説明

酸化インジウム粉末及びITO焼結体

【課題】粒径(一次粒子径)を所定範囲に調製でき、言い換えればBET法比表面積を所定範囲に調製でき、それでいて高温でない温度で焼成可能な新たな酸化インジウム粉末を提供する。
【解決手段】Fe元素を3ppm〜100ppm含有する酸化インジウム粉末を提案する。焼成前にFeを添加すると、酸化インジウム粉末の一次粒子径を大きくすることができる。この際、Fe含有量3ppm〜100ppmの範囲で有意な効果を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ITO膜(Indium Tin Oxide膜)を形成する際のスパッタリングターゲットとして用いるITO焼結体及びこれの構成原料として好適な酸化インジウム粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
ITO膜は、高い導電性と可視光透過性を併せ持つため、太陽電池や液晶表示デバイス、タッチパネル、窓ガラス用結露防止発熱膜など、様々な透明導電膜用途に広く用いられている。
このようなITO薄膜を製造する方法として、スパッタリング、真空蒸着、ゾル・ゲル法、クラスタービーム蒸着、PLDなどの方法が挙げられるが、中でもスパッタリング法は、大面積基板上に低抵抗な膜を比較的低温で作製できるため工業的に広く用いられている。
【0003】
このようにスパッタリング法によってITO薄膜を製造する際、スパッタリングターゲットとして用いられるのがITO焼結体である。このITO焼結体は酸化インジウム粉末と酸化スズ粉末との混合粉末(プレミックス粉体)を加圧成型後、焼結して製造するのが一般的である。
ITO焼結体原料としての酸化インジウム粉末の物性が、ITO焼結体及びITO薄膜の性能に大きく影響するため、従来から酸化インジウム粉末やその製造に関する様々な提案がなされている。
【0004】
例えば特許文献1には、硝酸インジウム水溶液を70〜95℃に加熱し、該水溶液にアルカリ水溶液を添加し、水酸化インジウムスラリーを生成した後、濾過、乾燥処理して得られた針状水酸化インジウム粉末を仮焼することにより、結晶子径が200〜500オングストロームであり、且つ粒度分布から求めた平均粒径が0.5μm以下である酸化インジウム粉末が提案されている。
【0005】
特許文献2には、水酸化インジウムを針状結晶とすることにより、水酸化インジウムの状態で凝集を抑制し、さらには、該針状結晶の粒子径を制御することにより、仮焼して得られる酸化インジウム粉末の凝集及び粒子径を制御することを特徴とする酸化インジウム粉末が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開平4−325415号公報(特許第3314388)
【特許文献2】特開2002−316818号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スパッタリングターゲットとして用いるITO焼結体は、上述のように酸化インジウム粉末と酸化スズ粉末とを混合して加圧成型した後、高温で焼結して製造するのが一般的であるが、この高温焼結時の熱衝撃等により割れや反りが発生することがあった。このような割れや反りの防止策の一つとして、原料である酸化インジウム粉末粒子を十分に結晶成長させて焼結性を高める方法が考えられる。しかし、酸化インジウム粉末粒子を十分に結晶成長させる工業的製法を確立することは容易なことではない。なぜならば、酸化インジウム粉末粒子を十分に結晶成長させるためには、焼成温度をより高温にすることが想定されるが、高温での焼成は異常粒成長を引き起こして逆に熱衝撃性が低下する可能性があるばかりか、製造コストが高くなるという問題があるからである。
【0008】
そこで本発明は、焼成温度を従来よりも高温にしないでも、結晶成長を促して粒径(一次粒子径)をある程度大きくすることができる、新たな酸化インジウム粉末を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、Fe元素を3ppm〜100ppm含有する酸化インジウム粉末を提案するものである。
【0010】
酸化インジウム粉末製造工程において、Fe元素を3ppm〜100ppm含有するようにFe元素を焼成前に添加すれば、高温でない温度で焼成しても、粒子の焼結を促して十分に結晶成長させて粒径(1次粒子)をある程度大きくすることができる。よって、焼結温度範囲を広げることができ、より安価にITO焼結体を製造することができる。さらには、本発明の酸化インジウム粉末をITO焼結体原料として使用すれば、この酸化インジウム粉末の粒子は十分に結晶成長して優れた焼結性を備えているから、ITO焼結体作製時の高温焼結においても熱衝撃等による割れや反りの発生を抑えることができるものと考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態の例に基づいて本発明を説明するが、本発明が下記実施形態に限定されるものではない。
