説明

金属磁石及びそれを用いたモータ

【課題】繰り返し性を有する衝撃に対して十分な耐傷性を有する金属磁石を提供する。また、そのような金属磁石を備えることによって、従来よりも長い期間に亘って高出力を維持することが可能なモータを提供する。
【解決手段】磁石素体12と、磁石素体12の上に被覆層14とを有し、被覆層14のマルテンス硬さが2000N/mm以上であり、且つ被覆層14の弾性回復率が25%以下である金属磁石。また、前記弾性回復率が5%以上である金属磁石。さらに、前記被覆層の厚みが1〜50μmである金属磁石。モータは、上記記載の金属磁石を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属磁石及びそれを用いたモータに関する。
【背景技術】
【0002】
希土類磁石などの金属磁石は、使用される環境条件によって、腐食や磨耗の発生が問題となることがある。このため、表面の保護を目的として、金属磁石には被覆層が設けられる。被覆層としては、金属磁石の用途や求められる特性に応じて、めっき皮膜や樹脂皮膜など様々な材質のものが用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1では、R−Fe−B系希土類磁石(Rは、Yを含む希土類元素の少なくとも一種)の耐食性を改善するために、磁石素体の表面を、ビッカース硬度の低い金属めっき層とそれよりもビッカース硬度の高い金属めっき層とを積層して被覆することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−7810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属磁石は様々な用途に用いられており、用途に応じて様々な特性が要求される。例えば、モータ等に用いられる金属磁石には、回転運動又は往復運動に伴い、特定部位に衝撃が繰り返し加わることとなる。このため、このような金属磁石の表面は、繰り返し性を有する衝撃に対して磨耗し難く、十分な耐傷性を有することが求められる。
【0006】
しかしながら、本発明者らの検討によれば、特許文献1のように、単に被覆層のビッカース硬度を調整しても、繰り返し性を有する衝撃に対して十分な耐傷性を有する被覆層とすることが困難であることが分かった。
【0007】
そこで、本発明では、繰り返し性を有する衝撃に対して十分な耐傷性を有する金属磁石を提供することを目的とする。また、そのような金属磁石を備えることによって、従来よりも長い期間に亘って高出力を維持することが可能なモータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく種々検討したところ、繰り返し性を有する衝撃に対しては、従来のビーカース硬度ではなく、硬さを示す指標としてマルテンス硬さを規定するとともに、弾性変形の仕事量の割合である弾性回復率を規定することが有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、磁石素体と、磁石素体の上に被覆層とを有し、被覆層のマルテンス硬さ(HM)が2000N/mm以上であり、且つ被覆層の弾性回復率(ηIT)が25%以下である金属磁石を提供する。
【0010】
上記本発明の金属磁石は、所定値以上のマルテンス硬さを有するとともに、所定値以下の弾性回復率を有する被覆層を有している。すなわち、本発明の金属磁石における被覆層は、所定値以上のマルテンス硬さを有しているため、外力が加わった場合の変形量(塑性変形と弾性変形の合計)を小さくすることができる。また、この被覆層は、所定値以下の弾性回復率を有しているため、外力が加えられて変形した後の回復量が小さい。このように弾性変形による回復量が小さいために、繰り返し性を有する衝撃を受けても、衝撃を受けた部位が脆弱になりにくい特性を有すると考えられる。このように、本発明の金属磁石は、衝撃を受けた際の変形量と衝撃後の回復量がともに小さい被覆層を有するために、特に繰り返し性を有する衝撃に対して、優れた耐傷性を有すると考えられる。このため、本発明の金属磁石は、繰り返し性を有する衝撃を受け易い、モータ用の磁石として特に好適に用いることができる。
【0011】
