金属材料の塑性ひずみ同定方法
【課題】 金属材料の塑性ひずみを同定するための高精度なパラメータを簡単且つ迅速に得られるようにする。
【課題解決の手段】 電子後方散乱回折を用いて多結晶体金属の表面観察を行い、当該表面観察により得られた結晶方位データに基づいて金属材料の塑性ひずみを同定する方法において、先ず材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、当該結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて当該結晶粒についての中心方位を演算すると共に、当該中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、前記多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値を塑性ひずみ量との相関関係から、前記演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求める。
【課題解決の手段】 電子後方散乱回折を用いて多結晶体金属の表面観察を行い、当該表面観察により得られた結晶方位データに基づいて金属材料の塑性ひずみを同定する方法において、先ず材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、当該結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて当該結晶粒についての中心方位を演算すると共に、当該中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、前記多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値を塑性ひずみ量との相関関係から、前記演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料の塑性ひずみの同定方法に関するものであり、原子力発電所や各種プラント、橋梁、建築物等の構造材の塑性変形量を簡単且つ高精度で定量的に同定できるようにした金属材料の塑性ひずみ同定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、原子力発電プラントを構成する多くの金属構造物には、その成形加工時等に所謂塑性ひずみが加えられている。この金属構造物に加えられた塑性ひずみは、構造材の応力腐食割れの感受性を高めたり、その亀裂進展速度を加速させたりすることが知られている。
そのため、塑性ひずみの程度と応力腐食割れの進展速度等との関係を解明することは、原子力発電プラント等の安全性を確保する上で不可欠な事項となっており、特に、塑性ひずみ量を簡単且つ正確に知得できるようにした技術は、その早急な確立が要望されている。
【0003】
而して、上記金属材料の塑性ひずみ同定方法としては、例えば、特許第3608245号や特許第3624553号に開示されているように、透過型電子顕微鏡等を用いて、採取した試料の結晶粒内に於ける微小領域の結晶方位を測定すると共に、試料の位置を微小量動かすことにより同一結量粒内における複数点について結晶方位を測定し、r/Lの全体平均値(但し、rは、基準点として任意に選定した点と他の各測定点との間の結量方位のずれ角、Lは、基準点と他の各測定点との間の距離)から平均結晶粒内歪みを求める方法や、特開2004−317482号に開示されているように、試料表面に存在する結晶粒の変形前後の画像を取得することにより被測定結晶粒の粒界を特定し、その縦横寸法及び面積を画像処理によってピグセル数で求めると共に、被測定結晶粒の表面におけるすべり線角度を走査型電子顕微鏡により、また、結晶方位を後方散乱電子線回折により夫々求め、前記粒界の縦横寸法、面積、すべり線角度及び結晶方位から二次元の垂直ひずみ3成分と剪断ひずみ3成分とを算出することにより、結晶体内における三次元塑性ひずみを評価する方法が公開されている。
【0004】
更に、上記先行特許文献の他にも、電子後方散乱回折(以下、EBSDと呼ぶ)を用いて得られた結晶方位データを定量化し、多結晶材料のマクロな塑性ひずみを同定するようにした方法等が多方面で開発されている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2等)。
【0005】
ところで、金属材料の塑性ひずみを定量化するためには、先ず、前記透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡EBSD等の測定値から得た測定パラメータと、塑性ひずみ量との間の経験的な相関関係を予め得ておく必要がある。
しかし、前記電子顕微鏡やEBSDの測定値から得られた測定パラメータは、測定条件や測定者の知識、経験等によって大きく変化することが多くあり、結果として、測定パラメータが算出できたとしても、高精度な塑性ひずみ量を迅速且つ簡単に知得することが出来ないと云う難点がある。
【0006】
【非特許文献1】日本機会学界論文集A、71、1722(2005).
【非特許文献2】Nuclear Engineering and Design,235,713(2005)
【特許文献3】特許第3608245号
【特許文献4】特許第3624553号
【特許文献5】特開2004−317482号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従前のこの種電子顕微鏡やEBSD等を用いて得られた結晶方位データを定量化することにより、金属材料の塑性ひずみを同定する方法における上述の如き問題、即ち、測定した結晶方位データ等から求めた測定パラメータが、測定条件や測定者の知識、経験等に応じて大きく変動することが多く、当該測定パラメータから得られた塑性ひずみ量が必然的に精度の低いものとなり、高精度な塑性ひずみ量を安定して求めることができないと云う問題を解決せんとするものであり、使用するEBSD装置や測定条件等に依存することなしに、常に高精度で金属材料の塑性ひずみ量を求めることのできる測定パラメータを提供することにより、簡単且つ迅速により正確な塑性ひずみ量を演算できるようにした金属材料の塑性ひずみ同定方法を提供することを、発明の主目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者等は、前記EBSD装置を用いて得た結晶方位データを定量化することにより、多結晶金属材料の塑性ひずみを同定する方法について、永年に亘って研究並びに実験を積み重ねて来た。これ等の研究、実験およびその解析結果を通して、結晶方位から塑性ひずみを同定する際に、一つの結晶粒内の複数点で測定した結晶方位差を積分することにより、塑性ひずみ同定用パラメータを演算する従前の方法のように、方位差として結晶方位の測定点間の単純な方位差を用いるのではなしに、結晶粒毎に各点の結晶方位の平均値を算出し、その平均値を基準としてこれと各点との間の方位差を用いることにより、算出されたパラメータの測定点間距離に対する依存性を少なくすると共に、結晶方位の測定装置や測定点の数等が異なっても、パラメータの算出値が変動するのをより少なくすることを着想した。
