクロプレートリーダーを用いて、色素細胞(レポーター遺伝子が発現した細胞)と非色素細胞(レポーター遺伝子が発現していない細胞)を高効率に選別できるようになる。
【0027】
また、レポーター遺伝子として薬剤耐性遺伝子(例:ベータラクタマーゼ、カナマイシン耐性タンパク質、ハイグロマイシン耐性タンパク質、ブレオマイシン耐性タンパク質等)を利用することも可能である。この場合、レポーター遺伝子にコードされた薬剤耐性付与因子が、培地中に含まれる薬剤を不活化させること等により、目的酵素遺伝子を含むクローンのみが増殖可能となる。これにより特定の薬剤含有培地を用いて、生育可能な細胞(レポーター遺伝子が発現した細胞、すなわち目的酵素遺伝子が発現した細胞)と死滅細胞(レポーター遺伝子が発現していない細胞)を高効率に選別できる。
【0028】
本発明によるフローソーティングを用いた遺伝子スクリーニング法は、単離された生物のゲノムから特定の酵素遺伝子をクローニングする際に特に有用である。一方で、上記の遺伝子スクリーニング法は、巨大な環境メタゲノムライブラリーから酵素遺伝子をクローニングする際にも極めて有効である。メタゲノムライブラリー作製に用いられるゲノムDNAは、環境中の多様な微生物に由来する。例えば土壌中には、数千種以上の異なる微生物が存在することが示唆されている(Torsvik V, Ovreas L, Thingstad TF. Prokaryotic diversity-magnitude, dynamics, and controlling factors. Science 2002 296:1064-1066.)。これを基に計算すると、メタゲノム由来のプラスミドベクターライブラリーを寒天プレート上のコロニーとしてスクリーニングを行う場合、100万コロニーから1000万コロニーをスクリーニングしなければならない。
【0029】
一方、フローソーティングのような液中でスクリーニングを行う方法をとることができるならば、スクリーニングは極めて効率的になる。例えば、この中から目的の酵素活性を発現しているクローンを選別する際にフローサイトメーターを用いれば、100万個のクローンライブラリーから目的の発光細胞を選別するのに10分を要しない。マイクロタイタープレートとマイクロタイタープレートリーダーを使用する場合は、1ウェルあたりに含まれるクローン数を100クローン以上にすることにより、迅速な蛍光の検出を可能にすることができる。
【0030】
センシングベクターの一例として、レポーター遺伝子として蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、転写制御因子としてbenRを用いて構築したp19GFPbenR(配列番号1)およびpCmGFPbenR(配列番号2)の全配列(図1、2)とその構造(図3、4)を示す。p19GFPbenRとpCmbenRgfpは、それぞれpUC19(TaKaRa)、pHSG396(TaKaRa)のマルチクローニングサイトにlacプロモーターと反対方向にbenR遺伝子と、その下流に変異型gfp遺伝子(Cormack BP, Valdivia RH, Falkow S. FACS-optimized mutants of the green fluorescent protein (GFP). Gene 1996 173:33-38.)を挿入し、GFPの発現が安息香酸によって誘導されるように構築されたものである。
【0031】
上記の酵素遺伝子クローニング法において、遺伝子ライブラリーとセンシングベクターをそれぞれ別の細胞群として作製した場合のスクリーニング法について述べる。即ちセンシングベクターを保持したセンシング細胞と遺伝子ライブラリーにより形質転換された組換え生物ライブラリーの各細胞クローンを混合培養し、遺伝子ライブラリー中に存在する標的酵素遺伝子を保持した細胞クローンの活性を検出するような方法である。この場合スクリーニングを行う対象として組換え生物ライブラリー以外に、複合生物群の細胞を利用することも可能となる。
【0032】
レポーター遺伝子としてGFP等の蛍光タンパク質をコードする遺伝子を用いた場合、陽性クローンの選択にマイクロタイタープレートとマイクロタイタープレートリーダーを用いることにより効率的なスクリーニングが可能となる。1ウェル毎に独立した遺伝子ライブラリークローンとセンシング細胞とを混合培養し、任意の酵素活性をGFPの蛍光の有無により検出するのである。蛍光タンパク質の発現が誘導された陽性クローンを効率よく回収できる範囲を検討した結果、蛍光マーカー陰性細胞の2倍から100倍の蛍光強度の範囲で回収することが望ましいことも発見している。また1ウェル毎に100以上の独立した遺伝子ライブラリークローンを混ぜた状態であっても、その中の1つの陽性クローンを検出することも可能であることを発見している。
【0033】
また、マイクロタイタープレートのウェルを利用する代わりとして、ゲルマイクロドロップを最小の反応場として利用することも可能である(Katsuragi T, Tanaka S, Nagahiro S, Tani Y. Gel microdroplet technique leaving microorganisms alive for sorting by flow cytometry. J. Microbiol. Methods. 2000 42:81-86.)。直径50μm以下のゲルマイクロドロップ内にセンシング細胞と独立した1種類の遺伝子ライブラリークローンを閉じこめゲルマイクロドロップ内で混合培養し、目的の酵素活性をGFPの蛍光の有無により検出するのである。ゲルマイクロドロップを利用した場合は、陽性クローンの選択にフローサイトメーターによるフローソーティングを用いることにより、迅速なスクリーニングが可能である。目的酵素の活性により蛍光性となったセンシング細胞を含むゲルマイクロドロップを、フローソーティングにより選抜するために効率よく回収できる範囲を検討した結果、GFP非発現細胞の10倍から1000倍の蛍光強度の範囲を回収することが望ましいとの知見も得ている。
【0034】
レポーター遺伝子の発現により、目的とする酵素遺伝子の存在が検出された細胞は、遺伝子ライブライブラリーを探索対象として使用した場合、該酵素遺伝子により組み換えられたクローン化ベクターを含むので、該細胞のスクリーニングは、目的とする酵素遺伝子のスクリーニングに直ちに結びつく。すなわち該細胞から該ベクターを採取し、目的とする酵素遺伝子を切り出すことにより、目的酵素遺伝子を得ることができる。また、塩基配列を同定後、PCRにより、該酵素遺伝子を増幅することもできる。
【0035】
探索対象細胞が複合細胞系の場合の、目的遺伝子を保持する細胞の採取法としては、ゲルマイクロドロップを最小の反応場として利用することが可能である。ゲルマイクロドロップ内にセンシング細胞と独立した1種類の細胞を閉じこめ、ゲルマイクロドロップ内で混合培養し、目的の酵素活性をGFPの蛍光の有無により検出するのである。ゲルマイクロドロップを利用した場合は、陽性細胞の選択にフローサイトメーターによるフローソーティングを用いることにより、迅速なスクリーニングが可能である。目的酵素の活性により蛍光性となったセンシング細胞を含むゲルマイクロドロップを、フローソーティングにより選抜するために効率よく回収できる範囲を検討した結果、GFP非発現細胞の10倍から1000倍の蛍光強度の範囲を回収することが望ましいとの知見も得ている。
【0036】
レポーター遺伝子の発現により、目的とする酵素遺伝子の存在が検出された細胞は、該酵素遺伝子を有していることが明らかである。その後、細胞から染色体DNAを抽出し、染色体DNAライブラリーを作成し、目的とする酵素遺伝子のスクリーニングを行うことにより、酵素遺伝子のクローン化が可能となる。その際のスクリーニング法として、当該スクリーニング法を利用することも可能である。
【0037】
一方、スクリーニングの最終段階において、レポーター遺伝子が発現しなかったクローンライブラリーは、他の化合物などに対する酵素遺伝子を保有するクローンを獲得するためのスクリーニングにも用いることができる。このようにして、一度本方法により作成された遺伝子ライブラリーは、様々な酵素遺伝子のスクリーニングに使用できる。
上記の酵素遺伝子クローニング法により選択されたクローン化ベクターにおける挿入配列を解読した後、そこから設計されたプローブやプライマーを用いたハイブリダイゼーションやPCRを行えば、周辺の遺伝子断片を獲得できる。このようにして、遺伝子の全体や近傍酵素遺伝子を獲得でき、また酵素遺伝子オペロンの全体構造を明らかにすることも可能になる。
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明はこれら実施例には限定されない。
【実施例】
【0038】
〔実施例1〕PIGEX (Product-Induced Gene EXpression)法を用いたメタゲノムライブラリーからの安息香酸アミダーゼ遺伝子のクローニング(センシングベクターとライブラリーが同一細胞内に存在する場合のスクリーニング法)
始めに、センシングベクター p19GFPbenR(配列番号1)の構築を行った。p19GFPbenRは、ベクター pUC19 (TaKaRa)のlac プロモーターとは逆方向にbenR遺伝子とgfp遺伝子を挿入し、GFPの発現が安息香酸によって誘導されるように構築したものである(図3)。p19GFPbenRによって形質転換された大腸菌(Escherichia coli JM109)が、1 mM安息香酸の存在下でGFPの発現をフローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)により確認したところ、蛍光検出器において非常に強い蛍光を検出できた(図5)。一方でベクターpUC19によって形質転換された大腸菌や、安息香酸で誘導をかけない形質転換体および安息香酸アミドを培地中に加えた形質転換体は、全く蛍光を発しないことも確認した。これらの現象は位相差蛍光顕微鏡 (OLYMPUS) による観察(図6)や蛍光分光光度計(SpectraMAX Gemini XS; Molecular Devices)によっても確認された(図7)。
【0039】
次に、PIGEX法によって目的の遺伝子が獲得できるか確認する為、メタゲノムライブラリーからベンズアミダーゼ活性を有するクローンのスクリーニングを試みた。メタゲノムライブラリーはSuenagaらの作製した活性汚泥由来メタゲノムをフォスミドベクターを用いてライブラリー化したものを使用した(Suenaga H, Ohnuki T, and Miyazaki K. Functional screening of a metagenomic library for genes involved in microbial degradation of aromatic compounds. Environ. Microbiol. 9:2289-2297. 2007.)。はじめに約9,600個の独立したクローンを含むメタゲノムライブラリー(宿主として大腸菌Escherichia coli EPI300を用いた)をセンシングベクターp19GFPbenRで形質転換し、メタゲノムをクローン化したフォスミドと、p19GFPbenRが共存するような形質転換体を、クロラムフェニコールとアンピシリンを含む培地で選択した。
【0040】
