説明

酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法及び該基板を用いた酸化物超電導線材

【課題】高強度で且つ長手方向に安定した高度な2軸配向を有する酸化物超電導線材用金属積層基板を安価に提供する。
【解決手段】厚みが0.2mm以下の非磁性の金属板T1と、圧下率90%以上で冷間圧延された厚み50μm以下のCu合金からなる金属箔T2とを常温表面活性化接合にて積層し、積層後、150℃以上1000℃以下の熱処理により前記金属箔を結晶配向させた後、前記金属箔上に厚みで10μm以下のNiまたはNi合金のエピタキシャル成長膜T3を積層させて酸化物超電導線材用金属積層基板を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜形成用配向基板の製造方法及び超電導線材に関し、より詳しくは、酸化物超電導線材用の膜形成用配向基板の製造方法及びその製造方法によって製造された膜形成用配向基板上に超電導膜が形成された超電導線材に関する。
【背景技術】
【0002】
優れた高温超電導線材を得るためには、基板上に配向性の高い超電導膜を形成する必要がある。
このため、従来、酸化物超電導線材、特に、Y系酸化物超電導線材の製造においては、特許文献1〜3や非特許文献1に記載されているように、2軸結晶配向した金属基板上に、中間層として酸化セリウム(CeO)、安定化ジルコニア(YSZ)、酸化イットリウム(Y)などの酸化物層をスパッタ法などでエピタキシャル成長させ積層し、次いでその上にY123薄膜等の酸化物超電導体層をレーザーアブレージョン法などによりエピタキシャル成長させ積層し、更には超電導体層の上に保護膜として、Ag層またはCu層を積層したものが知られている(RABITS法)。
【0003】
上記RABITS法で優れた超電導線材を得るためには、上記金属基板は高度に2軸配向していることが重要であることも知られている。
【0004】
また、この超電導体の応用は、ケーブル、コイル、マグネットなど交流機器用途であり、テープ状で長尺化する必要からリール・トゥ・リール方式で製造されること、また中間層や超電導体層の成膜が600℃以上の高温下で行われることなどから、上記金属基板は、高強度であること、長手方向で諸特性が均一であることなどが必要とされる。
【0005】
さらに、超電導線材を交流ケーブル用途に使用する場合や高磁場下で使用する場合においては、線材が磁性体であると交流では電流損失が大きくなるため、超電導特性が劣化するという問題点がある。そのため上記金属基板は弱磁性、好ましくは非磁性とする必要がある。
【0006】
上記金属基板を高度に2軸配向させる方法としては、一般に90%以上の圧下率で冷間圧延し、材料全体に大きな均一歪みを与えた後、熱処理により再結晶させることで得られ、特にNiやCu、若しくはこれらの合金が高度な2軸結晶配向を示すことが知られている。
【0007】
特に、Niは、Cuに比べ強度が高いことや中間層との馴染みが良い等の理由で、開発初期の頃から広く用いられているが、結晶配向させた材料強度は、降伏応力で30MPaと低く、また純Niの2軸配向性は、その指標となるX線回折による極点図でのφスキャンピーク(α=45°)の半値幅(Δφ)で10°程度であるという問題点も残していた。
【0008】
そこで、純Ni層の2軸結晶配向性を改善するため、表面を高温酸化させてNiOを形成させる方法(SOE法)が提案され、2軸結晶配向度の向上は改善されたが、Δφで8°程度であることや、1000℃以上の高温で比較的長時間かかる熱処理であり、工程が増え、コストアップに繋がり経済的でない、という問題点も残していた。
【0009】
また金属基板として、強度および2軸結晶配向性を考慮し開発された、Wを3%から9%添加したNi−W合金が提案されている。このNi−W合金は、純Niより高度な2軸結晶配向性を示し、Δφで7°以下を示す。
【0010】
Ni−W合金は、純Niに比べ、強度は、降伏応力が195MPaと改善されているものの、中間層成膜時の高温下でのリール・トゥ・リール方式による搬送時の取り扱いにおいて必要とされる強度が十分とはいえず、ハンドリングが容易でない。
