説明

鋳物の溶射前処理方法

【課題】鋳物表面を、溶射被膜の密着力確保の観点から、好ましい表面状態にできる鋳物の溶射前処理方法を提供する。
【解決手段】ショットブラスト処理前に、鋳物表面1sに対して球状のショットピーニング材2を用いてショットピーニング処理を行って、鋳物1の表面部に圧縮残留応力を付与し、表面部を表面硬化層3にする。仮に鋳物表面1sの直下部に鋳巣4aが存在しても、ブラスト材が深く鋳物表面部に入り込ませないようにし、鋳巣4aが新たに表出しないようにする。一方、鋳物表面1sの粗面状態が低下することに関しては、表面状態の低下分を表面硬度の上昇で補う。また、鋳物表面1sに鋳巣4bが表出しているときには、鋳巣内にショットピーニング材を入り込ませて、溶射被膜が分断されることを防止できるだけでなく、ショットブラスト処理時に、鋳巣4bの周縁部が削られることが抑えられ、鋳巣(径)が拡大されることを抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳物の溶射前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳物表面に溶射を行って溶射被膜を形成するに際しては、一般に、その溶射工程前において、溶射被膜の密着性を高めるべく、有角ブラスト材を用いたショットブラスト処理が行われ、そのショットブラスト処理により鋳物表面は粗面状態とされる。しかし、鋳物には、既にその表面に鋳巣が表出しているものや、鋳物表面の直下部に鋳巣が存在しているものがあり、このような鋳物の表面に対して、有角ブラスト材を用いてショットブラスト処理を行ったときには、既に表出している鋳巣の開口周縁部が削り取られてその鋳巣が拡張されたり、鋳物表面部が削り取られて鋳物内部の鋳巣が新たに表出したりするおそれがある。このため、この後、このような鋳物表面に対して溶射処理を行った場合には、残存する鋳巣に起因して、溶射被膜と鋳物表面との密着性、シール性等が低下されることになる。
【0003】
このような問題点については、近時においては、特許文献1に示すように、前記ショットブラスト処理前に鋳物表面の検査を行い、その鋳物表面に鋳巣がある場合には、鋳物表面を塑性変形して均す修正ブラスト処理を行う溶射前処理方法が提案されている。
【特許文献1】特開2004−344924号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、現実には、修正ブラスト処理(ショットブラスト処理)により特許文献1に示すように鋳巣を塞ぐこと(封孔)は容易ではなく、有効な結果を出すとは言い難い。仮に、上記鋳巣を塞ぐことができたとしても、次工程のショットブラスト処理により、塞がれた部分が削られて、再び鋳巣が表出する可能性がある。さらには、修正ブラスト処理と、その次のショットブラスト処理とを繰り返すことにより、隠れていた鋳物表面の直下部の鋳巣が新たに表出する可能性もある。このため、このような溶射前処理方法を採用しても、鋳物表面を、溶射被膜の密着力確保の観点から、好ましい表面状態にすることは難しい。
この場合、鋳巣除去について、溶射被膜を鋳巣深さ以上に成膜することが考えられるが、この方法の場合には、成膜に要する材料やエネルギコストが高くなる。
【0005】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたもので、その技術的課題は、鋳物表面を、溶射被膜の密着力確保の観点から、好ましい表面状態にできる鋳物の溶射前処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記技術的課題を達成するために本発明(請求項1に係る発明)においては、
鋳物表面に溶射処理を行う前に、鋳物表面に対して有角ブラスト材によりショットブラスト処理を行う鋳物の溶射前処理方法において、
前記ショットブラスト処理前に、前記鋳物表面に対して球状のショットピーニング材によりショットピーニング処理を行って、該鋳物の表面部に圧縮残留応力を付与する構成としてある。この請求項1の好ましい態様としては、請求項2以下の記載の通りとなる。
【発明の効果】
【0007】
