説明

酸素耐性が増強された微生物およびその利用

【課題】本発明は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることを特徴とする、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体を提供することを課題とする。
【解決手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために、まず、不均衡変異導入法を用いて、Lactobacillus gasseri OLL 2716株に変異を導入し、得られた変異株を酸素充満下低温保存することにより、酸素存在下での生残性が向上した(酸素耐性が増強された)変異株のスクリーニングを行った。その結果、リボフラビン・トランスポーター遺伝子における変異が、酸素耐性の増強に関与していることが明らかとなった。本発明者らは、Lactobacillus gasseri菌またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus菌において、リボフラビン・トランスポーター遺伝子に変異を導入することにより、酸素充満下低温保存時の生残性が向上する変異株の作製に成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることを特徴とする、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、プロバイオティクス菌を用いたヨーグルトやドリンク、粉末、タブレット、家畜用飼料等が注目されている。プロバイオティクス菌とは、生きたまま腸に到達し、宿主の腸内菌叢のバランスを改善することにより宿主に有益な作用をもたらす微生物のことである。ヒトに用いられるプロバイオティクスとしては、乳酸菌やビフィズス菌などが利用されることが多い。
【0003】
しかしながら、上記のようなプロバイオティクスとして利用されることが多い乳酸菌、ビフィズス菌などは腸管(糞便)由来であることが多いため、酸素に弱く保存中に死滅しやすいことが多い。そのため、これらの微生物の保存性(生残性)を維持するべく、酸素不透過性容器などが用いられる。しかしながら、このような特殊な容器を用いることで製品コストが上昇するといった問題点があった。このような現状から、酸素耐性が高いプロバイオティクス菌の探索や、酸素に弱いプロバイオティクス菌の酸素耐性を向上させる方法などが望まれており、さまざまな検討がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1(特開平4−320642)は、従来、発酵乳のような低pHでは生存しにくく、酸素に弱いビフィズス菌の中で、生後数ヶ月の健康な母乳栄養児の糞便から耐酸性および酸素耐性を有するビフィズス菌を選抜し、これを発酵乳のスターターとして使用できることが開示されている。また、特許文献2(特開平5−227946)では、耐酸性および酸素耐性を有するビフィズス菌をラクトバチルス・カゼイAST-8と混合培養することで、酸生成、生菌数の伸びが非常に高くなることが記載されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1のように新たな菌株を探索することは非常に手間がかかる上、酸素耐性が向上した菌株を選抜したとしても、期待していたプロバイオティクスの効果が、これまでよりも低くなる可能性がある。また、特許文献2のように別の微生物と混合培養させることで酸素耐性を向上させる方法では、プロバイオティクスの効果を有する微生物との相互作用により効果が減弱したり、製品の風味に問題が生じたりする可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平4−320642号公報
【特許文献2】特開平5−227946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の状況を鑑みてなされたものであり、その目的は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることを特徴とする、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を行った。
まず、不均衡変異法を用いて、Lactobacillus gasseri OLL 2716株(寄託番号 FERM BP-6999)に変異を導入し、得られた変異株を酸素充満下低温保存することにより、酸素存在下での生残性が向上した(酸素耐性を保持した)変異株のスクリーニングを行った。その結果、OR1-9株、OR2-5株と命名した2株の生残性が、野生株OLL 2716よりも著しく高いことが明らかとなった(図2、図3)。
【0009】
次に、これらの変異株について、ゲノムDNA配列を解析することによって、変異部位を特定したところ、2株に共通して、リボフラビン・トランスポーター遺伝子内に、両株で異なる位置でのフレームシフト変異が導入されていることが明らかとなった(図4)。
【0010】
リボフラビン・トランスポーター遺伝子のフレームシフト変異が実際に生残性に関与していることを確認するために、OR2-5株の変異リボフラビン・トランスポーター遺伝子をOLL 2716株に導入したところ、この遺伝子交換株(OR_1141株)も、OR2-5株と同様に酸素耐性を保持していることが明らかとなった(図6)。
【0011】
また、OLL 2716株からリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失させた遺伝子破壊株(d1141株)を作製したところ、当該変異株もOR2-5株と同様に酸素耐性を保持していることが明らかとなった(図8)。
【0012】
さらに、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11株染色体DNA上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失させた遺伝子破壊株(d0726株)を作製したところ、d0726株はT-11株に比較して、酸素充満下での生残性が向上していることが明らかとなった(図9、図10)。
【0013】
即ち、本発明者らは、Lactobacillus gasseri菌またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus菌において、リボフラビン・トランスポーター遺伝子に変異を導入することにより、酸素充満下低温保存時の生残性が向上する変異株の作製に成功し、これにより本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明は以下〔1〕〜〔11〕の発明に係るものである。
