説明

酸化鉄ナノ粒子

【課題】本発明は、印加磁場、周波数及び粘度に応じて、癌細胞を死滅させる温熱療法に適した酸化鉄ナノ粒子を提供する。また、印加磁場、周波数及び粘度に応じて、癌細胞を死滅させる温熱療法に適した酸化鉄ナノ粒子の粒径の決定方法を提供する。
【解決手段】本発明は、外部高周波磁場により、体内における所定の分散媒中で発熱させて、病変細胞を所定温度まで加熱することにより死滅させる温熱療法に利用される酸化鉄ナノ粒子であって、周波数600kHz、磁界強度3.2kA/mの外部磁場の条件下において、下記式で定義されるSAR値(比吸収率)が、病変細胞に応じて要求される発熱量すなわち単位時間当たり5.0W/g以上28.3W/g以下となるような酸化鉄ナノ粒子である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温熱療法に用いられる酸化鉄ナノ粒子であって、特に発熱特性及び磁気特性等の見地から決定された温熱療法に適した酸化鉄ナノ粒子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、酸化鉄粒子を癌組織近傍に配置(分散)して、外部から高周波磁場を印加して酸化鉄を発熱させることにより、癌組織を死滅させるいわゆる温熱療法が知られている(特許文献1〜4)。
【0003】
このような温熱療法は、癌細胞が正常細胞に比べて温まりやすく、かつ熱に弱いという性質を利用する治療法であり、より具体的には、病変部位を約40℃以上に加熱することにより、周辺の正常細胞には極力ダメージを与えないで癌細胞のみを死滅させることを企図するものである。
【0004】
ここで、マグネタイト等に代表される酸化鉄粒子は高周波磁場中でヒステリシス損によって発熱し、このヒステリシス損による発熱は、酸化鉄粒子の粒子径に依存することが知られている。
【0005】
より詳細には、粒子径が所定径より小さいと、マグネタイト等の酸化鉄粒子はヒステリシス損が生じないため発熱しない。一方において、粒子径が所定径より大きいと、粒子自身の磁気が原因で凝集が起こり、マグネタイトコロイドの溶媒分散性が損なわれる。
【0006】
以上のような意味において、温熱療法に適した酸化鉄粒子の粒子径には、所定の数値範囲が存在することが知られていた。
【特許文献1】特許第3983843号公報
【特許文献2】特開2006−307126号公報
【特許文献3】特表2007−521109号公報
【特許文献4】特開2007−256151号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の知見を踏まえ創作されたものである。すなわち本発明の目的は、印加磁場、周波数及び粘度に応じて、癌細胞を死滅させる温熱療法に適した酸化鉄ナノ粒子を提供することにある。
【0008】
さらに本発明は、印加磁場、周波数及び粘度に応じて、癌細胞を死滅させる温熱療法に適した酸化鉄ナノ粒子の粒径の決定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者は、超常磁性マグネタイトナノ粒子の発熱メカニズムに関し、いわゆるネール緩和とブラウニアン緩和とに大別されることを見出し、この二つの緩和に関し、以下の点に着目した。
【0010】
第1に、この二つの緩和のバランスが、マグネタイトの粒子径に依存する点である。より詳細には、マグネタイトの粒子径が大きいほど、ブラウニアン緩和が支配的となる。
第2に、マグネタイトナノ粒子が置かれる環境の粘度と発熱との関係について、粘度が高いほどブラウン緩和による発熱が減少する点である。
【0011】
第3に、ブロッキング温度の高温側へのシフトと粒子径との関係について、マグネタイトの粒子径が大きいほど、周波数の変化によるブロッキング温度の高温側へのシフトが抑制される点である。
【0012】
特に、第1および第2の点に関連して、磁気緩和機構が発熱特性に与える影響について、以下の式で定義されるSAR値を用いて、その影響、とりわけ分散媒の粘度の影響について評価を行い、適正な数値範囲を見出した。
【0013】
【数1】

(ここで、Cは:分散媒および酸化鉄ナノ粒子の各比熱、mは:分散媒および酸化鉄ナノ粒子の各重量、△T/△tは:初期温度変化率)
【0014】
本発明者は、以上の知見に基いて以下の発明を創作した。
(1)外部高周波磁場により、体内における所定の分散媒中で発熱させて、病変細胞を所定温度まで加熱することにより死滅させる温熱療法に利用される酸化鉄ナノ粒子であって、周波数600kHz、磁界強度3.2kA/mの外部磁場の条件下において、下記式で定義されるSAR値が、病変細胞に応じて要求される発熱量すなわち単位時間当たり5.0W/g以上28.3W/g以下となることを特徴とする酸化鉄ナノ粒子である。
【0015】
【数2】

