説明

金属の成形方法

【課題】金属の成形方法において、ダイヤモンド状炭素膜を有する成形用金型を用いて成形を行う場合に、金属溶湯が高温であっても、ダイヤモンド状炭素膜の劣化を抑制することができるようにする。
【解決手段】ダイヤモンド状炭素膜を金属溶湯と触れる表面の少なくとも一部に有する成形用金型を用いて前記金属溶湯を固化させる金属の成形方法であって、成形用金型の置かれた雰囲気を真空置換する真空置換工程S2と、雰囲気が真空置換された後に、金属溶湯を成形用金型に充填して、臨界冷却速度以上の冷却速度で急冷することにより、金属溶湯を固化させ、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金の成形品を形成する成形工程S3と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、20K以上のガラス遷移領域を有し金属ガラスとも称される非晶質合金の金属材料の溶湯を成形用金型に充填し、この金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却することにより成形を行う金属の成形方法が知られている。このような金属ガラスとなる金属材料は一般に融点が高いため、金属溶湯も高温となる。例えば、Zr基合金を用いた成形では、Zr基合金の組成にもよるが、金属溶湯の温度は約1000℃以上にする必要がある。
このような成形に用いる成形用金型は、熱衝撃を繰り返し受けるため、熱による劣化が進みやすい。
また、金属ガラスは、転写性が良好であるため、成形用金型に密着しやすく、離型性が悪くなる場合がある。この結果、金属ガラスが金型に焼き付いたり、張り付いたりする場合がある。
このように、成形用金型の保護、離型性の向上のため、成形用金型において金属溶湯と接触する表面には種々の薄膜がコーティングされることが多い。例えば、特許文献1には、種々の金属ガラスの成形用金型の中子部材において、離型性を向上するため、TiN、CrN、Si、BN等をコーティングしたり、Al、Cu、Pb、Zn、MoS等の被膜を形成したりする技術が記載されている。
一方、離型性向上のため、成形用金型にダイヤモンド状炭素膜をコーティングすることが知られている。ダイヤモンド状炭素膜は、400℃より高温ではグラファイト化が進むため、摩耗し易くなり、大気中では450℃以下程度の温度で使用することが推奨されている。
このようなダイヤモンド状炭素膜を450℃以上の温度で使用する技術として、特許文献2には、ダイヤモンド状炭素膜を射出成形用金型にコーティングしてマグネシウム合金の射出成形を行う場合、窒素置換雰囲気下で射出成形を行うことにより溶湯温度580℃での成形が可能であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−1130号公報
【特許文献2】特許第3367915号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のような従来の金属の成形方法には、以下のような問題があった。
特許文献1に記載の技術は、交換が容易かつ安価であるため低寿命でもよい中子部材の離型性を改善する技術であり、いずれのコーティング膜も成形の繰り返しによって劣化が進んでいくことは避けられない。このため、高価な金型本体の寿命をさらに向上できるコーティング技術が強く求められている。
特許文献2に記載のダイヤモンド状炭素膜は、金属ガラスとなる金属材料との反応性が低いことから、金属ガラスの成形にも有望と考えられるが、580℃程度の耐熱温度では、金属ガラスの成形に用いることができないという問題がある。
