説明

鍛造用金型及びその製造方法

【課題】鍛造用金型を長寿命化する。
【解決手段】SKH51(Fe基合金)からなる予備成形体52の表面に、炭化物を形成してSKH51の内部に拡散する金属、すなわち、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの少なくともいずれか1種の粉末を塗布する。塗布後、予備成形体52を熱処理すれば、前記金属の炭化物が母材中に拡散することによって形成された拡散層36aを有する予備成形体52が得られる。拡散層36aの下方には、母材である下地層37が存在する。その後、仕上げ加工を行うことにより、所定の形状の鍛造用上パンチ26aが作製されるに至る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe基合金からなる下地層の表面に、Fe基合金に炭化物が拡散して形成され且つ前記下地層に比して高硬度である拡散層を有する鍛造用金型及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鍛造加工は、所望の形状の成形体を得る際に広汎に採用される成形加工手法の1つである。鍛造加工では、パンチやダイ等の鍛造用金型を用い、この鍛造用金型によってワークを加圧する。加圧された該ワークの肉は、パンチ及びダイによって形成されるキャビティに沿って塑性流動を起こし、これに伴い、該ワークが所定の形状の成形体に成形される。
【0003】
鍛造用金型には、上記のような鍛造加工を数千回〜数万回繰り返して実施するに十分な耐摩耗性、耐食性、強度等が希求される。このような諸特性が十分でないと、割れや欠けが容易に発生するので寿命が短い鍛造用金型となり、結局、鍛造用金型を頻繁に交換する必要が生じるので、設備投資が高騰するからである。
【0004】
鍛造用金型は、一般に、高速度工具鋼(SKH)や合金工具鋼(SKD)、すなわち、Fe基合金の1種である鋼材から構成される。従って、上記した諸特性を向上させるには、その表面に、物理的気相成長(PVD)法や化学的気相成長(CVD)法、メッキ、陽極酸化等によって皮膜を設けることが有効であるようにも考えられる。しかしながら、この場合、皮膜の形成に長時間を要するとともに、皮膜形成コストが大きいという不具合がある。
【0005】
皮膜を設けることなく鋼材の表面の諸特性を向上させる試みとして、浸炭、浸硫、窒化、炭窒化等の様々な表面処理を施すことが挙げられる(例えば、特許文献1、2参照)。また、特許文献3では、加工用刃具ではあるが、ショットピーニングやショットブラスト等の機械的処理を施して表面に10kgf/cm2(およそ0.1MPa)の圧縮応力を付与すれば、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることができると報告されている。
【0006】
【特許文献1】特開2003−129216号公報
【特許文献2】特開2003−239039号公報
【特許文献3】特開平5−171442号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3に記載されたような従来技術で諸特性が向上するのは、金属材の表面に限られる。例えば、窒化や浸炭等では、元素が拡散するのは金属材の表面から僅かに数μm、最大でも200μm程度であり、それより内部の諸特性を向上させることは困難である。このため、鍛造用金型に適用したとしても、該鍛造用金型の耐摩耗性や耐欠損性が著しく向上するとは言い難い側面がある。
【0008】
しかも、従来技術に係る処理方法では、形成された窒化層等と下地層である金属材との間に界面が存在する。このため、界面に応力集中が起こるような条件下では、界面から脆性破壊が起こることが懸念される。
【0009】
本発明は上記した問題を解決するためになされたもので、硬度及び強度が向上し、且つ物性の変化がなだらかであるために応力集中が起こり難いので脆性破壊が生じ難い鍛造用金型及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するために、本発明に係る鍛造用金型は、加圧によりワークを成形加工して成形体とするための鍛造用金型であって、
Fe基合金からなる下地層と、前記下地層の表面側に位置するとともにFe基合金中に炭化物が拡散することで前記下地層に比して高硬度を示す拡散層とを有し、
