説明

鋳鉄及び該鋳鉄により製造されたシリンダライナ

【課題】 簡単かつ低コストな構成でありながら、耐スカッフ性及び耐摩耗性に優れると共に耐腐食性にも優れるシリンダライナ材に適した鋳鉄及び該鋳鉄により製造されたシリンダライナを提供する。
【解決手段】 本発明に係る鋳鉄は、主としてパーライトからなる基地相であるパーライト相20に、ステダイトを含む硬質相と、片状黒鉛相10と、を所定に分散させた組織を有すると共に、前記パーライト相20において、層状に析出されるフェライト相20Aとセメンタイト相20Bのうち、セメンタイト相20Bの析出割合を所定に高めたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のシリンダライナとしての利用に適した鋳鉄及び該鋳鉄により製造されたシリンダライナに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のシリンダライナは、高速で往復運動するピストン及びピストンリングを気密性を保ちながら摺動自在に嵌挿保持する必要があることから、シリンダライナ材としては、ピストンやピストンリング等にスカッフ等を生じさせることなく良好に摺動させることができると共に、長期間に亘ってピストン及びピストンリングに対して激しく攻撃等することなく自身も摩耗等しないようにすることが望まれる。
【0003】
このようなことから、従来より、種々の改良等が行われ、黒鉛と炭化物とを所定に分散させた組織を有する各種の合金鋳鉄が提案されているが、耐スカッフ性、耐摩耗性に優れる鋳鉄として、例えば、図5に示すような片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)が採用されることが多い。
なお、特許文献1、特許文献2や特許文献3などには、シリンダライナ材の改良例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平05−214482号公報
【特許文献2】特開2006−206986号公報
【特許文献3】特開2008−106357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、内燃機関からの排気を浄化して大気汚染の拡大を抑制することは重要な課題であり、このためのシステム(装置)の一つとして、内燃機関からの排気の一部を燃焼室内に還流させて再燃焼させることで燃焼温度を下げ、排気中の窒素酸化物(以下、NOxという)の濃度(排出量)を低減するための所謂EGR(Exhaust Gas Recirculation:排気再循環)システムが採用されている。
【0006】
このようなEGRシステムにおいては、EGRガスを燃焼室に還流させるため、吸気行程等において燃焼室内で膨張して冷却され、EGRガスから凝縮水が発生するおそれがある。
【0007】
近年においては、なお一層効果的にNOxの排出量を低減するために、燃焼室内に還流させるEGRガスをEGRクーラ等により冷却するなどしてEGRガス量を増加させることも行われているため、より一層EGRガスから凝縮水が発生し易い状態となっており、燃焼室内壁(特に、温度の低いシリンダライナ内壁)にEGRガスの凝縮水が付着するおそれが高くなっている。
【0008】
ここで、EGRガスは燃料中の硫黄分を含むため、凝縮水には硫酸が含まれることになるので、この硫酸を含む凝縮水が内燃機関の燃焼室などの内壁等に付着・滞留などすると、鋳鉄などからなるシリンダライナに腐食や損傷等を引き起こすおそれがある。
【0009】
このような使用環境においては、シリンダライナには耐腐食性が求められるが、潤滑特性に優れ耐摩耗性に優れた実績を持つシリンダライナ材である片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)を改良して耐食性の向上を狙った鋳鉄材としては、特許文献2に記載されているような鋳鉄材がある。
【0010】
この特許文献2に記載されている鋳鉄材は、パーライト相と称される基地組織の中に、硬質相のステダイト相と、片状黒鉛相と、が所定に分散した組織を有する鋳鉄材である。
【0011】
しかしながら、この特許文献2に記載されている鋳鉄材は、EGRを行わない内燃機関のシリンダライナ材に使用する場合において耐摩耗性及び耐腐食性は良好であるかも知れないが、EGRシステムを備えた内燃機関のシリンダライナ材として使用した場合には、耐腐食性が十分でなく、シリンダライナの内周面に腐食摩耗が生じて耐久性が低下するおそれが高いといった実情がある。
【0012】
なお、このような腐食摩耗を改善するための手法として、例えば、シリンダライナの内周面に窒化処理等の表面処理を施すことも行われてはいるが、このような表面処理の場合には、表面の窒化層において耐腐食性が改善されるだけであって、窒化層が摩耗した後においては効果的な腐食摩耗対策にはならないといった実情がある。
【0013】
本発明は、かかる実情に鑑みなされたものであって、簡単かつ低コストな構成でありながら、耐スカッフ性及び耐摩耗性に優れると共に耐腐食性にも優れるシリンダライナ材に適した鋳鉄及び該鋳鉄により製造されたシリンダライナを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
このため、本発明に係る鋳鉄は、
主としてパーライトからなる基地相であるパーライト相に、ステダイトを含む硬質相と、片状黒鉛相と、を所定に分散させた組織を有すると共に、
前記パーライト相において、層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうち、セメンタイト相の析出割合を所定に高めたことを特徴とする。
【0015】
本発明において、Cu(銅)及びSn(すず)の少なくとも一方を組成に含めることにより、前記パーライト相において層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうちのセメンタイト相の析出割合を調整することを特徴とすることができる。
