説明

長周期波低減対策構造物

【課題】小規模で長周期波を好適に消波することができる長周期波低減対策構造物の提供。
【解決手段】海洋構造物の長周期波を受ける海側に面する前面壁に縦向きの通水口を開口させ、該通水口の背後にこれと連通させた遊水部を備えてなる海洋構造物であって、プレキャスト製構造体によって形成されており、上記遊水部の下部が中詰めされていることを特徴とする長周期波低減対策構造物であり、好ましくは、遊水部の内側が隔壁によって複数の隔室に区画されており、これらの隔室が中詰めされている長周期波低減対策構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に船舶の荷役作業等が行われる港湾内において、岸壁、桟橋、護岸及び防波堤などの海洋構造物の港湾内側に設置し、長周期波を低減させるための長周期波低減対策構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、堤防や海岸等に設置される波高低減構造物には、構造物の前部(海側)に消波ブロックを積み上げて消波工を設けたもの(例えば、特許文献1を参照)や、所謂スリットケーソンからなるもの(例えば、特許文献2を参照)が知られている。
【0003】
消波工による消波は、構造物の前部に消波ブロックを積み重ねて消波工を形成し、この消波工を波が通過する際にエネルギー損失を生じさせて消波する構造である。一方、スリットケーソンからなる波高低減構造物は、複数の縦向きスリット状の透水孔が形成された遮壁と、遮壁の後方に十分な空間からなる遊水部とを有し、波が透水孔を通過する際に波動のエネルギー損失を生じさせて消波する構造である。
【0004】
このとき、遮壁を通過する際の流速が速いほど波動エネルギーの減衰が大きく、入射波が反射波と重なり合って遊水部の奥で腹となる重複波が形成され、該重複波の水平速度が最大となる節部の位置、即ち遮壁と遊水部の奥との間の距離が重複波の1/4波長となる位置に遮壁を設置することによって、最も消波効果が得られるようになっている。
【0005】
海側から打ち寄せる波には、通常の波と共に長周期波が存在し、この長周期波は周期が数十秒〜数分の長い周期を有している。この長周期波は、港湾内に進入すると港湾の形状や岸壁の位置等の諸条件によって多重反射し、岸壁に接岸された船舶を大きく動揺させ、このため荷役作業等に支障を生じる場合があり、また、船舶を係留していた係留索が切断されてしまう等の被害が発生している。
【0006】
特に、大型の船舶(数万〜数十万DWT)を破断強度の大きな合成繊維からなる係留索を用いて係留した場合、その係留索の固有振動数が数十秒〜数分であると、その係留索と長周期波の周期帯が一致するため、係留索と共振を起こし船体を大きく動揺させる。
【0007】
このため、長周期波を消波ないし低減する対策が求められているが、長周期波は数百m〜数kmの長い波長を有するため、消波ブロックやスリットケーソンを用いた従来の上記消波対策によって十分な消波効果を得るためには、遊水部や消波工の奥行きが100m以上ある大規模な構造物とする必要があり、実現性に乏しいという問題があった。
【0008】
一方、この長周期波を低減する手段として、図7、図8に示す構造を有する長周期波低減対策構造物も開発されている(特許文献3)。
【0009】
図7に示す構造物は、海側及び陸側にそれぞれスリット状の透水孔が形成された遮壁1,2を配した所謂両面スリットケーソン3を備え、そのスリットケーソン3の奥側に裏込材として大型の雑石を積層させた雑石層4を設けた構造となっている。
【0010】
また、図8に示す構造物は、海側にスリット状の開口5aを有する透水部5と、その奥側(陸側)に隔壁6を隔てて配置された遊水部7と、透水部5内に積み上げられた砕石等からなる消波材層8とを備え、透水部5内の水位変動に伴って、隔壁6に形成された透水孔6aを通して透水部5と遊水部7との間で水が出入りし、透水部5の海側部における水位変動を抑制するようにしたものである。
【特許文献1】特開2000−204528号公報
【特許文献2】特開2002−146746号公報
【特許文献3】特開2005−42528号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図7および図8に示す構造物の長周期波低減手段ないし消波手段は有効なものではあるが、何れも十分な消波低減効果を得るためには50m程度の奥行きが必要であり、これより小規模な構造にするのが難しいと云う問題がある。
