説明

鉄系部材の製造方法および鉄系部材

【課題】 下地であるリン酸塩皮膜中に切削油や皮脂等の油分が含まれる場合や、リン酸塩皮膜が十分に形成されていない場合や、塗膜が厚膜化した場合であっても、塗膜の密着性に優れ、防食性に優れた鉄系部材を、簡便かつ低コストに製造する方法を提供する。
【解決手段】
鉄系母材をリン酸塩処理した後、プラズマ処理し、次いで塗装処理することにより、母材表面の少なくとも一部に塗膜を形成することを特徴とする鉄系部材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系部材の製造方法および鉄系部材に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用のディスクブレーキ装置として、いわゆる、フローティング・キャリパ式のディスクブレーキ装置が知られている。このタイプのブレーキ装置は、通常、構成部材として、車輪と一体回転する円盤状のロータと、このロータを挟んで対向配置される一対の摩擦パッドと、該摩擦パッドをロータに押し付けるためのピストンを内蔵するキャリパボディと、車体側に取り付けられると共にキャリパボディをロータの軸方向に摺動可能に支持するサポートとを有している。
【0003】
そして、上記キャリパボディは、上記ロータの上を跨ぐブリッジ部と、該ブリッジ部の一端側に装備されて上記ピストンを進退可能に収容したシリンダ部と、上記ブリッジ部の他端側に装備されて他方の摩擦パッドの背面を抑えるキャリパ爪とを有している。
【0004】
上記ディスクブレーキ装置を構成するキャリパボディやサポート等の鉄系部材は、通常球状黒鉛鋳鉄(FCD450相当材)を母材としており、このようなブレーキ用途等に用いられる鉄系部材としては、鉄系母材表面に下地であるリン酸塩皮膜を形成した後、塗膜を形成してなるものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
このような鉄系部材は、表面に塗膜を有することにより耐食性を確保しているが、鉄系母材の表面には、元々切削油や皮脂等の油分が付着している場合が多いことから、これ等油分が下地であるリン酸塩皮膜形成時に皮膜中に取り込まれ、塗膜の密着性が低下してしまい易いという技術課題が存在していた。また、鉄系母材表面にリン酸塩皮膜が十分に形成されていなかったり、塗膜が厚膜化した場合にも、同様に塗膜の密着性が低下し易いという技術課題が存在していた。
【特許文献1】特開2000−160394号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情のもとで、塗膜の密着性に優れ、防食性に優れた鉄系部材を、簡便かつ低コストに製造する方法および該方法により得られる鉄系部材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、鉄系母材をリン酸塩処理した後、プラズマ処理し、次いで塗装処理して母材表面の少なくとも一部に塗膜を形成することにより、上記課題を解決し得ることを見出し、本知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)鉄系母材をリン酸塩処理した後、プラズマ処理し、次いで塗装処理することにより、母材表面の少なくとも一部に塗膜を形成することを特徴とする鉄系部材の製造方法、
(2)塗装処理が粉体塗装により行われる上記(1)に記載の鉄系部材の製造方法、
(3)粉体塗装が亜鉛を含む塗料を用いて行われる上記(2)に記載の鉄系部材の製造方法、
(4)得られる鉄系部材がディスクブレーキ装置の構成部材である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法、および
(5)上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法により得られたことを特徴とする鉄系部材
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、鉄系母材をリン酸塩処理した後、プラズマ処理し、次いで塗装処理することにより、塗膜の密着性に優れ、防食性に優れた鉄系部材を、簡便かつ低コストに製造する方法を提供することができ、また、該方法により得られる鉄系部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の方法について説明する。
本発明の方法は、鉄系母材をリン酸塩処理した後、プラズマ処理し、次いで塗装処理することにより、母材表面の少なくとも一部に塗膜を形成することを特徴とするものである。
【0011】