【0016】
本発明において、前記パーライト相において層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうちのセメンタイト相の析出割合を、70%以上にすることを特徴とすることができる。
【0017】
本発明に係る内燃機関のシリンダライナは、本発明に係る鋳鉄により製造されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、簡単かつ低コストな構成でありながら、耐摩耗性に優れると共に耐腐食性にも優れるシリンダライナ材に適した鋳鉄及び該鋳鉄により製造されたシリンダライナを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る一実施の形態の片状黒鉛鋳鉄におけるパーライト相の組織図であり、右側がラメラ間隔を疎として析出させた組織部分(従来の組織)であり、左側がラメラ間隔を密として析出させた組織部分(本発明に係る組織)である。
【図2】図1のパーライト相を3Dにて撮影した組織図を斜め上方から見た斜視図(酸による腐食後の写真)である。
【図3】本実施の形態に係るパーライト相におけるフェライト相とセメンタイト相を略直交する方向(図2の直線部分)に沿って断面を取った断面図であって、ラメラ間隔及びセメンタイト相の析出割合の増加について説明するための図である。
【図4】本実施の形態に係るパーライト相において層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうちのセメンタイト相の析出割合(セメンタイト相幅/ラメラ間隔)と、酸による腐食摩耗量(摩耗深さ)と、の関係を示す腐食摩耗実験結果を示す図である。
【図5】従来の片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)の一例を示す組織図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0021】
本発明者等は、潤滑特性に優れ耐摩耗性に優れた実績を持つシリンダライナ材である片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)を基調として、種々の検討及び実験を重ねた結果、耐摩耗性に優れると共に耐食性に優れた鋳鉄材を見い出すに至った。
【0022】
すなわち、これまでの先行技術では、特許文献1から特許文献3などに記載されているように、パーライト相の基地組織に対する、ステダイト相や片状黒鉛(例えばA型片状黒鉛など)相の分散或いは析出のさせ方(図5等参照)に着目しており、その分散或いは析出のさせ方によって鋳鉄材の特性の改質や改善等を図ってきていたが、本発明者は、かかる方法では耐摩耗性と耐腐食性の両立には限界があることに想到し、種々の実験研究を重ねた結果、以下のような方法によって、耐摩耗性と耐腐食性を共に高いレベルで両立させることができる鋳鉄材を見い出すに至った。
【0023】
本発明者は、鋳鉄材として、潤滑特性に優れ耐摩耗性に優れた実績を持つシリンダライナ材である片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)を基調とする一方で、基地組織であるパーライト相に着目し、このパーライト相を構成しているフェライト相とセメンタイト相の析出のさせ方を変更する試みを行った。
【0024】
その結果、パーライト相を構成し層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうち、硬質相であるセメンタイト相の析出割合を大きくした場合に、耐腐食性が大幅に改善可能であることが確認できた。
【0025】
図1に本実施の形態に係るパーライト相の組織図を示す。図1において右側がラメラ間隔を疎として析出させた組織部分(従来の組織)であり、図1において左側がラメラ間隔を密として析出させた組織部分(本発明に係る組織)である。
【0026】
また、図2に、図1のパーライト相を3Dにて撮影した組織図を斜め上方から見た斜視図(酸による腐食後の写真)である。
【0027】
なお、図1や図2に示したように、パーライト相20を構成し、層状に析出されるフェライト相20Aとセメンタイト相20Bのうち、セメンタイト相の析出割合を高めることは、パーライト相20の微細化元素であるCu(銅)、Sn(すず)などの元素を鋳造の際に含有させることにより、また凝固速度等の管理などにより比較的容易に達成することができる。
【0028】
具体的には、質量%で、
C:3.1〜3.6%
Si:1.8〜2.3%
Mn:0.5〜0.9%
P:0.2〜0.4%
S:0.15%以下
Cu:1.0〜3.0%
を含み、残部をFeと不可避的不純物とする化学組成を有し、
主としてパーライトからなる基地相であるパーライト相に、ステダイトを含む硬質相と、片状黒鉛相と、を所定に分散させた組織を有すると共に、
パーライト相において、層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうち、セメンタイト相の析出割合を所定に高めるようにする。
なお、上記化学組成に、パーライト相の微細化元素であるSn(すず)などを含めることができる。
【0029】
図3に、本実施の形態に係るパーライト相20を構成し層状に析出されるフェライト相20Aとセメンタイト相20Bを略直交する方向(図2の直線部分参照)の断面を取った断面を示すが、その断面におけるセメンタイト相20Bの析出割合を増加させることで、腐食摩耗量を低減することができることを確認することができた。
【0030】
なお、図4に示すように、セメンタイト相20Bの析出割合を増加させ、例えば、ラメラ間隔のうちの約70%以上をセメンタイト相が占めるようにすることで、腐食レベルが軽微なものとなることを腐食試験により確認することができた。
【0031】
なお、フェライト(ferrite)20Aは、体心立方格子のα鉄に最大0.02%の炭素(C)が固溶した固溶体で、鉄鋼組織中一番軟らかく、延性も大きく、常温では磁性体であるが、腐食し易いといった特性を有する。