こうして構築されたメタゲノムライブラリーを1 mM 安息香酸アミドを含む5 mlの希釈LB液体培地に植菌し、30℃で一晩培養した。その後、フローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)と付属するアルゴンレーザー(レーザー波長488 nm)を用い、GFPを発現したクローンのスクリーニングをおこなった(図8)。シース液には1.5倍濃度のPBS溶液を使用した。図8中、R3の範囲で示した領域に含まれる細胞250個を、GFPを発現(陽性クローン)しているクローンとして回収した。
【0041】
回収された菌の懸濁液を1 mM 安息香酸アミドを含むLB寒天培地に塗布して30℃で一晩培養した。寒天培地上でGFPの発現により緑色蛍光を発しているコロニーを6個選択し、1 mM安息香酸アミド添加、非添加の希釈LB培地にそれぞれ植菌・培養した。30℃で一晩培養後、GFPの発現をフローサイトメーターにより確認した(図9)。
【0042】
その結果、1 mM安息香酸アミドによってGFPの発現が誘導されるクローンを1つ得た。クローン化されたメタゲノムDNAの塩基配列を決定したところ、Pseudomonas putida由来の安息香酸アミダーゼ遺伝子とアミノ酸で92%の相同性を示す遺伝子配列(配列番号5)を保持していることが確認された(図10)。以上より、PIGEX法により目的の遺伝子が高効率に得られることが確認された。
【0043】
希釈LB液体培地1Lの組成; 4 g bacto-tryptone, 2 g bacto-yeast extract, 1 g NaClを950 mlの蒸留水に溶かし、NaOH, HClを用いてpH7.5に調製した。1 Lに調製してオートクレーブを用いて滅菌処理した。薬剤は、アンピシリン(終濃度100μg/ml)、クロラムフェニコール (終濃度34μg/ml)になるよう加えた。
1.5倍濃度のPBS溶液1Lの組成; 12 g NaCl, 0.3 g KCl, 1.65 g Na2HPO4, 0.3 g KH2PO4を950 mlの蒸留水に溶かし、HClを用いてpH 7.4に調製した。1 Lに調製してオートクレーブを用いて滅菌処理したのち、0.22μmのポアサイズフィルターを用いて微粒子の除去をおこなった。
【0044】
LB寒天培地の組成; 10 g bacto-tryptone, 5 g bacto-yeast extract, 5 g NaClを950 mlの蒸留水に溶かし、NaOH, HClを用いてpH7.3に調製した。1 Lに調製したのち15 gのbacto-agarを加え、オートクレーブを用いて滅菌処理した。薬剤は、アンピシリン(終濃度100μg/ml)、クロラムフェニコール(終濃度34μg/ml)になるよう加えた。
【0045】
蛍光分光光度計(SpectraMAX Gemini XS; Molecular Devices)の設定;励起波長 488 nm、カットオフフィルター 515 nm、蛍光波長520から600 nm、検出器感度はAutomaticとReadings 6に設定した。
【0046】
蛍光顕微鏡 (OLYMPS)の設定;接眼レンズ20倍、対物レンズ100倍、励起フィルター (460-490 nm)と蛍光フィルター(510-550 nm)を使用した。
【0047】
フローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)の設定;488 nmレーザーを出力0.5 Wに設定、シース圧は11 psiに設定した。ノズルは70μmを使用した。細胞分取の際は、ドロップドライブ頻度を26 kHz前後に設定、Normal-Rモードを選択し、ドロップディレイを12から18の間に設定した。フローサイトメーターで得られる情報はCellQuest software (BD Biosciences)によって解析した。
【0048】
〔実施例2〕PIGEX法を用いたメタゲノムライブラリーからのベンズアミダーゼ遺伝子のクローニング(センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法、その1)
次に、センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法によっても目的の酵素遺伝子が獲得できるか確認する為、メタゲノムライブラリーからベンズアミダーゼ活性を保持するクローンのスクリーニングを試みた。〔実施例1〕と同様にメタゲノムライブラリーはSuenagaらの作製した活性汚泥由来メタゲノムライブラリーを使用した。一方センシングベクターは新たに構築したpCmGFPbenR(配列番号2)を使用した。
【0049】
センシングベクター pCmGFPbenRの構築は次のようにおこなわれた。ベクター pHSG396 (TaKaRa)のlac プロモーターとは逆方向にbenR遺伝子とgfp遺伝子を挿入し、GFPの発現が安息香酸によって誘導されるように構築した (図4)。pCmGFPbenRによって形質転換された大腸菌(Escherichia coli JM109)(以下、センシング細胞と呼称)が、1 mM安息香酸の存在下でGFPを発現するか否かをフローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)により確認したところ、蛍光検出器において非常に強い蛍光を検出できた。一方で、benR遺伝子とgfp遺伝子を含まないベクターpHSG396によって形質転換された大腸菌や安息香酸による誘導をおこなわない形質転換体および安息香酸アミドを生育培地中に加えた形質転換体は、全く蛍光を発しないことも確認した。これらの現象は、蛍光顕微鏡観察および蛍光分光光度計を用いた蛍光検出によっても確認された。
【0050】
次にメタゲノムライブラリーを96ウェルプレート(1ウェルあたり約100個の独立したクローンを含む)1枚に分注した形で作成した。百分の一量のTrace element solutionと千分の一量のコピーコントロール溶液 (EPICENTRE)を加えたLB液体培地でこれらを一晩培養(30℃)し、定常期までライブラリーを生育させた。その後、同培地に培養したセンサーセルと3% (vol./vol.) ジメチルスルホキシド、 安息香酸アミドを終濃度10 mM になるように加えた。これらを一晩培養(30℃)し、その後培養物を遠心分離機にかけて集菌をおこない、上清を取り除いた。菌体を滅菌水に懸濁し、GFPの蛍光を蛍光分光光度計を用いて検出した。
【0051】
その結果を表1示す。96ウェルのうち、5つのウェルでGFPの発現が確認された(陽性ウエルサンプルA〜E)。なお、表1中、陰性サンプル平均とはGFPの蛍光が確認されなかった91の陰性ウェルサンプルの蛍光強度の平均である。各ウェルサンプルのGFPの蛍光強度の確認は、OD600=1.3の各ウェルサンプルに励起光488 nmを当て、蛍光波長515 nmを測定することでおこなった。
【0052】
【表1】
【0053】
次に〔実施例1〕でクローン化したアミダーゼの塩基配列(配列番号5)を元に作成したPCRプライマーをもちいて安息香酸アミダーゼ活性を示すクローンの培養液(陽性ウェルサンプルAからE)を鋳型にPCRをおこない、その後PCR反応液をアガロースゲルで電気泳動することにより、DNA増幅の有無を確認した。プライマーは、Primer-A (5’- gtacccaccacggcatcg −3’;配列番号3)およびPrimer-B (5’- cacttcaggcagacgcag − 3’;配列番号4)のセットを用いた。その結果、陽性ウェルサンプルA(レーン4), B(レーン5), D(レーン6), E (レーン7)については〔実施例1〕でクローン化した安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅が確認された。陽性ウェルサンプルC(レーン8)に関しては、増幅断片が認められなかった(図11)。
【0054】
以上より、センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する条件でのPIGEX法により、目的の酵素遺伝子が効率的に得られることが確認された。
Trace element solutionの組成;FeCl2・4H20 1.5 gを7.7 M HCl 20 mlに溶解させた。これを950 mlの蒸留水で希釈し、ZnCl2 0.07 g, MnCl・4H2O 0.1 g, H3BO3 0.006 g, CoCl・6H2O 0.19 g, CuCl2・2H2O 0.002 g, NiCl2・6H2O 0.024 g, Na2MoO4・2H2O 0.036 gをそれぞれ溶解させ、1 Lに調製したのち0.22μmのポアサイズフィルターを用いてろ過滅菌をおこなった。
【0055】
LB培地の組成; 10 g bacto-tryptone, 5 g bacto-yeast extract, 5 g NaClを950 mlの蒸留水に溶かし、NaOH, HClを用いてpH7.3に調製した。1 Lに調製したのちオートクレーブを用いて滅菌処理した。薬剤は、クロラムフェニコール (終濃度34μg/ml)になるよう加えた。
【0056】
〔実施例3〕メタゲノムライブラリーからのベンズアミダーゼ遺伝子のクローニング(センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法、その2)
ゲルマイクロドロップ法を用いてセンシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法によって目的の酵素遺伝子が獲得できるか確認する為、メタゲノムライブラリーから安息香酸アミダーゼ遺伝子のクローニングを試みた。メタゲノムライブラリーはSuenagaらの作製した活性汚泥由来メタゲノムライブラリーを使用し、センシング細胞としてpCmGFPbenRで形質転換された大腸菌を使用した。
【0057】
始めに約9,600個の独立したクローンを含むメタゲノムライブラリーを準備した。百分の一量のTrace element solution、クロラムフェニコール (終濃度34μg/ml)を加えたLB液体培地でこれらを一晩培養(30℃)し、定常期までライブラリーを生育させた。その後これらを集菌し、1 x 10の7乗 cells/mlになるようにPBSで希釈した。
次に予めLB液体培地中で対数増殖期まで培養したセンシング細胞を集菌し、1 x 10の9 乗cells/mlになるようにPBSで希釈し、前述のメタゲノムライブラリーと混合した。
【0058】
次に低凝固点アガロース (Agarose Type IX-A, Sigma-Aldrich) 0.02 gを1 mlのLB液体培地に加え、70℃, 5分処理して溶解させた後、30℃に保温してアガロース溶液を作成した。このアガロース溶液と上記のライブラリー・センシング細胞混合液を等量混合し、30℃に保温した。このアガロース・微生物混合液にさらに、千分の一量のコピーコントロール溶液(EPICENTRE)、3% (vol./vol.) ジメチルスルホキシド、クロラムフェニコール(終濃度34μg/ml)、安息香酸アミド(終濃度10 mM)になるように加えた。