【0012】
(Fe含有量)
本発明に係る酸化インジウム粉末(以下、「本酸化インジウム粉末」という)は、Fe元素を3ppm〜100ppm含有するものである。
Fe元素を3ppm以上含有するように酸化インジウム原料に添加して焼成すれば、酸化インジウム粉末粒子の焼結性を促進し、粒子成長を促すことができる。他方、Fe元素含有量が100ppm以下となるように添加すれば、不純物混入による結晶性の悪化を生じることがない。逆に、Fe元素を100ppmを超えて含有するように添加すると、それ以上添加しても粒子成長を促す効果を高めることができないばかりか、不純物としてのFe含有量が多くなることで粒子内部の結晶性が悪化するおそれがあり、導電性、透明性に不具合を生じる可能性がある。
よって、かかる観点から、本酸化インジウム粉末は、Fe元素を3ppm〜100ppm含有するのが好ましく、特に10ppm〜100ppm、中でも12ppm〜100ppm、その中でも特に12ppm〜50ppm含有するのがより一層好ましい。
なお、酸化インジウム粉末中のFe元素量は、酸化インジウム粉末を酸溶解して溶出したFeをICP分析することにより測定することができる。
【0013】
(一次粒子平均粒径)
本酸化インジウム粉末は、透過電子顕微鏡(TEM)写真観察により測定される一次粒子平均粒径(「TEM径」ともいう)が0.03μm〜0.3μmであるのが好ましい。本酸化インジウム粉末のTEM径が小さ過ぎると、本酸化インジウム粉末が空気を多く含むことになり、圧密しても焼結密度を高めることが難しくなる。他方、本酸化インジウム粉末のTEM径が大き過ぎると、ITO焼結体を製造するために酸化スズ粉末と混合して焼結した際、原子の拡散が十分に起こらなくなり、組成の偏りが生じてしまう。
よって、かかる観点から、本酸化インジウム粉末のTEM径は0.03μm〜0.3μmであるのが好ましく、0.04μm〜0.3μmであるのが特に好ましく、中でも0.06μm〜0.2μmであるのがさらに好ましい。
なお、このTEM径は、透過電子顕微鏡を使用し、倍率5万倍にて観察した際の写真像の粒子を、フェレ径にて200個カウントし、その平均径として求められる値である。
【0014】
(BET法比表面積)
本酸化インジウム粉末のBET一点法で測定されるBET法比表面積は、1.0〜4.0m2/gであるのが好ましい。本酸化インジウム粉末のBET法比表面積も粒度的な意味合いからすると、高焼結密度化と、焼結の際の成分の偏りない拡散とのバランスが要求される。
かかる観点から、本酸化インジウム粉末のBET法比表面積は、1.0〜4.0m2/gであるのが好ましく、中でも1.0〜3.0m2/g、その中でも特に1.5〜2.5m2/gであるのがより一層好ましい。
【0015】
(D50)
レーザー回折散乱式粒度分布測定法により測定して得られる体積基準粒度分布によるD50は、1μm〜10μmであるのが好ましい。
粒度分布(D50)は粒子の凝集状態、言い換えれば分散状態を示す指標でもあるため、D50が大き過ぎると分散が不十分となり、酸化スズ粉末と均一に混合することが難しくなる。他方、D50が小さ過ぎると、酸化スズ粉末との混合性は問題ないが、空気中に飛散し易くなり作業環境を悪化させ易くなる。
よってかかる観点から、本酸化インジウム粉末のD50は1μm〜10μmであるのが好ましく、中でも2μm〜9μm、その中でも2μm〜7μmであるのが特に好ましい。
【0016】
(結晶子径)
酸化インジウム粉末の結晶子径は結晶性を評価する指標であるため、かかる観点から、本酸化インジウム粉末の結晶子径は、0.03μm〜0.3μmであるのが好ましく、中でも0.04μm〜0.2μmであるのがより好ましく、その中でも0.06μm〜0.15μmであるのが特に好ましい。
【0017】
(酸化インジウム粉末の製造方法)
本酸化インジウム粉末の製造方法について説明する。但し、本発明の酸化インジウム粉末の製造方法が次に説明する製造方法に限定されるものではない。
【0018】
本酸化インジウム粉末の製造方法は、水酸化インジウムを焼成した後(第1焼成)、得られた粉末を粉砕機にて解砕又は粉砕し、その後、Fe源を添加し、次に第2焼成を行い、必要に応じて得られた粉末を粉砕機にて解砕又は粉砕すればよい。
より具体的には、水酸化インジウムを、大気中500〜800℃程度の雰囲気にて第1焼成を行い、得られた粉末を粉砕機にて解砕又は粉砕した後、Fe源を添加し、次に大気中900℃〜1300℃程度の雰囲気にて第2焼成を行い、必要に応じて得られた粉末を粉砕機にて解砕又は粉砕すればよい。