本発明の金属磁石における被覆層の上記弾性回復率は5%以上であることが好ましい。これによって、例えば金属磁石の被覆層に砂塵などの外乱粒子が衝突した場合に、外乱粒子が押し込まれて被覆層に留まることを抑制することが可能となり、被覆層の破壊を十分に抑制することができる。すなわち、被覆層の弾性回復率を5〜25%の範囲にすることによって、一層優れた耐傷性を有する金属磁石とすることができる。
【0012】
本発明の金属磁石における被覆層の厚みは1〜50μmであることが好ましい。これによって、製造コストを低減しつつ、磁石素体が露出して腐食が発生することを十分に抑制することができる。
【0013】
本発明ではまた、上記金属磁石を備えるモータを提供する。本発明のモータは、上記特徴を有する金属磁石を備えるため、砂塵等がある過酷な環境下で使用しても、高い出力で長時間継続して運転することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、繰り返し性を有する衝撃に対して十分な耐傷性を有する金属磁石を提供することができる。また、そのような金属磁石を備えることによって、従来よりも長い期間に亘って高出力を維持することが可能なモータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の好適な一実施形態である金属磁石の模式断面図である。
【図2】本発明の好適な一実施形態である金属磁石が有する被覆層の押し込み深さと荷重の関係を示す図である。
【図3】本発明の好適な一実施形態であるモータの内部構造を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、場合により図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各図面において、同一または同等の要素には同一の符号を付与し、重複する説明を省略する。
【0017】
図1は、本発明の好適な一実施形態である金属磁石の模式断面図である。金属磁石10は、磁石素体12と該磁石素体12の表面全体を覆う被覆層14とを備える。金属磁石10は、高い磁気特性を有する観点から、磁石素体12として希土類焼結磁石を有する希土類磁石であることが好ましい。
【0018】
磁石素体12が希土類焼結磁石である場合、これに含まれる希土類元素としては、長周期型周期表の第3族に属するスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)又はランタノイド元素が挙げられる。なお、ランタノイド元素には、例えば、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビニウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)等が含まれる。
【0019】
磁石素体12の構成材料としては、上記希土類元素と、希土類元素以外の遷移元素とを組み合わせたものが例示できる。この場合、希土類元素としては、Nd、Sm、Dy、Pr、Ho及びTbからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素が好ましい。そして、上記希土類元素に加えて、La、Ce、Gd、Er、Eu、Tm、Yb及びYからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素を更に含有することがより好ましい。
【0020】
また、希土類元素以外の遷移元素としては、鉄(Fe)、コバルト(Co)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)及びタングステン(W)からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素が好ましく、Fe及び/又はCoがより好ましい。
【0021】
磁石素体12の構成材料としては、具体的には、R−Fe−B系(Rは、Yを含む希土類元素の少なくとも一種)のものが好ましい。ここで、RはNdを含有することが好ましい。このような磁石素体12を用いることによって、優れた磁石特性が得られるとともに、被覆層14の形成によって耐食性向上効果をより一層大きくすることができる。
【0022】
