説明

金属被覆超電導線材用前駆体粉末および金属被覆超電導線材前駆体粉末の製造方法、金属被覆超電導線材

【課題】多芯材の伸線加工後に各芯(フィラメント)の形状のばらつきを小さくする金属被覆超電導線材用前駆体粉末を提供することである。これにより、最終製品になった段階で、臨界電流値の低下原因となる、フィラメントが長手方向において波打つ現象であるソーセージングや、フィラメント同士が銀被覆を介さずくっついてしまう現象であるブリッジング等を抑えることができる。
【解決手段】Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末からなる母粉末と、平均粒径が、前記母粉末の平均粒径の1/2以下である金属Ag粉末からなることを特徴とする金属被覆超電導線材用前駆体粉末である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導ケーブル、超電導コイル、超電導変圧器、超電導電力貯蔵装置等の超電導応用機器に用いられる(BiPb)2Sr2Ca2Cu310±δ(δは0.1程度の数:以下Bi2223とする)相を含む金属被覆超電導線材用前駆体粉末に関し、特に超電導線材中のフィラメント形状を良好にする金属被覆超電導線材用前駆体粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物の焼結体が高い臨界温度で超電導特性を示すことが報告され、近年この超電導体を利用した超電導技術の実用化が促進されている。金属被覆Bi2223超電導線材は、比較的安価で入手できる液体窒素等の冷却下でも高い臨界電流値を示す有用な線材である。
【0003】
このような金属被覆Bi2223超電導線材の製造方法は、たとえば特開2007−26773号公報(特許文献1)に記載されている。具体的には、(BiPb)SrCaCu8±δ(δは0.1に近い数:以下Bi2212と呼ぶ)相を主成分とする前駆体粉末を金属管に充填した後に、伸線加工して単芯材を形成する。その後に、単芯材を複数本束ねて金属管に挿入し、伸線加工して多芯構造の多芯材を形成する。その多芯材を1次圧延して、テープ状線材を形成する。続いて、テープ状線材に熱処理を行ない、Bi2212相をBi2223相に相変態させて1次線材を得る。次に、1次線材を2次圧延した後に、2回目の熱処理を行ない、最終的なBi2223酸化物超電導線材とする。
【0004】
また特開平7−14440号公報(特許文献2)には、次の工程を特徴とする超電導線材の製造方法が開示されている。酸化物超電導体又は、該酸化物超電導体と銀とよりなる原料粉末にバインダを添加、混合してなる混練体を作製する。それを押出型内において銀線の周囲に配置すると共に、上記混練体と銀線とを同時押出成形して線状成形体を得る押出成形を施す。前記線状成形体を加熱して上記バインダを脱脂すると共に上記酸化物超電導体又は該酸化物超電導体と銀との焼結を行う。特許文献2で使用されている酸化物超電導体粉末と銀粉末の平均粒径はそれぞれ3μmと2μmである。
【0005】
【特許文献1】特開2007−26773号公報
【特許文献2】特開平7−14440号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の技術によっても、ある程度高い臨界電流値を有する超電導線材は得られる。しかしながら、今後の市場からのニーズを考えれば、さらなる臨界電流値の増大が望まれる。そこで本発明はより臨界電流値の高い超電導線材が実現できる金属被覆超電導線材用前駆体粉末を提供する。
【0007】
より具体的には、多芯材の伸線加工後、各芯(フィラメント)の形状のばらつきを小さくすることができる前駆体粉末を提供することである。ばらつきの小さい形状とは、多芯材を長手方向に垂直に切断した場合に観察される断面において、各フィラメントの面積がばらついていないことである。ばらつきの度合いとして、後述する乱れ指数が0.2以下になるようとするものである。上記のばらつきは長手方向のフィラメント形状にも影響を与える。理由は後述するが、ある断面でフィラメント面積が意図しない大きさになっている場合、そのフィラメントは長手方向で太くなったり、細くなったりする波打ち現象(ソーセージング)を生じる。そこでフィラメント形状のばらつきを小さくとすることにより、最終製品になった段階で、臨界電流値の低下原因となる、ソーセージングや、フィラメント同士が銀被覆を介さずくっついてしまう現象であるブリッジング等を抑えることができる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末からなる母粉末と、平均粒径が、前記母粉末の平均粒径の1/2以下である金属Ag粉末からなることを特徴とする金属被覆超電導線材用前駆体粉末である。超電導体の要素であるBi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末(母粉末)に、平均粒径が母粉末の平均粒径の1/2以下の金属Ag粉末を添加することで、伸線時の母粉末の流動性を高めることができ、多芯材伸線後のフィラメント形状のばらつきを抑えることができる。詳細は後述する。粉末の粒径とは以下のとおりである。粉末の粒径はレーザ回折法で測定する。この測定から得られた粒度分布を体積基準でグラフ化し、そのグラフから読み取れるメディアン値を平均粒径として採用する。
