説明

鉄基焼結体製造用混合粉末および鉄基焼結体

【課題】NiやMo等の高価な合金元素を用いなくても、鉄基焼結体の高強度化がはかれ、高強度の鉄基焼結体を得ることができる鉄基焼結体製造用混合粉末および高強度を有することができる鉄基焼結体を提供する。
【解決手段】(1) 鉄粉及び/又は鉄合金粉を母粉として含有し、Cu合金粉及び黒鉛粉を含有する鉄基焼結体製造用混合粉末であって、前記Cu合金粉の融点が1000℃以下であることを特徴とするもの、(2) 前記混合粉末においてCu合金粉のCu合金中のCu量が50 mol%以上のもの、(3) 前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、この合金元素の合計量が当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で0.1 mass%以上のもの、(4) 前記Cu合金がP、Siの1種以上を含有する場合、その合計量が0.1 〜0.5 mass%のもの等、(5) 前記混合粉末より得られる鉄基焼結体等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄基焼結体製造用混合粉末および鉄基焼結体に関する技術分野に属するものであり、特には、自動車用の高強度焼結部品として好適な鉄基焼結体およびこの鉄基焼結体の製造用の混合粉末に関する技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金法は、金属粉末を金型内で加圧し成型した後、焼結して焼結体とする方法である。粉末冶金法は、複雑な形状の機械部品も精度良く製造することができるため、高い寸法精度が要求されるギヤ等の自動車部品の製造に広く適用されている。
【0003】
粉末冶金法において、金属粉末として鉄粉を用いる場合には、通常、鉄粉にCu粉や黒鉛粉等の合金成分を混合し、更に成形性を向上させるための潤滑剤を 0.8%程度添加し6.8 〜7.2g/cm3程度の密度を有する焼結体としている。なお、この焼結体は、Feの他にCu等を含有しているが、Feをベース(基礎)成分とするものである。この焼結体を得るための原料の粉末(焼結体製造用混合粉末)は、鉄粉の他にCu粉等を含有しているが、鉄粉をベース(基本)粉末とするものである。
【0004】
このようにFeをベース成分とする焼結体を、以下、鉄基焼結体という。鉄基焼結体を得るための原料の粉末を、以下、鉄基焼結体製造用混合粉末という。ベース粉末を、以下、母粉という。
【0005】
鉄基焼結体の高強度化をはかる手段として、合金元素の添加による方法が提案されている。この合金元素の添加による方法としては、例えば、特開平9-87794 号公報や、特開平9-59740 号公報、特開2000-64001号公報に記載されたものがある。
【0006】
上記の特開平9-87794 号公報記載のものでは、鉄基焼結体製造用混合粉末の母粉(ベース粉末)として、NiおよびMoを含有させた鉄基合金粉を用いている。特開平9-59740 号公報記載のものでは、鉄基焼結体製造用混合粉末の母粉として、NiやMo等を含有させた鉄基合金粉(プレアロイ型鋼粉)を用いると共に、鉄基焼結体製造用混合粉末にNiやMo等およびCuやSiを含有する合金化粉末をも含有させている。特開2000-64001号公報記載のものでは、鉄基焼結体製造用混合粉末の母粉として、Ni及びMoを部分合金化した鉄基合金粉(合金鋼粉)を用いると共に、鉄基焼結体製造用混合粉末にNi粉およびMo粉をも含有させている。
【特許文献1】特開平9-87794 号公報
【特許文献2】特開平9-59740 号公報
【特許文献3】特開2000-64001号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、このような合金元素の添加による方法では、NiやMo等の高価な合金元素を用いる必要があるためにコスト上昇を招き、経済性が悪くなる。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、NiやMo等の高価な合金元素を用いなくても、鉄基焼結体の高強度化がはかれ、高強度の鉄基焼結体を得ることができる鉄基焼結体製造用混合粉末および高強度を有することができる鉄基焼結体を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。本発明によれば上記目的を達成することができる。
【0010】
このようにして完成されて上記目的を達成することができた本発明は、鉄基焼結体製造用混合粉末および鉄基焼結体に係わり、請求項1〜5記載の鉄基焼結体製造用混合粉末(第1〜5発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末)、請求項6記載の鉄基焼結体(第6発明に係る鉄基焼結体)であり、それは次のような構成としたものである。
【0011】
即ち、請求項1記載の鉄基焼結体製造用混合粉末は、鉄粉および/または鉄合金粉を母粉として含有し、Cu合金粉および黒鉛粉を含有する鉄基焼結体製造用混合粉末であって、前記Cu合金粉の融点が1000℃以下であることを特徴とする鉄基焼結体製造用混合粉末である〔第1発明〕。