被覆層14の種類は、所定の範囲のマルテンス硬さと弾性回復率とを有するものであれば、特に限定されない。被覆層14としては、例えば、めっき皮膜、樹脂皮膜、塗装や蒸着重合法により形成した樹脂を主成分として含む樹脂層、めっきや気相法により形成した金属を主成分として含む金属層、塗布法や気相法により形成した無機化合物を主成分として含む無機層等からなるものが例示できる。これらの中では、めっきや気相法により形成した金属層が好ましく、めっきにより形成した金属層がより好ましい。めっき皮膜としては、Niめっき皮膜、或いはNi−B、Ni−P、Cu、Zn、Cr、Sn、Ag、Au若しくはAlを主成分とする層、又はこれらからなる合金層で形成される金属めっき皮膜が好ましい。これらのめっき皮膜は、例えば、電解めっき法や無電解めっき法によって形成される。
【0023】
被覆層14の製造方法において、被覆層14を合金により形成することで、マルテンス硬さを大きくすることができる。一方、被覆層14として、塩化ナトリウム及び/又は塩化カリウムを50〜250g/L含有するめっき浴を用いてめっき皮膜を形成すれば、弾性回復率を小さくすることができる。
【0024】
被覆層14のマルテンス硬さと弾性回復率は、例えば、(株)フィッシャー・インスツルメンツ製ナノインデンテーションシステム(商品名:フィッシャースコープHM2000)を用いて測定することができる。
【0025】
図2は、上述の測定装置を用いて測定される、本実施形態の金属磁石10の被覆層14の押し込み深さと荷重との関係を示すグラフである。図2を参照しつつ、被覆層14のマルテンス硬さ及び弾性回復率の求め方を説明する。まず、図1に示す金属磁石10の被覆層14上に、ビッカース圧子を最小荷重(Fmin)で押し当てる(図2中のA点)。なお、切削や切断、研磨を施して得られた金属磁石10の被覆層14の断面に、ビッカース圧子を押し当ててもよい。その後、荷重を、所定時間(t)かけて最大荷重(Fmax)まで増加させると、図2中のB点に到達する。最大荷重で所定時間(t)保持すると、図2中のC点に到達する。その後、荷重を最大荷重から最小荷重(Fmin)に、所定時間(t)かけて減少させると、図2の点Dに到達する。最大荷重時の押し込み深さ、すなわち図2の点Bにおける押し込み深さ(h)から、以下の計算式により被覆層14のマルテンス硬さ(HM)を求めることができる。
【0026】
HM=荷重F[N]/押し込み深さから求めた圧子の表面積[mm
=Fmax/26.43h
ここで、「26.43h」は、ビッカース圧子形状の場合の押し込み深さh[mm]から求められる表面積[mm]である。
【0027】
一方、図2のグラフにおいて、被覆層14に圧痕を形成するための全仕事量(Wt)は、A−B−C−E−Aで囲まれる領域の面積で表される。一方、全仕事量のうち、弾性変形の仕事量(We)は、D−C−E−Dで囲まれる領域の面積で表される。そして、弾性変形回復率[%]は、We/Wt×100の計算式にて求められる。
【0028】
図2に示す測定において、t及びtは、例えば10秒間、tは例えば0.1秒間とする。また、Fmax及びFminは、それぞれ、例えば25mN及び0.1mNとする。なお、下地層や磁石素体12の影響を排除して、被覆層14自体の物性を正確に測定するために、t、t、t及びFmax、Fminは、被覆層14の膜厚に応じて適宜調整することが好ましい。
【0029】
被覆層14のマルテンス硬さの上限は、好ましくは6000N/mmであり、より好ましくは5000N/mmである。5000N/mmを超えるマルテンス硬さを有する被覆層14を得るには、合金化等の処理が必要となり、製造工程が複雑になって生産性が低下してしまう傾向がある。また、マルテンス硬さを6000N/mmよりも高くしても、さらなる特性の改善は得られない傾向にある。
【0030】
被覆層14のマルテンス硬さの下限は、好ましくは2500N/mmである。被覆層14のマルテンス硬さを2500N/mm以上とすることよって、砂塵などの外乱粒子の衝突による塑性変形量を小さくすることが可能となり、一層優れた耐傷性を有する金属磁石10とすることができる。
【0031】