【0009】
本発明において、前記母粉末の90%以上の粒子に、前記金属Ag粉末の粒子が一つ以上付着していることが好ましい。上記のような状態の方が、より流動性を高めることができる。ここで付着とは以下のように確認する。母粉末の粒子同志が接触しないよう隙間をあけて分散させた状態を電子顕微鏡等で観察する。例えば、ガラス板上に希薄に前駆体粉末をふりかける。このとき視野内の例えば50個の母粉末粒子を任意に選ぶ。選択した母粉末粒子に一つ以上の金属Ag粉末粒子が接触していれば、母粉末粒子に金属Ag粉末粒子が付着しているとする。このような母粉末粒子が45個以上であれば、90%以上の粒子に、金属Ag粉末の粒子が一つ以上付着していることになる。
【0010】
本発明において、前記金属Ag粉末の平均粒径が1μm以下であることが好ましい。粒径が1μm以下であると、より付着しやすくなる。
【0011】
本発明において、前記母粉末と前記金属Ag粉末の重量比率(金属Ag粉末の重量/(母粉末の重量+金属Ag粉末の重量))が0.05以下であることが好ましい。重量比率が0.05以下であれば、最終製品の超電導特性を下げることがない。
【0012】
本発明において、前記母粉末の全粒子の表面積の和と前記金属Ag粉末の全粒子の表面積の和の比率(金属Ag粉末の全粒子の表面積の和/母粉末の全粒子の表面積の和)が0.05以上であることが好ましい。全粒子の表面積の和の比率が0.05以上であることで、付着性が高くなり流動性が向上する。
【0013】
本発明の超電導線材は、上記のいずれかに記載の金属被覆超電導線材用前駆体粉末を金属管に充填し、前記金属管を伸線加工する工程を経て製造された金属被覆超電導線材。
【0014】
また本発明の金属被覆超電導線材用前駆体粉末の製造方法は、Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末を作製する酸化物粉末作製工程と、平均粒径が、前記Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末の平均粒径の1/2以下である金属Ag粉末と前記Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末とを混合する混合工程からなるものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の金属被覆超電導線材用前駆体粉末を用いれば、多芯材の伸線加工後、長手方向に垂直な断面において、ばらつきの小さいフィラメント形状となる。これにより、最終製品になった段階で、臨界電流値の低下原因となる、ソーセージングや、ブリッジング等を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(実施の形態)
図1は、金属被覆酸化物超電導線材の構成を模式的に示す部分断面斜視図である。図1を参照して、多芯線の金属被覆酸化物超電導線材について説明する。金属被覆酸化物超電導線材11は、長手方向に伸びる複数本の酸化物超電導体フィラメント12と、それらを被覆する金属被覆部13とを有している。複数本の酸化物超電導体フィラメント12の各々の材質は、Bi−Pb−Sr−Ca−Cu−O系の組成が好ましく、特に(Bi、Pb):Sr:Ca:Cuの原子比がほぼ2:2:2:3の比率で近似して表されるBi2223相を含む材質が最適である。金属被覆部13の材質は、例えば銀や銀合金等の金属から構成される。
【0017】
次に、上記の酸化物超電導線材の製造方法について説明する。
【0018】
図2〜図8を参照して、本発明の実施の形態における金属被覆超電導線材の製造方法について説明する。なお、図2は本発明の実施の形態における金属被覆超電導線材用前駆体粉末の製造方法を示すフロー図である。図3は本発明の実施の形態における金属被覆超電導線材の製造方法を示すフロー図である。図4は本発明の実施の形態における単芯母線を得る工程(S1ステップ)を示す概略斜視図である。図5は本発明の実施の形態における単芯母線を伸線する工程(S2ステップ)を示す概略斜視図である。図6は本発明の実施の形態における多芯嵌合する工程(S3ステップ)を示す概略斜視図である。図7は本発明の実施の形態における多芯母線を伸線する工程(S4ステップ)を示す概略斜視図である。図8は本発明の実施の形態における多芯線を圧延する工程(S5ステップ)を示す概略斜視図である。
