説明

鍵盤装置

【課題】鍵の力覚制御で、自然鍵盤楽器により近い鍵タッチ感を創生する。
【解決手段】鍵20に連動して該鍵20に演奏操作に対する反力を与える質量体30と、発生した駆動力を鍵20に与えることで、鍵20の操作に対する力覚を調節する双方向駆動型の電磁アクチュエータ40と、電磁アクチュエータ40の駆動力を制御する制御手段50と、鍵20の押離鍵方向の位置情報を取得する位置センサ47と、を備え、制御手段50は、位置センサ47で取得した鍵20の位置及び速度情報に基づいて、電磁アクチュエータ40で鍵20に付与すべき荷重の指示値を算出し、電磁アクチュエータ40は、この指示値に対応する駆動力として、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を助長する向きの駆動力と、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を軽減する向きの駆動力とのいずれかを選択的に発生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子鍵盤楽器などが備える鍵盤装置に関し、特に、鍵の操作感覚及び動作を制御するための力覚制御及び動作制御の機能を備えた鍵盤装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アコースティックピアノなど生音を発生する自然鍵盤楽器の鍵盤ユニットは、押鍵により回動するハンマーが打弦して発音するように構成されており、鍵とハンマーの間には、ジャックやウィッペンを有してなるアクション機構が設けられている。このアクション機構によって、演奏者の指に鍵から独特の反力が掛かるようになっており、自然鍵盤楽器の鍵盤ユニットでは、各楽器に特有の鍵タッチ感が得られる。
【0003】
一方、電子音を発生する電子鍵盤楽器の鍵盤ユニットは、押鍵時に鍵を初期位置に復帰させるスプリングや質量体(擬似ハンマー)などを備えており、それらの反力によって自然鍵盤楽器の鍵タッチ感を模擬している。しかしながら、電子鍵盤楽器は、押鍵により電子音を発生させる装置であり、実際に打弦して発音する機構を有しないので、自然鍵盤楽器のような複雑なアクション機構がない。そのため、自然鍵盤楽器のアクション機構で生じる鍵タッチ感を忠実には再現しきれず、電子鍵盤楽器の鍵タッチ感は、厳密には自然鍵盤楽器の鍵タッチ感とは異なるものとなっている。
【0004】
そこで、電子鍵盤楽器では、自然鍵盤楽器に近い鍵動作あるいは鍵タッチ感を得ることを目的として、押鍵に対する反力を変化させる鍵駆動装置や制御装置(力覚制御手段)が提案されている。これに関して、特許文献1に記載の鍵盤ユニットは、鍵を駆動するためのアクチュエータ(ソレノイド)と、該アクチュエータを制御する制御手段とを備えており、鍵タッチ感を任意に調節して自然鍵盤楽器の演奏感覚を模擬するようになっている。
【0005】
特許文献2の鍵盤装置は、押鍵方向バネと離鍵方向バネとにより、鍵が押鍵方向と離鍵方向の双方向に付勢されてレスト位置にバランスされている。この鍵を双方向アクチュエータで駆動するように構成したことで、押鍵操作に対する力覚制御と自動演奏の両方を可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許2956180号公報
【特許文献2】特許3644136号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1及び特許文献2の鍵盤装置では、鍵に反力を付与するアクチュエータの駆動を制御することで、アコースティックピアノの鍵タッチ感を模擬するようになっている。しかしながら、複雑なアクション機構を有するアコースティックピアノなどの自然鍵盤楽器の鍵動作では、押鍵時及び離鍵時のそれぞれにおいて、鍵の位置(押鍵量)や速度などに応じて反力の大きさが刻々と変化する独特の鍵タッチ感が生じる。このような自然鍵盤楽器の鍵タッチ感をより忠実に再現するためには、従来から行われているアクチュエータの駆動制御に対して、更なる改良を加えることが必要である。
【0008】
本発明は上述の点に鑑みてなされたものでありその目的は、アクチュエータの駆動制御による鍵の力覚制御で、自然鍵盤楽器により近い鍵タッチ感の創生が可能な鍵盤装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため本発明にかかる鍵盤装置は、支点(12)を中心に回動可能に支持された鍵(20)と、鍵(20)に連動して該鍵(20)にその押離鍵操作に対する反力を与える質量体(30)と、発生した駆動力を鍵(20)に対して与えることで、鍵(20)の押離鍵操作に対する力覚を制御する双方向駆動型のアクチュエータ(40)と、アクチュエータ(40)で発生する駆動力を制御する制御手段(50)と、鍵(20)の押離鍵方向の位置及び動作に関する情報を取得する鍵動作情報取得手段(47)と、を備え、制御手段(50)は、鍵動作情報取得手段(47)が取得した鍵(20)の位置及び動作に関する情報に基づいて、アクチュエータ(40)で鍵(20)に付与すべき駆動力の指示値を決定し、アクチュエータ(40)は、指示値に対応する駆動力として、鍵(20)の押離鍵操作に対して質量体(30)から加わる反力を助長する向きの駆動力と、鍵(20)の押鍵操作に対して質量体(30)から加わる反力を軽減する向きの駆動力とのいずれかを選択的に発生することを特徴とする。
【0010】
本発明にかかる鍵盤装置では、制御手段は、鍵動作情報取得手段が取得した鍵の位置及び動作に関する情報に基づいて、鍵に付与すべき駆動力の指示値を決定し、双方向駆動型のアクチュエータは、この指示値に対応する駆動力として、鍵の押離鍵操作に対して質量体から加わる反力を助長する向きの駆動力と、鍵の押離鍵操作に対して質量体から加わる反力を軽減する向きの駆動力とのいずれかを選択的に発生するようにした。このようなアクチュエータの駆動による鍵の力覚制御で、演奏操作に対して生じる鍵タッチ感をリアルタイムで適切に調節できるようになり、自然鍵盤楽器により近い鍵タッチ感が得られるようになる。したがって、複雑なアクション機構を有するアコースティックピアノなど自然鍵盤楽器の演奏操作で生じる鍵タッチ感を忠実に再現することができるようになる。
【0011】
すなわち、アクチュエータで補助的な駆動力を発生することで自然鍵盤楽器のタッチ感を模擬する本発明のような鍵盤装置では、鍵や質量体などの機械的な構造のみに基づく押鍵操作に対する反力(アクチュエータの駆動力が発生していない状態での反力)は、アコースティックピアノなどの自然鍵盤楽器の反力と異なるものになっている。したがって、例えば、押鍵操作により鍵が移動を開始したときから所定の押鍵量に達するまでの押鍵初期段階では、質量体などの機械的構造から鍵にかかる慣性負荷が自然鍵盤楽器よりも大きくなることがある。その場合、従来のアクチュエータを備えた鍵盤装置では、鍵に対して質量体から加わる反力を軽減する向きの駆動力を発生するものが無かったので、自然鍵盤楽器よりも重くなる押鍵初期段階の鍵タッチ感を的確に補正できなかった。