被覆層14の弾性回復率の上限は、優れた耐傷性を有する被覆層14とする観点から、25%であり、好ましくは24%である。一方、被覆層14の弾性回復率の下限は、好ましくは5%であり、より好ましくは10%である。弾性回復率が5%未満であると、外乱粒子が被覆層14に衝突して押し込まれた際に、外乱粒子が被覆層14から離脱せずに留まることが多くなり、当該外乱粒子に起因して被覆層14が破壊し易くなる傾向がある。一方、被覆層14の弾性回復率が10%以上であると、一旦被覆層14に衝突して押し込まれた外乱粒子が、弾性回復により容易に離脱するため、被覆層14の破壊を十分に抑制することができる。
【0032】
被覆層14の厚みは、好ましくは1〜50μmであり、より好ましくは2〜40μmである。被覆層14の厚みが1μm未満であると、磁石素体12の表面が外部に露出し易くなり、初期耐食性の確保が困難になる傾向がある。一方、被覆層14の厚みが50μmを超えると、成膜コストが増大してしまう傾向がある。被覆層14の厚みを2〜40μmとすることによって、磁石素体12の表面に凹凸があっても優れた初期耐食性と優れた寸法精度を兼ね備えた金属磁石10とすることができる。
【0033】
本実施形態の金属磁石10は、硬さを示す指標としてマルテンス硬さを規定するとともに、弾性変形の仕事量の割合である弾性回復率を規定しているため、繰り返し性を有する衝撃に対して優れた耐傷性を有する。
【0034】
金属磁石10は、磁石素体12と被覆層14との間に下地層を有していてもよい。下地層は、被覆層14と同様の組成であってもよく、例えば、めっき皮膜、樹脂皮膜、塗装や蒸着重合法により形成した樹脂を主成分として含む樹脂層、めっきや気相法により形成した金属を主成分として含む金属層、塗布法や気相法により形成した無機化合物を主成分として含む無機層等からなるものが例示できる。被覆層14の表面上に、被覆層14とは異なる被覆層を有していてもよい。この被覆層は、被覆層14と異なる材質のものであってもよく、同じ材質のものであってもよく、さらに被覆層14は複数層から構成されていてもよい。
【0035】
次に、本実施形態の金属磁石10の製造方法について説明する。磁石素体12として、希土類焼結磁石を用いる場合、以下の手順で磁石素体12を作製することができる。まず、希土類焼結磁石の各構成元素の原料金属を準備し、これらを用いてストリップキャスティング法等を行なうことにより原料合金を作製する。原料金属としては、例えば、希土類金属や希土類合金、純鉄、フェロボロン、またはこれらの合金が挙げられる。そして、これらを用い、所望とする希土類焼結磁石の組成が得られる原料合金を作製する。なお、原料合金としては、組成が異なる複数のものを用いてもよい。
【0036】
次に、原料合金を粉砕して、原料合金粉末を準備する。原料合金の粉砕は、粗粉砕工程及び微粉砕工程の2段階で行うことが好ましい。粗粉砕工程は、例えば、スタンプミル、ジョークラッシャー、ブラウンミル等を用い、不活性ガス雰囲気中で行うことができる。また、水素を吸蔵させた後、粉砕を行う水素吸蔵粉砕を行うこともできる。粗粉砕工程においては、原料合金を、粒径が数百μm程度となるまで粉砕を行う。
【0037】
次に、微粉砕工程において、粗粉砕工程で得られた粉砕物を、更に平均粒径が3〜5μmとなるまで微粉砕する。微粉砕は、例えば、ジェットミルを用いて行うことができる。なお、原料合金の粉砕は、必ずしも粗粉砕と微粉砕との2段階で行なう必要はなく、はじめから微粉砕工程を行ってもよい。また、原料合金を複数種類準備した場合は、これらを別々に粉砕して混合するようにすればよい。
【0038】
続いて、このようにして得られた原料粉末を磁場中で成形して、成形体を得る。より具体的には、原料粉末を電磁石中に配置された金型内に充填した後、電磁石により磁場を印加して原料粉末の結晶軸を配向させながら、原料粉末を加圧することにより成形を行なう。この磁場中の成形は、例えば、12.0〜17.0kOeの磁場中、0.7〜1.5t/cm程度の圧力で行えばよい。
【0039】
磁場中成形後、成形体を真空又は不活性ガス雰囲気中で焼成し、焼結体を得る。焼成は、組成、粉砕方法、粒度等の条件に応じて適宜設定することが好ましいが、例えば、1000〜1100℃で1〜5時間行なえばよい。
【0040】
そして、焼結体に対して、必要に応じて時効処理を施すことにより、希土類焼結磁石(磁石素体12)を得る。時効処理を行うことによって、得られる希土類焼結磁石のHcJが向上する傾向にある。時効処理は、例えば、2段階に分けて行うことができ、800℃近傍、及び600℃近傍の2つの温度条件で時効処理を行うと好ましい。このような条件で時効処理を行うと、特に優れたHcJが得られる傾向にある。なお、時効処理を1段階で行う場合は、600℃近傍の温度とすることが好ましい。
