説明

針状体および針状体の製造方法

【課題】充分な刺突性を有し、かつ、刺突に際して、針状体先端部の破損を抑制することが出来る針状体を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、本発明の針状体は、針状体先端部が曲面形状であることにより、針状体先端部の機械的強度を向上させると共に、押圧した際に発生する荷重を針状体先端部に集中させることが出来る。このため、穿刺能力を低下することなく、針状体の破損を抑制することが可能となる。また、針状体先端部の曲面は、自由曲面であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細な針状体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
皮膚上から薬剤を浸透させ体内に薬剤を投与する方法である経皮吸収法は、人体に痛みを与えることなく簡便に薬剤を投与することが出来る方法として用いられているが、薬剤の種類によっては経皮吸収法で投与が困難な薬剤が存在する。これらの薬剤を効率よく体内に吸収させる方法として、μmオーダーの微細な針状体(マイクロニードル)を用いて皮膚を穿孔し、皮膚内に直接薬剤を投与する方法が注目されている。この方法によれば、投薬用の特別な機器を用いることなく、簡便に薬剤を皮下投薬することが可能となる(特許文献1参照)。
【0003】
この際に用いる微細な針状体の形状は、皮膚を穿孔するための十分な細さと先端角、および皮下に薬液を浸透させるための十分な長さを有していることが必要とされ、針の直径は数μmから数百μm、針の長さは皮膚の最外層である角質層を貫通し、かつ神経層へ到達しない長さ、具体的には数十μmから数百μm程度、針の先端角度は鋭角なもの、具体的には30°以下、であることが望ましいとされている。
【0004】
より具体的には、最外皮層である角質層を貫通することが求められる。角質層の厚さは人体の部位によっても若干異なるが、平均して20μm程度である。また、角質層の下にはおよそ200μmから350μm程度の厚さの表皮が存在し、さらにその下層には毛細血管が張りめぐる真皮層が存在する。このため、角質層を貫通させ薬液を浸透させるためには少なくとも20μm以上の針が必要となる。また、採血を目的とする針状体を製造する場合には、上記の皮膚の構成から少なくとも350μm以上の高さの針状体が必要となる。
【0005】
また、針状体を構成する材料としては、仮に破損した針状体先端部が体内に残留した場合でも、人体に悪影響を及ぼさない材料であることが必要であり、この材料としては医療用シリコン樹脂や、マルトース、ポリ乳酸、デキストラン等の生体適合性樹脂が有望視されている(特許文献2参照)。
【0006】
角質層を確実に貫通するためには、針の穿刺能力が高いことが望まれる。しかし、針の穿刺能力向上のために、針の先端角度を鋭利にすると、針状体先端部の機械的強度が低下し、皮膚に押圧した段階で針状体先端部に破損や変形が発生しやすくなる。このため、マイクロニードルの皮膚貫通度合いにばらつきが生じ、結果として安定した薬剤投与または薬理効果を得ることが困難となる問題があった。
【0007】
このような針状体先端部の破損を抑制する方法として、針状体先端部の形状を平坦部とし、機械的強度を増強する方法が知られている(特許文献3参照)。
【0008】
一方、自然界に存在する形状、実験により得られた形状などをコンピュータ上に再現した曲面、建築物や工業製品における曲面などの設計として、自由曲面の設計が行われている。自由曲面とは、関数で表記できる曲線を組み合わせて定義された曲面であり、3次元CAD描画装置などを用いてその形状を設計出来ることが知られている(特許文献4参照)。
【特許文献1】米国特許第6,183,434号明細書
【特許文献2】特開2005−21677号公報
【特許文献3】特表2005−533625号公報
【特許文献4】特開平06−139315号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、針状体先端部の形状を平坦部とすると、皮膚へ押圧した際に発生する荷重が分散するため、著しく穿刺能力は低下する。また、穿刺能力が低下することにより、押圧時に皮膚を貫通できずに皮膚を変形させる程度にとどまり、押し戻された皮膚より物理的な反発を受けて、針状体先端部ではなく、針状体側面部から破損したり、変形したりする恐れがある。
【0010】
特に、針を複数本規則的に配列(例えば、アレイ状に針を配列)させた場合、圧力分散による穿刺能力の低下は顕著となり、薬剤投与効果や再現性の低下につながる恐れがある。
【0011】
そこで、本発明は、上述の問題を解決するためになされたものであり、充分な穿刺能力を有し、かつ、穿刺に際して、針状体の破損を抑制することが出来る針状体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の本発明は、基板上に設けられた針状体であって、針状体先端部が曲面形状であることを特徴とする針状体である。
なお、本明細書において、「針状体」とは、一本の針のみならず、針が複数本規則的に配列(例えば、アレイ状に配列)された構造体をも含むものとして定義する。
【0013】
請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載の針状体であって、請求項1に記載の針状体であって、針状体先端部の曲面は、双3次曲面、クーンズ曲面、ベジエ曲面、B−スプライン曲面、ナーブス曲面、グレゴリー曲面からなる群から選ばれた自由曲面であることを特徴とする針状体である。
なお、本明細書において、「自由曲面」とは、関数で表記できる曲線を組み合わせて定義された曲面と定義する。
【0014】
請求項3に記載の本発明は、請求項1または2のいずれかに記載の針状体であって、針状体の基部を原点とし、基部から針状体先端部への軸方向をZ軸とし、前記Z軸と直行する任意の軸方向をX軸とし、前記Z軸および前記X軸の両者と直行する軸方向をY軸とした3次元直交座標系の中で、針状体側面部がテーパー形状であり、針状体側面部のテーパー角度が30°以下の領域について、針状体先端部の曲面上の座標が、下記数式を満たすことを特徴とする針状体である。
なお、本明細書において、「針状体の基部」とは、基板表面と平行な面と、針状体先端部の曲面と、が一点で接する接点を基板方向に垂直に移動させた基板表面上の一点と定義する。
【数1】