このアガロース・微生物混合液を5倍量の1% (vol./vol.) Span 80 (Sigma-Aldrich)含有ミネラルオイル (Sigma-Aldrich)に加え、軽く攪拌した。この混合物をシリンジですべて吸い取り、そのシリンジにSPG膜乳化モジュール (SPGテクノ社)を取り付け、加圧してミネラルオイル中に均一なアガロース・微生物混合液含有ミセルを作成した。得られたミセルを5分間氷冷し、アガロースをゲル化させることによって、ゲルマイクロドロップを得た。
【0059】
得られたゲルマイクロドロップは、ミネラルオイルに入れたままの状態で30℃、一晩培養した。培養終了後のゲルマイクロドロップは、遠心してミネラルオイルを除去した後、滅菌水で十分に洗浄した。その後ゲルマイクロドロップを含む試料を孔径70μmのセルストレイナー (BD Biosciences)に通して凝集塊を除いた。培養後のセンシング細胞及びメタゲノムライブラリーが閉じこめられたゲルマイクロドロップの位相差顕微鏡観察像およびその同視野での蛍光顕微鏡観察像を比較した結果、同一のゲルマイクロドロップ内にセンシング細胞と安息香酸アミダーゼ陽性クローンが存在する場合のみ、センシング細胞のGFP発現が誘導されることが確認された(図12)。
【0060】
次にフローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)と付属するアルゴンレーザー(レーザー波長488 nm)を用い、GFPを発現したセンシング細胞を含むゲルマイクロドロップのソーティングをおこなった(図13)。図13AのドットプロットにおいてR3の範囲で示した領域に含まれる粒子を、ゲルマイクロドロップとしてソーティングの対象とした。次にR3の範囲に含まれる粒子の蛍光強度をヒストグラム(図13B)として表し、R2の範囲で示した領域に含まれる粒子1個ずつを、LB液体培地を分注した96ウェルプレートの各1ウェル中にソーティングし、30℃で一晩培養した。
【0061】
96ウェルのうち、菌の増殖が認められたウェルは66ウェルあった。66ウェルの培養物を百分の一量のTrace element solutionと千分の一量のコピーコントロール溶液を加えたLB液体培地で対数増殖期まで培養し、その後3% ジメチルスルホキシド, 安息香酸アミドを終濃度10 mM になるように加えた。これらを一晩培養(30℃)し、その後培養物を遠心分離機にかけて集菌をおこない、上清を取り除いた。菌体を滅菌水に懸濁し、GFPの蛍光を蛍光分光光度計を用いて検出した。その結果、以下の表2に示すように、66ウェルのうち、2つのウェル(陽性ウエルサンプルA,B)でGFPの発現が確認された。表2においては残りのGFPの蛍光が確認されなかった64の陰性ウェルサンプルの蛍光強度の平均もあわせて示した。なお、各ウェルサンプルのGFPの蛍光強度の確認は、OD600=1.3の各ウェルサンプルに励起光488 nmを当て、蛍光波長515 nmを測定することでおこなった。
【0062】
【表2】
【0063】
次に〔実施例1〕でクローン化したアミダーゼの塩基配列(配列番号5)を元に作成したPCRプライマーをもちいて安息香酸アミダーゼ活性を示すクローンの培養液を鋳型にPCRをおこない、その後PCR反応液をアガロースゲルで電気泳動することにより、DNA増幅の有無を確認した。プライマーは、Primer-A (5’- gtacccaccacggcatcg −3’;配列番号3)およびPrimer-B (5’- cacttcaggcagacgcag −3’;配列番号4)のセットを用いた。その結果、陽性ウェルサンプルA(レーン4), B(レーン5)について〔実施例1〕でクローン化した安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅が確認された(図14)。
【0064】
以上より、センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する条件でのPIGEX法により、目的の酵素遺伝子が効率的に得られることが確認されるとともにゲルマイクロドロップ法とフローサイトメーターを組み合わせることによって迅速なスクリーニング系の構築にも成功した。
フローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)の設定;488 nmレーザーを出力0.5 Wに設定、シース圧は9 psiに設定した。ノズルは100μmを使用した。シース液には1.5倍濃度のPBS溶液を使用した。細胞分取の際は、ドロップドライブ頻度を16 kHz前後に設定、Counterモードを選択し、ドロップディレイを12から18の間に設定した。フローサイトメーターで得られる情報はCellQuest software (BD Biosciences)によって解析した。96ウェルプレート上へのゲルマイクロドロップの回収は、CloneCyt Plusを用いて行った。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】センシングベクター、p19GFPbenRの全塩基配列 (6126 bp)とその構造を示す図である。
【図2】センシングベクター、pCmGFPbenRの全塩基配列 (5665 bp)とその構造を示す図である。
【図3】センシングベクター、p19GFPbenR (6126 bp)の構造の概略を示す図である。
【図4】センシングベクター、pCmGFPbenR (5665 bp)の構造の概略を示す図である。
【図5】フローサイトメーターにより、センシング細胞のGFP発現を確認した結果を示すヒストグラムである。図中、縦軸は細胞の個数を、横軸は細胞の蛍光強度(GFPの発現量)を示す。緑線はGFPの発現の誘導をおこなったサンプル、赤線は発現の誘導をおこなわなかったサンプル(赤線)および青線は終濃度1 mM安息香酸アミドを加えて培養したサンプルを示す。
【図6】蛍光顕微鏡により、GFP発現を確認した結果を示す写真である。
【図7】蛍光分光光度計により、GFP発現の確認を行った結果を示すグラフである。図中、縦軸は蛍光強度(GFPの発現量)を、横軸はその時加えた安息香酸の終濃度を示す。
【図8】フローサイトメーターを用いた陽性クローンのソーティングを示すドットプロットである。図中、ドットは、安息香酸アミドを加えたメタゲノムライブラリー中の各細胞を、縦軸は細胞の散乱光を、横軸には細胞の蛍光強度(GFPの発現量)を示す。
【図9】フローサイトメーターによる陽性クローン(安息香酸アミダーゼ活性保持)のGFP発現を確認した結果を示すヒストグラムである。縦軸は細胞の個数を、横軸は細胞の蛍光強度(GFPの発現量)を示す。陽性クローンは緑線で陰性クローンは青線で示す。
【図10】陽性クローンに保持されていたクローン化メタゲノム由来DNA断片における各ORFの位置関係、長さ及び該各ORFと既知酵素遺伝子との相同性を示す図である。
【図11】PCRによって安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅の有無を確認した写真である。レーン1および10は分子量マーカー(λHindIIIマーカー)を、レーン2および9は陽性コントロールを、レーン3は陰性コントロールをそれぞれ泳動している。レーン4, 5, 6, 7, 8にはそれぞれ陽性ウェルサンプルA, B, C, D, Eを鋳型としたPCR生成物を泳動している。
【図12】センシング細胞(pCmGFPbenRで形質転換された大腸菌(E. coli JM109))とメタゲノムライブラリークローンの両方が閉じこめられたゲルマイクロドロップの、蛍光顕微鏡によるGFP発現の確認を行った結果を示す写真である。
【図13】図13Aは、フローサイトメーターを用いた陽性クローンを含むゲルマイクロドロップのソーティングを示すドットプロットである。図中、ドットはメタゲノムライブラリーとセンシング細胞の両方を閉じこめたゲルマイクロドロップを示す。縦軸はゲルマイクロドロップの散乱光を、横軸にはゲルマイクロドロップの大きさを示す。図13Bは、図13A中のR3の範囲に含まれる粒子の蛍光強度のヒストグラムである。縦軸はゲルマイクロドロップの個数を、横軸にはゲルマイクロドロップの蛍光強度(GFPの発現量)を示す。
【図14】PCRによる安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅の有無をアガロースゲル電気泳動により確認した写真である。レーン1および6は分子量マーカー(λHind IIIマーカー)を、レーン3は陽性コントロールを、レーン2は陰性コントロールをそれぞれ泳動している。レーン4, 5にはそれぞれ陽性ウェルサンプルA, Bを鋳型としたPCR生成物を泳動している。
【図1−1】
【図1−2】
【図1−3】
【図2−1】
【図2−2】
【図2−3】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的酵素遺伝子を含む細胞あるいは標的酵素遺伝子のスクリーニング方法、該スクリーニング法に使用するセンシングベクター、及び該ベクターを保持したセンシング細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微生物等の保持する酵素がさまざまな化学物質の生産に利用されている。これに伴い、微生物等から新規酵素遺伝子を獲得する試みが盛んに行われている。酵素の遺伝子を獲得する際には、通常まず目的の活性を持った微生物を環境サンプルから単離し、次に単離された微生物から目的の酵素活性を担う遺伝子をクローニングすることにより行われる。目的の活性の有無は、基質の変換により生じた生成物をHPLC等により反応液中より分離し、化合物を同定することで確認する方法や、より簡便には、生成物の有する発色団の生成を分光学的に検出する方法によって行われる。
【0003】
しかしながら、そもそも微生物を単離・培養するという作業には大きな問題点がある。近年、分子生態解析の手法が確立されてくると、環境中の大多数の微生物は未だに単離・培養されたことがなく、またそれらの多くが難培養性であると考えられるようになってきた(非特許文献1)。これは、微生物を単離・培養するという工程を介しては、環境中に含まれる微生物の有する遺伝子のごく一部しか利用できないことを意味している。そこで最近、微生物を単離・培養することなく、環境試料から直接DNAを抽出し(環境DNAあるいはメタゲノムと呼ばれている)、DNAライブラリーを構築し、遺伝子のスクリーニングがなされるようになってきている(非特許文献2)。作製された環境メタゲノムライブラリーはその遺伝子資源の多様性を担保する為、巨大なライブラリーとなる。
【0004】
このような巨大なライブラリーをスクリーニングするのに、上述のような従来法による方法を適用していては、多大な労力を要する。生成物を直接検出する方法は試料の処理や分析に多大な時間を要し、多数の試料の分析に適しているとは言い難い。また色素の呈色反応も感度の点で、大きな問題がある。そのため、巨大な環境メタゲノムライブラリーのスクリーニングに適した、簡便かつ高感度に、多数の試料をスクリーニングするための新しい方法の開発が望まれている。
【0005】
【非特許文献1】Amann RI, Ludwig W, Schleifer KH.Phylogeneticidentification and in situ detection of individual microbial cells withoutcultivation. Microbiol Rev. 1995 59:143-69.
