説明

銀めっき物の製造方法及び銀めっき物

【課題】高温環境下での長時間の使用や硫黄成分の銀めっき層中への拡散による接触抵抗の上昇と表面の変色が有利に防止され得る銀めっき物とその有利な製造方法とを提供する。
【解決手段】金属素材12の表面に、錫−ニッケルめっき層16を0.1〜0.5μmの厚さで形成した後、錫−ニッケルめっき層16に対して、銀めっき層18を0.1〜0.2μmの厚さで積層形成し、その後、260〜400℃の温度で10〜30分間の加熱処理を行って、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18とを合金化して、目的とする銀めっき物10を得るようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀めっき物の製造方法と銀めっき物とに係り、特に、電気・電子部品等に好適に用いられる銀めっき物と、その有利な製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、金属素材の表面に銀めっき層が形成されてなる銀めっき物が、コネクタや、スイッチ、リレー等の電気・電子部品(機構部品)等に多く使用されている。この電気・電子部品用の銀めっき物は、例えば、銅や銅合金等からなる金属素材の表面に対して、銀又は銀合金からなる銀めっき層を、直接に、或いはニッケルめっき層等の下地めっき層を介して形成することによって製造される。
【0003】
ところで、銀はその活性の高さから、銅等の異種金属やその他の物質が拡散し易く、また、硫化物に対する耐食性が低いといった特性を有している。そのため、上記のようにして製造される従来の電気・電子部品用の銀めっき物では、銀めっき層中に拡散した素材の銅が酸化して、銀めっき層表面が変色したり、或いは銀めっき物の接触抵抗が上昇するおそれがあった。また、下地めっき層として、めっき物表面の平滑性向上に有利な光沢ニッケルめっき層が採用される場合には、光沢ニッケルめっき層中に含まれる光沢剤の硫黄成分が銀めっき層中に拡散することとなる。かかる硫黄成分は銀めっき層の腐食を招き、結果として、銀めっき物の接触抵抗が高くなってしまうという問題もあった。
【0004】
しかも、電気・電子部品用の銀めっき物は、自動車のエンジンルーム内等で用いられる場合は、400℃を超えるような過酷な高温環境下に晒されることとなる。また、使用箇所が一般の室内であっても、熱を発生する電気機器内部に設置されたり、通電による自己発熱などにより、室温を超える温度下に晒される場合が多い。このように、銀めっき物が室温を超える高温環境下で使用される場合には、上記のような銀めっき層中への銅の拡散や銀めっき層の硫黄成分による腐食の進行が早まることとなる。それ故、従来の銀めっき物にあっては、高温環境下での長時間の使用によって表面の変色が著しくなり、また接触抵抗の増大が避けられないという問題を内在していたのである。
【0005】
なお、銀めっき物において、銀めっき層を、例えば1〜5μm程度の十分に厚い厚さとすれば、高温環境下での使用によっても、表面の変色や接触抵抗の上昇が抑えられて、品質の安定化が図られ得る。しかしながら、高価な銀を含む銀めっき層を厚くすることは、高コスト化に直結するため、現実的ではなかった。
【0006】
このような状況下、例えば、特開2001−3194号公報(特許文献1)等には、金属素材の表面に、ニッケル−リン合金又はニッケル−コバルト−リン合金からなる中間めっき層を形成し、更に、この中間めっき層に対して、銀めっき層を積層形成してなる銀めっき物が提案されている。そこにおいて、銀めっき物が高温環境下での使用による接触抵抗の上昇を抑え得ることが記載されている。しかしながら、NiPの金属化合物は、加熱によって金属素材の表面にボイドを発生させ、中間めっき層の剥離の原因となるおそれがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−3194号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の事情を背景に為されたものであって、その解決課題は、高温環境下での長時間の使用による接触抵抗の上昇と銀めっき層表面の変色が有利に防止乃至は抑制され、しかも、下地めっき層として光沢ニッケルめっき層を採用した場合にあっても、光沢ニッケルめっき層中に含まれる光沢剤の硫黄成分の銀めっき層中への拡散による銀めっき層の腐食が抑えられ、それに起因した接触抵抗の上昇が効果的に防止乃至は抑制され得る銀めっき物を有利に製造する方法を提供することにある。また、本発明は、そのような優れた特徴を有する銀めっき物を提供することをも、その解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第一の態様は、銀めっき物の製造方法において、金属素材の表面に、錫−ニッケルめっき層を0.1〜0.5μmの厚さで形成した後、該錫−ニッケルめっき層に対して、銀めっき層を0.1〜0.2μmの厚さで積層形成し、その後、260〜400℃の温度で10〜30分間の加熱処理を行って、該錫−ニッケルめっき層と銀めっき層とを合金化することを特徴とする。