【0015】
請求項4に記載の本発明は、請求項1から3のいずれかに記載の針状体を用いた薬物輸送デバイスである。
【0016】
請求項5に記載の本発明は、微細な針状体の製造方法において、基板にレジストを塗布する工程と、前記レジストをパターニングする工程と、前記パターニングを施したレジストの形状を変形させる工程と、前記基板にレジストを塗布した方向からエッチングを行う工程と、を備え、前記エッチングを行う工程の際、針状体の基部を原点とし、基部から針状体先端部への軸方向をZ軸とし、前記Z軸と直行する任意の軸方向をX軸とし、前記Z軸および前記X軸の両者と直行する軸方向をY軸とした3次元座標系の中で、針状体側面部がテーパー形状であり、針状体側面部のテーパー角度が30°以下の領域について、針状体先端部の曲面上の座標が、下記数式を満たす範囲で、エッチングを停止することを特徴とする針状体の製造方法である。
【数1】

【0017】
請求項6に記載の本発明は、請求項5に記載の針状体の製造方法で製造された針状体を母型とし、転写加工成形を行うことを特徴とする針状体の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の針状体は、針状体先端部が曲面形状であることにより、針状体先端部の機械的強度を向上させると共に、押圧した際に発生する荷重を針状体先端部に集中させることが出来る。このため、穿刺能力を低下することなく、針状体の破損を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の針状体について説明を行う。
本発明の針状体は、
基板上に設けられた針状体であって、
針状体先端部が曲面形状であること
を特徴とする。
【0020】
本発明の針状体は、針状体先端部が曲面形状であることにより、針状体先端部の機械的強度を向上させると共に、押圧した際に発生する荷重を針状体先端部に集中させることが出来る。このため、穿刺能力を低下することなく、針状体の破損を抑制することが可能となる。
【0021】
また、針状体先端部の曲面形状は自由曲面(例えば、双3次曲面、クーンズ曲面、ベジエ曲面、B−スプライン曲面、ナーブス曲面、グレゴリー曲面など)であることが好ましい。自由曲面とすることにより、公知の3次元CAD描画装置を用いて所望する針状体の設計を、製造に先立って好適に行うことが出来る。このとき、設計した針状体の形状、針状体材料の特性から針状体の物理モデルを形成し、生体の皮膚を考慮した物理モデルとの間でコンピュータを用いて物理演算を行い、物理シミュレーションを行うことで、皮膚の穿刺に好適な針状体の形状について、針状体の製造前に評価を行うことが出来る。
【0022】
また、針状体側面部の形状、針状体の配列は、針状体の用途、材料、製造方法などに応じて適宜設計を行って良い。例えば、針状体側面部が角柱であり、先端部のみ曲面形状の針状体であっても良い。
【0023】
針状体材料は特に制限されないが、生体適合性材料である医療用シリコン樹脂や、マルトース、ポリ乳酸、デキストラン、糖質等を用いることで、生体に適用可能な針状体を形成出来る。生体適合性材料を用いれば、微細な針状体が折れて、体内に取り残された場合も、無害であるという効果を奏する。
【0024】
針状体の製造方法としては、本発明の特徴構成である先端部分の形状を成形することの出来る製造方法であれば良く、例えば、基板にレジストを塗布し、前記レジストをパターニングし、前記パターニングを施したレジストの形状を変形し、前記基板にレジストを塗布した方向からエッチングを行う製造方法や、3次元CADデータからレーザ光などを用いて直接成形する製造方法などであっても良い。
