説明

鍵盤楽器の蓋体構造

【課題】楽器本体のデザインの自由度を向上できる鍵盤楽器の蓋体構造を提供する。
【解決手段】前蓋8a及び後蓋8bにより鍵盤が覆われる閉状態から開状態にするときは、回動軸15により後蓋8bに対して前蓋8aが回動される。さらに、楽器本体3に内設される前部ガイド溝19a、19b及びラック20により、後蓋8bに配設される係合ピン17及びピニオン18の後方への移動が案内される。ラック20は前部ガイド溝19a、19bより後方に位置するので、後蓋8bは、姿勢をほぼ維持したまま後方へ移動される。そのため、開状態にするために必要な楽器本体3の収容空間Sの高さは、少なくとも後蓋8bの厚さがあれば足りる。そのため、楽器本体3をデザインするときに考慮する収容空間Sを小さくでき、楽器本体3の全高を低く抑えることができる。よって、楽器本体3のデザインの自由度を向上できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鍵盤楽器の蓋体構造に関し、特に、楽器本体のデザインの自由度を向上できる鍵盤楽器の蓋体構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、電子ピアノ、電子オルガン等の鍵盤楽器の蓋体構造として、回動可能に構成される前蓋と、前後にスライド可能に構成される後蓋とを備えるものが知られている。例えば特許文献1には、閉状態で楽器本体に立設される後蓋(前板部)と、その後蓋に回動軸で連結される前蓋(鍵盤蓋)とを備えるものが開示されている。楽器本体は前後方向に形成されるガイド溝を備え、そのガイド溝に後蓋の両側に突設される係合ピンが係合されている。さらに、楽器本体は前後方向にスライド可能に支持されるスライドアームを備え、そのスライドアームはガイド溝の下方にガイド溝に沿って配設されている。これにより、閉状態では、鍵盤および鍵盤の後方に配設される操作パネルが前蓋および後蓋で覆われる。
【0003】
開状態にするときは、回動軸を中心に前蓋を回動させて後蓋に前蓋を折り重ねる。これにより奏者側に対して鍵盤を開放することができ、演奏可能な状態にできる。この状態から、折り重ねた前蓋および後蓋をスライドアームの上に跳ね上げ、その跳ね上げ状態を維持したまま、スライドアーム及び前蓋と共に後蓋をガイド溝に沿って後方に移動させる。すると、スライドアーム、前蓋および後蓋が楽器本体に収容され、奏者側に対して鍵盤および操作パネルを開放することができ、奏者は操作パネルを操作しつつ鍵盤を操作することが可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−188019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら特許文献1に開示される技術では、ガイド溝およびスライドアームは楽器本体の上下に位置しているので、楽器本体の収容空間に、スライドアーム、前蓋および後蓋が積み重なった状態で収容される。そのため、収容空間の高さは、スライドアームの高さ、前蓋および後蓋の厚さを加えた寸法より大きくする必要がある。その結果、楽器本体のデザインは収容空間の高さを考慮しなければならず、デザインに大きな制約が加わるという問題点があった。
【0006】
本発明は上述した問題点を解決するためになされたものであり、楽器本体のデザインの自由度を向上できる鍵盤楽器の蓋体構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段および発明の効果】
【0007】
この目的を達成するために、請求項1記載の鍵盤楽器の蓋体構造によれば、鍵盤およびその鍵盤の後方に配設される操作パネルを開閉自在に覆う鍵盤楽器の蓋体構造において、鍵盤が覆われる閉状態から開状態にするときは、回動軸により後蓋に対して前蓋が回動される。さらに、楽器本体に内設される前部案内部により後蓋の前部係合部の後方への移動が案内され、楽器本体に内設される後部案内部により後蓋の後部係合部の後方への移動が案内される。後部案内部は前部案内部より後方に位置するので、姿勢をほぼ維持したまま後蓋を後方へ移動させることができる。これにより、蓋体を収容して開状態にするために必要な楽器本体の収容空間の高さは、少なくとも後蓋の厚さがあれば足りる。そのため、楽器本体をデザインするときに考慮する蓋体の収容空間の高さを小さくすることができる。これにより、楽器本体の全高を低く抑えることができ、楽器本体のデザインの自由度を向上できる効果がある。