【0010】
本態様では、錫−ニッケルめっき層と銀めっき層との合金化によって、銀めっき物を、金属素材に対して錫−ニッケル−銀合金からなる表面めっき層が形成された構造と為し得る。そして、そのような表面めっき層が、銅や硫黄成分の拡散バリアとして極めて有効に機能する。これによって、銀めっき層の厚さが十分に薄くされているにも拘わらず、金属素材が銅や銅合金である場合でも、金属素材を構成する銅の銀めっき層中への拡散が有利に阻止乃至は抑制され得る。また、金属素材の表面に、下地層として、光沢ニッケルめっき層が形成される場合にあっても、光沢ニッケルめっき層に含まれる光沢剤中の硫黄成分の銀めっき層中への拡散が効果的に防止乃至は抑制され得る。しかも、そのような銀めっき層中への銅や硫黄成分の拡散が、温度上昇に伴って進行するようなことも、有効に抑えられ得る。
【0011】
それ故、本態様によれば、製造された銀めっき物が、室温で使用される場合は勿論、室温よりも高い高温環境下で使用される場合にあっても、銀めっき層の厚肉化に伴う高コスト化の問題を惹起させることなく、銀めっき層中への銅や硫黄成分の拡散に起因した表面の変色と接触抵抗の上昇とが、極めて有効に防止乃至は抑制され得る。
【0012】
本発明の第二の態様は、第一の態様に記載の製造方法において、前記錫−ニッケルめっき層が、錫を60〜70重量%の割合で含有し、且つニッケルを40〜30重量%の割合で含有しているものである。このような錫−ニッケルめっき層の配合比率とすることにより、銀めっき層との合金化を促進させ、錫−ニッケル−銀合金の表面層を形成することができる。
【0013】
本発明の第三の態様は、銀めっき物において、金属素材の表面に対して、0.1〜0.5μm厚の錫−ニッケルめっき層が積層されると共に、該錫−ニッケルめっき層の表面に0.1〜0.2μm厚の銀めっき層が積層されており、前記錫−ニッケルめっき層と前記銀めっき層が260〜400℃の温度で10〜30分間の加熱処理により合金化されていることを特徴とする。
【0014】
本発明の第四の態様は、第三の態様のものにおいて、前記錫−ニッケルめっき層が、錫を60〜70重量%の割合で含有し、且つニッケルを40〜30重量%の割合で含有しているものである。
【0015】
上記第三および第四の態様によれば、前記した本発明の第一および第二の態様と実質的に同一の作用・効果が、有効に享受され得る。
【発明の効果】
【0016】
本発明に従う銀めっき物の製造方法によれば、高温環境下での使用によっても、表面の変色や接触抵抗の上昇がないか又は有利に抑えられ得る、安定した品質を備えた銀めっき物が、極めて容易に且つ低コストに得ることができるのである。
【0017】
また、本発明に従う銀めっき物にあっては、高温環境下での使用によっても、表面の変色や接触抵抗の上昇がないか又は有利に抑えられ得るのであり、それによって、優れた品質性能が、安定的に確保され得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明手法に従って製造される銀めっき物の一例における加熱処理前の状態を示す部分断面図。
【図2】本発明手法に従ってめっき物を製造する際に用いられるめっき装置の一例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0020】
先ず、図1には、本発明手法に従って製造される銀めっき物の一例における加熱処理前の状態が、その断面形態において示されている。図1から明らかなように、加熱処理前の銀めっき物10は、金属素材12の表面に光沢ニッケルめっき層14が形成され、この光沢ニッケルめっき層14の表面に錫−ニッケルめっき層16が積層形成され、更に、この錫−ニッケルめっき層16の表面に銀めっき層18が積層形成された構成とされている。また、このような銀めっき物10にあっては、所定の加熱処理が施されることによって、主に、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18とが合金化されて、金属素材12の表面に、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18との合金からなる表面めっき層が形成されるようになっている。そして、そのような表面めっき層の存在によって、金属素材12を構成する銅や光沢ニッケルめっき層14中の光沢剤由来の硫黄成分の銀めっき層18中への拡散が、防止乃至は抑制されるようになっている。