【非特許文献2】Lorenz P, Liebeton K, Niehaus F, Eck J.Screening for novel enzymes for biocatalytic processes: accessing themetagenome as a resource of novel functional sequence space. Curr OpinBiotechnol. 2002 13:572-7.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、巨大な環境メタゲノムライブラリーから、簡便、効率的かつ高感度に、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的酵素遺伝子をスクリーニングするための新しい方法を提供するとともに、これにとどまらず、単一の生物であるか複合生物であるか、あるいは既知、未知を問わず極めて多種の生物細胞試料から目的の酵素活性を保持する生物あるいはその遺伝子を迅速にスクリーニングする方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、スクリーニング標的となる酵素遺伝子を保持する細胞に、その酵素反応により生じる物質(生成物)によって発現が誘導される遺伝子ユニット(例えば転写制御因子やRNAリボスイッチ)と該酵素遺伝子発現を高感度に検出するレポーター遺伝子(例えば発光タンパク質、蛍光物質生成酵素、色素生成酵素、薬剤耐性を付与する遺伝子)をクローン化したベクター(以下センシングベクターと記載)を導入するか、あるいは該ベクターを導入したセンシング細胞と上記標的酵素遺伝子保持細胞とを共培養することにより、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的とする酵素遺伝子を簡便、効率的かつ高感度にスクリーニングできることを見いだし、本発明を完成するに至ったものである。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0008】
(1)(A)標的酵素遺伝子の探索対象細胞に、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含むセンシングベクターを導入し、得られる形質転換細胞を培養するか、あるいは(B)上記探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とを混合培養するとともに、培地に標的酵素遺伝子の基質化合物を含有せしめ、レポーター遺伝子の発現の有無を指標にして、標的酵素遺伝子を含有する細胞を検出することを特徴とする、標的酵素遺伝子を含有する細胞、あるいは標的酵素遺伝子をスクリーニングする方法。
(2)探索対象細胞が複合生物群の細胞であることを特徴とする、上記(1)に記載の方法。
(3)探索対象細胞が、遺伝子ライブラリーを構成する各クローン化遺伝子を含む細胞であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)遺伝子ライブラリーが、単一生物の遺伝子から構成されるライブラリーである、上記(3)に記載の方法。
(5)遺伝子ライブラリーが、複合生物群の遺伝子から構成されるライブラリーであることを特徴とする、上記(3)に記載の方法。
(6)探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とがゲルマイクロドロップに封入されていることを特徴とする上記(1)〜(5)に記載の方法。
(7)ゲルマイクロドロップをフローソーティングによって選別することを特徴とする、上記(6)に記載の方法。
(8)センシング細胞が、細胞膜の物質透過性の促進処理剤により処理されたものであることを特徴とする、上記(1)〜(7)に記載の方法。
(9)レポーター遺伝子が、蛍光タンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載の方法。
(10)レポーター遺伝子が、蛍光物質生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載の方法。
(11)レポーター遺伝子が、色素生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載の方法。
(12)レポーター遺伝子が、薬剤耐性を付与する遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(8)に記載に方法。
(13)標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、転写制御因子をコードする遺伝子であることを特徴とする上記(1)〜(12)に記載の方法。
(14)標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、RNAリボスイッチをコードする遺伝子であることを特徴とする、上記(1)〜(12)に記載の方法。
(15)細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシングベクターであって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子を含む上記センシングベクター。
(16)細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシング細胞であって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含む上記センシングベクターが導入された、上記センシング細胞。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、標的とする酵素遺伝子を保持する細胞あるいは該酵素遺伝子を、該酵素遺伝子がコードする酵素の酵素反応により生じる物質(生成物)によって発現が誘導される遺伝子ユニット(例えば転写制御因子やRNAリボスイッチ)と該酵素遺伝子発現を高感度に検出するレポーター遺伝子をクローン化したベクター(以下センシングベクターと記載)を導入するか、あるいは該ベクターを導入したセンシング細胞を使用してスクリーニングするものであって、特に、巨大な環境メタゲノムライブラリーから、簡便、効率的かつ高感度に、目的の酵素遺伝子を含有する細胞あるいは目的酵素遺伝子をスクリーニングすることが可能になる点で画期的なものである。しかも、このような巨大な遺伝子ライブラリーのみではなく、単一の生物であるか複合生物であるか、あるいは既知、未知を問わず極めて多種の生物細胞試料から目的の酵素活性を保持する生物細胞あるいはその酵素遺伝子を簡便、効率的に探索可能にするという効果を有し、原理的にも広い汎用性を有するものであり、有用な酵素遺伝子あるいはこれを保持する細胞の探索において大いに資するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、目的とする酵素遺伝子を含有する細胞あるいは該酵素遺伝子をスクリーニングするために新たに構築した該酵素遺伝子の検出手段にその特徴を有するものであり、該酵素遺伝子の検出手段は、いわば誘導的遺伝子発現装置といえるものであって、レポーター遺伝子が、酵素遺伝子の発現により発現誘導されるように構成されているものである。
このような酵素遺伝子の検出手段のより具体的な例は、予め目的の酵素活性により生じる生成物によって活性化される遺伝子発現因子と該因子の活性化により発現が誘導されるレポーター遺伝子を組み込んだベクター及び該ベクターを保持した細胞である。本明細書においては、上記ベクターをセンシングベクターといい、上記細胞をセンシング細胞という。
【0011】
本発明のスクリーニング方法の第1の態様は、探索対象細胞に上記センシングベクターを導入し、標的酵素の基質を入れた状態で培養する方法である。
探索対象細胞中に標的酵素遺伝子が存在し、該酵素遺伝子が発現すると、基質は酵素反応により変換され、生じた生成物は、センシングベクター上の遺伝子ユニットである遺伝子発現因子を活性化し、レポーター遺伝子の発現が起きる。レポーター遺伝子の発現した探索対象細胞は標的酵素遺伝子が存在する細胞である。これにより、標的酵素遺伝子を含有する細胞を選別でき、さらに、該細胞から標的酵素遺伝子を得ることができる。
【0012】
本発明のスクリーニング方法の第2の態様は、探索対象細胞と上記センシング細胞とを標的酵素の基質を入れた状態で混合培養する方法である。探索対象細胞中に標的酵素遺伝子が存在し、該酵素遺伝子が発現すれば、基質は生成物に変換される。培地中の生成物は、センシング細胞に取り込まれ、センシング細胞に保持されたセンシングベクター上の遺伝子発現因子を活性化させ、レポーター遺伝子を発現させる。したがって、この手法によっても標的酵素遺伝子を含有する細胞を選別でき、さらに、該細胞から標的酵素遺伝子を得ることができる。上記センシング細胞が、上記酵素反応生成物を細胞内に取り込みにくい細胞、例えばグラム陰性細菌等を宿主として作成された場合、細胞膜の物質透過性を促進する処理剤で処理することも可能であり、このような処理剤としては、例えばジメチルスルホキシド、ポリミキシンBノナペプチド等を挙げることが出来る。
【0013】
本発明において、標的酵素遺伝子の探索対象となる細胞は特に制限はないが、例えば、遺伝子ライブラリーを構成する細胞クローンが挙げられ、該遺伝子ライブラリーは、単一生物由来の遺伝子ライブラリーであっても、複合生物由来の遺伝子ライブラリーであってもよい。本発明は、特に、環境サンプル由来の巨大なメタゲノムライブラリー中の酵素遺伝子のスクリーニングを高効率に行える点で好適である。
さらに、本発明においては、特に遺伝子ライブラリーを構築せずに、個々に分離された細胞を標的酵素遺伝子の探索対象細胞としてもよく、例えば、環境サンプル等の複合生物群を構成する各細胞を分離し、これら細胞をそのまま標的酵素遺伝子の探索対象細胞として用いてもよい。また、細胞の種類も特に限定されず、微生物、動物あるいは植物等の各種の細胞を用いることができる。
【0014】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の方法によってスクリーニング可能な酵素遺伝子の一例は、特定の化合物の変換反応を触媒する酵素遺伝子である。例えば、ベンズアミドのアミド基に水分子由来のヒドロキシイオンを導入し安息香酸を生産する酵素「ベンズアミド アミドハイドロラーゼ (benzamide amidohydrolase EC 3.5.1.4) (Wu S, Fallon RD, Payne MS. Cloning and nucleotide sequence of amidase gene from Psudomonas putida. DNA Cell Biol. 1998 17:915-920.)などが該当する。さらに、エステラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ、ペプチダーゼ、トランスアミナーゼ、ポリガラクツロナーゼ、ニトリラーゼ、ニトリルヒドラターゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、デカルボキシラーゼ、ヘミセルラーゼ、ペルオキシダーゼ、キチナーゼ、オキシゲナーゼ、ラッカーゼ、グルコースオキシダーゼ、ペクチナーゼ、アミラーゼ、ガラクタナーゼ、アラビナーゼ、キシラナーゼ又はセルラーゼなども含まれるが、これらに限定されない。
【0015】
以下に、目的の酵素遺伝子を保持する細胞を、センシングベクターを用いてスクリーニングする例に挙げて、本発明をさらに説明する。
本発明においては、例えば、遺伝子ライブラリー中の酵素遺伝子をスクリーニングする場合、遺伝子ライブラリーを構築した細胞群をさらにセンシングベクターで形質転換させ、ライブラリーとセンシングベクターを同一細胞内に含む細胞群を作製する。あるいはセンシングベクターを用いて遺伝子ライブラリーを作製することも可能である。
