金属材の表面加工方法及びこの加工方法を用いた金属基材
【課題】 被加工物である金属材の表面に陽極酸化皮膜を形成することで、アンダーカットを制御した傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成するための金属材の表面加工方法を提供することである。
【解決手段】 基板11上に形成され、表面がマスクで被覆された金属材12に対して、硫酸を含む電解液、20V以下の電解電圧からなる電解条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材12の表面に傾斜角の小さな傾斜面17を有する陽極酸化皮膜15を形成する。また、前記金属材12の表面に形成された陽極酸化皮膜15を除去することで、前記金属材12の表面に傾斜角θ1による傾斜面17を有する浅い凹部を形成する。
【解決手段】 基板11上に形成され、表面がマスクで被覆された金属材12に対して、硫酸を含む電解液、20V以下の電解電圧からなる電解条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材12の表面に傾斜角の小さな傾斜面17を有する陽極酸化皮膜15を形成する。また、前記金属材12の表面に形成された陽極酸化皮膜15を除去することで、前記金属材12の表面に傾斜角θ1による傾斜面17を有する浅い凹部を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム等の金属材の表面に微細な凹部を形成するための金属材の表面加工方法及びこの表面加工方法を用いて製造される金属基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金属等の被加工物に対して数μm程度の凹凸状の表面加工を行う方法としては、切削加工、研削加工、放電加工、エッチング加工が用いられている。このうち、エッチング加工には、ガス、プラズマ、各種ビームなどによるドライエッチングと、溶液を用いるウェットエッチングがある。ドライエッチングは、図11に示すように、基板1上に形成された厚みDの被加工物(金属材)2の表面を被覆するマスク3のパターン幅Lから略垂直にエッチングが進行して、開口部4と略同じ幅を有した凹部6が形成できる。このため、半導体の回路パターン形成などの微細加工に対応できるが、製造設備が高額であると共に、加工面積にも制限があることから量産性に問題がある。一方、ウェットエッチングは微細加工の点でドライエッチングに劣るが、特殊な装置を必要としないため、量産性やコスト面で有利な点がある。
【0003】
前記ウェットエッチング方法においては、エッチングが等方的に進行するので、図12に示すように、浸食による凹部6を形成する際に、マスク3であるフォトレジスト膜下へのアンダーカット(サイドエッチ)7が発生するといった問題がある。従来、このサイドエッチ7を簡易に制限する方法としては、前記マスク3の幅L等のパターンサイズを調整するなどして行っていた。
【0004】
特許文献1には、ウェットエッチングによって浸食させる部分(凹部)の形状を制御する方法が示されている。この方法は、配線及び電極に用いられているクロム膜をエッチングの被加工対象としている。従来の一般的なウェットエッチング方法では、前記クロム膜に対するエッチングの断面形状が垂直あるいは台形状となるため、絶縁不良や断線等の膜欠陥が生じやすいが、この発明ではエッチング工程の前にクロム膜とフォトレジスト膜の界面に高親水化処理を施すことにより、浸食の傾斜角が約10°となるように制御する方法が示されている。
【0005】
また、特許文献2には、ウェットエッチングによって、MIMコンデンサの下部電極の金導体膜をパターン形成する際に、そのパターンの断面形状を逆台形状に加工する方法が示されている。この加工方法によれば、エッチング断面を逆台形状に制御するために、絶縁基板上に下部電極の下層膜となる金膜を形成し、下部電極の上層膜として前記下層膜よりもエッチング速度の速い金膜を形成するといった工程を有している。
【0006】
上記従来例では、電線や電子デバイスの電極をエッチングによる加工対象としたものであるが、この他、装飾用を目的とする場合は、ステンレスや銅板等の加工材料の表面にシルク印刷を行い、その上からエッチング液で浸食させて凹凸状の模様を付ける場合がある。
【特許文献1】特開平6−208987号公報
【特許文献2】特開平3−263833号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のウェットエッチングによる表面加工方法では、前述したように、浸食が平面方向及び深さ方向に等方的に進行する性質を有しているため、マスクによってエッチングする箇所を設定した場合でも、浸食がマスクの下面側にまわり込む、アンダーカット量を正確に制御することができなかった。このような問題を改善するため、従来では、マスクのパターニング自体を制御することで、マスクの下側にまわり込む浸食を制御する場合があったが、予めエッチング量を予測してマスクのパターン設計を行うことは困難である。また、特許文献1では、エッチング量を制御するため、被加工物であるクロム膜とフォトレジスト膜の界面に高親水化処理を施したり、特許文献2では、エッチング対象の金属膜をエッチング量の異なる二層の金属材料で構成したりしているが、いずれも被加工物やマスクに対してエッチング用の加工が必要であり、処理工程も複雑になるといった問題を有している。このため、製造が安価なウェットエッチング方法では、光学製品や電子デバイス等に搭載されるような精度の高い凹部を有した金属基材を量産することができないといった問題があった。
【0008】
また、従来のウェットエッチング法は、金属材などの被加工面を直接溶液に浸漬させるため、浸食部の最終形状の設定や調整が難しく、特に、傾斜の浅いなだらかな凹部形状を精度よく且つ均等に形成することは困難とされている。
【0009】
そこで、本発明の目的は、被加工物である金属材の表面に陽極酸化皮膜を形成することで、アンダーカット量を制御した傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成するための金属材の表面加工方法を提供することである。また、前記表面加工方法によって、光学製品や電子デバイスなどにおいて利用可能な浅い凹部を有する金属基材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の金属材の表面加工方法は、表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成することを特徴とする。
【0011】