【0021】
このような構造とされた銀めっき物10は、例えば、以下の工程により製造され得る。
【0022】
すなわち、先ず、金属素材12を準備する。ここで準備される金属素材12としては、その材質が何等限定されるものではない。例えばコネクタや、スイッチ、リレー等の電子部品等に使用される材質や、防食や装飾等を目的として銀めっき層18が表面に形成されるのに従来から使用される材質を備えた金属素材12が、適宜に用いられる。例えば、銅又は銅合金(ベリリウム−銅やリン青銅等)等からなる金属素材12が使用される。また、金属素材12の形状乃至は形態も何等限定されるものではなく、銀めっき物10の使用目的等に応じた形状乃至は形態とされる。例えば、ブロック状や平板状、線状等の形状を有するものが、金属素材12として用いられる。
【0023】
次に、準備された金属素材12の表面に対して、光沢ニッケルめっき層14を形成する。この光沢ニッケルめっき層14の形成方法としては、主に電気めっきが採用されるが、一般には、ワット浴やスルファミン酸浴などのニッケルめっき浴を用いた公知の電気めっき法が採用される。また、必要に応じて、光沢ニッケルめっき層14の形成に先立って、金属素材12に対する洗浄処理等の前処理が実施される。
【0024】
光沢ニッケルめっき層14の厚さは、特に限定されるものではないが、一般に1.0〜15.0μm程度の厚さとされる。蓋し、光沢ニッケルめっき層14の厚さが1.0μmを下回ると、その薄さ故、金属素材12や銀めっき物10の表面の平滑性の向上が十分に望めなくなる可能性がある。また、光沢ニッケルめっき層14を15.0μmを超える厚さで形成しても、金属素材12や銀めっき物10の表面の平滑性の更なる向上が望めず、逆に材料コストが嵩むといった不具合を生ずる。
【0025】
次に、光沢ニッケルめっき層14の表面に、錫−ニッケルめっき層16を積層形成する。この錫−ニッケルめっき層16は、錫を60〜70重量%の割合で含有し、且つニッケルを40〜30重量%の割合で含有していることが望ましい。錫とニッケルの含有比率がこの範囲を外れると、所望の錫−ニッケルめっき層16の形成ができない場合がある。より好ましくは、錫−ニッケルめっき層16中の錫の含有量が60〜65重量%であり、且つニッケルの含有量が40〜35重量%であることが好ましい。また、錫−ニッケルめっき層16中には、錫とニッケル以外の不可避不純物が含有されていても良い。
【0026】
また、錫−ニッケルめっき層16の厚さは0.1〜0.5μmの範囲内とされる。蓋し、前述のように、錫−ニッケルめっき層16は、それに積層形成される銀めっき層18と合金化されることによって、銅や硫黄に対する拡散バリア効果を発揮するものであるが、錫−ニッケルめっき層16が0.1μm未満と余りに薄い場合には、銀めっき層18と合金化による銅や硫黄に対する拡散バリア効果が十分に確保され難いからである。また、錫−ニッケルめっき層16の厚さが0.5μmを超える場合は、後述する銀めっき層18との合金化が促進されない部分が生じ、銅や硫黄に対する拡散バリア効果が却って低下するからである。加えて、材料の浪費となってコスト高を招く上、応力による割れも生じ易くなるからである。
【0027】
このような錫−ニッケルめっき層16の形成に際しては、一般には、電気めっき手法が採用される。そして、電気めっき手法によって、錫−ニッケルめっき層16を形成する場合には、例えば、図2に示される電気めっき装置20が使用される。
【0028】
図2から明らかなように、電気めっき装置20は、十分に大きな容積を有するめっき槽22を有している。このめっき槽22の内部には、表面に光沢ニッケルめっき層14が形成された金属素材12からなる陰極24と可溶性陽極26とが収容されている。可溶性陽極26には、錫−ニッケルめっきを形成する電気めっきの実施に際して一般に用いられる、例えば錫製のものが使用される。
【0029】