【0012】
請求項2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末は、前記Cu合金粉のCu合金中のCu量が50 mol%以上である請求項1記載の鉄基焼結体製造用混合粉末である〔第2発明〕。
【0013】
請求項3記載の鉄基焼結体製造用混合粉末は、前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、合計で、0.1 mass%以上である請求項1または2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末である〔第3発明〕。
【0014】
請求項4記載の鉄基焼結体製造用混合粉末は、前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Siの1種以上を含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、合計で、0.1 〜0.5 mass%である請求項1または2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末である〔第4発明〕。
【0015】
請求項5記載の鉄基焼結体製造用混合粉末は、前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてMnを含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、0.1 〜1.3 mass%である請求項1または2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末である〔第5発明〕。
【0016】
請求項6記載の鉄基焼結体は、請求項1〜5のいずれかに記載の鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体である〔第6発明〕。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、NiやMo等の高価な合金元素を用いなくても、鉄基焼結体の高強度化がはかれ、高強度の鉄基焼結体を得ることができる。本発明に係る鉄基焼結体は、高強度を有することができ、このため、高強度の鉄基焼結体として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末は、前述のように、鉄粉および/または鉄合金粉を母粉として含有し、Cu合金粉および黒鉛粉を含有する鉄基焼結体製造用混合粉末であって、前記Cu合金粉の融点が1000℃以下であることを特徴とする鉄基焼結体製造用混合粉末である〔第1発明〕。なお、上記鉄合金粉とは鉄合金よりなる粉末(粉末状の鉄合金)のことであり、この鉄合金とはFeをベース(基礎)成分とする合金のことである。上記鉄粉および/または鉄合金粉を、以下、鉄基粉末という(鉄粉も、鉄合金粉も、以下、鉄基粉末という)。
【0019】
従来は鉄粉焼結用の焼結副資材としてCu粉が用いられていた。この副資材のCu粉は焼結中に溶融(Cuの融点1083℃)し、鉄粉界面をぬらして鉄粉の焼結が進行する。
【0020】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末においては、このCu粉に代えてCu合金粉を用いており、このCu合金粉の融点は上記のように1000℃以下であるので、このCu合金粉は溶融しやすい。従って、焼結が進行しやすくなり、この結果、鉄基粉末(鉄粉、鉄合金粉)界面の接合強度が向上し、これにより鉄基焼結体の強度が向上する。
【0021】
このような鉄基焼結体の強度の向上効果は、NiやMo等の高価な合金元素を用いなくても得ることができる。即ち、前述の特開平9-87794 号公報や、特開平9-59740 号公報、特開2000-64001号公報に記載のものでは、前述のように、鉄基焼結体製造用混合粉末の母粉としてNiやMo等を含有させた鉄基合金粉やNi及びMoを部分合金化した鉄基合金粉を用い、あるいは更に鉄基焼結体製造用混合粉末にNiやMo等を含有する合金化粉末やNi粉、Mo粉を含有させているが、本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、このようなNiやMo等を含有させることや部分合金化させること、Ni粉、Mo粉を含有させることをしなくても、焼結が進行しやすくなるために鉄基粉末界面の接合強度が向上し、また、合金元素による固溶強化効果も作用して、鉄基焼結体の強度が向上する。
【0022】
従って、本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、NiやMo等の高価な合金元素を用いなくても、鉄基焼結体の高強度化がはかれ、高強度の鉄基焼結体を得ることができる。
【0023】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末においては、前述のように、Cu合金粉は融点が低いために溶融しやすくて焼結が進行しやすいので、鉄基粉末界面の接合強度が向上するだけでなく、焼結時間が短時間でよくなるという利点もある。