【0008】
請求項2記載の鍵盤楽器の蓋体構造によれば、前部係合部、前部案内部、後部係合部、後部案内部の少なくとも一つが備える係止部により、後蓋の前後方向の移動を係止することにより、鍵盤を奏者側に対して開放する一方、操作パネルを奏者側に対して遮蔽できる。これにより、鍵盤楽器をアコースティックピアノに近い外観にすることができる。
【0009】
さらに、前後方向において前蓋は鍵盤の長さより短く形成されているので、楽器本体の高さを必要以上に大きくしなくても、開状態の回動停止位置にあるときの前蓋の前端が、楽器本体から上方に突出しないようにできる。これにより請求項1の効果に加え、前蓋の長さとの関係においても、楽器本体の全高を低く抑えることができ、楽器本体のデザインの自由度を向上できる効果がある。
【0010】
請求項3記載の鍵盤楽器の蓋体構造によれば、前部係合部は、後蓋から下方に向かって延設されるアームに形成されると共に、前部係合部および前部案内部は、操作パネルより下方に位置するので、前部係合部および前部案内部を、目立ち難いところに位置させることができる。これにより、請求項1又は2の効果に加え、前部係合部および前部案内部が目障りになることを防止でき、鍵盤楽器の見栄えを良くすることができる効果がある。
【0011】
請求項4記載の鍵盤楽器の蓋体構造によれば、前部係合部または前部案内部は、楽器本体の前後方向に延設されると共に、前部側に対して後部側が楽器本体の上方側に位置しているので、後蓋を前方に移動させるにつれて後蓋の前部が下降し、後蓋を後方に移動させるにつれて後蓋の前部が上昇する。そのため、操作パネルを鍵盤より高い位置に配設したり奏者側に傾けて配設したりする場合でも、前後方向に後蓋が移動するときに、後蓋の前部が操作パネルに干渉することを防止できる。これにより、請求項1から3のいずれかの効果に加え、操作パネルの配設位置や操作パネルのデザインの自由度を向上できる効果がある。
【0012】
請求項5記載の鍵盤楽器の蓋体構造によれば、回動軸は、後蓋に対して前蓋を閉方向に回動するときに所定のトルクが生じるトルク軸ユニットが内蔵されている。これにより、請求項1から4のいずれかの効果に加え、回動軸の周りに別体のトルク軸ユニットを設ける必要がないため、回動軸の周りのスペースを有効に活用できると共に、外観を美麗にできる効果がある。さらに、閉操作時に前蓋を緩やかに閉じることができる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(a)は本発明の一実施の形態における蓋体構造が適用される鍵盤楽器の斜視図であり、(b)は前蓋および後蓋の一部を破断して示す鍵盤楽器の一部破断平面図である。
【図2】前蓋および後蓋の側面図である。
【図3】鍵盤および操作パネルを遮蔽する図1(b)のIII−III線における楽器本体の断面図である。
【図4】図3のIV−IV線における楽器本体の断面図である。
【図5】鍵盤を開放する一方、操作パネルを遮蔽する楽器本体の断面図である。
【図6】鍵盤および操作パネルを開放する楽器本体の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施の形態について、添付図面を参照して説明する。まず、図1を参照して、本発明の一実施の形態における蓋体構造が適用される鍵盤楽器1について説明する。図1(a)は本発明の一実施の形態における蓋体構造が適用される鍵盤楽器1の斜視図であり、図1(b)は前蓋8a及び後蓋8bの一部を破断して示す鍵盤楽器1の一部破断平面図である。なお、図1(a)は譜面板9を立てると共に大屋根10を開けた状態を示し、図1(b)は譜面板9を倒すと共に大屋根10を閉じた状態を示している。また、鍵盤楽器1の左右方向は奏者からみた方向を基準とし、前後方向については、鍵盤楽器1の奏者側を「前方」とする。この鍵盤楽器1の左右方向および前後方向の関係は、特許請求の範囲においても同様である。
【0015】
図1(a)に示すように、鍵盤楽器1は、複数の脚2と、その脚2に支持される楽器本体3とを備えて構成されている。楽器本体3は、脚2に支持される棚4(図3参照)と、その棚4の両側に立設される側板5と、それら側板5に架設される天板6と、その天板6に垂設される前板7と、その前板7の下方に配設される鍵盤蓋8とを主に備えて構成されている。譜面板9は、天板6に立設可能に構成されており、大屋根10は、天板6の後方に、閉状態で天板6と同一面となるように配設されている。鍵盤蓋8は、閉状態で略水平に左右の側板5に亘って配設されており、奏者側に配設される矩形状の前蓋8aと、その前蓋8aの後方に連結される矩形状の後蓋8bとを備えている。