また、前記金属材の表面に形成された陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成することを特徴とする。
【0012】
本発明の金属基材は、表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成した後、この陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に前記傾斜面を有する浅い凹部が形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る金属材の表面加工方法によれば、被加工物である金属材の表面を陽極酸化することで、酸化反応に伴う体積膨張表面により傾斜角の小さな傾斜面を有した厚みの陽極酸化皮膜を精度よく形成することができる。このような陽極酸化皮膜を形成させることで、従来のウェットエッチング法とは異なり、アンダーカット部分の反応が容易に制御できる。また、前記陽極酸化皮膜を除去することで、陽極酸化していない金属材の表面が露出し、浅い凹部を容易に形成することができる。
【0014】
また、本発明の金属基材によれば、所定形状の開口部がパターニングされたマスクを介して陽極酸化させた部分に傾斜角の小さな傾斜面を有する凹部が形成されるので、この表面加工された金属基材を光学製品の反射板や導光板、あるいは、電子デバイスの基板材料として使用することができる。また、装身具や展示パネル等の光学的な装飾効果を必要とする製品にも利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、添付図面に基づいて本発明に係る金属材の表面加工方法の実施形態を詳細に説明する。図1は本発明の表面加工方法の手順を示す工程図、図2は前記各工程に対応した金属材の加工状態を示す断面図である。
【0016】
図1及び図2に示すように、本実施形態の金属材の表面加工方法では、被加工物である金属材12を非金属性の基板11、例えばガラス基板やシリコン基板などの上に被着させた状態で行った。前記金属材12として、厚みが100〜200nm程度の薄いアルミニウム膜を用いた。先ず、前記金属材12を基板11の上面全体にスパッタリング法あるいは蒸着法によって被覆形成する(工程1)。この工程が終了した後、前記金属材12の表面12aの加工部分を選択的に露出させるための開口部14(例えば、50〜200μm)が多数設けられたマスク13を形成する(工程2)。このマスク13は、フォトレジスト膜であり、前記金属材12の表面12aに一様の塗布され、図示しない露光工程、現像工程を経ることによって、加工形状に沿った開口部14がパターニング形成される。
【0017】
次に、前記マスク13で被覆された状態の基板11を電解液中に浸し、基板11を陽極、陰極にアルミニウムを用いて陽極酸化処理を行う(工程3)。この陽極酸化処理では、後述する電解条件、例えば、電解液濃度、電圧、液温等を制御することで、陽極側表面と電解液との間で電気化学的反応が起き、前記開口部14から露出する金属材12の表面に陽極酸化皮膜(以下、酸化皮膜という。)15が生成される。この酸化皮膜15は、酸化反応過程で体積膨張し、図3に示すように、金属材12の表面12aを基準として、下方に傾斜角θ1を有した略逆台形状の反応部が形成され、上方には傾斜角θ2を有した略台形状の隆起部が形成される(工程3)。
【0018】
上記(工程1)〜(工程3)によって、金属材12の表面12aには実際に凹設したような光学特性を有する面に加工でき、そのまま所定の反射又は屈折作用を必要とする光学製品や電気製品に採用することができる。また、前記酸化皮膜15を酸やアルカリ溶液などを使用して完全に除去する(工程4)ことで、図4に示すように、金属材12の表面に傾斜角θ1の小さな傾斜面17を有した浅い凹部16を形成することができる。なお、前記金属材12の表面12a及び酸化皮膜15の一部に被着されているマスク13の除去は、工程3終了後、工程3と工程4の間、工程4終了後のいずれかにおいて行われる。
【0019】
前記工程3における電解条件の主要な要素は、電解液の種類や濃度と、電解電圧による。また、緩やかな形状を得るためには、開口部からマスク下部に進行する反応(アンダーカット)による酸化膜の生成が必要である。このアンダーカットの生成状況を処理条件ごとにエックス線マイクロアナライザーによる線分析で計測した。評価方法は、線分析で得た酸素(O)、アルミニウム(Al)の特性X線強度が最低値から最大値まで変化するのに必要な分析長さを酸化反応が起きている長さ(アンダーカット長さ)とした。本実施形態では、イオン交換水で1〜15容量%に調整された硫酸水溶液を用い、電解電圧を7Vから20Vの間に設定して処理を行った。また、このときの電解処理時間は1分で、周囲温度は20℃に設定した。図5は、前記電解条件のうち、電解液が1容量%の硫酸水溶液を用い、電解電圧を17Vに設定した場合の測定結果である。図中の上側の太線はアルミニウム(Al)、下側の細線は酸素(O)の特性X線強度を示す。また、このグラフの横軸は分析長さ(mm)、縦軸は特性X線強度を示す。この電解条件によれば、マスク13の開口部14の裏面にまわり込むアンダーカットが発生し、断面が略逆台形状となるように酸化皮膜15が形成されることが確認できた。
【0020】
上記電解条件のうち、電解液濃度と電解電圧との関係から、前記酸化皮膜15の隆起量、アンダーカット長さ及び傾斜角θ2からなる金属材12の断面形状を非接触表面粗さ計により測定した結果を表1に示す。また、電解電圧は一定にし、電解液濃度と電解処理時間との関係を表2に示す。
【0021】
【表1】
【0022】
【表2】
【0023】
上記表1及び表2の結果から、電解電圧、電解液濃度により金属材12の断面形状は変化し、電解電圧の上昇に伴い酸化皮膜15の隆起高さ量は大きくなる傾向となる。また、電解液濃度を高くすることによっても、前記酸化皮膜15の隆起高さ量は大きくなる傾向となる。一方、電解電圧は、アンダーカット長さにも影響し、電解電圧の上昇はアンダーカット長さを低下させる傾向を有する。図6は、各種の硫酸濃度において、電解電圧を6〜20Vの範囲内で変化させた場合のアンダーカット長さを測定した実験データである。ここで、図中に示すプロットは硫酸水溶液の濃度を示し、●:1%、○:2%、▲:7.5%、△:15%となっている。また、グラフの横軸は、電解電圧(V)で、縦軸はアンダーカット長さ(μm)である。この実験データより、電解電圧が7〜20Vの範囲において、良好なアンダーカットが形成可能となる。前記電解電圧は、電解液濃度が高い場合は、低い電解電圧を選択でき、電解液濃度が低い場合には、低い電解電圧を選択して傾斜面を得ることは困難になる傾向が認められる。したがって、電解電圧が6V以下の場合であっても、電解液濃度を高くすれば、アンダーカットの形成が可能となる。一方、電源電圧が20Vを超えると、アンダーカット量は減少する傾向を示し、図4に示したような直線状の浅い傾斜面の形成が困難となる。なお、図6に示した実験データでは、電解電圧15V近辺でアンダーカット量の少ないところがあるが、これは、電解液濃度が許容量の上限である15容量%となっているためであると推定される。上記実験データから、同一電解条件で処理時間を変化させたところ、酸化皮膜15の隆起高さ量は大きくなる傾向を示した。以上のことから、電解電圧と電解液濃度、処理時間を設定することで、加工対象となる金属材12の表面を様々な傾斜角θ1で凹設させることが可能となる。