そして、可溶性陽極26と陰極24とが、リード線を介して、電源装置28に接続されている。なお、電源装置28には、出力電流が一定に維持される定電流電源装置が、好適に用いられる。電源装置28として定電流電源装置が使用されることにより、電気めっきの実施時における電流の低下が防止され、以って、陰極24の表面に形成される錫−ニッケルめっき層16の膜厚が電流低下によって薄くなってしまうことが未然に防止され得る。
【0030】
めっき槽22内には、錫−ニッケルめっき液30が、陰極24と可溶性陽極26とをそれぞれ十分に浸漬させ得る量において収容されている。この錫−ニッケルめっき液30は、金属錫と金属ニッケルとを含む水溶液にて構成されている。
【0031】
錫−ニッケルめっき液30中の金属錫と金属ニッケルは、電気めっきの実施により、陰極24の表面に析出される錫−ニッケル合金の供給源として使用される。また、錫製の可溶性陽極26も、その溶解によって、錫−ニッケルめっき液30中に錫を補給する補給源とされる。このような錫−ニッケルめっき液30と可溶性陽極26とを用いる場合には、錫−ニッケルめっき液30中の金属錫の濃度が20〜
30g/Lで、且つ金属ニッケルの濃度が5〜8g/Lとされていることが望ましい。何故なら、そのような組成を有する錫−ニッケルめっき液30を用いることによって、錫を60〜70重量%の割合で含有し、且つニッケルを40〜30重量%の割合で含有する錫−ニッケルめっき層16を、光沢ニッケルめっき層14の表面に対して、一般的な条件の下で容易に且つ確実に形成することができるからである。
【0032】
そして、上記のような構造を有する電気めっき装置20を用いて、陰極24の表面、つまり、金属素材12表面上に形成された光沢ニッケルめっき層14の表面に錫−ニッケルめっき層16を積層形成するには、電源装置28を作動させて、可溶性陽極26と陰極24との間に電流を流し、電気めっきを実施する。これにより、錫−ニッケルめっき液30中の金属錫、及び可溶性陽極26の溶解によって錫−ニッケルめっき液30中に補給される錫と錫−ニッケルめっき液30中の金属ニッケルとを陰極24の表面に析出させる。そうして、陰極24を構成する金属素材12の表面に形成された光沢ニッケルめっき層14の表面上に、錫−ニッケル合金からなる錫−ニッケルめっき層16を積層形成するのである。なお、この錫−ニッケルめっき層16の形成のための電気めっきの実施に際しては、それに先立って、金属素材12に対する洗浄処理や脱脂処理等の前処理が、必要に応じて行われる。また、電気めっきの実施時には、錫−ニッケルめっき液30を45〜55℃の範囲内の温度となるまで加熱することが望ましい。これによって、光沢ニッケルめっき層14の表面に、錫−ニッケルめっき層16が効率的に形成されるからである。
【0033】
このような電気めっきを実施する際の条件は、特に限定されるものではないが、電源装置28からの出力電流の電流密度が0.3〜5A/dm2 で、且つ通電時間が6秒〜5分程度とされていることが望ましい。電流密度が0.3A/dm2 を下回る場合には、陰極24表面に形成される錫−ニッケルめっき層16の電流効率が悪くめっきが付きにくくなるからである。また、電流密度が5A/dm2 を上回る場合には、局所的に電流の集中が生じて、焦げが発生する懸念があるからである。
【0034】
そして、上記のようにして金属素材12の表面に形成された光沢ニッケルめっき層14の表面上に錫−ニッケルめっき層16を形成した後、必要に応じて、金属素材12に対する洗浄処理等を実施する。その後、錫−ニッケルめっき層16に対して、銀めっき層18を形成する。
【0035】
ここで形成される銀めっき層18の厚さは0.1〜0.2μmの範囲内とされている。銀めっき層18が0.1μm未満と余りに薄い場合は、銀めっき層18の形成効果、具体的には、銀めっき物10において、低い接触抵抗と優れた接続特性が得られるといった、銀めっき層18の形成によるメリットが十分に確保され得なくなるからである。また、銀めっき層18の厚さが0.2μmを超える場合には、高価な銀の使用量が増大して、コスト高となるからである。さらに、後述する錫−ニッケルめっき層16との合金化が促進されない部分が生じ、銅や硫黄に対する拡散バリア効果が却って低下するからである。
【0036】
銀めっき層18の形成に際しては、光沢ニッケルめっき層14や錫−ニッケルめっき層16の形成時と同様に、任意のめっき手法が適宜に採用され得るが、一般には、電気めっき手法が採用される。電気めっき手法によって銀めっき層18を形成する場合には、例えば、図2に示される電気めっき装置20と同様な装置が使用される。なお、以下からは、錫−ニッケルめっき層16の形成に使用される電気めっき装置20を示す図2を援用して、電気めっきによる銀めっき層18の形成操作を説明する。