【0009】
本願発明は、上記着想に基づいて創作されたものであり、請求項1の発明は、電子後方散乱回折を用いて多結晶体金属の表面観察を行い、当該表面観察により得られた結晶方位データに基づいて金属材料の塑性ひずみを同定する方法において、先ず材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、当該結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて当該結晶粒についての中心方位を演算すると共に、当該中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、前記多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値と塑性ひずみ量との相関関係から、前記演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求めることを発明の基本構成とするものである。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、各結晶粒の中心方位を、各結晶粒内の複数の各点の結晶方位の平均値とするようにしたものである。
【0011】
請求項3の発明は、請求項1の発明において、算出した結晶方位差の対数平均値の標準偏差から、測定精度を評価するようにしたものである。
【0012】
請求項4の発明は、請求項1の発明において、金属材料をステンレス鋼、ニッケル鋼又は銅とするようにしたものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、測定した結晶方位を用いて結晶粒についての中心方位を演算すると共に、中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値と塑性ひずみ量との相関関係から、演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求める構成としている。
【0014】
その結果、本発明においては、算出された塑性ひずみ同定用のパラメータが、結晶粒内の方位測定点間の距離に殆ど依存しなくなり、塑性ひずみ量と極めて高い相関性を示すものとなる。
また、測定条件や結晶方位差の測定装置が異なっても、前記算出した同定用パラメータの変動が少なくなり、安定した塑性ひずみの計測が可能となる。
【0015】
更に、前記ひずみ同定用パラメータの演算に対数平均を用いているため、その標準偏差は塑性ひずみ量の大きさに拘わらずほぼ一定値になる。その結果、当該標準偏差値を基準として測定結果の妥当性を検証することが可能となる。
【0016】
加えて、本発明で用いた結晶方位測定装置の測定結果処理プロセスに、本発明に係る塑性ひずみ演算用パラメータの算出処理機能を付加することにより、塑性ひずみ測定装置を容易に構成することが可能となる。
【0017】
本発明は上述の通り、特別な知識及び技能を必要とすることなしに、塑性ひずみの同定用パラメータを簡単且つ迅速に求めることができ、高精度な塑性ひずみ量を知得することができると云う優れた実用的効用を有するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。
図1は、本発明の実施工程を示す説明図であり、図1に於いて1は供試試料準備工程、2は結晶粒同定工程、3は結晶方位差演算工程、4は結晶方位差の対数平均演算工程、5は塑性ひずみ量演算工程である。
【0019】
前記供試試料準備工程1では、先ず、溶体化処理したSUS304鋼を平板型試験片(長さ20mm×厚さ2mm×横幅4mm)に加工し、次に、試験片に0%を含む1.3%、2.8%、4.4%、7.2%及び14.4%の6段階の公称永久ひずみが生ずるまで引張荷重を負荷したあと、試験片の中央部10mmの区間を切り出す。そして、表面を粒径3μmのダイヤモンドペーストで鏡面仕上げしたあと、研磨時の加工層をHClO3(5%)+CH3COOH(95%)溶液による電研研磨をして、SUS304の供試試料を作成する。
【0020】
尚、表1は、使用したSUS304鋼の化学組成を示すものであり、試料としてはこの他に、ニッケル合金(ALLOY600)及び純銅の試料を夫々製作した。
また、純銅については、溶体化処理温度を500℃、電解研磨溶液をリン酸溶液、塑性ひずみを0%を含む2.5、5.0、10.1及び15.1%に夫々している。
更に、前記引張り荷重負荷時の変形速度は、0.1mm/minとしている。
【0021】
【表1】
【0022】
次に、結晶粒同定工程2において、結晶方位の測定、結晶方位分布図の作成及び結晶粒の同定を行う。
先ず、結晶方位の測定は、LaB6電子銃を装備したSEM(日本電子製JSM-6300)に設置されたEBSD装置(Oxford Instruments 製 INCA system)と、電界放射型電子銃を装備したSEM(日本電子製 JSM-6500F)に設置されたEBSD装置(TSL社製EBSD system)の2種類を用いて行った(以後、これらの装置をそれぞれLEG装置およびFEG装置と呼ぶ)。
【0023】
図2は、供試試料6の観察状態を示す斜面図であり、SUS304供試試料6を水平面に対して70°傾けて配置し、試料6の表面の矩形領域を設定したデータ密度で自動的に電子線を走査しながら結晶方位を同定し、結晶方位分布図を作成する。
【0024】
即ち、先ず、電子顕微鏡で組織観察を行い、結晶粒径約60μmの均質と見なせる微視組織を観察した。次に、EBSD装置による結晶方位観察を行い、集合組織が観察されないことを確認した。
【0025】
前記結晶方位観察は、荷重方向LDに垂直に電子線eが当るように、LD-TD面(図2参照)について実施した。LEG装置では、結晶方位測定時に電子線eがTD方向に2.25μm間隔で走査するよう設定した。この時、LD方向には6.58(=2.25/cos70°)μmずつシフトする。
【0026】
又、FED装置では、TD方向に3μm間隔で走査し、同じく3μm間隔でLD方向にシフトしながら方位測定を実施した。
【0027】
したがって、計測点で囲まれた格子一つ当たりの面積は、それぞれ14.8μm2および9μm2となり、これらの値は装置の分解能より十分大きいことを確認した。
また、一つの方位分布図あたりのデータ点数は、LEG装置では23296〜37120点(TD方向に256点、LD方向に91〜145点)、FEG装置では50451点(TD方向に251点、LD方向に201点)となり、それぞれの条件で4枚の方位分布図を採取した。
尚、電子線の条件は、LEG装置では加速電圧15kV、プローブ電流20nA、FEG装置では加速電圧25kV、電流値は一定の値である。
【0028】
前記EBSD装置によって、格子状に分割された各点毎に結晶方位が同定されると、この各点毎に同定された結晶方位を利用して、同じ結晶方位の夫々の点に相当するピグセルを対応する色で塗り分けることにより、結晶方位の分布図を作成する。
【0029】