【0024】
次に、所定のアンダーカットが形成されない場合の電解条件を図7(b),(c)に示す。アンダーカット長さの計測は、エックス線マイクロアナライザーによる線分析で行い、上記図5と同様にアルミニウム(Al)の特性X線強度を太線で、酸素(O)の特性X線強度を細線で示す。ここで、図7(a)は(b)及び(c)と比較のために示したものであり、アンダーカットが適正に形成される場合(電解液が15容量%硫酸水溶液、電解電圧が10V、処理時間が1分)の一例である。図7(b)は電解液に、5重量%シュウ酸水溶液を用い、電解電圧10Vとし、3分間電解処理を行ったもので、アンダーカットがほとんど発生していないことが確認できた。また、図7(c)は電解液に、8.5容量%リン酸水溶液を用い、電解電圧10Vとし、1分間電解処理を行ったもので、この場合においてもアンダーカットは、ほとんど発生していないことが確認できた。このことから、電解液として硫酸水溶液以外のものを用いた場合は、緩やかな浅い傾斜角を持つ凹部形状を得ることは難しいといえる。
【0025】
以上の結果から、被加工対象である金属材にアルミニウムを選定したときの最適な電解条件は、処理時間や周囲温度にもよるが、電解液が1〜15容量%濃度の硫酸水溶液で、電解電圧が20V以下の範囲となる。なお、本実施形態で用いたアルミニウム以外の金属材については、別に電解液の種類と電解条件を設定する必要がある。
【0026】
上記適正な電解条件によって、マスク13の開口部14から金属材12の表面12aに酸化反応が起きる。この酸化反応は、開口部14から露出している金属材12の内部へと進行し、この酸化反応が起きた部分は、体積変化を起こし、表面が隆起する。この電解条件による処理を1〜6分間行った後に、基板11ごと電解液から取り出し、水洗、乾燥させる。
【0027】
前記工程4における酸化皮膜15の除去は、所定の温度に加熱したリン酸水溶液に浸漬することによって行うことができる。本実施形態では、前記酸化皮膜15を完全に除去するため、60℃に加熱した25重量%のリン酸水溶液中に浸漬して行った。この処理により、図4で示されるような傾斜角θ1の傾斜面17と基板11の上面に達する底面18とからなる断面が略逆台形状の凹部16が形成される。
【0028】
前記硫酸水溶液の濃度、電解電圧により、開口部14からマスク13の下部にまわり込むアンダーカット長さは、1分あたり0〜70μmに設定でき、その結果、傾斜角θ1が1度以下の傾斜面17が形成可能となる。また、図3に示した傾斜角θ2を構成する隆起高さは、酸化皮膜15の生成状況に影響され、電解条件、処理時間によって制御できる。
【0029】
上記工程によって形成される金属材12の断面形状の一例を図4に示す。一つの凹部16の具体的な形成サイズは、加工深さD:10〜300nm(0.01〜0.3μm)、幅L:100μm以下となり、アスペクト比(D/L)が約0.002の3次元立体(円錐または多角錐)に加工することができた。なお、前記凹部16の幅及び深さ、または、3次元立体の形状は、マスク13に形成される開口部14、マスク部の形状や電解条件(水溶液の濃度、電圧等)によって異なるが、従来のウェットエッチングで得られるより大きなアンダーカットが得られ、ドライエッチングのような高いアスペクト比にならない小さな傾斜角θ1による直線状の傾斜面17を有した凹部16を形成することが可能となった。
【0030】
前記金属材12には、陽極酸化に適し、透明な酸化皮膜が形成できるアルミニウムを用いたが、アルミニウム合金又はタンタル,ニオブ,チタン,シリコン等の陽極酸化可能なバルブ金属類、それらの合金も使用することができる。また、前記金属材はガラス等の基板に蒸着された薄膜に限らず、所定の厚みを有する金属体単体においても上述した表面加工方法が適用できる。なお、前記アルミニウム以外のバルブ金属は、その金属の種類によって着色を有した半透明な酸化皮膜が形成できる。
【0031】
次に、上記金属材12を表面加工したときの各種の測定結果を図8〜図10に示す。この測定で用いたマスク13は、図9に示すように、同サイズの正方形の開口部14が市松模様に配列されたものを使用した。また、図中の測定領域B―B´は、被覆されているパターン部分を挟んで隣接する開口部14間の中心部分を結ぶ線である。
【0032】
図8(a)は工程3による酸化皮膜が形成された状態の金属材の表面形状を立体的に示したものである。このときの電解条件は、電解液が1容量%の硫酸水溶液、電解電圧が15V、処理時間が4分である。また、図8(b)は工程4によって、酸化皮膜を除去した状態の金属材の表面形状を立体的に示したものである。この酸化皮膜のエッチングは、液温が60℃で25容量%リン酸水溶液に約40秒浸漬して行ったものである。なお、この図8は前記金属材12の表面を光学式非接触表面粗さ計で測定した結果である。
【0033】
図10は、図9に示した測定領域B−B´間において、上記工程3の電解液を用い、電解電圧を12.5V、15Vに設定したときの酸化皮膜15の形状を光学式非接触表面粗さ計で測定した結果を示したものである。この測定では、酸化皮膜15による光の干渉作用を防止する目的で、表面にチタン(Ti)薄膜を約30nm成膜して評価した。図10(a)に示すように、工程3が終了し、マスク13を除去した段階では、酸化膜が生成したB,B´を基準面とすると、その中間の金属材12の表面12aが現れている部分では、酸化膜が生成せず、谷部となっている。これによって、開口部14に相当する部分に酸化皮膜15が金属材12の表面から隆起するように形成されていることが確認できる。このときの凹部16の幅と深さは、電解電圧12.5Vでは約143μmと約15nm、電解電圧15Vでは約135μmと約30nmである。そして、図10(b)に示すように、工程4が終了した段階では、酸化皮膜15が除去され、金属材12による厚みがそのままグラフの曲線となって現れている。このときの凸部の底辺幅と高さは、電解電圧12.5Vでは約130μmと約30nm、電解電圧15Vでは約130μmと約90nmである。この図10(a),(b)の結果から図3、図4に示すような形状の凹部16が形成されていることが推定される。