【0012】
あるいは、質量体を相当程度に軽くしておき、電磁アクチュエータで質量体の反力を助長する向きの駆動力の大部分を補うように調節する方法も考えられるが、当該構成で質量体の反力が最大値となる駆動力を付与し得るためには、電磁アクチュエータの出力を非常に大きくする必要がある。そうすると、電磁アクチュエータへの過大な電力付与が必要となる。これにより、楽音制御に利用可能な電力が不足し、楽音が歪んだり、制御が不十分になったりするおそれがある。また、鍵の幅寸法及び電磁アクチュエータの配設スペースには制限があるため、電磁アクチュエータの出力を大きくするには、限界がある。
【0013】
これに対して、本発明の鍵盤装置では、双方向駆動型のアクチュエータで、鍵操作に対して質量体から加わる反力を助長する向きの駆動力だけでなく、鍵操作に対して質量体から加わる反力を軽減する向きの駆動力も付与することができるので、上記のような問題を生じることなく、押鍵初期段階での自然鍵盤楽器の鍵タッチ感との差分を効果的に補正できるようになる。また、鍵の駆動効率の点においても優れたものとなる。
【0014】
つまり、本発明にかかる鍵盤装置では、アクチュエータ(40)は、押鍵操作により鍵(20)が移動を開始したときから所定の押鍵量に達するまでの押鍵初期段階において、鍵(20)の押鍵操作に対して質量体(30)から加わる反力を軽減する向きの駆動力を発生するようにするとよい。これにより、押鍵初期段階における機械的構造に基づく静荷重の違いで生じる自然鍵盤楽器との鍵タッチ感の差分を効果的に補正できるようになる。
なお、上記の括弧内の符号は、後述する実施形態の説明において対応する構成要素に付した符号を本発明の一例として示したものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明にかかる鍵盤装置によれば、アクチュエータの駆動制御による鍵の力覚制御で、自然鍵盤楽器により近い鍵タッチ感の創生が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態にかかる鍵盤装置を備えた電子鍵盤楽器の全体構成例を示すブロック図である。
【図2】鍵盤装置を示す図であり、鍵及びその周辺の構成部品を示す概略側面図である。
【図3】電磁アクチュエータ及びその周辺の詳細構成を示す部分拡大側面図である。
【図4】鍵及び質量体の動作を説明するための図で、(a)は、鍵が非押鍵位置にある状態、(b)は、鍵が押鍵位置にある状態を示す図である。
【図5】(a)は、駆動制御回路を含む鍵盤装置の概略構成を示す図、(b)は、力覚付与テーブルを示す図である。
【図6】アコースティックピアノのアクション機構を示す図である。
【図7】アコースティックピアノにおける鍵操作に対する反力(静的反力)の特性を示すグラフである。
【図8】力覚付与テーブルの具体的内容の一例を示す図で、(a)は、押鍵用指示値テーブル、(b)は、離鍵用指示値テーブルである。
【図9】指示値テーブルによる反力プロファイルを示すグラフであり、(a)は、押鍵用反力プロファイル、(b)は、離鍵用反力プロファイルである。
【図10】鍵の速度に対する反力プロファイルの分布の一例を示すグラフである。
【図11】鍵操作に対する力覚制御の手順を説明するためのフローチャートである。
【図12】本実施形態の鍵盤装置による鍵の変位(押鍵量)と押鍵操作をする指にかかる反力との関係を示すグラフであり、(a)は、押鍵時の反力分布、(b)は、離鍵時の反力分布である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態にかかる鍵盤装置を備えた電子鍵盤楽器の全体構成を示すブロック図である。同図に示す電子鍵盤楽器1は、後述する複数の鍵20を有してなる鍵盤装置10と、ペダル装置52と、鍵盤装置10やペダル装置52を含む電子鍵盤楽器1の全体を制御するための主制御部50とを備えている。鍵盤装置10とペダル装置52及び主制御部50など電子鍵盤楽器1の各部は、バス51を介して互いに接続されている。
【0018】
図2は、鍵盤装置10を示す図であり、鍵20及びその周辺の概略側面図である。また、図3は、鍵盤装置10が備える後述する電磁アクチュエータ40及びその周辺の詳細構成を示す部分拡大側面図である。また、図4は、鍵盤装置10の動作を説明するための図で、(a)は、鍵20が非押鍵位置にある状態を示し、(b)は、鍵20が押鍵位置にある状態を示している。鍵盤装置10は、電子鍵盤楽器1の一部である平板状のフレーム11と、それぞれがフレーム11に対して回動可能に支持された鍵20及び質量体(擬似ハンマー)30と、鍵20と質量体30の間に設置した電磁アクチュエータ(駆動力付与手段)40とを備えて構成されている。なお、以下の説明では、鍵20の長手方向における両側のうち、電子鍵盤楽器1の演奏者の側を手前あるいは前といい、その反対側を奥あるいは後という。なお、図2では、鍵盤装置10が備える並設された複数の鍵20のうち、1個の鍵20及びその周辺の構成部品を示している。また、同図では、鍵20が白鍵である場合を示しているが、黒鍵の場合も同様の構成になっている。なお、図示は省略するが、鍵盤装置10には、鍵20の動作に応じた楽音を発生させるように、鍵20の動作を電気的な出力に変換するためのスイッチ接点機構も設けられている。
【0019】
鍵20は、前後方向の中間の位置がフレーム11上の鍵支点部材12に支持されている。鍵支点部材12は、フレーム11上で鍵20の配列方向に沿って延びるバランスレール12aの上に立設した支点ピン12bを備えており、鍵20は、支点ピン12bに支持されている。鍵20は、前端20a及び後端20bが支点ピン12bを中心に上下方向へ回動可能であり、演奏者による押鍵部20cへの押鍵操作に応じて回動するようになっている。また、鍵20の前端20aの下方には、フロントピン13が立設されている。フロントピン13は、その上端が鍵20の裏面側に挿入されており、回動する鍵20の前端20aの横方向の振れを規制するものである。
【0020】
鍵20の後端20bの下方には、鍵上限ストッパー21が設置されており、前端20aの下方には、鍵下限ストッパー22が設置されている。鍵上限ストッパー21及び鍵下限ストッパー22は、いずれもフレーム11の上面に固定されたフェルトなどの緩衝材を備えて構成されている。鍵上限ストッパー21は、図4(a)に示す非押鍵位置にある鍵20の後端20bの下面に当接し、鍵20の回動を非押鍵位置で規制する。一方、鍵下限ストッパー22は、図4(b)に示す押鍵位置にある鍵20の前端20aの下面に当接し、鍵20の回動を押鍵位置で規制する。
【0021】