【0005】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、ダイヤモンド状炭素膜を有する成形用金型を用いて成形を行う場合に、金属溶湯が高温であっても、ダイヤモンド状炭素膜の劣化を抑制することができる金属の成形方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明は、ダイヤモンド状炭素膜を金属溶湯と触れる表面の少なくとも一部に有する成形用金型を用いて前記金属溶湯を固化させる金属の成形方法であって、前記成形用金型の置かれた雰囲気を真空置換する真空置換工程と、前記雰囲気が真空置換された後に、前記金属溶湯を前記成形用金型に充填して、臨界冷却速度以上の冷却速度で急冷することにより、前記金属溶湯を固化させ、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金の成形品を形成する成形工程と、を備える方法とする。
【0007】
また、本発明においては、前記金属溶湯の材料は、Zr基合金を形成する金属材料であることが好ましい。
【0008】
また、本発明においては、前記成形工程では、前記金属溶湯を遠心鋳造法によって前記成形用金型に充填することが好ましい。
【0009】
また、本発明においては、前記真空置換工程では、前記雰囲気を不活性ガス雰囲気に真空置換することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の金属の成形方法によれば、真空置換工程を備えるため、ダイヤモンド状炭素膜を有する成形用金型を用いて成形を行う場合に、金属溶湯が高温であっても、ダイヤモンド状炭素膜の劣化を抑制することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形システムの模式的なシステム構成図である。
【図2】本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形用金型の模式的な断面図である。
【図3】本発明の実施形態に係る金属の成形方法の工程フローを示すフローチャートである。
【図4】本発明の実施形態の変形例に係る金属の成形方法の工程フローを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態に係る金属の成形方法について説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形システムの模式的なシステム構成図である。図2は、本発明の実施形態に係る金属の成形方法に用いる成形用金型の模式的な断面図である。
【0013】
まず、本実施形態の金属の成形方法に用いる成形システムについて説明する。
本実施形態に用いる成形システム1は、遠心鋳造法により、溶湯M(金属溶湯)を臨界冷却速度以上の冷却速度で急冷して固化させ、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金の成形品を形成するものである。
【0014】
金属ガラスとは、非晶質合金のうち昇温時にガラス転移点が明瞭に観察されるもので、ガラス転移点から結晶化温度までの間の過冷却液体領域の温度幅、すなわちガラス遷移領域が20K以上ある合金のことである。
金属ガラスの材質としては、ジルコニウム(Zr)基合金、鉄(Fe)基合金、チタン(Ti)基合金、マグネシウム(Mg)基合金、銅(Cu)基合金などを挙げることができる。
金属ガラスは、一定組成を有する金属の母材料を溶融して、母材料合金の溶湯を形成し、この溶湯を母材料合金の臨界冷却速度以上の冷却速度で母材料合金のガラス転移点以下に冷却して非晶質化することにより形成される。
具体的には、例えば、組成(atm%)が、Zr55Cu30Al10Niや、Zr60Cu20Al10Ni10などの例を挙げることができる。これらの非晶質合金材料は、Zrを主成分とするため、成形転写性に優れ複雑形状の成形が容易である。また、これらは、ニッケル(Ni)を添加しているため、耐薬品性にも優れる。
また、Ti基合金としては、例えば、Ti40Zr10Cu36Pd14、Cu基合金としては、例えば、Cu60Zr30Ti10などの例を挙げることができる。
【0015】