【0034】
上記示したように、本発明の金属材の表面加工方法では、凹設しようとする部分に所定の幅及び厚みになるような酸化皮膜15を電解液濃度や電解電圧等による電解条件の下で成長制御させることができるので、直接金属材の表面を浸食させることによる浸食部形状よりも最終形状の設定が容易となる。このため、上記示したような従来のウェットエッチング法では得ることができないアンダーカット量を増大させた傾斜角θ1の小さな浅い凹部16を精度よく形成することができる。
【0035】
前記酸化皮膜15を除去することによって、金属材12の表面を化学的あるいは物理的にエッチングしたような凹部16を形成することができるが、前記酸化皮膜15は透明又は金属材の種類、得られる酸化皮膜の構造、膜厚によって決まる着色を有した半透明性を有しているため、この酸化皮膜15をそのまま残した状態でも光反射材などの光学部材として利用することができる。また、前記凹部16が形成された金属基材をそのまま、光学製品や電子デバイスに応用する以外に、前記凹部16を他の金属材料、プラスチック材料、セラミックス材料などに転写することによって2次製品を製造するためのベース材として利用することもできる。
【実施例】
【0036】
以下、実際に金属材の表面に酸化皮膜を陽極酸化処理によって形成し、また、形成された酸化皮膜を除去する場合の実施例を示す。この実施例では、各辺長さが76mmと52mmの長方形のガラス板上に高周波マグネトロンスパッタリング装置により、純度99.999%のアルミニウムターゲットを用いて膜厚約150nmのアルミニウム膜を形成した。その後フォトレジストにより、開口部寸法が1辺100μmの格子模様が配列されたパターンを形成した。この基板を、電解液を満たした容量200mLのガラス製ビーカーに、陽極として浸漬し、陰極に純アルミニウム板を用いて、電解処理を行った。電解条件ごとの実施結果は、以下のとおりである。
(実施例1)
電解液:イオン交換水で1容量%濃度に調整された硫酸水溶液
電解電圧:15V
電解処理時間:5分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.034度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
(実施例2)
前記実施例1で得た金属材を、60℃に加温した25容量%に濃度調整されたリン酸水溶液中に40秒浸漬することで酸化皮膜を除去した。
その結果、傾斜角θ1が約0.083度の傾斜面を有する凹部が金属材の表面に形成された。
(実施例3)
電解液:イオン交換水で1容量%に濃度調整された硫酸水溶液
電解電圧:12.5V
電解処理時間:6分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.031度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
(実施例4)
前記実施例3で得た金属材を、60℃に加温した25容量%に濃度に調整されたリン酸水溶液中に40秒浸漬し、酸化皮膜の除去を行った。
その結果、傾斜角θ1が約0.083度の傾斜面を有する凹部が金属材の表面に形成された。
(実施例5)
電解液:イオン交換水で15容量%に濃度調整された硫酸水溶液
電解電圧:7V
電解処理時間:1分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.09度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
(実施例6)
電解液:イオン交換水で15容量%に濃度調整された硫酸水溶液
電解電圧:10V
電解処理時間:1分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.149度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明に係る金属材の表面加工方法の手順を示す工程図である。
【図2】上記各工程における金属材の断面形状を示す工程図である。
【図3】酸化皮膜が形成された金属材の断面図である。
【図4】上記酸化皮膜を除去した状態の金属材の断面図である。
【図5】最適なアンダーカットとなる電解条件による実験データである。
【図6】電解電圧とアンダーカット長さとの関係を示すグラフである。
【図7】アンダーカットが形成さない場合の電解条件による実験データである。
【図8】上記加工方法によって形成された金属材の表面形状を示す立体図である。
【図9】上記加工方法で使用したマスクのパターン形状を示す平面図である。
【図10】酸化皮膜の形成及び除去状態を測定したグラフである。
【図11】従来のドライエッチングによる被加工物の断面図である。
【図12】従来のウェットエッチングによる被加工物の断面図である。
【符号の説明】
【0038】
θ1,θ2 傾斜角
11 基板
12 金属材
12a 表面
13 マスク
14 開口部
15 酸化皮膜(陽極酸化皮膜)
16 凹部
17 傾斜面
18 底面
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム等の金属材の表面に微細な凹部を形成するための金属材の表面加工方法及びこの表面加工方法を用いて製造される金属基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金属等の被加工物に対して数μm程度の凹凸状の表面加工を行う方法としては、切削加工、研削加工、放電加工、エッチング加工が用いられている。このうち、エッチング加工には、ガス、プラズマ、各種ビームなどによるドライエッチングと、溶液を用いるウェットエッチングがある。ドライエッチングは、図11に示すように、基板1上に形成された厚みDの被加工物(金属材)2の表面を被覆するマスク3のパターン幅Lから略垂直にエッチングが進行して、開口部4と略同じ幅を有した凹部6が形成できる。このため、半導体の回路パターン形成などの微細加工に対応できるが、製造設備が高額であると共に、加工面積にも制限があることから量産性に問題がある。一方、ウェットエッチングは微細加工の点でドライエッチングに劣るが、特殊な装置を必要としないため、量産性やコスト面で有利な点がある。
【0003】
前記ウェットエッチング方法においては、エッチングが等方的に進行するので、図12に示すように、浸食による凹部6を形成する際に、マスク3であるフォトレジスト膜下へのアンダーカット(サイドエッチ)7が発生するといった問題がある。従来、このサイドエッチ7を簡易に制限する方法としては、前記マスク3の幅L等のパターンサイズを調整するなどして行っていた。