【0025】
エッチングを用いて針状体を製造する場合、エッチングマスクとして用いるレジストパターンの形状や、基板のエッチング条件の調整により先端部の形状を制御することが出来る。
【0026】
また、レジストパターンの形状において、レジストの膜厚を制御することにより、エッチング後の針状体先端部の曲率半径を制御することが出来る。このとき、レジストの膜厚が大きいほど、針状体先端部の曲率半径は大きくなり、レジスト膜厚の膜厚が小さいほど、針状体先端部の曲率半径を小さくすることが出来る。
【0027】
また、レジストの形状を変形する方法として、レジストのフォトリソグラフィーに用いるフォトマスクに、レジストの解像限界以下のメッシュパターンを用いる、いわゆるグレーマスクを用いてレジストを露光し、現像し、レジストパターンを形成する方法を用いても良い。グレーマスクを用いることで、レジストの露光強度を制御することが出来、グレーマスクに応じたレジストの形状にすることが出来る。
【0028】
エッチング条件の調整としては、エッチングガスの種類、エッチング装置の出力、チャンバー内の圧力や基板冷却温度等のエッチングパラメーターなど条件を調整することにより、針状体先端部の形状を変化させることが出来る。
【0029】
針状体の製造方法としては、本発明の特徴構成である先端部分の形状を成形した針状体を母型とし、複製版を形成し、転写加工成形を行うことが好ましい。転写加工成形を行うことで、母型を成形するための加工特性に頓着することなく、材料を選択し針状体を製造することが出来る。このため、例えば、生体適合性材料である医療用シリコン樹脂や、マルトース、ポリ乳酸、デキストラン、糖質等を用いることで、生体に適用可能な針状体を形成出来る。生体適合性材料を用いれば、微細な針状体が折れて、体内に取り残された場合も、無害であるという効果を奏する。
【0030】
転写加工成形としては、公知の転写加工成形法を適宜選択して用いて良い。例えば、Ni電鋳法などにより、複製版を作り、複製版を用いたインプリント法、ホットエンボス法、射出成形法、押し出し成形法およびキャスティング法などを行っても良い。
機械的強度が高く、多面付けされた複製版を作ることにより、同一の複製版で多量かつ大画面に、針状体を製造することが出来るため、生産コストを低くし、生産性を高めることが可能となる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明の針状体の製造方法について、具体的に一例を挙げながら説明を行う。当然のことながら、本発明の針状体の製造方法は下記実施例に限定されず、各工程において公知の資料から類推できる他の製造方法をも含むものとする。
また、本発明の針状体は、下記の実施例にて作成された針状体に限定されず、特徴構成である先端部分の形状を成形することの出来る他の方法によって製造されても良い(例えば、3次元CADデータからレーザ光などを用いて直接母型を成形し、該母型を用いて転写加工成形行う製造方法などであっても良い)。
【0032】
<実施例1>
まず、針状体の形状について設計を行った。
本実施例の針状体の形状としては、
針状体の基部を原点とし、
基部から針状体先端部への軸方向をZ軸とし、
前記Z軸と直行する任意の軸方向をX軸とし、
前記Z軸および前記X軸の両者と直行する軸方向をY軸とした3次元直交座標系の中で、
針状体側面部がテーパー形状であり、
針状体側面部のテーパー角度が30°以下の領域について、
針状体先端部の曲面上の座標が、下記数式を満たす形状であるものとした(図1)。
【数1】