また、強度確保のため、金属基板の厚みを100μmより薄くすることができず、コスト低減できないなど問題もある。
【0011】
さらに、NiやNi−W合金は強磁性体であり、これら材料を金属基板として使用する場合、強度確保の点から厚みを薄くすることができないこともあり、交流用途では電流損失が大きくなり、結晶配向性の良好な超電導体層が積層できたとしても、十分な超電導特性が得られなかった。
【0012】
更に、上記Ni−W合金は、一般的に普及している材料ではなく入手が困難であること、加工性も悪く、幅広での基板製造が困難であり、生産性自体悪く、高価である。
【0013】
また、金属基板としては、Ni合金以外で、強度確保の問題を解決した素材として、冷間引き抜きや冷間圧延法により金属コア層とNi合金層を貼り合わせたクラッド材料(特許文献4、5、6)などが提案されている。
【特許文献1】特許第3601830号公報
【特許文献2】特許第3587956号公報
【特許文献3】WO2004/088677パンフレット
【特許文献4】特開2006−286212号公報
【特許文献5】特開2007−200831号公報
【特許文献6】特開2001−110255号公報
【非特許文献1】D.P.Norton et al.,Sceience vol.274(1996)755
【0014】
冷間圧延法で異種金属同士を密着よく積層するには、前処理として異種金属同士を拡散接合(拡散熱処理)し、その後冷間圧延を施す。拡散熱処理後、Ni層を高度に結晶配向させるためには90%以上の加工率が必要であるが、異種金属同士を接合したまま強圧延した場合、両材料の機械的特性が違うため、材料間で伸びに差が生じ大きな反りが発生する。このため、長尺テープを製造する場合、材料のハンドリングが難しいことは容易に予想される。
【0015】
また、上記のクラッド材料では、接合材料同士が接合界面で拘束し合い、不均一な変形を起こしながら圧延されるため、厚み方向で均一な歪みが導入されない。また接合界面の粗度も荒れるため、結晶配向させるNi層の厚みも不均一になり、接合後の熱処理において、長手方向に均一で高度な結晶配向をもつ基板の安定製造が困難となる。
例えば、特許文献6では、表面と平行になるNi(200)面の結晶配向率(X線回折のθ/2θ測定での(200)面の回折ピーク強度率をI(200)/ΣI(hkl)×100(%)とする。)を99%以上の高結晶配向とすることができていない。
また超電導体層を積層しても、臨界電流密度で10A/cm程度であり、10A/cm台の高い値は得られていない。
【0016】
上記理由により、特許文献4,5および6などで提案されている長尺クラッド金属基板での超電導特性向上は、これ以上望めないのが現状である。
【0017】
Ni以外に、結晶配向性が優れたその他の材料として、CuおよびCu合金が挙げられる。CuはNiと同じ面心立方晶金属であり、且つ非磁性であること、また再結晶温度も200℃程度であり、低温で結晶配向させることができるなどの特長があるが、低強度材料のため、これまで積極的には用いられていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上記説明したように、RABITS法に用いられている2軸配向金属基板は、主にNi−W合金が主流であるが、磁性を持つこと、強度が降伏応力で200MPa程度とまだ不十分であること、高価であること、加工性が悪いなどの問題がある。
また、冷間引き抜きや冷間圧延法による、異種金属とNi若しくはNi合金とのクラッド材料は、高強度化は達成されるものの、Ni−W合金に比べ2軸結晶配向性に劣ること、長手方向への均一な高い性能が達成されないなど問題がある。
【0019】
本発明は、上記の問題をすべて解決するべく、上記Ni−W合金で得られている高度な2軸結晶配向と同等若しくはそれ以上の表面を有し、高強度で、しかも長尺テープが簡単にしかも安価に製造できる酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明の他の目的は、該金属積層基板を用いた酸化物超電導線材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