【0004】
特許文献1には、ウェットエッチングによって浸食させる部分(凹部)の形状を制御する方法が示されている。この方法は、配線及び電極に用いられているクロム膜をエッチングの被加工対象としている。従来の一般的なウェットエッチング方法では、前記クロム膜に対するエッチングの断面形状が垂直あるいは台形状となるため、絶縁不良や断線等の膜欠陥が生じやすいが、この発明ではエッチング工程の前にクロム膜とフォトレジスト膜の界面に高親水化処理を施すことにより、浸食の傾斜角が約10°となるように制御する方法が示されている。
【0005】
また、特許文献2には、ウェットエッチングによって、MIMコンデンサの下部電極の金導体膜をパターン形成する際に、そのパターンの断面形状を逆台形状に加工する方法が示されている。この加工方法によれば、エッチング断面を逆台形状に制御するために、絶縁基板上に下部電極の下層膜となる金膜を形成し、下部電極の上層膜として前記下層膜よりもエッチング速度の速い金膜を形成するといった工程を有している。
【0006】
上記従来例では、電線や電子デバイスの電極をエッチングによる加工対象としたものであるが、この他、装飾用を目的とする場合は、ステンレスや銅板等の加工材料の表面にシルク印刷を行い、その上からエッチング液で浸食させて凹凸状の模様を付ける場合がある。
【特許文献1】特開平6−208987号公報
【特許文献2】特開平3−263833号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のウェットエッチングによる表面加工方法では、前述したように、浸食が平面方向及び深さ方向に等方的に進行する性質を有しているため、マスクによってエッチングする箇所を設定した場合でも、浸食がマスクの下面側にまわり込む、アンダーカット量を正確に制御することができなかった。このような問題を改善するため、従来では、マスクのパターニング自体を制御することで、マスクの下側にまわり込む浸食を制御する場合があったが、予めエッチング量を予測してマスクのパターン設計を行うことは困難である。また、特許文献1では、エッチング量を制御するため、被加工物であるクロム膜とフォトレジスト膜の界面に高親水化処理を施したり、特許文献2では、エッチング対象の金属膜をエッチング量の異なる二層の金属材料で構成したりしているが、いずれも被加工物やマスクに対してエッチング用の加工が必要であり、処理工程も複雑になるといった問題を有している。このため、製造が安価なウェットエッチング方法では、光学製品や電子デバイス等に搭載されるような精度の高い凹部を有した金属基材を量産することができないといった問題があった。
【0008】
また、従来のウェットエッチング法は、金属材などの被加工面を直接溶液に浸漬させるため、浸食部の最終形状の設定や調整が難しく、特に、傾斜の浅いなだらかな凹部形状を精度よく且つ均等に形成することは困難とされている。
【0009】
そこで、本発明の目的は、被加工物である金属材の表面に陽極酸化皮膜を形成することで、アンダーカット量を制御した傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成するための金属材の表面加工方法を提供することである。また、前記表面加工方法によって、光学製品や電子デバイスなどにおいて利用可能な浅い凹部を有する金属基材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の金属材の表面加工方法は、表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成することを特徴とする。
【0011】
また、前記金属材の表面に形成された陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成することを特徴とする。
【0012】
本発明の金属基材は、表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成した後、この陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に前記傾斜面を有する浅い凹部が形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る金属材の表面加工方法によれば、被加工物である金属材の表面を陽極酸化することで、酸化反応に伴う体積膨張表面により傾斜角の小さな傾斜面を有した厚みの陽極酸化皮膜を精度よく形成することができる。このような陽極酸化皮膜を形成させることで、従来のウェットエッチング法とは異なり、アンダーカット部分の反応が容易に制御できる。また、前記陽極酸化皮膜を除去することで、陽極酸化していない金属材の表面が露出し、浅い凹部を容易に形成することができる。
【0014】
また、本発明の金属基材によれば、所定形状の開口部がパターニングされたマスクを介して陽極酸化させた部分に傾斜角の小さな傾斜面を有する凹部が形成されるので、この表面加工された金属基材を光学製品の反射板や導光板、あるいは、電子デバイスの基板材料として使用することができる。また、装身具や展示パネル等の光学的な装飾効果を必要とする製品にも利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、添付図面に基づいて本発明に係る金属材の表面加工方法の実施形態を詳細に説明する。図1は本発明の表面加工方法の手順を示す工程図、図2は前記各工程に対応した金属材の加工状態を示す断面図である。
【0016】
図1及び図2に示すように、本実施形態の金属材の表面加工方法では、被加工物である金属材12を非金属性の基板11、例えばガラス基板やシリコン基板などの上に被着させた状態で行った。前記金属材12として、厚みが100〜200nm程度の薄いアルミニウム膜を用いた。先ず、前記金属材12を基板11の上面全体にスパッタリング法あるいは蒸着法によって被覆形成する(工程1)。この工程が終了した後、前記金属材12の表面12aの加工部分を選択的に露出させるための開口部14(例えば、50〜200μm)が多数設けられたマスク13を形成する(工程2)。このマスク13は、フォトレジスト膜であり、前記金属材12の表面12aに一様の塗布され、図示しない露光工程、現像工程を経ることによって、加工形状に沿った開口部14がパターニング形成される。
【0017】