【0019】
図2を参照して、まずBi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末(母粉末)を作製する。この母粉末は、Bi2212相を主超電導相とし、Bi2223相、アルカリ土類酸化物(例えば、(CaSr)CuO、(CaSr)CuO、(CaSr)14Cu2441等)、Pb酸化物(例えば、CaPbO、(BiPb)SrCaCu)を含む材質よりなっている。
【0020】
母粉末は、Bi、PbO、SrCO、CaCO、CuO等の粉末を所望の比率となるよう混合し、熱処理、粉砕を複数回繰り返し製造する。また、5種類の原料粉末が溶解した硝酸水溶液を、加熱された炉内に噴射することにより、金属硝酸塩水溶液の粒子の水分が蒸発し、硝酸塩の熱分解、そして金属酸化物同士の反応、合成を瞬時に起こさせる噴霧熱分解法で母粉末を作製することもできる。母粉末の平均粒径は2〜3μmである。
【0021】
この母粉末に対し平均粒径が母粉末の平均粒径の1/2以下(1μm程度)である金属Ag粉末を混合する。この混合工程は、母粉末と金属Ag粉末が均一に混合されるのであればどのような方法を用いてもよい。ここで得られた粉末が、本発明の金属被覆超電導線材用前駆体である。
【0022】
次に図3および図4を参照して、上記で得られた前駆体粉末41を金属管42に充填する(ステップS1)。金属管42としては銀や銀合金を用いることが好ましい。これは前駆体粉末41と金属管42が反応して化合物を形成することによる、前駆体粉末41の組成ずれを防ぐためである。
【0023】
次に、図3および図5に示すように、上記前駆体粉末が充填された単芯母線51を所望の直径まで伸線加工し、前駆体粉末41を芯材として銀などの金属に被覆された単芯線52を作製する(ステップS2)。
【0024】
次に、図3および図6に示すように、この単芯線52を多数束ねて、例えば銀等からなる金属管61内に嵌合する(多芯嵌合:ステップS3)。これにより、前駆体粉末を芯材として多数有する多芯母線62が得られる。
【0025】
次に、図3および図7に示すように、多芯母線62を所望の直径まで伸線加工し、前駆体粉末41が金属被覆部71に埋め込まれ、断面形状が円状あるいは多角形状の多芯線72を作製する(ステップS4)。この工程における不均一変形を抑えるために、本発明の前駆体粉末の使用が重要になる。その作用効果の機構については後記する。
【0026】
次に、図3および図8に示すように、伸線後の多芯線72を圧延する(1次圧延:ステップS5)。これによりテープ状前駆体線材81が得られる。
【0027】
次に、テープ状前駆体線材を熱処理する(1次熱処理:ステップS6)。本熱処理の基本的な狙いは、前駆体粉末を目的とするBi2223超電導相に変態させることである。
【0028】
その後、再び線材を圧延する(2次圧延:ステップS7)。このように、2次圧延を行うことにより、1次熱処理で生じたボイドが除去される。
【0029】
ステップS7に続いて、大気圧下または加圧雰囲気で例えば830℃の温度で線材を熱処理する(2次熱処理:ステップS8)。以上の製造工程により、図1に示す酸化物超電導線材が得られる。
【0030】
以下、本発明のメカニズムについて記載する。金属管に前駆体粉末を充填した直後の前駆体粉末の見かけ密度は、約1.3〜1.5g/cmである。この充填金属管に縮径加工である伸線工程を施すと、前駆体粉末の密度が徐々に上昇していく。密度が小さい間は、前駆体粉末間に隙間があり、その隙間を埋めていくよう粉末が移動できる。この状態では、前駆体粉末の流動性が高いといえる。このような段階では、金属被覆部は前駆体粉末に追随して変形することができる。
【0031】
伸線工程が進んだ段階、特に多芯化された状態の伸線工程では、前駆体粉末の密度が4g/cmとなり、以後この密度のまま推移する。このような状況では、前駆体粉末の流動性が悪く、前駆体粉末部は変形しにくい。前駆体粉末部の変形抵抗が金属被覆部の変形抵抗に対してかなり大きくなった状態である。この変形抵抗の違いが、ある部分で金属被覆部だけが変形したり、ある部分では前駆体粉末部だけが変形したりして、フィラメント形状を乱すことになる。本発明は前駆体粉末の密度が上がった状況でも、前駆体粉末の流動性を高く維持するためなされたものである。
【0032】