【0041】
このようにして得られた磁石素体12の表面に被覆層14を形成する。被覆層14としてめっき皮膜を形成する場合は、例えば、以下の手順で磁石素体12の表面上に被覆層14を形成する。
【0042】
まず、めっき皮膜の形成を容易にするために、磁石素体12に、アルカリ脱脂処理、酸洗浄処理、スマット除去処理等の前処理を施す。前処理した磁石素体12を、ニッケル源、導電性塩、及びpH安定剤等を含むめっき浴に浸漬し、所定時間、電気めっき処理を行なう。これによって、所望の厚みの被覆層14を、磁石素体12上に形成する。このようにして、磁石素体12と該磁石素体12の表面全体を覆う被覆層14とを有する金属磁石10を得ることができる。
【0043】
金属磁石10の製造方法は上述の方法に限定されるものではなく、無電解めっき方法、樹脂成分を塗布する樹脂皮膜形成方法などによって、被覆層14を形成してもよい。なお、必ずしも磁石素体12の表面全体に被覆層を形成する必要はなく、磁石素体12の形状や、金属磁石10の用途に応じて、耐傷性を有することが求められる部位のみに被覆層を形成してもよい。
【0044】
次に、本発明のモータの好適な実施形態について以下に説明する。
【0045】
図3は、本実施形態のモータの内部構造を示す説明図である。本実施形態のモータ100は、永久磁石同期モータ(SPMモータ)であり、円筒状のロータ20と該ロータ20の内側に配置されるステータ30とを備えている。ロータ20は、円筒状のコア22と円筒状のコア22の内周面に沿ってN極とS極が交互になるように複数の金属磁石10が設けられている。ステータ30は、外周面に沿って設けられた複数のコイル32を有している。このコイル32と金属磁石10とは互いに対向するように配置されている。
【0046】
SPMモータ100は、ロータ20に、上記実施形態に係る金属磁石10を備えている。このため、金属磁石10とコイル32との間隔を十分に小さくすることが可能となり、トルク−電流特性の直線性に優れ、且つ制御性に優れたものとすることができる。また、ロータ20とステータ30とのギャップの間に、粉塵等を巻き込んだとしても、金属磁石10は耐傷性に優れているため傷がつきにくい。これは、金属磁石10が、繰り返し性を有するダメージに対して優れた被覆層14を有していることによるものである。したがって、特に磁石素体12として希土類磁石など腐食し易いものを用いても、磁石素体12の腐食の進行に伴う経時的な磁気特性の低下を十分に抑制することが可能となり、SPMモータ100は、従来よりも長い期間に亘って高出力を維持することができる。
【0047】
以上、本発明の好適な実施形態について以下に説明したが、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではない。例えば、本発明の金属磁石は、希土類元素を含まない、希土類磁石以外の金属磁石であってもよい。
【0048】
また、本発明のモータは、金属磁石が砂塵などの外乱粒子と接触する可能性のある構造や、金属磁石と他のモータ部材とが直接する可能性のある構造を有するものであればよい。前者の構造を有するモータの例としては、上述の永久磁石同期モータ(SPMモータ)の他に、永久磁石直流モータ、リニア同期モータ、ボイスコイルモータ、振動モータなどが挙げられる。一方、後者のモータの例として、ロータ内部に金属磁石を挿入した永久磁石同期モータ(IPMモータ)などが挙げられる。
【0049】
上述の各種モータは、上記実施形態に係る金属磁石10を有していることから、モータの動作時の遠心力や発熱によるモータ部材の膨張や、ロータステータギャップ内への粉塵の巻き込みが発生しても、金属磁石の表面にクラック等の傷が発生し難いため、磁石素体の腐食を、長期間に亘って十分に抑制することができる。したがって、過酷な環境下で使用しても、金属磁石10本来の磁気特性を長期間に亘って維持することが可能となり、従来よりも長い期間に亘って高出力を維持することができる。
【実施例】
【0050】
本発明の内容を、実施例及び比較例を用いて以下に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1)
<磁石素体の作製>