成形システム1の概略構成は、図1に示すように、金型3(成形用金型)と、金型3を回転するモータ7と、内部を真空状態または不活性ガスが注入された低圧雰囲気に調整可能なチャンバー2と、高周波加熱コイル9と、高周波電源10と、ロータリポンプ12と、ターボポンプ13と、不活性ガス供給部11とを備える。
このうち、金型3および高周波加熱コイル9はチャンバー2の内部に配置され、モータ7、高周波電源10、不活性ガス供給部11、ロータリポンプ12、およびターボポンプ13は、チャンバー2の外部に配置されている。
なお、図示は省略するが、成形システム1は、従来の高周波加熱を用いた遠心鋳造法と同様に、高周波加熱コイル9の内側に形成される溶湯Mの温度測定手段、例えば、放射温度計等を備えている。
【0016】
金型3は、図2に示すように、金型ホルダ4の内部に、金属溶湯を冷却固化させて成形品を形成する金型本体5を着脱可能に収容した部材である。特に図示しないが、金型ホルダ4の平面視形状は円形とされている。
また金型3の底部の中心には、図1に示すように、チャンバー2の底部の外側にシール8を介して固定されたモータ7の回転軸7aの上端部が着脱可能に連結されている。これにより、モータ7を回転させることによって、金型3をその中心軸回りに回転できるようになっている。
モータ7の定常回転数は、例えば、1000rpm〜10000rpm程度に設定できるようになっている。
【0017】
金型ホルダ4の上面の中心部には、図2に示すように、後述する高周波加熱コイル9によって形成された溶湯Mを金型3の内部に導入する開口である溶湯導入口4aが形成されている。
溶湯導入口4aの下方には、金型ホルダ4の中心軸に沿って鉛直方向に延ばされてから金型ホルダ4の径方向に沿う水平方向に延ばされたL字状の穴部からなる溶湯受け部4bが設けられている。
溶湯受け部4bの径方向の端部には、金型本体5を着脱可能に収容する金型本体保持部4eが設けられている。
【0018】
金型本体5は、成形品の形状を転写する成形面5cに囲まれた穴部であるキャビティ5dを内部に備え、金型本体保持部4eに収容されたときに、溶湯受け部4bの径方向の先端部に面する金型本体側面5bにキャビティ5dと水平方向に連通する溶湯注入孔5aが設けられたブロック状部材である。
なお、図2は模式図のため、金型ホルダ4および金型本体5がそれぞれ一部材で構成しているように描いているが、キャビティ5d内で固化した成形品を脱型するため、複数の金型部材に分割できるようになっている。
【0019】
金型3の材質としては、溶湯Mをその金属材料の臨界冷却速度以上の冷却速度で冷却できる熱伝導率および熱容量を有する適宜の金属材料を採用することができる。例えば、SKD61、クローム合金ステンレス工具鋼であるSTAVAX(登録商標)などの金属材料を採用することができる。
また、金型3において、溶湯Mが接触する可能性のある部位の少なくとも一部にはダイヤモンド状炭素膜(DLC膜)6が成膜されている。DLC膜6は溶湯Mが触れる型表面のうち、少なくとも型の劣化を回避したい部位に設ければよく、例えば、成形面全体、あるいは成形面のうち特に劣化しやすい部分に設けることができる。また、成形面以外の溶湯Mと接触する部位にも適宜設けることができる。本実施形態では、DLC膜6は、金型ホルダ4では、溶湯受け部4bにおける受け部内壁面4c、および受け部底面4dに形成されている。また、金型本体5では、溶湯受け部4bに臨む金型本体側面5b、溶湯注入孔5a、および成形面5cに成膜されている。
DLC膜6の成膜方法は、水素フリーとなるように、例えば、物理気相成長(PVD)法を用いることが好ましい。DLC膜6の膜厚は、例えば、0.02μm〜1.0μmとすることが好ましく、0.05μm〜0.5μmとすることがより好ましい。
本実施形態では、後述するように繰り返しの成形を行っても、DLC膜6の劣化が抑制されるため、DLC膜6の膜厚をこのように薄く設定することができる。
このような膜厚範囲は、例えば、内視鏡用先枠等の精密機械部品に要求される寸法許容誤差としての代表的な例である幅0.03mmに比べて充分薄くなっている。したがって、このような精密機械部品を成形する場合には、成形面5cを加工する際、DLC膜6による形状変化を考慮することなく加工することができるため、金型本体5の製造が容易になる。