そこで、発明者らは、金属Ag粒子を前駆体粉末中に添加すれば、前駆体粉末の流動性を高く維持できることを見いだした。まず金属Agは、金属被覆材の例からわかるように、母粉末が超電導に反応する際に影響を与えない材質である。よって、添加剤として適している。
【0033】
次に添加する効果であるが、母粉末間に金属Ag粒子が入り、Ag粒子を介在して母粉末粒が滑るように移動できるからである。潤滑剤のような機能を金属Ag粒子にもたせている。潤滑機能だけを考えれば金属Ag粉末を多量に添加すればよいが、多量に添加すると本質である超電導材料部分の割合が減って、超電導特性を損なう。超電導特性をあまり落とさない金属Ag粉末量は、体積割合(金属Ag粉末の体積/(母粉末の体積+金属Ag粉末の体積))で0.1(10%)程度が上限であることがわかっている。この体積比率において10%程度の金属Agをひとかたまりで添加しても潤滑剤としての機能は果たさない。
【0034】
流動性を維持するためには、母粉末間に均一に確実に金属Ag粉末が存在するよう、母粉末とほぼ同数の金属Ag粒子数が必要である(ほぼ1対1対応)。前述したように、大きな金属Ag粒子を数多く入れてしまうと、金属Ag粒子が前駆体粉末のかなりの部分を占めるためフィラメントの超電導性が損なわれる。そこで添加する金属Ag粒子を小さく分割する必要がある。発明者は種々の実験の結果、金属Ag粒子のサイズが平均粒径で母粉末の平均粒径の1/2以下であれば、超電導性を損なうことなく、流動性を維持できるよう充分な数の金属Ag粒子を添加できることを見いだした。
【0035】
これは計算上からも確認できる。全体の体積が10になるよう、1の体積を持つ立方体(一辺の長さ1)の母粉末粒子9個と、1の体積をもつ立方体(一辺の長さ1)の金属Ag粉末粒子1個が存在すると仮定する。このままの状態では、粒子の個数比率は9:1であり、金属Ag粉末粒子数が少ない。ここで、金属Ag粒子の一辺のサイズを0.5(1/2)にして、0.125の体積を持つ立方体の金属Ag粉末粒子を8個に分割すれば、体積比はそのままで、粒子個数比が9:8となり、ほぼ1:1対応となる。よって、金属Ag粒子のサイズが母粉末の粒径の1/2以下であると潤滑剤としての機能を発揮することができる。
【0036】
さらに効果的であるのは、母粉末の90%以上の粒子に、金属Ag粉末の粒子が一つ以上付着していることである。金属管充填前の前駆体粉末の状態として、母粉末粒子同士は凝集せず、母粉末粒子一つに対し、一つ以上の金属Ag粉末粒子が付着していることが好ましい。付着していれば、粒子数の対応関係を維持されやすいし、金属Ag粉末粒子は母粉末とともに移動し、それらが特定の箇所に集まってしまうようなことはない。付着力は、母粉末が備えている静電気力やファンデルワールス力がその源であり、特に特殊な操作を加えなくても付着する。
【0037】
この付着力を増すために、金属Ag粉末の平均粒径が1μm以下であると好ましい。粒径が1μm以下であると、重量に対する表面積がかなり大きくなり微粒子の物理的な性質上、より付着しやすくなる。
【0038】
添加量の上限値は、超電導特性に影響を与えない範囲となる。よってその量は体積量あるいは重量で制限される。よって好ましい範囲の上限値は重量比率であらわす。上記で金属Ag粉末の添加量は、体積比率で0.1程度が上限と記述したが、発明者は超電導特性にまったく影響を与えない添加量は、母粉末と金属Ag粉末の重量比率(金属Ag粉末の重量/(母粉末の重量+金属Ag粉末の重量))で0.05(5wt%)以下であることも見いだした。
【0039】
一方あまりにも添加量が少ない場合には、添加の効果は小さい。この場合の添加の効果は、超電導特性の大小ではなく、流動性が維持できるがどうかである。上記したように、どれだけ重量的に多い金属Ag粉末を、ひとつのかたまりで添加しても効果はなく、少量でも多数の粒子であれば効果は大きい。また、上記したように、金属Ag粉末の付着力は粒子の表面積に依存する。そこで、個数と表面積を兼ねた指標として、金属Ag粉末粒子の全表面積/母粉末粒子の全表面積の比率(Rとする)を用いる。Rは母粉末と金属Ag粉末の重量比率(金属Ag粉末の重量/(母粉末の重量+金属Ag粉末の重量))(重量比とする)と、金属Ag粉末の平均粒径(Ag粒径)、母粉末の平均粒径(母粉末粒径)、Agの密度(10.5g/cm)、母粉末の理論密度(6.3g/cm)を用いて以下の式で表される。
R=(重量比)・(母粉末粒径/Ag粒径)・(Agの密度/母粉末の理論密度)
【0040】
例えば、平均粒径1μmの金属Ag粉末と平均粒径3μmの母粉末を重量比5wt%(0.05)で混合した前駆体粉末のRは0.09と算出される。発明者は種々の実験から、このRを指標とした場合、より効果的な金属Ag粉末の添加量は、Rが0.05以上であることを見いだした。