【0024】
ここで、Cu合金粉の融点が1000℃以下であることとしている理由は、下記の点にある。Cuの融点は1083℃であり、一般的な鉄粉の焼結温度は1120〜1200℃である。副資材であるCu合金粉の融点が1000℃以下であれば、昇温中の早い時期に溶融でき、実質的な焼結時間を稼げる。そのため、焼結の促進による強度向上には副資材の融点が1000℃以下でなければ効果が得られない。従って、副資材としてのCu合金粉の融点は1000℃以下であることとしている。焼結の促進およびそれによる強度向上をより高水準なものとするために、Cu合金粉の融点は800 ℃以下であることが望ましい。融点は低ければ低いほどよいが、物性で下限が決まっている。
【0025】
融点が1000℃以下であるCu合金粉は、融点が1000℃以下であるCu合金よりなる粉末である。融点が1000℃以下であるCu合金や融点が800 ℃以下であるCu合金には種々のものがあり、例えば、合金元素としてPや、Si、Mnを含有させたCu合金がある。
【0026】
合金元素の含有量とCu合金の融点について、以下、例示する。Pを含有するCu合金において、P含有量:5 mol%の場合、Cu合金の融点:1030℃であるが、P含有量:10 mol%の場合、Cu合金の融点:900 ℃であり、P含有量:13 mol%の場合、Cu合金の融点:800 ℃であり、P含有量:16 mol%の場合、Cu合金の融点:730 ℃である。P含有量:約6〜23 mol%のCu合金で、融点が1000℃以下となり、P含有量:約13〜17 mol%のCu合金で、融点が800 ℃以下となる。
【0027】
Siを31 mol%含有させたCu合金の融点は810 ℃であり、Si含有量:約7〜42 mol%のCu合金で、融点が1000℃以下となる。Mnを35 mol%含有させたCu合金の融点は880 ℃であり、Mn含有量:10〜58 mol%のCu合金で、融点が1000℃以下となる。
【0028】
上記のPや、Si、Mn以外の元素を含有させることによっても、融点1000℃以下のCu合金や融点800 ℃以下のCu合金が得られる。
【0029】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末において、Cu合金粉のCu合金中のCu量が50 mol%以上であることが望ましい〔第2発明〕。この理由は下記の点にある。
【0030】
副資材として従来よりCuが用いられている大きな理由の一つとして、Fe-Cu 系は接触角が0°と非常に濡れ性がよい。Cuは合金化することにより、より低融点になるが、Cu合金中の合金元素の量が多すぎると、Feとの濡れ性が損なわれる。かかる点から、Cu合金粉のCu合金中の合金元素量は50 mol%(モル%)未満であること、即ち、Cu量が50 mol%以上であることが望ましい。
【0031】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末において、Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、合計で、0.1 mass%以上であることが望ましい〔第3発明〕。この理由は下記の点にある。
【0032】
Cu合金粉のCu合金中のP、Si、Mnは、焼結中に鉄基粉末の鉄に固溶して固溶強化する。この効果を発揮するために、P、Si、Mnの1種以上の量が、鉄基焼結体において、合計で0.1 mass%(質量%)以上であることが望ましい。
【0033】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末において、Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Siの1種以上を含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、合計で、0.1 〜0.5 mass%であることが望ましい〔第4発明〕。また、Cu合金粉のCu合金が合金元素としてMnを含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、0.1 〜1.3 mass%であることが望ましい〔第5発明〕。この理由は下記の点にある。
【0034】
P、Si、Mnの1種以上の量が多すぎると鉄基焼結体の被削性が劣化する(切削工具が摩耗しやすくなる)。この被削性の劣化を抑制して良好な水準の被削性を有する鉄基焼結体とするために、合金元素としてP、Siの1種以上を含有する場合には、この合金元素の量が、鉄基焼結体において、合計で0.5 mass%以下であることが望ましく、合金元素としてMnを含有する場合には、この合金元素の量が、鉄基焼結体において、1.3 mass%以下であることが望ましい。従って、固溶強化による鉄基焼結体の強度の向上および鉄基焼結体の被削性の劣化の抑制のために、合金元素としてP、Siの1種以上を含有する場合には、この合金元素の量が、鉄基焼結体において、合計で、0.1 〜0.5 mass%であることが望ましく、合金元素としてMnを含有する場合には、この合金元素の量が、鉄基焼結体において、0.1 〜1.3 mass%であることが望ましい。なお、Mnの場合、Pの場合やSiの場合よりも、望ましい量の上限値(被削性の点での許容値)が大きいのは、低融点組成領域が高Mn組成になるからである(最低融点領域はおよそ31 mol%Mn程度)。