【0033】
以下、本発明の針状体の製造方法の一実施例として、図2を用いながら説明を行う。
【0034】
まず、直径4inch、厚み525μmのシリコンウェハを用意し、該シリコンウェハ上にポジ型フォトレジスト(商品名:LA−900)を20μmの膜厚でコートした(図2(a))。
【0035】
次に、フォトリソグラフィーにより直径5μm、高さ20μmの円柱型のレジストパターンを形成した(図2(b))。
【0036】
次に、レジストパターンをオーブンで180℃、1時間でハードベーク処理を行った。ハードベーク処理によりレジストパターンが熱変形した。走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:以下、SEMと記述)によりレジストパターンの断面観察を行ったところ、熱変形後のレジスト形状は側面からの断面投影像が半円形状となった(図2(c))。
【0037】
次に、熱変形後のレジストパターンをエッチングマスクとし、フルオロカーボン系ガスをエッチングガスとして用い、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:以下、ICPと記述)を用いて、レジストパターンの形状が上述した「数1」を用いた設計形状を満たす範囲までエッチングした(図2(d))。
このとき、エッチングマスクとしたレジストパターンはシリコンの加工により縮小し、レジストパターンの直径は15μmとなった。また、レジストパターンの縮小に伴い、露出したシリコンも順次エッチングされ、最終的に形成されたシリコンはテーパー形状を有する円錐型の形状となった。また、シリコンウェハは250μmまでエッチングが進行した。
【0038】
以上より、本発明の針状体を製造することが出来た。
【0039】
<実施例2>
実施例1で製造された針状体を母型とし、転写加工成形を行った。
まず、実施例1で製造された針状体を母型とし、電解メッキ法によりニッケル複製版を作製した。このとき、シード層としては蒸着により作製したニッケル層30nmを用い、電解メッキ時のメッキ液にはスルファミン酸ニッケル溶液を用いた。また、メッキ浴のpHは4.7、メッキ浴槽温度50℃とし、膜厚400μmまでニッケルを成膜した(図3(e))。
【0040】
次に、ニッケルの成膜後、母型として使用したシリコン及びレジストを90℃、25wt%濃度の水酸化カリウム水溶液により溶解除去し、シリコン原版の凹凸反転パターンを有するニッケル複製版を完成させた(図3(f))。
【0041】
次に、170℃の加熱により軟化させたPLAに上記のニッケル複製版を用いて熱プレス成型した。このとき、ニッケル複製版のPLAへの押し込み圧力は15MPa、保持時間は1分とし、保持時間経過後にPLA及びニッケル複製版を室温まで冷却したのちに、ニッケル複製版を剥離した(図3(g))。
【0042】
以上より、生体適合性樹脂で構成された本発明の針状体を製造することが出来た。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の針状体は、医薬、創薬、化粧品などの薬物を輸送するデバイスに用いる微細な針として、利用することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の針状体の一例を示す概略図である。
【図2】本発明の針状体を製造する方法の一例を示す工程図である。
【図3】本発明の針状体を製造する方法の一例を示す工程図である。
【符号の説明】
【0045】
1……レジスト
2……基板
3……レジストパターン
4……変形後のレジストパターン
5……針状体
6……複製版
7……針状体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に設けられた針状体であって、
針状体先端部が曲面形状であること
を特徴とする針状体。
【請求項2】
請求項1に記載の針状体であって、
針状体先端部の曲面は、双3次曲面、クーンズ曲面、ベジエ曲面、B−スプライン曲面、ナーブス曲面、グレゴリー曲面からなる群から選ばれた自由曲面であること
を特徴とする針状体。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載の針状体であって、
針状体の基部を原点とし、
基部から針状体先端部への軸方向をZ軸とし、
前記Z軸と直行する任意の軸方向をX軸とし、
前記Z軸および前記X軸の両者と直行する軸方向をY軸とした3次元直交座標系の中で、
針状体側面部がテーパー形状であり、
針状体側面部のテーパー角度が30°以下の領域について、
針状体先端部の曲面上の座標が、下記数式を満たすこと
を特徴とする針状体。
【数1】

【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の針状体を用いた薬物輸送デバイス。
【請求項5】
微細な針状体の製造方法において、
基板にレジストを塗布する工程と、
前記レジストをパターニングする工程と、
前記パターニングを施したレジストの形状を変形させる工程と、
前記基板にレジストを塗布した方向からエッチングを行う工程と、
を備え、
前記エッチングを行う工程の際、
針状体の基部を原点とし、
基部から針状体先端部への軸方向をZ軸とし、
前記Z軸と直行する任意の軸方向をX軸とし、
前記Z軸および前記X軸の両者と直行する軸方向をY軸とした3次元座標系の中で、
針状体側面部がテーパー形状であり、
針状体側面部のテーパー角度が30°以下の領域について、
針状体先端部の曲面上の座標が、下記数式を満たす範囲で、
エッチングを停止すること
を特徴とする針状体の製造方法。
【数1】

【請求項6】
請求項5に記載の針状体の製造方法で製造された針状体を母型とし、複製版を形成し、転写加工成形を行うこと
を特徴とする針状体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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