【0016】
図1(b)に示すように、鍵盤蓋8は、閉状態で拍子木11、鍵盤12及び操作パネル13を覆うための部材である。操作パネル13は、鍵盤楽器1の設定や楽音制御のための操作子、各種情報を表示する表示部などの電子楽器としての機能要素(図示せず)が配設される部位であり、左右の側板5に亘って拍子木11及び鍵盤12の後方に配設されている。本実施の形態では、拍子木11に、鍵盤楽器1の電源スイッチ等の一部の操作子やパイロットランプが配設されている。また、前蓋8aは、前後方向において鍵盤12の長さより短く形成されており、閉状態では、前蓋8a及び後蓋8bにより拍子木11、鍵盤12及び操作パネル13が覆われる。
【0017】
次に図2を参照して、前蓋8a及び後蓋8b(鍵盤蓋8)について説明する。図2は前蓋8a及び後蓋8bの側面図である。前蓋8aは、閉状態において、口棒14(図1(a)参照)の上面に近接もしくは当接して拍子木11及び鍵盤12(図1(b)参照)の前端面を覆う垂下部8cが、前端部から下方に向かって突設されている。前蓋8aは、後部に回動軸15が配設されている。後蓋8bは、前後方向において前蓋8aより長く形成された板状の部材であり、前部に回動軸15が配設され、前蓋8aと連結されている。
【0018】
回動軸15は、後蓋8bに対して前蓋8aを回動可能に支持する部材であり、1方向トルク型のトルク軸ユニットが内蔵されている。トルク軸ユニットは、後蓋8bに対して前蓋8aが開方向(図2矢印A方向)に回動する際にはトルクを発生させず、後蓋8bに対して前蓋8aが閉方向(図2矢印B方向)に回動する際に所定のトルクを発生させる。これにより、開操作時には、軽微な力で前蓋8aを開けることができると共に、閉操作時には、前蓋8aを緩やかに閉めることができる。
【0019】
また、回動軸15にトルク軸ユニットを内蔵することにより、回動軸15とは別にトルク軸ユニットを設ける場合と比較して、回動軸15の周りにトルク軸ユニットを設けるスペースを必要としないので、スペースを有効活用できる。さらに、回動軸15と別体にトルク軸ユニットが設けられるときは、トルク軸ユニットにより回動軸15の周りの前蓋8a及び後蓋8b(鍵盤蓋8)の外観が損ねられるところ、回動軸15にトルク軸ユニットが内蔵されているので、鍵盤蓋8の外観を美麗にできる。
【0020】
また、回動軸15は、開方向(図2矢印A方向)及び閉方向(図2矢印B方向)に回動するときは、所定の角度以上の回動を規制するストッパ(図示せず)が内設されている。これにより、所定の回動停止位置で前蓋8aの回動を停止できる。具体的には、前蓋8aは、後蓋8bと略同一面となるところに閉状態における回動停止位置(図2に実線で示す)が存在する。また、回動軸15を中心に開方向(図2矢印A方向)に110°程度回動し、後蓋8b側に少し傾倒したところに開状態における回動停止位置(図2に二点鎖線で示す)が存在する。開状態における回動停止位置に前蓋8aが達した後は、前蓋8aが閉方向(図2矢印B方向)に回動する際に所定のトルクが必要なため、前蓋8aの開状態は安定に維持される。
【0021】
後蓋8bは、左右両側から下方に向かってアーム16が延設されている。アーム16は、L字状の部材で形成されており、後蓋8bの前側の側面に基部16aが固定される。これにより、基部16aの長さの分だけアーム16を後蓋8bの後部に近づけることができると共に、アーム16を後蓋8bに垂設できる。その結果、アーム16から前蓋8aの前端部(垂下部8c)までの長さと、アーム16から後蓋8bの後端部(ピニオン18)までの長さとを略同一にでき、前蓋8a及び後蓋8b(鍵盤蓋8)の重心をアーム16近傍に位置させることができる。
【0022】
係合ピン17は、後述する前部ガイド溝19と係合して前後方向の移動が案内される部材であり、アーム16と略直交してアーム16から後蓋8bの幅方向(図2紙面垂直方向)の外側に向かって突設されている。また、後蓋8bの後部の幅方向(図2紙面垂直方向)両側に、下面から下方に向かって後部案内部としてのピニオン18が回転自在に取着されている。ピニオン18は、後述するラック20と係合して前後方向の移動が案内される部材である。
【0023】