【0035】
上記の第3発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、Cu合金粉が溶融しやすいために焼結が進行しやすくて鉄基粉末界面の接合強度が向上することによって鉄基焼結体の強度が向上するだけでなく、Cu合金粉のCu合金中のP、Si、Mnの1種以上が鉄に固溶して固溶強化することによって鉄基焼結体の強度が向上する。第4発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、鉄基粉末界面の接合強度向上によって鉄基焼結体の強度が向上し、更にP、Siの1種以上の鉄への固溶による固溶強化によって鉄基焼結体の強度が向上するだけでなく、鉄基焼結体の被削性の劣化を抑制し得て良好な水準の被削性を有することができる。第5発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、鉄基粉末界面の接合強度向上およびMnの鉄への固溶による固溶強化によって鉄基焼結体の強度が向上するだけでなく、鉄基焼結体の被削性の劣化を抑制し得て良好な水準の被削性を有することができる。
【0036】
本発明の第1発明〜第5発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末において、Cu合金粉の添加量は、特には限定されないが、通常は当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、1〜5質量%(重量%)とする。この量は一般的な焼結助剤の量である。
【0037】
黒鉛(グラファイト)粉の添加量は、特には限定されないが、通常は当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、0.3 〜1.5 質量%である。この量は一般的な焼結助剤の量である。なお、同一合金組成なら、強度およぼ被削性はほぼグラファイト量と相関がある。
【0038】
母粉の鉄基粉末(鉄粉および/または鉄合金粉)としては、鉄粉または鉄合金粉あるいは鉄粉および鉄合金粉の混合粉を用いる。この鉄合金粉としては、その組成は特には限定されず、NiやMo等を含有させた鉄合金粉(予合金粉)や、鉄粉の表面およびその近傍にNiやMo等を合金化した鉄基粉末(部分合金化粉)を用いることができ、その他種々の合金元素を含有させた鉄合金粉や、種々の合金元素を鉄粉の表面およびその近傍に合金化した鉄基粉末を用いることができる。なお、鉄基粉末の中、鉄合金粉はFeをベース(基礎)成分とする合金(即ち、合金元素を含有する鉄基合金)よりなる粉末であり、鉄粉は鉄合金粉以外のものであり、いわゆる純鉄粉ともいわれるものである。ただし、鉄粉(純鉄粉)には不可避的不純物を含有するものも含まれる。
【0039】
母粉の鉄基粉末として、NiやMo等の固溶強化元素を含有させた鉄合金粉や、かかる固溶強化元素を鉄粉の表面およびその近傍に合金化した鉄基粉末を用いた場合は、鉄粉を用いた場合よりも、鉄基焼結体の強度が高くなる。例えば、母粉の鉄基粉末として鉄粉を用いた場合、鉄基焼結体の引張強度は500MPa程度であり、母粉の鉄基粉末としてNiを含有させた鉄合金粉(予合金粉)を用いた場合、鉄基焼結体の引張強度は600 〜800MPa級であり、後者の場合の方が強度が高い。なお、上記のいずれの場合も黒鉛(グラファイト)粉の添加量は、鉄基焼結体製造用混合粉末に対する量で、0.8 %である。
【0040】
本発明に係る鉄基焼結体は、前述のような第1発明〜第5発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体である(第6発明)。即ち、第1発明〜第5発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末、あるいは、この混合粉末に必要に応じて添加する潤滑剤等の添加剤を混合したものを、加圧し成形した後、焼結して得られる鉄基焼結体である。この鉄基焼結体は、NiやMo等の高価な合金元素を用いない場合でも、高強度を有することができ、このため、高強度の鉄基焼結体として好適に用いることができる。第4発明〜第5発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体は、高強度を有することができるだけでなく、それと共に被削性の劣化が抑制されて良好な水準の被削性を有することができる。さらに、焼入れ・焼戻し等の熱処理により、強度はより向上する。
【実施例】
【0041】
本発明の実施例および比較例を以下説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0042】