前記炭化物が、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの少なくともいずれか1種の炭化物、又はこれらの中の少なくともいずれか1種とFeとの固溶体が炭化物化したものであり、且つ金属元素をMで表すときに組成式がM6C、M236、(Fe,M)6C又は(Fe,M)236であることを特徴とする。
【0011】
Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの炭化物は、Fe基合金に拡散した場合、析出硬化型複合材と同様の機構でFe基合金の硬度を向上させる。そして、本発明に係る鍛造用金型においては、この種の炭化物が母材であるFe基合金の内部深くまで拡散しているので、内部まで優れた硬度及び強度を示す。
【0012】
しかも、この鍛造用金型には、拡散した炭化物と下地層との間に界面が存在しない。このため、応力集中が起こり難いので、脆性破壊が生じ難くなる。
【0013】
なお、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの炭化物の組成式は、例えば、金属元素をMで表すとき、M6C又はM236である。組成式がこのように表される炭化物は、Fe基合金の硬度を向上させる効果に特に優れる。
【0014】
又は、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの少なくともいずれか1種と、Feとの固溶体が炭化物化し、その組成式が(Fe,M)6C又は(Fe,M)236で表されるものであってもよい。この場合、上記したような金属炭化物の相対量が低減するので、金属炭化物が過度に生成して脆性が上昇することを抑制することができる。
【0015】
ここで、鍛造用金型がパンチである場合、拡散層を、少なくともワークを押圧して該ワークの肉を塑性変形させる成形部に設けることが好ましい。少なくとも成形部の諸特性が向上すれば十分であり、ワークに当接せず該ワークを押圧しない部位までをも諸特性を向上させる場合に比してコストを低廉化することができるからである。
【0016】
一方、鍛造用金型が、塑性流動する前記ワークの肉が流入する成形部を有するダイである場合、拡散層を、肉が通過する断面積が減少する部位に設けることが好ましい。断面積が絞られる部位に対しては、ワークの肉が塑性流動することに伴って過大な応力が作用する。このような部位の諸特性を向上させることで、該部位で割れや欠けが発生することを回避することができる。
【0017】
また、本発明は、加圧によりワークを成形加工して成形体とするための鍛造用金型を製造する方法であって、
Fe基合金からなる予備成形体の表面に、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの少なくともいずれか1種を含む金属粉末を塗布する工程と、
前記金属粉末が塗布された前記Fe基合金を熱処理して、少なくとも該Fe基合金を構成する炭素と前記金属とを反応させ、金属元素をMで表すときに組成式がM6C、M236、(Fe,M)6C又は(Fe,M)236である炭化物とするとともに、前記炭化物を前記Fe基合金中に拡散させる工程と、
を有することを特徴とする。
【0018】
このような工程を経ることにより、厚みの大きい拡散層を形成することができるとともに、拡散層と下地層との間に界面が存在しない鍛造用金型を製造することができる。得られた鍛造用金型は、拡散層が存在するために硬度及び強度に優れる。
【0019】
上記したように、金属の粉末としては、Fe基合金の硬度を向上させることができることから、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの粉末が使用される。
【0020】
また、上記した理由から、鍛造用金型がパンチである場合にはワークを押圧する成形部に、塑性流動する前記ワークの肉が流入する成形部を有するダイである場合には断面積が絞られる部位に拡散層を設ければ十分である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、鍛造用金型の母材であるFe基合金に炭化物を拡散させるようにしているので、硬度や強度が内部まで向上した鍛造用金型を得ることができる。しかも、拡散層の厚みが大きいので、内部深くまで硬度や強度を向上させることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明に係る鍛造用金型及びその製造方法につき好適な実施の形態を挙げ、添付の図面を参照して詳細に説明する。