また、DLC膜6の膜厚をこのように薄くできるため熱抵抗を低減することができる。このため、溶湯Mの冷却が阻害されにくくなり、金属ガラスの鋳造成形に特に好適である。
また、DLC膜6の膜厚が厚くなりすぎると、熱膨張による膜応力の影響によって、耐久性が悪化するため、上記のように1.0μmを超えないことが好ましい。
【0020】
高周波加熱コイル9は、図1に示すように、遠心鋳造を行うための金属材料を電磁誘導加熱して溶湯Mを得るためのもので、例えば水などの冷媒を通す冷媒流路が内部に設けられた金属管によって形成されたコイルである。本実施形態では、溶湯Mを誘導浮遊させるため、上半部と下半部とでは巻き方向が反対とされ、巻き径がそれぞれ上端と下端とに向かうにつれて縮径された構造を備える。
また、高周波加熱コイル9の上端および下端からそれぞれ延ばされた金属管9a、9bは、チャンバー2の外部に導かれ、図示略の冷媒供給管路に接続されるとともに、高周波電源10と電気的に接続されている。
高周波加熱コイル9は、金型3の中心部の上方において、高周波加熱コイル9の下端側の開口の中心が金型3における溶湯導入口4aの中心を通る鉛直軸上に位置するように配置されている。
【0021】
ロータリポンプ12は、チャンバー2内の雰囲気を粗引きして、例えば、10Pa程度の真空度に減圧するための真空ポンプであり、吸引管路14を介してチャンバー2に連結されている。
ターボポンプ13は、チャンバー2をロータリポンプ12によって減圧した後、チャンバー2内の雰囲気を本引きして、例えば、1.0×10−2Pa〜1.0×10−4Pa程度の真空度に減圧するためのターボ分子ポンプからなる真空ポンプである。ターボポンプ13は、チャンバー2とロータリポンプ12との間に設けられた吸引管路15の中間部に設けられている。
【0022】
不活性ガス供給部11は、ターボポンプ13によってチャンバー2の真空度が高められた後に、例えば、アルゴン(Ar)、窒素(N)などの不活性ガスをチャンバー2内に供給するもので、ガス供給管路16を介して、チャンバー2に接続されている。
【0023】
次に、本実施形態の金属の成形方法について説明する。
図3は、本発明の実施形態に係る金属の成形方法の工程フローを示すフローチャートである。
【0024】
本実施形態の金属の成形方法は、DLC膜6を溶湯Mと触れる表面の少なくとも一部に有する金型3を用いて溶湯Mを固化させる方法であり、図3に示す工程フローに基づいて、金型設置工程S1、真空置換工程S2、成形工程S3、および成形品取り出し工程S4を行う方法である。
以下では、一例として、溶湯Mを形成する金属材料が、Zr55Cu30Al10Ni(atm%)の組成を有するZr基合金であり、金型3の材質がSKD61、DLC膜6の膜厚が0.1μmの場合の例で説明する。
なお、本実施形態では、溶湯Mの形成に用いるZr基合金は、酸素含有量が300ppm以下に制御された材料を用いる。これにより、溶湯Mの形成時にZr基合金の内部から放出される酸素は300ppm以下になる。
【0025】
金型設置工程S1は、金型3をチャンバー2の内部に設置する工程である。本工程では、金型ホルダ4に金型本体5を収容して金型3を組み立て、大気開放したチャンバー2内で回転軸7aの上端部に固定する。
【0026】
次に、真空置換工程S2を行う。本工程は、金型3の置かれたチャンバー2内の雰囲気を真空置換する工程である。ここで真空置換するとは、チャンバー2内の雰囲気を排気して、圧力が1.0×10−1Pa以下、より好ましくは1.0×10−3Pa以下の高真空の雰囲気を形成する置換、または、同様の高真空の雰囲気を形成した後に不活性ガスを導入して不活性ガス雰囲気を形成することを意味する。
本実施形態では、まず、ロータリポンプ12によって、チャンバー2内の雰囲気を粗引きし、チャンバー2内の真空度が10Pa程度となるように減圧する。次に、この状態からさらにターボポンプ13を駆動して、本引きを行い、チャンバー2内の真空度を高める。本実施形態では、真空度が1.0×10−3Paとなるように減圧する。