図3は、LEG装置によって得られたひずみ14.4%(SUS304)(a、b、c)及びひずみ0%材(SUS304)(e、f、g)の結晶方位分布の一例を示すものであり、図3中のLD、TD、NDは、図2に示した観察方向を示し、3次元的な結晶方位はこれら3つの方位の組み合わせによって表すことができる。即ち、図3のa、b、c及びe、f、gは、それぞれ35328点と37120点の方位データを分布図として表示している。
【0030】
また、図4は、EBSD装置により得られたSUS304試料における結晶方位の逆極点図であり、図3と同一のエリアについて得たものである。
【0031】
前記図3を参照して、結晶粒の同定は、結晶方位が不連続に変化している界面を結晶粒界として認識することにより、同定することができる。本発明では、隣り合う点間の方位差が5度以上である境界が閉じた領域を形成した場合に、その境界を結晶粒界と定義した。得られた結晶粒界を図3中に実線で示している。
【0032】
図3及び図4を参照して、塑性ひずみのない0%材では、結晶粒内の結晶方位はほぼ一定で、逆極点図においては同一結晶粒の集合が確認できる。
これに対して、ひずみ14.4%の試料の場合では、塑性ひずみによって導入された試料中の欠陥により、同じ結晶粒内においても局所的に結晶方位が変化している様子が観察される。そして、逆極点図においても方位分布のばらつきの大きいことが分かる。
【0033】
より具体的には、前述の通り、ひずみ14.4%の試料6では、塑性ひずみの影響により同じ結晶粒内においても、結晶方位の回転が発生している様子が観察される。これらの回転は、塑性ひずみにより発生した転位によるものであり、塑性ひずみが増加すると転位密度も増加し、結果として結晶方位の回転が大きくなる。これに対して、ひずみ0%の試料では、結晶方位の回転が発生していないことが判る。
【0034】
尚、前記塑性ひずみによる結晶方位の回転は、前述の如く図4に示した逆極点図からも観察することができる。逆極点図では、結晶方位データが1つのプロットとして示され、LD、TD、NDの3つの方向から見た方位を組み合せることで、1つの結晶方位が特定される。即ち、ひずみ14.4%の試料では、塑性ひずみによる結晶の回転により、方位分布が大きくばらついてくることになる。これに対して、ひずみ0%の試料では、いくつかの結晶方位のクラスターが見られるが、このクラスターのそれぞれが、一つの結晶粒に相当している。図4のa、b、cとd、e、fを対比することにより、ひずみ0%の試料では同じ方位に多くのデータ点が集中している様子が、また、ひずみ14.4%の試料では、その集中した状態から回転により方位が分散している様子が明らかに見える。尚ここでの供試試料は全てSUS304である。
【0035】
次に、本発明の要部である結晶方位差演算工程3を説明する。先ず、本発明では、前記結晶方位の集中した状態から、塑性ひずみによって方位が分散する時の分散の度合いを定量化することにより、塑性ひずみ量を推定する。
即ち、本発明では、前記塑性ひずみを定量化する尺度として、逆極点図で見られたような結晶方位の分散度合いをパラメータ化する。このとき、本発明では、分散量を算出するための基準値を、塑性ひずみが0%の状態の結晶方位、つまり図4のd、e、fの如き逆極点図に見られる集合の方位と決める。
【0036】
ただし、ひずみを加える前の厳密な結晶方位を求めることは困難であるので、それぞれの結晶粒毎の結晶方位の分布の平均(この方位を中心方位と定義する)が、塑性ひずみが0%の状態における結晶方位に相当すると仮定して、この中心方位を4元法算出を用いて算出する。
【0037】
次に、前記4元法算法による中心方位の算出方法について説明する。
まず、4次元関数qを次式のように定義する。
q = q(q1・q2・q3・q4) (1)
【0038】
ここで、
q1= ρ1sin(ω/2),
q2= ρ2sin(ω/2),
q3= ρ3sin(ω/2), (2)
q4= ρcos (ω/2),
【0039】
また、ρは共通回転軸を表す単位ベクトルである。また、ωは回転角度であり、q12+ q22+ q32+ q42=1の関係が成立する。
【0040】
結晶方位の平均mは次式で求まる。
【数1】
ここでNはデータ数である。ただし、立方晶は24通りの等価な方位を有することから、(3)式の計算にどの等価方位を用いるかが問題となる。ここでは、新たな試みとして、24通りすべての等価方位に関して、次式によってi=1番目の方位変化を計算する。
【数2】
【0041】
そして、24通りの中で最も小さいdmをとる方位のqを用いて(3)式を計算する。これにより、結晶方位の平均、つまり中心方位を計算することが可能となる。
【0042】
[結晶変形量の計算]
中心方位が求まったら、中心方位からの方位差の計算が可能となる。それぞれの点において、その点の属する結晶粒の中心方位からの方位差βの分布は、次式の対数正規分布で近似できる。
【数3】
ここで、Sは標準偏差を表す。
【0043】
そして、結晶方位差の対数平均演算工程5において対数平均Mを次式のように定義して、その演算をする。
【数4】
【0044】
ここで、β(mk.i)はk番目の結晶粒の中心方位mと点iの方位差を示す。そして、nkはk番目の結晶粒内の点の数を示す。このMを修正結晶変形量(modified crystal deformation:MCD)と呼ぶことにする。
又、前記中心方位は、各結晶粒に定義されていることから、各点における中心方位は必ずしも同一ではない。
【0045】
図5は、ひずみ14.4%、SUS304試料6のある結晶粒における結晶方位分布と中心方位(クロス点P)を示すものであり、ここでの中心方位Pは、ある結晶粒の結晶方位分布と前記式1、2、3及び4とから演算したものである。図5からも、中心方位が逆極点図において方位分布の中心近くに存在していることが判る。但し、中心方位を示す点Pが、方位分布図上において結晶粒の中心に存在する必要はない。
【0046】
また、中心方位が決定されると、前述の通り同じ結晶粒における中心方位と個々の結晶方位との方位差が演算できるが、図6及び図7はひずみ14.4%SUS304試料6と、ひずみ0%のSUS304試料6のTD方向に沿った上記方位差の計算例を示すものである。
尚、図6及び図7におけるd図は、隣接点からの方位差を示すものである。
【0047】
前記方位差測定には0.5〜1°の誤差があるので、図6及び図7の方位差にはばらつきが見られるが、特にひずみ0%材で見られる方位差の多くは、測定誤差によるものと推測される。これらの測定誤差にもとずくばらつきは、中心方位差の平均化効果によって、ある程度押さえられたものになっている。
【0048】
図8のa、bは式(5)により求めた中心方位からの方位差の分布(ひずみ14.4%のSUS304試料6及びひずみ0%のSUS304試料)を示すものであり、対数正規分布でもって中心方位差の分布を近似できることが示されている。
【0049】
図9のa、bは、前記(6)式により得られたMCD値と塑性ひずみ量の関係を示す線図である。図には異なるEBD装置を用いて夫々4回の測定から得られた値の平均が示されている。また、実線は最小自乗法によって得られた近似線を示すものである。パラメータMCDが塑性ひずみと良い相関関係にあることが判る。
