説明

鋼素線の製造方法およびその装置

【課題】鋼線材を伸線加工して鋼素線を製造する際、キャプスタンによる引き抜き過程において、該鋼素線の残留トーションを低減し、さらには低減量を調整可能とし、とりわけタイヤなどのゴム物品の補強材として、そのまま適用することが可能な鋼素線を製造するための方法を提供する。
【解決手段】最終伸線ダイスを出た鋼素線を、駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bに複数回巻き付けて張力を与えて前記最終伸線ダイスから鋼素線を引き抜くに当たり、前記駆動キャプスタンの回転軸と従動キャプスタンの回転軸とをずらすことによって、該駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンを通る鋼素線における残留トーションを低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鋼素線の製造方法、特にゴム物品の補強材に適した鋼素線を製造するための方法およびその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、ワイヤロープ、ばね又はタイヤ用コード等に供される鋼素線には、様々な特性が要求されている。例えば近年の環境問題を端緒とする、自動車の低燃費化が要求され、この低燃費化の促進に有効である、タイヤの軽量化が急務となってきている。そこで、このタイヤの原材料の中でも比較的に重量のある、スチールコードの使用量および/またはその周りに使用するゴム材料の削減が要求されている。
【0003】
ここに、スチールコードの使用量や、その周囲のゴム材料を減らすためには、スチールコードの撚り構造の簡素化や、コードの径を細くするなどの方策がとられている。例えば、スチールコードを簡素化する方策として、コードに使用する鋼素線をそのままタイヤの補強に供することが考えられる。
但し、鋼素線をそのままタイヤに適用しようとすると、該鋼素線を複数本撚り合わせてコードとすることによって制御してきた、コードの各素線が持つ回転性、いわゆる残留トーションを適正に制御することが難しくなり、鋼素線自身の残留トーションがタイヤを製造する際のトリートの平坦性に影響を及ぼし、平坦なトリートが得られないことから、タイヤの製造そのものが難しくなるという問題があった。
【0004】
かような問題に対して、特許文献1には、鋼線材を伸線加工して鋼素線を製造する際、該鋼素線の残留トーションを低減する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−331327号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した従来技術によって、鋼素線の残留トーションを低減することが可能であるが、鋼素線に捻りを付与する機構を新たに設けるため、設備コストが大きくなる上、設備の維持や管理に工数を要することから、より簡便かつ安価な鋼素線の残留トーション低減手法が求められていた。
【0007】
そこで、この発明は、鋼線材を伸線加工して鋼素線を製造する際、キャプスタンによる引き抜き過程において、該鋼素線の残留トーションを低減し、さらには低減量を調整可能とし、とりわけタイヤなどのゴム物品の補強材として、そのまま適用することが可能な鋼素線を製造するための方法について提案する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の要旨構成は、次のとおりである。
(1)最終伸線ダイスを出た鋼素線を、駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンに複数回巻き付けて張力を与えて前記最終伸線ダイスから鋼素線を引き抜くに当たり、前記駆動キャプスタンの回転軸と従動キャプスタンの回転軸とをずらすことによって、該駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンを通る鋼素線における残留トーションを低減することを特徴とする鋼素線の製造方法。
【0009】
(2)上記(1)において、前記駆動キャプスタンの回転軸と従動キャプスタンの回転軸とのずれ角度が0.5°以上5.0°以下である鋼素線の製造方法。
【0010】
(3)最終伸線ダイスの出側に、駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンを配置した鋼素線の製造装置であって、前記駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンは、いずれか一方または両方の回転軸が揺動する向きに移動し、該駆動キャプスタンと従動キャプスタンの回転軸の交差角度を調整可能にしたことを特徴とする鋼素線の製造装置。
【発明の効果】
【0011】
この発明によれば、鋼素線の残留トーションを有利に低減し、撚り合わせコードなどとして加工することなく、とりわけタイヤなどのゴム物品の補強材としてそのまま適用することが可能であり、この種の補強材として適合する極めて簡素な素材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による鋼素線の製造法と装置の概要を示す側面図である。
【図2】本発明による鋼素線の製造法と装置のキャプスタン部を示す斜視図である。
【図3】本発明によるキャプスタン回転軸の交差角度を示す平面図である。
【図4】本発明によるキャプスタン回転軸の交差角度の調整機構の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
さて、鋼素線は、所定の成分組成に成る鋼線材に伸線加工を施すことによって得られる。この伸線加工は、種々の形式で行なわれるが、例えばタイヤ等のゴム物品の補強コード用の鋼素線の製造には、伸線ダイス及び引き抜きキャプスタンの組み合わせを、潤滑液で満たされた槽内に、複数組積層配置し、各ダイスおよび引き抜きキャプスタンに順に線材を通して連続的に仲線を行なう、多段式の湿式伸線法が採用されている。
【0014】
この様な伸線過程においては、ダイスからの引き抜きを引き抜きキャプスタンに巻き付けて行うことから、伸線後の鋼素線は残留トーションを有するのが一般的である。
この残留トーションをもつ鋼素線は、その一端を固定してもう一方の端を自由にした際に、素線の軸回りに特定の方向に自転するため、例えばタイヤのベルトに供するトリート材に鋼素線を適用した場合に、鋼素線の残留トーションに起因する回転トルクによりトリート材の平坦性が阻害され、タイヤ製造時の障害となることは、既に述べたとおりである。
従って、特に鋼素線をタイヤ等のゴム物品に適用する場合には、伸線後の鋼素線の残留トーションを低減することが極めて重要になり、この残留トーションを低減することによって上記ゴム物品の補強材として健全な適用が初めて可能になるのである。
【0015】
以下に、鋼素線における残留トーションの低減手法について、図面を参照してより具体的に説明する。