【0012】
本発明は、従来の長周期波に対する消波低減対策にみられた上記問題を解決したものであって、小規模でも長周期波の影響を十分に低減することができる構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述の如き従来の問題を解決し、所期の目的を達成するための請求項1に記載する発明の特徴は、港湾内の船舶接岸岸壁や防波堤、護岸などの海洋構造物の港湾内側面に前面壁を有し、該前面壁に縦向きの通水口が開口し、該通水口の背後にこれと連通した遊水部を備えた長周期波低減対策構造物において、該構造物は前記遊水部を囲む前面壁、両側壁、後壁からなる周壁及び底版が一体化されたプレキャストコンクリート製の構造物本体を水底に設置し、前記構造物本体内の前記遊水部の底部に隔室を備え、該隔室内に滑り摩擦増加用の中詰めを施していることにある。
【0014】
請求項2に記載の発明の特徴は、請求項1の構成に加え、前記構造物本体の遊水部内の底部に隔壁をもって区画された複数の隔室を備え、その各隔室内に前記中詰めを施していることにある。
【0015】
請求項3に記載の発明の特徴は、請求項1又は2の構成に加え、遊水部の隔室の高さが水深の半分以下であることにある。
【0016】
請求項4に記載の発明の特徴は、請求項1,2又は3の構成に加え、構造物本体の前面壁が奧に向かって後退するように形成されており、その奧側の位置に上記通水口が開口しており、該通水口のさらに奧側に上記遊水部が形成されていることにある。
【0017】
請求項5に記載の発明の特徴は、請求項4の構成に加え、構造物本体の前面壁の更に前方に波が透過可能な状態に遮壁を設け、遮壁を透過させて波を流入させるようにすることにある。
【発明の効果】
【0018】
本発明においては、港湾内の船舶接岸岸壁や防波堤、護岸などの海洋構造物の港湾内側面に前面壁を有し、該前面壁に縦向きの通水口が開口し、該通水口の背後にこれと連通した遊水部を備えた長周期波低減対策構造物において、該構造物は前記遊水部を囲む前面壁、両側壁、後壁からなる周壁及び底版が一体化されたプレキャストコンクリート製の構造物本体を水底に設置し、前記構造物本体内の前記遊水部の底部に隔室を備え、該隔室内に滑り摩擦増加用の中詰めを施していることにより、構造物本体を現場に設置する際に、該構造物全体の重量が増して安定になり、また波や地震などに対して耐久性が向上する。また、施工場所がマウンド上や既に地盤改良されている場合に適する。
【0019】
更に本発明では、構造物本体の遊水部内の底部に隔壁をもって区画された複数の隔室を備え、その各隔室内に前記中詰めを施していることにより、波の流出、特に流速の早い通水口付近の中詰めの移動が好適に防止される。
【0020】
更に本発明では、遊水部底部の隔室の高さが水深の半分以下とすることにより、遊水部の底部に中詰めされた隔室が存在しても消波効果に大きい影響を及ぼさない。
【0021】
更に本発明においては、構造物本体の前面壁を奧に向かって後退するように形成し、その奧側の位置に上記通水口を設けることによって、前面壁に向かって進行してきた波が前面壁によって通水口に寄せ集められるので、遊水部に流入する波のエネルギー損失が増大し、通常波域から長周期波域に渡って効果的な消波効果を得ることができる。
【0022】
更に本発明では、構造物本体の前面壁の更に前方に波が透過可能な状態に遮壁を設け、遮壁を透過させて波を流入させるようにすることにより、波のエネルギー損失を段階的に増大させ、高い消波効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
次に、本発明に係る長周期波低減対策構造物の実施形態を図に基づいて説明する。
【0024】
図1に示す海洋構造物は、プレキャストコンリート製の構造物本体Aを備えており、これを水底面に沈め、水底基礎地盤上に設置している。この構造物本体Aは、長周期波を受ける海側に面する前面壁11、両側の側壁12、12及び陸側の後壁13からなる周壁と、この周壁に囲まれた部分の底部を閉鎖している底版10とを一体に有する箱状をなしている。
【0025】