(1)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、非磁性の金属板と、高圧下率で冷間圧延されたCu、若しくはCu合金からなる金属箔とを表面活性化接合にて積層し、積層後、熱処理により前記金属箔を2軸結晶配向させた後、前記金属箔側表面にNi若しくはNi合金のエピタキシャル成長膜を付与させることを特徴とする。
(2)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、前記(1)の非磁性の金属板において、厚みが0.05mm以上0.2mm以下であることを特徴とする。
(3)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、前記(1)のCu、若しくはCu合金が、90%以上の圧下率で冷間圧延された厚み7μm以上50μm以下のものを使用することを特徴とする。
(4)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、前記(1)のCu合金箔において、Ag、Sn、Zn、Zr、O、Nがトータルで0.01%以上1%以下含まれることを特徴とする。
(5)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、前記(1)の積層後の熱処理が150℃以上1000℃以下で施されることを特徴とする。
(6)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、前記(1)のNi合金の膜厚が厚みで0.5μm以上10μm以下であることを特徴とする。
(7)本発明の酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法は、前記(1)の熱処理前に、金属箔側表面の表面粗度をRaで1nm以上40nm以下に研磨処理をすることを特徴とする。
(8)本発明の酸化物超電導線材は、前記(1)〜(7)のいずれかの製造方法による金属積層基板を用いたものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
酸化物超電導線材は、4mm〜10mm幅で製造されるものが多く、従来の結晶配向金属板のNi合金や冷間圧延法によるクラッド材などは加工性も悪く、幅広の結晶配向性が安定した長尺コイルを作製できていないのが現状であるが、本発明の製造方法により、幅広の長尺コイルで、高強度、且つ長手方向に安定した高結晶配向を持つ酸化物超電導線材用基板が製造でき、スリット加工によって、一度に数十本の超電導線材用基板の長尺コイルができ、製造コスト面で有利となる。
また、常温での表面活性化接合法を用いることで、それぞれ前もって厚み精度良く製造されている市販の非磁性の金属板と、金属結晶配向面を得るための高圧下圧延Cu箔若しくは高圧下圧延Cu合金箔とを、低圧下で精度よく積層することができ、厚み精度が良好な金属積層板を幅広で、且つ長尺コイルとして製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
図1は、本発明の製造方法で得られる酸化物超電導線材用金属積層基板5Aの構成を示す概略断面図である。
図1に示すように、本発明の製造方法で得られる酸化物超電導線材用金属積層基板5Aは、金属基板となる非磁性金属板T1、非磁性金属板T1の上に積層された金属箔T2、金属箔T2の上に付与したエピタキシャル成長膜T3からなる。
金属箔T2の上にエピタキシャル成長膜T3の上にNi膜を形成する理由は、Ni膜はCu(金属箔T2)よりも耐酸化性が良いこと、Cu上にNi層が無いとCeO等の中間層形成時等にCuの酸化膜が生成するおそれがあり、そうなると金属箔T2の配向性が崩れてしまう可能性があるためである。
また、非磁性金属板T1は、その厚みを0.05mm以上0.2mm以下のものとすることが好ましい。0.05mm以上とする理由は非磁性金属板T1の強度の確保であり、0.2mm以下とする理由は超伝導材を加工するときの加工性確保のためである。