また、鍵支点部材12より後方のフレーム11上には、質量体30を支持するための柱状の支持部14が設けられている。支持部14は、フレーム11上で隣接する鍵20の間から各鍵20の真上に張り出している。この支持部14は、所定間隔で前後に配置された前壁14aと後壁14bを備えている。前壁14aと後壁14bは、いずれも垂直に立設されて、鍵20よりも高い位置まで延びている。
【0022】
支持部14に支持された質量体30は、各鍵20に対応して設置されており、鍵支点部材12よりも後側の真上位置に設置されている。質量体30は、支持部14の前壁14aの上端に設けた質量体支点31から後方に延びる直線棒状のシャンク部32と、該シャンク部32の先端に取り付けた所定の質量を有する質量部(錘)33とを備えて構成されている。シャンク部32は、質量体支点31に回動自在に支持されており、鍵20の長手方向に沿う垂直面内で上下に回動するようになっている。質量部33は、シャンク部32の先端においてその回動方向に沿って延びる棒状に形成されている。この質量体30は、質量体支点31を中心にシャンク部32を腕として質量部33が鍵20の後端近傍の上方で上下方向に回動するようになっている。
【0023】
支持部14の後壁14bには、質量体30の回動を規制するための質量体上限ストッパー34及び質量体下限ストッパー35が設けられている。質量体下限ストッパー35は、下限位置に回動した質量体30のシャンク部32を当接させるものであり、質量体上限ストッパー34は、上限位置に回動した質量体30のシャンク部32を当接させるものである。これら質量体下限ストッパー35及び質量体上限ストッパー34によって、質量体30は、図4(a)に示すように、シャンク部32が質量体支点31から後側の斜め下方向に延びる下限位置と、図4(b)に示すように、シャンク部32が質量体支点31から後側の略水平方向に延びる上限位置との間で回動するように規制される。質量体30は、後述する伝達部材46を介して鍵20の動作に連動するようになっており、電磁アクチュエータ40との協働によって、鍵20にその演奏操作に対する反力を与えるものである。
【0024】
鍵20及び質量体30に所定の駆動力を付与するための電磁アクチュエータ(駆動力付与手段)40は、鍵支点部材12より後側の鍵20の上面と、質量体30のシャンク部32との間に設置されている。電磁アクチュエータ40は、双方向駆動型のアクチュエータであり、上下に同軸状に並べて設置した往動コイル41a及び復動コイル41bの二個のソレノイドコイルと、往動コイル(上ソレノイド)41a及び復動コイル(下ソレノイド)41bの内側に嵌挿された1本のプランジャ42とを備えて構成されている。また、往動コイル41a及び復動コイル41bの外周には、それらを囲むヨーク40a,40bが設置されている。
【0025】
ヨーク40a,40bは、その後側面が平板状のプレート15を介して支持部14の後壁14bの前面に固定されている。したがって、往動コイル41a及び復動コイル41bは、固定側である支持部14及びフレーム11に対して固定されている。プランジャ42は、往動コイル41a及び復動コイル41bの内側で上下方向に摺動(往復動)自在に設置された柱状の強磁性体からなる胴部42aと、胴部42aの上端に連結した第1ロッド42b及び下端に連結した第2ロッド42cを備えている。胴部42aと第1ロッド42b及び第2ロッド42cの軸芯は、垂直方向に向かって一直線状に配列されている。第1ロッド42bの上端には、後述する位置センサ47を取り付けるための平板状の板部材43が固定されている。板部材43は、合成樹脂材などからなる比較的軽量な部材で、第1ロッド42bの上端に固定された水平面状の本体部43aと、該本体部43aの前端から垂直下方に延びる前辺43bとを有し、横断面が略L字型に形成されている。板部材43の本体部43aの上面には、水平面状の上面を有する台部材44が固定されている。一方、質量体30のシャンク部32における台部材44に対向する位置には、円筒状のローラ36が取り付けられている。ローラ36は、軸方向が鍵20の配列方向に沿う水平向きで、下側面(円筒面)が台部材44の上面に当接している。一方、プランジャ42の第2ロッド42cの下端には、緩衝及び摺動作用を有するキャップ状のカバー部材45が取り付けられており、カバー部材45の下端が対向する鍵20の上面に設けたスクリュー(ネジ)25の頭部に当接して載置される。
【0026】
上記のプランジャ42(胴部42a、第1ロッド42b、第2ロッド42c)及び板部材43と台部材44とで、鍵20と質量体30のいずれか一方からの負荷(質量による荷重負荷あるいは回動動作に伴う慣性負荷)を他方に伝達するための伝達部材46が構成されている。伝達部材46は、質量体30の自重による負荷で、質量体30と鍵20の間に挟まれた状態で配置されている。
【0027】
電磁アクチュエータ40は、往動コイル41a及び復動コイル41bに駆動電流が供給されることで、伝達部材46(プランジャ42)を双方向へ駆動するようになっている。すなわち、復動コイル41bに駆動電流が供給されると、伝達部材46は下側へ移動する。これにより、伝達部材46から鍵20の鍵支点部材12よりも後側に対して下向きの荷重が付与されるので、鍵20の離鍵方向へかかる荷重が増加する。一方、往動コイル41aに駆動電流が供給されると、プランジャ42は上側へ移動する。これにより、プランジャ42から鍵20の支点ピン12bよりも後側に対して下向きにかかる荷重が軽減されるので、鍵20の離鍵方向へかかる荷重が減少する。
【0028】
すなわち、鍵20は、伝達部材46を介して質量体30からかかる荷重(質量体30の質量による荷重)で離鍵方向へ付勢されており、該鍵20は、電磁アクチュエータ40の駆動による質量体30からの荷重の低減に伴い、押鍵方向に回動するように構成されている。この場合、鍵20は、非押鍵時には、自重による押鍵方向への付勢力よりも質量体30からの離鍵方向への荷重の方が大きいため、押鍵方向への付勢力が打ち消された状態で離鍵位置に停止している。そして、電磁アクチュエータ40の駆動力による質量体30からの荷重の低減に伴い、鍵20の自重による押鍵方向への付勢力が次第に質量体30からの離鍵方向への荷重よりも大きくなることで、押鍵位置へ回動するようになっている。
【0029】
ここで、鍵20と質量体30はそれぞれ、支点ピン12bと質量体支点31を中心とした回動動作を行う一方、伝達部材46(プランジャ42)は、往動コイル41a及び復動コイル41bの内側で軸方向に直動動作を行う。したがって、鍵20、質量体30、伝達部材46が一体的に動作する際には、伝達部材46の上端(台部材44の上面)と質量体30のローラ36が当接する第1当接部48では、上下に直動する伝達部材46の上端が、質量体30の動作に伴って回動するローラ36の側面に対して摺接移動する。また、同様に、伝達部材46の下端と鍵20のスクリュー25が当接する第2当接部49では、上下に直動する伝達部材46の下端が鍵20の動作に伴って回動するスクリュー25の上面に対して摺接移動する。
