説明

銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制剤および孔食抑制方法

【課題】銅基材を含む循環冷却水系の孔食を抑制するために、健康上あるいは作業上、安全性の高い物質を有効成分とする孔食抑制剤、及び当該孔食抑制剤を用いて銅基材を含む循環冷却水系の孔食を抑制する方法を提供する。
【解決手段】チオグリコール酸又はその塩50〜5000mg/Lとアゾール系銅防食剤とを含む孔食抑制剤を、銅基材を含む循環冷却水系の運転中あるいは本稼動前に添加して循環させる。安全性の高いチオグリコール酸又はその塩によって銅基板表面を均質にして耐食性を改善することにより、安全性を維持しつつ孔食等の腐食を防止できると共に、銅基材表面に緑青が発生している場合でも、緑青を除去して緑青の進行を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は銅チューブなど銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制方法に係り、銅基材の表面を処理することにり孔食を防止すると共に、系内に緑青が発生している場合は銅基材に損傷を与えることなく緑青のみを選択的かつ効果的に除去することにより孔食を防止することができる銅基材を含む循環冷却水系の孔食防止に関する。
【背景技術】
【0002】
熱交換器等の系内の銅基材を有する機器は、長期間使用すると孔食等の腐食が起こり、これは時間の経過と共に進行し、装置に重大な欠陥を与え安定運転を阻害する原因となる。特に空調および内陸冷却水系をはじめとした冷却水系では近年、冷凍機銅管に腐食が発生し、貫通に至るケースが多くなってきている。
【0003】
従来は、銅基材表面に生成する酸化銅を含む腐食生成物を除去するために、ヒドラジンと銅用防食剤を併用した薬剤処理を定期的に実施することで銅管の腐食を抑制することが知られていた。また開放点検時などで銅管に緑青が見つかった場合においてもヒドラジンと銅用防食剤の併用処理により緑青を改質処理し、腐食の進行抑制および貫通の防止に大きく貢献していた。(特許文献1)
しかし、電子産業を始めとする環境意識の高い客先においては、ヒドラジンがPRTRの対象物質であることから、ヒドラジンの使用を避けたいとの要望が強くなってきている。従って、ヒドラジンを含有せず、より安全度の高い銅基板を含む循環冷却水系の孔食抑制剤および孔食抑制方法が求められていた。
【0004】
また他の従来技術としては、緑青を除去するために塩酸やスルファミン酸などの強酸を用いていた。しかし強酸の取り扱いには危険を伴う上、使用済みの酸性廃液を排出する際には中和処理が必要であり、多量の中和剤や水を使用して十分にリンスする必要があった。
【特許文献1】特開昭61−272392
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上のことから、本発明は健康上あるいは作業上、安全性の高い物質を有効成分とする銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制剤および孔食抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、銅基材を含む循環冷却水系に対する孔食抑制剤および孔食抑制方法について鋭意検討した結果、チオグリコール酸又はその塩50〜5000mg/Lとアゾール系銅防食剤とを含む孔食抑制剤によって銅基材を処理することによって、銅基板表面を均質にして耐食性を改善することにより孔食等の腐食を防止できると共に、銅基材表面に緑青が発生している場合でも、緑青を除去して緑青の進行を抑制することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明の請求項1の銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制剤は、チオグリコール酸又はその塩50〜5000mg/Lとアゾール系銅防食剤とを含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の請求項2の銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制方法は、銅基材を含む循環冷却水系の運転中あるいは本稼動前に、請求項1の孔食抑制剤を、循環冷却水に添加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、健康上も作業上も安全性の高いチオグリコール酸(塩)を用いることによって、安全性を維持しつつ銅基材を含む循環冷却水系を孔食抑制することができる。