【0037】
すなわち、錫−ニッケルめっき層16の表面に銀めっき層18を形成する際には、先ず、電気めっき装置20のめっき槽22内に、表面に光沢ニッケルめっき層14と錫−ニッケルめっき層16とが積層形成された金属素材12からなる陰極24と、銀製の可溶性陽極26とを収容する。
【0038】
また、めっき槽22内に、銀めっき液30を、陰極24と可溶性陽極26とがそれぞれ十分に浸漬され得る量において収容する。この銀めっき液30は、シアン化銀を含むシアン浴や、硝酸銀を含むアンモニア浴、ヨウ化銀を含むヨウ化物浴等の公知の銀めっき浴にて構成される。そして、それらの中でも、シアン浴が、銀めっき液30としてより好適に採用される。
【0039】
銀めっき液30としてシアン浴を用いる場合、その組成は何等限定されるものではないが、好適には、銀めっき液30中のシアン化銀の濃度が20〜30g/L程度で、シアン化カリウムの濃度が110〜130g/L程度とされる。このような組成の銀めっき液30を用いることによって、錫とニッケルとの合金化が促進されるといった利点が得られる。
【0040】
そして、そのような電気めっき装置20の電源装置28を作動させて、可溶性陽極26と陰極24との間に電流を流し、電気めっきを実施することにより、陰極24の表面上に、銀を析出させる。そうして、陰極24の表面、つまり、金属素材12表面に光沢ニッケルめっき層14を介して形成された錫−ニッケルめっき層16の表面上に、無光沢の銀めっき層18を更に積層形成する。なお、この銀めっき層18の形成のための電気めっきの実施に際しては、必要に応じて、金属素材12に対する洗浄処理や脱脂処理等の前処理が、電気めっきの実施に先立って行われる。また、電気めっきは、銀めっき液30を20〜30℃の温度の状態で実施することが望ましい。これによって、銀めっき層18が効率的に形成されるからである。
【0041】
このような電気めっきの実施条件は、特に限定されるものではないが、電源装置28からの出力電流の電流密度が0.3〜1A/dm2 で、且つ通電時間が13〜40秒程度とされていることが望ましい。何故なら、電流密度が0.1A/dm2 を下回る場合には、電流が低すぎてめっきが付かないといった問題が生ずる恐れがあるからである。また、電流密度が3A/dm2 を上回る場合には、局所的に電流の集中が生じて、焦げが発生する懸念があるからである。
【0042】
そして、上記のようにして錫−ニッケルめっき層16の表面上に銀めっき層18を積層形成した後、加熱処理を行う。これにより、金属素材12の表面の、主に、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18とを合金化する。即ち、金属素材12の表面に、錫−ニッケル−銀合金層からなる表面めっき層を形成するのである。これにより、目的とする銀めっき物10が得られる。
【0043】
なお、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18の合金化のための加熱処理は、260〜400℃の加熱温度で10〜30分間実施される。すなわち、260℃未満の温度で加熱処理を行う場合には、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18の合金化が不十分となるからである。また、加熱時間が10分未満である場合には、たとえ加熱温度が260℃以上であっても、やはり、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18の合金化が不十分となるからである。そして、400℃を超える温度で加熱したり、30分を超えて加熱しても、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18の合金化を更に促進させることはなく、合金化による銀めっき層18への銅や硫黄成分等の拡散防止効果に顕著な変化はないことから、却って、時間やエネルギーの無駄となって、加熱処理が非効率的で且つ非経済的なものとなるからである。
【0044】