尚、図9の(b)は、供給試料としてニッケル合金(Ni74.10%,Cr16.25% その他)とSUS304試料とを用い、且つ測定装置として異なる測定装置を用いて同様の手順により求めたMCD値の一例を示すものである。
【0050】
図9(a)のSUS304試料に対するEBSD測定を変えた場合の各データの対比からも明らかなように、本発明の方法においては使用するEBSD装置が変わっても、MCD値にあまり大きな変化の生じないことが判る。
【0051】
また、図10は、純銅に対して、本発明方法を適用して、前記MCDを求めた場合の結果を示すものであり、参考のために同様の試験条件で測定した304ステンレス鋼の値も示されている。図10には4回の測定値の平均値が示されており、ステンレス鋼のデータの傾きの方がやや大きいが、ほぼ同じ傾向を示している。
更に、図中のGAMは、同一結晶粒内における隣接測定点間の方位差の平均を示すものであり、このパラメータも塑性ひずみと良好な相関関係にあることが判る。
【0052】
図11は、EBSD測定装置を変えた場合の供試試料6のひずみ%と、中心方位からの結晶方位角の標準偏差値の関係を示すものであり、EBSD測定装置が変わっても、結晶方位角の標準偏差値はほぼ一定となることが判る。即ち、当該標準偏差値が塑性ひずみ量の大小にかかわらずほぼ一定値となるため、この事象を利用して結晶方位の測定結果の妥当性を検証することが可能となる。
【0053】
図12は、本発明方法の実施において、結晶方位を測定する際の測定間隔の影響を考察するために、定量化計算に使用するデータを間引いた場合の結果を示すものである。但し、この図12は、供試試料6として純銅(ひずみ0.25、5.0、10.1、15.1%)を用いた場合のものであるが、供試試料6がSUS304やクロム鋼の場合であっても、その結果が同一であることが確認されている。
【0054】
即ち、計算に使用するデータの間隔をオリジナルのdxに対し、2dx、3dx、4dxとした場合のパラメータMCD又はGAMの変化を示したものである。GAMは、測定点間距離が大きくなると増加する傾向にあるが、これは、隣接点間隔が大きくなることで、得られる方位差が大きくなるためと考えられる。
これに対して、MCDは、10%以下の塑性ひずみに対しては、4dxの場合においてもほとんど変化がない。この場合の結晶方位分布図の記載は省略しているが、塑性ひずみを15.1%、ステップサイズを4dxとした場合には、結晶粒径形状が判別困難なほどの粗いデータになるが、それにも拘らず、演算したMCDを用いることで、塑性ひずみが精度よく測定できることが確認されている。
【0055】
尚、結晶方位を測定する際の誤差をδ、真の結晶方位をβt、測定された結晶方位をβt+δ、測定回数をnとすると、負荷された塑性ひずみが大きい場合には、
【数5】
となることから、パラメータMCDはほぼ真値に近づくことになる。
【0056】
上記説明及び実施結果からも明らかなように、本願発明方法発明により得られた塑性ひずみ定量化のためのパラメータMCDは、SUS304、ニッケル合金、銅等のあらゆる金属材の塑性ひずみを精度よく測定することができるうえ、測定精度に対する測定点の密度の影響が少ないため、より少ない測定点でもって高精度な測定が可能なことが判明した。
その結果、本願発明に係るMCDを用いた塑性ひずみの定量化法は、EBSD装置による塑性ひずみ測定の標準法として活用が可能なものである。
【0057】
前記対数平均演算工程4においてパラメータMCDが演算されると、この演算した対数平均値(パラメータMCD)を用いて、予め知得しておいた塑性ひずみ量と対数平均値との相関関係とから、演算したパラメータMCDに対応する塑性ひずみ量が求められる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、発電プラントや各種の生産プラント、道路構造物、橋梁構造物等の金属材料の塑性ひずみ量の検知、観測及び測定等を必要とする全ての分野へ適用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の実施工程を示す説明図である。
【図2】供試試料の観察状態を示す斜面図である。
【図3】LEGシステムのEBSD装置により得られた結晶方位分布図である。
【図4】EBSD装置により得られたSUS304試料における結晶方位の逆極性点図である。
【図5】ひずみ14.4%SUS304試料のある結晶粒における結晶方位分布と中心方位(クロス点)の関係を示す説明図である。
【図6】ひずみ14.4%、SUS304試料の同じ結晶粒におけるTD方向の各点での中心方位差を示す線図である。
【図7】ひずみ0%、SUS304試料の図6と同内容の線図である。
【図8】ひずみ14.4%及びひずみ0%のSUS304試料の中心方位からの方位差の分布を示す線図であり、対数正規布曲線も同時に示されている。
【図9】ひずみερ%と修正結晶変形量MCDとの関係を示す線図であり、(a)は供試試料をSUS304としてEBSD測定の型式をかえた場合の関係を、また(b)はニッケル合金を供試試料とした場合のひずみ%とMCDとの関係を示すものである(ニッケル合金の場合の使用EBSD測定装置の型式は異なる)。
【図10】純銅を供試試料とした場合のひずみ%とパラメータMCDとの関係を示す線図及び同一結晶粒内における隣接する測定点間の方位差に基づくひずみ%とMCDとの関係を夫々示す線図である。
【図11】EBSD測定装置を変えた場合の供試試料のひずみ%と、中心方位からの結晶方位角の標準偏差値の関係を示す線図である。
【図12】結晶方位の測定において、測定間隔を変化したときのMCD又はGMAの変化の度合を示す線図である。
【符号の説明】
【0060】
e 電子線
LD 荷重方向(縦幅方向)
TD 横幅方向
ND 厚み方向
P 逆極性図における中心方位
1 供試試料準備工程
2 結晶粒同定工程
3 結晶方位差演算工程
4 結晶方位差の対数平均演算工程
5 塑性ひずみ演算工程
6 供試試料
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料の塑性ひずみの同定方法に関するものであり、原子力発電所や各種プラント、橋梁、建築物等の構造材の塑性変形量を簡単且つ高精度で定量的に同定できるようにした金属材料の塑性ひずみ同定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、原子力発電プラントを構成する多くの金属構造物には、その成形加工時等に所謂塑性ひずみが加えられている。この金属構造物に加えられた塑性ひずみは、構造材の応力腐食割れの感受性を高めたり、その亀裂進展速度を加速させたりすることが知られている。
そのため、塑性ひずみの程度と応力腐食割れの進展速度等との関係を解明することは、原子力発電プラント等の安全性を確保する上で不可欠な事項となっており、特に、塑性ひずみ量を簡単且つ正確に知得できるようにした技術は、その早急な確立が要望されている。
【0003】