一方、本発明においては、上記したように、遺伝子ライブラリーとセンシングベクターをそれぞれ別の細胞群として作製しても構わない。この場合スクリーニングを行う対象として遺伝子ライブラリーを構築せずに複合生物群の各細胞を用いることも可能である。
【0016】
上記ライブラリーとセンシングベクターを同一細胞内に含む細胞群を培養し、酵素活性によってセンシングベクターに検知される化合物を生じるような基質化合物を培養液に加える。酵素活性を発現する細胞では、生成する化合物によりレポーター遺伝子の活性化が起こる為、レポーター遺伝子の発現に基づく表現型を指標に、酵素活性を発現しない細胞群と明確に選別することができる。遺伝子ライブラリーとセンシングベクターをそれぞれ別の細胞群として作製した場合、複合生物系を用いた場合も、同様である。
【0017】
上記したように、センシングベクターはレポーター遺伝子と、その発現を制御する遺伝子因子を含むベクターであるが、どちらか一方が染色体ゲノム上に存在していてもあるいは別々のベクター上に存在していてもよい。センシングベクターにより形質転換された細胞は、酵素反応により生じる化合物により活性化される遺伝子発現制御因子(例えば転写制御因子やリボスイッチなど)によりレポーター遺伝子の発現が誘導される。これにより、酵素反応により生じる生成物を最終的にはレポーター遺伝子の表現型として捉えることができる。
【0018】
遺伝子発現制御因子の一例は、細胞質内、細胞質外に存在する特定の化合物を感知し、他の遺伝子の発現を制御するようなタンパク質をコードする遺伝子である。例えば、培養上清中の安息香酸を認識してその近傍の遺伝子の発現を活性化する転写制御因子、benR遺伝子(Cowles CE, Nichols NN, Harwood CS. BenR, a XylS homolog, regulates three different pathways of aromatic acid degradation in Pseudomonas putida. J. Bacteriol. 2000 182:6339-6346.)等が該当する。さらにアラビノースを認識するaraC、アロラクトースを認識するlacI、オクタンを認識するalkS、トルエンを認識するxylRなども含まれるが、これらに限定されない。既知の転写制御因子に、目的とする化合物を認識する転写制御因子がない場合は、既知の方法(Uchiyama T, Abe T, Ikemura T, Watanabe K. Substrate-induced gene-expression screening of environmental metagenome libraries for isolation of catabolic genes. Nat. Biotechnol. 2005 23:88-93.)等を利用して新たに獲得することができる。
【0019】
この方法は、メタゲノムライブラリーから任意の転写制御因子をスクリーニングする方法である。すなわちメタゲノムライブラリーを作成する際のベクターに、プロモーター配列の無い緑色蛍光蛋白質等のマーカー遺伝子を挿入しておき、その上流にメタゲノムをクローン化する。その結果メタゲノム上にコードされている、或る基質に反応して転写制御を行うような因子が下流の緑色蛍光蛋白質の発現をコントロールする可能性が生じる。このようなクローンは培地中にその或る基質を与えてやることによって、緑色蛍光蛋白質を発現するようになるので、これを指標に任意の転写制御因子をメタゲノムライブラリーからスクリーニングすることが可能となる。
【0020】
或いは既知の転写制御因子を分子進化させることにより、人為的に作製することができる(Garmendia J, Devos D, Valencia A, de Lorenzo V. A la carte transcriptional regulators: unlocking responses of the prokaryotic enhancer-binding protein XylR to non-natural effectors. Mol. Microbiol. 2001 42:47-59.)。また遺伝子発現制御遺伝子として、RNAリボスイッチを利用することもできる(Nomura Y, Yokobayashi Y. Reengineering a natural riboswitch by dual genetic selection. J. Am. Chem. Soc. 2007 129:13814-13815.)。
【0021】
RNAリボスイッチとは、メッセンジャーRNA単位の発現制御機構である。RNAリボスイッチを含んだ代謝酵素遺伝子をコードするメッセンジャーRNAの翻訳は、RNAが二次構造を形成することによって妨げられている。しかしながらその二次構造に上記代謝酵素の標的基質が結びつくことによって二次構造が解消され、翻訳が開始されるような発現制御のことを正のRNAリボスイッチと称している。
【0022】
センシングベクター上のレポーター遺伝子とは、好ましくは宿主細胞が本来保持していない遺伝子であり、レポーター遺伝子を発現する細胞と発現しない細胞とを活性検出プレート上や液中で容易に選別できるものである。これには、蛍光タンパク質(緑色蛍光タンパク質等)遺伝子、蛍光物質生成酵素(ルシフェラーゼ等)遺伝子、薬剤耐性酵素(ベータラクタマーゼ等)遺伝子、色素生成酵素(カロテノイド合成酵素等)などが含まれるが、目的に適うものであれば、これに限定されるものではない。
【0023】
レポーター遺伝子として蛍光タンパク質をコードする遺伝子を用いた場合、陽性細胞の選択にマイクロプレートリーダーを用いることにより、効率的なスクリーニングが可能となる。一般的に酵素活性の検出は、生成物に特有の吸収スペクトルを指標に、比色定量法などにより行われるが、基質と明確に区別される吸収がない場合などでは、適用することができない。また生成物の吸収が大きくない場合にも、十分な感度を得ることができない。それと比較し、酵素反応生成物を細胞の蛍光強度を介して検出することにより、吸収変化と比較し、高い感度で活性検出を行うことができる。蛍光タンパク質の発現が誘導された陽性細胞を効率よく回収できる範囲を検討した結果、蛍光マーカー陰性細胞の2倍から100倍の蛍光強度の範囲で回収することが望ましいことも発見している。
【0024】
さらに、レポーター遺伝子として蛍光タンパク質をコードする遺伝子を用いた場合、陽性細胞の選択にフローサイトメーターによるソーティング法を用いることもできる。この場合、遺伝子ライブラリー中の個々の細胞をプレート培養によりコロニー化して単離したあとスクリーニングする必要性はなく、液体培養中での混合状態のまま基質化合物と混合し、反応を行わせしめ、反応の結果生じる生成物により蛍光を発する細胞をソーティングにより選抜する。本方法により蛍光細胞を選抜する際には、蛍光マーカー非発現細胞の10倍から1000倍強度の範囲の蛍光クローンを回収することが望ましいことも発見している。
【0025】
レポーター遺伝子として蛍光物質生成酵素(例:ルシフェラーゼ)遺伝子あるいは蛍光生成基質とその基質分解酵素遺伝子(例:β−ガラクトシダーゼと4−メチルウンベリフェロン−β−D−ガラクトピラノシド)を利用することも可能である。
この場合、レポーター遺伝子にコードされた酵素が、蛍光などを発しない物質を、蛍光などを発する物質に変換することが望ましい。これにより、フローソーティングを用いて、発光細胞(レポーター遺伝子が発現した細胞)と非発光細胞(レポーター遺伝子が発現していない細胞)を高効率に選別できるようになる。
【0026】
レポーター遺伝子として色素生成遺伝子(例;カロテノイド合成酵素)あるいは色素生成基質とその基質分解酵素遺伝子(例;β−ガラクトシダーゼと−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド)も利用可能である。この場合、レポーター遺伝子にコードされた酵素が、色素などを発しない物質を、色素などを発する物質に変換することが望ましい。これにより、マイクロプレートリーダーを用いて、色素細胞(レポーター遺伝子が発現した細胞)と非色素細胞(レポーター遺伝子が発現していない細胞)を高効率に選別できるようになる。
【0027】
また、レポーター遺伝子として薬剤耐性遺伝子(例:ベータラクタマーゼ、カナマイシン耐性タンパク質、ハイグロマイシン耐性タンパク質、ブレオマイシン耐性タンパク質等)を利用することも可能である。この場合、レポーター遺伝子にコードされた薬剤耐性付与因子が、培地中に含まれる薬剤を不活化させること等により、目的酵素遺伝子を含むクローンのみが増殖可能となる。これにより特定の薬剤含有培地を用いて、生育可能な細胞(レポーター遺伝子が発現した細胞、すなわち目的酵素遺伝子が発現した細胞)と死滅細胞(レポーター遺伝子が発現していない細胞)を高効率に選別できる。
【0028】
本発明によるフローソーティングを用いた遺伝子スクリーニング法は、単離された生物のゲノムから特定の酵素遺伝子をクローニングする際に特に有用である。一方で、上記の遺伝子スクリーニング法は、巨大な環境メタゲノムライブラリーから酵素遺伝子をクローニングする際にも極めて有効である。メタゲノムライブラリー作製に用いられるゲノムDNAは、環境中の多様な微生物に由来する。例えば土壌中には、数千種以上の異なる微生物が存在することが示唆されている(Torsvik V, Ovreas L, Thingstad TF. Prokaryotic diversity-magnitude, dynamics, and controlling factors. Science 2002 296:1064-1066.)。これを基に計算すると、メタゲノム由来のプラスミドベクターライブラリーを寒天プレート上のコロニーとしてスクリーニングを行う場合、100万コロニーから1000万コロニーをスクリーニングしなければならない。
【0029】
一方、フローソーティングのような液中でスクリーニングを行う方法をとることができるならば、スクリーニングは極めて効率的になる。例えば、この中から目的の酵素活性を発現しているクローンを選別する際にフローサイトメーターを用いれば、100万個のクローンライブラリーから目的の発光細胞を選別するのに10分を要しない。マイクロタイタープレートとマイクロタイタープレートリーダーを使用する場合は、1ウェルあたりに含まれるクローン数を100クローン以上にすることにより、迅速な蛍光の検出を可能にすることができる。
【0030】
センシングベクターの一例として、レポーター遺伝子として蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、転写制御因子としてbenRを用いて構築したp19GFPbenR(配列番号1)およびpCmGFPbenR(配列番号2)の全配列(図1、2)とその構造(図3、4)を示す。p19GFPbenRとpCmbenRgfpは、それぞれpUC19(TaKaRa)、pHSG396(TaKaRa)のマルチクローニングサイトにlacプロモーターと反対方向にbenR遺伝子と、その下流に変異型gfp遺伝子(Cormack BP, Valdivia RH, Falkow S. FACS-optimized mutants of the green fluorescent protein (GFP). Gene 1996 173:33-38.)を挿入し、GFPの発現が安息香酸によって誘導されるように構築されたものである。
【0031】
上記の酵素遺伝子クローニング法において、遺伝子ライブラリーとセンシングベクターをそれぞれ別の細胞群として作製した場合のスクリーニング法について述べる。即ちセンシングベクターを保持したセンシング細胞と遺伝子ライブラリーにより形質転換された組換え生物ライブラリーの各細胞クローンを混合培養し、遺伝子ライブラリー中に存在する標的酵素遺伝子を保持した細胞クローンの活性を検出するような方法である。この場合スクリーニングを行う対象として組換え生物ライブラリー以外に、複合生物群の細胞を利用することも可能となる。