このように真空置換を行うことにより、チャンバー2内に残留する酸素量がきわめて少なくなる。また、溶湯受け部4bやキャビティ5dは、チャンバー2と連通しているため、溶湯受け部4bやキャビティ5d内の酸素濃度も同様なレベルに低減される。
【0027】
次に、本実施形態では、不活性ガス供給部11から純度99.9999%のArガスをチャンバー2内に供給し、チャンバー2内に大気圧程度のArガス雰囲気を形成する。
このようにチャンバー2内に高真空の雰囲気を形成してから、さらに純度のArガス置換を行うことにより、単に大気圧に近い圧力を保った状態でArガスをチャンバー2内に供給してArガス置換を行う場合に比べて、チャンバー2内に残留する酸素濃度を格段に低減することができる。
【0028】
次に、成形工程S3を行う。本工程は、遠心鋳造法によって、金属ガラスの成形を行う工程である。
まず、高周波加熱コイル9の内側に成形に必要な量の金属材料を配置し、高周波加熱コイル9に冷媒を流して高周波加熱コイル9を冷却しつつ、高周波加熱コイル9に高周波電流を通電する。
これにより、高周波加熱コイル9の周囲に磁界が発生し、金属材料が誘導加熱され、溶湯Mが形成される。このとき、溶湯Mとなる金属材料は酸素含有量が300ppm以下に制御されているため、溶湯M中から放出される酸素も300ppm以下となり、チャンバー2の雰囲気にはほとんど影響を及ぼさない。
高周波加熱コイル9は、上半部と下半部とでコイル巻き方向が反対であるため、上半部と下半部とでそれぞれ反対方向の磁界が発生し、溶湯Mは、これらの磁界から斥力を受けて、高周波加熱コイル9の内側に誘導浮遊される。
【0029】
一方、操作者は、溶湯Mが予め決められた成形温度に達する前に、予め決められた遠心鋳造を行う定常回転数に達するように、モータ7の回転を開始させておく。本実施形態の例では、モータ7の定常回転数として6000rpmが好適である。
次に操作者は、図示略の温度測定手段によって測定された溶湯Mの温度が成形温度に達した時点で、高周波加熱コイル9への高周波電流を遮断する。
これにより、高周波加熱コイル9による磁界が消失し、浮遊力を失った溶湯Mは自由落下する。
本実施形態の実施例では、金属材料の溶融温度が900℃であるため、成形温度としては、1100℃が好適である。
【0030】
溶湯Mは、高周波加熱コイル9の下端側のコイル内側を通り抜けて、鉛直下方の溶湯導入口4aから溶湯受け部4bの内部に落下する。
溶湯受け部4bに落下した溶湯Mは、遠心力によって径方向外側に付勢され溶湯受け部4b内を径方向外側に進んで、溶湯注入孔5aを通してキャビティ5d内に充填される。
この間、溶湯Mは、金型ホルダ4および金型本体5と接触して臨界冷却速度以上の冷却速度、本実施形態の例では10K/s以上の冷却速度で冷却され、キャビティ5d内で成形面5cの形状に沿って固化する。
これにより、キャビティ5d内に、成形面5cの形状が転写された成形品が形成される。
以上で、成形工程S3が終了する。
【0031】
次に成形品取り出し工程S4を行う。本工程は、キャビティ5d内に形成された成形品を取り出す工程である。
まず、モータ7を停止し、チャンバー2を開放して金型3をチャンバー2の外部に取り出す。そして、金型3を分解するなどして、キャビティ5d内の成形品を脱型する。
本実施形態では、受け部内壁面4c、受け部底面4d、金型本体側面5b、溶湯注入孔5a、および成形面5cの表面にはDLC膜6が形成されているため、それぞれの位置で固化した金属片や成形品は容易に離型することができる。
このようにして得られた成形品は、本実施形態のZr基合金の場合、ガラス遷移領域の温度幅が約80Kとなる非晶質合金になる。
以上で、成形システム1による遠心鋳造成形が終了する。
さらに成形を継続する場合には、脱型後の金型3を組み立てて、上記の各工程を繰り返す。
【0032】