請求項1に係る発明によれば、ショットブラスト処理前に、鋳物表面に対して球状のショットピーニング材を用いてショットピーニング処理を行って、該鋳物の表面部に圧縮残留応力を付与することから、その鋳物の表面部を、その表面の直下部に鋳巣が存在しているか否かにかかわらず表面硬化層にでき、仮に鋳物表面の直下部に鋳巣が存在しても、ショットピーニング処理後のショットブラスト処理によって、その有角のブラスト材が深く鋳物表面部(表面硬化層)に入り込んでその鋳巣が鋳物表面に表出(開口)することを抑制できる。その一方、表面硬化層に基づき、鋳物表面の粗面状態(ショットブラスト処理後のもの)が低下することに関しては、表面硬化層の表面硬度が溶射被膜の密着力を高める性質を利用して、表面硬化層3に基づく粗面状態の低下分を表面硬度の上昇で補うことができる。このため、鋳物表面直下部における鋳巣の表出を抑制しつつ、鋳物表面に対する溶射被膜の高い密着力を確保できる。
また、仮に鋳物表面に鋳巣が表出しているときには、鋳巣内にショットピーニング材を入り込ませて、溶射被膜が分断されることを防止できるだけでなく、ショットピーニング処理時にはその際使用する球状のショットピーニング材に基づき、ショットブラスト処理時には鋳巣内に埋め込まれたショットピーニング材に基づき、その鋳巣の周縁部が削られることを抑えることができ、その鋳巣(径)が拡大されることを抑制できる。
このように、溶射前に、鋳物表面を、溶射被膜の密着力確保の観点から、好ましい表面状態にできる。
【0008】
請求項2に係る発明によれば、ショットピーニング材の平均径が有角ブラスト材の平均径よりも小さくされていることから、有角ブラスト材を用いたショットブラスト処理により鋳物表面を適正に粗面化することができる一方、ショットピーニング処理においては、そのショットピーニング材により鋳物の表面部を適正に表面硬化層とすることができると共に、そのショットピーニング材を外部に開口された鋳巣内に容易に入り込ませることができる。このため、前記請求項1に係る作用効果をより確実に得ることができる。
【0009】
請求項3に係る発明によれば、ショットブラスト処理は、ショットピーニング処理において鋳巣内にショットピーニング材が埋設されたときには、そのショットピーニング材が埋設された鋳巣を封孔する封孔処理をも兼ねることから、鋳物表面の粗面化を図るショットブラスト処理を封孔処理(鋳巣周縁部の変形等)にも有効に利用して、ショットピーニング材が鋳巣内から脱落することを確実に防止できる。このため、鋳物表面に対する溶射被膜の密着力を簡単且つ確実に確保できる。
【0010】
請求項4に係る発明によれば、ショットピーニング処理前に、鋳物に対して少なくともショットピーニング処理を行う予定部分に対し切削加工を行うことから、切削加工により鋳物表面に鋳巣が表出し易くなる態様においても、前記請求項1と同様の作用効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
図1は、鋳造部品の製造工程の一例を示す。この製造工程は、鋳造工程、溶体化処理工程、機械加工工程、洗浄工程、溶射前処理工程、溶射工程、表面研削加工の各工程からなり、これら各工程を順に経ることにより鋳造部品が完成することになる。このうち、鋳造工程では、ダイカスト法や低圧鋳造法等により鋳物(アルミニウム又はマグネシウム合金鋳物、より具体的にはアルミニウム合金製シリンダブロック)が製造され、機械加工工程では、溶体化処理がなされた鋳物に対して切削加工等が行われる。
【0012】
前記溶射前処理工程は、この後の溶射工程において形成される溶射被膜と、前記機械加工工程、洗浄工程を経た鋳物表面(例えばシリンダブロックのボア表面)との密着力とを高めることを主目的としている。このため、溶射前処理工程においては、次の処理が行われる。
【0013】
(1)先ず、溶射前処理工程においては、図2(本案)に示すように、鋳物1の表面1sに対して球状のショットピーニング材2を用いたショットピーニング処理が行われて、鋳物1の表面部に圧縮残留応力が付与される。鋳物表面1sに表面硬化層3を形成して、その硬さに基づき溶射被膜との密着力を高めると共に、仮に鋳物表面1sの直下部に鋳巣4aが存在していても、その表面硬化層3により、この処理の後に行われるショットブラスト処理の有角のブラスト材が鋳物内部に深く入り込むことを抑えるためである。これにより、鋳物表面1sの直下部に鋳巣4aがあっても、その鋳巣4aが鋳物表面1sに新たに表出(開口)することが抑制される。このような機能を発揮する表面硬化層5は、20〜60μmのものが好ましい。これに対して、表面硬化層3が鋳物1の表面部に形成されていない場合には、図2(従来例)に示すように、この後のショットブラスト処理において、有角のブラスト材が鋳物内部に深く入り込み、それに基づき、鋳巣4aが鋳物表面1sに新たに表出(開口)することになる。
【0014】
