説明

金属加工用油剤、金属加工方法及び金属加工品

【課題】切削性、消泡性、原液安定性、乳化安定性、耐加水分解性に優れ、低温での動粘度が低い金属加工用油剤を提供すること。
【解決手段】(A)2−エチルヘキサノールパルミテート又はステアレートを含む基油、及び(B)炭素数8〜18の分岐脂肪族カルボン酸と炭素数3〜12の分岐アルカノールアミンとの塩からなる陰イオン活性剤、を含有する金属加工用油剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削加工、研削加工、転造加工、プレス加工、塑性加工等の金属加工に広く適用できる金属加工用油剤に関する。さらに詳細には、水で希釈して使用する金属加工用油剤に関し、特に切削性に優れた金属加工用油剤、その金属加工用油剤を用いた金属加工方法及びその金属加工方法により製造される金属加工品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に切削・研削加工においては切削・研削油剤が使用されている。切削・研削油剤の最も重要な機能としては潤滑作用が挙げられ、この作用により加工に用いられる工具の寿命延長、被加工物の仕上げ面精度の向上、生産能率の向上等、生産性を向上する事ができる。また、それらの要求性能に関し加工方法からのアプローチもなされ、クーラントの給油方式として内部給油で行われるケースも目立ってきた。内部給油方式では必然的にクーラントを高圧条件下で使用することとなり、それに伴い泡立ちが問題視され消泡性の優れた油剤も求められている。
【0003】
潤滑作用を向上する対策としては、例えば、特定のパームオレイン油を用いた熱間圧延油及び熱間圧延方法(特許文献1)、パーム油及びその改質油脂(パーム分別油)などの動植物油からなる基油と炭化水素系合成油とを必須成分として含有する、圧延加工または切削加工に用いられる加水分解安定性に優れる潤滑油組成物(特許文献2)などが知られている。
また、油脂、鉱物油及び脂肪酸エステルから成る群から選ばれる潤滑油成分、特定の陽イオン性又は両性イオン性の水溶性高分子化合物、及び非イオン性界面活性剤を含有する金属加工油組成物も知られている(特許文献3)。
しかしながら、これらの金属加工用油剤は、十分な潤滑作用が得られない、消泡性が劣る、加水分解を受けやすい等の問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3320642号
【特許文献2】特開平10−17880号公報
【特許文献3】特公平2−40116号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、切削加工、研削加工、転造加工、プレス加工、塑性加工等の金属加工に広く適用できる金属加工用油剤を提供することである。
本発明の他の目的は、切削性に優れた金属加工用油剤を提供することである。
本発明のさらに他の目的は、切削性、消泡性、原液安定性、乳化安定性、耐加水分解性
に優れ、低温での動粘度が低い金属加工用油剤を提供することである。
本発明のさらに他の目的は、上記金属加工用油剤を用いた金属加工方法及びその金属加工方法により製造される金属加工品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意検討の結果、特定の脂肪族カルボン酸エステル及び特定の界面活性剤を使用することにより、従来の金属加工用油剤と比較してはるかに優れた切削性、あるいはさらに優れた消泡性、耐加水分解性が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。本発明は以下の金属加工用油剤、その金属加工用油剤を用いた金属加工方法及びその金属加工方法により製造される金属加工品を提供するものである。
1.基油、及び陰イオン性界面活性剤を含む金属加工用油剤において、
基油が、2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステルを含み、脂肪族カルボン酸がパルミチン酸及びステアリン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種であること、
陰イオン性界面活性剤が脂肪族カルボン酸アミン塩であり、脂肪族カルボン酸アミン塩を構成する脂肪族カルボン酸が炭素数8〜18の分岐脂肪族カルボン酸から選ばれる少なくとも1種を含み、アミンが炭素数3〜12の分岐アルカノールアミンから選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする金属加工用油剤。
2.油剤中、2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステルを0.5〜15質量%含有する上記1記載の金属加工用油剤。
