説明

重金属の固定化処理方法、それに用いる処理剤及びその製造方法

【課題】 重金属固定化処理剤として用いられるジエチルジチオカルバミン酸塩水溶液は、分解し易く、有害な二硫化炭素だけでなく、可燃性、刺激性の強いジエチルアミンガスを発生するため安全に用いることができなかった。
【解決手段】 固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物は無水物や水溶液に比べて輸送性、保存安定性に優れ、水と伴に重金属含有物に混合することにより、有害な二硫化炭素、及び刺激性及び可燃性の高いジエチルアミンガスの発生がなく重金属を固定化処理することができる。ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物としてはジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送経済性、保存安定性(有効成分濃度、分解防止、固結防止)に優れ、特に使用時における安全性(有害ガス発生の防止)に優れる固体状の重金属処理剤及びそれを用いた処理方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
アミンのジチオカルバミン酸塩は飛灰、土壌、汚泥、排水中に含まれる重金属の固定化処理剤として用いられている。重金属処理剤としてのアミンのジチオカルバミン酸塩は通常は30〜60%程度の水溶液が用いられ、目的対象物毎に種々のアミンが使用されている。例えば、排水中の重金属の固定化にはフロックの沈降性に優れる高分子のアミンが用いられている(例えば特許文献1参照。)。また、高温の飛灰に対してはピペラジンが用いられている(例えば特許文献2参照)。
【0003】
重金属の固定化に用いるアミンとしてはより安価なジエチルアミンが知られているが、ジエチルアミンのジチオカルバミン酸塩(ジエチルジチオカルバミン酸塩)は水溶液にすると分解し易くなり、酸化防止剤等を用いても十分に分解が抑止できないという問題があった(例えば特許文献3参照、非特許文献1参照)。ジエチルジチオカルバミン酸塩の水溶液は、室温での保存において分解が進行して有害な二硫化炭素が発生する。分解初期には発生したジエチルアミンは水に溶解しているが、分解の進行に伴いジエチルアミンガスが発生するに至るものである。ジエチルアミンは可燃性であるため火災の危険があり、極めて刺激性が強いため、その使用に際して健康被害に繋がる危険性があった。
【0004】
一方で、アミンのジチオカルバミン酸塩水溶液からの悪臭(アミン臭)の問題に対し、当該水溶液を150℃以上の高温で噴霧乾燥した塩と無機物質、吸水性物質等を混合した組成物が提案されている(例えば特許文献4、5参照)。しかし、担体或いは安定化剤として大量の異種物質を含有しているために重金属固定化能が低く、また有害ガスの発生を十分に解決するものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3−231921号
【特許文献2】特許第3391173号
【特許文献3】特開昭59−190205号
【特許文献4】特許第4180840号
【特許文献5】特許第3895018号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】環境施設 No.58 p2〜15 (1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ジエチルジチオカルバミン酸塩は重金属固定化処理能を有するが、水溶液では分解して有害な二硫化炭素及びジエチルアミンガスを発生するため、安全性に問題があった。また従来の方法によって固形化されたジエチルジチオカルバミン酸塩は、重金属固定化能が低く、なおかつ有害ガス発生を抑止できるものではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、ジエチルジチオカルバミン酸塩を有効成分とする重金属固定化処理剤の安全性向上について鋭意検討を重ねた結果、固体のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物と水を混合して用いることにより、有害ガスの発生を著しく低減することができることを見出し、本発明を完成するに到ったものである。
【0009】
以下に本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明の重金属の固定化処理方法は、重金属含有物に、固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物と水を混合するものである。
【0011】
対象とする重金属含有物は特に限定されないが、例えば重金属を含有する飛灰、土壌、汚泥、排水等が挙げられる。
【0012】
本発明では重金属を固定化する有効成分として、固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物を用いる。ジエチルジチオカルバミン酸塩は水溶液として保存すると徐々に分解し、刺激性のジエチルアミンガスと二硫化炭素を発生するが、固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物ではそれらのガス発生がない。
【0013】
ジエチルジチオカルバミン酸塩であっても無水物(無水結晶)では、無水物そのもの、或いは無水物と水と混合した際にジエチルアミンガスと二硫化炭素を発生する。一方、本発明で用いるジエチルジチオカルバミン酸塩水和物では、水和物そのものから、或いは水和物を水と混合した際に、ジエチルアミン、二硫化炭素の発生がないか、著しく小さい。
【0014】
本発明で用いるジエチルジチオカルバミン酸塩水和物のカチオン成分は特に限定されないが、アルカリ金属、アルカリ土類金属を用いることが好ましい。特に溶解度の点でナトリウムが好ましく、安定性の点でジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物が特に好ましい。ジエチルジチオカルバミン酸塩の溶解度が高すぎる場合、固体状のジエチルジチオカルバミン酸水和物を効率的に得ることが困難となり、溶解度が低すぎる場合、重金属との反応性の低下及び使用時に溶解する場合スラリー状となり取り扱いが困難となる。ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物は特に安定であり、さらに水を吸収して有効成分濃度(即ち固体中のジエチルジチオカルバミン酸塩の比率)が変化することがない。
【0015】
ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物は表1のX線回折パターンを示す高い結晶性を有しており、無水物とは全く異なる結晶性を有している。
【0016】
【表1】