〔1〕リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることを特徴とする、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体。
〔2〕リボフラビン・トランスポーター遺伝子の発現が抑制されていることを特徴とする、〔1〕に記載の乳酸菌変異体。
〔3〕前記乳酸菌が、Lactobacillus gasseri菌またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus菌であることを特徴とする〔1〕または〔2〕に記載の乳酸菌変異体。
〔4〕Lactobacillus gasseri OR_1141(NITE BP-840)またはLactobacillus gasseri d1141(NITE BP-839)である、〔1〕または〔2〕に記載の乳酸菌変異体。
〔5〕〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の乳酸菌、該乳酸菌含有物および/またはその処理物を含む、Helicobacter pyloriの除菌用および感染防御用の飲食品。
〔6〕〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の乳酸菌、該乳酸菌含有物および/またはその処理物を含む、Helicobacter pylori感染症の予防および/または治療用の医薬品。
〔7〕下記(1)〜(3)の工程を含む、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法。
(1)乳酸菌に変異を導入し、乳酸菌変異体を得る工程、
(2)(1)で得られた乳酸菌変異体および乳酸菌野生株を酸素充満下低温保存する工程および
(3)乳酸菌野生株よりも生残性の高い乳酸菌変異株を単離する工程
〔8〕〔7〕(1)の工程において、不均衡変異法により乳酸菌に変異を導入することを特徴とする、〔7〕に記載のスクリーニング方法。
〔9〕下記(1)〜(3)の工程を含む、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法。
(1)乳酸菌に変異を導入し、乳酸菌変異体を得る工程、
(2)(1)で得られた乳酸菌変異体のリボフラビン・トランスポーター遺伝子において、変異を検出する工程、および
(3)(2)において、乳酸菌野生株と比較し、変異が検出された乳酸菌変異株を単離する工程。
〔10〕〔9〕(2)において、フレームシフト変異を検出することを特徴とする、〔9〕に記載のスクリーニング方法。
〔11〕〔9〕(2)において、配列番号:1の184番目または176番目に、1塩基挿入または1塩基欠損を含む変異が存在するかを検出することを特徴とする、〔9〕に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によって、Lactobacillus gasseri菌またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus菌において、リボフラビン・トランスポーター遺伝子に変異を導入することにより、酸素耐性の増強された乳酸菌変異体の提供が可能となった。腸管由来でプロバイオティクスとして利用されることが多い乳酸菌、ビフィズス菌等は、概して酸素に弱く保存中に死滅しやすいことから、これらの菌の保存性(生残性)を上げるため、現状では酸素不透過性容器や脱酸素剤などを用いる必要がある。本発明の乳酸菌変異体は、これらを使用しなくとも保存性(生残性)を確保することができ、製品製造において低コスト化を図ることができる。また、本発明の乳酸菌変異体は、酸素耐性が増強されていることから、発酵乳のスターターとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】OLL 2716株染色体DNA上のpol3(DNAポリメラーゼIII)遺伝子へのアミノ酸置換変異導入の概略を示す図である。A. OLL 2716株にpMpol3プラスミドを形質転換し、エリスロマイシン存在下、32℃で培養する。pol3遺伝子中の縦線は校正機能変異を示す。B. 39℃で培養することにより、pMpol3プラスミドが自律複製できなくなり、染色体上のpol3遺伝子と相同組換えして染色体に組み込まれる。C. 32℃、エリスロマイシン非存在下で培養することによって、pol3間で再度相同組換えが起こる。その結果、変異が染色体上のpol3に移行し、染色体から遊離したプラスミドはエリスロマイシンによる選択がないために脱落する。結果、校正機能変異を含むpol3遺伝子を染色体上に持つ2716M株を取得した。
【図2】乳酸菌変異株および乳酸菌野生株を、MRS培地中で酸素充満下低温保存した際の生残性を示す図である。OLL 2716:Lactobacillus gasseri OLL 2716株野生株。OR1-9、OR2-5:2716M株由来の変異株。
【図3】乳酸菌変異株および乳酸菌野生株を、ガンマ線滅菌したヨーグルト中で酸素充満下低温保存した際の生残性を示す図である。OLL 2716:Lactobacillus gasseri OLL 2716株野生株。OR1-9、OR2-5:2716M株由来の変異株。
【図4】リボフラビン・トランスポーター遺伝子における変異位置を示す図である。OR1-9株およびOR2-5株で異なる位置にフレームシフト変異が入り、両株とも同遺伝子は短く終端していた。
【図5】OLL 2716株染色体DNA上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子をOR2-5株由来のフレームシフト変異遺伝子に交換し、OR_1141株を取得する概略を示す図である。A. OLL 2716 株にpOR_RT1プラスミドを形質転換し、エリスロマイシン存在下、32℃で培養する。リボフラビン・トランスポーター遺伝子中の縦線はフレームシフト変異を示す。B. 39℃で培養することにより、pOR_RT1プラスミドが自律複製できなくなり、染色体上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子と相同組換えして染色体に組み込まれる。C. 32℃、エリスロマイシン非存在下で培養することによって、リボフラビン・トランスポーター間で再度相同組換えが起こる。その結果、変異が染色体上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子に移行し、染色体から遊離したプラスミドはエリスロマイシンによる選択がないために脱落する。結果、フレームシフト変異したリボフラビン・トランスポーター遺伝子を染色体上に持つOR_1141株を取得した。