このように、本実施形態では、成形工程S3において、溶湯MがDLC膜6に接触し、400℃以上の高温に曝されるにもかかわらず、良好な離型性が得られる。これは、DLC膜6がほとんど劣化していないためである。
この理由としては、1)溶湯Mを急冷するためDLC膜6が高温になる時間が短い、2)DLC膜6が高温になってもDLC膜6の周囲に酸素がほとんど存在しないため、DLC膜6の酸化による劣化が防止される、の2点を挙げることができる。
例えば、本実施形態の例では、DLC膜6が劣化しやすい400℃以上の高温となる時間は、約0.5秒程度である。
また、酸素濃度は、成形工程S3に先立って、真空置換工程S2を行っているため、確実に低減されている。
【0033】
次に、DLC膜6の耐久性に及ぼす真空置換工程S2の作用を確かめるため、真空置換工程S2における真空度を変えたのみで上記と同様な成形を繰り返した実験結果(比較例1〜3、実施例1〜5)について説明する。
本実験では、真空置換工程S2の真空度を、比較例1〜3では、それぞれ1.0×10Pa、10Pa、1Paとし、実施例1〜5では、それぞれ1.0×10−1Pa、1.0×10−2Pa、1.0×10−3Pa、1.0×10−4Pa、1.0×10−5Paの8通りに変えて500ショットの成形を繰り返した後、DLC膜6の表面を目視観察により評価した。
なお、比較例1の真空度が1.0×10Pa(大気圧)とは、真空置換を行うことなく、チャンバー2内が大気圧の状態からArガスを供給して不活性ガス置換を行ったことを表している。
評価結果を下記表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
上記表1に示すように、比較例1では、1ショットでDLC膜6に膜剥離が生じ、連続成形が困難であった。
また、比較例2、3では、連続成形可能であったが、DLC膜6の一部に表層剥離が生じており、劣化が進行していた。
また、実施例1、2では、表層剥離は見られず、若干の変色のみが観察された、
また、実施例3〜5では、DLC膜6の表面に変化は見られなかった。
このように、500ショットの範囲では、圧力が1.0×10−1Pa以下の真空度では劣化の進行が抑制されており、特に、圧力が1.0×10−3Pa以下となる真空度では、劣化の形跡が見られなかった。
【0036】
このように、本実施形態の金属の成形方法によれば、真空置換工程S2を備えるため、DLC膜6を有する金型3を用いて成形を行う場合に、溶湯Mが高温であっても、金型3の寿命を向上することができる。
さらに、本実施形態では遠心鋳造を採用しているため、遠心力によって、溶湯Mがキャビティ5d内に速やかに充填される。このため、溶湯Mの自重によりキャビティに充填する重力鋳造に比べると、充填性が良好となり、充填時に滞留することもないため、滞留によって特定部位の劣化が加速されるということがない。
また、遠心鋳造では、溶湯Mの充填の際、射出成形に比べるとDLC膜6への圧力負荷が小さくなるため、充填圧力による膜剥離が発生しにくくなっている。
【0037】
次に、本実施形態の変形例の金属の成形方法について説明する。
図4は、本発明の実施形態の変形例に係る金属の成形方法の工程フローを示すフローチャートである。
【0038】
本変形例の金属の成形方法は、図4に示す工程フローに基づいて、金型設置工程S1、真空置換工程S2、成形工程S3、成形品取り出し工程S4、金型加熱工程S7、DLC膜形成工程S8を行う方法である。
【0039】
本変形例における溶湯Mを形成する金属材料、金型3の材質、DLC膜6の膜厚は、上記実施形態と同様の構成も採用することができるが、以下では、他の実施例として、溶湯Mを形成する金属材料が、Zr60Cu20Al10Ni10(atm%)の組成を有するZr基合金であり、金型3の材質がSTAVAX(登録商標)、DLC膜6の膜厚が0.05μmの場合の例で説明する。DLC膜6の成膜方法は、上記実施形態と同様、PVD法を採用することができる。
なお、本変形例のZr基合金も上記実施形態と同様に、酸素含有量が300ppm以下に制御された材料を用いる。
【0040】