【0010】
なお、チオグリコール酸(塩)以外の数種類の還元剤では還元力が強いため母材が変色するか、あるいは還元力が足りずに銅表面を均一に処理できない、すなわち緑青を改質することができないが、循環冷却水系の銅基材の処理に必要十分な還元能力を持つチオグリコール酸(塩)を所定濃度の範囲で用いることによって、銅基材の表面を損傷させることなく緑青除去や表面を耐酸化性に改質することができるという優れた効果も得られる。
【0011】
循環冷却水系に本発明の孔食抑制剤を添加して銅基材の表面を均質化することによって孔食抑制することができるので、銅基材への孔食の発生、進行を抑制できる。特に循環冷却水系の本稼動前は銅基材の表面が十分に防食処理されていないことがあるため孔食などの腐食が発生しやすいが、本稼動に先立って本発明の孔食抑制方法を実施することによって、銅基材の表面を均質化して耐食性を向上することができるので、安定した運転が可能となる。
【0012】
以上のように、本発明の銅基材を含む循環冷却水の孔食抑制方法によって、人体や環境への影響が少なく、かつ銅基材を含む循環冷却水系に対して優れた孔食抑制効果を得ることができるので、孔食による機器のトラブル、機器更新頻度を低下させることができ、装置の安全運転に寄与できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0014】
本発明の循環冷却水系銅防食剤において、チオグリコール酸(塩)としては、例えば、チオグリコール酸、チオグリコール酸アンモニウム、チオグリコール酸ナトリウム、チオグリコール酸カルシウムなどを挙げることができ、これらは単独で使用することも複数種を併用することもできる。
【0015】
本発明の循環冷却水系銅防食剤において、アゾール系銅防食剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、アミノトリアゾールなどを挙げることができ、これらは単独で使用することも複数種を併用することもできる。
【0016】
循環冷却水系によっては、スケール障害が発生するケースがあるが、本発明の孔食抑制剤はスケール防止剤との併用に対して、何ら制限されるものではない。本発明の孔食抑制剤と併用するスケール防止剤としては、例えば、2−ヒドロキシエチリデン−2,2−ジホスホン酸・2−ホスホノブタン−1,2,4−トリカルボン酸・ヒドロキシホスホノ酢酸・アミノトリメチレンホスホン酸・ジエチレントリアミン−ペンタメチレンホスホン酸等のホスホン酸化合物、正リン酸塩、重合リン酸塩、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、亜鉛塩、ポリアスパラギン酸、亜硝酸塩、クエン酸・グルコン酸・酒石酸・リンゴ酸等のヒドロキシカルボン酸類、アルミン酸塩などが挙げられ、これらは単独で使用することも複数種を併用することもできる。
【0017】
循環冷却水系によっては、スライム障害が発生するケースがあるが、本発明の孔食抑制剤は微生物の栄養源とはならないためスライム障害が拡大する可能性は小さい。従って本発明の孔食抑制剤を添加する場合は基本的には新たに殺菌剤やスライムコントロール剤を添加しなくてもよい。
【0018】
本発明は銅基材を含む循環冷却水系に効果的に使用可能であり、例えば、一般的なプラントの循環冷却水系の銅熱交換器、或いはターボ冷凍機、吸収式冷凍機の銅熱交換器チューブ、その他循環冷却水系の銅建材等の孔食抑制処理に極めて有効である。
【0019】
以下に本発明の孔食抑制剤による銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制方法について説明する。
【0020】
本発明の孔食抑制剤を必要に応じて水等で希釈し、次に本発明の孔食抑制剤を連続的または回分的に循環冷却水に所定量添加して循環させることにより処理する。循環冷却水の運転中に本発明の処理を行う場合、必要に応じて濃縮倍率を下げても良い。なお処理温度はいずれも10〜40℃程度が適当である。
【0021】
なお、上記方法以外にも、本発明の孔食抑制剤を入れた容器に銅基材を浸漬したり、本発明の孔食抑制剤を銅基材に吹きつけるなどして、本発明の孔食抑制剤を銅基材に直接接触させてもよい。
【0022】
本発明の孔食抑制剤において、チオグリコール酸(塩)の添加濃度は保有水量に対して50〜5000mg/L程度が好ましく、100〜1000mg/L程度がより好ましい。50mg/L未満では所望の効果が得られず、5000gm/Lを超過すると母材にダメージを与えることがあるため、上記濃度範囲が好ましい。
【0023】