【図6】乳酸菌変異株および乳酸菌野生株を、MRS培地中で酸素充満下低温保存した際の生残性を示す図である。OLL 2716:Lactobacillus gasseri OLL 2716株野生株。OR_1141:OLL 2716株のリボフラビン・トランスポーター遺伝子をOR2-5株由来のフレームシフト変異遺伝子に交換した株。OR2-5:OR2-5変異株。
【図7】OLL 2716株染色体DNA上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子を欠失させ、d1141株を取得する概略を示す図である。A. OLL 2716 株にpDeltaRT1プラスミドを形質転換し、エリスロマイシン、32℃で培養する。リボフラビン・トランスポーター遺伝子前後の四角は、同遺伝子の前後のノンコーディング配列を示す。B. 39℃で培養することにより、pDeltaRT1プラスミドが自律複製できなくなり、染色体上のノンコーディング配列領域と相同組換えして染色体に組み込まれる。C. 32℃、エリスロマイシン非存在下で培養することによって、ノンコーディング配列領域間で再度相同組換えが起こる。その結果、染色体上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子が欠失し、染色体から遊離したプラスミドはエリスロマイシンによる選択がないために脱落する。結果、染色体上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子が欠失したd1141株を取得した。
【図8】乳酸菌変異株および乳酸菌野生株を、MRS培地中で酸素充満下低温保存した際の生残性を示す図である。OLL 2716:Lactobacillus gasseri OLL 2716株野生株。OR_1141:OLL 2716のリボフラビン・トランスポーター遺伝子を OR2-5 由来フレームシフト変異遺伝子に交換した株。d1141:OLL 2716のリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失させた株。
【図9】乳酸菌変異株および乳酸菌野生株を、MRS培地中で酸素充満下低温保存した際の生残性を示す図である。T-11: Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11野生株。T-11_d0726:Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11のリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失した株。
【図10】乳酸菌変異株および乳酸菌野生株を、スキムミルク培地中で酸素充満下低温保存した際の生残性を示す図である。T-11: Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11野生株。T-11_d0726:Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11のリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失した株。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることを特徴とする、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体に関する。
【0018】
本発明において、「乳酸菌」は特に限定されるものではないが、好ましくは「Lactobacillus 属」の乳酸菌を例示することができる。Lactobacillus 属は、乳酸菌の代表的な属の一つで、80種以上の種を含む。Lactobacillus属に含まれる種の例として、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus、Lactobacillus delbrueckii subsp. lactis、Lactobacillus paracasei subsp. paracasei、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus helveticus subsp. jugurti、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus crispatus、Lactobacillus amylovorus、Lactobacillus gallinarum、Lactobacillus gasseri、Lactobacillus oris、Lactobacillus casei subsp. rhamnosus、Lactobacillus johnsonii、Lactobacillus fermentum、Lactobacillus brevisを挙げることができる。
【0019】
本発明の「Lactobacillus 属」の乳酸菌は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることにより酸素耐性が増強されている限りいずれの種であってもよいが、好ましくはLactobacillus gasseri菌またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus菌の変異株を例示することができ、より好ましくはLactobacillus gasseri OLL 2716株(LG21株:特許番号第 3046303 号)の変異株またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11株の変異株を例示することができる。
【0020】
本発明の「酸素耐性が増強された乳酸菌変異体」の具体例として、受託番号:NITE BP-840またはNITE BP-839で特定されるLactobacillus gasseri OLL 2716由来変異株を挙げることができる。
(1)NITE BP-840
(イ)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(所在地:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 郵便番号292-0818)