金型設置工程S1、真空置換工程S2、成形工程S3、成形品取り出し工程S4は、上記実施形態と同様の工程である。
ただし、本変形例の実施例では、金属材料の溶融温度が850℃であるため、成形工程S3における成形温度としては、1000℃が好適である。また、モータ7の回転数は8000rpmが好適である。
このような条件の下で、成形品取り出し工程S4終了後、ガラス遷移領域の温度幅が約90Kとなる非晶質合金の成形品が得られる。
本変形例では、成形温度が上記実施形態の成形温度よりも低温であり、遠心鋳造時の回転数が高回転であるため、上記実施形態よりもDLC膜6に対する熱負荷が低減されている。
【0041】
本変形例では、成形品取り出し工程S4の終了後に、ステップS5を行う。本ステップは、成形回数が予定回数に達したかどうかに応じて成形終了を判断するステップである。すなわち、成形回数が予定回数になった場合には成形を終了し、成形回数が予定回数未満である場合には、ステップS6に移行する。
【0042】
ステップS6は、DLC膜6の寿命を判断するステップである。DLC膜6の寿命は、脱型後の金型3をその都度検査して判定してもよいし、予め実験等により繰り返し使用可能な成形回数を寿命値として設定し、成形回数がこの寿命値に達したときに寿命と判断してもよい。
DLC膜6が寿命内である場合には、金型設置工程S1に移行して、成形を繰り返す。
DLC膜6が寿命内でない場合には、金型加熱工程S7を行う。
【0043】
金型加熱工程S7は、金型3を大気雰囲気で加熱し、DLC膜6を酸化して除去する工程である。本変形例では、脱型後、金型ホルダ4、金型本体5に分解された金型3を、大気雰囲気の加熱炉に導入して加熱温度500℃に加熱する。これにより、DLC膜6は、酸化されて二酸化炭素となって、金型ホルダ4および金型本体5の表面から容易に除去される。
本工程における加熱温度は、DLC膜6の酸化が進み、かつ金型3の材質に焼き入れや焼鈍を行う際の加熱温度よりも低い温度であれば、適宜の温度に設定できる。
本変形例の実施例の加熱温度500℃は、このような条件を満足しているため、金型3の硬度を変化させること無くDLC膜6を除去することが可能である。
以上で金型加熱工程S7が終了する。
【0044】
次に、DLC膜形成工程S8を行う。本工程は、金型加熱工程S7によってDLC膜6が除去された金型ホルダ4、金型本体5に対して、除去前と同様の位置にDLC膜6を成膜する工程である。
金型3は、金型加熱工程S7によってすべてのDLC膜6が除去されているため、金型3に最初にDLC膜6を成膜したのと同様の成膜方法、例えば、PVD法によってDLC膜6を成膜することができる。これにより、寿命に達したと判定されたDLC膜6に代えて、新たなDLC膜6が成膜され、金型3が再生される。
以上で、DLC膜形成工程S8が終了する。
DLC膜形成工程S8が終了したら、金型設置工程S1に移行して、再生された金型3によって上記と同様の成形を続行する。
【0045】
本変形例によれば、DLC膜6が寿命に達した金型3を成形開始前の状態に容易に再生することができるため、成形品の離型性を良好に保った状態で連続的な成形が可能となる。このため、品質の安定した成形品の量産が可能となる。
また、DLC膜6の除去は、金型3を加熱するだけであるため、化学処理や機械加工によって除去する場合に比べて、短時間で行うことができ、成形面5cの面精度を変化させるおそれもない。このため、成形面5cの形状精度を保ちつつ、金型3を安価に再生することができる
本変形例の実施例では、DLC膜6の膜厚を上記実施形態の実施例の膜厚よりも薄くしていているため、上記実施形態の実施例の条件で本変形例を実施した場合に比べて、DLC膜6を除去するのに要する時間と、DLC膜6を成膜するのに要する時間とを低減することができる。