粉末冶金法によって調製したNd:27.4質量%、Dy:3.0質量%、B:1.0質量%、Fe:68.6質量%の組成を有するインゴットを、スタンプミル及びボールミルにより粉砕し、上記組成を有する合金粉末を得た。
【0052】
得られた合金粉末を、磁場中でプレス成形して成形体を作製した。この成形体を、保持温度1100℃、保持時間1時間の条件下で焼結して焼結体を得た。この焼結体に、Arガス雰囲気下で、保持温度600℃、保持時間2時間の条件下で時効処理を施して、希土類焼結磁石を得た。得られた希土類焼結磁石を、20×10×2[mm]の大きさに加工し、その後、バレル研磨処理により面取りを行って磁石素体を得た。
【0053】
次いで、この磁石素体に、アルカリ脱脂処理、水洗、硝酸溶液による酸洗浄処理、水洗、超音波洗浄によるスマット除去処理、水洗からなる前処理を施した。
【0054】
表1の組成を有するめっき浴を調製した。このめっき浴のpHは8.7、温度は40℃であった。
【0055】
【表1】

【0056】
表1のめっき浴に、上述の通り前処理を施した磁石素体を浸漬し、電気めっき処理を行った。電気めっき処理は、バレルめっき法により、電流密度0.2A/dmにて、磁石素体の表面に厚み10μmのCuめっき皮膜が形成されるように行った。このようにして、磁石素体の表面上にCuめっき皮膜からなる被覆層が形成された希土類磁石を得た。得られた希土類磁石を、純水で洗浄して乾燥し、下記評価用の試料とした。
【0057】
<硬さ評価>
(株)フィッシャー・インスツルメンツ製ナノインデンテーションシステム(商品名:フィッシャースコープHM2000)を用いて、希土類磁石の被覆層における、押し込み深さ−荷重関係を求め、マルテンス硬さ(HM[N/mm])、弾性回復率(ηIT[%])、ヤング率(EIT[GPa])を計測した。また、市販の微小ビッカース硬度計を用いて、希土類磁石の被覆層のビッカース硬度(Hv)を計測した。これらの計測結果を表11に示す。なお、ヤング率(EIT[GPa])は、下記式により算出した。
【0058】
IT=√π/2×Tc/√S×10−3
=√π/2×Tc/4.950h×10−3[GPa]
ここで、Tcは図2の曲線C−Dの点Cにおける傾き[N/mm]を示し、Sは最大荷重時の圧子押し込み部分の投影接触面積[mm]を示す。
「4.950h」は、ビッカース圧子形状の場合の押し込み深さh[mm]から求められる投影接触面積の平方根[mm]である。
【0059】
なお、硬さ評価におけるFmax、Fmin、t、t、tを以下のように設定することで、圧痕深さを0.8μm以下(被覆層の厚みの1/10以下)とし、被覆層の下地(磁石素体)の影響を受けないようにして測定を行った。
max=25mN、Fmin=0.1mN
=10秒間、t=0.1秒間、t=10秒間
【0060】
<磨耗量の評価>
上述の通り作製した希土類磁石を用いて、24極36スロットのアウターロータ型3相ブラシレス永久磁石直流モータ(以下「DDモータ」という。)を組み立てた。このDDモータを、降塵試験装置内に設置し、JIS(JISC60068−2−68)に準拠して砂塵(降塵)試験を行った(試験種類:試験Lb)。砂塵試験中に、DDモータを、3相インバータ正弦波駆動により回転数1400rpmで所定時間(1〜30日間)連続駆動させた。
【0061】
砂塵試験後のDDモータを分解し、砂塵の衝突により生じた希土類磁石の被覆層表面の傷を任意に10点選択した。市販のレーザー顕微鏡を用いて選択した傷の表面形状を観察し、高さ情報を含んだ画像情報を記録した。この画像情報から傷深さを求め、その最大値を摩耗量とした。傷の観察の結果、希土類磁石の被覆層の磨耗量が1μm以下であり且つ被覆層の表面の傷部にクラックが発生していないものを「A」、磨耗量が1μm以上であり且つ被覆層の表面の傷部にクラックが発生していないものを「B」、被覆層の表面の傷部にクラックが発生しているものを「C」、素地(磁石素体)が露出しているものを「D」と評価した。これらの結果を表12に示す。
【0062】
<耐食性評価>
上述の砂塵試験後のDDモータを分解して取り出した希土類磁石を、温度85℃、相対湿度85RH%に維持された恒温恒湿槽に500時間保持し、保持前後における外観変化を目視にて評価した。評価基準は、外観変化が認められなかったものを「A」、傷部から発錆びが認められたものを「B」とした。その結果を表12に示す。