而して、上記金属材料の塑性ひずみ同定方法としては、例えば、特許第3608245号や特許第3624553号に開示されているように、透過型電子顕微鏡等を用いて、採取した試料の結晶粒内に於ける微小領域の結晶方位を測定すると共に、試料の位置を微小量動かすことにより同一結量粒内における複数点について結晶方位を測定し、r/Lの全体平均値(但し、rは、基準点として任意に選定した点と他の各測定点との間の結量方位のずれ角、Lは、基準点と他の各測定点との間の距離)から平均結晶粒内歪みを求める方法や、特開2004−317482号に開示されているように、試料表面に存在する結晶粒の変形前後の画像を取得することにより被測定結晶粒の粒界を特定し、その縦横寸法及び面積を画像処理によってピグセル数で求めると共に、被測定結晶粒の表面におけるすべり線角度を走査型電子顕微鏡により、また、結晶方位を後方散乱電子線回折により夫々求め、前記粒界の縦横寸法、面積、すべり線角度及び結晶方位から二次元の垂直ひずみ3成分と剪断ひずみ3成分とを算出することにより、結晶体内における三次元塑性ひずみを評価する方法が公開されている。
【0004】
更に、上記先行特許文献の他にも、電子後方散乱回折(以下、EBSDと呼ぶ)を用いて得られた結晶方位データを定量化し、多結晶材料のマクロな塑性ひずみを同定するようにした方法等が多方面で開発されている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2等)。
【0005】
ところで、金属材料の塑性ひずみを定量化するためには、先ず、前記透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡EBSD等の測定値から得た測定パラメータと、塑性ひずみ量との間の経験的な相関関係を予め得ておく必要がある。
しかし、前記電子顕微鏡やEBSDの測定値から得られた測定パラメータは、測定条件や測定者の知識、経験等によって大きく変化することが多くあり、結果として、測定パラメータが算出できたとしても、高精度な塑性ひずみ量を迅速且つ簡単に知得することが出来ないと云う難点がある。
【0006】
【非特許文献1】日本機会学界論文集A、71、1722(2005).
【非特許文献2】Nuclear Engineering and Design,235,713(2005)
【特許文献3】特許第3608245号
【特許文献4】特許第3624553号
【特許文献5】特開2004−317482号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従前のこの種電子顕微鏡やEBSD等を用いて得られた結晶方位データを定量化することにより、金属材料の塑性ひずみを同定する方法における上述の如き問題、即ち、測定した結晶方位データ等から求めた測定パラメータが、測定条件や測定者の知識、経験等に応じて大きく変動することが多く、当該測定パラメータから得られた塑性ひずみ量が必然的に精度の低いものとなり、高精度な塑性ひずみ量を安定して求めることができないと云う問題を解決せんとするものであり、使用するEBSD装置や測定条件等に依存することなしに、常に高精度で金属材料の塑性ひずみ量を求めることのできる測定パラメータを提供することにより、簡単且つ迅速により正確な塑性ひずみ量を演算できるようにした金属材料の塑性ひずみ同定方法を提供することを、発明の主目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者等は、前記EBSD装置を用いて得た結晶方位データを定量化することにより、多結晶金属材料の塑性ひずみを同定する方法について、永年に亘って研究並びに実験を積み重ねて来た。これ等の研究、実験およびその解析結果を通して、結晶方位から塑性ひずみを同定する際に、一つの結晶粒内の複数点で測定した結晶方位差を積分することにより、塑性ひずみ同定用パラメータを演算する従前の方法のように、方位差として結晶方位の測定点間の単純な方位差を用いるのではなしに、結晶粒毎に各点の結晶方位の平均値を算出し、その平均値を基準としてこれと各点との間の方位差を用いることにより、算出されたパラメータの測定点間距離に対する依存性を少なくすると共に、結晶方位の測定装置や測定点の数等が異なっても、パラメータの算出値が変動するのをより少なくすることを着想した。
【0009】
本願発明は、上記着想に基づいて創作されたものであり、請求項1の発明は、電子後方散乱回折を用いて多結晶体金属の表面観察を行い、当該表面観察により得られた結晶方位データに基づいて金属材料の塑性ひずみを同定する方法において、先ず材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、当該結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて当該結晶粒についての中心方位を演算すると共に、当該中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、前記多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値と塑性ひずみ量との相関関係から、前記演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求めることを発明の基本構成とするものである。
【0010】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、各結晶粒の中心方位を、各結晶粒内の複数の各点の結晶方位の平均値とするようにしたものである。
【0011】
請求項3の発明は、請求項1の発明において、算出した結晶方位差の対数平均値の標準偏差から、測定精度を評価するようにしたものである。
【0012】
請求項4の発明は、請求項1の発明において、金属材料をステンレス鋼、ニッケル鋼又は銅とするようにしたものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、測定した結晶方位を用いて結晶粒についての中心方位を演算すると共に、中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値と塑性ひずみ量との相関関係から、演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求める構成としている。
【0014】
その結果、本発明においては、算出された塑性ひずみ同定用のパラメータが、結晶粒内の方位測定点間の距離に殆ど依存しなくなり、塑性ひずみ量と極めて高い相関性を示すものとなる。
また、測定条件や結晶方位差の測定装置が異なっても、前記算出した同定用パラメータの変動が少なくなり、安定した塑性ひずみの計測が可能となる。
【0015】
更に、前記ひずみ同定用パラメータの演算に対数平均を用いているため、その標準偏差は塑性ひずみ量の大きさに拘わらずほぼ一定値になる。その結果、当該標準偏差値を基準として測定結果の妥当性を検証することが可能となる。
【0016】
加えて、本発明で用いた結晶方位測定装置の測定結果処理プロセスに、本発明に係る塑性ひずみ演算用パラメータの算出処理機能を付加することにより、塑性ひずみ測定装置を容易に構成することが可能となる。
【0017】
本発明は上述の通り、特別な知識及び技能を必要とすることなしに、塑性ひずみの同定用パラメータを簡単且つ迅速に求めることができ、高精度な塑性ひずみ量を知得することができると云う優れた実用的効用を有するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。