本発明の方法において、母材を構成する鉄系材料とは、鉄そのものまたは鉄を主成分とする鉄合金を意味し、鉄合金としては、鉄とともに、炭素、ケイ素、マグネシウム、ニッケル、クロム、モリブデン、銅等を含有するものを挙げることができる。上記鉄合金として、具体的には、鋼や鋳鉄等を挙げることができ、鋼としては、冷間圧延鋼、ステンレス鋼等を挙げることができ、鋳鉄としては、ねずみ鋳鉄、白鋳鉄、まだら鋳鉄、球状黒鉛鋳鉄、可鍛鋳鉄、合金鋳鉄等を挙げることができる。
【0012】
本発明の方法において、鉄系母材は、得られる鉄系部材の形状に対応する形状を有していることが好ましい。
【0013】
本発明の方法においては、上記鉄系母材をリン酸塩処理して、下地皮膜であるリン酸塩皮膜を形成する。
【0014】
リン酸塩処理に用いられるリン酸塩処理液としては、リン酸イオンを必須成分とし、リン酸イオンと塩を形成する金属イオンとして、マグネシウムイオン、アルミニウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、鉄イオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、銅イオン、及び亜鉛イオンの群から選ばれる少なくとも1種を含むものが好ましい。
【0015】
リン酸塩処理液中のリン酸イオンの濃度は特に制限されず、また、リン酸塩処理液中における金属イオンの濃度は、処理液中の全てのリン酸イオンが塩を形成し得る濃度以上の濃度であることが好ましい。
【0016】
リン酸塩処理液が亜鉛イオンを含むものである場合、リン酸塩処理液はさらに硝酸イオンを含んでもよい。硝酸イオンはリン酸塩処理液の安定性に寄与する。処理液に安定性を付与する目的で添加する場合の硝酸イオン濃度は、処理液中の金属イオンの濃度に対して、質量基準で、0.7〜3倍程度の濃度であることが好ましく、1〜1.5倍程度の濃度であることがより好ましい。
【0017】
また、リン酸塩処理液は、酸化促進剤として亜硝酸イオン、過酸化水素、塩素酸イオンを含んでもよく、これらの酸化促進剤により皮膜形成を促進することができる。
【0018】
リン酸塩処理液による処理方法としては、浸漬法等による化成処理のみによってリン酸塩皮膜を形成する方法や、化成処理とともに電解処理を併用することによって、リン酸塩皮膜の形成を促進する方法を挙げることができ、化成処理のみによってリン酸塩皮膜を形成する方法がより簡便である。
【0019】
リン酸塩処理においては、リン酸を必須成分とする酸性液により、鉄系母材の腐食を駆動力としてリン酸塩皮膜を生成する。すなわち、鉄系母材表面の局部アノード部では母材の腐食反応が進行し、局部カソード部では水素イオンが還元されて水素ガス生成反応が進行して、この化成処理に伴う反応により母材表面と処理液の界面pHが上昇してリン酸塩皮膜が形成される。このように、本発明の方法において、塗膜の下地として形成されるリン酸塩皮膜は、鉄系母材の腐食反応を利用して形成されるものであるため、皮膜密着性が良好であり、その後形成される塗膜の密着性も向上すると推察される。
【0020】
本発明の方法において、リン酸塩皮膜は、鉄系母材表面の少なくとも一部に形成されるが、鉄系母材全体に形成されることが好ましい。
【0021】
本発明の方法においては、リン酸塩処理された鉄系母材に、次いで、プラズマ処理が施される。
【0022】
プラズマ処理方法としては、リン酸塩処理された鉄系母材表面にプラズマ放電電子を照射し得る方法であれば、特に制限されず、例えば、リン酸塩処理された鉄系母材表面にプラズマ照射表面改質装置等によりプラズマ処理する方法を挙げることができる。
【0023】
プラズマ発生条件も、特に制限されず、例えば、大気中、AC10kV、60〜120mAで発生させることができる。
【0024】
また、プラズマ発生源と鉄系母材表面との距離は5〜50mmが好ましく、5〜30mmがより好ましい。プラズマ処理時間は、5〜120秒が好ましく、10〜90秒がより好ましく、20〜60秒がさらに好ましい。
【0025】
鉄系母材表面に塗膜を形成する場合、従来より、下地としてリン酸塩皮膜を形成することが行われていたが、上述したように、このリン酸塩皮膜中には皮脂や切削油等の油分が含まれ易いため、その後形成される塗膜の密着性が低下して、耐食性が低下し易いという技術課題が存在していた。
【0026】
本発明の方法においては、鉄系母材表面をリン酸塩処理した後、プラズマ処理することにより、リン酸塩皮膜中に油分が含まれる場合等であっても、塗膜の密着性が向上した鉄系部材を製造することができるが、これは、上記プラズマ処理によって、鉄系母材表面が活性化するとともに、表面に緻密な凹凸が形成されるためと推察される。
【0027】