次に、前記マスク13で被覆された状態の基板11を電解液中に浸し、基板11を陽極、陰極にアルミニウムを用いて陽極酸化処理を行う(工程3)。この陽極酸化処理では、後述する電解条件、例えば、電解液濃度、電圧、液温等を制御することで、陽極側表面と電解液との間で電気化学的反応が起き、前記開口部14から露出する金属材12の表面に陽極酸化皮膜(以下、酸化皮膜という。)15が生成される。この酸化皮膜15は、酸化反応過程で体積膨張し、図3に示すように、金属材12の表面12aを基準として、下方に傾斜角θ1を有した略逆台形状の反応部が形成され、上方には傾斜角θ2を有した略台形状の隆起部が形成される(工程3)。
【0018】
上記(工程1)〜(工程3)によって、金属材12の表面12aには実際に凹設したような光学特性を有する面に加工でき、そのまま所定の反射又は屈折作用を必要とする光学製品や電気製品に採用することができる。また、前記酸化皮膜15を酸やアルカリ溶液などを使用して完全に除去する(工程4)ことで、図4に示すように、金属材12の表面に傾斜角θ1の小さな傾斜面17を有した浅い凹部16を形成することができる。なお、前記金属材12の表面12a及び酸化皮膜15の一部に被着されているマスク13の除去は、工程3終了後、工程3と工程4の間、工程4終了後のいずれかにおいて行われる。
【0019】
前記工程3における電解条件の主要な要素は、電解液の種類や濃度と、電解電圧による。また、緩やかな形状を得るためには、開口部からマスク下部に進行する反応(アンダーカット)による酸化膜の生成が必要である。このアンダーカットの生成状況を処理条件ごとにエックス線マイクロアナライザーによる線分析で計測した。評価方法は、線分析で得た酸素(O)、アルミニウム(Al)の特性X線強度が最低値から最大値まで変化するのに必要な分析長さを酸化反応が起きている長さ(アンダーカット長さ)とした。本実施形態では、イオン交換水で1〜15容量%に調整された硫酸水溶液を用い、電解電圧を7Vから20Vの間に設定して処理を行った。また、このときの電解処理時間は1分で、周囲温度は20℃に設定した。図5は、前記電解条件のうち、電解液が1容量%の硫酸水溶液を用い、電解電圧を17Vに設定した場合の測定結果である。図中の上側の太線はアルミニウム(Al)、下側の細線は酸素(O)の特性X線強度を示す。また、このグラフの横軸は分析長さ(mm)、縦軸は特性X線強度を示す。この電解条件によれば、マスク13の開口部14の裏面にまわり込むアンダーカットが発生し、断面が略逆台形状となるように酸化皮膜15が形成されることが確認できた。
【0020】
上記電解条件のうち、電解液濃度と電解電圧との関係から、前記酸化皮膜15の隆起量、アンダーカット長さ及び傾斜角θ2からなる金属材12の断面形状を非接触表面粗さ計により測定した結果を表1に示す。また、電解電圧は一定にし、電解液濃度と電解処理時間との関係を表2に示す。
【0021】
【表1】
【0022】
【表2】
【0023】
上記表1及び表2の結果から、電解電圧、電解液濃度により金属材12の断面形状は変化し、電解電圧の上昇に伴い酸化皮膜15の隆起高さ量は大きくなる傾向となる。また、電解液濃度を高くすることによっても、前記酸化皮膜15の隆起高さ量は大きくなる傾向となる。一方、電解電圧は、アンダーカット長さにも影響し、電解電圧の上昇はアンダーカット長さを低下させる傾向を有する。図6は、各種の硫酸濃度において、電解電圧を6〜20Vの範囲内で変化させた場合のアンダーカット長さを測定した実験データである。ここで、図中に示すプロットは硫酸水溶液の濃度を示し、●:1%、○:2%、▲:7.5%、△:15%となっている。また、グラフの横軸は、電解電圧(V)で、縦軸はアンダーカット長さ(μm)である。この実験データより、電解電圧が7〜20Vの範囲において、良好なアンダーカットが形成可能となる。前記電解電圧は、電解液濃度が高い場合は、低い電解電圧を選択でき、電解液濃度が低い場合には、低い電解電圧を選択して傾斜面を得ることは困難になる傾向が認められる。したがって、電解電圧が6V以下の場合であっても、電解液濃度を高くすれば、アンダーカットの形成が可能となる。一方、電源電圧が20Vを超えると、アンダーカット量は減少する傾向を示し、図4に示したような直線状の浅い傾斜面の形成が困難となる。なお、図6に示した実験データでは、電解電圧15V近辺でアンダーカット量の少ないところがあるが、これは、電解液濃度が許容量の上限である15容量%となっているためであると推定される。上記実験データから、同一電解条件で処理時間を変化させたところ、酸化皮膜15の隆起高さ量は大きくなる傾向を示した。以上のことから、電解電圧と電解液濃度、処理時間を設定することで、加工対象となる金属材12の表面を様々な傾斜角θ1で凹設させることが可能となる。
【0024】
次に、所定のアンダーカットが形成されない場合の電解条件を図7(b),(c)に示す。アンダーカット長さの計測は、エックス線マイクロアナライザーによる線分析で行い、上記図5と同様にアルミニウム(Al)の特性X線強度を太線で、酸素(O)の特性X線強度を細線で示す。ここで、図7(a)は(b)及び(c)と比較のために示したものであり、アンダーカットが適正に形成される場合(電解液が15容量%硫酸水溶液、電解電圧が10V、処理時間が1分)の一例である。図7(b)は電解液に、5重量%シュウ酸水溶液を用い、電解電圧10Vとし、3分間電解処理を行ったもので、アンダーカットがほとんど発生していないことが確認できた。また、図7(c)は電解液に、8.5容量%リン酸水溶液を用い、電解電圧10Vとし、1分間電解処理を行ったもので、この場合においてもアンダーカットは、ほとんど発生していないことが確認できた。このことから、電解液として硫酸水溶液以外のものを用いた場合は、緩やかな浅い傾斜角を持つ凹部形状を得ることは難しいといえる。
【0025】
以上の結果から、被加工対象である金属材にアルミニウムを選定したときの最適な電解条件は、処理時間や周囲温度にもよるが、電解液が1〜15容量%濃度の硫酸水溶液で、電解電圧が20V以下の範囲となる。なお、本実施形態で用いたアルミニウム以外の金属材については、別に電解液の種類と電解条件を設定する必要がある。
【0026】
上記適正な電解条件によって、マスク13の開口部14から金属材12の表面12aに酸化反応が起きる。この酸化反応は、開口部14から露出している金属材12の内部へと進行し、この酸化反応が起きた部分は、体積変化を起こし、表面が隆起する。この電解条件による処理を1〜6分間行った後に、基板11ごと電解液から取り出し、水洗、乾燥させる。
【0027】
前記工程4における酸化皮膜15の除去は、所定の温度に加熱したリン酸水溶液に浸漬することによって行うことができる。本実施形態では、前記酸化皮膜15を完全に除去するため、60℃に加熱した25重量%のリン酸水溶液中に浸漬して行った。この処理により、図4で示されるような傾斜角θ1の傾斜面17と基板11の上面に達する底面18とからなる断面が略逆台形状の凹部16が形成される。