本発明の循環冷却水系銅防食剤において、アゾール系銅防食剤の添加濃度は保有水量に対して1〜50mg/L程度とするのが好ましい。1mg/L未満では所望の銅防食効果が得られず、50mg/Lを超過すると著しい効果の向上が見られないので上記濃度範囲が好ましい。
【0024】
また、本発明の孔食抑制剤を上記のように組み合わせて循環冷却水系に添加するとき、同時に添加してもよいし、それぞれの化合物を別々に添加してもよい。同時に添加する場合は、配合品として提供することができる。
【0025】
本発明の循環冷却水の銅防食のメカニズムについては明確には判明していないが、以下のように推定される。
【0026】
銅管に不均一な部分が存在すると水中ではアノード・カソードとなり電子の授受を伴う電気化学反応が起こるため腐食の起点となる恐れがある。また、緑青が発生した場合には電子の授受を伴う電気化学反応が継続されるため腐食は進行することが多い。したがって、腐食を抑制するためには銅管の不均一部分、特に緑青の変性・除去が必要である。
【0027】
本発明では銅管表面の不均一部分、および緑青の主成分である塩基性炭酸銅や塩基性硫酸銅といった腐食生成物をチオグリコール酸(塩)の還元作用あるいはキレート作用により変性・除去する。このようにチオグリコール酸(塩)の作用により銅管表面を均質化し、さらに均質化した表面に銅用防食剤が緻密な防食皮膜を形成することで腐食抑制効果が著しく向上する。
【0028】
なお、チオグリコール酸(塩)、中でもチオグリコール酸アンモニウムはパーマ液としても使用されている薬品であり、強酸やヒドラジンと比べて人に対する危険性は極めて少ない。また、PRTRに該当しておらず、従来使用されてきた薬品に比べて環境に対する負荷を低減することができる。
【実施例】
【0029】
以下に、実施例及び比較例を挙げて本発明をより詳細に説明する。
【0030】
本発明の孔食抑制剤の効果確認試験を行った。表1に示す成分を含有する薬液を調整し、下記試験条件に基づいて試験を行った。
【0031】
[試験条件]
過去に腐食が問題となった冷却塔から採取したSS成分を添加した腐食性冷却水を用いた通水試験により確認した。
【0032】
通水試験は以下の手順で行った。
(1)半割した銅管試験片を腐食環境である腐食発生ラインに設置して腐食性冷却水を通水し、4週間後に銅管試験片を取り出し、銅管試験片に緑青が発生していることを確認した。
(2)上記(1)とは別に設けた薬液処理ラインに銅管試験片を付け替え、薬液を添加した循環水を通水し、24時間後に銅管試験片を取り外し、緑青除去効果の有無を確認した。
(3)薬液処理を行った銅管試験片を再び薬液処理ラインに設置して腐食性冷却水を通水し、4週間後に銅管試験片を取り出し、銅管試験片への緑青発生の有無を確認した。
【0033】
なお、補給水は腐食発生ライン、薬液処理ライン共に活性炭で脱塩素した野木町水(水道水)を用いた。また保有水量は腐食発生ライン、薬液処理ラインともに100Lとした。
【0034】
銅管試験片は長さ20cm、直径19.5mmのリン脱酸銅を使用した。
【0035】
循環水の通水線速度は腐食発生ライン、薬液処理ライン共に0.1m/s、循環水の水温は30℃とした。
【0036】
【表1】


表1の比較例1〜3、実施例1〜4により、手順(2)において緑青除去効果を得るためには、チオグリコール酸塩アンモニウムの濃度を50〜5000mg/Lとトリルトリアゾールとを併用する必要があることが示された。
【0037】
また、表1の比較例4、実施例5〜7により、手順(2)において緑青除去効果を得るためには、チオグリコール酸塩アンモニウムと併用するトリルトリアゾールの濃度を10mg/L以上とする必要があることが示された。
【0038】
さらに、表1の実施例6、7により、トリルトリアゾールの濃度を50mg/Lから100mg/Lに増加しても効果に大きな違いが現れなかった。従ってトリルトリアゾールの濃度は50mg/L程度に高ければ十分な効果が得られることが示された。
【0039】
実施例1〜7、比較例3により、チオグリコール酸アンモニウムおよびトリルトリアゾールの併用により、手順(2)において孔食抑制処理を行った銅管試験片はその後4週間の間、防食効果が維持されることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオグリコール酸又はその塩50〜5000mg/Lとアゾール系銅防食剤とを含むことを特徴とする銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制剤。
【請求項2】
銅基材を含む循環冷却水系の運転中あるいは本稼動前に、請求項1の孔食抑制剤を、循環冷却水に添加することを特徴とする銅基材を含む循環冷却水系の孔食抑制方法。