本発明の方法において、プラズマ処理された鉄系母材は、その後、塗装処理される。
【0028】
塗装処理に用いる塗料としては、樹脂系塗料を挙げることができ、樹脂系塗料に用いられる樹脂としては、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物、アクリル樹脂等の熱硬化性樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリビニルブチラール等の熱可塑性樹脂から選ばれる1種以上を挙げることができ、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂またはエポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物を主成分とするものが好ましい。
【0029】
本発明の方法において、樹脂系塗料に用いられるエポキシ樹脂としては、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンとの縮合反応物、ビスフェノールFとエピクロロヒドリンとの縮合反応物等のグリシジルエーテル型樹脂、グリシジルエステル樹脂、脂環式エポキシ樹脂、脂肪族エポキシ樹脂、ブロムエポキシ樹脂、フェノール−ノボラック型またはクレゾール−ノボラック型のエポキシ樹脂等を挙げることができ、これらのエポキシ樹脂のうち、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンとの縮合反応物、またはビスフェノールFとエピクロロヒドリンとの縮合反応物等のグリシジルエーテル型樹脂が好ましい。
【0030】
具体的には、東都化成社製「エポトート YD903N、YD128、YD14、PN639、CN701、NT114、ST−5080、ST−5100、ST−4100D」、ダイセル化学社製「EITPA3150」、チバ・ガイギー社製「アルダイトCY179、PT810、PT910、GY6084」、ナガセ化成社製「テコナールEX711」、大日本インキ社製「エピクロン 4055RP、N680、HP4032、N−695、HP7200H」、油化シェルエポキシ社製「エピコート1001、1002、1003、1004、1007」、ダウ・ケミカル社製「DER662」、日本化薬社製「EPPN201、202、EOCN1020、102S」等を挙げることができる。
【0031】
本発明の方法において、樹脂系塗料に用いられるポリエステル樹脂は、例えば、エチレングリコール、プロパンジオール、ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の多価アルコールと、マレイン酸、テレフタル酸、イソフタル酸、フタル酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、β−オキシプロピオン酸等のカルボン酸とを常法に従って重合させて得たものが挙げられる。
【0032】
ポリエステル樹脂の数平均分子量は、500〜100,000が好ましく、2,000〜80,000がより好ましい。ポリエステル樹脂の水酸基価は、0〜300mgKOH/gが好ましく、30〜120mgKOH/gがより好ましい。また、ポリエステル樹脂の酸価は、0〜200mgKOH/gが好ましく、10〜100mgKOH/gがより好ましい。ポリエステル樹脂の融点は、50〜200℃が好ましく、80〜150℃がより好ましい。
【0033】
具体的には、ダイセルUCB社製「クリルコート341、7620、7630」、大日本インキ社製「ファインディックM−8010、8020、8024、8710」、日本ユピカ社製「ユピカコートGV110、230」、日本エステル社製の「ER6570」、ヒュルス社製の「VESTAGON EP−P100」等を挙げることができる。
【0034】
エポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物としては、上記エポキシ樹脂およびポリエステル樹脂を所定量づつ配合したものを挙げることができ、このエポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物において、ポリエステル樹脂の配合量は、組成物全量基準で、10〜90質量%が好ましく、20〜70質量%がより好ましく、30〜50質量%がさらに好ましい。
【0035】