金属箔T2は、圧下率90%以上で冷間圧延された厚み7μm以上50μm以下のCu若しくはCu合金(本明細書においては両者を併せてCu合金という場合がある)からなることが好ましい。圧下率90%未満であると後に行う熱処理においてCuが配向しないおそれがあり、厚み7μm以上とする理由は金属箔T2の強度の確保であり、50μm以下とする理由は金属箔T2を用いた超伝導材を加工するときの加工性確保のためである。
エピタキシャル成長膜T3は、厚みで0.5μm以上10μm以下のNi若しくはNi合金(本明細書においては両者を併せてNi合金という場合がある)とすることが好ましい。厚みを0.5μm以上とする理由はCuの拡散を防止するために必要であり、10μm以下とする理由は、これ以上だとエピタキシャル成長の配向が崩れるおそれがあるからである。
酸化物超電導線材用金属積層基板5Aは、非磁性金属板T1と金属箔T2とを、常温表面活性化接合にて積層し、積層後、150℃以上1000℃以下の熱処理により金属箔T2を2軸結晶配向させた後、金属箔T2側表面に、エピタキシャル成長膜T3を形成させる。
【0023】
本発明において、非磁性とは、77K以上で強磁性体ではない、即ちキュリー点やネール点が77K以下に存在し、77K以上の温度では常磁性体または反強磁性体の状態をいう。
本発明において用いられる非磁性の金属板としては、オーステナイト系ステンレス鋼板が強度が優れた補強材としての役割を有することから、好ましく適用される。
【0024】
一般にオーステナイト系ステンレス鋼は、常温では非磁性の状態、つまり金属組織が100%オーステナイト(γ)相であるが、強磁性体であるマルテンサイト(α’)相変態点(Ms点)が77K以上に位置している場合、液体窒素温度で強磁性体であるα’相が発現する可能性がある。
そのため、Ms点が77K以下に設計されているものが、液体窒素温度(77K)下で使用される酸化物超電導線材として好ましく用いられる。
【0025】
また、上記酸化物超電導線材を撚ってケーブルを作製する際、酸化物超電導線材用金属積層基板5Aをスリット加工する。このとき、準安定なγ相のステンレス鋼では、加工部がα’相に変態する恐れがある。
【0026】
このような点から、使用するγ系ステンレス鋼板は、Ms点を77Kより十分に低く設計された安定なγ相を持ち、且つ一般に普及し、比較的安価に入手できるSUS316やSUS316Lなどの板材が望ましい。厚みは、20μm以上ものが市販されているが、酸化物超電導線材の箔肉化及び強度を考慮すると、50μm以上100μm以下のものが望ましい。
【0027】
本発明で使用する金属箔は、その表面上に中間層を、またその上に超電導体層をエピタキシャル成長で積層させていくため、上記積層基板となった状態で高度な結晶配向性を持たせる必要がある。
【0028】
結晶配向性は、表面活性化接合後の熱処理にて制御するため、接合前および接合後も圧下率90%以上で板全面が均一に強加工されていなければならない。
【0029】
このような高圧下圧延Cu合金箔は、フレキシブル実装基板用途において高屈曲性を持たせるために開発され普及し、ここ数年の間で容易に入手できるようになった。例えば日鉱マテリアルズ(株)製高圧下圧延Cu箔(HA箔(商品名))や日立電線(株)製高圧下圧延Cu箔(HX箔(商品名))などである。
【0030】
本発明において、上記のような市販品の高圧下圧延Cu合金箔は、結晶配向性に優れているため、使用することが望ましい。厚みは薄い方が経済的であるが、現行入手可能な7μm以上35μm以下のものが望ましい。より好ましくは12μm〜18μmが望ましい。
【0031】
上記Cu合金箔は、熱処理で(200)面結晶配向率99%以上に配向させやすくするような元素であれば、どのような添加元素でもよいが、Ag、Sn、Zn、Zr、O、Nが微量に添加され、トータルで1%以下含まれるものとする。
添加元素をトータルで1%以下とする理由は、添加元素とCuは固溶体を形成しているが、トータルで1%を超えると固用体以外の酸化物等の不純物が増加してしまい、配向に影響がでる可能性があるからである。よって、好ましくはトータルで0.1%以下である。