【0063】
(実施例2)
表2の組成を有するめっき浴(pH:4.5、温度:40℃)を用い、被覆層として磁石素体の表面にCuめっき皮膜の代わりにNiめっき皮膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして希土類磁石を得た。そして、実施例1と同様にして希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
(実施例3)
実施例1と同様にして磁石素体を調製し、実施例1と同様の前処理を施した。また、表3に示す組成を有する第1めっき浴を調製した。調製した第1めっき浴のpHは4.5、温度は50℃であった。
【0066】
【表3】

【0067】
表3に示す第1めっき浴に、前処理を施した磁石素体を浸漬し、電気めっき処理を行った。電気めっき処理は、バレルめっき法により、電流密度0.2A/dmにて、磁石素体の表面に厚み2μmのNiめっき皮膜(以下、「下地層」という。)が形成されるように行った。このようにして、磁石素体の表面上にNiめっき皮膜からなる下地層が形成された希土類磁石1を得た。
【0068】
第2めっき浴として、実施例2で使用しためっき浴を準備した。この第2めっき浴に、水洗した上記希土類磁石1を浸漬し、電気めっき処理を行った。電気めっき処理は、バレルめっき法により、電流密度0.2A/dmにて、磁石素体の表面に厚み8μmのNiめっき皮膜が形成されるように行った。このようにして、希土類磁石1の表面上にNiめっき皮膜からなる被覆層が形成された希土類磁石2を得た。この希土類磁石2には、磁石素体側から下地層及び被覆層が順次積層された構造を有していた。実施例1と同様にして、この希土類磁石2の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0069】
(実施例4)
表4に示す組成を有するめっき浴(pH:4.0、温度:50℃)を用いて、磁石素体の表面に被覆層としてCuめっき皮膜の代わりにNiめっき皮膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして希土類磁石を得た。そして、実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0070】
【表4】

【0071】
(実施例5)
表5に示す組成を有するめっき浴(pH:4.0、温度:50℃)を用い、被覆層としてCuめっき皮膜の代わりにNiめっき皮膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして希土類磁石を得た。そして、実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0072】
【表5】

【0073】
(実施例6)
実施例3と同様にして、磁石素体の表面上にNiめっき皮膜からなる下地層が形成された希土類磁石1を得た。この希土類磁石1を水洗して、表6の組成を有する第2めっき浴(pH:7.0、温度:50℃)に浸漬し、ガルバニックスタート無電解めっき処理を、バレルめっき法により行った。
【0074】
【表6】

【0075】
ガルバニックスタート無電解めっき処理は、具体的には次の通りにして行った。予め第2めっき浴中に浸漬させたニッケルの板を対向電極の正極として用いた。この正極と、希土類磁石1が投入されためっき用バレルとを直流電源を介して接続した。次いで、電流密度が0.2A/dmとなるように直流電源の電流を調整し、希土類磁石1に負電位を5秒間印加するガルバニックスタートにより無電解めっき反応を開始させた。直流電源による電位印加を停止した後、希土類磁石1の表面に厚み8μmの無電解めっき皮膜が形成されるまで、上記第2めっき浴に浸漬した。
【0076】
このようにして、希土類磁石1の表面上に無電解めっき皮膜からなる被覆層が形成された希土類磁石3を得た。この希土類磁石3には、磁石素体側から下地層及び被覆層が順次積層された構造を有していた。実施例1と同様にして、この希土類磁石3の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0077】
(実施例7)