3.油剤中、陰イオン性界面活性剤を0.05〜80質量%含有する上記1又は2記載の金属加工用油剤。
4.原液又は原液を0.1質量%以上の濃度で水に希釈して使用する上記1〜3のいずれか1項記載の金属加工用油剤。
5.切削油剤又は研削油剤である上記1〜4のいずれか1項記載の金属加工用油剤。
6.上記1〜5のいずれか1項記載の金属加工用油剤を用いて金属加工を行う金属加工方法。
7.切削加工又は研削加工である上記6記載の金属加工方法。
8.上記6又は7記載の金属加工方法により製造される金属加工品。
【発明の効果】
【0007】
本発明の金属加工用油剤は、特定の脂肪族カルボン酸エステル及び特定の界面活性剤を併用することにより、従来の金属加工用油剤と比較し、著しく金属加工性、特に切削性を向上させることができる。従って、工具寿命の延長によるコスト低減がはかれる。また、工具交換工程数を低減することができ、生産性を向上させることができる。本発明の金属加工用油剤は、切削性の向上により金属材料の切削加工、研削加工、転造加工、プレス加工、塑性加工等に幅広く使用することができる。
特に、界面活性剤として分岐脂肪族カルボン酸と分岐アミンからなる陰イオン性界面活性剤を使用することにより、従来の金属加工用油剤と比較し、切削性のみならず、消泡性も向上させることができ、泡立ちによる油剤の漏えいを防ぐことができる。従って、作業者の安全性も向上し、作業環境の改善もできる。
本発明の金属加工用油剤はさらに、原液安定性、乳化安定性、耐加水分解性に優れている。さらに、低温での動粘度が低いため、冬季においても油剤の圧送性が良好である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明に使用する基油としては、例えば、鉱物油、ポリオールエステル、油脂、ポリグリコール、ポリαオレフィン、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、アルキルベンゼン、ポリエーテルなどがあげられる。これらは、単品に限らず、複数種のブレンド油としても良い。好ましくは、鉱油、ポリグリコール、アルキルベンゼンが良い。
本発明の基油は、2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステル、すなわち、2−エチルヘキサノールのパルミチン酸及び2−エチルヘキサノールのステアリン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種(以下「2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステル」という)を含む。
本発明の金属加工用油剤(水で希釈する前の「原液」、以下特に明記しない限り同様)中の基油の含有量は好ましくは1〜95質量%、さらに好ましくは3〜95質量%である。
また本発明の金属加工用油剤中の2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステルの含有量は、好ましくは0.5〜15質量%、さらに好ましくは1〜15質量%である。
0.5質量%未満では、切削性能向上効果が低く、15質量%を超えてもさらなる効果の向上はなく不経済である。
【0009】
本発明の金属加工用油剤に使用する陰イオン性界面活性剤は、脂肪族カルボン酸アミン塩であり、脂肪族カルボン酸アミン塩を構成する脂肪族カルボン酸は、炭素数8〜18の分岐脂肪族カルボン酸から選ばれる少なくとも1種を含み、アミンは炭素数3〜12の分岐アルカノールアミンから選ばれる少なくとも1種を含む。
分岐脂肪族カルボン酸の具体例としては、2−エチルヘキサン酸、イソオクタン酸、イソノナン酸、イソデカン酸、ネオデカン酸、イソステアリン酸等が挙げられる。
炭素数3〜12の分岐アルカノールアミンの具体例としては、モノイソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミン、ノルマルブチルモノイソプロパノールアミン、ノルマルブチルジイソプロパノールアミン、ジノルマルブチルモノイソプロパノールアミン、ターシャリーブチルモノイソプロパノールアミン、ターシャリーブチルジイソプロパノールアミン、ジターシャリーブチルモノイソプロパノールアミン等が挙げられる。
【0010】
本発明の金属加工用油剤には、油剤の原液安定性と乳化安定性の調整のため、油溶性の脂肪族カルボン酸及び油溶性のアミンを含有させることが望ましい。
油溶性の脂肪族カルボン酸としては、リシノレイン酸縮合物、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ウンデカン酸、ウンデシレン酸、ドデカン酸、トリデカン酸、ペンタデカン酸、ヘプタデカン酸、ミスチリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、リノール酸、オレイン酸等が挙げられる。これら油溶性脂肪族カルボン酸の添加量は、油剤(原液)中、好ましくは2.5〜60質量%、さらに好ましくは5〜50質量%である。