【0030】
また、本実施形態の鍵盤装置10では、伝達部材46は、鍵20または質量体30に対してそれらの動作に応じて分離可能な状態で当接しているとよい。ここでいう分離可能な状態での当接とは、通常の鍵20及び質量体30の動作のときは、伝達部材46は、その両端が鍵20及び質量体30に常に当接してそれらと一体に動作するようになっているが、鍵20が強い力で急激に押鍵されたり、非常に早い速度で押鍵あるいは離鍵された場合、伝達部材46に生じる加速度と鍵20あるいは質量体30に生じる加速度との方向が異なると、瞬間的に伝達部材46と鍵20との間、又は伝達部材46と質量体30との間が離れることがあることを示す。なお、伝達部材46と鍵20または質量体30とは必ずしも分離可能である必要はなく、伝達部材46から鍵20または質量体30への動力伝達が可能な構成でさえあれば、伝達部材46と鍵20または質量体30とが分離不能な状態で連結(リンク接合など)されていてもよい。
【0031】
また、鍵盤装置10には、伝達部材46(プランジャ42)の位置を検出するための位置センサ(動作検出手段)47が設置されている。位置センサ47は、図3に示すように、ヨーク40a,40bの前側面に設けた発光部と受光部とが交互に隣接配置された光センサ47aと、板部材43の前辺43bにおける光センサ47aに対向する位置に設けた反射面47bとを備え、反射面47bで反射した光を光センサ47aで受光するように構成した反射式センサである。反射面47bは、上下方向の各位置の反射光量が連続的に変化するように構成されている。したがって、光センサ47aの出力信号に基づいて伝達部材46の位置を一義的に特定できる。
【0032】
なお、位置センサ47は、伝達部材46(プランジャ42)の位置を検出できるものであれば、上記のような反射式センサ以外にも、図示は省略するが、他の構成の光学式センサや、光学式以外のセンサでもよい。また、位置センサ47に代えて、位置検出用のスイッチなどを設置してもよい。またここでは、伝達部材46の動作を検出する動作検出手段の一例として、位置を検出する位置センサ47を設置しているが、それ以外にも、伝達部材46の速度、加速度などを検出する速度センサ、加速度センサのいずれか、あるいはこれらの複数を設置することも可能である。
【0033】
またここでは、伝達部材46の動作(変位や速度など)を検出し、当該検出結果にもとづいて鍵20の位置(押鍵量)や速度の情報を取得して、電磁アクチュエータ40の駆動制御を行うように構成している。しかしながら、これ以外にも、鍵20あるいは質量体30の動作(位置、速度、加速度など)を検出する動作検出手段を備え、当該動作検出手段で検出した鍵20あるいは質量体30の動作に基づいて、電磁アクチュエータ40の駆動制御を行うようにしてもよい。さらに、伝達部材46、鍵20、質量体30の少なくともいずれかの動作を検出する一又は複数の動作検出手段を備え、当該一又は複数の動作検出手段のいずれかを電磁アクチュエータ40の駆動制御用とし、他の動作検出手段を電子音源の発音制御用として使用することも可能である。もちろん、一の動作検出手段を駆動制御用と発音制御用の両方に兼用することも可能である。
【0034】
次に、図1に示す主制御部50について説明する。主制御部50は、CPU51、ROM52、RAM53、フラッシュメモリ(EEPROM)54を備えている。また、CPU51にはタイマ55が接続されている。CPU51は、鍵盤装置10を含む電子鍵盤楽器1全体の制御を司る。ROM52やフラッシュメモリ54には、CPU51が実行する制御プログラムや各種テーブルデータのほか、後述する力覚付与テーブル80及び自動演奏データ85が記憶されている。RAM53は、演奏データ、テキストデータなどの各種入力情報、各種フラグやバッファデータ及び演算処理結果などを一時的に記憶する。タイマ55は、タイマ割り込み処理における割り込み時間などの各種時間を計時する。
【0035】
また、電子鍵盤楽器1には、主制御部50のほか、設定操作部61、表示装置63、音声出力部65、外部記憶装置66、HDD67、通信インターフェイス68、MIDIインターフェイス69などが設けられている。通信インターフェイス68には、外部装置71を接続でき、MIDIインターフェイス69には、MIDI機器72を接続できる。また、通信インターフェイス68は、インターネットなどの通信ネットワーク73を介して外部のサーバ装置74との間で通信を行えるようになっている。設定操作部61には、演奏者が設定操作情報を入力するために用いる不図示の各種スイッチなどが含まれ、スイッチの操作による信号がCPU51に供給されるようになっている。外部記憶装置66やHDD67は、上記の制御プログラムを含む各種アプリケーションプログラムや各種楽曲データなどを記憶するものである。表示装置63は、表示制御回路62を介してバス51に接続されており、音声出力部65は、音源回路64を介してバス51に接続されている。
【0036】
図5(a)は、鍵20の駆動を制御するための駆動制御回路を含む鍵盤装置10の概略構成を示す図であり、(b)は、後述する力覚付与テーブル80を示す図である。図5(a)に示すように、鍵盤装置10の駆動制御回路は、主制御部50と、主制御部50の指令に応じて電磁アクチュエータ40の往動コイル41a又は復動コイル41bに駆動用のPWM(パルス幅変調)信号を出力する制御ドライバ58及びPWMスイッチング回路59を備えている。主制御部50は、図1に示す構成であって、力覚付与テーブル80及び自動演奏データ85を記憶したROM52を備えている。ROM52に格納された力覚付与テーブル80は、電磁アクチュエータ40が発生すべき駆動力のパターンを格納したテーブルである。この力覚付与テーブル80には、押鍵用テーブル81と離鍵用テーブル82が用意されており、さらに押鍵用テーブル81と離鍵用テーブル82はそれぞれ、発生すべき駆動力のパターンを記憶した駆動力パターンテーブル81a,82aと、当該駆動力を発生させるための指示値を記憶した指示値テーブル81b,82bとからなる。
【0037】
位置センサ47によって検出された鍵20の位置及び動作に関する情報は、主制御部50に出力されるようになっている。主制御部50からの制御信号は、制御ドライバ58及びPWMスイッチング回路59に入力される。制御ドライバ58及びPWMスイッチング回路59は、主制御部50からの制御信号に基づいて、電磁アクチュエータ40の往動コイル41a又は復動コイル41bに駆動電流を供給する。この駆動電流は、グランド(G)と所定電圧(+)とが交互に切り換わるPWM信号によって発生する電流で、デューティ比を変更制御することにより任意の駆動力を発生することができるようになっている。