【0041】
本発明の超電導用前駆体粉末を用いて超電導線材を作製すれば、多芯材の伸線加工後にばらつきの小さいフィラメント形状が得られる。これにより、最終製品になった段階で、臨界電流値の低下原因となる、ソーセージングや、ブリッジング等を抑え、高い臨界電流値を有する超電導線材を得ることができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例に基づき、本発明をさらに具体的に説明する。
【0043】
原料粉末(Bi、PbO、SrCO、CaCO、CuO)をBi:Pb:Sr:Ca:Cu=1.8:0.3:1.9:2.0:3.0の比率で混合し、大気中で700℃×8時間の熱処理、粉砕、800℃×10時間の熱処理、粉砕、840℃×4時間の熱処理、粉砕の処理を施し前駆体粉末を得る。また、5種類の原料粉末が溶解した硝酸水溶液を、加熱された炉内に噴射することにより、金属硝酸塩水溶液の粒子の水分が蒸発し、硝酸塩の熱分解、そして金属酸化物同士の反応、合成を瞬時に起こさせる噴霧熱分解法で前駆体粉末を作製することもできる。こうして作製された母粉末は、(Bi、Pb)2212相が主体となった粉末で、平均粒径が2.0μmであった。この母粉末に各種の平均粒径を持つ金属Ag粉末を、添加量を変化させ混合し複数種(試料1〜10)の前駆体粉末とした。混合はボールミルで混合した。添加した金属Ag粉末の平均粒径、添加量を表1に示す。混合された前駆体粉末を電子顕微鏡で観察したところ、試料2、4〜10において、90%以上の母粉末粒子に金属Ag粉末粒子がひとつは付着していた。
【0044】
上記により作製された複数種(試料1〜10)の前駆体粉末それぞれを外径25mm、内径22mmの銀パイプに充填し、直径2.4mmまで伸線して単芯線を作製する。この単芯線を55本に束ねて外径25mm、内径22mmの銀パイプに挿入し、直径1.5mmまで伸線し、多芯(55芯)線を得る。この伸線後の多芯線について内部のフィラメント(芯)形状を評価した。評価としては、多芯線の断面観察を行ない、各フィラメントの面積を計測し後述する方法で良否の判定を行った。以下、評価について図を参照して説明する。
【0045】
図9は理想的形状の55芯線の断面図である。図10はフィラメント形状にばらつきをもった55芯線の断面図である。図9において、フィラメント92は、金属被覆部91中に同じ断面積を有して配置している。このような状態が均一に加工できた理想的な断面形状である。一方、前駆体粉末の流動性が悪く均一に加工できなかった場合、図10のようになる。図10の55芯線には、図9と同じ断面積のフィラメント92以外に断面積の大きいフィラメント101や断面積の小さいフィラメント102が存在している。これらは、前駆体粉末の流動性が悪く、その場所に前駆体粉末が過度に溜まったり、少なかったりする部分である。このようなフィラメントは、単芯状態での前駆体粉末量は一定なので、多芯線の長手方向中ある場所で大きな断面積を持てば、それを相殺するように別の場所で断面積の小さい部分を形成する。これがソーセージングと言われる現象である。また図10中、フィラメント同士がくっついた部分、ブリッジング103も発生している。これら、ソーセージング、ブリッジングは最終的な超電導線材では臨界電流の低下要因となる。そこでできるだけ、図9の状態に多芯伸線後の多芯線を近づけたい。断面形状の良否を、フィラメントの断面積の標準偏差をフィラメントの平均断面積で割った値(乱れ指数)を用いて判定する。この数値が小さいほど均一なフィラメント形状をもっていることになる。多芯伸線後の乱れ指数を表1に示す。
【0046】
次に、この多芯線を圧延し、厚み0.25mmのテープ状線材に加工する。得られたテープ状線材を全圧1気圧(0.1MPa)、酸素分圧8kPaの雰囲気中で840℃、30時間〜50時間の1次熱処理を施す。
【0047】
1次熱処理後のテープ状線材を厚み0.23mmになるように再圧延する。再圧延後のテープ状線材に酸素分圧8kPaを含む、全圧30MPaの加圧雰囲気下にて830℃、50時間〜100時間の2次熱処理を施す。この後、臨界電流値(Ic)を測定した。その結果を表1に記す。
【0048】
臨界電流値は、温度77K、ゼロ磁場中、四端子法で電流―電圧曲線を測定し、その曲線から線材1cmあたり1×10−6Vの電圧を発生させる電流を臨界電流値と定義した。
【0049】
【表1】

【0050】