次に図3を参照して、鍵盤楽器1の蓋体構造について説明する。図3は、鍵盤12及び操作パネル13を遮蔽する図1(b)のIII−III線における楽器本体3の断面図である。図3では大屋根10等の記載を省略している。
【0024】
図3に示すように、楽器本体3は、側板5の内側に前部案内部としての前部ガイド溝19と、後部案内部としてのラック20とを備えている。前部ガイド溝19及びラック20は、楽器本体3の左右両側に設けられている。なお、操作パネル13は鍵盤12(拍子木11)の後方かつ上方に位置し、奏者側(図3左方向)に少し傾けて上向きに配設されている。操作パネル13を奏者が操作し易くするためである。
【0025】
前部ガイド溝19は、係合ピン17と係合して後蓋8bの前後方向の移動を案内する部位であり、楽器本体3の前後方向(図3左右方向)に沿って形成されている。本実施の形態では、前部ガイド溝19は、上に凸の円弧状に形成された第1溝部19a及び第2溝部19bを備えて構成されている。第1溝部19aは、拍子木11の後端面の近傍に前端を有し、操作パネル13の下方に位置する。第2溝部19bは、第1溝部19aの後端に連設され、前板7の後方かつラック20の前端の近傍まで延設されている。第1溝部19aの後端、即ち第2溝部19bの前端に、円弧状の第1溝部19a及び第2溝部19bが連設されることによって相対的に凹状となる係止部19cが形成されている。
【0026】
ラック20は、ピニオン18と係合して後蓋8bの前後方向の移動を案内する部材であり、楽器本体3の前後方向(図3左右方向)に沿って形成されている。また、ラック20は前部ガイド溝19より楽器本体3の後方に位置しており、本実施の形態では、棚4と略平行に配設されている。ラック20の上方に、開蓋時の後蓋8bを収容する収容空間Sが形成されている。
【0027】
図4を参照してラック20及びピニオン18について説明する。図4は、図3のIV−IV線における楽器本体3の断面図である。ラック20は、側板5に固定される取着部材21の上面に配設されている。また、ラック20の外側で上方には後部ガイド溝22がラック20と平行に形成されている。軸部23は、左右の側板5にそれぞれ配設される取着部材21の間隔に亘る長さをもつ部材であり、左右のピニオン18に貫設され、その各軸端がそれぞれ後部ガイド溝22に摺動自在に挿通される。
【0028】
図3に戻って説明する。後部ガイド溝22は、長手方向の略中央部の上部側を切欠した切欠部22aが形成されている。切欠部22aは、軸部23(図4参照)の外径より幅広に形成されており、楽器本体3を組み立てる際に、軸部23の軸端を後部ガイド溝22内に導く部位である。閉塞部材22bは、切欠部22aから後部ガイド溝22内に軸部23の軸端を導いた後、後部ガイド溝22の上部に取着されて切欠部22aを閉塞するための部材である。
【0029】
前部ガイド溝19、ラック20及び後部ガイド溝22は、後蓋8bの開閉範囲をカバーする長さに設定されている。アーム16から回動軸15までの後蓋8bの長さと、前蓋8aの長さとを加えた長さは、鍵盤12(拍子木11)の長さより少し大きくなるように設定されている。これにより、図3に示すように、前部ガイド溝19の前端に係合ピン17が当接した状態で前蓋8aを閉じると、鍵盤12(拍子木11)が覆われる。
【0030】
また、ラック20及び後部ガイド溝22は、操作パネル13の後部と略同一の高さに配設されており、前部ガイド溝19はラック20及び後部ガイド溝22より低い位置に形成されている。これにより、図3に示すように、前蓋8a及び後蓋8bは奏者側(図3左方向)に前傾し、前蓋8a及び後蓋8bの自重により前部ガイド溝19の前端に係合ピン17が当接した状態(閉状態)が維持される。
【0031】
前部ガイド溝19は、前部側に対して後部側が楽器本体3の上方(図3上方向)に位置するように緩やかに上昇している。具体的には、第1溝部19aの前端に対して係止部19cが楽器本体3の上方に位置し、係止部19cに対して第2溝部19bの後端が楽器本体3の上方に位置する。これにより、後蓋8bを楽器本体3の後方(図3右方向)に向かって移動させると、アーム16に突設された係合ピン17が前部ガイド溝19に係合しつつ移動し、前部ガイド溝19の緩やかな上昇に伴い、後蓋8bの前部が上昇する。また、第1溝部19aから第2溝部19bに移行する係止部19cで上り勾配に変化するので、係合ピン17の後方へのスムーズな移動を阻止できる。
【0032】