(ロ)寄託日:2009年11月18日
(ハ)受託番号:Lactobacillus gasseri OR_1141株(受託番号NITE BP-840)
(2)NITE BP-839
(イ)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(所在地:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 郵便番号292-0818)
(ロ)寄託日:2009年11月18日
(ハ)受託番号:Lactobacillus gasseri d1141株(受託番号NITE BP-839)
【0021】
本発明のLactobacillus 属乳酸菌変異株を培養するには、一般的に乳酸桿菌の培養に適した培地であれば良く、グルコース、ラクトース、ガラクトース、フルクトース、トレハロース、スクロース、マンノース、セロビオース等の炭素源、肉エキス、ペプトン、イーストエキストラクト、カゼイン、ホエータンパク質等の窒素源、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸マンガン等の無機栄養素を含む培地を用いることができる。好適な例の一つとして、Lactobacilli MRS Broth (Difco)を挙げることができる。培養条件は、腸内乳酸菌が生育し得る条件であれば、特に制限はないが、好ましい条件としては、例えば、 pH5.0〜pH8.0、温度20℃〜45℃であり、より好ましい条件としては、嫌気性、pH5.0〜pH7.0、温度30℃〜40℃である。
【0022】
本発明において、「リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されている」とは、リボフラビン・トランスポーター活性(リボフラビン:ビタミンB2を菌体内に取り込む活性)が一時的に若しくは部分的に低下していること、または全体的に活性が無くなっていることをいう。不活化の要因は特に制限されるものではないが、リボフラビン・トランスポーター遺伝子(リボフラビン・トランスポーターをコードする塩基配列および/またはその発現を制御する塩基配列)への変異導入を、不活化の要因として例示することができる。本発明において、「変異」とは、上記遺伝子の発現量を変化させる、mRNAの安定性等の性質を変化させる、あるいは上記遺伝子によってコードされるタンパク質の有する活性を変化させるような変異であることが多いが、特に制限されない。
【0023】
リボフラビン・トランスポーター遺伝子への変異導入方法としては、リボフラビン・トランスポーターをコードするDNA(例えば配列番号:1に記載の塩基配列)において、1つ以上の塩基を欠損、置換および/または挿入する方法、リボフラビン・トランスポーターをコードするDNAを全て欠損する方法を挙げることができる。これらの変異には、1つ以上の塩基を欠損、置換および/または挿入することによって、フレームシフト変異が起こること、またはリボフラビン・トランスポーターの発現が抑制されることも含まれる。
【0024】
本発明において、「酸素耐性」とは、酸素存在下の保存においても乳酸菌が死滅しにくいこと、または酸素存在下で培養を行っても増殖を示すことを意味する。本発明において、「酸素耐性が増強された」とは、乳酸菌野生株と比較した場合に、乳酸菌変異株が酸素存在下でより死滅しにくくなっていること、またはより増殖能を保持していることを意味する。本発明の酸素耐性の増強については、一定期間または一定範囲における酸素耐性の増強も含まれる。より具体的には、同一条件で比較した場合、野生株の生残率が10-7未満となる時点において野生株の100倍以上の生残がある場合、酸素耐性が増強されたものと認定することができる。
【0025】
酸素耐性の判定方法は公知方法によって可能であり、一例を示せば、本実施例の方法により可能である。具体的には、酸素充満下で低温保存を行い、乳酸菌変異体の生残性(生残数、生残率)を検出することにより、酸素耐性を判定することができる。より具体的には、アネロパック用の酸素不透過性バッグ中に入れ、酸素を吹き込んだ後バッグを密閉し、チューブの蓋を閉じて4℃にて保存した後に、アネロパックによる嫌気条件下37℃48時間培養後に生じたコロニーを計数することによって、酸素耐性を判定することができる。
【0026】
本発明の乳酸菌変異株(一例としてLactobacillus gasseri OLL 2716変異株)は、Helicobacter pyloriの除菌用および感染防御用の飲食品または医薬品の製造に用いることができる。
【0027】
本発明の乳酸菌変異株を用いて作る飲食品は、カテゴリーや種類に制限はなく、機能性食品、特定保健用食品、健康食品、介護用食品でも良く、また、菓子、乳酸菌飲料、チーズやヨーグルト等の乳製品、調味料等であっても良い。飲食品の形状についても制限はなく、固形、液状、流動食状、ゼリー状、タブレット状、顆粒状、カプセル状など、通常流通し得るあらゆる飲食品形状をとることができる。上記飲食品の製造は、当業者の常法によって行うことができる。上記飲食品の製造においては、乳酸菌生育を妨げない限り、糖質、タンパク質、脂質、食物繊維、ビタミン類、生体必須微量金属(硫酸マンガン、硫酸亜鉛、塩化マグネシウム、炭酸カリウム、等)、香料やその他の配合物を添加することもできる。
【0028】
本発明の乳酸菌変異株、これらの該乳酸菌含有物および/またはその処理物(例えば、培養物、濃縮物、ペースト化物、噴霧乾燥物、凍結乾燥物、真空乾燥物、ドラム乾燥物、液状物、希釈物、破砕物)は、上記の通り乳製品・発酵乳を含む一般飲食品に加工できる他、ヨーグルトやチーズ等の乳製品・発酵乳の製造用スターターとして利用することも可能である。スターターとする場合は、本発明の乳酸菌変異株の生息・増殖に支障がない限り、また、乳製品製造に支障がない限り、他の微生物が混合されていても良い。例えば、ヨーグルト用乳酸菌として主要な菌種であるStreptococcus thermophilus、Lactobacillus acidophilus等と混合しても良く、その他、一般にヨーグルト用やチーズ用として用いられる菌種と混合してスターターとすることができる。上記スターターによる乳製品、発酵乳の製造は、常法に従って行うことができる。例えば、加温・混合・均質化・殺菌処理後に冷却した乳または乳製品に、上記スターターを混合し、発酵・冷却することにより、プレーンヨーグルトを製造することができる。
【0029】