【0032】
レポーター遺伝子としてGFP等の蛍光タンパク質をコードする遺伝子を用いた場合、陽性クローンの選択にマイクロタイタープレートとマイクロタイタープレートリーダーを用いることにより効率的なスクリーニングが可能となる。1ウェル毎に独立した遺伝子ライブラリークローンとセンシング細胞とを混合培養し、任意の酵素活性をGFPの蛍光の有無により検出するのである。蛍光タンパク質の発現が誘導された陽性クローンを効率よく回収できる範囲を検討した結果、蛍光マーカー陰性細胞の2倍から100倍の蛍光強度の範囲で回収することが望ましいことも発見している。また1ウェル毎に100以上の独立した遺伝子ライブラリークローンを混ぜた状態であっても、その中の1つの陽性クローンを検出することも可能であることを発見している。
【0033】
また、マイクロタイタープレートのウェルを利用する代わりとして、ゲルマイクロドロップを最小の反応場として利用することも可能である(Katsuragi T, Tanaka S, Nagahiro S, Tani Y. Gel microdroplet technique leaving microorganisms alive for sorting by flow cytometry. J. Microbiol. Methods. 2000 42:81-86.)。直径50μm以下のゲルマイクロドロップ内にセンシング細胞と独立した1種類の遺伝子ライブラリークローンを閉じこめゲルマイクロドロップ内で混合培養し、目的の酵素活性をGFPの蛍光の有無により検出するのである。ゲルマイクロドロップを利用した場合は、陽性クローンの選択にフローサイトメーターによるフローソーティングを用いることにより、迅速なスクリーニングが可能である。目的酵素の活性により蛍光性となったセンシング細胞を含むゲルマイクロドロップを、フローソーティングにより選抜するために効率よく回収できる範囲を検討した結果、GFP非発現細胞の10倍から1000倍の蛍光強度の範囲を回収することが望ましいとの知見も得ている。
【0034】
レポーター遺伝子の発現により、目的とする酵素遺伝子の存在が検出された細胞は、遺伝子ライブライブラリーを探索対象として使用した場合、該酵素遺伝子により組み換えられたクローン化ベクターを含むので、該細胞のスクリーニングは、目的とする酵素遺伝子のスクリーニングに直ちに結びつく。すなわち該細胞から該ベクターを採取し、目的とする酵素遺伝子を切り出すことにより、目的酵素遺伝子を得ることができる。また、塩基配列を同定後、PCRにより、該酵素遺伝子を増幅することもできる。
【0035】
探索対象細胞が複合細胞系の場合の、目的遺伝子を保持する細胞の採取法としては、ゲルマイクロドロップを最小の反応場として利用することが可能である。ゲルマイクロドロップ内にセンシング細胞と独立した1種類の細胞を閉じこめ、ゲルマイクロドロップ内で混合培養し、目的の酵素活性をGFPの蛍光の有無により検出するのである。ゲルマイクロドロップを利用した場合は、陽性細胞の選択にフローサイトメーターによるフローソーティングを用いることにより、迅速なスクリーニングが可能である。目的酵素の活性により蛍光性となったセンシング細胞を含むゲルマイクロドロップを、フローソーティングにより選抜するために効率よく回収できる範囲を検討した結果、GFP非発現細胞の10倍から1000倍の蛍光強度の範囲を回収することが望ましいとの知見も得ている。
【0036】
レポーター遺伝子の発現により、目的とする酵素遺伝子の存在が検出された細胞は、該酵素遺伝子を有していることが明らかである。その後、細胞から染色体DNAを抽出し、染色体DNAライブラリーを作成し、目的とする酵素遺伝子のスクリーニングを行うことにより、酵素遺伝子のクローン化が可能となる。その際のスクリーニング法として、当該スクリーニング法を利用することも可能である。
【0037】
一方、スクリーニングの最終段階において、レポーター遺伝子が発現しなかったクローンライブラリーは、他の化合物などに対する酵素遺伝子を保有するクローンを獲得するためのスクリーニングにも用いることができる。このようにして、一度本方法により作成された遺伝子ライブラリーは、様々な酵素遺伝子のスクリーニングに使用できる。
上記の酵素遺伝子クローニング法により選択されたクローン化ベクターにおける挿入配列を解読した後、そこから設計されたプローブやプライマーを用いたハイブリダイゼーションやPCRを行えば、周辺の遺伝子断片を獲得できる。このようにして、遺伝子の全体や近傍酵素遺伝子を獲得でき、また酵素遺伝子オペロンの全体構造を明らかにすることも可能になる。
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明はこれら実施例には限定されない。
【実施例】
【0038】
〔実施例1〕PIGEX (Product-Induced Gene EXpression)法を用いたメタゲノムライブラリーからの安息香酸アミダーゼ遺伝子のクローニング(センシングベクターとライブラリーが同一細胞内に存在する場合のスクリーニング法)
始めに、センシングベクター p19GFPbenR(配列番号1)の構築を行った。p19GFPbenRは、ベクター pUC19 (TaKaRa)のlac プロモーターとは逆方向にbenR遺伝子とgfp遺伝子を挿入し、GFPの発現が安息香酸によって誘導されるように構築したものである(図3)。p19GFPbenRによって形質転換された大腸菌(Escherichia coli JM109)が、1 mM安息香酸の存在下でGFPの発現をフローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)により確認したところ、蛍光検出器において非常に強い蛍光を検出できた(図5)。一方でベクターpUC19によって形質転換された大腸菌や、安息香酸で誘導をかけない形質転換体および安息香酸アミドを培地中に加えた形質転換体は、全く蛍光を発しないことも確認した。これらの現象は位相差蛍光顕微鏡 (OLYMPUS) による観察(図6)や蛍光分光光度計(SpectraMAX Gemini XS; Molecular Devices)によっても確認された(図7)。
【0039】
次に、PIGEX法によって目的の遺伝子が獲得できるか確認する為、メタゲノムライブラリーからベンズアミダーゼ活性を有するクローンのスクリーニングを試みた。メタゲノムライブラリーはSuenagaらの作製した活性汚泥由来メタゲノムをフォスミドベクターを用いてライブラリー化したものを使用した(Suenaga H, Ohnuki T, and Miyazaki K. Functional screening of a metagenomic library for genes involved in microbial degradation of aromatic compounds. Environ. Microbiol. 9:2289-2297. 2007.)。はじめに約9,600個の独立したクローンを含むメタゲノムライブラリー(宿主として大腸菌Escherichia coli EPI300を用いた)をセンシングベクターp19GFPbenRで形質転換し、メタゲノムをクローン化したフォスミドと、p19GFPbenRが共存するような形質転換体を、クロラムフェニコールとアンピシリンを含む培地で選択した。
【0040】
こうして構築されたメタゲノムライブラリーを1 mM 安息香酸アミドを含む5 mlの希釈LB液体培地に植菌し、30℃で一晩培養した。その後、フローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)と付属するアルゴンレーザー(レーザー波長488 nm)を用い、GFPを発現したクローンのスクリーニングをおこなった(図8)。シース液には1.5倍濃度のPBS溶液を使用した。図8中、R3の範囲で示した領域に含まれる細胞250個を、GFPを発現(陽性クローン)しているクローンとして回収した。
【0041】
回収された菌の懸濁液を1 mM 安息香酸アミドを含むLB寒天培地に塗布して30℃で一晩培養した。寒天培地上でGFPの発現により緑色蛍光を発しているコロニーを6個選択し、1 mM安息香酸アミド添加、非添加の希釈LB培地にそれぞれ植菌・培養した。30℃で一晩培養後、GFPの発現をフローサイトメーターにより確認した(図9)。
【0042】
その結果、1 mM安息香酸アミドによってGFPの発現が誘導されるクローンを1つ得た。クローン化されたメタゲノムDNAの塩基配列を決定したところ、Pseudomonas putida由来の安息香酸アミダーゼ遺伝子とアミノ酸で92%の相同性を示す遺伝子配列(配列番号5)を保持していることが確認された(図10)。以上より、PIGEX法により目的の遺伝子が高効率に得られることが確認された。
【0043】
希釈LB液体培地1Lの組成; 4 g bacto-tryptone, 2 g bacto-yeast extract, 1 g NaClを950 mlの蒸留水に溶かし、NaOH, HClを用いてpH7.5に調製した。1 Lに調製してオートクレーブを用いて滅菌処理した。薬剤は、アンピシリン(終濃度100μg/ml)、クロラムフェニコール (終濃度34μg/ml)になるよう加えた。
1.5倍濃度のPBS溶液1Lの組成; 12 g NaCl, 0.3 g KCl, 1.65 g Na2HPO4, 0.3 g KH2PO4を950 mlの蒸留水に溶かし、HClを用いてpH 7.4に調製した。1 Lに調製してオートクレーブを用いて滅菌処理したのち、0.22μmのポアサイズフィルターを用いて微粒子の除去をおこなった。
【0044】
LB寒天培地の組成; 10 g bacto-tryptone, 5 g bacto-yeast extract, 5 g NaClを950 mlの蒸留水に溶かし、NaOH, HClを用いてpH7.3に調製した。1 Lに調製したのち15 gのbacto-agarを加え、オートクレーブを用いて滅菌処理した。薬剤は、アンピシリン(終濃度100μg/ml)、クロラムフェニコール(終濃度34μg/ml)になるよう加えた。
【0045】
蛍光分光光度計(SpectraMAX Gemini XS; Molecular Devices)の設定;励起波長 488 nm、カットオフフィルター 515 nm、蛍光波長520から600 nm、検出器感度はAutomaticとReadings 6に設定した。
【0046】
蛍光顕微鏡 (OLYMPS)の設定;接眼レンズ20倍、対物レンズ100倍、励起フィルター (460-490 nm)と蛍光フィルター(510-550 nm)を使用した。
【0047】
フローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)の設定;488 nmレーザーを出力0.5 Wに設定、シース圧は11 psiに設定した。ノズルは70μmを使用した。細胞分取の際は、ドロップドライブ頻度を26 kHz前後に設定、Normal-Rモードを選択し、ドロップディレイを12から18の間に設定した。フローサイトメーターで得られる情報はCellQuest software (BD Biosciences)によって解析した。
【0048】
〔実施例2〕PIGEX法を用いたメタゲノムライブラリーからのベンズアミダーゼ遺伝子のクローニング(センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法、その1)
次に、センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法によっても目的の酵素遺伝子が獲得できるか確認する為、メタゲノムライブラリーからベンズアミダーゼ活性を保持するクローンのスクリーニングを試みた。〔実施例1〕と同様にメタゲノムライブラリーはSuenagaらの作製した活性汚泥由来メタゲノムライブラリーを使用した。一方センシングベクターは新たに構築したpCmGFPbenR(配列番号2)を使用した。