【0023】
図1A〜図1Dは、本実施の形態に係る鍛造用金型を用いて製造されるスパイダ10(図1D参照)の製造工程である。このスパイダ10につき先ず説明すると、該スパイダ10は、軸方向に摺動可能なトリポート型等速ジョイント(図示せず)の構成部品として用いられるものであり、セレーションが形成された孔部12を有するリング体14と、前記リング体14の周方向に沿って等角度離間し半径外方向に向かって突出する3本のトラニオン16a〜16cとが一体的に形成される。前記スパイダ10は、図示しないドライブシャフトの一端部に固着され、前記トラニオン16a〜16cは、有底円筒状からなる外輪部材の内壁に形成された図示しないトラック溝に沿って摺動可能に設けられる。なお、各トラニオン16a〜16cは、リング体14に近接する根本部から該リング体14の半径外方向に向かって徐々に拡径するように形成される。
【0024】
このスパイダ10は、以下の工程によって製造される。
【0025】
まず、第1準備工程において、所定長の円柱体(ビレット)に切り出されたワーク18(図1A参照)に対して球状化焼鈍を施す。これによりワーク18が軟化し、以下の鍛造成形が容易となる。そして、第2準備工程において、ボンデライト処理により、例えば、リン酸亜鉛等からなる潤滑用化成皮膜をワーク18の表面に形成することによって該表面に潤滑性を付与する。具体的には、このようなリン酸亜鉛等が溶解された溶媒中にワーク18を所定時間浸漬することにより潤滑用化成皮膜を形成すればよい。
【0026】
次いで、図2に示すように、本実施の形態に係る鍛造用金型20を使用して、潤滑用化成皮膜が形成されたワーク18に対する鍛造成形を行う。これにより、図1Bに示すように、円盤状部22の外周面に半径外方向に向かって3本のトラニオン16a〜16cが膨出形成された中間成形体24が形成される。
【0027】
続いて、前記中間成形体24の円盤状部22の中心に対しピアス成形を施すことにより、図1Cに示すように、内バリが打ち抜かれて貫通した孔部12が形成され、さらに、図示しない切削加工装置を用いて面取り、孔部12のセレーション等のレース加工を施した後、浸炭焼き入れ及び焼き戻し等の熱処理工程を経て製造品としてのスパイダ10が完成する(図1D参照)。
【0028】
次に、本実施の形態に係る鍛造用金型20につき説明する。
【0029】
図2に示されるように、この鍛造用金型20は、図示しない第1押圧機構に連結されて上下方向に沿って変位自在に設けられた鍛造用上パンチ26aと、前記鍛造用上パンチ26aと同軸状に配置され、図示しない第2押圧機構に連結されて上下方向に沿って変位自在に設けられた鍛造用下パンチ26bとを含む。なお、前記鍛造用上パンチ26aと前記鍛造用下パンチ26bとは、互いに同一に構成される。
【0030】
前記鍛造用上下パンチ26a、26bは、SKH51を原材料(母材)として製造されたものであり、図3に示されるように、一端側の大径部28と、前記大径部28に連接されてテーパ状に縮径した縮径部30と、前記縮径部30に連接された小径部32と、前記小径部32から他端側に向かって突出し断面略円弧状に湾曲して形成されたパンチ成形部34とを有する。
【0031】
この場合、前記パンチ成形部34及び小径部32の端面を含む一部表面には、図4に示すように、母材であるSKH51中を金属の炭化物が拡散してなる拡散層36aが設けられる。このため、鍛造用上下パンチ26a、26bにおいて、パンチ成形部34及び小径部32の端面は、母材からなる下地層37と拡散層36aを有し、下地層37上に拡散層36aが形成された形態となっている。
【0032】
さらに、前記鍛造用金型20は、図示しない昇降機構に連結された上ダイ38と、図示しない固定ダイに位置決め固定された下ダイ40とを有し、前記上ダイ38及び下ダイ40には、それぞれ、前記円盤状部22を成形するための第1部位41と、トラニオン16a〜16cを形成するための湾曲した凹部42が設けられる。この中、凹部42には、前記鍛造用上下パンチ26a、26bによって上下方向から加圧されて塑性流動する肉が流入する。
【0033】