アクリル樹脂としては、アクリル酸またはその誘導体の重合物や、該アクリル酸またはその誘導体と他のモノマーとの共重合物を挙げることができ、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、グリシジルアクリレート、n−ブチルアクリレート等のアクリル酸またはその誘導体からなるモノマーや、該モノマーとスチレンなどの他のモノマーを、アゾビスイソブチロニトリル、ベンゾイルパーオキサイドなどのラジカル開始剤を用いてラジカル重合したものを挙げることができる。具体的には、三洋化成工業社製「サンペックスPA−70」等を挙げることができる。
【0036】
ポリ塩化ビニルとしては、塩化ビニルモノマーの単独重合体や塩化ビニルモノマーと他のモノマーとの共重合体が挙げられ、各種の市販ポリ塩化ビニルが用いられるが、具体的には、ヴィテック社製、鐘淵化学工業社製、信越化学工業社製、新第一塩ビ社製、大洋塩ビ社製、東ソー社製のものを挙げることができる。また、粒状重合や乳濁重合により塩化ビニルモノマーを重合させてポリ塩化ビニルを作製する場合、塩化ビニルモノマーとしては、ヴィテック社製、鹿島塩ビモノマー社製、鐘淵化学工業社製、京葉モノマー社製、東ソー社製、トクヤマ社製のものを挙げることができる。
【0037】
ポリビニルブチラールは、ポリビニルアルコールにブチルアルデヒドを加えることにより得られる重合体であり、具体的には、積水化学工業社製「エスレック」等を挙げることができる。
【0038】
また、本発明の方法において用いられる樹脂系塗料が、熱硬化性樹脂を含む場合、さらに硬化剤を含んでもよく、硬化剤としては、ポリアミン系、アミノアミド系、ブロックドイソシアネート系、トリグリシジルイソシアヌレート(TGIC)系、エポキシ系(ポリエポキシド、エポキシ樹脂)のもの等が挙げられ、ポリアミン系、アミノアミド系およびブロックドイソシアネート系のものが特に好ましい。
【0039】
ポリアミン系の硬化剤としては、(1)ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ジメチルアミノプロピルアミン、トリメチルヘキサメチレンジアミン、変性ヘキサメチレンジアミンなどの脂肪族ポリアミン類、(2)イソフォロンジアミン、ラロミンC−260(BASF社製)などの脂環族ポリアミン類、(3)ジアミノジフェニルメタン、メタフェニレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン、メタキシリレンジアミンなどの芳香族ポリアミン類が挙げられ、さらにポリオキシプロピルジアミンやN−アミノエチルピペラジン等も挙げられる。
【0040】
アミノアミド系の硬化剤としては、重合脂肪酸とポリエチレンポリアミンから合成されるポリアミノアミドが使用できる。上記重合脂肪酸としては二量体あるいは三量体以上のポリカルボン酸および該ポリカルボン酸とモノカルボン酸との混合物を挙げることができ、上記ポリエチレンポリアミンとしては、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミンおよびこれらの縮合物であるポリアミノイミダゾリンを挙げることができる。
【0041】
ブロックドイソシアネート(ブロック化イソシアネート)系の硬化剤は、イソシアネート基(−NHCO−)の一部がブロック剤でブロックされた、軟化点が20〜100℃、好ましくは25〜80℃の範囲のものが好ましく、イソシアネート基の割合(%)は、5〜30%程度が好ましい。
【0042】
本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、耐食性向上等を目的としてフィラー等を含むこともできる。フィラーとしては亜鉛を含有するものを挙げることができ、フィラー形状としては、粒子形状が好ましい。
【0043】
本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、適宜着色顔料、防錆顔料または体質顔料等の顔料を含んでもよく、具体的には、酸化チタン、ベンガラ、酸化鉄、カーボンブラック、フタロシアニンブルー、フタロシアニングリーン、キナクリドン系顔料、アゾ系顔料等の着色顔料、クロム系顔料、リン酸塩系顔料、モリブデン系顔料等の防錆顔料、タルク、シリカ、アルミナ、炭酸カルシウム、沈降性硫酸バリウム等の体質顔料を挙げることができる。
【0044】
また、本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、レベリング剤(表面調整剤)を含むものであることが好ましい。レべリング剤としては、アクリルオリゴマー等のアクリル重合系樹脂、ジメチルシリコーンやメチルシリコーンなどのシリコーン類が挙げられるが、特にアクリル重合系樹脂が好ましい。このような樹脂として、具体的には、モンサント化成社製の「モダフロー」、BASF社製の「アクロナール4F」、BYKchemie社製の「BYK−360P」、楠本化成社製の「チィスパロンPL540」、東芝シリコーン社製の「CF−1056」などが挙げられる。