この際、第1焼成後にFeを添加することがポイントである。例えば水酸化インジウムの段階でFeを添加すると、酸化インジウム粒子の内部にFeが入ってしまって酸化インジウム粒子同士の結合による粒子成長を促進させ難いのに対し、第1焼成によって酸化インジウム粒子がある程度形成された段階でFeを添加すると、粒子表面にFeを吸着乃至付着させることができるから、酸化インジウム粒子同士の結合による粒子成長を十分に促進させることができる。
以下、詳細に説明する。
【0019】
水酸化インジウムは、例えば硝酸インジウム溶液、硫酸インジウム溶液などのインジウム塩溶液を、60〜85℃程度に保ちながらpH7.4〜7.6程度となるようにアルカリ水溶液(例えばアンモニア水)を加え、所定時間攪拌して十分に反応させる。この際、反応が十分進行するように所定時間(例えば30分程度)攪拌するのが好ましい。
上記の如くインジウム塩水溶液にアルカリ水溶液を加えて反応させると、水酸化インジウムが晶析してスラリー状となる。このスラリーを固液分離し、得られた固体分(ケーキ)を洗浄及び乾燥することで水酸化インジウム粉末を得ることができる。
【0020】
添加するFe源は、硝酸鉄、塩化鉄、酸化鉄、金属粉鉄、鉄カルボニル化合物などの鉄を含む化合物を挙げることができるが、酸化インジウム粒子表面の吸着のされやすさの点で硝酸鉄が好ましい。また、液状であっても、粉体であってもよいが、硝酸鉄や塩化鉄などの鉄塩を溶かした溶液を散布すると、粒子表面に均一に付着乃至吸着させることができ、より一層の焼結促進効果が得られるものと推察される。但し、これまでの試験の結果、粉体状態の鉄を加えた場合も焼結促進効果を十分得られることを確認している。
【0021】
また、解砕又は粉砕は、例えばハンマーミル、サンプルミル、ピンミルなどの高速回転型の解砕機、ボールミルやビーズミルなどのメデイアを使用する解砕機などで行うことができる。
【0022】
(用途)
本酸化インジウム粉末は、酸化スズ粉末と混合して焼成して得られるITO膜(Indium Tin Oxide膜)を形成する際のスパッタリングターゲット原料として好適に用いることができ、反りや割れが抑制されたITO焼結体を製造することができる。
【0023】
なお、ITO焼結体の製造方法としては、例えば、酸化インジウム粉末に酸化スズ粉末を例えば5〜15wt%加え、ボールミルや振動ミル等によって混合してITO粉末とし、所望の形に成型した後、適宜条件で焼結すればITO焼結体を製造することができる。但し、この製造方法に限定されるものではない。
この際、ITO粉末の成型手段としては、金形プレス、鋳込み成型、冷間静水圧プレス(CIP)、スリップキャスト成型等の成形方法を採用することができる。
また、焼結は、例えば1350℃〜1600℃の温度で焼結すればよいが、この温度に限定されるものではない。焼結時間は数時間〜数十時間が一般的であるが、この時間に限定されるものではない。焼結雰囲気は特に限定されず、大気中、酸素中、不活性ガス中等で行うことができる。
【0024】
(語句の説明)
本明細書において「X〜Y」(X,Yは任意の数字)と表現する場合、特にことわらない限り「X以上Y以下」の意と共に、「好ましくはXより大きい」或いは「好ましくYより小さい」の意も包含する。
また、「X以上」(Xは任意の数字)と表現する場合、特にことわらない限り「好ましくはXより大きい」の意を包含し、「Y以下」(Yは任意の数字)と表現する場合、特にことわらない限り「好ましくYより小さい」の意を包含する。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例について説明する。
先ず、評価方法について説明する。
【0026】
(透過電子顕微鏡(TEM)写真観察による一次粒子平均粒径)
透過電子顕微鏡((株)日立製作所製 H−9000UHR型)を使用し、加速電圧200kV、倍率5万倍にて一次粒子を観察した。その写真像の粒子をフェレ径にて200個カウントし、その平均径を一次粒子平均粒径(TEM径)として算出した。
【0027】
(BET比表面積)
ユアサアイオニクス(株)製のモノソーブ(商品名)を用いて、JIS R 1626-1996(ファインセラミックス粉体の気体吸着BET法による比表面積の測定方法)の「6.2流動法の(3.5)一点法」に準拠して、測定を行った。
その際、キャリアガスであるヘリウムと、吸着質ガスである窒素の混合ガスを使用した。
【0028】
(D50)