また、前記凹部42に近接する部位には、上ダイ38及び下ダイ40が相互に接近する方向に向かって断面円弧状に膨出した第1及び第2ダイ成形部44a、44bがそれぞれ形成される。図2から諒解されるように、第1ダイ成形部44aと第2ダイ成形部44bとの離間距離、換言すれば、塑性流動するワーク18の肉が通過する断面積は、円盤状部22を成形する前記第1部位41の断面積に比して小さい。
【0034】
この場合、前記第1及び第2ダイ成形部44a、44bの表層部には、鍛造用上下パンチ26a、26bと同様に、母材であるSKH51中を金属の炭化物が拡散してなる拡散層36bが設けられる。すなわち、上ダイ38及び下ダイ40における第1及び第2ダイ成形部44a、44bは、鍛造用上下パンチ26a、26bと同様に、母材からなる下地層と拡散層36bを有し、下地層上に拡散層36bが形成された形態となっている。
【0035】
そして、図2に示されるように、拡散層36bは、ワーク18の肉が通過する断面積が減少する部位に設けられている。
【0036】
拡散層36a、36bにつき説明すると、上記したように、これら拡散層36a、36bは、母材であるSKH51中に金属の炭化物が拡散することによって形成されている。
【0037】
炭化物を形成する金属元素としては、SKH51の硬度を向上させる元素、具体的には、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnが選定される。このような金属元素の炭化物が拡散することによって形成された拡散層36a、36bは、高硬度及び高強度を示す。このため、鍛造用上下パンチ26a、26bにおけるパンチ成形部34及び小径部32の端面、及び上ダイ38、下ダイ40における第1ダイ成形部44a及び第2ダイ成形部44bでは、他の部位に比して硬度及び強度が高くなる。
【0038】
炭化物は、金属元素をMで表すとき、Cr6C、W6C、Mo6C等のようにM6Cで表される炭化物や、M236で表される炭化物である。この種の炭化物は、硬度及び強度を向上させる効果に最も優れている。
【0039】
なお、M6CやM236が過度に存在すると、鍛造用金型20が脆性を示すようになる。そこで、鋼材である鍛造用上下パンチ26a、26b、上ダイ38及び下ダイ40の構成元素であるFeと、上記金属元素の固溶体の炭化物を生成することが好ましい。すなわち、炭化物は、(Fe,M)6Cや、(Fe,M)236等で表されるものであってもよい。このような炭化物を生成させた場合、M6CやM236の相対量が低減するので、鍛造用上下パンチ26a、26b、上ダイ38及び下ダイ40が脆性を示すことを確実に回避することができるようになる。
【0040】
ここで、拡散層36a、36bの厚み、換言すれば、炭化物の拡散距離は、鍛造用上下パンチ26a、26b、上ダイ38及び下ダイ40の深さが少なくとも0.5mm(500μm)に達しており、通常は3〜7mm(3000〜7000μm)、最大では15mm(15000μm)に達することがある。この値は、窒化や浸炭等における元素の拡散距離が数十μm、大きくても200μm程度であるのに対し、著しく大きい。すなわち、本実施の形態においては、炭化物を、従来技術に係る表面処理方法によって導入された元素に比して著しく深い部位にまで拡散させることができる。
【0041】
このような拡散層36a、36bが設けられた部位では、炭化物が拡散した深さまで硬度が向上する。すなわち、鍛造用上下パンチ26a、26b、上ダイ38及び下ダイ40の内部深くまで硬度及び強度が上昇し、その結果、内部の耐摩耗性が向上するとともに、変形し難くなる。
【0042】
なお、後述するように、拡散層36a、36bは、母材の表面から拡散された金属元素が炭化物を生成することによって形成される。このため、炭化物の濃度は、表面で最も高く、母材の内部に指向するにつれて漸次的に減少する。
【0043】
また、炭化物の濃度がこのように漸次的に減少するため、拡散層36a、36bと下地層37との間に明確な界面は存在しない。このため、応力集中が起こることを回避することができるので、金属元素を拡散させることに伴って脆性が増すことを回避することができる。なお、図4においては、拡散層36aが存在することを明確にするため、拡散層36aと下地層37との間に便宜的に境界線を付している。
【0044】