【0032】
上記説明したオーステナイト系ステンレス鋼板と圧下率90%以上で冷間圧延されたCu合金箔は、表面活性化接合法により貼り合わされる。
【0033】
上記表面活性化接合法としては、例えば図5に示す真空表面活性化接合装置D1が挙げられる。
図5に示すように、非磁性の金属板L1およびCu合金箔L2を、幅150mm〜600mmの長尺コイルとして用意し、表面活性化接合装置D1のリコイラー部S1,S2のそれぞれに設置する。
リコイラー部S1,S2から搬送された非磁性の金属板L1およびCu合金箔L2は、連続的に表面活性化処理工程へ搬送され、そこで接合する2つの面を予め活性化処理した後、0.1〜5%の圧下率で冷間圧接する。
【0034】
表面活性化処理工程では、10〜1×10−2Paの極低圧不活性ガス雰囲気中で、接合面を有する非磁性の金属板L1とCu合金箔L2をそれぞれアース接地した一方の電極A(S3)とし、絶縁支持された他の電極B(S4)との間に1〜50MHzの交流を印加してグロー放電を発生させ、且つグロー放電によって生じたプラズマ中に露出される電極の面積が電極Bの面積の1/3以下でスパッタエッチング処理することで行われる。
不活性ガスとしては、アルゴン、ネオン、キセノン、クリプトンなどや、これらを少なくとも1種類含む混合気体を適用することができる。
【0035】
スパッタエッチング処理では、非磁性の金属板L1およびCu合金箔L2の接合する面を不活性ガスによりスパッタすることにより、表面吸着層および表面酸化膜を除去し、接合する面を活性化させる。このスパッタエッチング処理中は、電極A(S3)が冷却ロールの形をとっており、各搬送材料の温度上昇を防いでいる。
【0036】
その後、連続的に圧接ロール工程(S5)に搬送し、活性化された面同士を圧接する。圧接下の雰囲気は、Oガスなど存在すると、搬送中、活性化処理された面が再酸化され密着に影響を及ぼす。そのため、1×10−3Pa以下の高真空下で行われることが望ましい。
また、圧下率は、低いほど厚み精度に優れたものとなるため、2%以下が好ましい。
【0037】
上記圧接工程を通って密着させた積層体は、巻き取り工程(S6)まで搬送され、そこで巻き取られる。
【0038】
次に、表面活性化接合法にて貼り合わせた後、高圧下圧延Cu合金箔を高度に結晶配向させるため、熱処理を施す。熱処理温度は、再結晶を完全に完了させるため、150℃以上の温度が必要である。均熱時間は、連続焼鈍炉で行う場合、10秒程度でよい。
熱処理温度をあまり高温にするとCu箔や圧延Cu合金箔が2次再結晶を起こしやすくなり、結晶配向性が悪くなるため、150℃以上1000℃以下で行う。
なお、中間層成膜や超電導体層成膜工程で基板が600℃〜900℃の高温雰囲気におかれることを考慮し、600℃〜900℃での熱処理が好ましい。
【0039】
一般に、酸化物超電導線材用の結晶配向金属基板では、結晶粒が小さい方が特性上好ましいとされているが、上記熱処理により再結晶させた圧延Cu合金箔では、1000℃の熱処理温度によっても平均粒径で80μm程度であり、良好な特性を有することを確認している。
【0040】
このようにして、熱処理後、高強度で且つ高度に結晶配向した非磁性の金属板とCu合金箔の金属積層基板ができあがる。例えば、以下のようにして非磁性の金属板とCu合金箔の金属積層基板を得た。
【0041】
高圧下圧延Cu箔と100μm厚のSUS316L板とを常温表面活性化接合法にて接合後、各種の温度で熱処理して製造した。
それぞれ200mm幅の18μm厚の高圧下圧延Cu箔と100μm厚のSUS316L板とを常温表面活性化接合法にて接合後、200℃〜1000℃で5分間熱処理したときにおける下記の測定結果を表1にまとめて示した。
(1)結晶配向率:Cu(200)面がCu箔表面と平行になっている割合
(2)(200)面が長手方向〈001〉に平行であることを示す指標値
ここで、結晶配向率とは、X線回折により測定したθ/2θ回折ピークの(200)面強度率を示し、指標値は、2軸配向性指標としてのΔφ(°)(X線回折によるNi(111)極点図で得られるφスキャンピーク(α=35°の4本のピークの半値幅の平均値))を示す。