【0049】
センシングベクター pCmGFPbenRの構築は次のようにおこなわれた。ベクター pHSG396 (TaKaRa)のlac プロモーターとは逆方向にbenR遺伝子とgfp遺伝子を挿入し、GFPの発現が安息香酸によって誘導されるように構築した (図4)。pCmGFPbenRによって形質転換された大腸菌(Escherichia coli JM109)(以下、センシング細胞と呼称)が、1 mM安息香酸の存在下でGFPを発現するか否かをフローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)により確認したところ、蛍光検出器において非常に強い蛍光を検出できた。一方で、benR遺伝子とgfp遺伝子を含まないベクターpHSG396によって形質転換された大腸菌や安息香酸による誘導をおこなわない形質転換体および安息香酸アミドを生育培地中に加えた形質転換体は、全く蛍光を発しないことも確認した。これらの現象は、蛍光顕微鏡観察および蛍光分光光度計を用いた蛍光検出によっても確認された。
【0050】
次にメタゲノムライブラリーを96ウェルプレート(1ウェルあたり約100個の独立したクローンを含む)1枚に分注した形で作成した。百分の一量のTrace element solutionと千分の一量のコピーコントロール溶液 (EPICENTRE)を加えたLB液体培地でこれらを一晩培養(30℃)し、定常期までライブラリーを生育させた。その後、同培地に培養したセンサーセルと3% (vol./vol.) ジメチルスルホキシド、 安息香酸アミドを終濃度10 mM になるように加えた。これらを一晩培養(30℃)し、その後培養物を遠心分離機にかけて集菌をおこない、上清を取り除いた。菌体を滅菌水に懸濁し、GFPの蛍光を蛍光分光光度計を用いて検出した。
【0051】
その結果を表1示す。96ウェルのうち、5つのウェルでGFPの発現が確認された(陽性ウエルサンプルA〜E)。なお、表1中、陰性サンプル平均とはGFPの蛍光が確認されなかった91の陰性ウェルサンプルの蛍光強度の平均である。各ウェルサンプルのGFPの蛍光強度の確認は、OD600=1.3の各ウェルサンプルに励起光488 nmを当て、蛍光波長515 nmを測定することでおこなった。
【0052】
【表1】
【0053】
次に〔実施例1〕でクローン化したアミダーゼの塩基配列(配列番号5)を元に作成したPCRプライマーをもちいて安息香酸アミダーゼ活性を示すクローンの培養液(陽性ウェルサンプルAからE)を鋳型にPCRをおこない、その後PCR反応液をアガロースゲルで電気泳動することにより、DNA増幅の有無を確認した。プライマーは、Primer-A (5’- gtacccaccacggcatcg −3’;配列番号3)およびPrimer-B (5’- cacttcaggcagacgcag − 3’;配列番号4)のセットを用いた。その結果、陽性ウェルサンプルA(レーン4), B(レーン5), D(レーン6), E (レーン7)については〔実施例1〕でクローン化した安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅が確認された。陽性ウェルサンプルC(レーン8)に関しては、増幅断片が認められなかった(図11)。
【0054】
以上より、センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する条件でのPIGEX法により、目的の酵素遺伝子が効率的に得られることが確認された。
Trace element solutionの組成;FeCl2・4H20 1.5 gを7.7 M HCl 20 mlに溶解させた。これを950 mlの蒸留水で希釈し、ZnCl2 0.07 g, MnCl・4H2O 0.1 g, H3BO3 0.006 g, CoCl・6H2O 0.19 g, CuCl2・2H2O 0.002 g, NiCl2・6H2O 0.024 g, Na2MoO4・2H2O 0.036 gをそれぞれ溶解させ、1 Lに調製したのち0.22μmのポアサイズフィルターを用いてろ過滅菌をおこなった。
【0055】
LB培地の組成; 10 g bacto-tryptone, 5 g bacto-yeast extract, 5 g NaClを950 mlの蒸留水に溶かし、NaOH, HClを用いてpH7.3に調製した。1 Lに調製したのちオートクレーブを用いて滅菌処理した。薬剤は、クロラムフェニコール (終濃度34μg/ml)になるよう加えた。
【0056】
〔実施例3〕メタゲノムライブラリーからのベンズアミダーゼ遺伝子のクローニング(センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法、その2)
ゲルマイクロドロップ法を用いてセンシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する場合のスクリーニング法によって目的の酵素遺伝子が獲得できるか確認する為、メタゲノムライブラリーから安息香酸アミダーゼ遺伝子のクローニングを試みた。メタゲノムライブラリーはSuenagaらの作製した活性汚泥由来メタゲノムライブラリーを使用し、センシング細胞としてpCmGFPbenRで形質転換された大腸菌を使用した。
【0057】
始めに約9,600個の独立したクローンを含むメタゲノムライブラリーを準備した。百分の一量のTrace element solution、クロラムフェニコール (終濃度34μg/ml)を加えたLB液体培地でこれらを一晩培養(30℃)し、定常期までライブラリーを生育させた。その後これらを集菌し、1 x 10の7乗 cells/mlになるようにPBSで希釈した。
次に予めLB液体培地中で対数増殖期まで培養したセンシング細胞を集菌し、1 x 10の9 乗cells/mlになるようにPBSで希釈し、前述のメタゲノムライブラリーと混合した。
【0058】
次に低凝固点アガロース (Agarose Type IX-A, Sigma-Aldrich) 0.02 gを1 mlのLB液体培地に加え、70℃, 5分処理して溶解させた後、30℃に保温してアガロース溶液を作成した。このアガロース溶液と上記のライブラリー・センシング細胞混合液を等量混合し、30℃に保温した。このアガロース・微生物混合液にさらに、千分の一量のコピーコントロール溶液(EPICENTRE)、3% (vol./vol.) ジメチルスルホキシド、クロラムフェニコール(終濃度34μg/ml)、安息香酸アミド(終濃度10 mM)になるように加えた。
このアガロース・微生物混合液を5倍量の1% (vol./vol.) Span 80 (Sigma-Aldrich)含有ミネラルオイル (Sigma-Aldrich)に加え、軽く攪拌した。この混合物をシリンジですべて吸い取り、そのシリンジにSPG膜乳化モジュール (SPGテクノ社)を取り付け、加圧してミネラルオイル中に均一なアガロース・微生物混合液含有ミセルを作成した。得られたミセルを5分間氷冷し、アガロースをゲル化させることによって、ゲルマイクロドロップを得た。
【0059】
得られたゲルマイクロドロップは、ミネラルオイルに入れたままの状態で30℃、一晩培養した。培養終了後のゲルマイクロドロップは、遠心してミネラルオイルを除去した後、滅菌水で十分に洗浄した。その後ゲルマイクロドロップを含む試料を孔径70μmのセルストレイナー (BD Biosciences)に通して凝集塊を除いた。培養後のセンシング細胞及びメタゲノムライブラリーが閉じこめられたゲルマイクロドロップの位相差顕微鏡観察像およびその同視野での蛍光顕微鏡観察像を比較した結果、同一のゲルマイクロドロップ内にセンシング細胞と安息香酸アミダーゼ陽性クローンが存在する場合のみ、センシング細胞のGFP発現が誘導されることが確認された(図12)。
【0060】
次にフローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)と付属するアルゴンレーザー(レーザー波長488 nm)を用い、GFPを発現したセンシング細胞を含むゲルマイクロドロップのソーティングをおこなった(図13)。図13AのドットプロットにおいてR3の範囲で示した領域に含まれる粒子を、ゲルマイクロドロップとしてソーティングの対象とした。次にR3の範囲に含まれる粒子の蛍光強度をヒストグラム(図13B)として表し、R2の範囲で示した領域に含まれる粒子1個ずつを、LB液体培地を分注した96ウェルプレートの各1ウェル中にソーティングし、30℃で一晩培養した。
【0061】
96ウェルのうち、菌の増殖が認められたウェルは66ウェルあった。66ウェルの培養物を百分の一量のTrace element solutionと千分の一量のコピーコントロール溶液を加えたLB液体培地で対数増殖期まで培養し、その後3% ジメチルスルホキシド, 安息香酸アミドを終濃度10 mM になるように加えた。これらを一晩培養(30℃)し、その後培養物を遠心分離機にかけて集菌をおこない、上清を取り除いた。菌体を滅菌水に懸濁し、GFPの蛍光を蛍光分光光度計を用いて検出した。その結果、以下の表2に示すように、66ウェルのうち、2つのウェル(陽性ウエルサンプルA,B)でGFPの発現が確認された。表2においては残りのGFPの蛍光が確認されなかった64の陰性ウェルサンプルの蛍光強度の平均もあわせて示した。なお、各ウェルサンプルのGFPの蛍光強度の確認は、OD600=1.3の各ウェルサンプルに励起光488 nmを当て、蛍光波長515 nmを測定することでおこなった。
【0062】
【表2】
【0063】
次に〔実施例1〕でクローン化したアミダーゼの塩基配列(配列番号5)を元に作成したPCRプライマーをもちいて安息香酸アミダーゼ活性を示すクローンの培養液を鋳型にPCRをおこない、その後PCR反応液をアガロースゲルで電気泳動することにより、DNA増幅の有無を確認した。プライマーは、Primer-A (5’- gtacccaccacggcatcg −3’;配列番号3)およびPrimer-B (5’- cacttcaggcagacgcag −3’;配列番号4)のセットを用いた。その結果、陽性ウェルサンプルA(レーン4), B(レーン5)について〔実施例1〕でクローン化した安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅が確認された(図14)。
【0064】
以上より、センシングベクターとライブラリーが別々の細胞内に存在する条件でのPIGEX法により、目的の酵素遺伝子が効率的に得られることが確認されるとともにゲルマイクロドロップ法とフローサイトメーターを組み合わせることによって迅速なスクリーニング系の構築にも成功した。
フローサイトメーターFACSVantage SE (Becton Dickinson)の設定;488 nmレーザーを出力0.5 Wに設定、シース圧は9 psiに設定した。ノズルは100μmを使用した。シース液には1.5倍濃度のPBS溶液を使用した。細胞分取の際は、ドロップドライブ頻度を16 kHz前後に設定、Counterモードを選択し、ドロップディレイを12から18の間に設定した。フローサイトメーターで得られる情報はCellQuest software (BD Biosciences)によって解析した。96ウェルプレート上へのゲルマイクロドロップの回収は、CloneCyt Plusを用いて行った。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】センシングベクター、p19GFPbenRの全塩基配列 (6126 bp)とその構造を示す図である。
【図2】センシングベクター、pCmGFPbenRの全塩基配列 (5665 bp)とその構造を示す図である。
【図3】センシングベクター、p19GFPbenR (6126 bp)の構造の概略を示す図である。