この場合、下ダイ40及び鍛造用下パンチ26bによって形成される位置決め用のキャビティ内に円柱状のワーク18を装填し、図示しない第1及び第2押圧機構を駆動させて鍛造用上下パンチ26a、26bを相互に接近させる方向に変位させることにより前記ワーク18が加圧される。そして、前記鍛造用上下パンチ26a、26bと略同時に図示しない昇降機構を付勢して上ダイ38を下降させることにより前記上ダイ38と前記下ダイ40とが当接し、前記上下ダイ38、40の凹部42、42によってトラニオン成形用のキャビティが形成される。
【0045】
その際、鍛造用上下パンチ26a、26bによって加圧されたワーク18が塑性変形し、前記トラニオン成形用のキャビティに前記塑性変形した肉が流動しようとする肉流れが発生し、上ダイ38及び下ダイ40に設けられた第1及び第2ダイ成形部44a、44bによって好適に絞られた状態でトラニオン成形用のキャビティ内に流入するため、前記トラニオン成形用のキャビティの隅々まで塑性変形した肉が充填される。
【0046】
上記したように、鍛造用上下パンチ26a、26bにおけるパンチ成形部34及び小径部32の端面、上ダイ38、下ダイ40の第1及び第2ダイ成形部44a、44bは、拡散層36a、36bが存在するために高硬度及び高強度であり、且つ靱性が確保されている。従って、これらの部位は、鍛造加工を繰り返し行っても摩耗し難く、しかも、欠損が生じ難い。すなわち、拡散層36a、36bを設けることによって鍛造用金型20の長寿命化を図ることができる。
【0047】
拡散層36aを有する鍛造用上パンチ26aは、以下のようにして製造することができる。
【0048】
先ず、図5(a)に示すSKH51からなる円筒体形状のワークWに対して、図5(b)に示すように、バイト50による切削加工を施し、鍛造用上パンチ26aの形状に対応する形状の予備成形体52とする。
【0049】
次に、この予備成形体52の表面に、図5(c)に示すように、拡散させる金属の粉末をパンチ成形部34及び小径部32の表面に塗布する。例えば、Wを拡散させるのであればW粉末が配合された粉末、Crを拡散させるのであればCr粉末が配合された粉末を塗布すればよい。なお、粉末の塗布分量は、例えば、W6CやCr6C等が生成する量とすればよい。
【0050】
粉末の塗布は、該粉末を溶媒に分散させて調製した塗布剤54を塗布することによって行う。溶媒としては、アセトンやアルコール等、容易に蒸発する有機溶媒を選定することが好ましい。そして、この溶媒に、W、Cr等の粉末を分散させる。
【0051】
ここで、母材であるSKH51の表面には、通常、酸化膜が形成されている。この状態でWやCr等を拡散させるには、WやCr等が酸化膜を通過できるように、多大な熱エネルギを供給しなければならない。これを回避するために、塗布剤54に、酸化膜を還元することが可能な還元剤を混合することが好ましい。
【0052】
具体的には、酸化膜に対して還元剤として作用し、且つSKH51とは反応しない物質を溶媒に分散ないし溶解させる。還元剤の好適な例としては、ニトロセルロース、ポリビニル、アクリル、メラミン、スチレンの各樹脂を挙げることができるが、特にこれらに限定されるものではない。なお、還元剤の濃度は、5%程度とすればよい。
【0053】
以上の物質が溶解ないし分散された塗布剤54は、図5(c)に示すように、刷毛56を使用する刷毛塗り法によってパンチ成形部34及び小径部32の表面に塗布される。勿論、刷毛塗り法以外の公知の塗布技術を採用するようにしてもよい。
【0054】
次いで、パンチ成形部34及び小径部32の表面に塗布剤54が塗布された予備成形体52に対して熱処理を施す。この熱処理は、図5(d)に示すように、バーナー火炎58を予備成形体52の一端面側から当てることによって施すこともできる。勿論、熱処理炉内において不活性雰囲気中で熱処理するようにしてもよい。
【0055】
この昇温の過程では、250℃程度で還元剤が分解し始め、炭素や水素が生成する。予備成形体52の酸化膜は、この炭素や水素の作用下に還元されて消失する。このため、WやCr等が酸化膜を通過する必要がなくなるので、拡散に要する時間を短縮することができるとともに、熱エネルギを低減することができる。
【0056】
さらに昇温を続行すると、母材であるSKH51の構成元素であるC、Feや、還元剤が分解することによって生成したCと、WやCr等とが反応して、W6CやCr6C、W236、Cr236等が生成する。Feが関与した場合には、(Fe,W)6C、(Fe,Cr)6C、(Fe,W)236、(Fe,Cr)236等も生成する。
【0057】