【0038】
次に、上記構成の鍵盤装置10の動作について説明する。鍵20は、鍵支点部材12の前後の質量(自重)バランスによって生じる押鍵方向への付勢力と、伝達部材46を介してかかる質量体30からの荷重との大小関係によって、押鍵力が作用していない状態では、後端20bの下面が鍵上限ストッパー21に当接し、前端20aの押鍵部20cが最上位置に上昇しており、図4(a)に示す非押鍵位置にある。このとき、質量体30は、シャンク部32が質量体下限ストッパー35に当接した下限位置にある。一方、非押鍵位置にある鍵20が押鍵操作されると、鍵20は、伝達部材46を介して質量体30を押し上げながら支点ピン12bを中心に押鍵方向へ回動する。こうして、前端20aの下面が鍵下限ストッパー22に当接する位置まで回動し、図4(b)に示す押鍵位置となる。鍵20が押鍵位置のとき、伝達部材46を介して鍵20によって押し上げられた質量体30は、シャンク部32が質量体上限ストッパー34に当接する上限位置にある。そして、鍵20に対する押鍵力が解除されると、鍵20には、自重で下方へ回動する質量体30から伝達部材46を介して荷重が加わる。鍵20は、この荷重と自重バランスとの両方によって非押鍵位置へ復帰する。
【0039】
このような質量体30の慣性質量を利用した鍵20の動作が行われる際に、電磁アクチュエータ40で伝達部材46を双方向へ駆動することで、鍵20の演奏操作に対してかかる反力をアシストあるいは軽減することができる。したがって、主制御部50により電磁アクチュエータ40の駆動を制御することで、押鍵操作に対する力覚制御を行うことができる。以下、この押鍵操作に対する力覚制御について詳細に説明する。
【0040】
ここで、鍵20の力覚制御を説明するにあたって、アコースティックピアノのアクション機構の動作について簡単に説明する。図6は、アコースティックピアノのアクション機構の外観図である。同図に示すアクション機構100では、鍵102が押鍵されると、まず、キャプスタン103によるアクション104の持ち上げが開始される。続いて、鍵102の後端がダンパー105を押し上げてゆく。アクション104が持ち上げられると、ジャック106がハンマーローラー107を突き上げ、これにより、ハンマー108が弦109に向けて回動を開始する。さらに、鍵102を押し下げてゆくと、ジャック106がハンマーローラー107をさらに突き上げてからハンマーローラー107から外れ(脱進)、これによりハンマー108が弦109を打弦する。打弦を終えたハンマー108は、弦109の反力および自重で落下する。次に、鍵102を戻して離鍵行程に入ると、鍵102の後端がダンパー105を徐々に下げてから離れ、次いで、鍵102がレスト位置に戻り、一連の動作が終了する。
【0041】
図7は、上記構成のアクション機構100を備えるアコースティックピアノにおいて、鍵102を静かに押し下げ、押し切った後に静かに元の位置(レスト位置)に戻した場合の反力(静的反力)の特性を示すグラフであり、横軸が押鍵量、縦軸が荷重(反力)である。なお、ここでは、ダンパーペダル(図示せず)を踏んでダンパー105を持ち上げた状態(ダンパー105の反力が鍵102にかからないようにした状態)での静的反力は考慮していない。
【0042】
図7のグラフに示すように、押鍵工程では、鍵102を押し始めた直後のA点は、鍵102やアクション104などの静荷重が加わった状態であり、B点は、ダンパー105の荷重が加わった状態である。また、C点は、アクション機構100の各部の摩擦などによるアクション荷重がかかり始めた状態である。D点は、ジャック106の嵌合が抜け始める状態であり、F点は、ジャック106が完全に抜けた状態である。また、BC間とF点との間の所定位置、例えばE点に打弦点が位置する。なお、中程度以上の打鍵の場合、ハンマー108が打弦に向かうF点では、反力が急激に小さくなり、その後、鍵102がエンド位置に達すると棚板に当接するために大きな反力が生じる。
【0043】
一方、離鍵行程では、ジャック106が戻る際にかかる荷重(戻りジャック荷重)が付与されるH点、アクション機構100の各部の摩擦などによるアクション荷重がかかるI点、ダンパー105の荷重が加わるJ点、鍵102やアクション機構100などの静荷重が加わった状態のK点を経由して初期位置に戻る。このように、アコースティックピアノの鍵102は、アクション機構100の動きや各部品の自重によって、鍵102の位置に応じて多様に変化する反力を演奏者の指に与えるようになっている。
【0044】
本実施形態の鍵盤装置10では、上記のアクション機構100の作用に基づいて指に感じられるアコースティックピアノに独特の鍵タッチ感(抵抗感)を再現すべく、電子鍵盤楽器1の演奏時に電磁アクチュエータ40でプランジャ42を駆動することで、アコースティックピアノの鍵タッチ感に相当する反力特性を鍵20に付与するようになっている。この反力特性は、鍵20の押離鍵方向の位置及び速度に応じて刻々と変化するものである。したがって、上記の力覚制御を行う際には、位置センサ47の検出値に基づく鍵20の位置情報に応じた駆動力の付与が行われる。
【0045】
すなわち、図5(a)に示すように、位置センサ47による検出データが主制御部50に出力される。主制御部50は、位置センサ47の検出データに基づく鍵20の位置情報と、ROM52に記憶された力覚付与テーブル80とを参照することにより、制御ドライバ58及びPWMスイッチング回路59に対する指令を出す。制御ドライバ58及びPWMスイッチング回路59は、主制御部50の指令に基づいて、往動コイル41a又は復動コイル41bに駆動電流を供給する。こうして、往動コイル41a又は復動コイル41bの駆動で、伝達部材46に質量体30側又は鍵20側への駆動力が付与される。
【0046】
図8は、図5に示す力覚付与テーブル80に含まれる指示値テーブル81b,82bの具体的内容の一例を示す表であり、(a)は、押鍵用テーブル81の指示値テーブル81bを示す表、(b)は、離鍵用テーブル82の指示値テーブル82bを示す表である。また、図9は、指示値テーブル81b,82bに基づく反力プロファイルを示すグラフであり、(a)は、指示値テーブル81bに基づく押鍵用反力プロファイル、(b)は、指示値テーブル82bに基づく離鍵用反力プロファイルである。図9のグラフでは、押鍵量(非押鍵位置からの鍵20の移動量)を横軸に取り、電磁アクチュエータ40から鍵20にかかる荷重の合計値を縦軸に取っている。また、図10は、鍵20の押鍵量及び速度に対する反力プロファイルの分布の一例を示すグラフであり、X軸に鍵20の押鍵量(位置)を取り、Y軸に鍵20の速度を取り、Z軸に電磁アクチュエータ40で発生する荷重の合計値を取っている。図9及び図10の各グラフでは、電磁アクチュエータ40で発生する荷重の合計値が正の値であれば、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を助長する向きの駆動力(鍵操作に対する反力)が作用することを意味し、負の値であれば、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を軽減する向きの駆動力(鍵操作に対する助力)が作用することを意味する。