油溶性のアミンとしては、ジシクロヘキシルアミン、シクロヘキシルアミン、シクロヘキシルプロピレンジアミン、ジブチルエタノールアミン、ジベンジルアミン等が挙げられる。これら油溶性アミンの添加量は油剤(原液)中、好ましくは0.5〜10質量%、さらに好ましくは1〜10質量%である。
【0011】
油剤(原液)の酸価は、好ましくは2〜80、さらに好ましくは5〜40であり、アミン価は好ましくは10〜150、さらに好ましくは20〜110である。
酸価は、試料1gを中和するのに必要な水酸化カリウムのmg数(JIS K2501の指示薬滴定法による)、アミン価は、試料1gを中和するのに必要な塩酸と当量の水酸化カリウムのmg数(JIS K2501の電位差滴定法による)である。
油剤のpHは、原液を純水で3質量%に希釈した液において、好ましくは7.0〜11.0、さらに好ましくは8.0〜11.0の範囲となるように適宜調整すればよい。
本発明の油剤中、陰イオン性界面活性剤として使用する脂肪族カルボン酸アミン塩の含有量は、油剤全体に対して、好ましくは0.05〜80質量%、さらに好ましくは5〜70質量%である。0.05質量%未満では切削性能向上効果が低く、80質量%より多く配合すると消泡性が低下する傾向がある。
【0012】
本発明の金属加工用油剤の動粘度 (5℃)(JIS K 2283)は、好ましくは1500mm2/s以下、さらに好ましくは1000mm2/s以下とすることが低温性を確保する観点から望ましい。
【0013】
本発明の油剤(原液)は上記成分に加え、引火防止の観点から水を含有することが望ましい。水の含有量は、引火点が測定されなくなる量、例えば、3質量%以上が好ましく、輸送コストの観点から50質量%以下が好ましい。
【0014】
本発明の金属加工用油剤には、消泡剤、及びその他の添加剤(例えば、極圧添加剤、防食剤、粘度指数向上剤、酸化防止剤、清浄分散剤、着色剤、香料等)を適宜配合することができる。
【0015】
本発明の金属加工用油剤は、エマルションタイプ、ソリュブルタイプ、ソリューションタイプいずれのタイプのものであってもよい。
本発明の金属加工用油剤、例えば、切削・研削油剤を用いて、実際に金属を加工する際の使用方法は、原液のままで使用しても良いし、原液を水で好ましくは0.1〜60質量%、さらに好ましくは0.1〜30質量%、最も好ましくは1.0〜20質量%に希釈して使用しても良い。
希釈液は、定法により、工具及び/又は被加工材表面に適量を連続的又は不連続的に適用すればよい。
【0016】
本発明の油剤を使用する加工において使用する工具には、炭素鋼、合金鋼、高速度鋼、鋳造鋼、超硬、サーメット、セラミック、立方晶系窒化硼素、ダイヤモンド工具等がある。工具は耐摩耗性向上のため、浸炭処理、窒化処理、酸化処理等の表面熱処理、又は表面にTiC、TiN、TiCN、Al23、ダイヤモンドライクカーボン等をコーティングして使用することもある。
被加工材には、一般構造用圧延鋼、機械構造用炭素鋼鋼材、炭素鋼鍛鋼品、炭素鋼鋳造品、機械構造用合金鋼鋼材、合金工具鋼鋼材等の鉄鋼材料および銅、アルミニウム等の非鉄金属材料がある。
【実施例】
【0017】
表1−4に実施例及び比較例の金属加工用油剤を示す。各金属加工用油剤について各性能を以下の試験方法により評価した。結果を合わせて表1−4に示す。
表中の成分欄の数値は原液中の各成分の質量%を示す。
【0018】
切削性試験
下記被削材を用い、下記条件にてφ6のタップ加工を行い、加工時に受ける切削抵抗を測定する。
工具: OSG製 B−NRT RH7 M6×1.0
被削材: AC8B−T6
切削速度:10 m/min
送り: 1.0 mm/rev
下穴: 5.48 mmリーマ仕上げ,止まり穴
切削長: 20 mm
給油方法:下穴に試験油剤を充填
濃度: 金属加工用油剤を水で5質量%に希釈
評価方法:切削抵抗(トルク[N・m])を測定
判定基準:切削トルクが2.40N・m以下を合格(○)とする。
【0019】
消泡性試験
3Lギアポンプ循環式試験方法にて評価。
液量: 3 L
流量: 17.4 L/min
吐出圧力:0.6 kgf/cm2
ノズル径:6.5 mm
希釈水: Ca5ppmの調整水
容器: 直径220mm、高さ300mm
濃度: 金属加工用油剤をCa5ppmの調整水で5質量%に希釈
液温: 25℃
評価基準:開始から30分以内に試験液が容器からオーバーフローしないことを合格
(○)とする。
【0020】
原液安定性試験
金属加工用油剤原液を−5℃,25℃,50℃の恒温槽で1週間静置する。