表1を参照して結果を考察する。まず金属Ag粉末を添加しない試料1を基準とする。添加金属Ag粉末の平均粒径が母粉末の平均粒径の1/2以上である試料3では、若干の乱れ指数の改善は見られるものの。臨界電流値の向上はなかった。本発明の実施例である試料2、4〜10では、乱れ指数がほぼ半減し、臨界電流値の向上が見られる。試料4では、添加量が5wt%を超えるため、乱れ指数は改善されているが、添加量がやや多く、臨界電流値がいくぶん低い。またR(表面積比)が0.05未満である試料8では、乱れ指数の改善が試料2や9に比べ小さい、よって臨界電流値も試料2や9より低くなっている。
【0051】
今回開示された実施の形態および実施例は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明でなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内のすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】金属被覆酸化物超電導線材の構成を模式的に示す部分断面斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態における金属被覆超電導線材用前駆体粉末の製造方法を示すフロー図である。
【図3】本発明の実施の形態における金属被覆超電導線材の製造方法を示すフロー図である。
【図4】本発明の実施の形態における単芯母線を得る工程(S1ステップ)を示す概略斜視図である。
【図5】本発明の実施の形態における単芯母線を伸線する工程(S2ステップ)を示す概略斜視図である。
【図6】本発明の実施の形態における多芯嵌合する工程(S3ステップ)を示す概略斜視図である。
【図7】本発明の実施の形態における多芯母線を伸線する工程(S4ステップ)を示す概略斜視図である。
【図8】本発明の実施の形態における多芯線を圧延する工程(S5ステップ)を示す概略斜視図である。
【図9】理想的形状の55芯線の断面図である。
【図10】フィラメント形状にばらつきをもった55芯線の断面図である。
【符号の説明】
【0053】
11 金属被覆酸化物超電導線材
12 酸化物超電導体フィラメント
13 金属被覆部
41 前駆体粉末
42 金属管
51 単芯母線
52 単芯線
61 金属管
71 金属被覆部
72 多芯線
81 テープ状前駆体線材
91 金属被覆部
92 フィラメント
101 断面積の大きいフィラメント
102 断面積の小さいフィラメント
103 ブリッジング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末からなる母粉末と、平均粒径が、前記母粉末の平均粒径の1/2以下である金属Ag粉末からなることを特徴とする金属被覆超電導線材用前駆体粉末。
【請求項2】
前記母粉末の90%以上の粒子に、前記金属Ag粉末の粒子が一つ以上付着していることを特徴とする請求項1に記載の金属被覆超電導線材用前駆体粉末。
【請求項3】
前記金属Ag粉末の平均粒径が1μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の金属被覆超電導線材用前駆体粉末。
【請求項4】
前記母粉末と前記金属Ag粉末の重量比率(金属Ag粉末の重量/(母粉末の重量+金属Ag粉末の重量))が0.05以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の金属被覆超電導線材用前駆体粉末。
【請求項5】
前記母粉末の全粒子の表面積の和と前記金属Ag粉末の全粒子の表面積の和の比率(金属Ag粉末の全粒子の表面積の和/母粉末の全粒子の表面積の和)が0.05以上であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の金属被覆超電導線材用前駆体粉末。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の金属被覆超電導線材用前駆体粉末を金属管に充填し、前記金属管を伸線加工する工程を経て製造された金属被覆超電導線材。
【請求項7】
Bi、Pb、Sr、Ca、Cuを含む酸化物粉末からなる母粉末を作製する母粉末作製工程と、
平均粒径が、前記母粉末の平均粒径の1/2以下である金属Ag粉末と前記母粉末とを混合する混合工程からなることを特徴とする金属被覆超電導線材用前駆体粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−146941(P2010−146941A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−325603(P2008−325603)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】