【0047】
図8(a),(b)の指示値テーブル81b,82b、及びそれらに基づいて生成する図9(a)、(b)の反力プロファイルについて詳細に説明する。まず、図8(a)の押鍵用指示値テーブル81b及び図9(a)の押鍵用反力プロファイルについて説明すると、押鍵時に電磁アクチュエータ40から鍵20に付与される荷重の内訳は、押鍵開始直後の押鍵初期段階から付与される押鍵第1荷重P1、押鍵の途中で順次に付与される押鍵第2荷重P2及び押鍵第3荷重P3、さらに、押鍵の終期近くで付与が開始される押鍵第4荷重P4の四種類になっている。したがって、押鍵時に電磁アクチュエータ40から鍵20に付与される荷重は、これら四種類の荷重の中から鍵10の位置に応じて発生している荷重を合計したものとなる。以下、上記の四種類の荷重について説明する。
【0048】
押鍵第1荷重P1は、図6のアクション機構100を備えたアコースティックピアノの反力特性において、押鍵の初期段階で静止状態の鍵102及びハンマー108の持ち上げに要する静荷重を再現するための荷重であり、質量体30による慣性力を調整するための荷重である。この押鍵第1荷重P1の指示値は、押鍵速度に依存しない一定の値であり、本実施形態の例では、開始位置が押鍵量0.5mm、指示値が−0.2Nになっている。すなわちここでは、押鍵第1荷重P1の指示値が負の値になっている。したがって、押鍵第1荷重P1の付与が開始された押鍵量0.5mmの位置から押鍵第2荷重P2の付与が開始される押鍵量3.0mmまで領域では、電磁アクチュエータ40によって、鍵20に対して質量体30から加わる反力を軽減する向きの駆動力(鍵操作に対する助力)が加わるようになっている。
【0049】
本実施形態の鍵盤装置10は、鍵20を駆動する機械的な構造がアコースティックピアノのアクション機構100とは大きく異なっているため、電磁アクチュエータ40の駆動力が発生していない状態での反力(鍵20や質量体30などの機械的な構造のみに基づく押離鍵操作に対する反力)は、アコースティックピアノの反力とは異なるものになっている。これにより、押鍵操作により鍵20が移動を開始する押鍵開始時から所定の押鍵量に達するまでの押鍵初期段階では、質量体30などから鍵20にかかる慣性負荷の値がアコースティックピアノよりも大きな値になっている。そこで、本実施形態の鍵盤装置10では、押鍵初期段階に、押鍵第1荷重P1によって、鍵20に対して質量体30から加わる反力を軽減する向きの駆動力を付与することで、鍵20の動作がより軽い力で行われるようにして、自然鍵盤楽器とのタッチ感の差分を補正するようにしている。
【0050】
押鍵第2荷重P2は、アコースティックピアノのアクション機構100で鍵102によるダンパー105の持ち上げが開始される際に鍵102にかかる荷重を再現するための荷重である。ここでは、押鍵第2荷重P2の指示値は、押鍵速度に依存しない一定の値であり、本実施形態の例では、開始位置が押鍵量3.0mmで、指示値が+0.5Nである。
【0051】
押鍵第3荷重P3は、アコースティックピアノでの押鍵途中にアクション機構100の各部が動作することで鍵102に付与される荷重を再現するためのものである。この押鍵第3荷重P3の指示値は、押鍵速度に依存しない一定値であり、本実施形態の例では、開始位置が押鍵量5.2mmで、指示値が+0.3Nである。
【0052】
押鍵第4荷重P4は、アコースティックピアノのアクション機構100において、ジャック嵌合状態からのジャック抜けに伴う鍵102にかかる負荷の急激な変化を再現するための荷重である。この押鍵第4荷重P4は、押鍵速度に依存する反力分布を有しており、図9(a)に示す具体例では、荷重の急激かつ大きな増加及び減少を伴う山型の分布になっている。この押鍵第4荷重P4の指示値は、開始位置が押鍵量6mm、最大値が1.5Nになっている。以上の内容の押鍵用指示値テーブル81bによって、図9(a)に示す押鍵用反力プロファイルが生じるようになっている。
【0053】
次に、図8(b)に示す離鍵用指示値テーブル82b及び図9(b)の反力プロファイルについて説明する。離鍵時に電磁アクチュエータ40から鍵20に付与される荷重の内訳は、離鍵の開始から終了まで付与される離鍵第1荷重P5と、離鍵の途中で順次に付与が終了する離鍵第2荷重P6、離鍵第3荷重P7、離鍵第4荷重P8の四種類になっている。したがって、離鍵時においても、電磁アクチュエータ40から鍵20に付与される荷重は、これら四種類の荷重の中から鍵10の位置に応じて発生している荷重を合計したものとなる。以下、上記の四種類の荷重について説明する。
【0054】
離鍵第1荷重P5は、離鍵時の鍵20にかかる静荷重を調整するための荷重であって、本実施形態の例では、終了位置が押鍵量0mm、指示値が0Nになっている。すなわち、この例では、離鍵時には、電磁アクチュエータ40から静荷重を調整するための荷重が実質的には付与されず、離鍵の終期に近付くと、鍵20にかかる反力が質量体30の荷重のみで賄われるようになっている。また、離鍵第2荷重P6は、アコースティックピアノにおける離鍵時のダンパー105の持ち上げによる荷重を再現するためのもので、本実施形態の例では、終了位置が押鍵量3.0mmで、指示値が0.5Nである。離鍵第3荷重P7は、離鍵時のアクション機構100の動作による荷重を再現するためのもので、本実施形態の例では、終了位置が押鍵量5.2mmで、指示値が0.3Nである。
【0055】
離鍵第4荷重P8は、鍵20を初期位置に戻すために必要な荷重であるが、アコースティックピアノのアクション機構100で生じる荷重としては、いずれにも分類されない荷重である。この離鍵第4荷重P8は、離鍵速度に依存した反力分布を有しており、本実施形態の例では、終了位置が押鍵量1mm、指示値の最大値が1Nであり、図9(b)に示す具体例では、押鍵量に正比例して荷重が変化(減少)する線形の分布になっている。以上の内容の離鍵用指示値テーブル82bによって、図9(b)に示す離鍵用反力プロファイルが生じるようになっている。
【0056】