第2溝部19bの後端は、側板5の上端から棚4に向かって側板5の内側面に形成される縦溝24の下端部に連設されている。そのため、鍵盤蓋8を楽器本体3に取着するときは、天板6、前板7及び閉塞部材22bを取り外した状態で、まず、縦溝24の上端に係合ピン17を挿入し、縦溝24に沿って係合ピン17を下降させる。そして、第2溝部19bの後端から前部ガイド溝19に係合ピン17を導入する。次いで、係合ピン17を第1溝部19a方向へ滑らせつつ、切欠部22aから軸部23(図4参照)の軸端を後部ガイド溝22に挿通する。そして、切欠部22aに閉塞部材22bを取着することにより、楽器本体3へ鍵盤蓋8を容易に取着できる。
【0033】
次に図5を参照して、奏者側に鍵盤12を開放するときの鍵盤楽器1の使用方法について説明する。図5は鍵盤12を開放する一方、操作パネル13を遮蔽する楽器本体3の断面図である。奏者側に鍵盤12を開放するときは、図3に示す鍵盤蓋8の閉状態において、垂下部8cを持って前蓋8aを持ち上げる。このときは回動軸15に内蔵されるトルク軸ユニット(図示せず)によるトルクは付与されないため、軽微な力で前蓋8aを開けることができる。前蓋8aは回動軸15を中心に回動すると、回動停止位置(図2(二点鎖線)参照)で停止する。この回動停止位置において、前蓋8a及び垂下部8cの重心は、回動軸15の軸心より後方に位置するように設定されている。これにより、前蓋8aは開状態を安定に維持できる。
【0034】
なお、前蓋8aは、鍵盤12の長さより短く設定されているので、前蓋8aを回動しただけでは鍵盤12の一部(前側)しか開放されない。さらに前蓋8aを後方(図3右方向)に向かって押すと、軸部23(図4参照)は後部ガイド溝22に沿って移動し、ピニオン18はラック20と噛合しつつ移動する。これにより、後蓋8bはガタ付くことなくスムーズに楽器本体3内を移動する。また、左右のピニオン18が軸部23(図4参照)に貫設されているので、左右のピニオン18の移動量を同期させることができ、鍵盤蓋8のどの部分を操作しても開閉動作を円滑かつ確実に行うことができる。
【0035】
また、係合ピン17は第1溝部19aに沿ってスムーズに移動するが、係止部19cに達したところで後蓋8bのスムーズな移動が阻止され、係合ピン17が係止される。また、図5に示すように、後蓋8bは奏者側(図5左方向)に前傾しているので、係合ピン17を介して係止部19cに荷重を作用させ、係止部19cと係合ピン17との間に生じる摩擦力を大きくすることができる。これにより、係止部19cでの係合ピン17の係止状態が維持される。
【0036】
ここで、第1溝部19aの長さは、アーム16から回動軸15までの後蓋8bの長さと略同一に設定されている。また、第1溝部19aの上方に操作パネル13が配設されているので、係合ピン17が係止部19c(図4参照)に係止されると、回動軸15が鍵盤12(拍子木11)及び操作パネル13の境界の上方に位置する。これにより係合ピン17が係止部19cに係止される位置では、鍵盤12を開放する一方、後蓋8bで操作パネル13を遮蔽することができる。これにより、奏者側からみて、楽器本体3をアコースティックピアノに近い外観にすることができる。
【0037】
また、このときに前蓋8aの背面8a1が奏者側(図5左方向)に対向する。背面8a1は塗装等により光沢面とされているので、演奏中の奏者の手指を前蓋8aの背面8a1に映すことができ、演奏中の奏者の満足度を高めることができる。
【0038】
次に図6を参照して、奏者側に鍵盤12及び操作パネル13を開放するときの鍵盤楽器1の使用方法について説明する。図6は鍵盤12(拍子木11)及び操作パネル13を開放する楽器本体3の断面図である。奏者側に鍵盤12及び操作パネル13を開放するときは、図5における状態から、さらに前蓋8aを後方(図5右方向)に向かって押すと、係合ピン17が係止部19cから第2溝部19bに移行する。係合ピン17が第2溝部19bの後端に当接すると、それ以上の後方への移動が停止する。
【0039】
ここで、第2溝部19bの長さは、操作パネル13の前後方向(図6左右方向)の長さと略同一に設定されているので、係合ピン17が第2溝部19bの後端に当接すると、回動軸15が操作パネル13の後部の上方に位置する。その結果、係合ピン17が第2溝部19bの後端に当接する位置では、鍵盤12及び操作パネル13を開放できる。これにより、奏者は操作パネル13の操作子等を操作しつつ鍵盤12を操作することが可能となる。このときも前蓋8aの背面8a1が奏者側(図5左方向)に対向するので、演奏中の奏者の手指を前蓋8aの背面(光沢面)8a1に映すことができ、演奏中の奏者の満足度を高めることができる。