なお、比較例として、熱処理を130℃および1050℃で処理したときのピーク強度率を併せて示す。
さらに、比較のため、Cu箔に代えて、30μm厚の高圧下圧延Ni箔を前記常温活性化接合法にて接合後、1000℃にて1時間熱処理したときのピーク強度率も表1に示す。
【0042】
表1から次のことが分かる。
高圧下圧延Cu箔において、熱処理温度が130℃×5分では結晶配向率は93%であり、まだ十分といえないが、200℃〜1000℃の範囲では5分間の保持で(200)面結晶配向率は99%以上となる。
また、1000℃を超えると2次再結晶により(200)面の1軸配向性が崩れ、強度率が70%と低下する。
また、Niでは、再結晶温度が700℃付近にあり、最適と考えられる1000℃での熱処理においても強度率が98%であり、99%に達することはなく、またΔφも15.4°であった。
さらに、結晶配向度、つまり2軸配向性を示すΔφは、何れの実施例においても6°以下となることが確認できる。
この値は200mmの幅方向で板の両端付近と中央の計3点を測定した平均であり、その値にほとんど差は見られなかった。
【0043】
【表1】

【0044】
しかしながら、高度に結晶配向させた面はCu合金箔であり、この表面上に成膜する中間層の種類によっては、Cu酸化などが原因で密着性を確保できない可能性がある。
【0045】
そこで本発明においては、金属積層基板のCu箔側表面上に、Ni合金をエピタキシャル成膜させる。
【0046】
CuとNiは、元素周期律表において隣り合う元素同士であり、金属結晶構造も同じ面心立方晶で、また格子定数も近い値であり、お互いにエピタキシャル成長しやすいことは知られている。
【0047】
Ni合金の成膜方法としては、電解メッキ法、無電解メッキ法、真空蒸着法、スパッタ法など多種の方法が挙げられる。特に効率よく、長尺コイルを連続処理することを考慮すると、電解メッキ法による成膜が好ましい。
【0048】
Ni合金の膜厚は、後の酸化物中間層成膜や超電導体層成膜時のCuの拡散防止、またNiが磁性を有すること、またエピタキシャル成長は10μmを超えると結晶配向が崩れてくること、また高温中でのCuの拡散防止としての保護膜の役割などを考慮し、0.5μm以上10μm以下とする。好ましくは0.5μm以上3μm以下とする。
【0049】
この高結晶配向Cu表面上へのNiエピタキシャル成長膜は、従来の圧延・焼鈍によって得られるNiの結晶配向性(Δφで8°程度)より向上し、Ni−W合金と同等若しくはそれ以上の(Δφ≦7°)高度な結晶配向が得られる。
【0050】
成膜するNi合金の含有元素としては、磁性が低減されるものが好ましい。特にCu、Sn、W、Crなどの元素が挙げられる。
【0051】
次に、酸化物超電導線材用金属基板の結晶配向させた面の粗度について説明する。
【0052】
酸化物超電導線材用金属基板に用いるCu合金箔の表面粗度Raは低いほど酸化物中間層および超電導体層の結晶配向性はよくなるため超電導としての特性が向上する。そのため、表面粗度Raが100nm以上のCu合金箔の場合は、表面活性化接合後、表面粗度Raを40nm以下に調整する処理をする。
【0053】
表面粗度を低下させる方法としては、圧延ロールによる圧下、バフ研磨、電解研磨や電解砥粒研磨など考えられるが何れの方法でもよい。表面粗度は鏡面が望ましいが、現状の手法及び経済性を考慮し、Raで1nm以上10nm以下にすることが望ましい。
【0054】
上記のような表面粗度調整を行うことで、より優れた基板となり、高性能な酸化物超電導線材を得られる。
【0055】
図3は、本発明の他の実施形態の製造方法で得られる酸化物超電導線材用金属積層板であり、非磁性金属板T1の両面に表面活性化接合にてCu合金箔T2を貼り、熱処理後、両面にNi合金のエピタキシャル成長膜T3を付与させて形成した酸化物超電導線材用金属積層板5Bの構成を示す概略断面図である。
【0056】
次に、前記酸化物超電導線材用金属積層板を用いて酸化物超電導線材を製造する方法を説明する。
【0057】