なお、図8(a)、(b)に示す指示値テーブル81b,82bと、図9(a)、(b)に示す押鍵用反力プロファイル及び離鍵用反力プロファイルとはいずれも一例であり、実際には、図10に示すように、鍵20の速度に応じて変化する指示値テーブルに応じて、異なる複数種類の押鍵用反力プロファイル及び離鍵用反力プロファイルが生成する。すなわち、鍵20の速度が正であるときは、鍵20が押鍵されてゆく向きに移動しているときであり、その場合の反力プロファイルとして、図10のグラフに示すように、鍵20の速度が正の領域で当該速度の大きさ(絶対値)に応じた複数種類の押鍵用反力プロファイルが生成する。一方、鍵20の速度が負であるときは、鍵20が離鍵されてゆく向きに移動しているときであり、その場合の反力プロファイルとして、図10のグラフに示すように、鍵20の速度が負の領域で当該速度の大きさ(絶対値)に応じた複数種類の離鍵用反力プロファイルが生成する。また、図8(a),(b)の指示値テーブル81b,82bに含まれる具体的な数値は一例であり、これらの数値は、例えば、鍵20や質量体30の質量などの要素に応じて異なった値となる。
【0057】
次に、上記内容で行われる押離鍵操作に対する力覚制御手順について説明する。図11は、力覚制御の手順を説明するためのフローチャートである。ここでは、まず、位置センサ47の検出に基づいて、鍵20に関する位置データ及び速度データを取得する(ステップST1)。なお、ここでの速度データは、位置センサ47で検出した位置データの変化量から計算で求めたものの他、速度センサを備えている場合には、当該速度センサで検出した速度データでもよい。そして、取得した速度データが正の値か否かを判断する(ステップST2)。その結果、取得した速度データが正の値であれば(YES)、図8(a)に示す押鍵用指示値テーブル81bを参照する(ステップST3)。そして、この押鍵用指示値テーブル81bに基づいて、取得した位置での押鍵第1荷重P1の指示値(ステップST4)、押鍵第2荷重P2の指示値(ステップST5)、押鍵第3荷重P3の指示値(ステップST6)、押鍵第4荷重P4の指示値(ステップST7)をそれぞれ参照する。なお、上記の各指示値は、取得した位置によってはいずれかの値のみが存在する場合があり、すべての値が常に存在する訳ではない。その後、これら押鍵第1乃至第4荷重P1〜P4の指示値(取得した位置で値が存在するもの)を合算して、当該取得した位置での合計荷重値(図9(a)に示す反力プロファイル上の反力)を算出する(ステップST8)。そして、この算出した合計荷重値が正の値であるか否かを判断する(ステップST9)。その結果、合計荷重値が正の値であれば(YES)、当該合計荷重値に基づいて下ソレノイド(復動コイル)41bの駆動量を算出し(ステップST10)、算出した駆動量で下ソレノイド41bを駆動する(ステップST11)。一方、合計荷重値が負の値であれば(NO)、当該合計荷重値に基づいて上ソレノイド(往動コイル)41aの駆動量を算出し(ステップST12)、算出した駆動量で上ソレノイド41aを駆動する(ステップST13)。
【0058】
一方、先のステップST2で、取得した速度データが負の値であれば(NO)、図8(b)に示す離鍵用指示値テーブル82bを参照する(ステップST14)。そして、この離鍵用指示値テーブル82bに基づいて、取得した位置での離鍵第1荷重P5の指示値(ステップST15)、離鍵第2荷重P6の指示値(ステップST16)、離鍵第3荷重P7の指示値(ステップST17)、離鍵第4荷重P8の指示値(ステップST18)をそれぞれ参照する。その後、これら離鍵第1乃至第4荷重P5〜P8の指示値を合算して、当該取得した位置での合計荷重値(図9(b)に示す反力プロファイル上の反力)を算出する(ステップST8)。そして、この算出した合計荷重値が正の値であるか否かを判断する(ステップST9)。その結果、合計荷重値が正の値であれば(YES)、当該合計荷重値に基づいて下ソレノイド(復動コイル)41bの駆動量を算出し(ステップST10)、算出した駆動量で下ソレノイド41bを駆動する(ステップST11)。一方、合計荷重値が負の値であれば(NO)、当該合計荷重値に基づいて上ソレノイド(往動コイル)41aの駆動量を算出し(ステップST12)、算出した駆動量で上ソレノイド41aを駆動する(ステップST13)。
【0059】
図12は、上記内容で力覚制御を行った場合の鍵20の変位(押鍵量)と鍵20から押鍵操作をする指にかかる反力との関係を示すグラフであり、(a)は、鍵20を比較的ゆっくりと押鍵したときの反力分布、(b)は、鍵20を比較的ゆっくりと離鍵したときの反力分布である。同図に示すように、本実施形態の鍵盤装置10における鍵20の力覚制御では、鍵20にかかる質量体30の質量あるいは慣性負荷による反力L1と、電磁アクチュエータ40で鍵20に付与される反力(駆動力)L2とを合わせたもの(一点鎖線)が、押鍵操作を行う演奏者の指にかかる反力となる。この反力は、アコースティックピアノの反力分布を再現したものになっている。
【0060】
鍵20の操作に対する反力の分布について詳細に説明する。まず、図12(a)に示す押鍵時について説明する。この場合、押鍵時に演奏者の指にかかる反力は、押鍵量がゼロのときの初期値(荷重ゼロ)から、次に説明する領域A,領域B,領域C,領域Dの四箇所の変化を含む分布になっている。
【0061】
領域Aは、押鍵初期において、静止状態にある鍵20及び質量体30の持ち上げが開始される際の静荷重による反力分布である。アクション機構100を有するアコースティックピアノの反力特性でも、押鍵初期には、鍵102及びハンマー108の持ち上げによって同様の分布が現れる。領域Bでは、電磁アクチュエータ40によるプランジャ42の駆動で、アコースティックピアノのアクション機構100での鍵102によるダンパー105の持ち上げが開始される際に鍵102にかかる反力が再現されている。
【0062】
領域Cは、領域Bよりも若干小さい反力の増加量であり、電磁アクチュエータ40の駆動で創生される反力分布である。この領域Cでは、アコースティックピアノで押鍵途中にアクション104の各部が動作することで鍵102に付与されるアクションバネ荷重が再現されている。領域Dは、電磁アクチュエータ40の駆動で創生される反力の急激かつ大きな増加及び減少を伴う山型の分布である。この領域Dでは、アコースティックピアノのアクション機構100における、いわゆるジャック嵌合状態からのジャック抜けに伴い鍵102にかかる負荷の急激な変化が再現されている。なお、領域Dの後、質量体30から鍵20にかかる反力L1が再度急激に上昇しているが、これは、質量体30が質量体上限ストッパー34から受ける反力、あるいは鍵20が鍵下限ストッパー22から受ける反力によるものである。
【0063】
そしてここでは、押鍵第1荷重P1が負の値であることにより、押鍵初期段階に電磁アクチュエータ40で鍵20に付与される反力L2は負の値になっている(図12(a)参照)。したがって、押鍵初期段階で演奏者の指にかかる反力(一点鎖線)は、質量体30から鍵20にかかる反力L1よりも小さな値となっている。すなわち、本実施形態の鍵盤装置10では、押鍵初期段階に質量体30から鍵20にかかる反力L1を軽減する向きの駆動力が付与されることにより、質量体30の慣性負荷による反力L1を軽減する補正が行われる。これにより、押鍵初期段階における自然鍵盤楽器との鍵タッチ感の差分を効果的に補正できるようになる。