また、上記処理を行うのは、仮に鋳物表面1sに鋳巣4bが表出していても、球状のショットピーニング材2を用いることにより、その鋳巣4bの開口周縁部を削り取られないようにしてその鋳巣4b(径)が拡大されないようにするためでもある。これに対して、ショットブラスト処理の場合には、球状とは異なる有角のブラスト材が用いられることになり、その有角のブラスト材が鋳巣4bの開口周縁部を鋭く削り取り、その鋳巣4b(径)は拡大することになる(図2参照)。
【0015】
さらに、上記処理を行うのは、鋳物表面1sに開口した鋳巣4b内にショットピーニング材2を入り込ませて、ショットピーニング材2をその鋳巣4b内に埋め込むためでもある。これにより、この後のショットブラスト処理において、鋳巣4b内に埋め込まれたショットピーニング材2に基づき、その鋳巣4bの開口周縁部が削り取られることを抑制(拡大抑制)できると共に、その部分に溶射が行われても、溶射被膜が分断されることはなくなる。このため、鋳巣4b内にショットピーニング材2を入り込ませ易くするべく、ショットピーニング材2の平均径は、後のショットブラスト処理で用いるショットブラスト材の平均径よりも小さいことが好ましい。
【0016】
このようなショットピーニング処理の処理条件としては、図3に示すように、下記条件とすることが好ましい。
ショットピーニング材の噴射圧力:2〜5Kgf/cm2
ショットピーニング材の材質:スチール、ジルコン
ショットピーニング材の形状:球状
ショットピーニング材の平均径:10〜1000(μm)
ショットピーニング材の噴射距離:50〜200mm
ショットピーニング材の噴射時間:10〜30(sec)
【0017】
(2)溶射前処理工程においては、続いて、鋳物表面に対して有角ブラスト材を用いたショットブラスト処理が行われる。鋳物表面1s(表面硬化層3表面)を粗面状態(凹凸状態)にすると共に、ショットピーニング材2が詰まった鋳巣4bを、その周縁部を変形させる等して封孔するためである。これにより、表面硬化層3表面の粗面状態に基づき、溶射工程において形成される溶射被膜との密着力を高めることができると共に、鋳巣4bの封孔に基づき、鋳巣4b内からのショットピーニング材2の脱落を規制して溶射被膜の密着力が低下することを確実に防止できる。
このとき、ショットブラスト処理における有角ブラスト材は、その有角形状に基づき、基本的に、鋳物1との衝突時に、鋳物1の表面部に深く入り込んで粗面状態を高める機能(エッジを立てたような粗面状態にする機能)を発揮しようとするが、前記ショットピーニング処理により形成される表面硬化層3に基づき、有角ブラスト材は鋳物1の表面部に深く入り込むことが抑制される。このため、前述した如く、仮に鋳物表面1sの直下部に鋳巣4aが存在していても、表面硬化層3により有角のブラスト材が鋳物1内部に深く入り込むことが抑えられ、鋳巣4aが鋳物表面1sに新たに表出(開口)することが抑制される。
【0018】
またこのショットブラスト処理時点においては、前述した如く、外部に表出する鋳巣4b内に、前記ショットピーニング処理工程におけるショットピーニング材2が詰まっており、ショットブラスト材によるショットブラスト処理により、その鋳巣4bの開口周縁部が削られて拡張されることが抑制される。
【0019】
このようなショットブラスト処理の処理条件としては、図3に示すように、下記条件とすることが好ましい。
ショットブラスト材の噴射圧力:3〜6Kgf/cm2
ショットブラスト材の材質:スチール、アルミナ、炭化珪素
ショットブラスト材の形状:鋭角多角形
ショットブラスト材の平均径:300〜1000(μm)
ショットブラスト材の噴射距離:50〜200mm
ショットブラスト材の噴射時間:10〜30(sec)
【0020】
図4は、ショットピーニング処理とショットブラスト処理とを行った鋳物の表面部(縦断面)の顕微鏡写真であり、図5は、ショットブラスト処理だけを行った後、溶射処理を行った鋳物の表面部(縦断面)の顕微鏡写真(図2の従来例)である。図4の顕微鏡写真からは、鋳巣内にショットピーニング材が埋め込まれていると共に、鋳巣開口が封孔されていることが見て取ることができ、図5の顕微鏡写真からは、溶射被膜が鋳巣により分断されている状態が見て取れる。
【0021】
溶射前処理が終了すると、その溶射前処理工程から溶射工程に移行し、その溶射工程において、前記溶射前処理が施された鋳物表面に対して溶射が行われる。粗面状態の鋳物表面に溶射被膜を形成するためである。