母粉の鉄基粉末として鉄粉を用い、この鉄粉に、Cu合金粉またはCu粉と黒鉛粉末とを添加し、更に、潤滑剤としてステアリン酸亜鉛を添加し、60分間V型混合機で混合した後、加圧し成形し、これにより得られた成形体(圧粉体)を10%の水素を含む窒素雰囲気中において1120℃で30分間焼結して鉄基焼結体を得た。なお、上記の鉄粉にCu合金粉またはCu粉と黒鉛粉末とを添加したものが鉄基焼結体製造用混合粉末に相当する。
【0043】
このとき、鉄粉としては、表1に示す化学成分のものを用いた。Cu合金粉またはCu粉の添加量は、鉄基焼結体に対する量で、表2に示すように1〜5mass%(質量%)の範囲で変化させた。黒鉛粉末の添加量は、いずれの場合も、鉄基焼結体に対する量で、0.8 mass%となるようにした。潤滑剤のステアリン酸亜鉛の添加量は、いずれの場合も、鉄基焼結体製造用混合粉末(鉄粉にCu合金粉またはCu粉と黒鉛粉末とを添加したもの)に対する量で、0.75mass%となるようにした。加圧成形する際の圧力(成形圧力)を調整し、鉄基焼結体の密度が6.9 〜6.95g/cm3 となるようにした。
【0044】
Cu合金粉の組成は、表2の組成の欄に示すとおりである。例えば、No.1のCu合金粉は、Cu-16mol%P合金粉であり、これはPを16 mol%含有するCu合金粉であることを示すものである。No.9のCu合金粉は、Cu-31mol%Si合金粉であり、これはSiを31 mol%含有するCu合金粉であることを示すものである。これらのPや、Si、Mnの量(mol%)は、いずれも、Cu合金中での濃度、即ち、Cu合金に対する量(mol%)である。
【0045】
Cu合金粉の融点は、表2の融点の欄に示すとおりである。例えば、No.1のCu合金粉は、融点730 ℃である。
【0046】
PやSi、Mnの鉄基焼結体中での量、即ち、鉄基焼結体に対する量は、表2の合金の欄に示すとおりである。例えば、No.1の鉄基焼結体はPを含有し、このPの鉄基焼結体中での量(濃度)は0.17mass%である。No.9の鉄基焼結体はSiを含有し、このSiの鉄基焼結体中での量(濃度)は0.33mass%である。
【0047】
このようにして得られた鉄基焼結体について、これをMPIFスタンダード形状の引張試験片に機械加工し、引張試験を行った。
【0048】
また、鉄基焼結体を被削材として切削試験を行い、被削性を評価した。この切削試験は次の要領で実施した。鉄基焼結体3個をボルトに通し、予備リングを両側に配置させ、ナットにより挟み込む。その後、ボルトを旋盤のセンターに固定し、被削材(鉄基焼結体)の切削を行った。
【0049】
このとき、使用した切削工具は、住友電工ハードメタル社製G10E(K種超硬)である。旋削条件は、切削速度:150m/min、送り速度:0.1mm/rev 、切込み量:0.5mm 、切削長:100 m、切削様式:乾式連続切削である。切削工具の逃げ面摩耗量(工具摩耗量)を測定した。
【0050】
上記引張試験の結果を、表2の引張強度の欄に示す。上記切削試験の結果を、表2の工具摩耗の欄に示す。
【0051】
No.10 の場合、母粉の鉄粉に混合するCu系粉末(Cu合金粉またはCu粉)としてCu粉を用いている。このCu粉の融点は1083℃である。No.10 の鉄基焼結体はP、Si、Mnのいずれも含有していない。このNo.10 の鉄基焼結体の場合、引張強度:506MPaであり、切削試験での工具摩耗量(切削工具の逃げ面摩耗量):156 μm である。
【0052】
これに対し、No.1〜9 、No.11 〜14の場合、母粉の鉄粉に混合するCu系粉末としてCu合金粉を用いている。このCu合金粉は、合金元素としてP、Si、Mnの1種を含有しており、融点は1030〜730 ℃である。No.1〜9 、No.11 〜14の鉄基焼結体はP、Si、Mnの1種を含有している。このNo.1〜9 、No.11 〜14の鉄基焼結体の場合、No.10 の鉄基焼結体の場合よりも、引張強度が高い。
【0053】
この中でも、Cu合金粉として融点が1000℃以下のものを用いると共に、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が0.1 mass%以上である場合、鉄基焼結体の引張強度が高い(No.1〜9 、No.13 〜14)。これは、上記Cu合金粉が溶融しやすいために焼結性が向上して鉄粉界面の接合強度が向上することと、焼結中にCu合金粉のCu合金中のPやSi、Mnが鉄粉の鉄に固溶して固溶強化することとの複合効果によるものである。
【0054】
このとき、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が多くなるに伴い、鉄基焼結体の引張強度が高くなるが、切削試験での工具摩耗量(切削工具の逃げ面摩耗量)が多くなり、鉄基焼結体の被削性が低下する。鉄基焼結体がPを含有する場合において、鉄基焼結体中でのPの含有量が0.5 mass%以下の場合(No.1〜7 )、被削性が良好で充分である(許容範囲内にある)が、Pの含有量が0.5 mass%超の場合(No.13 )、被削性が悪くて不充分である。鉄基焼結体がSiを含有する場合において、鉄基焼結体中でのSiの含有量が0.5 mass%以下の場合(No.9)、被削性が良好で充分である(許容範囲内にある)。鉄基焼結体がMnを含有する場合において、鉄基焼結体中でのMnの含有量が1.3 mass%以下の場合(No.8)、被削性が良好で充分である(許容範囲内にある)が、Mnの含有量が1.3 mass%超の場合(No.14 )、被削性が悪くて不充分である。