図1は、本発明の実施工程を示す説明図であり、図1に於いて1は供試試料準備工程、2は結晶粒同定工程、3は結晶方位差演算工程、4は結晶方位差の対数平均演算工程、5は塑性ひずみ量演算工程である。
【0019】
前記供試試料準備工程1では、先ず、溶体化処理したSUS304鋼を平板型試験片(長さ20mm×厚さ2mm×横幅4mm)に加工し、次に、試験片に0%を含む1.3%、2.8%、4.4%、7.2%及び14.4%の6段階の公称永久ひずみが生ずるまで引張荷重を負荷したあと、試験片の中央部10mmの区間を切り出す。そして、表面を粒径3μmのダイヤモンドペーストで鏡面仕上げしたあと、研磨時の加工層をHClO3(5%)+CH3COOH(95%)溶液による電研研磨をして、SUS304の供試試料を作成する。
【0020】
尚、表1は、使用したSUS304鋼の化学組成を示すものであり、試料としてはこの他に、ニッケル合金(ALLOY600)及び純銅の試料を夫々製作した。
また、純銅については、溶体化処理温度を500℃、電解研磨溶液をリン酸溶液、塑性ひずみを0%を含む2.5、5.0、10.1及び15.1%に夫々している。
更に、前記引張り荷重負荷時の変形速度は、0.1mm/minとしている。
【0021】
【表1】
【0022】
次に、結晶粒同定工程2において、結晶方位の測定、結晶方位分布図の作成及び結晶粒の同定を行う。
先ず、結晶方位の測定は、LaB6電子銃を装備したSEM(日本電子製JSM-6300)に設置されたEBSD装置(Oxford Instruments 製 INCA system)と、電界放射型電子銃を装備したSEM(日本電子製 JSM-6500F)に設置されたEBSD装置(TSL社製EBSD system)の2種類を用いて行った(以後、これらの装置をそれぞれLEG装置およびFEG装置と呼ぶ)。
【0023】
図2は、供試試料6の観察状態を示す斜面図であり、SUS304供試試料6を水平面に対して70°傾けて配置し、試料6の表面の矩形領域を設定したデータ密度で自動的に電子線を走査しながら結晶方位を同定し、結晶方位分布図を作成する。
【0024】
即ち、先ず、電子顕微鏡で組織観察を行い、結晶粒径約60μmの均質と見なせる微視組織を観察した。次に、EBSD装置による結晶方位観察を行い、集合組織が観察されないことを確認した。
【0025】
前記結晶方位観察は、荷重方向LDに垂直に電子線eが当るように、LD-TD面(図2参照)について実施した。LEG装置では、結晶方位測定時に電子線eがTD方向に2.25μm間隔で走査するよう設定した。この時、LD方向には6.58(=2.25/cos70°)μmずつシフトする。
【0026】
又、FED装置では、TD方向に3μm間隔で走査し、同じく3μm間隔でLD方向にシフトしながら方位測定を実施した。
【0027】
したがって、計測点で囲まれた格子一つ当たりの面積は、それぞれ14.8μm2および9μm2となり、これらの値は装置の分解能より十分大きいことを確認した。
また、一つの方位分布図あたりのデータ点数は、LEG装置では23296〜37120点(TD方向に256点、LD方向に91〜145点)、FEG装置では50451点(TD方向に251点、LD方向に201点)となり、それぞれの条件で4枚の方位分布図を採取した。
尚、電子線の条件は、LEG装置では加速電圧15kV、プローブ電流20nA、FEG装置では加速電圧25kV、電流値は一定の値である。
【0028】
前記EBSD装置によって、格子状に分割された各点毎に結晶方位が同定されると、この各点毎に同定された結晶方位を利用して、同じ結晶方位の夫々の点に相当するピグセルを対応する色で塗り分けることにより、結晶方位の分布図を作成する。
【0029】
図3は、LEG装置によって得られたひずみ14.4%(SUS304)(a、b、c)及びひずみ0%材(SUS304)(e、f、g)の結晶方位分布の一例を示すものであり、図3中のLD、TD、NDは、図2に示した観察方向を示し、3次元的な結晶方位はこれら3つの方位の組み合わせによって表すことができる。即ち、図3のa、b、c及びe、f、gは、それぞれ35328点と37120点の方位データを分布図として表示している。
【0030】
また、図4は、EBSD装置により得られたSUS304試料における結晶方位の逆極点図であり、図3と同一のエリアについて得たものである。
【0031】
前記図3を参照して、結晶粒の同定は、結晶方位が不連続に変化している界面を結晶粒界として認識することにより、同定することができる。本発明では、隣り合う点間の方位差が5度以上である境界が閉じた領域を形成した場合に、その境界を結晶粒界と定義した。得られた結晶粒界を図3中に実線で示している。
【0032】
図3及び図4を参照して、塑性ひずみのない0%材では、結晶粒内の結晶方位はほぼ一定で、逆極点図においては同一結晶粒の集合が確認できる。
これに対して、ひずみ14.4%の試料の場合では、塑性ひずみによって導入された試料中の欠陥により、同じ結晶粒内においても局所的に結晶方位が変化している様子が観察される。そして、逆極点図においても方位分布のばらつきの大きいことが分かる。
【0033】
より具体的には、前述の通り、ひずみ14.4%の試料6では、塑性ひずみの影響により同じ結晶粒内においても、結晶方位の回転が発生している様子が観察される。これらの回転は、塑性ひずみにより発生した転位によるものであり、塑性ひずみが増加すると転位密度も増加し、結果として結晶方位の回転が大きくなる。これに対して、ひずみ0%の試料では、結晶方位の回転が発生していないことが判る。
【0034】
尚、前記塑性ひずみによる結晶方位の回転は、前述の如く図4に示した逆極点図からも観察することができる。逆極点図では、結晶方位データが1つのプロットとして示され、LD、TD、NDの3つの方向から見た方位を組み合せることで、1つの結晶方位が特定される。即ち、ひずみ14.4%の試料では、塑性ひずみによる結晶の回転により、方位分布が大きくばらついてくることになる。これに対して、ひずみ0%の試料では、いくつかの結晶方位のクラスターが見られるが、このクラスターのそれぞれが、一つの結晶粒に相当している。図4のa、b、cとd、e、fを対比することにより、ひずみ0%の試料では同じ方位に多くのデータ点が集中している様子が、また、ひずみ14.4%の試料では、その集中した状態から回転により方位が分散している様子が明らかに見える。尚ここでの供試試料は全てSUS304である。
【0035】
次に、本発明の要部である結晶方位差演算工程3を説明する。先ず、本発明では、前記結晶方位の集中した状態から、塑性ひずみによって方位が分散する時の分散の度合いを定量化することにより、塑性ひずみ量を推定する。
即ち、本発明では、前記塑性ひずみを定量化する尺度として、逆極点図で見られたような結晶方位の分散度合いをパラメータ化する。このとき、本発明では、分散量を算出するための基準値を、塑性ひずみが0%の状態の結晶方位、つまり図4のd、e、fの如き逆極点図に見られる集合の方位と決める。
【0036】