【図4】センシングベクター、pCmGFPbenR (5665 bp)の構造の概略を示す図である。
【図5】フローサイトメーターにより、センシング細胞のGFP発現を確認した結果を示すヒストグラムである。図中、縦軸は細胞の個数を、横軸は細胞の蛍光強度(GFPの発現量)を示す。緑線はGFPの発現の誘導をおこなったサンプル、赤線は発現の誘導をおこなわなかったサンプル(赤線)および青線は終濃度1 mM安息香酸アミドを加えて培養したサンプルを示す。
【図6】蛍光顕微鏡により、GFP発現を確認した結果を示す写真である。
【図7】蛍光分光光度計により、GFP発現の確認を行った結果を示すグラフである。図中、縦軸は蛍光強度(GFPの発現量)を、横軸はその時加えた安息香酸の終濃度を示す。
【図8】フローサイトメーターを用いた陽性クローンのソーティングを示すドットプロットである。図中、ドットは、安息香酸アミドを加えたメタゲノムライブラリー中の各細胞を、縦軸は細胞の散乱光を、横軸には細胞の蛍光強度(GFPの発現量)を示す。
【図9】フローサイトメーターによる陽性クローン(安息香酸アミダーゼ活性保持)のGFP発現を確認した結果を示すヒストグラムである。縦軸は細胞の個数を、横軸は細胞の蛍光強度(GFPの発現量)を示す。陽性クローンは緑線で陰性クローンは青線で示す。
【図10】陽性クローンに保持されていたクローン化メタゲノム由来DNA断片における各ORFの位置関係、長さ及び該各ORFと既知酵素遺伝子との相同性を示す図である。
【図11】PCRによって安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅の有無を確認した写真である。レーン1および10は分子量マーカー(λHindIIIマーカー)を、レーン2および9は陽性コントロールを、レーン3は陰性コントロールをそれぞれ泳動している。レーン4, 5, 6, 7, 8にはそれぞれ陽性ウェルサンプルA, B, C, D, Eを鋳型としたPCR生成物を泳動している。
【図12】センシング細胞(pCmGFPbenRで形質転換された大腸菌(E. coli JM109))とメタゲノムライブラリークローンの両方が閉じこめられたゲルマイクロドロップの、蛍光顕微鏡によるGFP発現の確認を行った結果を示す写真である。
【図13】図13Aは、フローサイトメーターを用いた陽性クローンを含むゲルマイクロドロップのソーティングを示すドットプロットである。図中、ドットはメタゲノムライブラリーとセンシング細胞の両方を閉じこめたゲルマイクロドロップを示す。縦軸はゲルマイクロドロップの散乱光を、横軸にはゲルマイクロドロップの大きさを示す。図13Bは、図13A中のR3の範囲に含まれる粒子の蛍光強度のヒストグラムである。縦軸はゲルマイクロドロップの個数を、横軸にはゲルマイクロドロップの蛍光強度(GFPの発現量)を示す。
【図14】PCRによる安息香酸アミダーゼ遺伝子の増幅の有無をアガロースゲル電気泳動により確認した写真である。レーン1および6は分子量マーカー(λHind IIIマーカー)を、レーン3は陽性コントロールを、レーン2は陰性コントロールをそれぞれ泳動している。レーン4, 5にはそれぞれ陽性ウェルサンプルA, Bを鋳型としたPCR生成物を泳動している。
【図1−1】
【図1−2】
【図1−3】
【図2−1】
【図2−2】
【図2−3】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)標的酵素遺伝子の探索対象細胞に、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含むセンシングベクターを導入し、得られる形質転換細胞を培養するか、あるいは(B)上記探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とを混合培養するとともに、培地に標的酵素遺伝子の基質化合物を含有せしめ、レポーター遺伝子の発現の有無を指標にして、標的酵素遺伝子を含有する細胞を検出することを特徴とする、標的酵素遺伝子を含有する細胞、あるいは標的酵素遺伝子をスクリーニングする方法。
【請求項2】
探索対象細胞が複合生物群の細胞であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
探索対象細胞が、遺伝子ライブラリーを構成する各クローン化遺伝子を含む細胞であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
遺伝子ライブラリーが、単一生物の遺伝子から構成されるライブラリーである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
遺伝子ライブラリーが、複合生物群の遺伝子から構成されるライブラリーであることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とがゲルマイクロドロップに封入されていることを特徴とする請求項1〜5に記載の方法。
【請求項7】
ゲルマイクロドロップをフローソーティングによって選別することを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
センシング細胞が、細胞膜の物質透過性の促進処理剤により処理されたものであることを特徴とする、請求項1〜7に記載の方法。
【請求項9】
レポーター遺伝子が、蛍光タンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項10】
レポーター遺伝子が、蛍光物質生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項11】
レポーター遺伝子が、色素生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項12】
レポーター遺伝子が、薬剤耐性を付与する遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載に方法。
【請求項13】
標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、転写制御因子をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1〜12に記載の方法。
【請求項14】
標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、RNAリボスイッチをコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜12に記載の方法。
【請求項15】
細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシングベクターであって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子を含む上記センシングベクター。
【請求項16】
細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシング細胞であって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含む上記センシングベクターが導入された、上記センシング細胞。
【請求項1】
(A)標的酵素遺伝子の探索対象細胞に、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含むセンシングベクターを導入し、得られる形質転換細胞を培養するか、あるいは(B)上記探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とを混合培養するとともに、培地に標的酵素遺伝子の基質化合物を含有せしめ、レポーター遺伝子の発現の有無を指標にして、標的酵素遺伝子を含有する細胞を検出することを特徴とする、標的酵素遺伝子を含有する細胞、あるいは標的酵素遺伝子をスクリーニングする方法。
【請求項2】
探索対象細胞が複合生物群の細胞であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
探索対象細胞が、遺伝子ライブラリーを構成する各クローン化遺伝子を含む細胞であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
遺伝子ライブラリーが、単一生物の遺伝子から構成されるライブラリーである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
遺伝子ライブラリーが、複合生物群の遺伝子から構成されるライブラリーであることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
探索対象細胞と、上記センシングベクターを導入したセンシング細胞とがゲルマイクロドロップに封入されていることを特徴とする請求項1〜5に記載の方法。
【請求項7】
ゲルマイクロドロップをフローソーティングによって選別することを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
センシング細胞が、細胞膜の物質透過性の促進処理剤により処理されたものであることを特徴とする、請求項1〜7に記載の方法。
【請求項9】
レポーター遺伝子が、蛍光タンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項10】
レポーター遺伝子が、蛍光物質生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項11】
レポーター遺伝子が、色素生成酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項12】
レポーター遺伝子が、薬剤耐性を付与する遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜8に記載に方法。
【請求項13】
標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、転写制御因子をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1〜12に記載の方法。
【請求項14】
標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子が、RNAリボスイッチをコードする遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜12に記載の方法。
【請求項15】
細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシングベクターであって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子を含む上記センシングベクター。
【請求項16】
細胞中の標的酵素遺伝子のスクリーニングに用いるセンシング細胞であって、標的酵素遺伝子の発現により活性化される遺伝子発現因子と該遺伝子発現因子の活性化により誘導発現されるレポーター遺伝子とを含む上記センシングベクターが導入された、上記センシング細胞。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−35459(P2010−35459A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−200172(P2008−200172)
【出願日】平成20年8月1日(2008.8.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月1日(2008.8.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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