【0028】
前記硫酸水溶液の濃度、電解電圧により、開口部14からマスク13の下部にまわり込むアンダーカット長さは、1分あたり0〜70μmに設定でき、その結果、傾斜角θ1が1度以下の傾斜面17が形成可能となる。また、図3に示した傾斜角θ2を構成する隆起高さは、酸化皮膜15の生成状況に影響され、電解条件、処理時間によって制御できる。
【0029】
上記工程によって形成される金属材12の断面形状の一例を図4に示す。一つの凹部16の具体的な形成サイズは、加工深さD:10〜300nm(0.01〜0.3μm)、幅L:100μm以下となり、アスペクト比(D/L)が約0.002の3次元立体(円錐または多角錐)に加工することができた。なお、前記凹部16の幅及び深さ、または、3次元立体の形状は、マスク13に形成される開口部14、マスク部の形状や電解条件(水溶液の濃度、電圧等)によって異なるが、従来のウェットエッチングで得られるより大きなアンダーカットが得られ、ドライエッチングのような高いアスペクト比にならない小さな傾斜角θ1による直線状の傾斜面17を有した凹部16を形成することが可能となった。
【0030】
前記金属材12には、陽極酸化に適し、透明な酸化皮膜が形成できるアルミニウムを用いたが、アルミニウム合金又はタンタル,ニオブ,チタン,シリコン等の陽極酸化可能なバルブ金属類、それらの合金も使用することができる。また、前記金属材はガラス等の基板に蒸着された薄膜に限らず、所定の厚みを有する金属体単体においても上述した表面加工方法が適用できる。なお、前記アルミニウム以外のバルブ金属は、その金属の種類によって着色を有した半透明な酸化皮膜が形成できる。
【0031】
次に、上記金属材12を表面加工したときの各種の測定結果を図8〜図10に示す。この測定で用いたマスク13は、図9に示すように、同サイズの正方形の開口部14が市松模様に配列されたものを使用した。また、図中の測定領域B―B´は、被覆されているパターン部分を挟んで隣接する開口部14間の中心部分を結ぶ線である。
【0032】
図8(a)は工程3による酸化皮膜が形成された状態の金属材の表面形状を立体的に示したものである。このときの電解条件は、電解液が1容量%の硫酸水溶液、電解電圧が15V、処理時間が4分である。また、図8(b)は工程4によって、酸化皮膜を除去した状態の金属材の表面形状を立体的に示したものである。この酸化皮膜のエッチングは、液温が60℃で25容量%リン酸水溶液に約40秒浸漬して行ったものである。なお、この図8は前記金属材12の表面を光学式非接触表面粗さ計で測定した結果である。
【0033】
図10は、図9に示した測定領域B−B´間において、上記工程3の電解液を用い、電解電圧を12.5V、15Vに設定したときの酸化皮膜15の形状を光学式非接触表面粗さ計で測定した結果を示したものである。この測定では、酸化皮膜15による光の干渉作用を防止する目的で、表面にチタン(Ti)薄膜を約30nm成膜して評価した。図10(a)に示すように、工程3が終了し、マスク13を除去した段階では、酸化膜が生成したB,B´を基準面とすると、その中間の金属材12の表面12aが現れている部分では、酸化膜が生成せず、谷部となっている。これによって、開口部14に相当する部分に酸化皮膜15が金属材12の表面から隆起するように形成されていることが確認できる。このときの凹部16の幅と深さは、電解電圧12.5Vでは約143μmと約15nm、電解電圧15Vでは約135μmと約30nmである。そして、図10(b)に示すように、工程4が終了した段階では、酸化皮膜15が除去され、金属材12による厚みがそのままグラフの曲線となって現れている。このときの凸部の底辺幅と高さは、電解電圧12.5Vでは約130μmと約30nm、電解電圧15Vでは約130μmと約90nmである。この図10(a),(b)の結果から図3、図4に示すような形状の凹部16が形成されていることが推定される。
【0034】
上記示したように、本発明の金属材の表面加工方法では、凹設しようとする部分に所定の幅及び厚みになるような酸化皮膜15を電解液濃度や電解電圧等による電解条件の下で成長制御させることができるので、直接金属材の表面を浸食させることによる浸食部形状よりも最終形状の設定が容易となる。このため、上記示したような従来のウェットエッチング法では得ることができないアンダーカット量を増大させた傾斜角θ1の小さな浅い凹部16を精度よく形成することができる。
【0035】
前記酸化皮膜15を除去することによって、金属材12の表面を化学的あるいは物理的にエッチングしたような凹部16を形成することができるが、前記酸化皮膜15は透明又は金属材の種類、得られる酸化皮膜の構造、膜厚によって決まる着色を有した半透明性を有しているため、この酸化皮膜15をそのまま残した状態でも光反射材などの光学部材として利用することができる。また、前記凹部16が形成された金属基材をそのまま、光学製品や電子デバイスに応用する以外に、前記凹部16を他の金属材料、プラスチック材料、セラミックス材料などに転写することによって2次製品を製造するためのベース材として利用することもできる。
【実施例】
【0036】
以下、実際に金属材の表面に酸化皮膜を陽極酸化処理によって形成し、また、形成された酸化皮膜を除去する場合の実施例を示す。この実施例では、各辺長さが76mmと52mmの長方形のガラス板上に高周波マグネトロンスパッタリング装置により、純度99.999%のアルミニウムターゲットを用いて膜厚約150nmのアルミニウム膜を形成した。その後フォトレジストにより、開口部寸法が1辺100μmの格子模様が配列されたパターンを形成した。この基板を、電解液を満たした容量200mLのガラス製ビーカーに、陽極として浸漬し、陰極に純アルミニウム板を用いて、電解処理を行った。電解条件ごとの実施結果は、以下のとおりである。
(実施例1)
電解液:イオン交換水で1容量%濃度に調整された硫酸水溶液
電解電圧:15V
電解処理時間:5分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.034度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
(実施例2)
前記実施例1で得た金属材を、60℃に加温した25容量%に濃度調整されたリン酸水溶液中に40秒浸漬することで酸化皮膜を除去した。
その結果、傾斜角θ1が約0.083度の傾斜面を有する凹部が金属材の表面に形成された。
(実施例3)
電解液:イオン交換水で1容量%に濃度調整された硫酸水溶液