【0055】
以上より、高強度を有する鉄基焼結体を得るには、母粉の鉄基粉末に混合するCu系粉末として、融点が1000℃以下であると共に合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、鉄基焼結体中でのP、Si、Mnの1種以上の含有量が合計で0.1 mass%以上となるようなCu合金粉を用いることが望ましいことがわかる。高強度を有すると共に良好で充分な被削性を有する鉄基焼結体を得るためには、融点が1000℃以下であると共に合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、鉄基焼結体中でのP、Si、Mnの1種以上の含有量が、Pの場合は0.1 〜0.5 mass%、Siの場合は0.1 〜0.5 mass%、Mnの場合は0.1 〜1.3 mass%となるようなCu合金粉を用いることが望ましいことがわかる。
【0056】
なお、No.12 〜14の場合の鉄基焼結体製造用混合粉末は、Cu合金粉の融点が1000℃以下であり、いずれも、本発明の第1発明の要件を満たすものである。No.13 〜14の場合の鉄基焼結体製造用混合粉末は、いずれも、本発明の第1発明の要件を満たすと共に、本発明の第3発明の要件も満たすものである。No.1〜9 の場合の鉄基焼結体製造用混合粉末は、いずれも、本発明の第1発明の要件を満たし、かつ、第3発明の要件を満たすと共に、本発明の第4発明の要件または第5発明の要件も満たすものである。
【0057】
No.1〜14の鉄基焼結体において、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が同一もしくはほぼ同一のもの同士で比較すると、鉄基焼結体製造用混合粉末中に混合されたCu合金粉の融点が低い場合の方が鉄基焼結体の引張強度が高い。これは、Cu合金粉の融点が低い場合ほど、Cu合金粉が溶融しやすいために焼結性の向上の程度が大きくなり、ひいては鉄粉界面の接合強度向上の程度が大きくなるためである。Cu合金粉の融点が1000℃以下の場合に鉄粉界面の接合強度向上による鉄基焼結体の強度向上が充分なものとなる。
【0058】
No.1〜14の鉄基焼結体において、鉄基焼結体製造用混合粉末中に混合されたCu合金粉の融点が同一もしくはほぼ同一のもの同士で比較すると、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が多い場合の方が鉄基焼結体の引張強度が高い。これは、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が多い場合ほど、Cu合金粉中のPやSi、Mnの鉄基粉末の鉄への固溶量が多く、固溶強化の程度が大きくなるためである。鉄基焼結体の強度向上のためには、鉄基焼結体中でのP、Si、Mnの1種以上の含有量は、合計で0.1 mass%以上となるようにすることが望ましい。鉄基焼結体の強度向上だけでなく、良好で充分な被削性を確保するためには、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が、Pの場合は0.1 〜0.5 mass%、Siの場合は0.1 〜0.5 mass%、Mnの場合は0.1 〜1.3 mass%となるようにすることが望ましい。
【0059】
No.1〜14の鉄基焼結体についての引張強度と切削試験での工具摩耗量(切削工具の逃げ面摩耗量)との関係を図1に示す。鉄基焼結体の引張強度が高くなるに伴って、切削試験での工具摩耗量が多くなり、鉄基焼結体の被削性が低下することがわかる。
【0060】
以上の例においては、母粉の鉄基粉末に混合するCu合金粉としては合金元素としてP、Si、Mnの1種を含有するものを用いたが、合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有するものを用いた場合も、以上の例の場合と同様の傾向の結果が得られる。即ち、高強度を有する鉄基焼結体を得るには、母粉の鉄基粉末に混合するCu系粉末として、融点が1000℃以下であると共に合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、鉄基焼結体中でのP、Si、Mnの1種以上の含有量が合計で0.1 mass%以上となるようなCu合金粉を用いることが望ましいことを示す結果が得られる。また、高強度を有すると共に良好で充分な被削性を有する鉄基焼結体を得るためには、融点が1000℃以下であると共に合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、鉄基焼結体中でのP、Siの1種以上の含有量が合計で0.1 〜0.5 mass%となるようなCu合金粉や、鉄基焼結体中でのMnの含有量が0.1 〜1.3 mass%となるようなCu合金粉を用いることが望ましいことを示す結果などが得られる。