ここでSAR値が28.3を超えると、酸化鉄ナノ粒子のブラウニアン緩和が支配的になるので、局所的な作用(血液等による粘度の影響、臓器等への粒子の固着)によって発熱が抑制される可能性がある。
【0016】
一方、SAR値が5.0未満の場合は、酸化鉄ナノ粒子を大量に入れないと所望の発熱量が生じないという可能性がある。また磁場をかける時間も相対的に長くなり人体への悪影響も懸念される。
【0017】
(2)前記酸化鉄ナノ粒子が、主にマグネタイトによって形成されていることを特徴とする上記(1)記載の酸化鉄ナノ粒子である。
マグネタイトが主成分であれば、他の酸化鉄ナノ粒子との混合物であっても良い。例えば、γFe23及びFe34の混合物であっても良い。
【0018】
(3)前記酸化鉄ナノ粒子の粒径が、11nm以上14nm以下であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の酸化鉄ナノ粒子である。
ここでいう酸化鉄ナノ粒子の粒径は、個体における粒径であっても良いし、複数の酸化鉄ナノ粒子の集合体の場合は、その平均粒子径であっても良い。
なお、平均粒子径の分布範囲が狭い方が、温度制御コントロールをはじめとする実用状況での管理が容易で、かつ発熱効率も良好である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明者は、発熱特性に優れた酸化鉄ナノ粒子を見出す上で、磁気緩和機構が発熱特性に与える影響について考察した。
すなわち、酸化鉄ナノ粒子の発熱機構として、ネール緩和とブラウニアン緩和という概念がある。ここでネール緩和とは磁気モーメントの回転による緩和であり、以下の式で表わされる。
【0020】
【数3】

他方、ブラウニアン緩和は磁性粒子の回転による緩和であり、以下の式で表わされる。
【0021】
【数4】

【0022】
酸化鉄ナノ粒子の発熱特性において、In−Vitroの場合と実際に温熱療法において使用される場合とで発熱量に差があることが知られていた。
これは温熱療法においては、酸化鉄ナノ粒子が体内に取り込まれることからゲル中にお
いて適正な発熱量を得る必要がある。そのためには発熱特性においてブラウニアン緩和が支配的な酸化鉄ナノ粒子の場合は、高粘度の媒体中においては発熱量が減少する可能性がある。
【0023】
次に本発明で用いられる酸化鉄ナノ粒子について説明する。
本発明の酸化鉄ナノ粒子としては、磁性粒子として酸素と鉄とを含有する酸化鉄であれば良い。例えば、マグヘマイトと呼ばれるγ酸化鉄等のフェライト、マグネタイト、コバルトフェライト、バリウムフェライトが挙げられる。これらの中で特に好ましくはマグネタイトである。
ここで発熱量は以下の式で表わされる。
【0024】
【数5】

ここで、P:発熱量、μ0:真空下における透磁率、χ'':交流磁界率の虚数部、f:
周波数、H0:磁界強度を表わす。
【0025】
酸化鉄ナノ粒子について、マグヘマイト、マグネタイト、コバルトフェライト、バリウムフェライトの4種類を使って、夫々の発熱量及び最大発熱特性を示す粒子径を上記式より求めた。
分散安定性の見地からみると酸化鉄ナノ粒子としては、マグネタイトが最適であることが分った。
【0026】
本発明で用いられる酸化鉄ナノ粒子の製造方法について説明する。
酸化鉄ナノ粒子は、一般的に粉砕法、共沈法、蒸着法あるいは他の類似の方法で作製される。中でも生産性の観点からは、通常共沈法が好ましい。
【0027】
(製造方法)
具体的な共沈法による粒子製造方法をマグネタイトの例で述べる。以下の製造方法は一例であって本発明の酸化鉄ナノ粒子を限定するものではない。
まず、13.0gの硫酸第一鉄7水和物と24.0gの塩化第二鉄6水和物を水に溶解し、全溶液量は水で70ccに調整する。30ccの28%アンモニア水が塩鉄溶液に加えられ、Fe34粒子を沈殿させる。
【0028】
次に2.1gのオレイン酸と70℃に熱せられた27ccの3%アンモニア水から成るオレイン酸溶液を用意する。かかるオレイン酸溶液を前記Fe34粒子の懸濁液に加え、オレイン酸イオンで粒子を被覆した状態で約1時間ほど静置する。
次に30ccのヘプタンがオレイン酸で覆われた粒子の懸濁液に注がれ、懸濁液全体を攪拌し、放置する。オレイン酸で被覆された粒子は、ヘプタン中に解膠し、ヘプタンを分散媒とした磁性流体を200ccのビーカーに入れる。
このようにしてマグネタイトのナノ粒子を得ることができる。
【実施例1】
【0029】
上記の製造方法によってマグネタイトのナノ粒子を得た。この際、イオン添加直後及び反応途中のpHを変動することによって、ナノ粒子の粒子径と粒分布を制御した。
試料No.1は平均粒子径12nm、試料No.2は13nm、試料No.3は14nmであ
った。試料No.3のナノ粒子は従来品である。
上記試料No.1〜3における発熱特性を、周波数600kHz、磁界強度3.2kA/mの外部磁場の条件下において計測したところ図1のグラフが得られた。
【0030】
図1より明らかなように最も発熱特性の良いものは、試料No.2のナノ粒子であった。最も発熱特性の悪いものは試料No.3のナノ粒子であった。2つの試料における下記の式に基いてSAR値を求めたところ、試料No.2は15.7[W/g]であり、試料No.3は4.6[W/g]であった。
【数6】