図2は、図1の酸化物超電導線材用金属積層基板5A上に、中間層T4、酸化物超電導体層T5、保護膜T6を、順次積層した酸化物超電導線材10Aの構成を示す概略断面図である。
酸化物超電導線材10Aは、結晶配向させたエピタキシャル成長膜T3上に、CeO、YSZ、SrTiO、MgOなどの中間層をスパッタ法など用いてエピタキシャル成膜し、Y123系薄膜などの超電導体層をレーザーアブレージョン法などにより成膜し、この超電導体層の上にさらに保護膜としてAg、Cuなどを積層することにより製造される。
【0058】
図4は、本発明の酸化物超電導線材の他の実施形態を示す酸化物超電導線材10Bの構成を示す概略断面図である。
【0059】
本発明の製造方法により製造された酸化物超電導線材用金属積層基板を使用し、超電導線材を製造する場合、以下の利点を有する。
a.酸化物超電導線材用金属積層基板は高度な結晶配向性を有するため、中間層および超電導体層も容易にエピタキシャル成長でき、液体窒素温度である77Kの下で高い超電導特性、つまり高い臨界電流密度を持つ超電導線材ができる。
b.酸化物超電導線材用金属積層基板は高強度を有するため、中間層および超電導体層成膜工程においてハンドリングが容易である。
c.酸化物超電導線材用金属積層基板は、磁性がほとんどなく、Ni−W合金では困難である交流用途へも使用可能となる。
d.酸化物超電導線材用金属積層基板は、幅広での長尺コイルが製造できるため、酸化物超電導線材製造を幅広の長尺コイルで行い、最終工程でスリット加工し、線材に仕上げることで、生産性の効率化を図ることができる。
【0060】
次に、本発明の製造方法の実施例を示し、得られた酸化物超電導線材用金属積層基板の特性を説明する。
【実施例1】
【0061】
それぞれ200mm幅の18μm厚高圧下Cu箔と100μm厚SUS316L板を常温活性化接合法により貼り合わせ、連続焼鈍で800℃(均熱保持時間5分)熱処理した後、膜厚を変えてNiメッキを施し、酸化物超電導線材用金属積層基板を得た。その後、基板を10mm幅にスリット加工し、テープ状のサンプルに加工した。得られた酸化物超電導線材用金属積層基板のNiメッキ層の結晶配向率を測定した。
各測定は、上述した方法に準じて行った。この結果を表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
表2から次のことが分かる。
Niメッキ層は、下地の高度に(200)結晶配向したCu箔表面上でエピタキシャル成長し、Cu箔表面と同じ値となった。Ni厚みを増加させ3μm(実施例1−3)にしても、その結晶配向性に変化は見られなかった。
比較例(比較例1−1)として、Cu箔の代わりに30μm厚の高圧下圧延Ni箔を使って製造した(表面活性化接合後、1000℃で1時間熱処理)Ni/SUS316L積層金属基板の結晶配向率を示す。
この場合において、表面活性化接合法を取ることによって、良い結晶配向率は得られるものの、Cu箔にNiメッキした場合程の結晶配向率は得られなかった。
【実施例2】
【0064】
本発明の製造方法にて製造した種々の酸化物超電導線用金属積層基板テープ上に、中間層(CeO/YSZ/CeO)および酸化物超電導体層(RE(1)Ba(2)Cu(3)O(7−δ);RE=Y、Gd、Ho等)を1.2μm成膜後、Ag保護膜を形成させ超電導線材を完成させた。
表3は、実施例2で得られた酸化物超電導線材の15cm長さでの超電導体特性および、中間層を形成した状態での交流損失の指標となる飽和磁化によるヒステリシスを測定した結果である。
【0065】
【表3】

【0066】
表3から以下のことが分かる。
実施例2の酸化物超電導線材は、すべて480MPa以上の高強度を示した。
超電導特性である77K下の臨界電流密度では、何れも1MA/cm以上の値を示した。