【0017】
本発明では僅かに発生する微量の有害ガスをさらに低減するために、炭酸塩をさらに添加しても良い。炭酸塩によって僅かに発生するアミンガスが吸着される。用いる炭酸塩は限定されないが、例えば安価な炭酸ナトリウムが例示できる。
【0018】
炭酸塩の添加量は特に限定されないが、ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物に対して0.1〜20重量%、特に1〜10重量%の範囲が好ましい。
【0019】
本発明では、さらに重金属の固定化を安定的に進めるためにアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩を添加しても良い。アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩の種類は特に限定されないが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等が例示できる。
【0020】
アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩の添加量は特に限定されないが、ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物に対して0.01〜10重量%、特に0.1〜3重量%の範囲が好ましい。
【0021】
炭酸塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩はいずれも固体状で用いることができ、又水に溶解して用いても良い。
【0022】
本発明の方法では、重金属含有物に固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩と水を別々に混合しても良いが、固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物を重金属含有物と混合する直前に水に溶解して用いても良い。
【0023】
本発明で用いるジエチルジチオカルバミン酸塩水和物は水への溶解時には分解して有害ガスの発生がないが、溶解後には徐々に分解が進行するため、溶解後は直ちに使用することが好ましく、溶解当日(1日)に使用する、さらに好ましくは溶解1時間以内に用いることが好ましい。なお、ジエチルジチオカルバミン酸塩が一旦重金属と反応して固定化された後には分解の問題はない。
【0024】
以下に本発明のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物の製造法を説明する。
【0025】
ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物の製造法は特に限定されないが、ジエチルアミン、二硫化炭素、水酸化ナトリウム等のアルカリ金属水酸化物又はアルカリ土類金属水酸化物をジエチルジチオカルバミン酸塩の飽和水溶液中で反応し、ジエチルジチオカルバミン酸塩を析出させ、当該塩を水溶液から分離することによって製造することが好ましい。
【0026】
析出した結晶を高温で乾燥すると無水物となるため、水溶液から分離後の結晶は低温、少なくとも150℃未満の温度で乾燥することが好ましい。無水物となった場合には、再び水和処理することによって水和物としてもよい。
【0027】
上記の製法においては、ジエチルジチオカルバミン酸塩の飽和水溶液中へ、1)ジエチルアミン、アルカリ金属水酸化物又はアルカリ土類金属水酸化物を溶解し、二硫化炭素を添加する方法、2)ジエチルアミン溶解し、二硫化炭素の添加とアルカリ金属水酸化物又はアルカリ土類金属水酸化物の添加を交互に繰り返す方法、等によって連続的にジエチルジチオカルバミン酸塩水和物の結晶を製造することが好ましい。特に二硫化炭素とアルカリ金属水酸化物又はアルカリ土類金属水酸化物の添加を交互に繰り返すことが好ましい。
【発明の効果】
【0028】
重金属含有物に固体のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物と水を別々に混合する、又は重金属固定化処理の直前に混合して用いることにより、刺激性、可燃性の高い有害ガスの発生がなく重金属処理をすることができる。固体のジエチルジチオカルバミン酸塩の水和物は、無水物又は水溶液に比べて輸送性に優れ、その保存中に分解ガスの発生がない。
【0029】
本発明の重金属の固定化処理方法及びそれに用いる処理剤は、発火、健康被害の危険性がなく安全性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明のジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物(実施例1)、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・無水物(比較例1)のX線回折パタンーンを示したチャート図である。図の横軸(X軸)はX線回折における2θ値(単位はdeg)を示し、縦軸(Y軸)はX線回折におけるピークの強度を示し、スケールは任意である。
【実施例】
【0031】
以下に本発明を実施例で説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
実施例1
ジエチルアミン106.8gを純水158.6gに25℃で混合した後、窒素気流中で攪拌しながら二硫化炭素111.1gと48%水酸化ナトリウム123.5gをそれぞれ交互に4分割して滴下した。滴下終了後、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムが析出したスラリー溶液が得られた。
【0033】
析出したジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを濾別し、真空乾燥機で付着水分を除去、乾燥した。
【0034】
得られたジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムは熱分析の結果、3水和物であり、X線回折パターンは図1に示す通り高い結晶性を有するものであった。
【0035】
実施例2
実施例1でジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを濾別した濾液(ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムの飽和水溶液)200.0gにさらにジエチルアミン86.8gと純水21.9gを加え、40℃で溶解し、窒素気流中で攪拌しながら二硫化炭素90.3gと48%水酸化ナトリウム101.0gをそれぞれ交互に2分割して滴下した。滴下終了後、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムが析出したスラリー溶液が得られた。
【0036】
飽和溶液を繰り返し用いて、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムが連続的に得られることが確認された。
【0037】
比較例1
実施例1で得られた3水和物をさらに乾燥機中150℃で乾燥し、無水物(無水結晶)を得た。X線回折パターンを図1に示す。無水物は結晶性が低いものであった。
【0038】
(ガス発生試験1)
ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム換算での充填量を一定として、実施例1のジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物(2.6g)、比較例1のジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・無水物(2g)をそれぞれ1Lのテドラーバッグに充填し、空気500mLを充填し、室温で1時間放置した。
【0039】
1時間後のテドラーバッグ内の空気中のジエチルアミン及び二硫化炭素を二硫化炭素検知管(GASTEC社製No 13)、及びアミン検知管(GASTEC社製No 180)で測定した。結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物は室温での保存においてジエチアミン及び二硫化炭素の発生はなかったが、無水物ではいずれのガスも発生しており、無水物が室温において分解することが確認された。
【0042】
(ガス発生試験2)
1Lテドラーバッグ中(空気充填量500mL)で、実施例1の3水和物と比較例1の無水物について、それぞれジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム換算で2gを8gの水に溶解して20重量%水溶液とした。1時間後に、テドラーバッグ内のジエチルアミン及び二硫化炭素を実施例3と同様の検知管で測定した。結果を表3に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
無水物の溶解では大量の二硫化炭素が発生した。ジエチルアミンはいずれも未検出となったが、それは分解初期にはジエチルアミンが水に溶解しているためと考えられた。
【0045】
(ガス発生試験3)
実施例1のジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物(1.3g)、比較例1のジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・無水物(1g)を、テドラーバッグ内で65℃に加熱した飛灰20g、水6gと混合し、直後にテドラーバッグ内のジエチルアミン及び二硫化炭素を実施例3と同様の検知管で測定した。結果を表4に示す。
【0046】
なお加熱した飛灰からはアンモニア由来のアミン発生があるため、処理剤無添加の飛灰から発生するアミン発生量はブランクとして控除した。
【0047】
【表4】