本発明の乳酸菌変異株は、生理学的に許容される担体、賦形剤、あるいは希釈剤等と混合し、医薬組成物として経口、あるいは非経口的に投与することができるが、好ましい投与方法は、経口投与である。経口投与製剤としては、周知の各種剤型とすることができ、例えば、顆粒剤、散剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、液剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、トローチ剤等の剤型とすることができる。また、当業者に周知の方法で腸溶性製剤とすることにより、胃酸の効果を受けることなく、本発明の乳酸菌変異株をより効率的に腸まで運ぶことも可能である。
【0030】
本発明の乳酸菌変異株を用いて製造された医薬品および飲食品は、飲食品中の同菌の作用によって、Helicobacter pyloriの除菌効果および感染防御効果を発揮するものと期待できる。
【0031】
本発明は、下記(1)〜(3)の工程を含む、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法に関する。
(1)乳酸菌に変異を導入し、乳酸菌変異体を得る工程、
(2)(1)で得られた乳酸菌変異体および乳酸菌野生株を酸素充満下低温保存する工程、および
(3)乳酸菌野生株よりも生残性の高い乳酸菌変異株を単離する工程
【0032】
本発明において用いられる乳酸菌は、公知方法によって単離することができる。例えば、ヒト等の哺乳類の糞便から菌を培養し、培養した菌の形状、生理学的特徴等から乳酸菌を分離することができる。
【0033】
本発明において、乳酸菌に変異を導入する場合には、当業者に公知の方法を用いることができる。例えば、所望の位置の遺伝子に変異を導入する部位特異的突然変異技術を用いることができる。この場合、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-KやMutant-G(何れも商品名、TAKARA Bio社製))、あるいはPCRを利用した変異導入法(例えばLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット(商品名、TAKARA Bio社製)あるいはsplice-overlap extension法など)を用いて変異遺伝子断片を作製し、実施例に示したような方法を用いて乳酸菌遺伝子に変異を導入することができる。また、部位非特異的な変異導入方法としては、EMS(エチルメタンスルホン酸)、5-ブロモウラシル、2-アミノプリン、ヒドロキシルアミン、N-メチル-N’-ニトロ-Nニトロソグアニジン、その他の発ガン性化合物に代表されるような化学的変異剤を使用する方法を挙げることもできる。また、X線、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、イオンビームに代表されるような放射線処理や紫外線処理による方法により変異を導入してもよい。本発明の変異導入方法としては、本願実施例に記載した不均衡変異法を挙げることもできる。
【0034】
本発明において、酸素充満下低温保存および乳酸菌変異株の生残性の判定は公知方法によって可能であり、一例を示せば、本実施例の方法により可能である。
【0035】
また本発明は、下記(1)〜(3)の工程を含む、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法に関する。
(1)乳酸菌に変異を導入し、乳酸菌変異体を得る工程、
(2)(1)で得られた乳酸菌変異体のリボフラビン・トランスポーター遺伝子において、変異を検出する工程、および
(3)(2)において、乳酸菌野生株と比較し、変異が検出された乳酸菌変異株を単離する工程。
【0036】
本発明の酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法は、乳酸菌変異体のリボフラビン・トランスポーター遺伝子における変異の有無を検出することを特徴とする。乳酸菌変異体のリボフラビン・トランスポーター遺伝子における変異の有無は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子に相当するDNAの長さ、またはリボフラビン・トランスポーター遺伝子に相当するDNAの塩基配列の違いを検出することにより評価することが可能である。
【0037】
一つの態様としては、被検乳酸菌変異株におけるリボフラビン・トランスポーター遺伝子に相当するDNA領域と、乳酸菌野生株におけるリボフラビン・トランスポーター遺伝子に相当するDNA領域の長さを比較する方法である。
【0038】
まず、被検乳酸菌変異株からDNA試料を調製する。次いで、該DNA試料からリボフラビン・トランスポーター遺伝子に相当するDNA領域を増幅する。さらに、乳酸菌野生株におけるリボフラビン・トランスポーター遺伝子のDNA領域を増幅したDNA断片と、該DNA試料から増幅したDNA断片の長さを比較し、乳酸菌野生株よりも有意に低い場合や高い場合に被検乳酸菌変異株の酸素耐性は増強されていると判定する。
【0039】
具体的には、まず、本発明のリボフラビン・トランスポーター遺伝子のDNA領域をPCR法等によって増幅する。本発明における「リボフラビン・トランスポーター遺伝子のDNA領域」とは、リボフラビン・トランスポーター遺伝子のDNA領域(配列番号:1に記載のDNA領域)に相当する部分であり、増幅される範囲としては当該DNA領域の全長であってもよいし、一部分であってもよい。PCRは、当業者においては反応条件等を適宜選択して行うことができる。PCRの際に、32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識したプライマーを用いることにより、増幅DNA産物を標識することができる。あるいはPCR反応液に32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を加えてPCRを行うことにより、増幅DNA産物を標識することも可能である。さらに、PCR反応後にクレノウ酵素等を用いて、32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を、増幅DNA断片に付加することによっても標識を行うことができる。
【0040】
こうして得られた標識されたDNA断片を、熱を加えること等により変性させ、尿素やSDSなどの変性剤を含むポリアクリルアミドゲルによって電気泳動を行う。電気泳動後、DNA断片の移動度を、X線フィルムを用いたオートラジオグラフィーや、蛍光を検出するスキャナー等で検出し、解析を行う。標識したDNAを使わない場合においても、電気泳動後のゲルをエチジウムブロマイドや銀染色法などによって染色することによって、バンドを検出することができる。