電解電圧:12.5V
電解処理時間:6分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.031度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
(実施例4)
前記実施例3で得た金属材を、60℃に加温した25容量%に濃度に調整されたリン酸水溶液中に40秒浸漬し、酸化皮膜の除去を行った。
その結果、傾斜角θ1が約0.083度の傾斜面を有する凹部が金属材の表面に形成された。
(実施例5)
電解液:イオン交換水で15容量%に濃度調整された硫酸水溶液
電解電圧:7V
電解処理時間:1分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.09度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
(実施例6)
電解液:イオン交換水で15容量%に濃度調整された硫酸水溶液
電解電圧:10V
電解処理時間:1分
周囲温度:20℃
以上の条件によって、傾斜角θ2が約0.149度の傾斜面を有する凸部が金属材の表面に形成された。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明に係る金属材の表面加工方法の手順を示す工程図である。
【図2】上記各工程における金属材の断面形状を示す工程図である。
【図3】酸化皮膜が形成された金属材の断面図である。
【図4】上記酸化皮膜を除去した状態の金属材の断面図である。
【図5】最適なアンダーカットとなる電解条件による実験データである。
【図6】電解電圧とアンダーカット長さとの関係を示すグラフである。
【図7】アンダーカットが形成さない場合の電解条件による実験データである。
【図8】上記加工方法によって形成された金属材の表面形状を示す立体図である。
【図9】上記加工方法で使用したマスクのパターン形状を示す平面図である。
【図10】酸化皮膜の形成及び除去状態を測定したグラフである。
【図11】従来のドライエッチングによる被加工物の断面図である。
【図12】従来のウェットエッチングによる被加工物の断面図である。
【符号の説明】
【0038】
θ1,θ2 傾斜角
11 基板
12 金属材
12a 表面
13 マスク
14 開口部
15 酸化皮膜(陽極酸化皮膜)
16 凹部
17 傾斜面
18 底面
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成することを特徴とする金属材の表面加工方法。
【請求項2】
前記金属材の表面に形成された陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成する請求項1記載の金属材の表面加工方法。
【請求項3】
前記陽極酸化処理は、前記金属材の表面に形成される陽極酸化皮膜の水平方向の成長速度が垂直方向の成長速度より速くなる所定の電解条件の下で行われる請求項1記載の金属材の表面加工方法。
【請求項4】
前記電解条件は、硫酸を含む電解液を用い、電解電圧が20ボルト以下である請求項3記載の金属材の表面加工方法。
【請求項5】
前記金属材は、アルミニウム又は陽極酸化可能なバルブ金属類である請求項1記載の金属材の表面加工方法。
【請求項6】
金属材の表面に所定の開口部が形成されたマスクを被覆するマスク形成工程と、
前記マスクが被覆された金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程と、
前記金属材に形成された陽極酸化皮膜を除去する酸化皮膜除去工程とを備えることを特徴とする金属材の表面加工方法。
【請求項7】
表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成した後、この陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に前記傾斜面を有する浅い凹部が形成される金属基材。
【請求項8】
前記凹部は、前記傾斜面と底面とを有する断面略台形状に形成される請求項7記載の金属基材。
【請求項1】
表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成することを特徴とする金属材の表面加工方法。
【請求項2】
前記金属材の表面に形成された陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する浅い凹部を形成する請求項1記載の金属材の表面加工方法。
【請求項3】
前記陽極酸化処理は、前記金属材の表面に形成される陽極酸化皮膜の水平方向の成長速度が垂直方向の成長速度より速くなる所定の電解条件の下で行われる請求項1記載の金属材の表面加工方法。
【請求項4】
前記電解条件は、硫酸を含む電解液を用い、電解電圧が20ボルト以下である請求項3記載の金属材の表面加工方法。
【請求項5】
前記金属材は、アルミニウム又は陽極酸化可能なバルブ金属類である請求項1記載の金属材の表面加工方法。
【請求項6】
金属材の表面に所定の開口部が形成されたマスクを被覆するマスク形成工程と、
前記マスクが被覆された金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程と、
前記金属材に形成された陽極酸化皮膜を除去する酸化皮膜除去工程とを備えることを特徴とする金属材の表面加工方法。
【請求項7】
表面がマスクで被覆された金属材を所定条件の下で陽極酸化処理し、前記マスクの開口部から露出する金属材の表面に傾斜角の小さな傾斜面を有する陽極酸化皮膜を形成した後、この陽極酸化皮膜を除去することで、前記金属材の表面に前記傾斜面を有する浅い凹部が形成される金属基材。
【請求項8】
前記凹部は、前記傾斜面と底面とを有する断面略台形状に形成される請求項7記載の金属基材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2008−45158(P2008−45158A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−220196(P2006−220196)
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(391017849)山梨県 (19)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(391017849)山梨県 (19)
【Fターム(参考)】
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