すなわち、鋼素線の伸線工程の概要を、図1に示すように、最終伸線ダイス1の下流に、引き抜きキャプスタンとして、駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bの大小キャプスタンを組み合わせて配置し、これら駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bを介して、最終伸線ダイス1から鋼素線3を引き抜いて該鋼素線3を巻取り機4へ導いている。
【0016】
最終伸線ダイス1から鋼素線3を引き抜く過程にて、鋼素線3は最終線径に調整される。この伸線加工を経た鋼素線3は、図2に示すように、引き抜き用の駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bキャプスタンに巻き付けられてキャプスタンを通る際に鋼素線3に捻りが加わることになる。
【0017】
その際、図3(a)に示すように、引き抜き駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bの回転軸は同じ向きに揃っているのが従前である。この構造においては、駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bを鋼素線3が数周回する上で、キャプスタンに接触している鋼素線3の進行方向とキャプスタン回転方向に角度差が生じ、鋼素線3とキャプスタン接触部において丸断面の鋼素線3がキャプスタン接触面上を転がる事で捻られ、残留トーションが発生する。
この点、この発明では、図3(b)に示すように、駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bの回転軸の向きをずらすことによって、キャプスタンを通過中の鋼素線3に掛かる捻りを低減する。すなわち、駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bの回転軸の向きをずらすことによって、キャプスタンに接触している鋼素線3の進行方向とキャプスタン回転方向が同一となり、キャプスタン接触面上の鋼素線3の転がりが無くなり、その結果、鋼素線3に掛かる捻りは低減されるのである。
【0018】
ここで、図3(b)に示すように、駆動キャプスタン2aおよび従動キャプスタン2bの回転軸の交差角度をαとしたとき、この角度αを0.5〜5.0°の範囲とすることが好ましい。なぜなら、角度αが0.5°未満では、キャプスタン接触面上の鋼素線3の進行方向とキャプスタン回転方向との角度差が、キャプスタン接触面上の鋼素線3の転がりを低減するために不十分であり、角度αが0°と残留トーションが変わらないことになる。
一方、角度αが5.0°を超えると、キャプスタンに接触している鋼素線3の進行方向とキャプスタン回転方向との角度差が十分に解消され、角度αを増やしても残留トーションの変化がなくなる。また、角度αが増加するのに従い鋼素線3がキャプスタンを周回する際の、回転軸方向に移動する距離が長くなるため、キャプスタンの幅(厚み)を広く取る必要があり、設備スペースの増加や、鋼素線3をキャプスタンに巻き付ける作業がやりづらい等の問題がしょうじる。ゆえに、十分な効果が得られ、かつ作業性を悪化させないためには、角度αの上限を5.0°とする。
【0019】
上記した交差角度αは、例えば、伸線ダイス1内面の偏摩耗に起因する、鋼素線における残留トーションの変化に応じて、調整することが好ましい。その際、交差角度αの調整は、例えば図4に示すように、ハンドル5を操作してラック6を回転してピニオン7を回転させて、従動キャプスタン2bの回転軸の支持点8を、このピニオン7と関連させて揺動することによって、従動キャプスタン2bの回転軸を駆動キャプスタン2a回転軸に対してずらす動作を与えることができる。
【0020】
なお、上記の残留トーション低減処理を経た鋼素線は、1本または複数本を束ねて、巻取り機4に巻き取られ、保管、出荷または次工程へと供される。
【実施例】
【0021】
0.80質量%の炭素を含有する、直径が5.5mmの高炭素鋼線材を、直径が1.4mmになるまで乾式伸線を施した後、パテンティング処理およびブラスめっき処理を施した。次いで、この線材を直径が0.25mmになるように、湿式の多段伸線を行った。さらに、最終伸線ダイスを出た鋼素線を引き抜きキャプスタンに巻き付けた後、図3に示したところに従って、表1に示す諸条件にて残留トーションの低減処理を施した。こうして得られた鋼素線について、その残留トーションと各鋼素線を用いて作製したトリート材における平坦性とを評価した。その結果を、表1に併記する。
【0022】
ここで、鋼素線の残留トーションは、JlS G3510(1986)の6.8に示された方法に準拠して測定した。尚、回転方向は、時計方向に回転する方向をプラス(+)とし、その反対方向に回転するものをマイナス(−)として表示した。
【0023】
また、トリート材の平坦性は、鋼素線を50本/50mmの間隔で厚さ1mmのゴム中に埋設した、幅30cmおよび長さ1mのゴムシートを作製し、このゴムシート端部が浮き上る高さを測定し、その測定値をもって平坦性を評価した。
【0024】
【表1】

【符号の説明】
【0025】
1 最終伸線ダイス
2a 駆動キャプスタン
2b 従動キャプスタン
3 鋼素線
4 巻取り機
α キャプスタン回転軸の交差角度
5 ハンドル
6 ラック
7 ピニオン
8 回転支点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最終伸線ダイスを出た鋼素線を、駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンに複数回巻き付けて張力を与えて前記最終伸線ダイスから鋼素線を引き抜くに当たり、前記駆動キャプスタンの回転軸と従動キャプスタンの回転軸とをずらすことによって、該駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンを通る鋼素線における残留トーションを低減することを特徴とする鋼素線の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記駆動キャプスタンの回転軸と従動キャプスタンの回転軸とのずれ角度が0.5°以上5.0°以下である鋼素線の製造方法。
【請求項3】
最終伸線ダイスの出側に、駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンを配置した鋼素線の製造装置であって、前記駆動キャプスタンおよび従動キャプスタンは、いずれか一方または両方の回転軸が揺動する向きに移動し、該駆動キャプスタンと従動キャプスタンの回転軸の交差角度を調整可能にしたことを特徴とする鋼素線の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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