また、金型3の再生が容易であるため、必要に応じて金型3を再生することにより、DLC膜6の耐久性が低い条件であっても、良好な成形を長期間継続することができる。したがって、金型3の再生を行わない上記実施形態に比べて、例えば、DLC膜6の膜厚を薄くしたり、真空置換工程S3の真空度を低減したり(圧力を上げたり)することが可能である。このようにすれば、DLC膜6の成膜時間や、真空置換工程S3に要する時間を低減できるため、製造時間の短縮を図ることができる。
【0046】
なお、上記の実施形態および変形例の説明では、成形工程S3において遠心鋳造法を採用した場合の例で説明したが、成形工程S3の成形方法は、遠心鋳造法には限定されない。
例えば、キャビティ5dの形状が簡素な場合など低圧でもキャビティ5d内に充填可能であり、溶湯滞留部におけるDLC膜6の劣化による寿命が許容できる場合や、上記変形例のように金型3の再生を行う場合には、重力鋳造法を採用することができる。
また、DLC膜6の寿命が許容できる場合や、上記変形例のように金型3の再生を行う場合には、射出成形法を採用することができる。
【0047】
また、上記の実施形態および変形例の説明では、溶湯Mの金属材料がZr基合金である場合の例で説明したが、溶湯Mの形成時にZr基合金が形成されればよいため、Zr基合金を形成する個々の金属材料の粒状体等を混合した材料を溶融して溶湯Mを形成してもよい。
また、溶湯Mの金属材料の種類はZr基合金には限定されず、Zr基合金以外の金属ガラスでもよい。
【0048】
また、上記の実施形態および変形例の説明では、高周波加熱コイル9によって誘導浮遊加熱することにより溶湯Mを形成する場合の例で説明したが、誘導浮遊させることなく高周波加熱してもよいし、高周波加熱以外の加熱源によって溶湯Mを形成してもよい。
【0049】
また、上記実施形態および各変形例に説明したすべての構成要素は、本発明の技術的思想の範囲で適宜組み合わせたり削除したりして実施することができる。
【符号の説明】
【0050】
1 成形システム
2 チャンバー
3 金型(成形用金型)
4 金型ホルダ
4b 溶湯受け部
4c 受け部内壁面
4d 受け部底面
5 金型本体
5a 溶湯注入孔
5b 金型本体側面
5c 成形面
5d キャビティ
6 DLC膜(ダイヤモンド状炭素膜)
9 高周波加熱コイル
M 溶湯(金属溶湯)
11 不活性ガス供給部
12 ロータリポンプ
13 ターボポンプ
S1 金型設置工程
S2 真空置換工程
S3 成形工程
S4 成形品取り出し工程
S7 金型加熱工程
S8 DLC膜形成工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド状炭素膜を金属溶湯と触れる表面の少なくとも一部に有する成形用金型を用いて前記金属溶湯を固化させる金属の成形方法であって、
前記成形用金型の置かれた雰囲気を真空置換する真空置換工程と、
前記雰囲気が真空置換された後に、前記金属溶湯を前記成形用金型に充填して、臨界冷却速度以上の冷却速度で急冷することにより、前記金属溶湯を固化させ、20K以上のガラス遷移領域を有する非晶質合金の成形品を形成する成形工程と、
を備えることを特徴とする金属の成形方法。
【請求項2】
前記金属溶湯の材料は、Zr基合金を形成する金属材料である
ことを特徴とする請求項1に記載の金属の成形方法。
【請求項3】
前記成形工程では、前記金属溶湯を遠心鋳造法によって前記成形用金型に充填する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の金属の成形方法。
【請求項4】
前記真空置換工程では、前記雰囲気を不活性ガス雰囲気に真空置換する
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の金属の成形方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−166206(P2012−166206A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27244(P2011−27244)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】