生成したW6CやCr6C、(Fe,W)6C、(Fe,Cr)6C等の炭化物の一部は即座に分解し、Fe、W、Crに戻る。このうち、W、Crは、次に、母材のより内部側に存在する該母材の構成元素であるC、Feや、該母材のより内部側に遊離状態で存在するCと結合して、新たにW6C、Cr6C、(Fe,W)6C、(Fe,Cr)6C等を生成する。このW6CやCr6C、(Fe,W)6C、(Fe,Cr)6Cも即座に分解してW、Crに戻った後、母材の一層内部側に存在する該母材の構成元素であるC、Feや、該母材の一層内部側に遊離状態で存在するCと結合して、再度W6C、Cr6C、(Fe,W)6C、(Fe,Cr)6C等を生成する。このようにして炭化物が分解、生成を繰り返すことにより、該炭化物が母材の内部深くまで拡散する。
【0058】
このようして、母材の内部にW6CやCr6C、(Fe,W)6C、(Fe,Cr)6Cを拡散させることができ、その結果、拡散層36a、36bが形成される(図2及び図4参照)。なお、炭化物の濃度は漸次的に減少し、炭化物の拡散到達終端部と下地層との間に明確な界面が生じることはない。従って、脆性破壊が生じることを回避することができるので、拡散層36a、36bが形成された部位の靱性を確保することもできる。拡散層36a、36bの厚み、すなわち、炭化物の拡散距離は、最大で表面から15mm程度の深さまで及ぶ。
【0059】
最後に、図5(e)に示すように、予備成形体52に対してバイト50で仕上げ加工を行い、鍛造用上パンチ26aとする。同様にして、鍛造用下パンチ26bを作製することもできる。
【0060】
このようにして得られた鍛造用上パンチ26aを長手方向に沿って切断し、切断面における表面側から内部に指向して測定したCスケールのロックウェル硬度(HRC)を、通常のSKH51のHRCとともに図6に示す。図6から、この場合、表面から2mmの内部まで硬度が上昇していることが明らかである。
【0061】
また、同様にして拡散層36aが形成されたJIS Z 2201 4号試験片のテストピースにおける強度は、拡散層36aが形成されていない同寸法のテストピースに比して強度が著しく向上する。具体的には、拡散層36aが形成されていないテストピースにおける引っ張り強度が約1800MPaであるのに対し、拡散層36aを有するテストピースにおける引っ張り強度は約2200MPaと、およそ1.2倍となる。
【0062】
上記と同様にして、MoやV、Niの炭化物を母材の内部に拡散させることもできる。
【0063】
上ダイ38及び下ダイ40の拡散層36bも、拡散層36aを形成した際と同様に、拡散させる金属を含む粉末を塗布した後に熱処理を施すことによって形成することができる。
【0064】
なお、上記した実施の形態においては、スパイダ10を製造する鍛造用金型20を例示して説明しているが、本発明は特にこれに限定されるものではない。例えば、図示しないトリポート型等速ジョイントの外輪部材、図示しないバーフィールド型等速ジョイントの外輪部材、インナリング等を鍛造成形する鍛造用金型にも適用することができることは勿論である。
【実施例1】
【0065】
高速度工具鋼であるSKH51、ダイス鋼であるSKD11を用い、底面の直径が80mm、高さが80mmの円柱体を作製した。
【0066】
その一方で、エポキシ樹脂10%のアセトン溶液に、周期表III族〜VIII族に属する物質の粉末(粒径10〜70μm)を図7に示す割合で添加して、2種の塗布剤A、Bを調製した。
【0067】
その後、塗布剤AをSKH51の前記円柱体の全表面に塗布するとともに、塗布剤BをSKD11の前記円柱体の全表面に塗布した。なお、塗布は刷毛塗りによって行い、塗布剤A、Bの厚みは、1mmとした。
【0068】
塗布剤を自然乾燥させた後、1000〜1180℃で2時間保持することによって焼入処理を行い、次に、500〜600℃で2時間保持して焼戻処理を行った。
【0069】
各円柱体を高さ方向に切断して、底面の中心から高さ方向に沿って0.5mm毎にHRCを測定した。表面からの距離とHRCとの関係を、未塗布のSKH51、SKD11と併せ、グラフにして図8又は図9に示す。HRCの測定誤差を考慮すれば、これら図8又は図9から、各円柱体において、底面からおよそ6mmの深さまで硬度が上昇していることが明らかである。
【0070】