【0064】
一方、図12(b)に示す離鍵時は、領域Dのジャック抜けに対応する反力が無いが、それ以外は、概ね図12(a)の押鍵時と同様の反力分布になっている。この場合も、アコースティックピアノの反力分布が再現されている。このように、本実施形態の鍵盤装置10では、質量体30による反力L1と電磁アクチュエータ40で創生された反力L2とが合成された反力によって、図6に示すような、複雑なアクション機構100を有するアコースティックピアノの鍵操作に対して指にかかる反力の分布が忠実に再現されている。
【0065】
以上説明したように、本実施形態の鍵盤装置10では、位置センサ47で取得した鍵20の位置及び該位置の変化から算出した鍵20の速度に関する情報に基づいて、双方向駆動型の電磁アクチュエータ40で鍵20に付与すべき荷重の指示値を決定し、当該電磁アクチュエータ40は、この指示値に対応する駆動力として、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を助長する向きの駆動力(鍵操作に対する反力)と、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を軽減する向きの駆動力(鍵操作に対する助力)とのいずれかを選択的に発生するようになっている。このような電磁アクチュエータ40の駆動による鍵20の力覚制御で、鍵20の演奏操作に対する反力を適切に調節できるようになり、自然鍵盤楽器により近い鍵タッチ感が得られるようになる。したがって、複雑なアクション機構を有するアコースティックピアノなど自然鍵盤楽器の演奏操作に対する反力を忠実に再現することができる。
【0066】
すなわち、電磁アクチュエータ40で補助的な駆動力を発生することで自然鍵盤楽器のタッチ感を模擬する本実施形態の鍵盤装置10では、鍵20や質量体30などの機械的な構造のみに基づく押鍵操作に対する反力(電磁アクチュエータ40の駆動力が発生していない状態での反力)は、アコースティックピアノなどの自然鍵盤楽器の反力と異なるものになっている。そのため、上記のように、押鍵操作により鍵20が移動を開始する押鍵開始位置から所定の押鍵量に達するまでの押鍵初期段階で、質量体30から鍵20にかかる慣性負荷(L1)の値は、自然鍵盤楽器と比べて大きな値となっている。これに対して、本実施形態の鍵盤装置10では、双方向駆動型の電磁アクチュエータ40で、伝達部材46を上側(鍵20と反対側)に駆動することで、鍵20の押鍵操作に対して質量体30から加わる反力を軽減する向きの駆動力(鍵操作に対する助力)を付与することができるので、押鍵初期段階での自然鍵盤楽器の鍵タッチ感との差分を効果的に補正できる。
【0067】
以上本発明の実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲、及び明細書と図面に記載された技術的思想の範囲内において種々の変形が可能である。
【0068】
上記実施形態では、本発明の鍵盤装置を鍵20の動作に伴い発音する電子音源を有する電子鍵盤楽器1に適用した構成例を示している。したがって、質量体30は、単に鍵20に慣性質量を付与して鍵タッチ感をアコースティックピアノなどの自然鍵盤楽器に近付ける機能のみを有し、実際に弦を叩いて発音させる機能を有するものではない。しかしながら、本発明の鍵盤装置はこの構成に限るものではなく、アコースティックピアノのハンマー体のように、質量体が実際に弦を叩いて発音させる機能を備えていてもよい。なお、その場合は、鍵の動作に応じて電子音を発生させる機構は省略することも可能である。
【0069】
また、上記各実施形態では、質量体30は、質量体支点31を中心に回動するように構成しているが、本発明の鍵盤装置が備える質量体の動作は、回動には限定されず、直動あるいはそれ以外の動作をする構成であってもよい。また、鍵と伝達部材と質量体の配置関係は、上記実施形態に示すように上下方向に配列したものには限定されない。したがって、例えば、詳細な図示は省略するが、鍵と質量体を横方向に並べて配置し、それらの間に伝達部材を配置して、鍵の動作が伝達部材を介して質量体に向けて横方向に伝達されるように構成することも可能である。この場合は、質量体は、回動するように構成してもよいし、直動するように構成してもよい。
【符号の説明】
【0070】
1 電子鍵盤楽器
10 鍵盤装置
12 鍵支点
20 鍵
30 質量体
31 質量体支点
40 電磁アクチュエータ
41 コイル
41a 往動コイル(上ソレノイド)
41b 復動コイル(下ソレノイド)
42 プランジャ
46 伝達部材
47 位置センサ(位置情報取得手段)
50 主制御部(制御手段)
58 制御ドライバ
59 PWMスイッチング回路
80 力覚付与テーブル
81 押鍵用テーブル
82 離鍵用テーブル
81a,82a 駆動力パターンテーブル
81b,82b 指示値テーブル
L1 反力(質量体による反力)
L2 反力(電磁アクチュエータの駆動力による反力)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支点を中心に回動可能に支持された鍵と、
前記鍵に連動して該鍵にその押離鍵操作に対する反力を与える質量体と、
発生した駆動力を前記鍵に対して与えることで、前記鍵の押離鍵操作に対する力覚を制御する双方向駆動型のアクチュエータと、
前記アクチュエータで発生する駆動力を制御する制御手段と、
前記鍵の押離鍵方向の位置及び動作に関する情報を取得する鍵動作情報取得手段と、
を備え、
前記制御手段は、前記鍵動作情報取得手段が取得した前記鍵の位置及び動作に関する情報に基づいて、前記アクチュエータで前記鍵に付与すべき駆動力の指示値を決定し、
前記アクチュエータは、前記指示値に対応する駆動力として、前記鍵の押離鍵操作に対して前記質量体から加わる反力を助長する向きの駆動力と、前記鍵の押鍵操作に対して前記質量体から加わる反力を軽減する向きの駆動力とのいずれかを選択的に発生する
ことを特徴とする鍵盤装置。
【請求項2】
前記アクチュエータは、押鍵操作により前記鍵が移動を開始したときから所定の押鍵量に達するまでの押鍵初期段階において、前記指示値に対応する駆動力として、前記鍵の押鍵操作に対して前記質量体から加わる反力を軽減する向きの駆動力を発生する
ことを特徴とする請求項1に記載の鍵盤装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−48029(P2011−48029A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194675(P2009−194675)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】