【0032】
セメンタイト(cementite)20Bは、鉄カーバイド(Fe3C鉄炭化物)の組織であり、非常に硬く脆い組織であるが腐食し難い特性を有する。
【0033】
本実施の形態に係る鋳鉄材では、パーライト相20を構成し層状に析出されるフェライト相20Aとセメンタイト相20Bのうち、硬質相であるセメンタイト相の析出割合を高めたことで、EGRガス由来の凝縮水(硫酸)等によるアタックにより、フェライト相20Aがある程度腐食して表面部分が後退しても、隣接するセメンタイト相20Bは摩耗しないので、セメンタイト相20B間にオイル(潤滑油)を保持することができる。
【0034】
従って、EGRガス由来の凝縮水(硫酸)等によるアタックによりフェライト相20Aがある程度腐食した後でも、セメンタイト相20B間におけるオイル保持能力によりフェライト相20Aの腐食摩耗をあるレベル以上に進行させないため、耐腐食性を向上させることができる。
【0035】
また、本実施の形態に係る鋳鉄材では、硬質相であるセメンタイト相の析出割合を高めたためセメンタイト相20Bがしっかりとそれ自身で自立できると共に、フェライト相20Aの腐食摩耗を進行させないため、セメンタイト相20Bはフェライト相20Aによってしっかりと支持されるため、セメンタイト相20Bの脱落なども抑制され、以ってスカッフ等の発生し難い良好な潤滑特性延いては良好な摩耗特性を実現することができる。
【0036】
更に、セメンタイト相20B間のオイル(潤滑油)保持機能により潤滑特性も長期に亘って良好に維持され、これによってもスカッフ等の発生し難い良好な潤滑特性延いては良好な摩耗特性を実現することができる。
【0037】
また、本実施の形態に係る鋳鉄材は、片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)をベースとし、パーライト相20の基地組織に対するステダイト相(細かく広く分散しているため図5では図示省略)と片状黒鉛相の分散(析出)のさせ方は、図5に示した従来と同等とすることができるため、片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)の有する良好な潤滑特性及び摩耗特性はそのまま維持され、信頼性についても高いレベルとすることができる。
【0038】
ところで、本実施の形態に係る鋳鉄材は、内燃機関のシリンダライナ材として好適であるが、これに限定されるものではなく、他への利用が制限されるものでもなく、種々の目的や要求等に応じて、様々な利用に供することができるものである。
【0039】
また、本実施の形態に係る鋳鉄材からなるシリンダライナが用いられる内燃機関は、ディーゼル燃焼機関に限定されるものではなく、ガソリンその他の燃料を使用する内燃機関とすることができ、燃焼方式に拘わらず、あらゆる移動式・定置式の内燃機関とすることができる。
【0040】
更には、本実施の形態に係る鋳鉄材は、外燃機関のシリンダライナ材として利用することができる。
【0041】
また、本実施の形態に係る鋳鉄材は、燃焼を伴わないエアコンプレッサ、往復動アクチュエータ、ピストン状の弁体を摺動自在に収容してシリンダ内を往復移動させる弁装置などのシリンダ材として利用することもできる。
この場合、作動流体が腐食性の高い場合になどにおいては本発明に係る鋳鉄材をシリンダ材として利用することは有益なものとなる。
【0042】
また、シリンダ形状に限定されるものでもなく、本実施の形態に係る鋳鉄材は、あらゆる摺動部分に適用される部材として利用することができるものである。
【0043】
以上で説明した本発明に係る一実施の形態は、本発明を説明するための例示に過ぎず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、簡単かつ低コストな構成でありながら、耐摩耗性に優れると共に耐腐食性にも優れるシリンダライナ材に適した鋳鉄及び該鋳鉄により製造されたシリンダライナを提供することができ有益であり、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0045】
1 鋳鉄
10 黒鉛相
20 パーライト相
20A フェライト相
20B セメンタイト相

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主としてパーライトからなる基地相であるパーライト相に、ステダイトを含む硬質相と、片状黒鉛相と、を所定に分散させた組織を有すると共に、
前記パーライト相において、層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうち、セメンタイト相の析出割合を所定に高めたことを特徴とする鋳鉄。
【請求項2】
Cu及びSnの少なくとも一方を組成に含めることにより、前記パーライト相において層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうちのセメンタイト相の析出割合を調整することを特徴とする請求項1に記載の鋳鉄。
【請求項3】
前記パーライト相において層状に析出されるフェライト相とセメンタイト相のうちのセメンタイト相の析出割合を、70%以上にすることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の鋳鉄。
【請求項4】
請求項1〜請求項3の何れか1つに記載の鋳鉄により製造されたことを特徴とする内燃機関のシリンダライナ。



【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−188720(P2012−188720A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−55091(P2011−55091)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(000005463)日野自動車株式会社 (1,484)
【Fターム(参考)】