また、生成した炭化物を同定したところ、(Fe,W)6C、(Fe,W)236、(Fe,Cr)6C、(Fe,Cr)236であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1A〜図1Dは、本実施の形態に係る鍛造用金型を用いて製造されるスパイダの製造工程である。
【図2】本実施の形態に係る鍛造用金型によって中間成形体を成形している状態を示す概略縦断面説明図である。
【図3】図2の鍛造用金型を構成する鍛造用パンチの概略全体斜視図である。
【図4】図3の鍛造用パンチの要部拡大縦断面図である。
【図5】図3の鍛造用パンチの製造過程を示すフロー説明図である。
【図6】得られた鍛造用パンチの切断面の表面から内部に指向して測定したHRCを示すグラフである。
【図7】塗布剤の組成と割合を示す図表である。
【図8】SKH51製のテストピースにおける表面からの距離とHRCとの関係を示すグラフである。
【図9】SKD11製のテストピースにおける表面からの距離とHRCとの関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0072】
10…スパイダ 14…リング体
16a〜16c…トラニオン 20…鍛造用金型
26a、26b…鍛造用パンチ 32…小径部
34…パンチ成形部 36a、36b…拡散層
37…下地層 38、40…ダイ
41…第1部位 42…凹部
44a、44b…ダイ成形部 52…予備成形体
54…塗布剤 58…バーナー火炎

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加圧によりワークを成形加工して成形体とするための鍛造用金型であって、
Fe基合金からなる下地層と、前記下地層の表面側に位置するとともにFe基合金中に炭化物が拡散することで前記下地層に比して高硬度を示す拡散層とを有し、
前記炭化物が、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの少なくともいずれか1種の炭化物、又はこれらの中の少なくともいずれか1種とFeとの固溶体が炭化物化したものであり、且つ金属元素をMで表すときに組成式がM6C、M236、(Fe,M)6C又は(Fe,M)236であることを特徴とする鍛造用金型。
【請求項2】
請求項1記載の鍛造用金型において、当該鍛造用金型がパンチであり、前記拡散層が少なくとも前記ワークを押圧して該ワークの肉を塑性変形させる成形部に設けられていることを特徴とする鍛造用金型。
【請求項3】
請求項1記載の鍛造用金型において、当該鍛造用金型が、塑性流動する前記ワークの肉が流入する成形部を有するダイであり、前記拡散層が、前記肉が通過する断面積が減少する部位に設けられていることを特徴とする鍛造用金型。
【請求項4】
加圧によりワークを成形加工して成形体とするための鍛造用金型を製造する方法であって、
Fe基合金からなる予備成形体の表面に、Cr、W、Mo、V、Ni、Mnの少なくともいずれか1種を含む金属粉末を塗布する工程と、
前記金属粉末が塗布された前記Fe基合金を熱処理して、少なくとも該Fe基合金を構成する炭素と前記金属とを反応させ、金属元素をMで表すときに組成式がM6C、M236、(Fe,M)6C又は(Fe,M)236である炭化物とするとともに、前記炭化物を前記Fe基合金中に拡散させる工程と、
を有することを特徴とする鍛造用金型の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の製造方法において、前記予備成形体がパンチの予備成形体であり、前記拡散層を少なくとも前記ワークを押圧して該ワークの肉を塑性変形させる成形部に設けることを特徴とする鍛造用金型の製造方法。
【請求項6】
請求項4記載の製造方法において、前記予備成形体が、塑性流動する前記ワークの肉が流入する成形部を有するダイであり、前記拡散層を、前記肉が通過する断面積が減少する部位に設けることを特徴とする鍛造用金型の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−38251(P2007−38251A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−224440(P2005−224440)
【出願日】平成17年8月2日(2005.8.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】