○:合格 均一な状態を維持。
×:不合格 濁り、分離あり。
【0021】
乳化安定性試験
試作直後の金属加工用油剤を調整した硬水(塩化カルシウム2水塩0.0757gを蒸留水で希釈し1Lとした水:ドイツ硬度3°、Ca硬度54ppm、JIS K 2221切削油剤 乳化安定性試験参照)を用い、希釈して5質量%希釈液を作り、希釈直後及び、24時間後の状態を目視にて観察する。評価基準は下記の通りである。
○:合格 均一に溶解し、分離、クリーム層なし。
×:不合格 分離、クリーム層あり。
【0022】
耐加水分解性試験
金属加工用油剤を50℃の恒温槽で1週間静置した後、調整した硬水(乳化安定性試験で使用したものと同じ)を用い、希釈して5質量%希釈液を作り、希釈直後及び、24時間後の状態を目視にて観察する。評価基準は下記の通りである。
○:合格 均一に溶解し、分離、クリーム層なし。
×:不合格 分離、クリーム層あり。
【0023】
低温性(動粘度(5℃))(JIS K 2283)
一定量の金属加工用油剤が粘度計の毛細管を通過する時間を測定し、流出時間と粘度計定数から算出する。5℃の動粘度で評価。
○:合格 1500mm2/s以下
×:不合格 1500mm2/s超
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
【表4】

※pHは原液を純水で3質量%に希釈した液を測定した。
【0028】
基油が、2−エチルヘキサノールのパルミチン酸エステル又はステアリン酸エステルを含有し、かつ陰イオン性界面活性剤として、特定の脂肪族カルボン酸アミン塩を含有する本発明の実施例1−18の金属加工用油剤は、切削性、消泡性、原液安定性、乳化安定性、耐加水分解性に優れ、低温での動粘度も低い。
【0029】
2−エチルヘキサノールのパルミチン酸エステル又はステアリン酸エステルを含有しない比較例1の油剤は、切削性が劣る。
2−エチルヘキサノールのパルミチン酸エステル又はステアリン酸エステルの代わりにノルマルオクチルパルミテートを使用した比較例2の油剤は、耐加水分解性が劣っている。
2−エチルヘキサノールのパルミチン酸エステル又はステアリン酸エステルの代わりにトリメチロールプロパントリオレート、ペンタエリスリトールテトラオレート又は菜種油を使用した比較例3−5の油剤は、切削性及び耐加水分解性が劣る。
2−エチルヘキサノールのパルミチン酸エステル又はステアリン酸エステルを含有しない比較例6の油剤は、動粘度が高い。
炭素数8〜18の分岐脂肪族カルボン酸及び炭素数3〜12の分岐アルカノールアミンの少なくとも一方を含まない比較例7−9の油剤は、消泡性が劣る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油、及び陰イオン性界面活性剤を含む金属加工用油剤において、
基油が、2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステルを含み、脂肪族カルボン酸がパルミチン酸及びステアリン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種であること、
陰イオン性界面活性剤が脂肪族カルボン酸アミン塩であり、脂肪族カルボン酸アミン塩を構成する脂肪族カルボン酸が炭素数8〜18の分岐脂肪族カルボン酸から選ばれる少なくとも1種を含み、アミンが炭素数3〜12の分岐アルカノールアミンから選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする金属加工用油剤。
【請求項2】
油剤中、2−エチルヘキサノールの脂肪族カルボン酸エステルを0.5〜15質量%含有する請求項1記載の金属加工用油剤。
【請求項3】
油剤中、陰イオン性界面活性剤を0.05〜80質量%含有する請求項1又は2記載の金属加工用油剤。
【請求項4】
原液又は原液を0.1質量%以上の濃度で水に希釈して使用する請求項1〜3のいずれか1項記載の金属加工用油剤。
【請求項5】
切削油剤又は研削油剤である請求項1〜4のいずれか1項記載の金属加工用油剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の金属加工用油剤を用いて金属加工を行う金属加工方法。
【請求項7】
切削加工又は研削加工である請求項6記載の金属加工方法。
【請求項8】
請求項6又は7記載の金属加工方法により製造される金属加工品。

【公開番号】特開2011−63765(P2011−63765A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−217563(P2009−217563)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】