ただし、ひずみを加える前の厳密な結晶方位を求めることは困難であるので、それぞれの結晶粒毎の結晶方位の分布の平均(この方位を中心方位と定義する)が、塑性ひずみが0%の状態における結晶方位に相当すると仮定して、この中心方位を4元法算出を用いて算出する。
【0037】
次に、前記4元法算法による中心方位の算出方法について説明する。
まず、4次元関数qを次式のように定義する。
q = q(q1・q2・q3・q4) (1)
【0038】
ここで、
q1= ρ1sin(ω/2),
q2= ρ2sin(ω/2),
q3= ρ3sin(ω/2), (2)
q4= ρcos (ω/2),
【0039】
また、ρは共通回転軸を表す単位ベクトルである。また、ωは回転角度であり、q12+ q22+ q32+ q42=1の関係が成立する。
【0040】
結晶方位の平均mは次式で求まる。
【数1】
ここでNはデータ数である。ただし、立方晶は24通りの等価な方位を有することから、(3)式の計算にどの等価方位を用いるかが問題となる。ここでは、新たな試みとして、24通りすべての等価方位に関して、次式によってi=1番目の方位変化を計算する。
【数2】
【0041】
そして、24通りの中で最も小さいdmをとる方位のqを用いて(3)式を計算する。これにより、結晶方位の平均、つまり中心方位を計算することが可能となる。
【0042】
[結晶変形量の計算]
中心方位が求まったら、中心方位からの方位差の計算が可能となる。それぞれの点において、その点の属する結晶粒の中心方位からの方位差βの分布は、次式の対数正規分布で近似できる。
【数3】
ここで、Sは標準偏差を表す。
【0043】
そして、結晶方位差の対数平均演算工程5において対数平均Mを次式のように定義して、その演算をする。
【数4】
【0044】
ここで、β(mk.i)はk番目の結晶粒の中心方位mと点iの方位差を示す。そして、nkはk番目の結晶粒内の点の数を示す。このMを修正結晶変形量(modified crystal deformation:MCD)と呼ぶことにする。
又、前記中心方位は、各結晶粒に定義されていることから、各点における中心方位は必ずしも同一ではない。
【0045】
図5は、ひずみ14.4%、SUS304試料6のある結晶粒における結晶方位分布と中心方位(クロス点P)を示すものであり、ここでの中心方位Pは、ある結晶粒の結晶方位分布と前記式1、2、3及び4とから演算したものである。図5からも、中心方位が逆極点図において方位分布の中心近くに存在していることが判る。但し、中心方位を示す点Pが、方位分布図上において結晶粒の中心に存在する必要はない。
【0046】
また、中心方位が決定されると、前述の通り同じ結晶粒における中心方位と個々の結晶方位との方位差が演算できるが、図6及び図7はひずみ14.4%SUS304試料6と、ひずみ0%のSUS304試料6のTD方向に沿った上記方位差の計算例を示すものである。
尚、図6及び図7におけるd図は、隣接点からの方位差を示すものである。
【0047】
前記方位差測定には0.5〜1°の誤差があるので、図6及び図7の方位差にはばらつきが見られるが、特にひずみ0%材で見られる方位差の多くは、測定誤差によるものと推測される。これらの測定誤差にもとずくばらつきは、中心方位差の平均化効果によって、ある程度押さえられたものになっている。
【0048】
図8のa、bは式(5)により求めた中心方位からの方位差の分布(ひずみ14.4%のSUS304試料6及びひずみ0%のSUS304試料)を示すものであり、対数正規分布でもって中心方位差の分布を近似できることが示されている。
【0049】
図9のa、bは、前記(6)式により得られたMCD値と塑性ひずみ量の関係を示す線図である。図には異なるEBD装置を用いて夫々4回の測定から得られた値の平均が示されている。また、実線は最小自乗法によって得られた近似線を示すものである。パラメータMCDが塑性ひずみと良い相関関係にあることが判る。
尚、図9の(b)は、供給試料としてニッケル合金(Ni74.10%,Cr16.25% その他)とSUS304試料とを用い、且つ測定装置として異なる測定装置を用いて同様の手順により求めたMCD値の一例を示すものである。
【0050】
図9(a)のSUS304試料に対するEBSD測定を変えた場合の各データの対比からも明らかなように、本発明の方法においては使用するEBSD装置が変わっても、MCD値にあまり大きな変化の生じないことが判る。
【0051】
また、図10は、純銅に対して、本発明方法を適用して、前記MCDを求めた場合の結果を示すものであり、参考のために同様の試験条件で測定した304ステンレス鋼の値も示されている。図10には4回の測定値の平均値が示されており、ステンレス鋼のデータの傾きの方がやや大きいが、ほぼ同じ傾向を示している。
更に、図中のGAMは、同一結晶粒内における隣接測定点間の方位差の平均を示すものであり、このパラメータも塑性ひずみと良好な相関関係にあることが判る。
【0052】
図11は、EBSD測定装置を変えた場合の供試試料6のひずみ%と、中心方位からの結晶方位角の標準偏差値の関係を示すものであり、EBSD測定装置が変わっても、結晶方位角の標準偏差値はほぼ一定となることが判る。即ち、当該標準偏差値が塑性ひずみ量の大小にかかわらずほぼ一定値となるため、この事象を利用して結晶方位の測定結果の妥当性を検証することが可能となる。
【0053】
図12は、本発明方法の実施において、結晶方位を測定する際の測定間隔の影響を考察するために、定量化計算に使用するデータを間引いた場合の結果を示すものである。但し、この図12は、供試試料6として純銅(ひずみ0.25、5.0、10.1、15.1%)を用いた場合のものであるが、供試試料6がSUS304やクロム鋼の場合であっても、その結果が同一であることが確認されている。
【0054】
即ち、計算に使用するデータの間隔をオリジナルのdxに対し、2dx、3dx、4dxとした場合のパラメータMCD又はGAMの変化を示したものである。GAMは、測定点間距離が大きくなると増加する傾向にあるが、これは、隣接点間隔が大きくなることで、得られる方位差が大きくなるためと考えられる。
これに対して、MCDは、10%以下の塑性ひずみに対しては、4dxの場合においてもほとんど変化がない。この場合の結晶方位分布図の記載は省略しているが、塑性ひずみを15.1%、ステップサイズを4dxとした場合には、結晶粒径形状が判別困難なほどの粗いデータになるが、それにも拘らず、演算したMCDを用いることで、塑性ひずみが精度よく測定できることが確認されている。
【0055】
尚、結晶方位を測定する際の誤差をδ、真の結晶方位をβt、測定された結晶方位をβt+δ、測定回数をnとすると、負荷された塑性ひずみが大きい場合には、
【数5】
となることから、パラメータMCDはほぼ真値に近づくことになる。
【0056】
上記説明及び実施結果からも明らかなように、本願発明方法発明により得られた塑性ひずみ定量化のためのパラメータMCDは、SUS304、ニッケル合金、銅等のあらゆる金属材の塑性ひずみを精度よく測定することができるうえ、測定精度に対する測定点の密度の影響が少ないため、より少ない測定点でもって高精度な測定が可能なことが判明した。