このとき、前述した如く、鋳物表面1sの直下部に鋳巣4aが存在することを考慮して、表面硬化層3が形成され、その表面硬化層3に基づき鋳物表面(ショットブラスト処理後のもの)の粗面化の度合いが低くなっているが、面の粗さが同じ状態の下では、表面硬度が高いものの方が低いものに比べて、溶射被膜の密着力が高くなる傾向にあり、表面硬化層3に基づく粗面状態の低下分は表面硬度の上昇で補われる。このため、鋳物表面1sの直下部における鋳巣4aの表出を抑制しつつ、鋳物表面1sに対する溶射被膜の高い密着力を確保できることになる。
さらに、このときには、鋳巣4b内にショットピーニング材が埋め込まれ、その開口周縁部が削り取られていない。このため、鋳巣4bに基づき溶射被膜が分断されるようなことはない。
このような溶射被膜としては、鉄系又はサーメット(金属とセラミックスとの混合物)系を用いることが好ましい。
【0022】
この溶射工程が終了すると、その溶射工程から表面研削加工工程に移行し、その工程で、表面研削加工を終えると、製品として完成することになる。
【0023】
図6は、ショットブラスト処理だけを行った鋳物表面(従来例1,2)、ショットピーニング処理及びショットブラスト処理を行った鋳物表面(本案)についての溶射被膜の密着力を調べた結果を示している。鋳物表面に対するショットブラスト処理だけを行う場合の試験片(従来例1,2に係るアルミ基材)、鋳物表面に対するショットピーニング処理及びショットブラスト処理を行う場合の試験片(本案に係るアルミ基材)の各条件については、図7に示す通りである。密着力の測定については、JIS H8402「溶射皮膜の引張り密着強さ試験方法」にて従った。
【0024】
図6によれば、本案に係るアルミ基材の硬度が従来例1,2係る基材の硬度よりも高く、しかも、密着力に関しては、本案に係るアルミ基材が従来例1,2に係るアルミ基材よりも高いことを示した。これは、本案に係るアルミ基材については、ショットピーニング効果に基づき、硬度が高まると共に鋳巣の表出が抑制され、それらが、密着力の上昇に貢献しているものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】鋳造部品の製造工程の一例を示す工程図。
【図2】実施形態に係る溶射前処理及び従来例に係る溶射前処理を概念的に説明する説明図。
【図3】実施形態に係る溶射前処理の好ましい処理条件を示す図。
【図4】ショットピーニング処理とショットブラスト処理とが行われた鋳物表面部(縦断面)を示す顕微鏡写真。
【図5】ショットブラスト処理だけが行われた後、溶射処理が行われた鋳物の表面部(縦断面)を示す顕微鏡写真。
【図6】密着力とアルミ基材の硬さとの関係を示す特性図。
【図7】図6における本案、従来例の溶射前処理条件を示す図。
【符号の説明】
【0026】
1 鋳物
1s 鋳物表面
4b 鋳巣



【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳物表面に溶射処理を行う前に、鋳物表面に対して有角ブラスト材によりショットブラスト処理を行う鋳物の溶射前処理方法において、
前記ショットブラスト処理前に、前記鋳物表面に対して球状のショットピーニング材によりショットピーニング処理を行って、該鋳物の表面部に圧縮残留応力を付与する、
ことを特徴とする鋳物の溶射前処理方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記ショットピーニング材の平均径が、前記有角ブラスト材の平均径よりも小さくされている、
ことを特徴とする鋳物の溶射前処理方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、
前記ショットブラスト処理は、前記ショットピーニング処理において鋳巣内にショットピーニング材が埋設されたときには、そのショットピーニング材が埋設された鋳巣を封孔する封孔処理をも兼ねる、
ことを特徴とする鋳物の溶射前処理方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項において、
前記ショットピーニング処理前に、前記鋳物に対して少なくとも該ショットピーニング処理を行う予定部分に対し切削加工を行う、
ことを特徴とする鋳物の溶射前処理方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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【図5】
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