【0040】
また、前部ガイド溝19は、前部側に対して後部側が楽器本体3の上方(図6上方向)に位置するように上昇しているので、係合ピン17の後方への移動に伴い、後蓋8bの前部が上昇する。そのため、操作パネル13を鍵盤12より高い位置に配設したり奏者側に傾けて配設したりする場合でも、後蓋8bが前後に移動するときに、後蓋8bの前部が操作パネル13に干渉することを防止できる。これにより、操作パネル13の配設位置や操作パネル13のデザインの自由度を向上できる。
【0041】
以上説明したように本実施の形態によれば、ラック20は前部ガイド溝19より後方に位置し、前部ガイド溝19及びラック20は係合ピン17及びピニオン18とそれぞれ係合するので、前部ガイド溝19及びラック20の間で後蓋8bは支持され、その姿勢をほぼ維持したまま、前板7の下方を通過して後方へ移動される。前板7の下部とラック20との隙間および収容空間Sは、少なくとも後蓋8bの厚さがあれば足りるので、楽器本体3の全高を低く抑えることができる。よって、楽器本体3のデザインの自由度を向上できる。
【0042】
また、前蓋8aは鍵盤12の長さより短い長さに形成されているので、楽器本体3の高さ(前板7の鉛直方向の長さ)を必要以上に大きくしなくても、開状態にあるときの前蓋8aの前端(垂下部8c)が、楽器本体3から上方(図6上方向)に突出しないようにできる。これにより、前蓋8aの長さとの関係においても、楽器本体3の全高を低く抑えることができ、楽器本体3のデザインの自由度を向上できる。なお、鍵盤楽器1は天板6に譜面板9(図1(a)参照)が配設されているので、楽器本体3の全高を低く抑えて天板6の高さを低く抑えることができれば、奏者の目線の高さと譜面の高さとの関係を十分に配慮して、楽器本体3をデザインすることができる。
【0043】
また、係合ピン17は、後蓋8bから下方に向かって延設されるアーム16に突設されると共に、前部ガイド溝19は操作パネル13より下方に位置するので、前部ガイド溝19を、楽器本体3の目立ち難いところに位置させることができる。これにより、奏者に対して前部ガイド溝19が目障りになることを防止でき、鍵盤楽器1の見栄えを良くすることができる。
【0044】
ここで、従来の鍵盤楽器では、板材を分割して鎧戸状に形成し、これらを屈曲可能に連結して前後方向にスライド可能に構成する鍵盤蓋があった。鍵盤蓋は鍵盤12及び操作パネル13を覆う部材であるから、従来の鍵盤楽器では、鍵盤蓋を前後にスライド可能に案内するガイド溝が、側板5の前方から後方に亘って、奏者の目につくところに形成されていた。この場合は、側板5の前方に形成されたガイド溝が奏者の目障りになることがあった。
【0045】
これに対し、上記実施の形態における鍵盤楽器1では、後蓋8bから下方に向かって延設されるアーム16に係合ピン17が突設され、その係合ピン17が操作パネル13の下方に形成される前部ガイド溝19に係合するので、前部ガイド溝19が操作パネル13で目隠しされる。また、ラック20は前板7で目隠しされる。これにより、前部ガイド溝19やラック20が奏者の目障りになることを防ぎ、開蓋時の外観の悪化を防止できる。
【0046】
また、開蓋時に、後蓋8bに対して前蓋8aが起立される分、前板7から後方に突き出る後蓋8bの長さ(後蓋8bの可動範囲)を短くできる。これにより、開蓋時に後蓋8bを収容するのに必要な楽器本体3の奥行き(収容空間Sの奥行き)を短くできる。この点からも楽器本体3のデザインの自由度を向上できる。その結果、楽器としての高級感と前後寸法の低減とを両立できる鍵盤楽器1を実現できる。
【0047】
ここで、後蓋8bの可動範囲は、干渉を避けるために各種の部品を配置できない。しかし、鍵盤楽器1では後蓋8bの可動範囲を小さくできるので、楽器本体3の後部のスペースを有効利用できると共に、部品配置の自由度も向上できる。
【0048】
なお、本実施の形態において、係合ピン17は前部係合部に該当し、前部ガイド溝19は前部案内部に該当する。ピニオン18は後部係合部に該当し、ラック20は後部案内部に該当する。また、軸部23の軸端は後部係合部に該当し、後部ガイド溝22は後部案内部に該当する。
【0049】
以上、実施の形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。例えば、上記実施の形態で挙げた数値は一例であり、他の数値を採用することは当然可能である。