【0045】
レべリング剤の含有量は、0〜10質量%が好ましく、0〜5質量%がより好ましく、0〜1質量%がさらに好ましい。上記レべリング剤を使用することにより、下地皮膜と、樹脂系塗料からなる塗膜との密着性を向上させることができる。
【0046】
本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、例えば、各成分が均一に加熱混練された分散物を冷却後、所定の粒子径になるように、微粉砕、分級する方法により製造することができる。
【0047】
樹脂系塗料からなる塗膜の形成方法としては、粉体塗装法や、上記塗料を水等の適当な溶媒に溶解して、噴霧等する方法を挙げることができ、粉体塗装法により塗膜を形成することが好ましい。
【0048】
粉体塗装法としては、静電塗装法と流動浸漬法が挙げられる。静電塗装法においては、高圧静電発生機で得られる−40KV〜−90KV程度の直流高電圧により、樹脂系塗料からなる粉体粒子を負に帯電させて、被塗物である下地皮膜形成母材の表面に静電引力によって付着させた後、焼付炉で加熱、溶融、硬化して塗膜を形成する。また、流動浸漬法においては、底部に多孔質の板を置いた流動槽内で、樹脂系塗料からなる粉体をエアー流動させ、この浮遊する粉体中に250〜300℃程度に予熱された被塗物(下地皮膜を形成した鉄系母材)を浸漬し、被塗物表面に付着した粉体を熱溶融させることによって、塗膜を形成する。
【0049】
上記塗膜を形成する、樹脂系塗料からなる粉体粒子は、平均粒子径が15〜35μmであることが好ましく、20〜30μmであることがより好ましく、22〜28μmであることがさらに好ましい。また、50μm以上の粒子径を有する粒子が30質量%以下であることが好ましく、100μm以上の粒子径を有する粒子が5質量%以下であり、5μm以下の粒子径を有する粒子が15質量%以下であることがより好ましい。このように、平均粒子径が小さくかつ粒径を均一にすることにより、塗膜厚さが薄く、スコーチ(加熱)処理性に優れた塗膜を得ることができる。
【0050】
塗膜の膜厚は、40〜100μmが好ましく、40〜80μmがより好ましい。
【0051】
上述したように、従来より、塗膜形成時に使用する塗料中に亜鉛が含まれている場合には、特に塗膜の密着性が低下し易いという技術課題が存在していたが、本発明の方法においては、リン酸塩処理後にプラズマ処理を施すことにより、塗膜形成時に使用する塗料中に亜鉛が含まれている場合であっても、塗膜の密着性が向上した鉄系部材を製造することができる。また、鉄系母材表面にリン酸塩皮膜が十分に形成されていなかったり、塗膜が厚膜化した場合であっても、塗膜の密着性が向上した鉄系部材を製造することができる。これは、プラズマ処理によって鉄系母材表面が活性化され、表面に緻密な凹凸が形成されるためと推察される。
【0052】
本発明の方法により得られる鉄系部材としては、鋼管や線材等種々のものを挙げることができ、例えば、ディスクブレーキ装置の構成部材(キャリパボディ、サポート、ディスクパッド等)を挙げることができる。
【0053】
次に、本発明の鉄系部材について説明する。
本発明の鉄系部材は、本発明の鉄系部材の製造方法により得られたことを特徴とするものである。本発明の鉄系部材は、上記本発明の鉄系部材の製造方法により好適に製造することができる。
【実施例】
【0054】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
【0055】
実施例1
(1)キャリパボディの作製
(i)ディスクブレーキ装置の構成部材であるキャリパボディ形状に加工した鉄系母材(球状黒鉛鋳鉄(FCD)製)を、水溶性脱脂液にて脱脂した後、45℃に加温した4質量%リン酸鉄溶液(ミリオン化学社製、グランダー3450)中に3分間浸漬することにより、リン酸塩処理を施した。
(ii)上記処理により得られた鉄系母材表面のリン酸鉄皮膜に対して、プラズマ照射表面改質装置(春日電機(株)製、PS−601S)を用いて、大気中、30mmの距離から20秒間プラズマ放電によるプラズマ照射を行うことで、プラズマ処理を施した。
(iii)プラズマ処理を施した鉄系母材に対し、静電塗装法(コロナ荷電方式)により、樹脂系粉体塗料(亜鉛粒子を40質量%含有するエポキシ樹脂)を付着させ、次いで恒温炉中、200℃で1時間加熱、溶融、硬化して塗膜を形成することにより、鉄系部材である、表面に100μm厚の塗膜を有するキャリパボディを作製した。
(2)塗膜密着性評価