第2めっき浴として、表7に示すめっき浴(pH:9.0、温度:60℃)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして、磁石素体側からNiからなる下地層及びCuSn合金からなる被覆層が順次積層された構造を有する希土類磁石を得た。実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0078】
【表7】

【0079】
(比較例1)
表8の組成を有するめっき浴(pH:4.5、温度:50℃)を用い、被覆層として磁石素体の表面上にCuめっき皮膜の代わりにNiめっき皮膜を形成したこと以外は、実施例1と同様にして希土類磁石を得た。そして、実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0080】
【表8】

【0081】
(比較例2)
めっき浴として、実施例3の第1めっき浴を用い、磁石素体の表面上に被覆層としてCuめっき層の代わりにNiめっき層を形成したこと以外は、実施例1と同様にして希土類磁石を得た。そして、実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0082】
(比較例3)
第2めっき浴として表9に示すめっき浴(pH:4.0、温度:30℃)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして、磁石素体側から下地層及び被覆層が順次積層された構造を有する希土類磁石を得た。実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0083】
【表9】

【0084】
(比較例4)
第2めっき浴として、表10に示すめっき浴(pH:9.0、温度:40℃)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして、磁石素体側から下地層及び被覆層が順次積層された構造を有する希土類磁石を得た。実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0085】
【表10】

【0086】
(比較例5)
実施例1と同様にして磁石素体を調製し、実施例1と同様の前処理を施した。その後、磁石素体の表面に、フェノール樹脂の塗料をスプレーコートにより塗布し、150℃で20分間加熱した。このようにして厚さ10μmのフェノール樹脂皮膜を、磁石素体の表面上に被覆層として形成して、希土類磁石を得た。実施例1と同様にして、この希土類磁石の各評価を行った。各評価結果を表11及び表12に示す。
【0087】
【表11】

【0088】
【表12】

【0089】
実施例1〜7は、被覆層の磨耗量が小さく、被覆層にクラックが発生しなかった。また、実施例2,3の結果から、下地層の有無にかかわらず、所定値以上のマルテンス硬さ及び所定値以下の弾性回復率を有する被覆層を備える希土類磁石は、摩耗量が小さく、腐食も十分に抑制されていることから、優れた耐傷性を有することが確認された。
【符号の説明】
【0090】
10…金属磁石、12…磁石素体、14…被覆層、20…ロータ、22…コア、30…ステータ、32…コイル、100…モータ。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁石素体と、前記磁石素体の上に被覆層とを有し、
前記被覆層のマルテンス硬さが2000N/mm以上であり、且つ前記被覆層の弾性回復率が25%以下である金属磁石。
【請求項2】
前記弾性回復率が5%以上である請求項1記載の金属磁石。
【請求項3】
前記被覆層の厚みが1〜50μmである請求項1又は2記載の金属磁石。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の金属磁石を備えるモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−9627(P2011−9627A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−153723(P2009−153723)
【出願日】平成21年6月29日(2009.6.29)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】