【0041】
また、リボフラビン・トランスポーター遺伝子に相当するDNA領域に相当する被検乳酸菌変異株のDNA領域の塩基配列を直接決定し、乳酸菌野生株の塩基配列と比較することにより、乳酸菌変異株の酸素耐性を判定することもできる。例えば、被検乳酸菌変異株の配列番号:1に記載の塩基配列に相当する範囲において、第184番目または第176番目に1塩基挿入または1塩基欠損を含む変異が存在する場合には酸素耐性が増強された乳酸菌変異株であるというように判定を行なうことができる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の実施例として、Lactobacillus gasseri OLL 2716株(寄託番号 FERM BP-6999)および、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11株(Satoh, E., Y. Ito, Y. Sasaki, and T. Sasaki. 1997. Appl. Environ. Microbiol. 63:4593-4596.)について行った結果について詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の例に限定されるものではない。
〔実施例1〕
【0043】
Lactobacillus gasseri OLL 2716株から酸素存在下での生残性が向上した変異株を取得するための変異法として不均衡変異法を用いた。
【0044】
不均衡変異とは、DNA複製酵素(ポリメラーゼ)遺伝子に、同酵素の校正機能(3'-→5'-エクソヌクレアーゼ活性)を低減させるような変異を導入することによってDNA複製時lagging鎖の変異率が高まる現象である(特開平8−163986)。大腸菌DNAポリメラーゼにおいてはDnaQサブユニットがDNA複製時の校正機能を司るが、アミノ酸配列の相同性からLactobacillus gasseriでは校正機能を司る領域がpol3遺伝子から発現するDNAポリメラーゼ中に含まれていると考えられた。Lactobacillus gasseri OLL 2716株pol3(4299 bp、1432アミノ酸)の校正機能を低下させるためには419番目のアミノ酸残基AspをAlaに、421番目のアミノ酸残基GluをAlaに置換すればよいと考えられた。
【0045】
OLL 2716株染色体DNA上のpol3遺伝子への上記アミノ酸置換変異導入の概略を図1に示す。表1に示したプライマー1、2、3、4を使い、splice-overlap extension PCR法(Ho, S. N., H. D. Hunt, R. M. Horton, J. K. Pullen, and L. R. Pease. 1989. Gene 77:51-59.、Horton, R. M., H. D. Hunt, S. N. Ho, J. K. Pullen, and L. R. Pease. 1989. Gene 77:61-68)を用いて、pol3遺伝子に変異を導入した断片を増幅した。このDNA断片をベクターpTERM09に結合し、pMpol3プラスミドを作製した。pTERM09は、pSYE2+T(Ito, Y., Y. Kawai, Y. Honme, K. Arakawa, T. Sasaki, and T. Saito. 2009. Appl. Environ. Microbiol. 75:6340-6351.)の複製タンパク質遺伝子repA中に、pG+host5(特許第3573347号、Biswas, I., A. Gruss, S. D. Ehrlich, and E. Maguin. 1993. J. Bacteriol. 175:3628-3635.)repAと同じ温度感受性変異が導入されたプラスミドベクターであり、pG+host5と同様に温度感受性の複製様式を取る。pMpol3プラスミドおよび以後の実施例における組換えプラスミドの作製には、宿主菌株としてLactococcus lactis subsp. lactis IL1403株(Chopin, A., M. C. Chopin, A. Moillo-Batt, and P. Langella. 1984. Plasmid 11:260-263.)を用い、IL1403株のDNA形質転換はHoloらの方法(Holo, H., and I. F. Nes. 1989. Appl. Environ. Microbiol. 55:3119-3123.)に準じて行い、プラスミドを含む形質転換株は1%(w/v)グルコースと25μg/mlエリスロマイシンを含むM17寒天培地(ディフコ社)を用いて選択した。培養は32℃にて行った。
【0046】
(表1)
プライマー1 ATGAAGATGAAAGATGAAAC (配列番号:3)
プライマー2 AAGACCTGTTGTGGCAACGGCAAAAATCACATA (配列番号:4)
プライマー3 TATGTGATTTTTGCCGTTGCCACAACAGGTCTT (配列番号:5)
プライマー4 CCGTAATAAAAAGAGTGAGC (配列番号:6)
【0047】
pMpol3プラスミドをOLL 2716株へ形質転換した(図1A)。OLL 2716株へのDNA形質転換は非特許文献4に準じて行った。プラスミドを含む形質転換株の選択は、25μg/mlエリスロマイシンを含むMRS培地(ディフコ社)寒天(1.5% w/v)プレートをアネロパック・ケンキ(三菱ガス化学)を用いた嫌気培養することにより行った。pMpol3プラスミドは約35℃以下でのみ複製が可能であるため、pMpol3プラスミドによる形質転換株は32℃にて選択した。次いで形質転換株をpMpol3プラスミドが複製不可能な39℃で培養し、ゲノム上のpol3遺伝子とpMpol3プラスミド上の同遺伝子との間での相同組換えを誘起した。これにより、pMpol3プラスミドはゲノムDNAに組み込まれた(図1B)。次いで、エリスロマイシンを含まない培地で32℃にて培養することにより、ゲノムDNAに組み込まれていたpMpol3プラスミドが再度の相同組換えにより脱落し(図1C)、pMpol3プラスミド上の変異pol3遺伝子の変異部位がゲノムDNA上のpol3遺伝子に移行し、すなわちゲノムDNA中に変異pol3遺伝子を持つ株を取得した(図1C)。この株を2716M株と命名した。
【0048】