得られたキャリパボディの塗膜密着性を、JIS K 5600−5−6に準拠した碁盤目試験により評価した。すなわち、得られたキャリパボディ表面にけがき針により100個のマス目を形成し、IEC60454−2規格に準拠した25mm幅の粘着テープ(3M社製SCOTCH)を10Nで付着させた後、剥がし取ることにより、何個のマス目が剥がれずに残るか試験したところ、100個のマス目全てが剥がれず、塗膜が十分な密着性を有していることが分かった。
【0056】
実施例2
(1)キャリパボディの作製
45℃に加温した4質量%リン酸鉄溶液(ミリオン化学社製、グランダー3450)中に3分間浸漬する代わりに、50℃に加温した5質量リン酸亜鉛溶液(ミリオン化学社製、グランダーZ−67)中に3分間浸漬したこと以外は、実施例1(1)と同様の操作により、鉄系部材である、表面に100μmの塗膜を有するキャリパボディを作製した。
(2)塗膜密着性評価
得られたキャリパボディの塗膜密着性を、実施例1(2)と同様の方法で評価したところ、100個のマス目全てが剥がれず、塗膜が十分な密着性を有していることが分かった。
【0057】
比較例1
プラズマ処理を施さなかったことを除けば、実施例1(1)と同様にして鉄系部材であるキャリパボディを作製し、得られたキャリパボディの塗膜密着性を実施例1(2)と同様にして評価したところ、100個のマス目のうち10個が剥がれ、塗膜密着性が不十分であることが分かった。
【0058】
比較例2
プラズマ処理を施さなかったことを除けば、実施例2(1)と同様にして鉄系部材であるキャリパボディを作製し、得られたキャリパボディの塗膜密着性を実施例1(2)と同様にして評価したところ、100個のマス目のうち14個が剥がれ、塗膜密着性が不十分であることが分かった。
【0059】
<濡れ性評価>
(1)キャリパボディ形状に加工した鉄系母材(球状黒鉛鋳鉄(FCD)製)を、切削油含有水に浸した後、実施例1(1)の(i)および(ii)と同様にして、リン酸鉄処理およびプラズマ処理を施した。上記各処理を施した鉄系母材上に水滴を垂らしたところ、鉄系母材表面に均一に濡れることを確認できた。
本評価結果から、リン酸塩処理後にプラズマ処理を施すことにより、鉄系母材表面が改質され、活性化されるため、密着性の向上した塗膜を形成し得ることが分かる。
(2)キャリパボディ形状に加工した鉄系母材(球状黒鉛鋳鉄(FCD)製)を、切削油含有水に浸した後、実施例1(1)の(i)と同様にして、リン酸塩処理のみを施した。上記処理を施した鉄系母材上に水滴を垂らしたところ、鉄系母材表面に液滴状に存在することが確認できた。
本評価結果から、鉄系母材にリン酸塩処理のみを施した場合には、鉄系母材表面に油分が残存することによって、十分な密着性を有する塗膜を形成し得ないことが分かる。
【0060】
実施例1〜2および比較例1〜2を対比することにより、本発明の方法においては、鉄系母材をリン酸塩処理した後に、プラズマ処理することにより、塗膜の密着性に優れ、防食性に優れた鉄系部材を、簡便かつ低コストに製造できることが分かる。
【0061】
また、濡れ性評価結果より、上記優れた効果は、鉄系母材をプラズマ処理することによって、表面が改質されるために得られることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、塗膜の密着性に優れ、防食性に優れた鉄系部材を、簡便かつ低コストに製造する方法および該方法により得られる鉄系部材を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系母材をリン酸塩処理した後、プラズマ処理し、次いで塗装処理することにより、母材表面の少なくとも一部に塗膜を形成することを特徴とする鉄系部材の製造方法。
【請求項2】
塗装処理が粉体塗装により行われる請求項1に記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項3】
粉体塗装が亜鉛を含む塗料を用いて行われる請求項2に記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項4】
得られる鉄系部材がディスクブレーキ装置の構成部材である請求項1〜請求項3のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の方法により得られたことを特徴とする鉄系部材。

【公開番号】特開2009−256731(P2009−256731A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−107770(P2008−107770)
【出願日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】