【0050】
上記実施の形態では、一例としてグランドピアノ型の鍵盤楽器1を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、アップライトピアノやオルガン等の他の鍵盤楽器に適用することは当然可能である。
【0051】
上記実施の形態では、前部係合部としての係合ピン17が前部案内部としての前部ガイド溝19に係合する場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、これらの部材の凹凸関係を逆にすることは当然可能である。例えば、前部ガイド溝19を突条(前部案内部)に置き換え、係合ピン17をこの突条に係合する凹所を有するU字状部材(前部係合部)に置き換えることが挙げられる。同様に、凹所を有し軸部23に対して回動自在に形成されるU字状部材を軸部23の両端に設けると共に、これに係合する突条を後部ガイド溝22に置き換えることにより、ピニオン18がラック20から離脱するのを防止するようにすることも可能である。
【0052】
上記実施の形態では、アーム16に係合ピン17(前部係合部)を突設し、楽器本体3に前部ガイド溝19(前部案内部)を設ける場合について説明したが、これらの部材の関係を逆にすることは当然可能である。例えば、アーム16を前後方向に長く形成し、このアーム16にガイド溝(前部係合部)を係合ピン17に代えて形成する一方、このガイド溝(前部係合部)と係合する凸状の係合ピン(前部案内部)を前部ガイド溝19に代えて楽器本体3に設けることが挙げられる。また、その場合のアーム16に設けるガイド溝(前部係合部)を突条に置き換え、係合ピン(前部案内部)をこの突条に係合する凹所を有するU字状部材に置き換えることも可能である。
【0053】
上記実施の形態では、後蓋8bにピニオン18(後部係合部)を設ける一方、楽器本体3(側板5)にラック20(後部案内部)を設ける場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、この関係を逆にすることは当然可能である。例えば、前後方向に沿ってラック(後部係合部)を後蓋8bに固設する一方、これに係合するピニオン(後部案内部)を楽器本体3(側板5)に固設することが挙げられる。
【0054】
以上、係合ピン17(前部係合部)、ピニオン18(後部係合部)、前部ガイド溝19(前部案内部)、ラック20(後部案内部)は一例であることを説明した。前部係合部または前部案内部の一方は、前後方向に延びる溝、ラック、突条等により構成され、前部係合部または前部案内部の他方は、それらに係合可能なピン、ピニオン、ローラ、凹状部材等により構成されていれば、後蓋8bを前後方向に案内できる。
【0055】
同様に、後部係合部または後部案内部の一方は、前後方向に延びる溝、ラック、突条等により構成され、後部係合部または後部案内部の他方は、それらに係合可能なピン、ピニオン、ローラ、凹状部材等により構成されていれば良い。
【0056】
また、上記実施の形態では、前部係合部および後部係合部を別々に構成する場合について説明したが、前部係合部と後部係合部とは構成の一部が共通であってもよい。例えば、前部係合部および後部係合部が溝状ガイドにより構成されていた場合、前部係合部と後部係合部とがひとつながりの溝状ガイドになっていてもよい。同様に、前部案内部と後部案内部とは構成の一部が共通であってもよく、前部案内部および後部案内部が溝状ガイドにより構成されていた場合、前部案内部と後部案内部とをひとつながりの溝状ガイドにしてもよい。
【0057】
上記実施の形態では、後蓋8bのスライドをスムーズにするため、ラック20及びピニオン18を用いる場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、互いに係合可能な他の部材にすることは可能である。他の部材としては、例えば、ガイドレールと、このガイドレール上を摩擦力によって保持されながら転動する転動体(例えばゴムローラ)とを挙げることができる。また、前部ガイド溝19及び係合ピン17と同様の溝状ガイド及びこれに係合するピンとすることも可能である。この場合は、左右のラック20及びピニオン18による同期作用は得られないが、前後動の案内精度を高めること等により、鍵盤蓋8の開閉時に後蓋8bが左右に振れることを防止できる。
【0058】