粉末を少量ビーカーに取り、3%トリトンX溶液(関東化学製)を2、3滴添加し、粉末になじませてから、0.1%SNディスパーサント41溶液(サンノプコ製)50mLを添加し、その後、超音波分散器TIPφ20(日本精機製作所製、OUTPUT:8、TUNING:5)を用いて2分間分散処理して測定用サンプルを調製した。この測定用サンプルを、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置MT3300 (日機装製)を用いて、体積累積基準D50を測定した。
【0029】
(結晶子径)
リートベルト法により、次のようにして結晶子径を測定した。
Cu‐Kα線を用いたX線回折装置(ブルカー・エイエックスエス(株)製D8 ADVANCE)を使用して、実施例及び比較例で得られたサンプル(粉体)の結晶子径を測定した。この際、FundamentalParameterを採用して解析を行った。回折角2θ=15〜120°の範囲より得られたX線回折パターンを用いて、解析用ソフトウエアTopas Version3を用いて行った。
【0030】
(実施例1−7)
水酸化インジウム30gをアルミナ焼成容器に入れて、初温40℃から昇温速度5.0℃/minで600℃まで昇温し、600℃を150分間保持するようにして第1焼成を実施した。
得られた粉末をアルミナ焼成容器に入れたまま40℃まで冷却した後、目開き1mmφのサンプルミル(粉体供給量7.4kg/min、回転数5800rpm)を用いて粉砕した。
粉砕して得られた粉末に、表1に示す量の硝酸鉄水溶液(Fe(NO3)2、Fe濃度:1mg/L)を添加し、アルミナ焼成容器に入れ、初温40℃から昇温速度4.5℃/minで1000℃まで昇温させた後、1000℃を180分間保持するようにして第2焼成を実施し、得られた粉末をアルミナ焼成容器に入れたまま品温40℃まで冷却し、目開き1mmφのサンプルミル(粉体供給量7.4kg/min、回転数5800rpm)を用いて粉砕して酸化インジウム粉末を得た。
【0031】
こうして得られた酸化インジウム粉末のBET比表面積を測定し、表1に示した。また、TEM写真観察による一次粒子平均粒径、結晶子径、レーザー回折散乱式粒度分布測定法によるD50などを測定し、表1に示した。
なお、ICP分析の結果、Fe添加量とFe含有量は同量になることが認められた。
【0032】
(比較例1)
実施例1において、硝酸鉄(Fe(NO3)2を添加しない以外は、実施例1と同様に酸化インジウム粉末を得た。
こうして得られた酸化インジウム粉末のBET比表面積を測定し、表1に示した。また、TEM写真観察による一次粒子平均粒径、結晶子径、レーザー回折散乱式粒度分布測定法によるD50などを測定し、表1に示した。
【0033】
【表1】

【0034】
表1の結果より、Fe添加するとFe添加量、すなわちFe含有量が3ppm以上になると、BET比表面積が小さくなることが確認された。
【0035】
実施例のように第1焼成後にFeを添加すると、第1焼成によって酸化インジウム粒子がある程度形成された段階でFeが添加されて粒子表面にFeが吸着乃至付着され、この粒子表面に存在するFeの作用によって、酸化インジウム粒子同士の結合による粒子成長が促されたものと推察されるため、Feを添加するタイミングとしては第1焼成後に行うのが好ましいと考えられる。
【0036】
実施例で得られた酸化インジウム粉末の粒子においては、Feが表面に偏在しており、少なくとも粒子内部よりも表面の方がFe含有率が高くなっていた。よって、酸化スズ粉末と混合して焼結すれば、その際も焼結を促進させることができ、例えば同じ温度で焼成した場合に比べて結晶性の高いITO焼結体を得ることができるから、割れ及び反りを抑制できるものと考えることができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe元素を3ppm〜100ppm含有する酸化インジウム粉末。
【請求項2】
Fe元素を3ppm〜100ppm含有し、且つ透過電子顕微鏡(TEM)写真観察による一次粒子平均粒径が0.03μm〜0.3μmである酸化インジウム粉末。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の酸化インジウム粉末と、酸化スズ粉末とを混合し、焼成して得られるITO焼結体。
【請求項4】
水酸化インジウムを焼成した後(第1焼成)、得られた粉末を解砕又は粉砕し、Fe源を添加し、次に第2焼成を行う工程を含む酸化インジウム粉末の製造方法。

【公開番号】特開2011−42549(P2011−42549A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−193456(P2009−193456)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】