このように、本実施形態の銀めっき物10は、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18の合金化により、金属素材12に対して、銅と硫黄の拡散バリアとして機能する錫−ニッケル−銀合金からなる表面めっき層が形成された構造とされる。それによって、銀めっき層18が十分に薄肉とされているにも拘わらず、金属素材12を構成する銅や、光沢ニッケルめっき層14に含まれる光沢剤中の硫黄成分の銀めっき層18中への拡散が、有効に防止乃至は抑制され得るようになる。しかも、そのような銀めっき層18中への銅や硫黄成分の拡散が、温度上昇に伴って進行するようなことも、有効に抑えられ得る。
【0045】
従って、本実施形態の銀めっき物10にあっては、室温で使用される場合は勿論、室温よりも高い高温環境下で長時間使用される場合においても、銀めっき層18の厚肉化に伴う高コスト化の問題を惹起させることなく、銀めっき層18中への銅や硫黄成分の拡散に起因した表面の変色と接触抵抗の上昇とが、極めて有効に防止乃至は抑制され得る。その結果、使用環境温度に左右されない安定した品質が、優れたコスト性をもって極めて有利に実現され得るのである。
【0046】
そして、このような銀めっき物10では、表面に、変色防止のための有機皮膜などを形成する必要が解消され得る。それによって、製造工程の簡略化が図られ得るだけでなく、耐食性の向上と接触抵抗の安定化が、より有利に図られ得る。また、そのような有機皮膜が表面に形成されてなるものとは異なって、有機溶剤などによって洗浄されることにより皮膜が解けてしまって、変色防止効果が低下するようなことも効果的に解消され得る。
【0047】
なお、錫−ニッケルめっき層16と銀めっき層18とを電気めっき手法によって形成する場合には、図2に示された電気めっき装置20を用いた静止めっき方式以外に、例えば、バレルめっき方式のように、一度のめっき操作で複数のめっき物を得る方式や、フープめっき方式のように、複数のめっき物を連続的に得る方式も採用可能である。
【実施例】
【0048】
以下に、本発明の幾つかの実施例を示し、本発明を更に具体的に明らかにするが、本発明は、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものではない。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記の具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しないかぎりにおいて、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等が加えられ得るものである。
【0049】
<実施例の作製>
先ず、金属素材として、圧延銅箔を準備する一方、図2に示されるような構造を有する電気めっき装置を準備した。また、光沢ニッケルめっき液と銀めっき液とを、それぞれ調製して、準備した。光沢ニッケルめっき液の組成は、硫酸ニッケル:240g/L、塩化ニッケル:60g/L、ホウ酸:40g/L、光沢剤:適量とした。また、銀めっき液の組成は、シアン化銀:25g/L、シアン化カリウム:120g/Lで、光沢剤を含まないものとした。更に、市販の錫−ニッケルめっき液(荏原ユージライト株式会社製)を準備した。なお、この錫−ニッケルめっき液の組成は、金属錫:30g/L、金属ニッケル:7g/Lであった。
【0050】
そして、電気めっき装置のめっき室内に、光沢ニッケルめっき液を収容した。また、この光沢ニッケルめっき液中に、先に準備された金属素材からなる陰極と、可溶性のニッケル陽極とを浸漬した。その後、光沢ニッケルめっき液を45〜55℃の温度にまで加熱した後、電流密度:1.7A/dm2 、通電時間:10分の条件で電気めっきを実施した。これにより、陰極を構成する金属素材の表面に、光沢ニッケルめっき層を5μmの厚さで形成した。その後、6個の金属素材を1個ずつ用いて、上記の電気めっき操作を繰り返し実施して、7個の金属素材の表面に、光沢ニッケルめっき層を5μmの厚さでそれぞれ形成した。
【0051】
次に、電気めっき装置のめっき室内に、光沢ニッケルめっき液に代えて、錫−ニッケルめっき液を収容した。また、この錫−ニッケルめっき液中に、金属素材の表面に光沢ニッケルめっき層が形成されためっき物を陰極として浸漬すると共に、可溶性の錫陽極を浸漬した。その後、錫−ニッケルめっき液を45〜55℃の温度にまで加熱した後、電気めっきを実施した。金属素材表面に光沢ニッケルめっき層が形成された7個のめっき物を1個ずつ用いて、電気めっき操作を繰り返し実施して、光沢ニッケルめっき層の表面に、錫−ニッケルめっき層が0.15μmか又は0.45μmの何れかの厚さで積層形成された7個のめっき物を得た。なお、錫−ニッケルめっき層を0.15μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.5A/dm2 、通電時間:1分とし、錫−ニッケルめっき層を0.45μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.5A/dm2 、通電時間:3分とした。