また、後部係合部および後部案内部は、係合ピン及びガイド溝、ピニオン及びラックのような構成でなくても、より単純な部材により構成することが可能である。例えば、後蓋8bの一部(後部)を後部係合部とすると共に、楽器本体3(側板等)に角材等により突条のガイドを設け、この突条のガイドを後部案内部とすることが可能である。この場合も、後蓋8bは後部案内部に沿って前後方向に案内される。このような単純な部材により後部係合部および後部案内部を構成することにより、鍵盤楽器1の製造工数を削減できる。
【0059】
上記実施の形態では、前部ガイド溝19に係止部19cが形成される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、前部ガイド溝19に係止部19cを設けるのに代えて、ラック20や後部ガイド溝22の所定位置にピニオン18の転動を係止する係止部を設けることが可能である。この場合も上記実施の形態と同様に、後蓋8bの前後方向への移動を所定位置で係止することが可能である。
【0060】
上記実施の形態では、後蓋8bの全開時(図6参照)に、係合ピン17が前部ガイド溝19の後端に当接して後蓋8bの移動が停止されていたが、必ずしもこれに限られるものではなく、ラック20にストッパを別個に設け、そのストッパにピニオン18を当接または係止することにより後蓋8bの移動が停止されるようにすることが可能である。また、鍵盤蓋8のいずれかの部分に当接または係止するストッパを、別個に楽器本体3に設けることも可能である。
【符号の説明】
【0061】
1 鍵盤楽器
3 楽器本体
8a 前蓋
8b 後蓋
12 鍵盤
13 操作パネル
15 回動軸
16 アーム
17 係合ピン(前部係合部)
18 ピニオン(後部係合部)
19 前部ガイド溝(前部案内部)
19c 係止部
20 ラック(後部案内部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鍵盤および前記鍵盤の後方に配設される操作パネルを開閉自在に覆う鍵盤楽器の蓋体構造において、
閉状態で奏者側に配設される前蓋と、
前記前蓋の後方に連結される後蓋と、
前記後蓋の前部および前記前蓋の後部に配設されると共に、前記後蓋に対して前記前蓋を回動可能に支持する回動軸と、
前記後蓋の前部の両側に連結される前部係合部と、
前記後蓋の後部の両側に連結される後部係合部と、
楽器本体に内設されると共に前記前部係合部と係合して前記後蓋の前後方向の移動を案内する前部案内部と、
前記前部案内部より後方に位置し前記楽器本体に内設されると共に前記後部係合部と係合して前記後蓋の前後方向の移動を案内する後部案内部とを備えていることを特徴とする鍵盤楽器の蓋体構造。
【請求項2】
前記前蓋は、前後方向において前記鍵盤の長さより短く形成されると共に、開状態の回動停止位置にあるときに奏者側に背面が対向し、
前記前部係合部、前記前部案内部、前記後部係合部、前記後部案内部の少なくとも一つは、前記後蓋の前後方向の移動を係止する係止部を備え、
前記係止部は、前記鍵盤が奏者側に対して開放される一方、前記操作パネルが奏者側に対して遮蔽される位置に形成されていることを特徴とする請求項1記載の鍵盤楽器の蓋体構造。
【請求項3】
前記前部係合部は、前記後蓋から下方に向かって延設されるアームに形成されると共に、前記前部係合部および前記前部案内部は、前記操作パネルより下方に位置することを特徴とする請求項1又は2に記載の鍵盤楽器の蓋体構造。
【請求項4】
前記前部係合部または前記前部案内部は、前記楽器本体の前後方向に延設されると共に、前部側に対して後部側が前記楽器本体の上方側に位置することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の鍵盤楽器の蓋体構造。
【請求項5】
前記回動軸は、前記後蓋に対して前記前蓋を閉方向に回動するときに所定のトルクが生じるトルク軸ユニットが内蔵されていることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の鍵盤楽器の蓋体構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−145727(P2012−145727A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3601(P2011−3601)
【出願日】平成23年1月12日(2011.1.12)
【出願人】(000116068)ローランド株式会社 (175)
【Fターム(参考)】