上記構造物本体Aの上記前面壁11には縦向き細長のスリット状をした通水口14が開口しており、通水口14の背部が、前記周壁によって囲まれた遊水部15が形成されている。この遊水部15は前面壁11が海側と遊水部13とを隔てる隔壁となっている。また、構造物本体A上部は、必要に応じて天版または上部工(図示省略)によって覆うことができる。
【0026】
上記構造物本体Aは、1つの通水口14に対応する1つの遊水部15を一単位として構成し、船舶が接岸する岸壁や防波堤などの長さに応じ、多数の構造体本体Aを互いに隣り合うもの同士の側壁12を接合させて連続配置に設置する。
【0027】
通水口14は、底版(図示省略)の表面高さ位置から、通常の長周期波の最高波高よりも高い位置に到る長さに形成されている。なお、図示する例では、通水口14は前面壁11の中央部に設けられているが、側壁12に近づけて通水口14を設けても良い。
【0028】
図示する例では、上記構造物本体Aの前面壁11は奧に向かって後退するように形成されており、その奧側の位置に上記通水口14が設けられている。このように形成することによって、前面壁11に向かって進行してきた波が前面壁11に沿って流れ、通水口14に寄せ集められるので、遊水部15に流入する波のエネルギー損失が増大し、通常波域から長周期波域に渡って効果的な消波効果が得られる。
【0029】
図1の構造物本体Aは、遊水部15の底部に隔壁17によって仕切られた複数の隔室18,18……が形成され、その各隔室18内に、構造物本体Aの設置面に対する摩擦抵抗を増大させるための中詰め材16が充填されている。この中詰め材16としては砂、砂利、砕石、栗石などの材料が使用できる。このようにして隔室18内に中詰めを施すことによって、背部のからの土圧による水平方向の外力によって構造物本体Aが海側への滑動や、波浪による前面からの外力による浮き上がりが防止される。
【0030】
また、遊水部に流入した波が中詰め用の材料16に接触して乱流や渦流を生じやすくなるので波のエネルギー損失が生じ、消波効果ないし波低減効果が向上し、小規模でも優れた長周期波低減対策効果を有するものとすることができる。
【0031】
尚、図には示してないが隔室18の上面を場所打ちのコンクリートによって閉鎖しても良く、この場合には中詰め材となみの接触によるエネルギー低減効果は期待できない。
【0032】
隔室18の大きさおよび個数は制限されない。施工現場および波の状態に応じて適宜定めることができる。また、隔壁17の高さは、後述の実験条件下では、水深の半分以下の高さが適当であり、水深の半分程度の高さを有する隔壁17を設けたものに対して、それより低い高さの隔壁17を設けたものが消波効果の良い結果が得られる。
【0033】
本発明の消波構造物は、図3に示すように複数の遊水部15を、側壁12,12……を介して連続させた配置に並設し、各遊水部15の内側を隔壁17によって複数の隔室18に区画した構成の構造物本体Bを使用しても良く、これらの複数の隔室18が中詰めされている構造にすることができる。
【0034】
本発明の消波構造物に使用する構造物本体は、図4に示すように、長周期波を受ける海側の前面に遮壁19を設け、該遮壁19には多数の縦向きの細長い開口30を多数形成し、該遮壁19の後側に前面壁11が奧に向かって後退するように形成した構造とすることができる。このように遮壁19を設けることにより、遮壁19と前面壁11の間と遊水部15内とに水位差が生じ、水位調整機能により長周期波がより低減されることとなる。
【0035】
尚、遮壁19は、その開口が横長のものや、縦方向の長さの長いもの、短いもの、更には、遮壁の下端を構造物本体Aの中間高さ位置まで垂下させた前垂れ状のものなど、船舶が接岸する場所やその他の条件を考慮して各種のものを採用することができるが、この遮壁19は必ずしも必要ではない。
【0036】
次に、本発明に係る長周期波低減対策構造物の性能実験について説明する。
1.実験装置
図5に示すように、長さ50m、幅0.6m、高さ1.2mの水槽を使用し、二次元水理模型実験を行った。模型縮尺を1/50、水深10mとした。なお、図中の符号20a〜20hは波高計、符号21は流速計である。
2.実験条件
(1)入射波
入射波として表1に示す4通りのケースについて試験を行う。
【0037】
【表1】

(2)実験モデル