【0052】
その後、電気めっき装置のめっき室内に、錫−ニッケルめっき液に代えて、銀めっき液を収容した。また、この銀めっき液中に、表面に光沢ニッケルめっき層と錫−ニッケルめっき層とが積層形成されためっき物を陰極として浸漬すると共に、可溶性の銀陽極を浸漬した。その後、銀めっき液を20〜30℃の温度の状態で、電気めっきを実施した。そして、表面に光沢ニッケルめっき層と錫−ニッケルめっき層とが積層形成された7個のめっき物を1個ずつ用いて、電気めっき操作を繰り返し実施して、錫−ニッケルめっき層の表面に、銀めっき層が0.1μmか又は0.2μmの何れかの厚さで積層形成された7個のめっき物を得た。なお、銀めっき層を0.1μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:20秒とし、銀めっき層を0.2μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:40秒とした。
【0053】
引き続いて、上記のようにして得られた、表面に光沢ニッケルめっき層と錫−ニッケルめっき層と銀めっき層とが積層形成された7個のめっき物を用いて、それらに対して、400℃で15分、400℃で30分、300℃で30分、260℃で10分、260℃で30分のうちの何れかの加熱条件で加熱処理を実施した。これにより、目的とする7個の銀めっき物を得た。そして、それら7個の銀めっき物を下記表1に示されるように、それぞれ実施例1〜7とした。
【0054】
【表1】

【0055】
<比較例の作製>
先ず、図2に示されるような構造を有する電気めっき装置を準備した。また、金属素材、光沢ニッケルめっき液、錫−ニッケルめっき液、及び銀めっき液として、実施例1〜7の銀めっき物を製造する際に使用されたものと同じものを、それぞれ準備した。
【0056】
そして、実施例1〜7の銀めっき物を製造する際と同様にして、11個の金属素材の表面に、光沢ニッケルめっき層を5μmの厚さでそれぞれ形成した。
【0057】
次に、光沢ニッケルめっき層が表面に形成された11個のめっき物のうちの6個を用い、実施例1〜7の銀めっき物を製造する際と同様にして、それら6個のめっき物の光沢ニッケルめっき層の表面上に、錫−ニッケルめっき層を、0.0125μmと0.15μmと0.75μmのうちの何れかの厚さで積層形成した。なお、錫−ニッケルめっき層を0.0125μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.5A/dm2 、通電時間:5秒とし、錫−ニッケルめっき層を0.15μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.5A/dm2 、通電時間:1分とし、錫−ニッケルめっき層を0.75μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.5A/dm2 、通電時間:5分とした。
【0058】
その後、金属素材の表面に光沢ニッケルめっき層と錫−ニッケルめっき層とが積層形成された6個のめっき物と、金属素材の表面に光沢ニッケルめっき層のみが形成された5個のめっき物とを用い、実施例1〜7のめっき物を製造する際と同様にして、6個のめっき物の錫−ニッケルめっき層の表面と、5個のめっき物の光沢ニッケルめっき層の表面とに対して、銀めっき層を、0.05μm、0.2μm、0.4μm、0.6μm、0.8μm、1.0μmのうちの何れかの厚さで積層形成した。なお、銀めっき層を0.05μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:10秒とし、0.2μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:40秒とし、0.4μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:1分20秒とし、0.6μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:2分とし、0.8μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:2分40秒とし、1.0μmの厚さで形成する場合のめっき条件を、電流密度:0.3A/dm2 、通電時間:3分20秒とした。