その結果、本願発明に係るMCDを用いた塑性ひずみの定量化法は、EBSD装置による塑性ひずみ測定の標準法として活用が可能なものである。
【0057】
前記対数平均演算工程4においてパラメータMCDが演算されると、この演算した対数平均値(パラメータMCD)を用いて、予め知得しておいた塑性ひずみ量と対数平均値との相関関係とから、演算したパラメータMCDに対応する塑性ひずみ量が求められる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、発電プラントや各種の生産プラント、道路構造物、橋梁構造物等の金属材料の塑性ひずみ量の検知、観測及び測定等を必要とする全ての分野へ適用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の実施工程を示す説明図である。
【図2】供試試料の観察状態を示す斜面図である。
【図3】LEGシステムのEBSD装置により得られた結晶方位分布図である。
【図4】EBSD装置により得られたSUS304試料における結晶方位の逆極性点図である。
【図5】ひずみ14.4%SUS304試料のある結晶粒における結晶方位分布と中心方位(クロス点)の関係を示す説明図である。
【図6】ひずみ14.4%、SUS304試料の同じ結晶粒におけるTD方向の各点での中心方位差を示す線図である。
【図7】ひずみ0%、SUS304試料の図6と同内容の線図である。
【図8】ひずみ14.4%及びひずみ0%のSUS304試料の中心方位からの方位差の分布を示す線図であり、対数正規布曲線も同時に示されている。
【図9】ひずみερ%と修正結晶変形量MCDとの関係を示す線図であり、(a)は供試試料をSUS304としてEBSD測定の型式をかえた場合の関係を、また(b)はニッケル合金を供試試料とした場合のひずみ%とMCDとの関係を示すものである(ニッケル合金の場合の使用EBSD測定装置の型式は異なる)。
【図10】純銅を供試試料とした場合のひずみ%とパラメータMCDとの関係を示す線図及び同一結晶粒内における隣接する測定点間の方位差に基づくひずみ%とMCDとの関係を夫々示す線図である。
【図11】EBSD測定装置を変えた場合の供試試料のひずみ%と、中心方位からの結晶方位角の標準偏差値の関係を示す線図である。
【図12】結晶方位の測定において、測定間隔を変化したときのMCD又はGMAの変化の度合を示す線図である。
【符号の説明】
【0060】
e 電子線
LD 荷重方向(縦幅方向)
TD 横幅方向
ND 厚み方向
P 逆極性図における中心方位
1 供試試料準備工程
2 結晶粒同定工程
3 結晶方位差演算工程
4 結晶方位差の対数平均演算工程
5 塑性ひずみ演算工程
6 供試試料
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子後方散乱回折を用いて多結晶体金属の表面観察を行い、当該表面観察により得られた結晶方位データに基づいて金属材料の塑性ひずみを同定する方法において、先ず材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、当該結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて当該結晶粒についての中心方位を演算すると共に、当該中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、前記多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値と塑性ひずみ量との相関関係から、前記演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求めることを特徴とする金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項2】
各結晶粒の中心方位を、各結晶粒内の複数の各点の結晶方位の平均値とするようにした請求項1に記載の金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項3】
算出した結晶方位差の対数平均値の標準偏差から、測定精度を評価するようにした請求項1に記載の金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項4】
金属材料をステンレス鋼、ニッケル鋼又は銅とするようにした請求項1に記載の金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項1】
電子後方散乱回折を用いて多結晶体金属の表面観察を行い、当該表面観察により得られた結晶方位データに基づいて金属材料の塑性ひずみを同定する方法において、先ず材料表面を格子分割して各点で結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて結晶方位分布を求めると共に、当該結晶方位分布から結晶粒を同定し、次に、同一結晶粒内の複数の点において結晶方位を測定し、当該測定した結晶方位を用いて当該結晶粒についての中心方位を演算すると共に、当該中心方位と当該結晶粒内の各点との間の方位差の平均値である結晶方位差を演算し、更に、前記多数の結晶粒について算出された各結晶粒の結晶方位差の対数平均を演算すると共に、当該対数平均値を用いて、予め知得されている対数平均値と塑性ひずみ量との相関関係から、前記演算した対数平均値に対応する塑性ひずみ量を求めることを特徴とする金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項2】
各結晶粒の中心方位を、各結晶粒内の複数の各点の結晶方位の平均値とするようにした請求項1に記載の金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項3】
算出した結晶方位差の対数平均値の標準偏差から、測定精度を評価するようにした請求項1に記載の金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【請求項4】
金属材料をステンレス鋼、ニッケル鋼又は銅とするようにした請求項1に記載の金属材料の塑性ひずみ同定方法。
【図1】
【図2】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図2】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【公開番号】特開2007−322151(P2007−322151A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−149958(P2006−149958)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(595035131)株式会社原子力安全システム研究所 (10)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(595035131)株式会社原子力安全システム研究所 (10)
【Fターム(参考)】
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