【0061】
以上の例においては、母粉の鉄基粉末として鉄粉を用いているが、鉄合金粉を用いた場合も、以上の例の場合と同様の傾向の結果が得られる。即ち、鉄基焼結体の強度向上のためには、鉄基焼結体中でのP、Si、Mnの1種以上の含有量は、合計で0.1 mass%以上となるようにすることが望ましいことや、鉄基焼結体の強度向上だけでなく、良好で充分な被削性を確保するためには、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が、Pの場合は0.1 〜0.5 mass%、Siの場合は0.1 〜0.5 mass%、Mnの場合は0.1 〜1.3 mass%となるようにすることが望ましいこと等を示す結果が得られる。ただし、鉄基焼結体製造用混合粉末中に混合されたCu合金粉の融点、および、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が同一同一のもの同士で比較すると、鉄合金粉を用いた場合の方が鉄粉を用いた場合(以上の例の場合)よりも鉄基焼結体の強度が高い。この強度差は、鉄合金粉の種類(合金元素の種類およびその含有量、組織)によって異なる。
【0062】
以上の例においては、母粉の鉄基粉末に混合する黒鉛粉末の添加量は鉄基焼結体に対する量で0.8 mass%となるようにしたが、これ以外の量にした場合も、以上の例の場合と同様の傾向の結果が得られる。ただし、鉄基焼結体製造用混合粉末中に混合されたCu合金粉の融点、および、鉄基焼結体中でのPやSi、Mnの含有量が同一のもの同士で比較すると、黒鉛粉末の添加量が多い場合ほど、強度が高く、被削性が良好である。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末によれば、NiやMo等の高価な合金元素を用いなくても、鉄基焼結体の高強度化が図れ、高強度の鉄基焼結体を得ることができるので、本発明に係る鉄基焼結体製造用混合粉末は、経済性よく高強度の鉄基焼結体を製造する際の原料の粉末として好適に用いることができる。本発明に係る鉄基焼結体は、経済性よく製造することができ、高強度を有することができるので、高強度の鉄基焼結体として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の実施例および比較例に係る鉄基焼結体についての引張強度と工具摩耗との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄粉および/または鉄合金粉を母粉として含有し、Cu合金粉および黒鉛粉を含有する鉄基焼結体製造用混合粉末であって、前記Cu合金粉の融点が1000℃以下であることを特徴とする鉄基焼結体製造用混合粉末。
【請求項2】
前記Cu合金粉のCu合金中のCu量が50 mol%以上である請求項1記載の鉄基焼結体製造用混合粉末。
【請求項3】
前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Si、Mnの1種以上を含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、合計で、0.1 mass%以上である請求項1または2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末。
【請求項4】
前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてP、Siの1種以上を含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、合計で、0.1 〜0.5 mass%である請求項1または2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末。
【請求項5】
前記Cu合金粉のCu合金が合金元素としてMnを含有し、この合金元素の量が、当該鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体に対する量で、0.1 〜1.3 mass%である請求項1または2記載の鉄基焼結体製造用混合粉末。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の鉄基焼結体製造用混合粉末より得られる鉄基焼結体。

【図1】
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【公開番号】特開2007−291467(P2007−291467A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−122421(P2006−122421)
【出願日】平成18年4月26日(2006.4.26)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】