表2に示す6つの実験モデルケースについて試験を行う。尚、該実験モデルケースは、図1に示す構造物において、奥行き20m、前面水平長さ30m、前面壁の角度15度(現地スケール)のものであって、遊水部に隔室が形成されず、中詰めもされていないものを基本形状とし、図1に示すように、遊水部に隔室を有し隔室高さが5mと2.5mのものをおのおの設け、それぞれの隔室に中詰めし、中詰め上を蓋コンクリートにて閉鎖したものを実施例2,実施例3とした。
【0038】
【表2】


(3)実験方法
上述構造物モデルに表1に示す入射波を与え、それぞれ場合における図6に示した波高計20d〜20fを用いて構造物前面の水位を計測するとともに、通水口近傍の流速を流速計21によって測定する。
3.実験結果
実験結果を図6(A)、(B)、(C)、(D)のグラフに示す。図6(A)は波高0.5mで周期30s、図6(B)は波高0.25mで周期30s、図6(C)は波高0.5mで周期60s、図6(D)は波高0.25mで周期60sの場合である。
【0039】
図6に示すように、本発明の構造物は、図6(A)に示す隔壁高大のモデルケースの場合を除き、何れも反射率は0.7〜0.8程度であり、奥行き20mの小型の構造物で、十分な消波低減効果を示している。また、隔室のない基本形状のものが最も消波性能が高いことにより、隔室はできるだけ小さいほうが良いこと、奥行きを20mより更に大きくすることによってさらに高い消波性能が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明に係る長周期波低減対策構造物の一例であって、遊水部に複数の隔室を有する例を示す部分斜視図である。
【図2】図1の構造物について、水中の設置状態を示す縦断面図である。
【図3】本発明に係る構造物本体の他の例を示す平面図である。
【図4】本発明に係る構造物に使用する構造物本体の前面に遮壁を設けた例を示すもので、(A)は平面図、(B)正面図である。
【図5】試験水槽の断面図である。
【図6】実験結果を示すグラフである。
【図7】従来の長周期波低減対策構造物の一例を示す縦断面図である。
【図8】従来の長周期波低減対策構造物の他の例を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0041】
10 長周期波低減対策構造物
11 前面壁
12 側壁
13 後壁
14 通水口
15 遊水部
17 隔壁
18 隔室
19 遮壁
20a〜20h 波高計
21 流速計
30 開口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
港湾内の船舶接岸岸壁や防波堤、護岸などの海洋構造物の港湾内側面に前面壁を有し、該前面壁に縦向きの通水口が開口し、該通水口の背後にこれと連通した遊水部を備えた長周期波低減対策構造物において、
該構造物は前記遊水部を囲む前面壁、両側壁、後壁からなる周壁及び底版が一体化されたプレキャストコンクリート製の構造物本体を水底に設置し、前記構造物本体内の前記遊水部の底部に隔室を備え、該隔室内に滑り摩擦増加用の中詰めを施していることを特徴とする長周期波低減対策構造物。
【請求項2】
前記構造物本体の遊水部内の底部に隔壁をもって区画された複数の隔室を備え、その各隔室内に前記中詰めを施してなる請求項1に記載の長周期波低減対策構造物。
【請求項3】
遊水部の隔室の高さが水深の半分以下である請求項1又は2に記載の長周期波低減対策構造物。
【請求項4】
構造物本体の前面壁が奧に向かって後退するように形成されており、その奧側の位置に上記通水口が開口しており、該通水口のさらに奧側に上記遊水部が形成されている請求項1,2又は3記載の長周期波低減対策構造物。
【請求項5】
前記構造物本体の前面壁の更に前方に波が透過可能な状態に遮壁を設け、遮壁を透過させて波を流入させるようにする請求項4に記載の長周期波低減対策構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−14063(P2008−14063A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−187632(P2006−187632)
【出願日】平成18年7月7日(2006.7.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年6月26日 社団法人土木学会発行の「海洋開発論文集 Vol.22(2006)」に発表
【出願人】(000166627)五洋建設株式会社 (364)
【Fターム(参考)】