【0048】
水和物の方が固形物そのものの加熱においての有害ガスの発生量が著しく少なかった。
【0049】
(ガス発生試験4)
実施例5(ガス発生試験3)で用いた比較例1の無水物をジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム換算で2gを水8gに溶解して20重量%水溶液とし、当該水溶液10gを1Lテドラーバッグ(空気充填量500mL)に充填し、65℃で1時間保持し、テドラーバッグ内のジエチルアミン及び二硫化炭素を検知管で測定した。結果を表5に示す。
【0050】
【表5】

【0051】
室温の水への溶解時には観測されなかったジエチルアミンが検出された。水溶液中に溶解したジエチルアミンが加熱によって放出されたと考えられる。このことからジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムの水溶液で保存した場合、その初期においてはジエチルアミンガスの発生がなくても、徐々にジエチルアミン及び二硫化炭素への分解が進行するだけでなく、高温の飛灰に接触すると大量の有害ガスが発生することが示された。
【0052】
(重金属固定化試験)
飛灰(Pb=2500ppm)50重量部に対し、実施例1のジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物を0.5部(無水物換算)水25重量部に溶解し、灰と混練した。その後、環境庁告示第13号試験に従い溶出試験を行った。鉛の溶出は0.05ppm未満であり、溶出基準を満たすものであった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の重金属の固定化処理方法及びそれに用いる処理剤は、飛灰、土壌、汚泥、排水等に含まれる重金属の無害化処理に用いられるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属含有物に、固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物と水を混合することを特徴とする重金属の固定化処理方法。
【請求項2】
ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物がジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物である請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物が表1のX線回折パターンの結晶性を有する請求項1乃至2に記載の処理方法。
【請求項4】
固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物を重金属含有物と混合する直前に水に溶解して用いることを特徴とする請求項1乃至3に記載の処理方法。
【請求項5】
固体状のジエチルジチオカルバミン酸塩水和物からなる重金属の固定化処理剤。
【請求項6】
ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物がジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・3水和物である請求項5に記載の処理剤。
【請求項7】
ジエチルジチオカルバミン酸塩水和物が表1のX線回折パターンを示す結晶性を有する請求項6に記載の処理剤。
【請求項8】
ジエチルアミン、二硫化炭素、アルカリ金属水酸化物及び/又はアルカリ土類金属水酸化物をジエチルジチオカルバミン酸塩の飽和水溶液中で反応することにより、ジエチルジチオカルバミン酸塩を析出させ、当該塩を水溶液から分離する請求項6乃至7に記載の処理剤の製造方法。
【請求項9】
アルカリ金属水酸化物が水酸化ナトリウムである請求項8に記載の製造方法。
【表1】


【図1】
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【公開番号】特開2010−167344(P2010−167344A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10701(P2009−10701)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】