また、ヒステリシスも、比較例で示したNi−5%W合金に比べ、Niメッキ厚が1μmの場合、26分の1以下となった。実施例2−1ではこの数値よりも小さい値となる。実施例2−5ではこの数値よりも若干大きい値となるが、十分使用可能な数値となる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の酸化物超電導線材は、従来の基板では不可能である諸特性、つまり基板強度、非磁性並びに高度な結晶配向率のすべてをバランスよく有するものであり、且つ一般市販材を利用でき、幅広での長尺コイルの製造を実現させることができ、コスト低減、量産性向上の効果を有する。
また、本発明の製造方法は、酸化物超電導線材用金属積層基板並びにそれを用いる酸化物超電導線材の製造方法として産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の製造方法の実施で得られる酸化物超電導線材用金属積層基板5Aの構成を示す概略断面図である。
【図2】本発明の製造方法で得られる酸化物超電導線材10Aの構成を示す概略断面図である。
【図3】本発明の製造方法で得られる酸化物超電導線材用金属積層板5Bで、非磁性金属板T1の両面に表面活性化接合にてCu合金箔T2を貼り、熱処理後、両面にNi合金のエピタキシャル成長膜T3を付与させた形態を示す。
【図4】本発明の製造方法で得られる酸化物超電導線材10Bの構成を示す概略断面図である。
【図5】本発明で使用される表面活性化接合装置D1の概略図を示す。
【符号の説明】
【0069】
T1 非磁性金属板、
T2 Cu合金箔、
T3 Ni合金のエピタキシャル成長膜、
T4 中間層、
T5 酸化物超電導体層、
T6 保護膜、
5A、5B 金属積層基板、
10A、10B 酸化物超電導線材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性の金属板と、高圧下率で冷間圧延されたCu若しくはCu合金からなる金属箔と、を表面活性化接合にて積層し、積層後、熱処理により前記金属箔を2軸結晶配向させた後、前記金属箔側表面にNi若しくはNi合金のエピタキシャル成長膜を付与させる酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法。
【請求項2】
請求項1の非磁性の金属板において、厚みが0.05mm以上0.2mm以下であることを特徴とする酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法。
【請求項3】
請求項1のCu若しくはCu合金が、90%以上の圧下率で冷間圧延された厚み7μm以上50μm以下のものを使用することを特徴とする酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法。
【請求項4】
請求項1のCu合金箔において、Ag、Sn、Zn、Zr、O、Nがトータルで0.01%以上1%以下含まれることを特徴とする金属積層基板を用いた酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項5】
請求項1の積層後の熱処理が150℃以上1000℃以下で施されることを特徴とする酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法。
【請求項6】
請求項1のNi合金の膜厚が厚みで0.5μm以上10μm以下である酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法。
【請求項7】
請求項1の熱処理前に、金属箔側表面の表面粗度をRaで1nm以上40nm以下に研磨処理をした酸化物超電導線材用金属積層基板の製造方法。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれかの製造方法による金属積層基板を用いた酸化物超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−118246(P2010−118246A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290308(P2008−290308)
【出願日】平成20年11月12日(2008.11.12)
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】