変異率の指標として抗生物質リファンピンへの耐性変異コロニーの出現率を調べたところ、2716M株では3.9×10-5±1.2×10-5(4クローンの平均±標準偏差)、野生株OLL 2716では1.2×10-7±6.3×10-8(4クローンの平均±標準偏差)となり、2716M株の方が約300倍高かった。この結果から、2716M株ではpol3遺伝子に導入した変異によって校正機能が低下して変異率が高まっていると考えられた。2716M株をミューテーター株として以後の変異株選別に用いた。
〔実施例2〕
【0049】
2716M株からの、酸素充満下低温保存で生残性が高い変異株のスクリーニングは以下のように行った。2716M株をMRS培地中37℃にて終夜培養した菌液0.1 mlを1.5 ml容の微量遠心機用チューブに入れた。蓋を開けた状態でアネロパック用の酸素不透過性バッグ中に入れ、酸素を吹き込んだ後バッグを密閉し、チューブの蓋を閉じて4℃にて保存した。菌の生残は、菌液を経日的にサンプリングし、適宜希釈後10 ml BCP加プレート寒天培地(栄研)に混釈し、アネロパックによる嫌気条件下37℃48時間培養後に生じたコロニーを計数することによって判定した。生残率が約10-5となった時点での生残コロニー20ヶ所を選択し、MRS培地で培養後、再度同じ条件で生残性を確認した結果、うちOR1-9株、OR2-5株と命名した2株の生残性が、野生株OLL 2716よりも著しく高かった(図2)。また、MRS培地で培養した各菌をガンマ線滅菌した通常ヨーグルト中で同様に保存後生残性を確認した結果、やはりOR1-9株、OR2-5株の生残性が野生株OLL 2716よりも著しく高かった(図3)。
〔実施例3〕
【0050】
次いで、本変異がどの遺伝子への変異によるものかを調べた。OLL 2716株の全ゲノムDNA塩基配列は発明者らにより決定済である。変異株OR1-9、OR2-5株のゲノムDNA配列をイルミナ社Genetic Analyzer-IIを用いて解析し、OLL 2716株のゲノム配列と比較することによって変異位置を特定した。OR1-9株とOR2-5株は同等の高い生残性を持っていたため、両株で共通の変異に着目した。両株で共通の変異点および変異遺伝子は複数ヶ所認められたが、その中の1遺伝子の変異は、両株で異なる位置にフレームシフトが入ったことによる失活であったため、特に着目した。本遺伝子は、既知の遺伝子アミノ酸配列との相同性結果から、リボフラビン・トランスポーター遺伝子であると考えられた。OR1-9株では、配列番号:1に示したOLL 2716株リボフラビン・トランスポーター遺伝子DNA塩基配列中184番目の塩基位置に1塩基(G)の挿入、OR2-5株では同配列の176番目の塩基(G)の1塩基欠失があり、いずれもそのすぐ直下に終止コドンが生じて遺伝子が短く終端していた(図4)。
〔実施例4〕
【0051】
リボフラビン・トランスポーター遺伝子のフレームシフト変異が実際に生残性に関与していることを確認するために、OR2-5株の変異リボフラビン・トランスポーター遺伝子をOLL 2716株に導入した(概略を図5に示す)。表2に示したプライマー5、6を用いて、OR2-5株のゲノムDNAから上記フレームシフト変異を含むリボフラビン・トランスポーター遺伝子をPCR増幅し、ベクターpTERM09に結合してpOR-RT1プラスミドを作製した。pOR-RT1プラスミドのOLL 2716株への形質転換および二重交叉による遺伝子交換は、上記pMpol3プラスミドを用いたpol3への変異導入の場合と同様に行った(図5)。得られた遺伝子交換株は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子中にOR2-5株と同じフレームシフト変異を持つ。この株をOR_1141株と命名した。OR_1141株のMRS培地中での生残性はOR2-5株とほぼ同等であった(図6)。この結果から、リボフラビン・トランスポーター遺伝子のフレームシフト変異によって酸素充満下低温保存時の生残性が高まることが確認された。
【0052】
(表2)
プライマー5 TAATTCAATTGCATCCGCTGCT (配列番号:7)
プライマー6 GGGCTGGGTTGATTATAGTTGC (配列番号:8)
【0053】
〔実施例5〕
次いで、OLL 2716株からリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失させた遺伝子破壊株を作製した(概略を図7に示す)。表3に示したプライマー7、8、9、10を用いたsplice-overlap extension PCR法により、OLL 2716株染色体DNAからリボフラビン・トランスポーター遺伝子コーディング領域全体を欠失したDNA断片を増幅した。このDNA断片をベクターpTERM09に結合し、pDeltaRT1プラスミドを作製した。pDeltaRT1プラスミドをOLL 2716株に形質転換し、二重交叉による遺伝子交換を上記同様に行った(図7)。最終ステップの継代培養は15μg/mlリボフラビンを含むMRS培地にて行った。得られたリボフラビン・トランスポーター遺伝子欠失株をd1141株と命名した。d1141株のMRS培地中での生残性もOR2-5株とほぼ同等であった(図8)。
【0054】
(表3)
プライマー7 GGGCTGGGTTGATTATAGTTGC (配列番号:9)
プライマー8 CTTTTAGAAAATATTGATGATTCCTCCATA (配列番号:10)
プライマー9 TATGGAGGAATCATCAATATTTTCTAAAAG (配列番号:11)
プライマー10 TGCCGACTTCAACTCCCTGC (配列番号:12)
【0055】
〔実施例6〕
他の乳酸菌種でも同様の効果が認められるかを確認するため、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusについて検討した。Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11株染色体DNA上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子の塩基配列を配列番号:2に示した。リボフラビン・トランスポーター遺伝子を欠失させるため、表4に示したプライマー11、12、13、14を用いたsplice-overlap extension PCR法により、T-11株染色体DNAからリボフラビン・トランスポーター遺伝子コーディング領域全体を欠失したDNA断片を増幅した。このDNA断片をベクターpSG+E2に結合し、pDeltaLBRT1プラスミドを作製した。pSG+E2は、pSYE2(非特許文献5)の複製タンパク質遺伝子repA中に、上記pTERM09と同じ温度感受性変異が導入されたプラスミドベクターである。