【0059】
引き続いて、上記のようにして得られた、金属素材表面に光沢ニッケルめっき層と錫−ニッケルめっき層と銀めっき層とが積層形成された6個のめっき物と、金属素材表面に光沢ニッケルめっき層と銀めっき層とが積層形成された5個のめっき物とを用いて、それらに対して、400℃で30分の加熱条件と400℃で5分の加熱条件の何れかの条件で加熱処理を実施した。これにより、目的とする11個の銀めっき物を得た。そして、それら11個の銀めっき物を下記表2に示されるように、それぞれ比較例1〜11とした。
【0060】
【表2】

【0061】
<接触抵抗の測定>
そして、上記のようにして得られた実施例1〜7と比較例1〜11の銀めっき物を用いて、それら18種類の銀めっき物の接触抵抗をそれぞれ測定した。なお、接触抵抗の測定は、(株)山崎精機研究所製の電気接点シュミレーターCRS−113−AU型を用いて、荷重0.5Nの条件で測定した。その結果、上記表1と表2にそれぞれ示した。
【0062】
表1及び表2にそれぞれ示される接触抵抗の測定結果から明らかなように、本発明手法に従って製造された実施例1〜7の銀めっき物は、何れも、接触抵抗が、それの目標値である20mΩを下回る十分に小さな値となっている。これは、本発明手法に従って製造される銀めっき物において、錫−ニッケルめっき層と銀めっき層との合金化により、金属素材である銅や光沢剤中の硫黄成分の銀めっき層への拡散が有利に阻止乃至は抑制されており、その結果、400℃に至る高温環境下でも、銀めっき物の表面における接触抵抗の上昇が効果的に抑制され得るものであることを、明確に表している。
【0063】
これに対して、金属素材と銀めっき層との間に錫−ニッケルめっき層が何等形成されていない比較例1〜5の銀めっき物では、銀めっき層への金属素材(銅)の拡散が阻止され得ず、加熱により銀めっき物表面の酸化や腐食が促進されることとなる。その結果、接触抵抗がそれの目標値である20mΩを大きく上回る値となっている。また、錫−ニッケルめっき層が形成されていてもその厚さが本発明の範囲外とされた比較例6及び比較例7の銀めっき物や、銀めっき層の厚さが本発明の範囲外とされた比較例8、比較例9、及び比較例10の銀めっき物では、錫−ニッケルめっき層と銀めっき層の合金化が適切に成されず、銅や光沢剤中の硫黄成分の拡散が充分に防止できない。その結果、加熱による銀めっき物表面の酸化や腐食を阻止し得ず、接触抵抗が20mΩを大きく上回る値となっている。加えて、加熱処理条件が本発明の範囲外とされた比較例11の銀めっき物においても、錫−ニッケルめっき層と銀めっき層の合金化が不十分となり、比較例6−10と同様の理由から、接触抵抗が20mΩを大きく上回る値となっている。
【符号の説明】
【0064】
10:銀めっき物、12:金属素材、14:光沢ニッケルめっき層、16:錫−ニッケルめっき層、18:銀めっき層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属素材の表面に、錫−ニッケルめっき層を0.1〜0.5μmの厚さで形成した後、該錫−ニッケルめっき層に対して、銀めっき層を0.1〜0.2μmの厚さで積層形成し、その後、260〜400℃の温度で10〜30分間の加熱処理を行って、該錫−ニッケルめっき層と銀めっき層とを合金化することを特徴とする銀めっき物の製造方法。
【請求項2】
前記錫−ニッケルめっき層が、錫を60〜70重量%の割合で含有し、且つニッケルを40〜30重量%の割合で含有している請求項1に記載の銀めっき物の製造方法。
【請求項3】
金属素材の表面に対して、0.1〜0.5μm厚の錫−ニッケルめっき層が積層されると共に、該錫−ニッケルめっき層の表面に0.1〜0.2μm厚の銀めっき層が積層されており、前記錫−ニッケルめっき層と前記銀めっき層が260〜400℃の温度で10〜30分間の加熱処理により合金化されていることを特徴とする銀めっき物。
【請求項4】
前記錫−ニッケルめっき層が、錫を60〜70重量%の割合で含有し、且つニッケルを40〜30重量%の割合で含有している請求項3に記載の銀めっき物。

【図1】
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【図2】
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