【実施例2】
【0031】
上記の製造方法によって粒径の異なるマグネタイトのナノ粒子を2種類製造した。試料No.4は平均粒子径が12.5nmであり、試料No.5は平均粒子径が15.7nmであった。
【0032】
試料No.4及び試料No.5のナノ粒子を、比熱4.2J/K・gの水に分散させた場合と、比熱2.8J/K・gのハイドロゲルに分散させた場合であって、周波数600kHz、磁界強度3.2kA/mの外部磁場の条件下において発熱特性を計測した。図2は試料No.4における水、ハイドロゲル中の測定結果を示したグラフである。図3はNo.5における水、ハイドロゲル中の測定結果を示したグラフである。
【0033】
図2及び3から明らかなように、試料No.5の方がNo.4よりハイドロゲル中における発熱特性に劣っていることが分る。
またマグネタイトの比熱を0.92J/K・gとし、初期温度変化率を60秒の時のグラフの傾斜から計算し、SAR値を求めると以下の表1、表2の結果となった。
【表1】

【表2】

【0034】
上記の結果より平均粒径15.7nmの試料No.5は、ブラウニアン緩和の抑制によるSAR値の低下が起こっていると考えられる。また粒子間の磁気的相互作用によるSAR値の低下、すなわち自由な回転が可能な水分散媒中のナノ粒子に比較して、ハイドロゲル中ではナノ粒子が固定されてしまい、粒子間の磁気的相互作用が強くなり、磁気緩和及び発熱特性に影響を与えたものと考えられる。
試料No.4のナノ粒子は、ネール緩和が支配的であるため、粒子間の時期的相互作用(磁気的相互作用)は小さく、ブラウニアン緩和による発熱への関与が少ないと考えられる。
【実施例3】
【0035】
次にブロック温度とSAR値の関係についての観測結果を示す。
酸化鉄ナノ粒子のような粒子サイズでは超常磁性の磁気特性を有するとされているが、実際には交流磁界の周波数の上昇と共に磁気モーメントの緩和に遅れが生じ、微小のヒステリシスを生じることが知られている。
ここで、ブロッキング温度は超常磁性が観測され始める温度であり、その温度以下では、磁気モーメントの緩和時間が観測時間より長いことからヒステリシスを生じることが知
られている。
【0036】
従って、ブロッキング温度は観測時間である交流磁界の周波数によって異なる。観測時間の減少(交流磁界の周波数の上昇)と共にブロッキング温度は高温側にシフトする。
実際には、最大で10kHzまでの測定が可能だが、600kHzのブロッキング温度の測定は困難であり、10kHz以下で行われた測定結果をもとに予測する必要があった。
そこで上記実施例2で得られた試料No.5において観測時間とその観測時間でのブロッキング温度の逆数のプロットから実験条件である600kHzでのブロッキング温度を予測した。
【0037】
また、各サンプルのブロッキング温度とSARとの関係を見た結果、ブロッキング温度の上昇と共にSARも上昇した。
しかし、ブロッキング温度は室温より高くなった場合、度合によって、ネール緩和の遅れによるヒステリシス損失だけではなく、ブラウニアン緩和にヒステリシス損失も加わる。
上記観測の観測結果を、図4〜6図に示す。図4は、交流磁化率測定結果(L−H)を示すグラフであり、図5は600kHzにおけるブロッキング温度の予測を示すグラフであり、図6はブロッキング温度とSARとの関係を示すグラフである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】実施例1(試料No.1〜3)における発熱測定結果を示すグラフである。
【図2】実施例2(試料No.4)における発熱測定結果を示すグラフである。
【図3】実施例2(試料No.5)における発熱測定結果を示すグラフである。
【図4】交流磁化率測定結果(L−H)を示すグラフである。
【図5】600kHzにおけるブロッキング温度の予測を示すグラフである。
【図6】ブロッキング温度とSARとの関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部高周波磁場により、体内における所定の分散媒中で発熱させて、病変細胞を所定温度まで加熱することにより死滅させる温熱療法に利用される酸化鉄ナノ粒子であって、周波数600kHz、磁界強度3.2kA/mの外部磁場の条件下において、下記式で定義されるSAR値が、病変細胞に応じて要求される発熱量すなわち単位時間当たり5.0W/g以上28.3W/g以下となることを特徴とする酸化鉄ナノ粒子。
【数1】

(ここで、Ci:分散媒および酸化鉄ナノ粒子の各比熱、mi:分散媒および酸化鉄ナノ粒子の各重量、△T/△t:初期温度変化率)
【請求項2】
前記酸化鉄ナノ粒子が、主にマグネタイトによって形成されていることを特徴とする請求項1記載の酸化鉄ナノ粒子。
【請求項3】
前記酸化鉄ナノ粒子の粒径が、11nm以上14nm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化鉄ナノ粒子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−280505(P2009−280505A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−131160(P2008−131160)
【出願日】平成20年5月19日(2008.5.19)
【出願人】(000229830)株式会社フェローテック (25)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】