Serrorらの方法(Serror, P., T. Sasaki, S. D. Ehrlich, and E. Maguin. 2002. Appl. Environ. Microbiol. 68:46-52.)により、pDeltaLBRT1プラスミドをT-11株に形質転換した。プラスミドを含む形質転換株の選択は25μg/mlエリスロマイシンを含むMRS寒天培地プレートを用い、32℃、アネロパックによる嫌気条件下での培養にて行った。二重交叉による遺伝子交換は、上記OLL 2716株からのd1141株の作製(図7)と同様に行った。こうして得られたリボフラビン・トランスポーター遺伝子欠失株をT-11_d0726株と命名した。T-11_d0726株はT-11株に比較して、MRS培地中での酸素充満下での生残性が向上した(図9)。また、T-11_d0726株とT-11株をスキムミルク培地(10% (w/v)スキムミルク、0.1% (w/v)酵母エキス)で37℃終夜培養し、凝固した培地をそのまま酸素充満下で保存したところ、やはりT-11_d0726株はT-11株に比較して、生残性が向上していた(図10)。以上の結果から、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusにおいても、リボフラビン・トランスポーター遺伝子を欠失(失活)させることによって酸素充満下低温保存時の生残性を向上できることが示された。
【0056】
(表4)
プライマー11 TTGGCCGCTTGGACTACGAC (配列番号:13)
プライマー12 ATTTGTCTTTTCGCAATTAGCATACCTCCA (配列番号:14)
プライマー13 TGGAGGTATGCTAATTGCGAAAAGACAAAT (配列番号:15)
プライマー14 TGTCGATATAAACGAACGAC (配列番号:16)
【0057】
先に述べたOLL 2716株からの酸素充満下低温保存で生残性が高い変異株の取得実施例では、pol3遺伝子に校正機能低下変異を導入して変異率を高めたミューテーター株(2716M株)を用いたが、それに限定されるものではなく、変異誘発処理として通常用いられるアルキル化剤などの変異剤、あるいは紫外線やX線照射などの方法を用いても構わない。
【0058】
以上の結果から、Lactobacillus gasseriおよびLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusにおいて、リボフラビン・トランスポーターの変異により酸素充満下低温保存時の生残性が向上することが確認された。現在までにゲノム情報が公開されているLactobacillus属乳酸菌13種18株について調べたところ、全てにリボフラビン・トランスポーターと考えられる遺伝子が存在している。このため本技術は実施例に示した2種のLactobacillusに限定されるものではなく、広くLactobacillus属乳酸菌種に応用できる可能性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リボフラビン・トランスポーター遺伝子が、全体的にまたは部分的に不活化されていることを特徴とする、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体。
【請求項2】
リボフラビン・トランスポーター遺伝子の発現が抑制されていることを特徴とする、請求項1に記載の乳酸菌変異体。
【請求項3】
前記乳酸菌が、Lactobacillus gasseri菌またはLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus菌であることを特徴とする請求項1または2に記載の乳酸菌変異体。
【請求項4】
Lactobacillus gasseri OR_1141(NITE BP-840)またはLactobacillus gasseri d1141(NITE BP-839)である、請求項1または2に記載の乳酸菌変異体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の乳酸菌変異体、該乳酸菌変異体含有物および/またはその処理物を含む、Helicobacter pyloriの除菌用および感染防御用の飲食品。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の乳酸菌変異体、該乳酸菌変異体含有物および/またはその処理物を含む、Helicobacter pylori感染症の予防および/または治療用の医薬品。
【請求項7】
下記(1)〜(3)の工程を含む、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法。
(1)乳酸菌に変異を導入し、乳酸菌変異体を得る工程、
(2)(1)で得られた乳酸菌変異体および乳酸菌野生株を酸素充満下低温保存する工程、および
(3)乳酸菌野生株よりも生残性の高い乳酸菌変異株を単離する工程
【請求項8】
請求項7(1)の工程において、不均衡変異法により乳酸菌に変異を導入することを特徴とする、請求項7に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
下記(1)〜(3)の工程を含む、酸素耐性が増強された乳酸菌変異体のスクリーニング方法。
(1)乳酸菌に変異を導入し、乳酸菌変異体を得る工程、
(2)(1)で得られた乳酸菌変異体のリボフラビン・トランスポーター遺伝子において、変異を検出する工程、および
(3)(2)において、乳酸菌野生株と比較し、変異が検出された乳酸菌変異株を単離する工程。
【請求項10】
請求項9(2)において、フレームシフト変異を検出することを特徴とする、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
請求項9(2)において、配列番号:1の184番目または176番目に、1塩基挿入または1塩基欠損を含む変異が存在するかを検出することを特徴とする、請求項9に記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−135804(P2011−135804A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−297324(P2009−297324)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000006138)株式会社明治 (265)
【Fターム(参考)】